【銀糸の歌姫】もれいづる月の影のさやけき
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月28日〜05月03日
リプレイ公開日:2008年05月02日
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●オープニング
その日冒険者ギルドに現れたのは、銀の波打つ髪が美しい歌姫だった。その歌姫、この間自分は「笑えない」のだと告白したが、現在もその顔には笑顔の欠片すら浮かんでいない。
「この間広場で歌ったおかげで‥‥私を雇いたいという人が何人か声を掛けてくれました」
「それは良かったですね。決めたのですか?」
応対する支倉純也は柔らかい笑顔を浮かべ、カウンターを挟んで向かいに座る歌姫エリヴィラに問いかけた。
「いえ、その‥‥殆どは旅芸人の一座へのお誘いだったのですが、その中に一つだけ気になるところがあって」
「気になるとは?」
「旅芸人ではなく、楽団への誘いが‥‥」
「楽団、とはそれはまた‥‥一体どちらのですか?」
各地を回って様々な芸を披露する旅芸人一座とは違い、楽団ともなれば音楽に特化した組織である事は間違いない。それぞれがそれぞれ、自分の得意分野でのポジションを持っているだろう事から、旅芸人一座内で起こると予想される花形争いなどとは無縁だろうと予測される。花形を奪われることを危惧して彼女を脅したり嫌がらせをしてくる者がいる旅芸人一座よりは居心地が良いのではないかと思われる。
「‥‥確かリンデン侯爵お抱えの‥‥『リンデン幻奏楽団』の団長さんだとおっしゃっていました‥‥。その楽団で、歌を歌ってほしいと」
「リンデン、ですか‥‥」
リンデンとは王都メイディアの北、セルナー主都の南東辺りを領地とし、アイリスという主都を持つやや広めの侯爵領だ。その侯爵家の騒動に現在関わっている純也は、少しばかり渋い顔をした。その騒動は直接楽団に関係はないのだが、やはり反射的に思い浮かべてしまう。
エリヴィラがその団長を名乗る人物から聞いた話によると、リンデン幻奏楽団はリンデン侯爵の全面的支援を受けている侯爵家お抱えの楽団であり、アイリス内に楽団専用の施設があるという。住居施設と練習施設を兼ねたその建物には、団員ならば誰でも部屋を借りることが出来る。
元はといえば侯爵が身分、種族を問わず音楽に秀でた者を保護し支援することで出来た楽団であり、活動は侯爵家主催のパーティやアイリス内でのイベント、領内での侯爵支援のイベントなどでの演奏を主とするという。
「専属の楽団員だけでなく、兼任――冒険者やその他、職を持っている者の入団枠もあるそうです‥‥」
今回はその兼任団員のスカウトの為に王都を訪れていた団長だったが、偶然広場で歌うエリヴィラの歌声を聴き、これ以上ない逸材だと是非にと楽団入りを請うたのだ。楽団には現在、高音域を担当する女性歌手がいないという。
「‥‥後ろ盾もしっかりしていて、条件も良いので、受けようか迷っているのですが‥‥」
そこで彼女は口ごもる。
「『笑えない』ことが躊躇いの原因ですか?」
純也の問いにエリヴィラは小さくかぶりを振った。「笑えない」事を事前に話し、了承してくれる所に雇われれば良いという冒険者からのアドバイスに彼女は従ったのだという。その事を打ち明けてもなお、団長はエリヴィラを楽団に欲しいと願ったのだ。精霊をも聞き惚れると噂されるその歌声は、笑顔と引き換えにしても余りあると評価されたのかもしれない。
「ではやっぱり‥‥種族の事ですか?」
「‥‥はい。いくら『身分、種族を問わず』だとはいえ、さすがに私ではだめだろう‥‥といった思いがあります」
冒険者などの実力が物をいう世界では、ハーフエルフという種族よりも実力の方が重要視され、露骨に差別されることは少ない。だが一般市民や、それも辺境の小さな村や集落では、露骨な差別をされるということがあるという。彼女がそこまで警戒を重ねるのには、何か理由があるのかもしれない。
「失礼ですが、ご出身は確かロシア王国でしたよね?」
「――はい」
エリヴィラは遠く向こうを見るような瞳でその言葉を発した。
ジャパン出身の純也は、僅かではあるがジ・アースのロシア王国のことは知っている。確かハーフエルフがその国民の大多数を占めているはずだ。その国から、エリヴィラは何らかの理由で月道を通ってアトランティスへと来たのだろう。
もし、彼女がアトランティスの文化について何も知らずに来落したとしたら――?
何か、彼女の心を凍らせるような出来事があったのかもしれない。それとも彼女はここに来る前から笑えなかったのだろうか?
「それは――ご苦労なさったことでしょう」
純也は上手い言葉が見つからずに、辛うじてそう返せただけだった。
「ところで今日はご依頼ですか? 事後報告にいらっしゃっただけではないのでしょう?」
「あ、はい。入団する場合はアイリスの楽団宿舎で団員に対して歌って見せて欲しいと言われているので‥‥それについて来ていただきたいのと、あとは団長さんからのお願いで」
彼女自身はまだ入団に迷いがあるようだ。後押しをしてあげる必要があるだろう。今の所、リンデン幻奏楽団が一番条件が良い仕事場だというのだから。
詳しく聞くと、行きのゴーレムシップの中で披露する歌を考えたいという。歌詞や旋律、イメージなどのアドバイスをしてあげると良いだろう。そして実際その曲の練習を聞いて上げるとよい。楽団メンバーの前で歌う時も、見ていて上げれば彼女は安心して歌うことが出来るだろう。つまり彼女をアイリスまで護衛して行き、楽団員の前での舞台に立たせることが依頼内容となる。彼女にはまだ僅かながら迷いがあるようだから、背中を押してあげてほしい。
そして団長からのお願いとは、兼任入団者募集の件だ。こちらは必ずしも入団希望者がいなければならないというわけではない。音楽と楽団に興味を持ち、兼任団員として楽団に籍を置いても良いと言う者がいたら、是非つれてきて欲しいと団長は言ったらしい。
兼任団員であるからして、アイリスの楽団宿舎で必ずしも生活をする必要はないし、日々別の仕事に精を出して行事の時だけ団員として働くのでも構わない。兼任団員の召集が間に合わない時は、専属団員でなんとかまかなうのだという。
また、音楽に興味があれば現在の技術の有無は問わない。これから音楽を勉強して行きたいという意思があれば、今回は素人でも受け入れるのだという。
興味のある者は立候補してみてはいかがだろうか?
「私は‥‥どうしたら」
行きたい気持ちと不安な気持ち、それが天秤のようにエリヴィラの中で揺れていた。
●リプレイ本文
●嘆願
冒険者一行やエリヴィラがゴーレムシップへの搭乗準備をしている頃、キース・レッド(ea3475)は真剣な顔で支倉純也を訪ねていた。
「支倉君、頼みがある。リンデンでのお家騒動は聞いている。耳ざといのが冒険者だ」
お家騒動――その騒動にカオスの魔物が加わり、確かに更に事態は悪化している所だ。
「その場所の楽団にエリィ‥‥歌姫がスカウトされた。今後、彼女が陰謀に巻き込まれるような事があるのなら、どんな依頼でも優先的にギルドに回して欲しい。彼女は、僕が護る。我が祖国、大英紳士の誇りに掛けてね!」
真摯に願うキースに、純也はわかりました、と頷き、お気をつけてと付け加えた。
●船旅
ゴーレムシップに乗った一行は、まずは歌詞と旋律を決めようと甲板へと集まった。今回も雀尾煉淡(ec0844)の作ってくれた歌詞を受け取り、エリヴィラはそれに目を通す。ただいつもと違うことは――
「うぅ〜みぃ〜!」
ジ・アースからウィルを経て今回初めてメイに足を踏み入れ、初めてゴーレムシップに乗ったというシフール、ファム・イーリー(ea5684)の存在だ。
「海! 海! イルカさんとかクジラさんとか亀さんとかいるかなぁ〜♪」
地球製の双眼鏡で外を覗きながらはしゃぎまわる彼女。今回は彼女と歌声を重ねることになる。
「まずは観光気分で楽しむのもいいかもしれないな」
はしゃぎまわるファムを見てクス、と笑顔を浮かべたスレイン・イルーザ(eb7880)の呟きに、皆が同意する。始めから緊張と迷いの中にあっても良い歌は歌えまい。そんな状況で練習をしても得られるものは少ないだろうと思われた。
「桜の蕎麦とだんごもあるよぉ♪」
既にファムは甲板に座り、食べ物を広げている。それを少しばかり驚いた表情で見つめていたエリヴィラの手を、久遠院透夜(eb3446)が引っ張った。
「ほら、エリヴィラも混ざろう」
「え‥‥」
透夜も甲板に座り、銘酒「桜火」とサクラの蜂蜜を広げる。
「よろしければこれも」
寄ってきた煉淡が差し出したのはさえずりの蜜。蜂蜜もさえずりの蜜も喉に良いとされている。
皆がそれぞれ甲板の上で、思い思いに食べ物をつまみ、お酒を飲む。そんなゆったりとした時間が続いていく。
「太陽も星も、風や海も、世界はハーフエルフを差別したりはしない‥‥」
透夜がぽつりと呟いた。皆の動きが一瞬止まる。
「確かに、人の社会は君たちに冷たく、いわれなく厳しい人達は多いと思う‥‥だが、私は好きだから。エリヴィラの歌も、エリヴィラも」
だからそんな風に『世界の何処にも居場所がない』と絶望しないで欲しい、と透夜は願う。歌を歌い続けていれば、彼女の歌を好きになる人は一杯いるだろう、彼女自身を好きになる人も現れるかもしれないから。
「だから『私では』と諦めず、歌を信じて挑戦して欲しい。人の身で勝手なと思うかもしれないが、ハーフエルフへの偏見を吹き飛ばすほど高らかに! エリヴィラならきっとできると、信じているから」
笑顔と共にそう告げられた言葉。それはまごう事なき、エリヴィラに向けられた好意で。彼女は自分の心の中が、仄かに熱くなるのを感じて、気がつくと透夜に抱きついていた。銀色の波打つ髪が、さらりと音を立てる。
「透夜さん‥‥ありがとうございます」
「儚く輝く世界 零れ落ちていく希望
その運命(さだめ)に抗おう 今 自分の勇気で‥‥
誰もが流されてゆく現在(いま)
彷徨(さまよ)う衝動
胸の中 何かが叫ぶ 『これでいいのか?』と
WAKE UP!!
覚醒(めざ)めよ 熱く その魂
GET RIDE!!
乗り遅れるな 未来 迷うヒマはないはず
運命(さだめ)の鎖 解き放つとき
誰もがきっと 強くなれる
闇を壊せ SOUL LIBERATION!!
現在(いま)を超えて 未来に繋がる瞬間(とき)‥‥」
その二人の様子を見て、明るく歌いだしたのはアマツ・オオトリ(ea1842)。歌い終え、彼女はエリヴィラの肩を軽く叩く。
「歌姫よ、きっとそなたを愛し、支えてくれる者が現れよう。存外、近くにおるやもしれんがな」
「あたしも歌う〜♪ う〜み〜♪ う〜み〜♪」
「そのまんまか」
ファムの歌声に、スレインの鋭いツッコミが入る。それは場を沸かせる笑いだった。が、その中で笑わないのはエリヴィラと――
「(くそ‥‥ほんの少し、彼女に手を伸ばせば。その甘い香りも、華奢な体も、この腕に抱きしめる事が出来るのに。なのに髪に触れた途端、彼女は狂ってしまう。そうして今まで、心無い輩に‥‥僕では無理なのか!? 彼女の笑みを取り戻せないのか?)」
甲板の隅で懊悩するキースだった。エリヴィラは依頼主、自分は雇われ者。度を越えた好意は出さないと決めてはいても、彼女の身を心配する心は募る。
「キースさん‥‥どうかしましたか?」
一人暗い顔をしているキースを不思議に思ったのか、エリヴィラはそんな彼にゆっくりと近づいた。その時、ひときわ強い風が吹いた。風はエリヴィラの波打つ長い髪をキースの方へと流れさせる。
「髪‥‥‥」
「髪がどうかしましたか?」
思わず流れてきた彼女の髪を手にとってしまったキースは呆然として呟いた。彼女の様子を窺うが、狂化する兆候は見られない。
「いや、狂化が‥‥」
「? 前の一座で私が髪を触れられるのを嫌がっていたからですか? あれは‥‥耳を見られたくなくて」
目を細めて悲しそうな顔をする彼女。思わずその細い身体を抱きしめてしまいそうになるキース。だがそれをぐっとこらえる。
「そうか‥‥ならよかった」
波は一行の邪魔にならぬよう静かに、バックミュージックを奏でている。
夜も更けて、船室へと引き上げることにした一行。
女性陣は親睦を深めるためというのも兼ねて、同じ部屋を用意してもらっていた。
「さて、そろそろ休むとするか?」
「あっ!」
アマツがランタンの炎を消そうとすると、声を上げたのはエリヴィラだった。
「申し訳ないですけれど‥‥もし、ご迷惑でなければ隅の方でいいので明りはつけたままでお願いしたいのです‥‥」
「何、暗い所が苦手とかかい?」
「‥‥‥はい」
しばしの沈黙の後に頷くエリヴィラ。その時透夜は彼女が攫われた時、狂化状態で見つかったことを思い出した。あの時は確か、彼女が監禁されていた部屋は光の全く射さない暗闇であったという話ではなかっただろうか。
「光の射さない暗闇で狂化、だな?」
透夜の言葉にこくりと頷くエリヴィラ。
「あたしは明るくても大丈夫〜♪」
「ああ、問題ない、気にすることはない」
ファムとアマツの許可を得て、エリヴィラはほっとしたように胸を撫で下ろした。
●海が――
翌朝目覚めると、船は酷く揺れていた。
「お客さん、リンデンはもうすぐなんだが大雨で海が荒れちまって危険だ。甲板には出ずに船室にいてくれ」
そんな船員の助言に従い、今日は船室で過ごすことにした一行。
「もう一つの天界に、こんな歌い方があるんだって!」
ファムが早速エリヴィラと練習を始める。その手法はゴスペルという、歌声のハモリやボイスパーカッションで歌の旋律をやってしまう方法だ。
「じゃう、エリヴィラさんの歌に合わせて、あたし歌うね」
楽器の伴奏無しの、歌声だけで奏でられる旋律。
エリヴィラの高音と、ファムの中高音が上手い具合に合わさり、鳥肌が立つような素晴らしい旋律が出来上がる。
「‥‥‥音楽を聴くのは好きで色々聞いてきたが‥‥これはすごいな」
スレインが感嘆したように述べると、続けてアマツも感想を述べる。
「こういう奏法もありだな。欲を言えば、もう少し練習を重ねて二人の息が合えば、もっと素晴らしいものになると思う」
ああでもないこうでもないと何度も練習を繰り返す二人を、煉淡や透夜やキースは静かに見つめていた。
船の揺れは少しきつかったが、きっと雨が降れば良くあることなのだろうと、気にも留めずに――。
●舞台へ
煉淡によってメイクや着付けをしてもらったファムとエリヴィラが舞台へ立つ。
他の仲間はそれを見守っていた。すでに兼任団員を希望する仲間の審査は終っていて、トリに、と彼女達が舞台に立ったのである。
エリヴィラが表情の乏しい顔で舞台に上り、深々と頭を下げる。そして、大きく息を吸った。
「鮮やかな景色 淡い光 放っている
旅立つ私に語りかけてくるように
見上げた太陽 長い道も照らしている
旅立つ私を導いてくれるように
開いたその腕に希望を抱いて
どこまでも飛んでいく 新たな空めざし
たくさんの歌を 繋げてゆけば
私達の目の前に広がる世界
輝きを抱いて 迎えるよ」
対するファムは笑顔で楽しそうに、音楽で人を幸せに出来たらという思いを沢山込めて、歌う。
「あたしにも何かが出来るとしたら
冷たい貴方の心を温めたい
さあ、顔を上げて
日の下にでよう
澄み渡る空気吸って
心だって青空みたいに
きれいに晴れる だから
ほどいて
その気持ちあたしに渡してよ
ほら
木漏れ日の下で
気づいて
その歌にも誰かを動かす力
秘められてるって事に」
そして二人が顔を見合わせ、二人の共同パートへと移る。
エリヴィラが高音の主旋律担当、ファムがそのハモリなどを請け負う。
「草の匂いせせらぎ続く轍を抜ければ
東の丘に黎明の光が舞い降りる
どこで生まれたのだろう
空に浮かぶ白い雲
どこへ向かうのだろう
あの水の流れは
輝ける大地囁く命の声
清き季節をただ見送りながら
形のない明日に身を委ねて
空の果てへ羽ばたく」
歌は終ったのに、劇場内はしん‥‥と静まり返ったままだった。
歌が悪かったのではない。皆、歌に魅入られて拍手を忘れているのだ。
パンッ
キースが
パンパンッ
アマツが、透夜が
パンパンパンッ
煉淡が、そしてつられる様に我に返った楽団員が手を叩く。
場は、溢れんばかりの拍手で多い尽くされた。
●リンデン幻奏楽団兼任団員
エリヴィラと共に、希望をしたそれぞれがそれぞれのパートで兼任楽団へと入団することが決まった。
リンデン侯爵が現在倒れていることもあり、団員証の準備がまだ整わないとの事だが、整い次第配布されるという。
仲間と共に入団することが出来て、エリヴィラも安心したような表情を見せた。
だが、これから彼女に、そしてリンデンに何が待ち受けているかはわからない。
それでも、これが大きな第一歩に変わりはないのだから。