悪縁を断て。笑顔を咲かせよ。

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 47 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月18日〜04月24日

リプレイ公開日:2008年04月24日

●オープニング

 先日、港町ナイアドに住むウェルコンス男爵家長女の婚儀がその領地で行われた。
 途中花婿が襲われそうになるハプニングはあったものの、花嫁の登場で集まった民達の混乱も最小限に済んだのである。
 表向き、花嫁には何もなかったように見えるが、その実本格的に狙われたのは自分が危険に晒されている事をしらなかった令嬢セルシアだった。
 その控え室に、花婿レシウスに恨みを持つ元貴族のクリュエールという男性が花の配達を装って堂々と侵入しようとしたのだ。だがそれは冒険者達の活躍によって防がれ、花嫁は無事に着替えを終えて民達の前に出ることができたのである。

 その時冒険者達は警護に手一杯でパーティを楽しむ余裕などなかった。だが、冒険者達が来てくれたのは自らの命を守るためだと知ったセルシアは、これまで自分達の恋路を沢山の冒険者に助けてもらったという事も有り、冒険者たちを招いて感謝のパーティを開く事にした。主催はセルシア。主賓は冒険者達である。

 ところが問題が生じた。領地内の領主館(結婚式を行った場所である)の地下へ監禁していたクリュエール、及び式に乱入した男達が私兵を騙して逃亡したのだ。クリュエールの牢の鍵を開けた私兵は殺害されている。いくら不意を突かれたとはいえ人一人を、それも一般人よりは若干武術に覚えのある私兵を殺害しているのだ。クリュエールは以前のようなただの貴族の子息というわけではないのだろう。行方不明の期間に武術を学んだのかもしれない。いや、学ばざるを得なかったのかもしれない。

 実はクリュエールを地下牢に留め置いていたのには理由がある。念の為彼の生家、ハリオット伯爵家に彼の処分の判断を仰いでいたのだ。だが戻ってきた返事は「そのような人物、我が家には存在しない」という返答。ハリオット家がクリュエールを放逐したのは間違いないようだ。これ以上関わり合いになりたくない、そして好きに処分してくれ、そういった内容だと読み取ることが出来る。
 しかしその返答がナイアドのウェルコンス男爵邸に届いたその時、クリュエールは既に領主館を脱出していたのである。

 だが彼の行方は思いのほかすぐに発覚した。町外れの廃屋、そこに何かが住み着いているようだという町民からの訴えがあったのだ。どうやら彼はそこに一緒に逃げ出した仲間と共にいるようだ。まだ何かを狙っているのか、ただ逃げる算段を整えるためにそこにいるのかは分からないが。もうこれ以上脅かされる事のないように、廃屋に押し入って彼らを処分してほしい。
 廃屋の大きさは普通の二階建て一軒屋程度。所々窓やドアが壊れていたりする木造の建物だ。敵はクリュエールと結婚式に騒ぎを起こした男達四人。彼らの処分は男爵の代わりに同行するレシウスに一任された。レシウスは冒険者に一任するという。くれぐれも逃亡を許さないでほしい。

 ちなみに今回、セルシアはナイアドの館でパーティの準備をしているため、彼女を護衛する必要はない。レシウスのみ、冒険者と共に領地の町へ入り、廃屋へと同行する。
 パーティの前に最後の片をつけて、そして思う存分パーティを楽しんでほしい。パーティでは豪華な料理の他に、甘い菓子なども供される予定だ。男爵は冒険者達が気を使うといけないといって参加は辞退したが、セルシアの年の離れた妹達も参加するアットホームなパーティとなろう。日頃の疲れを癒してもらえれば幸いだ。

 そのパーティを楽しむためにも、前日に予定されている廃屋強襲は是非成功させてほしい。成功させるための力を貸してほしい、と冒険者ギルドに現れたレシウスはゆっくり頭を下げた。

●今回の参加者

 ea4426 カレン・シュタット(28歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・フランク王国)
 ea4868 マグナ・アドミラル(69歳・♂・ファイター・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 eb3446 久遠院 透夜(35歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 eb8542 エル・カルデア(28歳・♂・ウィザード・エルフ・メイの国)
 ec0568 トレント・アースガルト(59歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ec3467 ガルム・ダイモス(28歳・♂・ゴーレムニスト・人間・ビザンチン帝国)
 ec4205 アルトリア・ペンドラゴン(23歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●決意
 冒険者ギルドを出て、レシウスと共に一行は港町ナイアドへと向かうゴーレムシップに乗り込んだ。海の状況にもよるが、これに2日ほど揺られるとナイアド到着である。
「正直、前回とっ捕まえた事で終ったと思っていた」
 苦笑を浮かべながらレシウスにそう漏らすのは久遠院透夜(eb3446)。彼女は今までもレシウスに関わり、そしてクリュエール捕縛にも一役買っていた。
「俺も‥‥あれで終って欲しいと思っていたのだがな」
 対するレシウスも、腕を組んで壁に寄りかかりながら同じ様に苦笑を漏らした。まさか拘留している間に逃亡するなどとは思いもしなかった。見張りに立っていた私兵が一人やられている。警備体制の建て直しや私兵の訓練を強固する必要があるかもしれないと、心中で思う。
「力になると誓っておきながら、レシウス殿、セルシア殿のお二人の力になる事が殆ど叶わなかった。ならば最後だけは。此処で全ての悪縁を断つ」
「いや‥‥今までも十分力になってくれた。こうして今回も来てくれたことを、とても嬉しく思う」
 唇を噛み締めるようにして吐き出されたマグナ・アドミラル(ea4868)の言葉に、レシウスは優しく言葉を掛ける。また力を貸してもらう事を申し訳なく思っているほどだ。
「今回でけりをつける」
 座し、静かに目を閉じていたレインフォルス・フォルナード(ea7641)が一言、呟いた。その呟きには強い決意が込められている。
「頑張って役に立ってみせます」
 結婚式でも警戒に当たっていたアルトリア・ペンドラゴン(ec4205)も、拳を握り締めて誓った。
「セルシアさんとレシウスさん、お二人の幸せの為には決してクリュエールを逃がすわけには行かない。相手が大地に足をつけている限り、逃がさない」
 エル・カルデア(eb8542)もレシウスを見つめて意気込みを見せた。レシウスはそんな彼らをとても頼もしく思う。
「追い詰められた相手は、何を行うかわからない。相手が牙を研ぎ澄ます前に、その牙をへし折る」
「面識はないが、聞いているだけで野放しに出来ない相手だとわかる。此処で悪縁を断つなら、そのために槍を振るおう」
 武器を握り締めてそう述べたのはトレント・アースガルト(ec0568)とガルム・ダイモス(ec3467)。二人とも心強い戦力である。
「私は魔法での援護しか出来ませんが、逃げようとした敵に対して、魔法で攻撃して援護させてもらいます」
 魔法の使い手であるカレン・シュタット(ea4426)は、前に出て戦うことは出来ないが自分にできる精一杯の事で助力する、と柔らかく微笑んだ。
「皆、宜しく頼む‥‥」
 心強い見方を得て、レシウスは深く頭を下げた。
 目指すは終らない悪縁。それを断ち切るために八人の冒険者が立ち上がった。


●悪縁、断つ
 ナイアドを経てウェルコンス男爵家の領地の町へ到着した一行は、間をおかずレシウスの案内で問題の廃屋へと向かった。まずはその廃屋を遠巻きに見る。所々傷んで壊れているように見えるその建物。壊れている箇所があるということは、中の者がそこから外の様子を窺えるということだ。慎重に行動せねばなるまい。
「‥‥‥。中には五人、しっかりいますね」
 バイブレーションセンサーで探査をしたエルが告げる。敵はクリュエールと結婚式で騒ぎを起こした四人。ということは数は合っている。
「一階の玄関付近の部屋に二人、裏に近いほうに二人、それと二階に一人です」
「二階にいるのがクリュエールかもしれぬな」
 エルの報告に、マグナが推論を加える。曲がりなりにもクリュエールは元貴族。四人の男が彼の命令に従っているのならば、そのボスたる彼はセオリーどおり二階にいるであろう事が推測できた。
「では予定通り、表と裏との二手に分かれて強襲でいいか?」
 レインフォルスの確認に、それぞれが頷く。
 主にクリュエールと面識のあるメンバーが表側から襲撃をする。メンバーはマグナ、レインフォルス、透夜、アルトリア、レシウス。
 そして逃走防止に裏から襲撃をするメンバーはトレント、ガルム、カレン、エルだ。
「新しい門出に古い因縁は相応しくない。いい加減断たせてもらおう」
 名刀「ソメイヨシノ」を手に廃屋を見据える透夜。
「クリュエールの処分はどうするのですか?」
 アルトリアの問いを受け、レシウスは冒険者達を見回す。彼はウェルコンス男爵からその処分を一任されていたが、彼自身は実際に共に戦ってくれる冒険者に一任したいと考えている。
「私は、再び何かを企むのならば我らが阻むと脅し、最終判断はレシウス殿にお任せします」
 始めに意見を述べたのはトレント。次にエルが口を開く。
「信頼できる官憲などがいるのならば任せることを望みますが、奴の腕によっては後の禍根を断つ為に斬る事を望みます」
「逃げたのならば討つしかない。放っておいては何をされるか判らないし、容赦する理由もない。奴の死亡は確実に確認したい」
 透夜は毅然として言い放った。レシウスは他の冒険者達を見渡したが、決めかねているのかなかなか声は上がらなかった。
「わしは」
 しばしの沈黙の後、マグナが口を開いた。一同が彼に視線を集める。
「誓いを十分に果たすことができなかったと感じる故、クリュエールとその仲間の処遇は今までレシウス殿を助けてきた冒険者と、レシウス殿に委ねたいと思う。だがもし」
 言葉を切って一瞬目を閉じ、そして開けた時のマグナの瞳には、決意の様なものが宿っていた。
「手を血に染める必要が有るなら、わしが手を下す」
「‥‥‥。本来ならば俺自身が手を下さねばならないのだろうが‥‥マグナ殿の決意、ありがたく受け取らせてもらう」
 レシウスはマグナの決意に感動の様なものを覚え、胸が熱くなっていくのを感じた。右手を差し出し握手を求めた。それにマグナが、手を重ね、互いに強く握り締める。
「それでは、そろそろ行きましょうか」
 その光景を目を細めて見守りながら、カレンが口を開いた。
 裏口から突入するメンバーがそれぞれ廃屋内の敵に気取られぬように裏へと回っていく。彼らが定位置についた頃を見計らい、表側強襲班は行動を開始する。
 それが、裏側強襲班への合図だ。


 ドカッ! バキッ! メリメリ‥‥バタンっ!
 マグナが玄関扉を蹴破り、半ば腐りかけていたそれを内側へと倒す。
「なっ‥‥!」
 中にいた男二人は突然の強襲に咄嗟に対応できず、蹴破られた扉とその向こうに立つ巨体を呆然と見詰めるばかりだ。だが、冒険者達はその隙をみすみす逃すような真似はしない。屋内に突入したマグナが一番近い男に斬馬刀でスマッシュEXを打ち込む。彼は決めていた。歩みを止めない鬼神と化すことを。重い一撃を食らった男は、血を吐いて膝を付いた。
 続いて中へと突入したのはレインフォルスだ。この後に控えているアットホームなパーティを楽しむためにもきちんと仕事をするべく、無傷の男に両刃の直刀を振るう。そこに因縁のある仮面をつけた透夜がスタッキングで間合いを詰め、スタッキングPAで男の喉元を狙った。男は喉元から血を流し、倒れていく。
 アルトリアとレシウスが、マグナの攻撃で膝をついた男へと切りかかる。追い討ちをかけられた男は、再びゴボリと血を吐いた。
「‥‥お前達か」
 その時、階段がギシリと軋む音がした。そして上から降りかけられたのは感情の感じられない声。恐らく裏側組が立てているだろう剣戟の音の間に、その声は響いた。
「クリュエール‥‥」
 レシウスがその名を呟く。
 髪を短く切り、薄汚れた衣服に身を包んだクリュエールには貴族の子息としての面影はない。だがその諦観を帯びたような声色だけは変わっていなかった。
「逃がしはしない。身内からも見放された。お前を家は守ってくれないぞ?」
 膝をついた男に素早く二度斬り付け、レインフォルスがクリュエールを見上げた。
「何か言い残す事があれば聞いてやるぞ」
 男の返り血を浴びながら、透夜が仮面をずらしてクリュエールを見上げる。彼は自分が窮地に追い詰められているというのに何故か口元を歪ませて――笑った。


「正面からの攻撃が始まったようだ」
「こちらも準備完了です」
 裏口で耳を済ませていたガルムに、自身にオーラボディを付与したトレントが頷く。
「何だ、敵襲か!?」
「逃げろ!」
 そんな声が室内から聞こえてくる。
「裏手の部屋にいた敵がこちらの出口に向かってきています」
 バイブレーションセンサーを使用したエルが仲間に報告をする。トレントとガルムは裏口から三メートルほど離れた場所に、エルとカレンはその後ろに立っていた。裏口の扉に近づかない理由――それは扉を出たところにカレンがライトニングトラップを仕掛けてあるからだ。裏口を出てその罠に掛かったところを、前衛が強襲し、逃走経路である裏口を塞ぐ算段である。
 程なくして、はじくように扉が開かれた。そして我先にと争うようにして男が二人、飛び出してくる。そのうち先に飛び出した方が運悪く、電気の罠を踏みつけ――
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 電流を浴び、痙攣するようにしてバタリと倒れる。立ち上がろうとするが、上手く四肢が動かないようだ。もう一人の男は突然何が起こったのか判らず、呆然としたように足を止めてしまった。その躊躇が命取りとなる。
 エルが淡い茶色の光に包まれた。高速詠唱で男二人に対してアグラベイションを使用する。カレンは印を組み、詠唱を始めた。その間にガルムとトレントは男との間合いを素早く詰める。
 ガルムは無事な方の男を槍で鋭く突いた。スマッシュを使い、男の隙をつく。
 トレントは、倒れた男が起き上がろうとしているところへレイピアを鋭く突き入れる。スマッシュを使い、二度突いた。男は脇腹から血を流し、再び態勢を崩す。
 ガルムのスマッシュが、同じ男に今一度ダメージを与える。男達は何とか反撃をしようと、血で濡れた手で自らの獲物を握り締めた。しかし息も絶え絶えの男達の攻撃は、トレントには受け流され、ガルムには辛うじて回避されてしまう。
 バリバリバリバリッ!
 カレンが放ったライトニングサンダーボルトが男達を襲った。雷は見事に男二人を貫通していく。エルが再び高速詠唱でアグラベイションを唱えた。ガルムとトレントは、とどめとばかりに男達に攻撃を加える。
「中に、急ぎましょう」
 程なく男達が動かなくなったのを見て、エルとカレンも裏口に近づいた。四人は頷きあい、裏口から侵入を試みた。


「何が可笑しい?」
 口元に笑みを浮かべたクリュエールを睨み据え、透夜が口を開いた。彼が何か言おうと口を開きかけたその時――裏口から駆け込んでくる複数の足音が聞こえた。冒険者たちは身構えるが、姿を見せたのは裏手から襲撃に回った仲間達だとすぐに知れた。
「悪いが、あんたとの戦いを終らせる為に此処に来た。俺たちが此処にいる以上、あんたには諦めてもらう」
「あなたは部下にも見捨てられたようです。裏手にいた二人は、迷わず逃げようとしていました」
 ガムルとカレン、そしてトレントとエルを見ても、クリュエールの顔色は変わることはなかった。
「あんな奴ら、部下ともいえまい。元から信用してなどいない」
 クリュエールは興が削がれたとでも言うように溜息をつき、階下に散らばって自分を監視するように見つめている冒険者達を見渡した。
「殺しに来たのだろう? ここまで上がってきたらどうだ」
 その挑発めいた言葉は、特に何か企んでいるようでもなく。ただ、諦めに近い感情がこもっていて。むしろ、何か触れられたくないものでもあるかのようで。
「‥‥セルシアをああも執拗に狙った理由は?」
「‥‥‥‥」
 透夜の問いに、クリュエールの肩がピクリと動いた。その瞳に冷たい光を宿し、彼は透夜を見下ろす。
「語る気など、とうの昔に失せた」
 それは彼なりのプライドの表れなのかもしれない。理由を話して同情を誘っているなどと思われたくなかったからかもしれない。最も、真実は彼本人にしかわからないのだが。
「覚悟を決めているのなら、わしが引導を渡してやろう」
 マグナが斬馬刀を手に階段に足をかける。ギシリ、と傷んだ階段は軋み、彼の体重を受け止めた。

 そして――すべてが終った。


●笑顔の花
 翌日。冒険者達はナイアドのウェルコンス男爵邸で目覚めた。それぞれ部屋を与えられ、ゆっくりと休み、そして夕方のパーティを待つ。邸内をぱたぱたとメイドたちが忙しなく走り回っているのは、夕方からのパーティの為なのかもしれない。
 パーティ前、男性陣は特に身だしなみを気にすることなどなかったのだが、女性はやはり違う。
 カレンはチャイナドレスに着替え、髪型もそれに似合うように纏め上げてみる。ヘアセッティングは自己流で済ますつもりだったが、やはり折角のパーティだからと少しだけメイドの手を借りた。
 透夜は紅白の梅の刺繍が施された振袖に着替えていた。着付けはさすがにこちらのメイドには出来ないだろうから自分でやるしかなかったが、ジャパン出身の彼女は馴れた手つきで次々と衣をまとっていった。彼女曰く久々に着る衣装らしいが、とても似合っている。
 アルトリアは礼服に着替え、髪型はやはりメイドの手を借りて整えた。
「感謝されるほどの事はやっていないのにな」
 照れつつパーティ会場に現れた透夜とカレン、アルトリアという三輪の花に、先に会場入りしていた者達から歓声が上がる。
「こういう時、ジャパンでは何と言うのでしたかね」
「‥‥馬子にも衣装は禁止」
 考えるそぶりを見せたエルに、先に透夜が突っ込む。自分で言っちゃぁ駄目でしょ。
「うわぁ、凄い綺麗〜」
「お姉ちゃん達、綺麗な格好〜!」
 その時、パタパタと小さな足音が彼らに近づいてきた。10歳前後の女の子と、5.6歳の女の子の二人だ。この二人がセルシアの年の離れた妹だろうか、珍しい服装に惹かれて駆け寄ってくる。遠くでセルシアが「こら、駄目でしょう」と言いつつ近づいてくるのが見えた。
「お招き有難う、セルシア」
「有難うございます」
「ご結婚、おめでとうございます」
 透夜、アルトリア、カレンがそれぞれセルシアに声をかける。その間にも少女二人は三人の衣装に見入り、手を触れてみたいものの触れていいものかどうかという迷った様子を見せていた。
「有難うございます。冒険者達皆さんのおかげです。今日はゆっくり楽しんで行ってくださいね。こら、アネッテ、ヘルマ、ご挨拶が先でしょう?」
 セルシアはにっこりと笑いかけた後、二人の妹たちにやんわりと注意をする。アネッテとヘルマと呼ばれた二人の少女は、小さくドレスの裾をつまんで頭を下げた。
「アネッテと申します」
「ヘルマです」
 小さくても男爵令嬢。教育の施されたレディだ。その挨拶は様になっている。
「お二人とも、宜しくお願いしますね。触れても、構いませんよ?」
 カレンが微笑み、許可を出すと少女達は目を輝かせて恐る恐るチャイナドレスへと手を伸ばした。
「セルシア、今幸せ?」
 透夜の唐突な問いに、セルシアは一瞬の迷いもなく頷いた。それを見た透夜は安心して微笑を浮かべる。
「それならよかった。君達が幸せであれば、今まで関わった冒険者皆が報われるのだから‥‥」
「お二方、今日のお料理のオススメは何ですか?」
 少女二人の相手をしていたアルトリアとカレンは、料理を見に行くようだ。立食形式のパーティゆえ、広間のテーブルには沢山の料理が並べられている。
「あ、私も行こう。後で振袖を触らせてあげるよ」
 透夜はセルシアにまた後でと告げ、四人と共に料理の並ぶテーブルへと向かった。

「この度はおめでとうございます」
 女同士の会話に口を挟めないでいたエルは、キリがいいところでセルシアに話しかけた。ありがとうございます、と微笑むセルシア。
「後で珍しい生き物をご覧に入れますよ」
「珍しい‥‥?」
 首をかしげるセルシアに、エルは頷いてみせる。彼が用意したのはスモールホルスという鳥だ。巨大な身体ゆえに邸内に持ち込むことは出来ないが、その金色に輝く身体は祝いの席に相応しいと思われた。
「お二人の幸せな未来を願って」

「ふむ‥‥色々な料理があるものだな」
 様々な料理を載せた皿を手に、レインフォルスが壁際に置かれた椅子に戻ってくる。そこには他の冒険者達と歓談するレシウスとセルシアを静かに見つめるマグナの姿があった。
「レシウスとセルシアとは、色々と関わったから、幸せになって欲しいものだ」
「うむ」
 食べ物を口に運ぶ合間にぽつりと零されたレインフォルスの呟きに、マグナも頷く。
「お二人に永久の幸せを願わん」
 彼の視線の先には、仲睦まじく寄り添うようにして笑っている二人の姿があった。

「長年思いを育んできた二人が結ばれるのは、なんとも微笑ましい。お二人に永久の幸せを」
 トレントはまず祝いを述べ、そして話を移す。
「お二人の今後の暮らしについてはどのような事を考えておられるのだろうか? 何か事業等で力が必要になるのなら、力になります」
「俺は男爵の元で、時期領主としての仕事を少しずつ覚えていく予定だ。男爵より身軽な分、色々と現地に赴いて仕事を片付けなくてはならない事も有ると思う。また力が必要な時は冒険者達に頼る事もあるだろう。その時は、是非お願いしたい」
 レシウスの差し出した手を、トレントはしっかりと握り、二人は握手を交わした。
「予定といえば子供の予定は?」
 その時通りすがった透夜が、トレントの後ろから顔を出して声をかけた。側には少女二人を連れている。珍しい格好のおかげもあってか、すっかりなつかれてしまったようで。
「なっ‥‥」
 その問いに言葉に詰まったのはレシウスのほうだった。セルシアは相変わらずにこにこと笑みを浮かべたまま
「跡継ぎの件もありますし、近いうちに必ず」
 などと言ってのけた。これが男爵令嬢と元私兵の乳兄妹の違いかもしれない。セルシアは貴族として跡継ぎの重要さを幼い頃から刷り込まれてきたのだろう。
 そのセルシアの堂々とした態度に、辺りからおおー、と歓声の様などよめきが起こる。爆弾発言といえば爆弾発言かもしれない。
「(故郷にいる妻は、今如何しているのだろう)」
 グラス片手に、ガルムは遠い天界へと思いを馳せる。故郷に置いてきた妻を、思い出したのだ。だがそれも一瞬の事。場を盛り上げようと彼は口を開く。
「レシウス殿、案外尻に敷かれるかもしれませんね」
「‥‥‥むぅ」
 否定すら出来ず、レシウスは言葉に詰まる。そこで言葉に詰まるからからかわれるのだというのに。
「俺が新婚時代をどう乗り切ったか教えましょうか?」
「‥‥‥是非、頼む。後でこっそりな」
 そのやり取りに、辺りから笑いが漏れる。セルシアの前でそんな約束をしては、こっそりも何もあったものではない。
 歓談と食事を交えて、時間は緩やかに過ぎていった。


 夜も更け、料理の皿もあらかた空になり、酒を飲んでいる者は程よく酔いが回った頃。
 セルシアの妹二人は既に先に退室し、就寝したようだが、セルシアは少し席を外した後、小さな箱を抱えて戻ってきた。レシウスがそれを受け取り、冒険者達を集める。
「皆には感謝してもしきれない。俺たちの為に力を貸してくれて、本当に有難う。少ないがこれは感謝の印だ」
「何をプレゼントすれば冒険者の方々のお力になれるか考えまして‥‥これでしたら荷物にもなりませんし、お役に立てるのではと」
 レシウスが取り出して見せたのはソルフの実だ。どんぐりのような木の実で、これを飲み込めばMPが回復するという不思議な品物である。
「戴いても良いのか?」
「沢山は用意できませんでしたが‥‥ほんの気持ちです。是非受け取ってください。私達の感謝は、お金や物では表しきれませんが」
 マグナの問いに、セルシアが微笑む。
 約一年前、セルシアは家の借金ゆえに他家へ嫁ぐことを覚悟していた。レシウスは主家に捨てられ、自らの命をも捨てようとしていた。
 そのどちらをも救い、身分違いの恋を成立させたのは他ならぬ冒険者達である。
 叶わぬ思いだと二人が諦めていた恋、それは数多の冒険者達の手によって叶えられた。
 二人が冒険者達に感謝をしないはずがあるまい。

 長い長い道のり、数多の障害。
 彼らがそれらを乗り越えられたのは、ひとえに冒険者達のおかげ。
 そう、ここに笑顔咲き乱れているのは、冒険者たちがいたから――。