【銀糸の歌姫】世を思う故に物思う身
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 32 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月27日〜04月01日
リプレイ公開日:2008年04月01日
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●オープニング
●襲来
「他に金目のものはねぇか?」
「お頭、さっきこいつらの公演をちらっと見やしたが、確か銀髪の別嬪の歌姫がいたはずですぜ」
旅芸人一座の馬車荷台を取り囲む山賊たち数人。芸人一座の男達は気絶させられたり動けないほどに痛めつけられたりして地面に倒れている。
「ほほう。そんなに別嬪なのか」
「そりゃあ、もう。それに歌声がとても綺麗で‥‥こいつらが『精霊も聞き惚れる歌声』として売り込むのもあながち間違いじゃねぇと思いやした」
手下らしい一人が興奮気味に目を輝かせる。するとお頭は連れて行こうと手首を引っつかんでいた女を乱暴に離し、まだ手をつけていない馬車を見やる。
「女全員つれてって売りさばきゃいい値になると思ったが、連れて行くだけでかさばるな。その歌姫とやらが別格の別嬪ならば、そいつ一人で十分だな。高値が付くだろうよ」
「私が行けば他の皆は解放してくれるのですね?」
とその時、幌馬車の奥から透き通るような声が上がった。同時に奥から何者かが出てくる衣擦れの音が聞こえる。
「お前が歌姫か?」
「‥‥ええ、そう呼ばれることもあります」
姿を現したのはゆるやかに波打つ豊かな銀髪を下ろした10代半ばくらいの少女。額に宝石のはまったサークレットを付け、ドレスの様な衣装を纏っている。その瞳は何処か寂しげで、諦観に満ちていて。けれどもその声は透き通り、場に凛と響いて。
「こりゃあ別嬪だな。大人しく付いてくるなら他の女どもは見逃してやってもいいぜ。金目のものは戴いていくがな」
「構いません」
固い声で、彼女は承諾を示した。
こうして山賊一行は金目のものと歌姫だけを連れ去ったのである。旅芸人一座の他の者達は金目のものと歌姫を失っただけで済んだのである。
●願い
「やめておけって。座長も言ってただろう、そろそろ辞めさせるつもりだったって」
「それでも一座のみんなの為に自ら犠牲になった彼女を見捨てるなんて出来ないよ!」
冒険者ギルドの入り口でなにやら言い争う声が聞こえる。そしてギルド内に走りこんできたのは一人の青年。最近殴られでもしたのだろうか、顔に痣が出来ていた。
「山賊から一人の少女を救出してほしいんです」
カウンターにどんっと両手をつくその様子には鬼気迫るものがあったが、応対する支倉純也は慌てた様子もなく落ち着いてくださいと椅子を勧める。
「俺は旅芸人一座の一員なんですが、ここに来る前に興行をした町からメイディアに向かう途中、一座の馬車が襲われたんです。山賊は金目のものと女達を連れ去ろうとしました。でもうちの名物だった歌姫の美貌を確認すると、歌姫が来れば他の女達は連れて行かないといったんです」
「その歌姫という人はそれに応じたのですか?」
「はい。自ら山賊たちの手に落ちました。一座を守るために‥‥それなのに座長は、彼女を見捨てるつもりなんです」
その歌姫とは銀髪の美少女で、その歌声は精霊も聞き惚れるほどのものだという。数ヶ月前に一座に加わったらしいが、座長はさんざん歌姫の歌で稼いだ挙句、彼女を見捨てようとしているらしい。
「確かに彼女は何故か絶対に笑顔を見せないし、髪の毛に触れられる事を嫌がるし、近寄りがたい雰囲気はあります。座長も他の皆も、彼女の歌には一目置いているけれど、絶対に笑顔を見せない彼女を今では少し気味悪く思っているようなんです」
「ああ‥‥もしかしてそろそろ解雇するつもりだった所を丁度良く‥‥というところですか」
なんとも酷い話だろうか。純也は眉を顰める。だがその神秘的な歌声と決して笑顔を見せないということがあいまって、もしかしたら彼女を気味悪がらせているかもしれない、とも思った。
「一座は失ったものをここで買い揃えて、再び興行を始めて、歌姫の事は忘れたように他の町に移ろうとしているんだ。俺はそれが我慢できなくて‥‥」
彼は座長の決定に従い、さっさと次の町へ移ろうとしている仲間たちの制止を振り切ってここに来たのだという。一座全員が疚しいことをしているという罪悪感を持っていて、一刻も早く遠くの町に行こうとしているようで。
「俺は一座においていかれたら行く宛も働き口もなくなる。だから一座と一緒に出立しなくちゃならない。だけど、どうか歌姫を助けてやってほしいんだ。助けてくれると信じて、来た」
足りないかもしれないけれど、と青年はお金の入った布袋をテーブルに置いた。一座の出立に遅れるわけにはいかないから、依頼の結果を聞くことはできない。けれども絶対助け出してくれると信じてる、と青年は言う。
「分かりました。山賊に襲われた場所を教えてください。その周辺にあじとがあるはずですから、冒険者達に歌姫救出を依頼しましょう。その歌姫さんの名前を教えてください」
「エリヴィラさんです。どうか、宜しくお願いします」
●あじとにて
「こいつ、笑顔で酌くらいできねぇのかよ!」
お頭が歌姫の頬を殴りつける。その勢いで床に倒れた彼女の銀の髪が床にさぁっと広がる。ワインの瓶がゴロゴロと床を転がっていった。
「お前、その耳‥‥」
それまでずっと髪の毛で隠されていた彼女の耳が露になると、場に集まっていた山賊たちがざわついた。
「エルフ‥‥? いや、まさかハーフエルフ、か?」
山賊たちは確証も持てず、戸惑いを見せる。それまで人間だと思っていた相手が人間でなかったことへの驚きと――まさかとは思うことへの少しばかりの嫌悪。
「ちっ、興がさめちまった。こいつを閉じ込めとけ」
「は、はい、わかりやした」
親方に命じられるも、子分達の歌姫に対する態度はそれまでとは打って変わって‥‥どこか気味悪がっているような雰囲気がある。異種族婚が禁止されているアトランティスにおいて、異種族婚の結晶であるハーフエルフを嫌悪する人はいる。冒険者などの実力を持った者達が集まる場所では別だが。
対する歌姫は山賊たちのその態度をなんとも思っていないのか、はたまた慣れてしまっているのか無表情を顔に貼り付けたまま、促されると素直に従った。
●リプレイ本文
●偵察
「攫われた歌姫の救出‥‥か」
敵のアジトが見える位置でキース・レッド(ea3475)が独り言めいた呟きをした。
「私は裏に回ってみるから、そっちは宜しくね」
キースと同じく偵察に当たるフォーレ・ネーヴ(eb2093)が隠身の勾玉を手の内に握り、茂みの中を音を立てないように気をつけながら廃屋の裏手が見渡せる場所まで移動する。
「(そういえば歌姫は髪を触られるのを嫌うらしい‥‥気をつけよう。しかし髪を触られるのを嫌うのは何故だろうか。まさか)」
廃屋の正面入り口に1人の見張りを確認し、朽ちた木戸の位置などを頭に叩き込みながらキースは考える。辿り着いた結論は突拍子もないものだった。
「(‥‥ハーフエルフ?)」
浮かんだ考えを打ち消すように彼は小さく頭を振る。そうだ、単純な嗜好の問題かもしれない。
「(んー、二階の窓はっと‥‥)」
一方のフォーレは廃屋の裏手に見張りがいないのを確認すると、建物を注意深く見上げた。二階に窓は3つあったが、うち2つは木戸が朽ちて役に立たなくなっていた。
「(窓の戸が閉まらない部屋に監禁するとは考えづらいし‥‥となると歌姫のねーちゃんは二階の真ん中の部屋かな)」
一階の部屋の窓は開け放たれ、賊達の声が僅かに聞き取れた。2.3人で会話をしているようだがその中に優劣は感じられない。もしかしたらお頭は酔いつぶれてまだ寝ているのかもしれない。
「(歌姫のねーちゃんの部屋の前に見張りがいるとして1人)」
お頭、表の見張り1人、部屋の前にいるだろう見張り1人、そして一階で会話をしていたのが2.3人。山賊の手勢は5〜6名前後だと予想された。
外から予測される間取り(朽ち掛けた部分が多かったため、意外と中の様子を覗き見ることが出来た)、歌姫の監禁予想場所、そして山賊の予想人数。それら手に入れた情報をを仲間の元へ戻って事細かに伝えたキースとフォーレ。彼らの情報を待っていた仲間たちは、それをしっかりと頭に叩き込んでいく。
「‥‥人間、恩を仇で返すようになっては御仕舞いだと思うのだがな」
一通り調査報告を聞いた後、久遠院透夜(eb3446)がぽつりと呟いた。
「それでも全員が全員、それを良しと思っているわけではないようですし」
絶対に助けてくれると信じて歌姫救出を冒険者に託した青年の為にも頑張りましょう、とソフィア・ファーリーフ(ea3972)が彼女を宥めた。
「稼ぐだけ稼がせてポイ捨てというのも気に食わん。だが‥‥そうだな。後は彼らの良心の呵責に罰を任せて、私達は勇敢な歌姫を救出するとしよう」
「自らの身を人質に一座を救ったエリヴィラさんを見捨てる訳には行かない。必ず助け出す」
怒りは収まらないが、これ以上は怒っていても仕方ないと納得した透夜に、ファング・ダイモス(ea7482)も歌姫救出への意気込みを露にする。
「立場的に弱くてたいしたことはできていなかったのかも知れんが、依頼人の様なやつもいるしな。上手く陽動するか」
静かに告げたのはレインフォルス・フォルナード(ea7641)。その時、その隣で顎に手を当てるようにして考え込むようにしていたフォーリィ・クライト(eb0754)がぼそり、呟いた。
「んー‥‥なんかやな感じがする、今回」
「やな感じとは?」
導蛍石(eb9949)の問いにフォーリィは考え込むようにしたまま首をかしげ、答える。
「根拠はないけど、何となく。‥‥何もないといいんだけど」
彼女はつ、と廃屋の方角を見た。つられて一同も、廃屋を見やる。
決行は夜間。
フォーリィの予感が杞憂であれば良いのだが‥‥。
●強襲
どさり。
外の見張りが崩れ落ちた。
ファングが隠身の勾玉と忍び足を利用して見張りの死角から近づき、2回連続でスマッシュEXを浴びせたのだ。見張りは声を上げる間もなく、崩れ落ちる。まだ息はあるが、立ち上がることは出来ないようだ。続いてレインフォルスが槍で2回突き、ファングがとどめをとばかりにもう一度スマッシュEXを打ち込んだ。
「何か外で音がしなかったか?」
「お前、見て来いよ」
そんなやり取りが中から漏れ聞こえた。扉の前に崩れ落ちた見張りの遺体をファングが横に除け、透夜が息を潜めて扉の横に立つ。
そして扉が開き、一人の男が顔を出した。
同時に透夜が動いた。一瞬で男の懐に飛び込み、スタックポイントアタックで男の首を狙う。
「ぐ‥‥ぅ?」
男は自身の首から溢れ出る赤い液体が何であるか理解できただろうか。頚動脈を傷つけられ、大量の血を噴き出しながら男は前のめりに倒れた。それを踏みつけるようにしてファングとレインフォルスが室内へと押し入る。
「何だてめぇら!?」
入り口を入ってすぐの部屋にいたのは男二人。そのうち奥にいる一人は酒瓶を片手にふんぞり返っている。あれがお頭だろうか。
「交渉しないか?」
身構える山賊二人に、ゆっくりと室内に歩みを進めたキースが声をかけた。
「僕らのオーダーはあくまで歌姫の救出。僕が100G出す。大人しく歌姫を渡せばよし。さもなければ‥‥」
「仲間を殺られてそんな交渉に応じられるか! おい、敵襲だ。降りて来い!」
お頭が酒瓶を床に投げつけ、二階に声をかける。歌姫の監視についている仲間を呼んだのだろう。階段をぎしぎしいわせながら駆け下りて来る足音が聞こえた。キースはわざとらしく溜息をつく。
「交渉決裂か」
その言葉を合図に、ソフィアが高速詠唱アグラベイションを唱える。ファングとレインフォルス、そして透夜がそれぞれ男の相手をしに動いた。
●闇間にて
「始まったわね」
「こちらも行きましょうか」
蛍石の駆るペガサスの後ろに乗ったフォーリィが呟いた。蛍石は愛馬に移動の指示を出し、廃屋の裏手、真ん中の窓付近に近寄る。
「行くわよ!」
どかーん、めりめり‥‥
フォーリィの放ったバーストアタックが窓の木戸を打ち破り、人の通れそうな穴を作り出した。廃屋自体が一瞬揺れたが、強襲に対応している山賊たちは恐らく気がつかないだろう。
辺りは暗い。敵に見つからないため明りをつけるわけにはいかなかったので、僅かばかりの月精霊の明りが頼りだ。だが弱々しい月精霊の明りは、人一人通れるほどの穴からは部屋の半分にさえも届かず、中の様子を容易にうかがい知る事は出来ない。
「エリヴィラ、いる?」
ペガサスから部屋に降り立ったフォーリィが一歩足を進め、問う。部屋の中に気配は感じる。夜目の効く彼女には、ぼんやりと人影が見えた。
「エリヴィラ?」
もう一度、問いかける。その問いかけに重なるようにして何か聞こえた気がした。
「‥‥たい‥‥」
「助けに来たの。もう大丈夫」
剣を片手に歩み寄るフォーリィ。するとその人影も立ち上がり、こちらへ向かってきたようだった。だが、様子が――
「‥‥死にたい‥‥死に、たい‥‥」
波打つ銀の髪を逆立て、赤い瞳がフォーリィの剣に向かって駆け寄ってくる。
「(狂化!?)」
それは咄嗟の判断だった。彼女は剣に向かって駆けて来る歌姫から寸でのところで剣を引いた。切っ先が僅かに剣を求める歌姫の腕に触れ、一筋の傷をつける。
「フォーリィさん、大丈夫ですか!?」
外でペガサスを駆っている蛍石が、ただならぬ様子に思わず声をかけた。フォーリィは剣を背中に隠し、近寄ってくる歌姫から後退しながら焦った声で告げる。
「エリヴィラ、狂化してる! 気絶させるから、剣預かって」
後ろ手に差し出された剣を蛍石が受け取ると、フォーリィはその卓越した格闘技術をもってして歌姫の鳩尾に一撃入れる。するとぐらっと歌姫の身体が傾いだ。
「何とか一発で大人しくなってくれたわ」
気絶した歌姫を蛍石に預け、代わりに剣を受け取る。
「じゃ、私も下の奴らやっつけに行ってくるから後はお願いね」
「わかりました」
フォーリィが部屋の奥に消えると、蛍石はペガサスに気絶した歌姫を乗せて飛び立った。退路を確保してくれているフォーレの所まで行き、彼女の目覚めを待とう。彼女が目を覚ます頃には仲間達も戻ってくるはずだ。
●目覚め
「‥‥‥‥‥‥」
「あ、目、さめた?」
ゆっくりと目を開けた歌姫の顔をフォーレがひょいと覗き込んだ。辺りはソフィアの灯したランタンによって照らされており、周りに数人いることがエリヴィラにもわかった。彼女の腕の傷は蛍石のリカバーによって既に治療されている。
「‥‥私、は‥‥」
不思議そうな表情で一同を見つめる彼女に事情を説明すると、彼女は諦めたかのように「そうですか」と呟いたきり黙ってしまった。それは狂化状態を見られたことで自分がハーフエルフだということがばれたことに対する諦めかもしれない。
「ご心配なく。私は銀のものに触れないんです。よろしければこれを」
蛍石の言葉は自分が同種族だと現しているもの。彼女は一瞬目を見開き、そして差し出されたオーロラのヴェールを受け取った。それを口元に当て何か塞ぎこむように目を伏せてしまう。
「そんな暗い顔をしていては、美人が台無しだ」
「貴方達は、私を厭わないのですか?」
レインフォルスの言葉に顔を上げたエリヴィラ。彼女に近づき、ソフィアは優しく告げる。
「あなたは、今まで一人で生きてきたのですね」
彼女の言葉で解ってしまったから。髪を触られるのを嫌がる理由も、何処か冷めている理由も。
「エリヴィラさん、人は貴方を冷たいと思うかも知れないが、一座を救った貴方の気持ちは貴方を仲間だと思ってくれた人の気持を動かし、俺達を此処へ導きました。貴方は、一人では有りません。人を信じ、人と繋がりたいを思う気持ちを棄てないで下さい」
ファングも真摯に告げる。
「泣きたければ泣いて良いし、笑いたければ笑えば良い。少なくとも今この場には君を咎める者も傷つけるものも居ないのだから」
「誰かを頼る事を知ってもいいと思いますよ」
さらりと告げられた透夜の言葉。そしてそれに被せられたソフィアの言葉。
「‥‥‥‥‥」
僅かに、エリヴィラの視線が泳いだ。目尻に光るものが浮かびかけている。キースはそんな彼女にお金の入った皮袋を握らせる。これは今回の依頼の報酬だが、彼はこのお金は歌姫に渡されるべきだと考えていた。
「歌ってくれるかい?」
「皆、君の歌声を聴いてみたいと思っている。出来たら、私達の為に歌ってほしい」
笑顔で告げられたキースと透夜からの要望に、彼女は少しばかり目を細めて頷いた。笑顔こそ浮かんでいないが、それは彼女の心を動かしたようだった。
フォーレに支えられるようにして起き上がった彼女は、蛍石からもらったヴェールを被り、立ち上がる。銀色の髪がランタンの明りを受けて煌いた。
彼女は大きく息を吸うと、その精霊をも聞き惚れると噂される歌声を、惜しげもなく披露する。その顔には笑顔こそ浮かんでいないが、歌声は夜空に響き渡っていく。
ぞくり、と身体に走るものを一同は感じた。例えば素晴らしい音楽を聴いたときに、例えば素晴らしいお芝居を見たときに、そんな時に身体の奥が震えるような感覚。
その悲しげな旋律は、敵国に囚われた姫君が故国に思いを寄せる歌だった。彼女の表情と歌声を伴い、自然と涙を誘う。
評判の歌姫の歌唱力は、まがい物ではないと身をもって知った冒険者達であった。