追憶に生きる白花〜火の戒め〜

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:9人

サポート参加人数:1人

冒険期間:04月29日〜05月04日

リプレイ公開日:2008年05月03日

●オープニング

●ギルドにて
 再び、冒険者ギルドに、見るからに騎士だとわかる格好の女性が現れた。
 鎧の下のチュニックからショートパンツ、ブーツ、そしてマントに至るまで全て白という徹底のしようだ。年の頃は二十歳を少し過ぎた辺りだろうか。何か決意を込めた瞳でカウンターに近寄ってくる。
 彼女はリンデン侯爵家の騎士、イーリス・オークレールという。
 前回謎の怪異解決の為、冒険者達に力添えを願いに来たのはまだ記憶に新しい。

「こんにちは、イーリスさん」
 応対に出たのは支倉純也だ。彼は柔らかい表情で椅子を勧め、記録をとる準備をする。
「また同様の地域で怪異が?」
「うむ」
 イーリスは頷き、進められた椅子に着席する。彼女はリンデン主都アイリスからかなり南の位置、ステライド領に近い辺りで頻発している怪異の解決を任じられている。
「今回調査に赴くのは、侯爵領の南西部、ステライド領との境にある村だ。この間行った村とそれほど離れてはいない。そこで謎の火災が発生している。いや‥‥火災自体は放火の可能性が高いのだが」
「放火ですか‥‥」
 純也は書類から顔を上げ、先を促す。イーリスは溜息を漏らすようにして先を続けた。
「村内の納屋が燃えたり、空き家が燃えたり、家の外に積んである荷物に火がつく小火騒ぎだったり。火の気のないところで火の手があがっている。すべて村人が家にこもって寝つく、夜に火の手が上がった。そしてそれだけではなくてな」
「?」
「――火の玉に襲われたという男がいる」
「火の玉‥‥?」
 純也は首をかしげる。
「その男は丁度夜、村外れを歩いていた時に襲われたらしい。村内を歩いている者がいるような時間ではなかったから、他に目撃者はいないようなのだが」
「その男性はお怪我を?」
「ああ、幸い近くに雨水の溜まった水桶が放置されていたらしくてな、そこに火のついた腕を突っ込んだので軽い火傷で済んだらしい」
「その火の玉が‥‥放火の犯人なのでしょうか?」
「わからぬ。だが火の手が人に及んだからには放置するわけにはいかぬ」
 イーリスは再び溜息をついた。そしてしかし、と続ける。
「その男もそんな夜更けに何をしていたのだろうな」
 確かに村で夜更け、人が出歩かない時間に村外れを歩いていたというのは少し怪しい。逢引き――というロマンティックな考えが出来ないでもないが。
「今回は何の仕業だと思っているのですか?」
「そうだな――もしかしたらエシュロンという精霊の仕業かもしれないと思っている」
 精霊――信仰の対象となる彼らだが、中には悪意を持つものもいる。今回はその一部という事だろうか?
「精霊の中には上手く説得すれば説得に応じてくれる者もいると聞く。今回の場合は、もしかしたら説得が出来るかもしれない。エシュロンだとしたら、彼らが人を襲うには事情があるだろうからな」
「事情ですか‥‥前回とは違い、理由もなく人に害を及ぼす精霊ではないということですね?」
「ああ。エシュロンは火をよからぬ事に使われるのを嫌うような話を聞いたことがある。曖昧な情報だが‥‥。何か事情があるのだろう。その事情さえ解決できれば、説得は出来よう」
「村で起こっている謎の火災と無関係とは思えませんね」
 純也の言葉に彼女は頷く。彼女も火災との関連性を疑っているようだ。
「今回は謎の火災、そして火の玉の怪異を解決する手伝いをしてほしい」
 そして、とイーリスは申し訳なさそうに付け加える。
「申し訳ないが、武装に関して、今回も槍の携帯は避けて欲しい」
「はい、解りました」
「私個人の事情で申し訳ないのだが、どうしても槍は苦手でな。味方であっても使う者がいると私は震えが止まらなくなり、役に立たなくなってしまうのだ」
 恥ずかしい事なのだが、どうか宜しくお願いしたい、と彼女は深く頭を下げた。

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea0447 クウェル・グッドウェザー(30歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea0504 フォン・クレイドル(34歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea2606 クライフ・デニーロ(30歳・♂・ウィザード・人間・ロシア王国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb3114 忌野 貞子(27歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec4205 アルトリア・ペンドラゴン(23歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

美芳野 ひなた(ea1856

●リプレイ本文


「頼んだッスよ〜!」
 友人、美芳野ひなたに別の友人宛の手紙を託したクリシュナ・パラハ(ea1850)は大きく手を振って友に別れを告げる。無事に激励の手紙が友に届く事を祈って。
「ふ〜ん‥‥貴方が、イーリスさんの‥‥そう‥‥貴方の死は、今はまだ明かされる時期じゃ、ないのね」
「ど、どうかしたか?」
 突然自分の肩越しに向かって独り言を呟き始めた忌野貞子(eb3114)に、イーリスは一体何事かと身体を硬くする。だが返ってきたのは――
「イーリスさん‥‥貴女、愛されているの、ね」
 そんな言葉。
 いや、うん、何? 何が見えているの???
「今度はエシュロンか‥‥エシュロンも冒険者がつれているのを見たことがある」
 顎に手をあて、考えるようにして述べるのはアリオス・エルスリード(ea0439)。
「なんでもエチゴヤ‥‥こっちでいうとチブール商会から手に入れた卵を孵したら生まれたらしいが、毎度の事ながらどういう仕入れをしているのだろうな?」
「私には、それを連れて歩く冒険者の心‥‥度胸というかなんと言うか、そちらも気になる所だ」
 イーリスは笑う。
 きっと、仕入れルートは世界の七不思議のひとつ。
「エシュロンは、イーリスさんがご存知の通り、火をよからぬことに使われるのを嫌うのは間違いないでしょう。炎魔法を使って攻撃をしてくる事もあります」
 モンスター知識豊富なクライフ・デニーロ(ea2606)が告げると、アリオスと貞子がそれぞれ補足をする。
「エシュロンはケルピーとは違って人に悪意を持っているわけではないが、一旦戦闘になれば消滅するまで撤退はしないらしいので、出来るだけ戦闘は回避したい」
「ジャパンの妖怪、朧火に似た自然精、よ‥‥」
「アトランティスには精霊信仰がある。原因も調べずに問答無用でエシュロンを倒すとまずいことになるかもしれないので、出来るだけ戦闘を回避するという意見に賛成だ」
 風烈(ea1587)がアリオスの意見に同意を示す。他の皆の意見も大体同じだった。
「とりあえず、村で不審火があって、エシュロンが関わっているようだということはわかった。難しいことは解らないから、あたいは防災や世間話で情報を集める方に回らせてもらう」
 そもそも精霊と会話が出来るのだろうか――半信半疑のフォン・クレイドル(ea0504)は適材適所、と自らの役目を既に決めていた。自分は難しい考察には向いていない。
「イーリス・ミステリー・リサーチ! 略してI・M・Rッスよ!!」
「‥‥‥」
 突然クリシュナが叫んだ言葉に、場の空気が一瞬止まる。
「皆さんどうしたんッスか? イーリス・オークレールをリーダーに、冒険者達が謎を解き明かしていくチーム名ですよ!!」
「いや‥‥その‥‥」
「イーリスさん、無理せず嫌だったら嫌って言っていいのですよ?」
 クリシュナの勢いに戸惑っているイーリスに、ルイス・マリスカル(ea3063)が苦笑しながら言葉をかける。
「とりあえず急ぎましょうか。また放火の被害が出ては大変ですし」
 クウェル・グッドウェザー(ea0447)の促しで、一同は用意された馬車へと乗り込み始めた。
「え、スルーッスか!?」
「クリシュナさん、早く」
 アルトリア・ペンドラゴン(ec4205)に言われ、取り残されそうになったクリシュナも、ちゃんと馬車に乗り込む。スルーはされたものの、馬車は彼女の乗車をしっかりと待っていてくれた。



「何をおいてもまずは防火防火ってね。おばちゃん、水桶まだ余ってるか?」
 村に着くとフォンは村のおばちゃんと世間話をしながらも、水桶を担いでひょこひょこ村内を走り回った。
「この間火の玉に襲われたって男も、近くに水桶があったから助かったんだろ?」
「ああ、そうだねぇ。もし水桶がなかったらと思うと、おそろしいねぇ」
「その男ってどんな男だい?」
 口を動かしながらも手はてきぱきと動かす。そんなフォンを見て感心したようにおばちゃんは口を開く。ちなみにおばちゃんの手は止まっている。
「村長さんとこの三男さ。王都に行きたいらしくてね、反対している村長と毎日のように喧嘩してるさ」
「ふぅん」
 やはり小さな村では、各家庭の事情なんて筒抜けのようである。

「火災の際、不審な者を見かけたとかありませんでしたか?」
 烈は村人達に聞き込みを開始する。不審な人物を見かけたとなれば、外部の者の犯行の可能性もある。
「いや、夜だったが騒ぎで出てきた者はみんな村の者じゃったよ」
 おじいさんはこう言う。だが夜、だ。暗がりから火災の様子を眺めて喜んでいた者がいないとも限らない。
「火の玉に襲われた男というのは?」
「村長さんとこの三男じゃよ。この村では珍しく文字の読み書きができてのぅ」
 アリオスの問いに老人は「あの子は頭のいい子じゃ」と何度も頷くようにして答えた。
「今、その三男という青年に会えますか?」
 問うクライフに、おじいさんは村長宅への道を丁寧に教えてくれた。

「我々は火の玉の怪異が不審火の原因だと見ています。そこで退治の為、情報の提供をお願いしたく」
 村長宅。三男に向かって丁寧に口上を述べるのはルイスだ。同行したクウェルは、三男の顔色を伺う。三男は一瞬目を泳がせたが、ここで意固地になっても逆効果だと思ったのだろう、笑顔を浮かべて聴取に応じた。
「何をお話すれば?」
「事件当時の事をお願いします。失礼かと思いますが、仲間が魔法を使わせてもらいますね。その方がはっきりと、貴方が見た火の玉の事が伝わりますから」
 やんわりとクウェルが述べるとそれに納得したのか、三男はクライフの接触を許した。
 クライフが使おうとしているスクロールはリシーブメモリーだ。他人が非常に印象に残っている記憶を数文字数程度の内容で知る事のできる魔法。つまりこの場合、聞き方が重要になる。
「火の玉に襲われた時、貴方は何をしていましたか?」
 ルイスのその問いに少し戸惑う三男。その瞬間、クライフがスクロールに念じ、魔法を発動させる。
「勉強に疲れたから‥‥少し夜風に当たっていました」
「‥‥‥」
 三男はそう答えたが、クライフに伝わってきたのは別の記憶。
 『火をつけようとした』というワードとその光景。
「そうですか、それは災難でしたね」
 少し表情を硬くして、無言で三男から離れるクライフ。それを見てクウェルがフォローをする。結果はクライフの表情を見れば明らかだった。
「また火の玉が出たら我々が退治しますからご安心を」
 エシュロンには悪いが、こうすれば犯人は火の玉に罪をなすりつけようとするだろう――ルイスはそう考えて三男に向かって安心させるように微笑んだ。


 夜。
 冒険者とイーリスは建物の陰に隠れていた。
 三男に聴取に行っている間に他のメンバーが村の中に水桶を配置し、そして村の中を見て回った結果、次に狙われるとしたらこの建物の近くの馬小屋ではないかという結論に達した。放火はいずれも人的被害のあまり及ばない場所。となればあとはおのずと限られてくる。ここの馬小屋は主人が不在で今は使われていないそうだ。
「本当に現れるでしょうか」
「ふふ‥‥それは放火犯のこと? ‥‥それとも‥‥エシュロン‥‥?」
 アルトリアの呟きに、貞子が面白そうに笑う。
「しっ、来たようだ」
 アリオスが二人のおしゃべりを制した。
 予想的中。そこに現れたのは、村長の三男だという男だ。手にランタンと油を持っている。その油を馬小屋外に置かれた飼葉に撒き、ランタンから火をつけ――
「おっと、させないッスよ!」
 ぼうっと飼葉に燃え移った炎が赤々と場を照らす。そこですかさずクリシュナが高速詠唱でファイアーコントロールを唱えた。するとたちまち火は飼葉を離れて、消えていく。
「え?」
 燃え広がるはずの火が消えたことに目を丸くした三男の前に、今度はぼっぼっぼっと宙に浮かんだ火の玉が三体現れた。
「来たな」
「ええ」
 烈、ルイスが素早く飛び出、三男の身柄を拘束する。突然の事に動けなくなっていた三男はあっさりと二人に押さえ込まれてしまった。
『火‥‥悪い事使う‥‥許さない‥‥』
 と、ふよふよと宙に浮かんだ火の玉が言葉を発した。他のメンバーもエシュロンと三男の前に姿を現し、その光景を眺める。ここで説得できなければ、最悪倒さなければならない。
「エシュロンたち、人間の領域で犯された罪、は‥‥人間が、裁く、のよ。火を悪用され、て‥‥腹が立つのは、分かる、わ‥‥でも、ね‥‥」
 怯えることなくエシュロンの前に立ちはだかった貞子は、説得の言葉を紡ぐ。エシュロンはそれを聞いているの聞いていないのか、中空でゆらゆらとその炎を揺らめかせていた。
「このように」
 クウェルは武器を地面に置き、敵意がないことを示す。
「僕達は敵ではありません。僕はクウェルといいます。あなた方のお名前は?」
『名前‥‥名前?』
『エシュロン‥‥』
『‥‥エシュロン』
「そうですか、エシュロンさんですか」
 返答を得て、クウェルはにっこりと微笑む。
「エシュロン、このように放火犯は捕えました。後は我々人間が裁きますから、怒りを静めてはいただけないでしょうか」
「迷惑をかけたのでしたらこちらの不手際ですが、この犯人はこちらで裁かせていただけないでしょうか?」
 ルイスとクウェルの言葉に、エシュロンはゆらゆらと揺れる。まるで考え事でもしているような間があった。
「あれは火の精霊だ」
 万が一の為にいつでも戦闘に入れるようにしていた烈は男の耳元で囁く。
「あんたは火の精霊の怒りを買ったってわけだ。身に覚えはあるな?」
 アリオスの追い討ちに、三男はガタガタと震えだした。精霊信仰の根付いたこの地ならではの反応だろう。男は精霊の怒りを買ってしまったという事実にやっと、恐れを抱いたようだ。
「ごめんなさい、もうしませんっ‥‥父さんと意見が合わなくて、むしゃくしゃしてたんだっ‥‥だから、つい‥‥」
「王都でもっと勉強したいって貴方の願いを、村長さんは許可してくれなかったッスね」
 クリシュナが口にしたのは事前に昼間の聞き込みで仕入れた情報だ。三男は勉強の為に王都へ行きたいと思っていたが、村長は村で結婚をして、農業に打ち込んで欲しいと思っているらしい。
「というわけで、犯人も反省してます。今後はもう同じことはしないでしょう。許してはいただけませんか?」
『‥‥‥‥』
 念の為にレジストファイヤーを付与したクライフが、三男とエシュロンを交互に眺めながら願い出る。
「お願いします。この人に更正の道を与えてあげてください」
 アルトリアも後押しをした。するとエシュロンはふよふよと三体寄り添うようにし、そして離れた。まるでその様子は何かを相談しているようで。
『火、悪い事、もう使わない‥‥?』
「も、もうしませんっ!」
 烈とルイスとに押さえ込まれたままの三男は、頭を地面に擦り付けるようにして宣誓した。するとふよふよと浮かんでいたエシュロンが、一体一体消えて行く。
「ふふ‥‥エシュロン、自らの領域に、戻った、のね‥‥」
 貞子がクス、と笑った。
「おお、本当に会話が成立したんだな」
 半ば会話が出来るのか信じていなかったフォンが、へぇ、と関心の様な声を上げる。
「これで一件落着、かな?」
 クライフの言葉に一同は頷く。後はこの事を村長に知らせれば完了だろう。
 村長の息子が犯人という事で、もしかしたら内々に処理されるかもしれない。だがエシュロンのせいにされるという事はないだろう。精霊を信仰しているのだから。
「ところでイーリス」
「ん? 何だ?」
 烈とルイスが三男を村長の家方面へ連れて行くのを見ながら、イーリスは声を掛けてきたフォンを見た。
「あたいはあんたともっと色々話したいと思ってるんだが、構わないか?」
 その問いにイーリスは一瞬驚いたように目を見開き、そして微笑んだ。
「ああ、もちろん構わないとも」
 夜が明けるまでにはまだ時間はある。
 放火の恐怖のなくなった村で、ゆっくりと語り合う事が出来るだろう。

 村民の不安は払拭された。
 これで放火の心配も、火の玉の怪異の心配も、全て消え去ったのである。