人魚姫の迷い〜海か、陸か〜
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月11日〜01月16日
リプレイ公開日:2009年01月20日
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●オープニング
●罪と罰
マーメイドの集落は基本的に人の知らないところにある。それはかつてマーメイドの血肉を食すれば不老不死が得られると信じられていたからであり、その迷信によって多くのマーメイドが乱獲され、殺害されたからだ。故にマーメイドは人を恐れ、滅多な事では陸に上がらない。
だが人間にも変わり者が居るように、マーメイドにも変わり者が居る。それがディアネイラという少女だ。
彼女は人見知りで人間が怖い癖に人間社会に憧れ、そして困っていたところを何度も冒険者達に助けられている。彼女が人間に対する考えを改め、人間達を信頼するまでそう時間はかからなかった。これが頭の固い、海から出る事をしない古参のマーメイドだったらまた話は違っただろうが――。
「ディアネイラ」
マーメイドの集落。集落を取り仕切る老人達に呼び出されたディアネイラは俯いていた。話の内容が予測できたから。
「お前の軽挙で沢山の同胞の命が失われた事、忘れたわけではあるまい」
それはメイディアから東に行ったところにある島での出来事。無人島だと思い込んでいたそこを、彼女は仲間たちに教えた。そしてその島に遊びに行っていたマーメイド達は、バと繋がって人魚を捕獲して実験材料として使っていた魔術師に捕獲され、そして凄惨な目にあった。捕獲されてしまったマーメイドは、誰一人として戻ってこなかった。
弔い合戦、という名目でディアネイラが数名のマーメイドを連れて冒険者達と共闘したのはつい最近の事だ。
「‥‥はい」
俯いたまま小さく答える彼女に、老人達は容赦ない言葉を浴びせる。
「元はといえばお前が陸にあがろうなど同胞達を唆したから、このような事件が起こったのだ。そんな事件があったにもかかわらず、お前は陸に上がり、人間達と交わろうとする。その理由はなんだ?」
「それは‥‥」
ディアネイラは即答できない。けれども、根底にあるのは――
「世の中には信頼に値する人達もいるという事がわかったからです‥‥」
――信頼。
「この間共闘した者達ならば、人間が信頼に値するということをわかってもらえたはずです‥‥!」
顔を上げて訴える。だが。
「それはあくまで一握りの者達だろう? お前は陸に上がり、大勢の前で本来の姿をさらす事が出来るのか?」
「っ‥‥」
そう問われれば、否と答えるしかなくて。不特定多数の人間の前で本来の姿をさらすのは、やはり抵抗と不安が残る。
「よく考えるがいい。亡き同胞達の死を背負い、もう二度と陸に上がらず海の底で祈りを捧げて暮らすか。それとも――」
切られた言葉。長老達は硬い表情で彼女を見つめ。
「――海を捨てて、人間として陸で暮らすか」
「!?」
それは宣告。多くの同胞を死に導いた彼女に対しての、罰。
彼女が集落でそれなりの立場を持っているが故の、責任。
●人魚と人間
「あの魔術師は、バのカオスゴーレムについての研究の為に人魚を使っていたらしいですよ。どうやら人魚の不老不死の力で、カオスゴーレムの稼働時間を増やせないかとか考えていたようで‥‥」
「うーん、よくわかんないけど、人魚の血肉で不老不死になるなんてまだ考えていた人がいるんだね〜」
冒険者ギルド。支倉純也はクラウジウス島で起こった事件の顛末をチュール・リヒテンヴァイスへと話していた。彼女とて、ディアネイラに関わった人物だからして。
「不老不死を考える人はもう殆ど居ないかもしれないですけど、人魚を珍しがって見世物にしようと考える人などは、きっとまだ沢山いるでしょう」
純也の言う事も尤もで。マーメイド達が陸で人間達と共存する事は、やはり大変難しい事なのである。
「ディアネイラ‥‥もう来ないかな」
「いえ、聖夜祭には遊びに来ていたようですから、もしかしたらまたくるかもしれませんね」
「彼女が人魚達と人間達の架け橋になれればいいのにね〜」
チュールの言葉に純也は、少し悲しそうな顔をした。
「すぐに埋められるほど、両者の溝は浅くないと思いますよ」
「でも、誠意がまったく伝わらないって事はないでしょ?」
人の想いは強いんだよ、と胸を張るのはチュール。思いの篭った者が好きと豪語するだけの事はある。
「あ、噂をすれば‥‥来ましたよ」
かちゃ‥‥ギルド内の喧騒に紛れた小さな扉の音を純也は聞き逃さなかった。扉を開けてこちらを恐る恐る覗いているのは、人間形態になり、ワンピースに身を包んだディアネイラだった。
●リプレイ本文
●種族の違い
人間と人魚。似ているようでそれは違う――。
人は海では生きられない。けれども人魚は陸に上がれる。
陸に上がる事は出るが、正体が露見する可能性は常に付きまとっており、陸上での生活は困難を極める。
大昔、マーメイドの血肉は不老不死の妙薬だと信じられていた頃に人魚達は狩られるという憂き目にあった。たとえ人々がその出来事を忘れたとしても、虐げられた側の人魚達にはそれは深い傷となって残っている。
だが、中にはそれでも陸上に憧れる者もいて。
禁忌とされればされるほど、それは美味なる果実のように見えて。
かつての出来事をよく言い含められて育った若い人魚達の中には、人の世界に憧れる者もいる。それが先だっての悲劇を巻き起こしたともいえるだろう。悪いのは地上を求めた人魚達ではない。彼らを道具としてしか見ない人間だ。だが、古き人魚達は地上に憧れを抱いた若い人魚達にも否があると言った。そして若い人魚達を扇動したとして今――。
「男達はゴーレムシップの調達にいってるよ。まあその間女同士の話しをしようさね」
メイディアの港、潮風吹き付けるその一角に腰をかけた鷹栖冴子(ec5196)は隣に立つマーメイドの少女ディアネイラに座るようにと手で示す。彼女は潮風に揺れる長い髪を片手で押さえながらそれに従った。
「お嬢ちゃん、陸に上がるのは不安だろう? そりゃ不安だろうね。突然この世界につれた来られたあたい達と同じくらい‥‥いや、それ以上か」
冴子は小さく苦笑を浮かべて。
「あたい達はこの世界で英雄だ救世主だって祭り上げられるが、お嬢ちゃんは正体がばれたら好奇の対象になるんだったね」
それでも、と彼女は言葉を切って。
「お嬢ちゃん、あんた‥‥布津さんの赤ちゃん産みたいかい?」
「なっ‥‥!?」
冴子がさらっと口にした言葉に、ディアネイラは真っ赤になって口元を押さえる。赤ちゃんってことはそういうことがこういうことで。だが。
「‥‥人間を慕って陸に上がった者がいると聞いた事はあります。けれども、人間との間に子供を設けたという話は聞いた事がありません」
「聞いた事がないだけで、実際にないことが確定しているわけじゃないんだろう?」
「いえ」
不思議そうに問う冴子の言葉を受けて、ディアネイラは悲しそうに首を振った。
「異種族間で子供が出来るのは、人間、エルフ、ハーフエルフの間だけだと長い間伝えられています。‥‥子供が出来る組み合わせであれ、異種族婚は正当な子孫が残せないという事から、いい顔をされません‥‥」
「そうかい。赤ちゃんはできないのか。そりゃ残念だ。じゃあ言い方を変えようか」
一瞬の沈黙の間を、ピィー、と海鳥の鳴き声が駆け抜けて行った。
「布津さんの事、愛しているかい? それこそ寄り添って生きていく覚悟はあるかい?」
「‥‥‥あります。あの方が私を必要としてくれるなら」
ディアネイラは男性二人が向かった方角を眺め、小さいが意思の篭った声でそう答えた。
●クラウジウス島へ
集落の場所は教えられない――ならば長老達に出て来てもらう他なかった。
だが元々長老達は地上の者達と話し合うつもりなど欠片もない。ディアネイラが残りの一生を海の中で過ごすか、それとも二度と海へと戻らないか、その二つしかないのだ。
長老達が人間達の前へ出て意見を聞く利点などない。それでもあえて理由を搾り出すとすれば、ディアネイラという一人の娘に対する愛情、だ。
「とりあえずリンデンでの保護は頼んできた。だが楽団に入るかどうかは保留だな」
出発前にリンデン侯爵領へ根回しに行っていたキース・レッド(ea3475)だったが、事情を聞いて理解してくれそうな子息セーファスは別件で不在、そして頼みの綱のエリヴィラにはいい顔をされなかった。
クラウジウス島はステライド領の管轄であり、リンデン侯爵家は絡んでいない。それでも事情を説明すれば侯爵家の理解は得られるだろう。だが、ディアネイラはマーメイドだ。雨の日は外に出る事が出ないし、極論、演奏中に観客から水をかけられただけでも正体が露見してしまう。大勢の前で正体が露見したとしたら――彼女に待っているのは好奇の目だ。全員が全員、マーメイドに理解があるわけではない。そうなってしまった時、エリヴィラでは庇いきれない。理解のあるセーファスとて、そして根回しをしたキースとて、ディアネイラを愛する彼とて、その時その場にいる事を確約できない。
ならば無責任に彼女を人前に出すべきではない、それがエリヴィラの意見だった。常に正体が露見する事を恐れて暮らしてきた彼女だからこその意見である。
「あたいの世界じゃ人魚って歌うまいって相場だし、人見知りが直ればいい案だと思ったんだがねぇ」
冴子が溜息をつき、視線を上げた。その先には――ゴーレムシップの甲板で潮風に吹かれる布津香哉(eb8378)とディアネイラの姿があった。
「辛い選択肢だな」
「‥‥はい」
何を話そう。何を話せばいいのだろう。後悔、しないためには。
「迷っているのは、俺のせいか?」
香哉の言葉に、彼女は手すりをきゅっと握って。
地上に残りたいのは彼がいるから。けれども彼がどう思っているのか分からないから、重荷になりたくないから、それを伝える事は出来なくて。
「選択の一助になるかは分からないけど、俺がきちんと伝えてなかった事を伝えておくよ」
「‥‥‥?」
顔をあげ、香哉を見つめて軽く首を傾げたディアネイラは、彼の真摯な瞳にドキッと胸が高鳴るのを感じた。
「俺は、ディアネイラが好きだ。どうしようもないくらい愛してる。ディアネイラと繋いだ手を離したくない。これからも俺と一緒にいてくれるか」
「‥‥!? なん、で‥‥」
ディアネイラの瞳から、涙がポロリと落ちた。香哉の世界の御伽噺のように、その涙は真珠になったりはしないけれど。
「なんで‥‥あなたは、私の欲しい言葉をくれるのですか‥‥?」
口元に手を当てて、こみ上げる思いを押さえ込んで。後悔しませんか、と問えば、香哉はぐいっと彼女の腕を引き寄せてその身体を胸に抱いた。
「俺が好きになってしまったのがディアネイラって子だった訳で、たまたまそれが人魚であった事も事実だが、今更そんなことで微塵も後悔するなんて事はない」
「私だって後悔なんてしません。香哉さんと一緒にいたいです‥‥だから」
彼のぬくもり、耳元で囁かれる強い意志、力強く抱きしめる強い腕――
決断する勇気をください、ディアネイラはそう言った。
●海へ
ゴーレムシップはクラウジウス島の浜辺へと到着した。
「問題は長老達をどうやって説得するか、だが」
「その前に、ここまで長老達に出てきてもらう方法はあるのかい?」
キースの呟きに冴子が尋ねる。む、と言葉を詰まらせたのは男性達だ。
集落の場所は教えてもらえない。教えてもらったとしても海の中だ。そこに彼らが赴いて話をするというわけにはいかない。だとすれば通信手段はただ一つ。
「私が、長老達を呼び出してきます」
「ディアネイラ!」
香哉が悲鳴じみた声を上げた。だが彼女は「大丈夫です」と小さく頷いて。
「確かに長老達が自力で出てきてくれない限りは、ディアネイラ君に頼む他ないのも事実だが‥‥」
キースが腕を組んで唸る。
「危険さぁね」
冴子の言葉の通りだ。ディアネイラが集落へ戻れば、人魚達は彼女を拘束して二度と陸へと上げないという強硬手段をとることも出来るのだ。
「でも、他に方法が‥‥」
長老達が陸に出て、冒険者達の話を聞く利点などない。彼らとしては「人間」は全て「人間」。同胞達を痛めつけた酷い者達なのだから。
「‥‥ディアネイラ、きっと戻ってくると約束してくれ」
「布津君!?」
「布津さん!?」
香哉の言葉にディアネイラは強く頷き、そして海の中へと飛び込んだ。水しぶきが陽精霊の光に反射してキラキラキラキラと輝いて‥‥
「自ら彼女の手を離すも同然じゃないか。彼女は戻ってこられないかもしれない、そう考えはしなかったのか?」
キースが思わず香哉の肩を引いた。彼の危惧も尤もだ。だが。
「俺達に長老達を呼び出す算段がない以上、ディアネイラに頼むしかない。でも別れる為に彼女を海へ帰したんじゃない。再び手を繋ぐ為に、彼女は海へ入る必要があったんだ」
強い意志、強い声。瞳は海へと向けて。
本当だったらその手を離したくなかった。けれども――
「あたい達がまず相手を信じなきゃだめだってことさね。自分達の事を信じてもらおうとしているのに、相手の事を信じないのは間違っているさ」
「なるほど‥‥ならば僕も、信じよう」
浜辺で、寄せては返す波を見つめながら――三人は待った。
その時間は短いようで長く、ともすれば永遠に続くようにも思えた――。
●人魚と人と
どれくらい待たされただろうか。夕闇が宵闇に変わる頃、波の音とは明らかに違うちゃぼん、じゃばん、という音を耳にして、焚き火を囲んでいた一行は海の方へと目をやった。
そこには待ちに待ったディアネイラと――気難しそうな年嵩の男女の人魚が三人、海面から顔を出していた。
「お前らか。わしらに話があるというのは」
「わしらにはお前らと話をすることなどない。言いたい事があるならさっさと言うがいい」
「はじめまして。ゴーレムニストの布津香哉と申します。ここまできてくださり、ありがとうございます。そちらの事情は伺っています」
長老達と会えるなら、礼節をもって真摯な言葉で思いを伝えようと思っていたから。香哉の言葉は強くなる。
「俺はディアネイラを愛しています。だから、一緒にいたい。けれども、彼女を陸にだけ縛り付けておきたくないんです。海は彼女の故郷です。だから、海にも帰るところを用意してあげたいんです」
「‥‥お前がディアネイラの『陸に上がりたい原因』か」
長老の冷たい言葉にディアネイラがびくっと小さく縮こまる。
「処分は保留という形になりませんか」
口を挟んだのはキースだ。
「ディアネイラ君のコミュニティ放逐を容認しつつ、異種族交流のテストケースとして、布津君との絆をしばし見守ってほしい」
「多くの同胞を殺した人間との生活など、ディアネイラが泣かされるに決まってる」
「あたい達人間全部が非道な事を考えているわけじゃないさ」
たまらず声を挟んだのは冴子だ。
「死んだ仲間に詫びたいんなら、そいつらの分まで幸せになる事さ。人間だろうが人魚だろうが、生きてりゃ間違いもあるさ。けれどね、忘れろってんじゃないよ。一生背負っていくのさ。心配要らないさ。お嬢ちゃんには支えてくれる男がいる」
「罰が必要ならば、諸悪の根源であるバとの戦いが終結するまで待って頂きたい。その時改めて、彼女が永久追放に足るか否か判断して欲しい」
二人の言葉を聞いていた長老達は、香哉に視線を移して。
「我々の同胞を実験道具にしていた人間は、ゴーレムという戦兵器を研究していたという。ゴーレムニストを名乗るお前もそうではないのか?」
「違う!」
長老の不躾な言葉に香哉ははじかれる様に反応した。
「俺もゴーレムニストだけど非道な事までしてそんなものは作りたくない。この国でのゴーレム開発もそうならないよう努力する。もちろん、ディアネイラを愛したのも彼女がマーメイドだったからじゃない。愛した子が偶然マーメイドだっただけだ」
「彼女が陸にこだわる理由は、もう人間への幼い好奇心ではない。それを分かってもらえませんか」
香哉とキース、二人の言葉を受けた長老達は何かをひそひそと話し合い、そして――
「ディアネイラ、しばし人間の中で暮らし、辛酸を舐めるがいい。それがお前に課す罰だ」
「‥‥! ではっ‥‥!」
「例えどんな目にあおうとも、里の場所だけは明かすな。もしそれをした場合は情状酌量の余地なくお前を裏切り者とみなす」
「はいっ‥‥!」
「次にお前が泣いて集落に帰ってきたら、二度と地上には出さん。わかったな?」
「ディアネイラを泣かせたりはしません。俺が守ってみせます!」
香哉は下半身を魚に変えたまま浜辺で横たわるディアネイラの元へ行き、そして彼女の肩を抱いた。
「地上にもあたいたちみたいに二人の幸せを願う人はいるからね」
「‥‥ああ。二人とも後悔をしない選択をして欲しい」
冴子とキースに後押しされ、二人は頷く。
そして誓いのように――月精霊の下、唇を重ねた――。