【銀糸の歌姫】人をも身をも恨みざらまし
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月12日〜04月17日
リプレイ公開日:2008年04月16日
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●オープニング
「先に言っておきます。私は『笑えない』のです」
「? 『笑わない』ではなく?」
冒険者ギルドでのやり取り。支倉純也は先日助け出された歌姫ことエリヴィラを前にして首をかしげている。当の彼女といえば、相変わらず表情の薄い顔でこくりと頷いた。
「なるほど‥‥」
何か深い事情があるようだ。純也もそれ以上は突っ込まない。
「ところで冒険者ギルドにいらしたという事は、何かご依頼がおありになるのでは?」
「‥‥護衛をお願いしたいです」
波打つ長い髪で耳を隠し、彫像のように動かない美しい表情でエリヴィラは淡々と述べた。
「新しい雇い主を探すため‥‥広場で歌おうと考えています。ですが他の旅芸人たちの中にそれを良く思わない人達がいるらしく‥‥」
客を取られると考えたのだろう。今まで色々な一座を転々としてきたという彼女だ、旅芸人同士の間で噂が広がっていてもおかしくない。座長などは彼女を雇えれば儲けが見込めることから彼女を欲するだろうが、今その一座で花形を張っている者や、一人二人で歌や演奏を武器にして稼いでいる者達にしては面白くないに違いない。
「‥‥私としては、疎まれるのも苛められるのも慣れているのですが‥‥」
実際、メイディアに滞在するようになってから数日、裏道に連れ込まれて警告を受けたり、水を掛けられたりしたらしい。
「せめて1曲歌い終わるまでは‥‥無事でいたいものです」
水を掛けられても、生卵をぶつけられても彼女は歌い続けるだろう。だが彼女が心配しているのは自分の身ではない。
「私の歌を聴いてくれる人達が、不快な思いをしないように‥‥」
休日の昼間、人の賑わう噴水広場。そこでエリヴィラは歌うという。噴水の淵に立ち、遠くへ遠くへと歌声が届くように、と。聞いてくれる者に感動を与えられるように、と。
「‥‥‥。わかりました。当日現場の周辺警戒と、不審者の捕縛。すなわち嫌がらせを未然に防げればいいのですね?」
純也の言葉にこくり、彼女は頷いた。
一般人、冒険者、そして悪漢溢れかえるだろう休日のメイディア城下町。その人ごみの中、噴水広場でエリヴィラが歌い始めればその注目は集まるだろう。人々が彼女に注目している隙に、彼女に嫌がらせをする者が近づくかもしれない。それを防ぐのが今回の依頼となる。
一般人にはエルフと比べない限りエルフとハーフエルフの区別はつけがたいが、念の為彼女がハーフエルフであるとわからないように注意する必要もあるだろう。普通にしていれば彼女は髪を下ろして耳を隠しているため、人間にしか見えないが。
そして嫌がらせをしてくる者達。彼らはどこから何人、どうやって彼女に嫌がらせをするのかわからない。嫌がらせのパターンを考えられるだけ考えて、そして対策を練ってもらいたい。
嫌がらせをしてくる者は一般人の可能性が高い。殺さず捕え、嫌がらせを諦めさせるなどの対応が求められる。間違っても殺してしまってはいけない。そう、たとえ相手が刃を向けてきたとしても。
「それと‥‥もし伴奏してくれる人がいるなら、お願いしたいです‥‥」
伴奏をするとなれば近くで対応が出来るだろう。ただしある程度の腕前が必要なのは明らか。エリヴィラの歌に負けず、尚且つ歌を引き立てる演奏が求められるのだから。
「どこからかお声が掛かると良いですね」
純也の言葉に彼女は相変わらず表情乏しいまま「はい」と頷いた。
●リプレイ本文
●開幕前
部屋を借りている宿屋の一室で、エリヴィラは久遠院透夜(eb3446)と会話を交わしながら今日の衣装に着替える。今日の衣装は透夜から貰ったブラウライネとミスティックショール。綺麗な青色のドレスにキラキラ輝く白いショールは清潔感を醸し出している。
「笑えないことを知らずに『笑いたければ笑えばいい』と言って済まなかった。失言だった」
頭を下げて謝罪する透夜に、エリヴィラは柔らかい声色で「頭を上げてください」と告げる。知らなかったのだから、仕方のないこと。ちっとも気にしていない、と彼女は着替える手を止めて透夜を見つめた。
「これでもこの世界に来る前はきちんと笑えたのですよ‥‥」
自嘲気味に言うエリヴィラ。彼女はジ・アース側の天界人だという。この世界に来てからの彼女に何があったのか――ハーフエルフという事を考えれば、想像に難くない。
「前の一座で笑えないことが原因でああなったのだから、今度は笑えないことを理解して受け入れてくれる者に雇われてはどう?」
椅子に座ったまま、着替えを続けるエリヴィラを見つめ、透夜は提案する。エリヴィラは目を少し見開いて、それからなるほど、と頷いて見せた。
コンコン
「支度は済みましたか?」
ノックの音に応えて透夜が扉を開けると、そこにはパープルフロウを手にした雀尾煉淡(ec0844)と、レン・コンスタンツェ(eb2928)が立っていた。
「用意が済んだようでしたら‥‥これを」
差し出された紫色の外套をありがたく受け取って袖を通すエリヴィラの前に、煉淡が差し出したのは一枚の羊皮紙。
「これは?」
「歌詞になりそうな言葉を集めました。よろしければお使いください」
アプト語で書かれたそれにさっと目を通したエリヴィラは素直に礼を言う。笑顔が浮かんでいないから分かり辛いかも知れないが、怒っているわけでも不機嫌なわけでもなく、純粋に感謝をしているようだ。
「今回は私が伴奏を勤めさせてもらうね。あまりに格が違うようならばサポートに回るから安心してね」
妖精の竪琴を手にレンが告げると、エリヴィラは「有難うございます」と頭を下げた。くどいようだが笑顔が浮かばないからといって不快に思っているわけでも怒っているわけでもない。自分の願いに手を貸してくれる者達に感謝をしている。
「あちらの用意も整ったようだ」
開いている扉を形ばかりノックし、自分の存在を告げたのはキース・レッド(ea3475)。その手には花が握られている。
ちなみに彼の言う「あちら」とは冒険者街近くにある食堂兼酒場のこと。ギルド受付係もしている支倉純也の手を借り、非番の職員達を集めて宴会が開かれている。名目は日頃の疲れを癒すため、だがその実はエリヴィラに敵対する芸人達を少しでも減らし、警備しやすくするためである。キースや透夜、レンがお金を出し合い、彼女を敵視しそうな芸人達をそちらの宴会へと呼んだのだった。
「私を覚えておいでですか、美しき歌姫」
スタスタと室内へ入り、芝居が掛かった様子で花を差し出すキースに、エリヴィラは小さく頷いた。
「勿論です。先日も助けていただきましたから‥‥」
「それはよかった」
嬉しそうにエリヴィラを見つめるキースの肩を透夜が叩く。
「フォーレはどうした?」
「彼女なら既にスタンバイしているよ」
フォーレ・ネーヴ(eb2093)は会場を上から見れる位置にスタンバイしている。具体的に言えば噴水広場の近くにある宿屋に部屋を借りて、そこの屋根から全景を見渡すという感じだ。
「それじゃ、行こうか?」
レンの言葉にエリヴィラが頷く。それぞれがそれぞれの役目を果たすべく、一同は噴水広場へと足を進めた。
●開幕
ざわざわざわ。ざわざわざわ。
休日の広場は人で溢れかえるようだった。噴水の一角に空きを見つけ、レンが竪琴を持って淵に腰をかける。小道具係を務める煉淡はエリヴィラから外套を受け取り、脇に控える。その手にはバイブレーションセンサーのスクロールが握られており、彼女が歌い始めたらすぐにでも探査を始めるつもりだ。
カツンッ‥‥
噴水の淵にエリヴィラが掛けた足が立てたハイヒールの音が、喧騒の中に針を落としたように響いた気がした。
透夜は最前列に陣取り、熱心に聴いている客を演ずるべく完全武装で彼女を見守る。向かいの宿屋の屋根では、ひなたぼっこをしているように見せかけてフォーレが広場を見渡していた。何か怪しい動きをする者が現れたら、事前に決めたサインで通達する予定だ。
ポロロロン‥‥
レンの爪弾く竪琴が、客の注意を引く。広場に集まった人々は竪琴を爪弾くレンと噴水の淵に立ったエリヴィラを見て、何かパフォーマンスが始まるのだろうと彼女達に注目をした。
「明日は 全ての上に訪れ
昨日の涙 空へ帰る」
透き通った透明感のある歌声が、広場に響き渡る。ざわついていた広場が、次第に静まっていくのを一同は感じ取っていた。
煉淡は側付きの者を演じながらバイブレーションセンサーのスクロールに念じ、探査を開始する。
「傷跡残る台地で
まだ眠る芽を揺り起こす
慈しみの雨になれ」
「(やはり、彼女は美しい‥‥この歌声が僕だけに向けられたら‥‥いやいやいや! ビジネスに私情はだめだぞキース)」
キースは浮かび上がった考えを振り払うように頭を振る。そして本来の役目である観客に紛れた周辺警戒を始めると、屋根の上にいるフォーレが何か動きをしているように見えた。
「(あそこ、あの女の人が怪しいよ!)」
フォーレは懸命に身振り手振りで下で警戒に当たっているキースと透夜に伝えようとする。
「幾つもの違う想いで
混ざらない色で」
「(一度助けた以上、エリヴィラには幸せになって欲しい)」
彼女の歌に聞き入りつつ、心から願う透夜。ふ、とエリヴィラの頭の向こうに目をやると、フォーレが合図を出しているではないか。
「(桶を持って近づいてきている右側の男の人!)」
透夜が合図に従って右側を見ると、店の前で水撒きでもしていた風の男性が、エリヴィラに見惚れるようにしながら近づいてきている。透夜は煉淡を見る。彼も頷いた。どうやらその男は少しずつ少しずつ、水の入った桶を手にしたまま近づいてきているようだ。透夜はいつでも対処できるように神経を研ぎ澄ませた。
「伝え合う心の中
幾つもの同じ願い」
エリヴィラが一息つき、レンが間奏部分を演奏する。エリヴィラのそれまでの音を聞き、即興でその旋律に似合う音を紡いでいく。
その時――
「お嬢さん、その籠の中身をどうするつもりだい?」
「!?」
観客の半分ほどの位置でキースは一人の女性の耳元に話しかけた。格好こそ街娘に扮してはいるが、その指先は綺麗に手入れされていてとても下町で仕事をしている娘には見えない。そして布の被せられた籠に入れられた片手には、生卵が握られていた。
「な、なんの‥‥こと」
「他人の才能を認められない者は、自分の才能を伸ばす事も出来ないよ」
妨害は諦めたまえ、キースにそう告げられ、女性は悔しさのあまりか握っていた生卵を握りつぶした。
「これを持って行きたまえ。次は君の技が披露されるところで会おう」
女性の空いている手に数ゴールド握らせ、彼は女性をなだめる。女性は深く溜息をつくと、人ごみから離れて行った。
「やがて錆びた剣を囲んで
緑の蔓が這う
悲しみの記憶を包んで」
エリヴィラの歌は後半に差し掛かりはじめた。その頃既に問題の男は透夜のすぐ近くまで寄って来ていた。煉淡と透夜、そして遠くから見ているフォーレに緊張が走る。
チャプン‥‥
僅かに水音がした。
その瞬間、透夜は前を向いたまま男の腕を掴んでいた。
振り上げられようとしていた桶が動きを止められ、中の水が少しばかり路上に零れる。
「邪魔をしないで貰いたいものだな」
低い声で告げる透夜に、男は息を呑む。煉淡もレンも、平静を装いながらも万が一の場合はすぐに魔法を行使できるように準備を整えている。
「そんなもので邪魔をしても、彼女は歌い続けるぞ」
伸びやかに、広く広く広場へと響き渡る歌声。魅入られたようにそれに聞き入る聴衆。
「あんたが同業者だとしたら、こういった行為が一番恥ずかしい事だとわかるだろう?」
視線はエリヴィラに向けられたまま、腕を握る手に力を込める透夜。視線が前に向けられたままだからこそ、迫力がある。
「輝きは 名も知らぬ誰かの上
緑なす日差し」
間もなく、歌が終る。
キースも、フォーレも、煉淡もレンも、そして透夜もその瞬間を見るべく、エリヴィラに視線を集中させる。
「生きとし生ける者
全ての上に」
――終った。
一瞬の沈黙。そして怒涛の様な拍手。広場を震撼させるようなその迫力に、冒険者達は任務が無事終了したことを知る。
透夜が腕を押さえていた男は、す、と諦めたかのように腕の力を抜いた。それに気づき、彼女も掴んでいた腕を放す。
ゆっくりと、エリヴィラがお辞儀をした。相変わらずその顔には笑顔浮かばないが、拍手に応えるように深く深くお辞儀をする。レンもそれに合わせるように立ち上がり、頭を下げた。
キースもフォーレも、透夜も煉淡も心からの拍手を送る。
暫くの間広場には、彼女を称える声と、もう一曲をねだる声が響き渡っていた。