追憶に生きる白花〜水の嘘〜

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月13日〜04月18日

リプレイ公開日:2008年04月19日

●オープニング

●追憶


 もうあれから一年も経つというのに――私の手の震えは止まらない。


 馬上槍試合。私の仕えるリンデン侯爵主催で行われたその催しに、結婚したばかりの夫も参加していた。侯爵家に仕える騎士である私も勿論、その催しに参加するべく出演待ちの騎士達と共にその試合を見守っていた。

 槍を持つ夫の馬が、不自然に脚を折った――ように私には見えた。

 勝負は一瞬の油断が命取り。それまで柄で受け、打ち合いをしていた均衡が突然崩れ、夫の身体は宙に投げ出され――地面に叩きつけられると同時に試合相手の槍に刺された。
 それは試合中の不幸な事故。不運に不運が重なった事故。
 皆、そういって私を慰めた。侯爵様も私のことを気に掛けてくださった。
 けれども私はあの時の不自然な馬の動きを忘れてはいない。

 暫くして、騎士としての役目に復帰した私は気がついた。己が槍を持てなくなっていることに。槍を持つ敵に対すると、例えそれが訓練であっても震えが止まらなくなり、戦うどころではなくなるという事に。
 私は騎士として半ば役立たずになってしまったのだ。
 けれども諦めたくは無かった。亡き夫と共に歩んだこの道を。役に立たなくなった私を、捨てずに置いてくださった侯爵様のためにも。
 そして私は信じている。夫の死が単なる事故ではなかったということを。何か、目に見えぬ何かの力が働いていたのではないかと。

 私は私の役立てる場所で、役に立って見せようと決心した。


●ギルドにて
 冒険者ギルドに、見るからに騎士だとわかる格好の女性が入ってきた。
 鎧の下のチュニックからショートパンツ、ブーツ、そしてマントに至るまで全て白という徹底のしようだ。年の頃は二十歳を少し過ぎた辺りだろうか。何か決意を込めた瞳でカウンターに近寄ってくる。
「リンデン侯爵家の騎士、イーリス・オークレールと申す。冒険者を雇うには、ここでよいのか?」
「はい、ここで大丈夫です」
 応対に出たのは支倉純也だ。彼は柔らかい表情で椅子を勧め、記録をとる準備をする。
「リンデンで何か?」
 リンデン侯爵領といえばメイディアの北、セルナー王都の南西にある、そこそこの広さを持つ領地だ。現在侯爵が倒れており、その代行は長男が行っているらしいという噂がある。
「主都アイリスからかなり南の位置、ステライド領に近い辺りで怪異が頻発している。私はその解決を任じられた」
「怪異?」
「今回調査に赴くのは、侯爵領の南西部、ステライド領との境にある海に近い村だ。その村付近の海辺に、水死体が頻繁に上がっているという。水死体の身元は村の者や旅の者など様々なのだが‥‥奇妙な証言があってな」
「奇妙、とは?」
 純也は書類から顔を上げ、先を促す。イーリスは溜息を漏らすようにして先を続けた。
「村の子供が海辺で馬を見た、と言っている。旅人達が3頭の馬に跨り、海の中に消えていったと」
「その旅人達はどうなったのですか?」
「――翌朝水死体となって浜に打ち上げられた」
「‥‥‥‥‥‥」
 馬に乗って海に消えていく? 亀に乗って、ならば御伽噺にあるのだが――などと純也が考えをめぐらせていると、イーリスが再び口を開いた。
「子供の証言、大人達は見間違いだといって取り合おうとしなかったという。だが私は見逃せない証言だと思っている」
「心当たりが?」
「故あって、私は不思議な現象を起こすと思われる精霊やカオスの魔物などについて少しばかり学んだ。その中に馬の姿をし、悪意を持って人を水の中に連れて行って殺す精霊がいる。今回の水死体も、その精霊の仕業ではないかと思っている」
 精霊――信仰の対象となる彼らだが、中には悪意を持つものもいる。今回はその一部という事だろうか。
「精霊の中には上手く説得すれば説得に応じてくれる者もいると聞く。だが今回の場合は元々人に対する悪意を持っているものだ。説得は難しいかもしれない」
「その3頭の馬――いえ、馬の姿をした精霊を退治し、これ以上水死体が上がるのを防ぎたい。そういうことですね?」
「ああ。問題の村と海辺へは私が案内する。馬型精霊、名をケルピーというらしい、それらの退治をお願いしたい」
「了解いたしました」
「それと‥‥」
 何故か言いにくそうに口ごもるイーリスを、純也は首をかしげて見つめた。
「申し訳ないが、武装に関してお願いしたいことがある。槍だけは使わないでほしい」
「槍‥‥?」
「私個人の事情で申し訳ないのだが、どうしても槍は苦手でな。味方であっても使う者がいると私は震えが止まらなくなり、役に立たなくなってしまうのだ」
 恥ずかしい事なのだが、どうか宜しくお願いしたい、と彼女は深く頭を下げた。

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea0504 フォン・クレイドル(34歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb0884 グレイ・ドレイク(40歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ec4205 アルトリア・ペンドラゴン(23歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 ec4777 ハイン・ディオルブ(23歳・♂・ファイター・人間・メイの国)

●リプレイ本文

●白花
 冒険者ギルドの一角。作戦を立てた冒険者達はそれをイーリスへと告げた。すると彼女は必要な馬車を調達してくれるという。これで現地まで、そして現地についてからも予定通りの行動を行えるだろう。
「レディ・オークレールとお呼びすればいいのでしょうか」
「イーリス、で構わぬ」
 礼法には疎いゆえ、とかしこまって告げるルイス・マリスカル(ea3063)にイーリスは微笑を返す。喋り方こそ固いが、そこには自分の依頼を引き受けてくれた冒険者への感謝がにじみ出ている。
「悪戯好きな水の精霊ケルピー‥‥、ろくな出会いがありませんね」
「貴方はケルピーに出会ったことがあるのか?」
「ええ。今までの出会いを思い出してもろくなものはありませんが」
 苦笑するイリア・アドミナル(ea2564)。さすがは冒険者だ、経験豊富なのだなとイーリスは感心したように呟く。
「精霊と上手く付き合うことが出来るのならそれが最もいいのだろうが、犠牲者が出ている以上放って置くわけにもいかない」
 敵に関する情報は多いに越した事はない。風烈(ea1587)は山海経を開いてケルピーについての伝承を探す。烈の予想通り、精霊魔法の[水]を使用する精霊のようだ。
「ケルピーは一見普通の馬に見えますけど、良く見ると足の先に水かきがついています」
 イリアが自らの知識を活かし、冒険者達の情報を増やしていく。
「ふ‥‥む、ケルピーか。冒険者が乗り回しているのは見たことあるが」
「という事は乗り回す方法があるということですよね?」
 アリオス・エルスリード(ea0439)の呟きを拾ったアルトリア・ペンドラゴン(ec4205)が訊ねるようにして告げるが、生憎それに答えられるほどの知識を持ったものはここにはいなかった。だが水の中にそのまま連れて行かれた旅人達と違って、乗り回していたということから、何らかの方法でケルピーを従わせることが出来ると知れる。
「これ以上犠牲者を増やすわけにもいかないし、早く何とかしないと。イーリスさん、よろしく」
「ああ、こちらこそ」
 同じ女だし、折角一緒に仕事をするのだから仲良くなりたい、と気楽に声をかけたフォン・クレイドル(ea0504)にもイーリスは丁寧に笑顔を返した。


 移動の最中、幌馬車の中でグレイ・ドレイク(eb0884)はイーリスに優しく声をかけた。彼なりの心配がそこに現れている。
「騎士として仕える方の領地を見て回っているのは、何か訳があるのではないでしょうか。もし他に気になっている事があれば、相談に乗ります」
 グレイの申し出に、馬車の中の視線が一点に集まる。御者を務めるルイスも耳だけは馬車の中へ向けていた。
「いや‥‥実を言うとリンデン侯爵家内部では現在少々トラブルを抱えていてな」
「侯爵様が執務が出来ない状態にあるって噂なら聞いたことがあります」
 イーリスの言葉を後押しするようにアルトリアが告げると、イーリスはそれに首肯で答えた。
「それで侯爵様が手の届かない分領地を見て回っているのだが‥‥後の理由は、まあ私事だ」
「私事でも気になる事があるなら聞いておきたいかな。私は結婚どころか色っぽい話の一つもないし、貴族との交流も一切ない野良冒険者だけど、同じ女だし。何か悩み事でもあるなら聞かせてよ」
 あくまで私事だから、と口を閉ざそうとしたイーリスに、フォンは明るく告げる。他の仲間も彼女と同感なのか、黙ってイーリスを見つめていた。イーリスは苦笑にも似た溜息を漏らした後、口を開いた。
「一年前に行われた馬上槍試合において、馬が不自然に脚を折った瞬間を私は目撃したのだ。一瞬の事だったので他の者は気づいていなかったようなのだが――確かにあの時は不自然さがあった」
「それが精霊の仕業だと思ってこのようなお仕事を?」
 イリアの問いにイーリスは「わからぬ」と小さく呟いて俯く。
「解らぬからこそ、万が一の可能性に掛けてみたい。私は真実を知りたいのだ。それに私は、その事故で騎士としては半ば役立たずになってしまったものでな」
「槍――と何か関係があるのか」
 アリオスの小さな呟き。その単語にびくっと身体を震わせるイーリス。明らかに過剰な反応である。
「まあ、そんなところだ」
 ――苦笑。何か事情があるだろうことを隠しはしないが、その事情は未だ話せる段階ではないらしい。
 無理に触れるようなことはしない、いつか事情を話してくれるまで待つと決めていた烈はイーリスからゆっくりと視線を外した。


●攻防
 海辺付近の村へ辿り着いた後の冒険者の行動は見事なまでに統一されていた。馬型精霊ケルピーについて、手分けして村中に触れ回り、退治するまでの間海辺への外出を控えてもらう事でその被害を減らすと共に、敵の注意を自分達に向けさせる、そういった目的があった。村人達はこれ以上水死体が上がらないようにしてくれるならば、と彼らの指示に従うことを快く了承してくれた。
「旅人が海の中に消えたという話、そのままでは死ぬというのに抵抗しないのはおかしい。何らかの能力で動けなくしている恐れがある、注意しよう」
 烈の言葉に一同は頷く。そして一同は海道を行く。目立つ武器を持つ者は馬車の中に隠れ、軽装の者が外に出て数人の商人を装う。
 すると暫くして、不審な気配が現れた。見ると、海辺に馬が三頭。遠くから見ただけではただの野良馬のように見えるのだが‥‥。
 ルイスは海に近づかないようになるべく陸側に馬車を止める。海に逃げ込まれたり連れ込まれたりするのを防ぐためだ。烈は自身にオーラエリベイションを付与する。
「あんな所に馬が?」
「丁度荷物を載せる馬がほしかった所です」
 グレイとイリアが銀の指輪を手に三頭の馬へと近づく。ルイスもワインを片手にその後に続いた。残りのメンバーは馬車の中で息を潜める。
『どうだ、俺たちの背中に乗ってみないか?』
「!? 馬が喋った!?」
 一頭のケルピーの発した言葉に、ルイスは驚いた振りをして近づく。そしてその脚にある水かきを確認。確かに水かきがある。
「喋る馬とは珍しいな。ワインでも飲むか?」
「喋るという事は交渉も出来るでしょうか。丁度荷物を載せる馬がほしかったんです。ワインを上げますので馬車を引いてもらえないでしょうか?」
 グレイとイリアもケルピーに近づく。だがケルピーは特にワインに興味を示した風もなく。

『俺の背中に乗れ。宝が沢山ある場所につれて行ってやるぞ』

 三体がそれぞれそんな言葉を発したその時、イリアの身体がぴくり、と動いた。そのままケルピーに近づき、跨ろうと試みる。
「イリアさん!?」
 同じ様に話しかけられたルイスとグレイは特に何か変わった様子はない。急ぎ、二人がかりで馬に跨ろうとするイリアを引き離す。
「みんな、出てきてくれ!」
 緊急事態、とグレイが馬車に向かって叫ぶ。それを聞いた残りのメンバーは急ぎ馬車から飛び出し、その場へと駆けつけた。
 操られているのか、イリアは未だケルピーへ向かおうとしている。それをルイスが懸命に抑えているところだ。
「逃げられる前に倒す」
 烈が素早く、前にいる二頭のうち片方を二度、殴る。グレイがその長い刀で敵の首を落としてやるとばかりに、もう一頭にスマッシュEXを加える。二度、その重い一撃を加えればケルピーは倒れ付し、逃げる事さえもままならなくなる。
「いくよ!」
 フォンが前衛に残ったもう一体に剣を振り下ろし、スマッシュ連撃を加える。
「後ろの一体が何かを狙っています!」
 イリアを押さえているルイスが叫ぶ。それに素早く対応したのはアリオスだ。
「‥‥させない」
 素早く弓に矢を番え、後ろのケルピーを打ち抜く。弓に打ち抜かれたケルピーは魔法の詠唱が中断されたのか、忌々しそうにアリオスを見た。
 イーリスが前衛のケルピーに斬りかかる。アルトリアは倒れている前衛のケルピーを避けて、奥にいるケルピーに剣を振るった。
『やられたままで、いられるか!』
 前衛でまだ立っているケルピーがフォンを狙う。だが彼女は繰り出された蹄を避けた。一方、後衛のケルピーを狙ったアルトリアは蹄を避けきれず、腹部にその攻撃を受けてしまう。
「くっ‥‥」
「アルトリアさん!」
 その時、イリアに掛けられた何がしかの呪縛が解かれ、ルイスと共に二人が戦闘に加わった。アルトリアを攻撃したケルピーを、イリアの高速詠唱ウォーターボムが包む。その隙にアルトリアはリカバーポーションの封を切り、一気に飲み干した。するとその傷がたちどころに回復していく。
 前衛のもう一体は烈とフォンとイーリスが攻撃を続けている。後衛のケルピーにはイリアの魔法とルイス、そして傷を治したアルトリア、その上アリオスが後方から弓で援護を行っていた。
「少々悪戯が過ぎましたね、覚悟を」
 操られたことでその憎しみも増しただろう、イリアが再び高速詠唱を開始する。
「こちらはこれで終わりだ」
 倒れて動かなくなっていた前衛のケルピーは、グレイのスマッシュEXを容赦なく浴びて、そして掻き消えた。順に他のケルピーも掻き消えていく。傷を負ったその身体では、折角繰り出された蹄での攻撃も回避されてしまって。
「これでここに水死体が頻発する事もなくなるかな」
 ふぅ、と息をつき、烈が海を見つめる。
「そうだな、平和な海に戻ってくれる事を祈る」
 イーリスも同様に海を見つめ、目を細めた。
「ところでイリアさんのあの操られたような症状は何だろうか」
 その場でその様子を見ていたグレイが呟く。
「もしかしたら言霊の様な能力を持っていたのかもしれません‥‥」
 操られてしまった事が悔しいのか、イリアはぐっと拳に力を入れた。
「さて、一応酒を飲ませると約束はしましたからね」
 精霊ゆえか、亡骸は残らなかったものの、供養にとルイスはワインの口を切り、その中身を海へと流す。

 これでここでこれ以上不審なまでもの大量の水死体が上がる事はなくなるだろう。

 静かになった海。
 海の潮風とワインの芳香が混ざり、風に乗って流れた。