うつろいゆくもの

■ショートシナリオ&プロモート


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月16日〜05月21日

リプレイ公開日:2007年05月20日

●オープニング

●月日
 三年――決して短い時間ではない。しかしそれだけの間、自分は彼女を裏切っている事になる。そしてこれからも、裏切り続ける事になるだろう。
(「もうレーシアは俺を待っていないだろう。他の男と結婚していても、俺には文句を言う資格は無い」)
 男――シリウスは手にした袋を眺めた。財布代わりに使用していた手製の袋。王都で成功するのを夢見て村を出てすぐ、一度だけ帰郷した際に約束の証として彼女に櫛をプレゼントした。精緻な細工が施されているわけでも宝石が嵌め込まれているわけでもないが、当時の彼にとってはそれなりに奮発し、彼女に似合うようにと一生懸命選んだものだ。
『‥‥! ありがとうございます‥‥凄く、嬉しいです‥‥!』
 そういった彼女のはにかんだ笑顔。そして「作ってみたのですけど」と差し出された財布。
「王都で成功したら必ず迎えに来るから」
 そう約束して櫛と財布を交換したがもうその約束を果たせない以上、これは捨ててしまうべきだ。シリウスは空の財布を握り締めた手を振り上げた。
「ねぇそれ捨てちゃうの? だったらあたしに頂戴よ」
 突然声をかけられ、彼はびくりと身体を震わせた。普段から気配には敏感に反応するようにしている。だが、今は物思いに耽っていた分、完全に不意を突かれた。
「‥‥ああ、もう俺には必要ないものだ」
 平静を装って彼が見た先には、一人のシフールが漂っていた。碧の羽のシフールが、瞳を輝かせて彼の手元の袋を見つめている。
「じゃあもーらいっと! こんなに想いが込められている物なのに、もったいないなぁ」
 シフールは彼の手から袋をひったくるようにすると、恍惚に近い状態でそれを眺め始めた。
「‥‥っ」
 彼女の言葉に少しだけ胸が痛んだ。しかしその痛みも忘れなくてはならない。
 『金色(こんじき)のシリウス』と呼ばれ、ルルディア男爵令嬢に一番気に入られて私兵としては格別の扱いを受けている現状。我侭で独占欲の強い彼女に請われるままに側に付き、従順なまでに従う日々。彼は男として、仕事の成功を取って愛情を捨てる道を選んだのだ。
 シリウスは踵を返し、屋敷に向かって歩き出す。
「金色のシリウスが手作りの財布を大事に持っていたなんて、超意外〜」
 残されたシフールの呟きは、彼に届く事は無かった。

●離れるほどに
「へー。三年間恋人の帰りを待ち続けているの。そりゃ一途な事で」
 いつもの癖で『想いの籠ったもの』を拾ってしまったシフールのチュールは、その櫛の落とし主だと名乗る少女の身の上話を聞いていた。語るだけ語らせて、隙を見て持ち逃げしてしまおうと思ったのだが――。
「その櫛は‥‥王都で働くのが夢だと言って村を出て行ったシリウスが‥‥一度村に戻ってきた時に『王都で成功したら迎えに来るから』という約束の証としてくれたものなんです」
「でももう何年も音沙汰ないからキミがわざわざここまで来たんでしょ? 彼はもう忘れちゃったんじゃない? ‥‥ん? 彼の名前、なんて言った?」
 彼女の話を半分聞き流していたチュールは、彼女が口にした名前をふと耳に留めて聞き返す。聞き違いであれば良いのだが――
「シリウスです」
「げ‥‥もしかしてそのシリウスって、金髪で、額に三日月型の傷があったりする?」
 違ってくれたらいいのだが、半ば祈るように聞いたチュールの祈りは聞き届けられなかった。「そう、その傷は幼い頃に私を庇ってついた傷なのです!」とレーシアは嬉しそうに語り始めてしまう。
(「うわぁ‥‥よりによってあの『金色のシリウス』じゃん‥‥」)
 あちゃーと小さく呟き、チュールは額に手を当てた。
「彼を知っているのですか? 私、彼に会いにここまで来たのです!」
「いや‥‥知っているというか知らないというか、何と言うか」
 チュールはどう答えてよいものかと視線を中に彷徨わせる。
「彼はもう、あんたのこと想ってないと思うよ〜?」
「そんなこと‥‥ない、です。彼もきっと、この櫛と交換した私の手作りのお財布を今でも持って‥‥」
 チュールは祈るような彼女の言葉に気まずい表情を隠せない。
(「だからー‥‥その彼が財布代わりの袋を捨てるところにあたし、出くわしたんだから確かなんだってばー」)
 しかしとてもじゃないが、彼を一途に思っている彼女にその事実を伝えられない。
 このチュール、妙な癖というか好みがある。
 『使い込まれて想いが込められたもの』を収集するのが好きなのだ。人が捨てた古いものの中から良く使い込まれた思いの籠ったもの――例えば子供の頃に大切に使った玩具や、恋人からの贈り物、形見など――を拾ったり貰い受けたりしてコレクションしている。
 彼女曰く「想いの籠ったものはどんなに古びても輝いているから」だそうである。
「悪いこと言わない、三年待っても帰って来ない、連絡も無い恋人の事なんか忘れちゃって、帰った方がいいよ?」
 チュールとしては彼女に本当の事を知らせずに、諦めさせて帰したいのだがレーシアは「諦めません」と首を縦に振ろうとしない。
(「困ったなぁ‥‥。その財布、あたしのコレクションにあるんだよなぁ‥‥だってシリウス、いらないって言ったんだもん」)
「どーしても、帰らない?」
「はい」
「わかった、じゃああたしがシリウスに聞いてくるから! もし彼の心が冷めていたらこの櫛を本当に貰う! それまで預かっておくから」
 彼女が諦めないというならば仕方が無い。結果はわかっているが、もう一度はっきり聞いて来ようじゃないか。
 チュールはレーシアの引き止める声も聞かず、飛んでいった。

●願い?
「依頼だ」
 金髪の男はギルドの机の上にドンッと金貨の入った袋を置いた。袋はとある男爵家の紋章入りの留め金で留められている。
「近々ルルディア嬢の誕生日パーティがある。下らない脅迫状が来たのだが‥‥たいしたことは無かろうが、お嬢のいつもの我侭で冒険者を警護として数人雇いたい」
 シリウスは淡々と職員に事情を説明する。
 『誕生日パーティで令嬢を戴く』といった陳腐な内容の脅迫状はご丁寧に遠国から輸入された紙に書かれていたことから、パーティに呼ばれた貴族のちょっとした冗談に過ぎないと予想される。だがルルディア嬢はその性格から、敵を作りやすい。万が一ということもありえるのでパーティの間中はしっかりと警備をして欲しいという。
「それともう一つ、これは俺の私的な頼みなんだが‥‥出来れば同時に引き受けて貰いたい」
 それは、屋敷に忍び込んで令嬢に捕えられたシフールの救出。
「パーティ当日、お嬢の目を盗んで彼女が囚われている部屋の鍵を開けておく。だから彼女を屋敷の外へ連れ出して欲しい」

●幕間
「逃がしてやろうか」
 令嬢私室の隣室に軟禁されているチュールに声をかけたのは意外な人物だった。
「あんた!?」
「令嬢の誕生日パーティのどさくさに紛れて逃がしてやる。それまで我慢しろ」
 突然扉を開けた現れたシリウスは言うことは言ったと、再び部屋の扉を閉める。
「ちょっとまっ‥‥あたしはあんたに用事がっ!」
 チュールの叫び空しく、鍵をかける音が響いた。

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb2093 フォーレ・ネーヴ(25歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb4395 エルシード・カペアドール(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb7880 スレイン・イルーザ(44歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)
 ec1201 ベアトリーセ・メーベルト(28歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
 ec2706 アーシュラ・サイ・メルロン(28歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)

●サポート参加者

ウォルター・スティーヴンス(ec0506

●リプレイ本文

●開場
 大広間は賓客と給仕と料理とでごった返していた。
 パーティ開始前にルルディア嬢に面会した7人だったが、やれ襟が曲がっているだの髪が跳ねているだの化粧の色が好みじゃないなど散々文句をつけられて手直しをされた。そして仕舞いには「ま、これ位でいいでしょう。くれぐれもパーティの雰囲気を壊さないようにご注意くださいませ」ときたものだ。敵を作りやすいという彼女の一面を早くも垣間見た気がする。
 大広間に令嬢が入場すると、次々と彼女の側に人が集まってきた。そして順番に挨拶と祝いの言葉を述べていく。皆笑顔なのだが――
「(この中でどれだけの人数が本当に心から祝っているかは謎だな)」
 令嬢の護衛に付いたスレイン・イルーザ(eb7880)は次々と近寄っては離れていく人々を眺め、心中で呟いた。貴族の付き合いは上面だけのものも多い。彼女の場合は特にその傾向が顕著なのではないだろうか。
「(この人は違う‥‥あ、この人は要チェックの人です)」
 ドレスアップの裏にきちんとシークレットナイフを携帯したベアトリーセ・メーベルト(ec1201)は令嬢の側で挨拶に来る人を観察していた。事前に招待客リストを見せてもらい、貿易商や貿易関連に強い貴族などを何人かピックアップしたものの、名前だけで顔はわからない。だから令嬢の側に付き従い、挨拶に来た人々の顔と名前をチェックしていた。
 エルシード・カペアドール(eb4395)もドレスアップし、令嬢の取巻きを演じつつ側に待機している。優雅な着こなしの下には左右の太腿にダガーとナイフが括りつけられているなど誰が想像するだろうか。
「(ま〜武器を抜く時スカートの中が丸見えになっちゃうけど、この際は仕方ないか)」
 護衛という役目上、いざという時に羞恥心は邪魔になる。エルシードは諦めたように軽く溜息をついた。
「ルイス、会場内に不審な人物は居たか?」
 シリウスが大広間にいる間に、と館の内部を一回りしていたアリオス・エルスリード(ea0439)が会場内で招待客として振舞っていたルイス・マリスカル(ea3063)に声をかける。ルイスは手に飲み物を持っているがそれはポーズで、口をつけてはいない。酔ってはいざという時に動けないからだ。彼は何か事が起こった時の為にバタフライナイフと警棒を折りたたんで携帯している。
「不自然という点で少し気になる人達が居ますね」
「犯人は会場内に既に居るという事か‥‥」
 ルイスの言葉にアリオスは表情を厳しくした。特に侵入者らしき者も、屋敷の周囲に不審な者もいなかった。ならば犯人は既に会場内にいると考えるのが自然だ。
「あの、白い礼服を着て豪華な装飾品をつけた男性がわかりますか?」
「ああ‥‥あいつか?」
 表面上は招待客同士の歓談に見えるように二人は会話を続ける。
「先ほど数人の男性達と話をしていました。ただの招待客同士かと思ったのですが‥‥彼を初めとし、数人の男性は給仕に勧められても決してアルコールをとろうとしないのです」
「しかもその男、さっきからシリウスを何度も見ているな」
 確かにルイスが目星をつけた男は憎しみでも籠った様な鋭い瞳で、時折シリウスと令嬢へと視線を向けている。
「だがあの客の名前も素性もわからない」
 アリオスが呟く。相手の身分次第でもしも事を起こした時の対処が変わってくる。兎にも角にもまずは彼の素性を確かめる事、そして他に不審な人物がいないか確かめるのが大事だ。
「それでは私がお嬢様にペンギンをお見せしに近づきますので、その時にベアトリーセさんに聞いてみましょう」
 天界の珍鳥ペンギンならばその愛らしさから令嬢との話題の種になるだろう。ただし荒事には向かないので話が一段落ついたら事が起こる前に引き上げるつもりだ。
「ああ、頼む。俺は引き続き不審人物をチェックしておこう」
 お互い頷き、ルイスとアリオスはその場を離れた。

●真実の欠片
「あ、シリウスにーちゃんが広間の外に出るみたいだよ! ってアーシュラねえちゃん、大丈夫?」
 遠目からシリウスの動きを確認したフォーレ・ネーヴ(eb2093)が隣で固まっているアーシュラ・サイ・メルロン(ec2706)をつつく。
「べ、別に緊張なんかしていませんわっ!」
 フォーレにつつかれて我に返ったアーシュラは緊張に飲まれていたことを隠そうと、こほんと咳払いをした。
「なんだか複雑な気分ですが、とりあえず参りましょう」
「そーだね、シリウスにーちゃんについていくことにしようか」
 フォーレが事前に警備の配置をチェックしたところやはり重点は大広間で、その周囲には令嬢の私兵が数多く配置されている。それと屋敷の入り口に招待状を確認する者が二人。屋敷の外は表門と裏門の警備だけで、屋敷を囲う塀には警備員は配置されていなかった。シフールの飛行能力を考えると、屋敷内から出さえすればチュールは塀を乗り越えて逃げ出せるだろう。
「同行いたしますわ」
「‥‥」
 シリウスに追いついたアーシュラが小声で告げる。チュールの囚われている3階へ向かう階段辺りには使用人の姿さえ見えない。どうやら殆どがパーティの対応に追われているらしい。
「ねぇシリウスにーちゃん、なんでチュールさんを逃がそうと思ったの? お嬢様に逆らう事になるんじゃない?」
 チュールを捕えたのが令嬢ならば彼女を逃がす事は令嬢を裏切る事ではないのかと、フォーレは疑問に思ったのだ。
 もしかしたら答えてもらえないかもしれない、そんな数秒の沈黙の後、彼は視線を前方に向けたままぽつりと呟いた。
「‥‥あのシフールには、俺が仕事の為に捨てた彼女への想いを拾ってもらったのでな‥‥。俺が捨てたとしても誰かが持ち続けてくれると思えば違うものだ」
「‥‥貴方、仕事の為に女性への想いを捨てたと申しましたけれど‥‥ちゃんとご主人には話を通しまして?」
 もし主人に何も意見を言わないまま『貴族の我侭に付き合わされた』と思っているのだったら正直腹が立つ。アーシュラは優雅な振る舞いを崩さないように気をつけながら問う。
 と、その時シリウスが振り返った。常に無表情だった彼の表情が悲しみに歪んで見えたのはほんの一瞬で――
「もちろん、結婚を約束した者の存在を話した事はある。だがその時のお嬢の怒りを見ていたら、このまま俺が耐えるべきなのだと思った」
 再び無表情になったシリウスは二人を伴い、廊下を目的の部屋へと歩み行く。
「‥‥俺がまだ彼女を愛しているとお嬢が知ったら、レーシアにまで危険が及ぶ。彼女を守るために彼女を捨てる道を選んだ」
 シリウスが足を止めた。恐らくそこがチュールの囚われている部屋なのだろう。フォーレとアーシュラはまだ聞きたい事や言いたい事があったが「もう話は終わりだ」とばかりに彼に視線で抑えられ、黙る。

 カチリ

 遠くに大広間の喧騒が聞こえる。だが鍵の開くその音は鮮明に響いた。扉を引いて開けるシリウス。中の様子を覗き込もうとしたフォーレだったが‥‥
「シーリーウースー!!」
「ふぐっ‥‥」
 扉が開くのを持っていたとばかりに飛び出してきたもの。フォーレの視界が碧に染まる。
「あら‥‥大変ですわ」
 フォーレの顔面に激突し、その衝撃で落ちていくチュールをアーシュラがすかさずキャッチ。
「お二人とも、大丈夫でして?」
「だ、大丈夫だよ〜」
「らいじょうぶらよー」
 顔を手で押さえつつ答えるフォーレ。半分目を回しつつ、アーシュラの手の中でチュールも答えた。
「では、後は任せた」
 そんなやり取りを気に留めようともせず、シリウスは踵を返す。
「ちょっと待った〜」
「ちょっとお待ちになって」
 チュールとアーシュラの声が被る。彼はピクリと足を止めて振り返った。
「あたしはあんたに聞きたいことがあるんだよ!」
「‥‥だそうですわ。脅迫犯の捕縛は『貴方の雇った』冒険者達がやってくれますから、少しばかり話をしても平気ではなくて?」
 ひょいとアーシュラの腕の中から飛び立ったチュールはシリウスの前で彼を指差して叫んだ。
「犯人もシリウスにーちゃんが居ない時の方が動きやすいだろうしね〜。今頃行動起こしてつかまっているんじゃないかな〜?」
「何だ、一体」
 フォーレの言葉を聴いて大広間へ戻るのを諦めた彼は憮然とした表情のまま問う。チュールは鞄の中をあさり、櫛をとりだした。それを見たシリウスの表情が、傍で見ているフォーレとアーシュラにも解るほど変わる。
「これの持ち主はまだあんたを信じてる。あたしがいくら『相手はあんたの事忘れているよ』って言っても頑ななまでに」
「レーシアに会ったのか‥‥」
 シリウスは何かに耐えるかのように唇を噛み締めた。
「あたしはあんたが財布を捨てたの知ってたけど、教えなかった。でもあんたが本当に彼女の事を忘れて、捨てたって言うならあたしはそれを伝えるし、この櫛はあたしが貰うことになってる」
「それは違うみたいだよ〜?」
 フォーレが思わず口を挟んだ。先ほど聞いた事情では、シリウスが彼女を捨てたのは本意ではないようだからだ。
「‥‥その櫛は永遠にお前のものになることはない。これで用事は済んだか? 後はその二人に逃がして貰え」
 素っ気ないが、それが今の彼に出せる精一杯の答えなのだろう。シリウスはそういい捨て、来た道を戻っていく。
「事情は良くわかりませんが、とりあえず移動しながら話を聞きましょう。私達はあなたを屋敷外へ逃がす役目を負っているのですわ」
「じゃあアーシュラねえちゃん、チュールさんを服の中に隠してあげて。私は周囲を警戒しながら塀まで案内するから」
 道すがらお互いの情報を交換する。今は一刻も早くチュールを逃がさなくてはならないのだ。まだ何か言いたげだったが、チュールは抵抗することなくアーシュラの服の中に納まった。

●捕り物
「皆様、本日はわたくしの為にお集まり戴き、有難うございます」
 広間の中央に歩み出たルルディア嬢の声がしんと静まった広間に朗々と響く。シリウスは令嬢の挨拶が始まる前に姿を消していた。敵が動くなら今しかあるまい。広間に残った5人に緊張が走る。
 5人はルイスが目星をつけた若者とその取り巻きに監視対象を絞っていた。ベアトリーセによるとその若者は貿易を手がけるハリオット伯爵家の次男、マルダス・ハリオットだという。貴族、それも貿易を手がける家の子息ならば紙を手にいれることも比較的容易だろう。
 彼とその取り巻き合わせて5人。一対一といったところか。冒険者達はそれぞれさり気なく令嬢の側に控え、相手が動く瞬間を待っている。
「こうして皆様に祝っていただける事をわたくしはとても――」

 動いた!

 マルダス以外の4人が令嬢めがけて駆け出る。武器を携帯してる様子は無い。素早く動いたのは冒険者達も同じ。
 ルイスは折り畳んでいた警棒を取り出し、一撃を据えてから腕を後ろ手に捻り上げて取り押さえる。エルシードはスカートの中身が見えるのも気にせず素早く武器を抜き、令嬢の前に出る。それで攻撃すると見せかけて、走り来る男の股間を全力で蹴り上げた。もんどりうって気絶した男を見て、会場内の男性から悲鳴じみた声が上がる。これは見ているほうも痛い。スレインは向かってきた男の背後に素早く回り込み、その首の後ろにナイフの柄で一撃をお見舞いする。そしてふらついた所を押さえ込んだ。他の三人が捕えられて少々困惑したのだろうか、残りの一人が躊躇いを見せた一瞬の隙を見逃さず、アリオスが最後の一人を捕縛した。
 その見事な捕縛劇を客達が呆然と(一部悲鳴で)見つめる中、マルダスが慌てて中央へと出てきた。彼は顔を真っ赤にして憤る。
「な、何をするんだ、君達は!」
「貴方こそ、どうして脅迫状なんて出したのですか?」
 ベアトリーセが4人をロープで縛るのを手伝いながら尋ねる。
「お前達こそ余計な事をするな! 悪者に襲われたルルディアを僕が助けて、彼女のハートを戴く作戦だったのに!」

『‥‥‥は?』

●複雑怪奇
 何事も無かったかのように再開されたパーティの中、5人は令嬢に呼び集められていた。
「助かったわ。貴方達のおかげでマルダスの阿呆な計画に踊らされずに済んだもの。いつもあの男は、他人の力を借りてしか行動できない男なの。もっと私のシリウスみたいにしっかりしてくれれば‥‥」
「脅迫状もあの男の仕業だったわけか」
 スレインが脅迫状を眺め、呟く。
「令嬢を戴くって、令嬢のハートを戴くって意味だったのね‥‥」
 それで捻ったつもりなのかしら、とエルシードは溜息をついた。
「今回は悪意のある脅迫状でなかったから良いが、万が一の事も考えて今後は少し言動に注意した方がいいかもしれないな」
 アリオスが親切心で忠告したものの「余計なお世話ですわ」と返されてしまう。ほら、そういうところがいけないのだ。
「それにしても肝心な時に私の側を離れるなんて、シリウスには後できつくお仕置をしなくてはなりませんわね」
「シリウスさんはわざとお嬢様のお側を離れたのですよ」
 まだ戻ってこないシリウスに怒りの矛先を向けようとする令嬢に、ルイスがすかさずフォローを入れた。
「自分が居ると犯人が動かないと見抜いて、彼は敢えて『隙』を作り出したのですよ」
 優しく言われ、令嬢は「さすが私のシリウス。そこまで計算していたのね」と納得してしまう。
「(うーん、なんだかルルディア嬢もマルダスさんを憎からず思っているように見えるのですよ〜?)」
 ベアトリーセが見たところ、口ではきつい事を言っていても激しく嫌っているようには見えなかった。
「人間関係色々有りそうだな‥‥」
 さり気なくぽつりと呟いたスレインの言葉に、他の四人も溜息混じりに頷いた。

●うつろわぬもの
「チュールさんならここから飛んで外に出られるよね?」
「結局その櫛はどうなさいますの?」
 屋敷の外れの塀の側でアーシュラの服から出たチュールはふわりと飛び、考える。
「んー‥‥レーシアに返して謝る。だってシリウスがこの櫛は永遠に私のものになることはないって言ったじゃん? 彼の想いは変わっていないってことでしょ?」
 塀までの道すがらチュールは二人に、屋敷に忍び込むことになった経緯を語って聞かせた。
「そうだね。シリウスにーちゃんもまだ彼女の事を想っているみたいだったし」
「複雑な事情が有りそうでしたものね」
 フォーレの言葉にアーシュラも頷く。はっきりと明言されたわけではないが、彼は完全に彼女への想いを捨てたわけではなさそうだ。ただ、無理矢理押さえ込んで忘れようとしているだけで。
「ま、助けてくれてありがと。今後はちょっと愛のキューピッドをしてみるのもいいかなー、なんて考えてるよ」
 チュールの身体がふわりと塀の上まで舞い上がる。
「またどこかで会ったらよろしく〜」
 夜空に向かうように飛び行くシフールの姿に、フォーレとアーシュラは軽く手を振った。