人魚の恩返し
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:天野りお
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月17日〜06月22日
リプレイ公開日:2008年06月25日
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●オープニング
「助けて下さい! 私はエミリア」
息せき切ってギルドに駆け込んできた女性は、息をのむような美しさだった。
白い肌は陶器のように滑らか、海のように澄んだ瞳は大きく見開かれ、何かに脅えている。
事情を聞こうと身を乗り出した職員を尻目に、何かを聞きつけたのか、エミリアは後ろを振り返り、入ってきたお客と入れ違いに駆け出て行った。
「助けてと言われても‥‥」
応対の途中で逃げられてしまった職員は、その場を仲間に任せ、慌てて後を追った。
パリの街中で女性を追いかけまわしているのは、大の男四人だ。顔つきや身なりからいってまっとうな商売をしていないことが分かる。獲物を追いまわして楽しむ猟犬のように目をぎらつかせている。
ギルド職員を目に、男達は愛想笑いを浮かべた。
「いえ、ね。貸した金を返してもらおうと思っているだけですよ」
それにしても真っ当でない。男達が手にしているのは荒縄に、水の入ったかめ、それに魚をとるための網だ。
「いいか、見つけたらすぐに水をかけちまえ! 確かめてから捕まえるんだ!」
男達は互いに目配せして通りに飛び出ていった。そこまで聞いてぴんときた職員は、男達を追い越し、エミリアを探した。いない、いや、向こう側にいた。
エミリアに近づいて、手を取り街のせまい路地に潜り込むと、職員はずばり聞いた。
「あなたは人魚でしょう?」
エミリアは頷いた。
人魚の肉を食べると不老長寿になれるという伝説があり、人魚たちは人間に大量に殺された歴史を持つ。普通は人間を恐れて陸にあがってこないものだが、何かよほどの事情があるのだろうと職員は聞いた。
「おばあ様の病を治すための薬を、たいへんな苦労をしてこしらえてくれた方がいます。名前はアリア。豊かな黒髪の女性です。このパリに住んでいると聞いたのですが、詳しくは知りません。薬草を煎じて売っているらしいので、もしかしたらお薬の店を探せば‥‥と。でも途中で水をかぶったのを見られてしまって。お願いです。会って、おばあ様の消息とお礼を伝えたいのです」
「分かった。でもとりあえずは、私の家に隠れていて」
職員はエミリアを家まで送り、溜息をついた。
「人間に見つからないようにパリの街中を探す。それはちょっと大変かもね」
●リプレイ本文
他の依頼を探すふりをしてギルドに入ったエレイン・アンフィニー(ec4252)は、人魚のエミリアの依頼を請け負いたいことをそっと職員に伝えた。進み出た職員がいる。気の強そうな女性だ。
「メアリです。今、エミリアは私の家にかくまっているけれど、これからどうしますか?」
エレインは職員の家を借りたいことと、エミリアを家から出さずに、アリアを連れて来て引き合わせる旨を伝えた。メアリはほっと安心したような吐息をつく。
「そうね、それが一番良いかも」
緊張が解けたのか、口調が砕けたものに変わっている。
「家は好きに使って。あ、食べ物はそんなにないけど‥‥。それから私に手伝えることがあったら何でもいってね」
メアリの仕事の引ける時間を待って、エレインは他の場所で待機していた仲間と落ち合い、狭い路地を抜けて家に向かった。
メアリの家はこじんまりしたささやかなもので、台所とつながっている大きな部屋が一つに、メアリが普段使用している個人の部屋、空き部屋が一つあった。エミリアはさすがに埃っぽい空き部屋に通すわけにはいかなかったと、メアリは笑った。今は自分の部屋を使ってもらって、メアリ本人は台所と繋がっている部屋で寝ているらしい。
「掃除は考えなかったの?」
神無月明夜(ea2577)が空き部屋を覗いて尋ねてくる。メアリはからから笑い、かぶりをふった。
「面倒だもの。いいの、いいの。使うとこだけ掃除してりゃ」
みんなにちょっとした不安が走った。果たしてこんなずぼらな女性の下で、エミリアは快適に過ごしているのだろうか?
メアリの部屋を驚かせないように開くと、エミリアが取り残されたように椅子に座っていた。まるでそこにいるのが申し訳ないというように、身を小さくして座っている。
「メアリさん?」
初めは慣れないパーティの姿に戸惑ったようだったが、メアリが一緒のところを見て、ほっとしたように表情を和らげる。メアリはパーティを部屋に入れて、ぱたんと扉を閉めた。
「エミリア! やったわよ、この人たちがアリアさんを連れてきてくれるって!」
「え?」
エミリアは刹那、戸惑ったような表情を浮かべたが、嵐の勢いでメアリが説明を始める。圧倒されるエミリアを見て、明夜はスラッシュ・ザ・スレイヤー(eb5486)の脇腹を突っついて、こっそり言った。
「見ていて気の毒だわ」
「同感だ」
ひとまずパーティは台所のある大きな部屋に集まり、エミリアを囲んで相談を始めることにした。メアリは隠していたワインをすすめるが、仕事ということでパーティは遠慮する。
「‥‥まずは悪漢の特徴を教えて頂けないでしょうか?」
アレクシア・インフィニティ(ec5067)がラテン語で訪ね、アリエル・トラキオヌス(ec4605)が通訳して伝える。メアリはワインをちびちびやりながら答えた。
「そうねぇ、一人は頬に大きな傷があって、色が浅黒かったわ。人間よ。真っ赤なバンダナをしていたからすぐに分かるわ。中肉中背といった感じ。一人はごつい大男でこれまたきれいに禿げあがっていた。どうもジャイアントみたいね。最後は背が低くて、小太りの人間の男。真黒なフードを被っていて、嫌な感じだった」
「‥‥ありがとうございます」
アレクシアは一礼して、アリエルに通訳してもらった。ついでエミリアに育ちのよさそうな顔立ちを向ける。
「‥‥ご心配なく。あなたが悪漢と会わないようにしますから」
エミリアはぺこりと頭を下げて言った。
「お世話になります」
翌日から、パーティは三つに分かれて行動を始めた。アリエルはアリアを探し、アレクシアは悪漢を見張る。明夜とスラッシュとエレインはエミリアの護衛である。
アリエルはエミリアに聞いたアリアの特徴を元にサンワードを使った。アリエルの提案で悪漢の特徴と事情はギルド職員に伝えられている。アリアはどうやら東にいるらしい。エミリアが薬をもらったのは三年前、アリアの種族は人間で、薬は薬草を元にしたものらしい。
「アリアさん、エミリアさん」
アリエルはフォーノリッヂを使ってみた。ぼんやりと未来が見えた。エミリアが泣きそうな顔で黒髪の女性を見つめている。
「‥‥今のは」
嫌な予感を振り払うように、アリエルは首を振った。とにかく、アリアの顔は分かった。ついで単語を変えてフォーノリッヂを使う。
「アリアさん、薬売り」
さっきと同じ黒髪の快活そうな女性の顔が現れた。意外と若い。三十位だろうか? 通りを歩いている。店の下にぶら下がった木の看板が目に付いた。アリアは店の中に入っていく。看板には「調合、鑑定、薬」の文字。
「今の店を探せばいいということでしょうか?」
ひとまずアリエルは、エミリアがもらったという薬を扱っている店はないか探すことにした。
明夜は家の外にペットの犬、東雲を繋いで、庭の掃除を始めた。怪しい人が来たらすぐに分かるように、外の見張りというわけだ。
「空き部屋と同じというわけね」
庭も前側だけは手入れされているが、後ろ側に回ってみると、長い雑草がはびこっていた。今は雑草まで抜いている暇はない。箒で庭の前側を掃きながら、不審人物が現れたら東雲が真っ先にほえてくれるはずだと期待する。
その頃家の中では、スラッシュが台所で腕をふるって御馳走を作っていた。今朝、メアリが不便するはずだからと食材を運んでくれたのだ。とはいえ、好意に甘えてばかりではいられない。こっちは五人だし、エミリアのお相伴はするけれど、他は保存食で過ごすように気をつける。
「出来たぞ」
フライパンの上の卵を回転させて手早く皿に盛り付ける。テーブルの上に並んだ料理はどれもこれもおいしそうだ。並んだ料理は全てエミリアの好みを聞いて吟味したものばかり。
エミリアは手を合わせてお礼を言った。今朝よりも緊張がほぐれてきて、笑顔が多くなってきた。エレインと スラッシュが落ち着くよう気さくな話を続けているおかげだ。
「恋人とかいるのか?」
ノロケ話なら聞くぞと、スラッシュが尋ねる。エミリアの海のような瞳がきょとんと見開かれ、ついで嬉しそうに輝いた。
「内緒です」
照れたように目を伏せ、それ以上は答えない。食事が終わったら、エレインに手伝ってもらって身支度を整えることにした。
ミミクリーで鴉に変身したアレクシアはパリの上空を飛びまわっていた。昨晩聞いた悪漢の特徴を思い出しながら、それらしい人物がいないか探す。目当ての人物は意外と早く見つかった。それにしても特徴を知ると目立つ三人組だ。
赤いバンダナの男が先導して通りをずんずん歩いている。バンダナの男が一番力を持っているかと思うとそうでないらしい。フードの男が、一番後ろを歩きながら、時折二人に命令を下していた。
やがて三人はギルドの建物近くに腰を据え、じっとして動かない。依頼を請け負ったときに、メアリからエミリアを発見したときの様子を聞いてはいたが、どうやら三人はメアリを覚えこんでいたらしい。
人目のないところでエルフの姿に戻ると、アレクシアは人の流れにまぎれてギルドの建物に入った。メアリが、気がついて声をかけてくる。
「どうしたの? こんなところで」
「‥‥メアリさん、‥‥あなたは先日の三人組に見張られています」
事情を話すと、メアリは真剣な顔で頷いた。
「今夜は友達の家に泊めてもらうわ。悪いけど、みんなにそう伝えてくれる?」
「‥‥わかりました」
ギルドから出ると、アレクシアは再び鴉に変身し、上空から見張りを続けることにした。
サンワードでどちらの方角か分かっているので、無暗に聞き込みをせずに済んだ。アリエルは店でエミリアの受け取った薬を見つけ、どこから仕入れているのか住所を聞いた。
歩いているとふと見慣れた通りについた。フォーノリッヂで見た通りだ。やがて覚えのある看板が目に飛び込んできた「調合、鑑定、薬」。
ドアを開けるときしんだ扉の音と共にハーブの匂いが鼻についた。こちらに背を向けて巻き物に目を落としている女性。豊かな巻き毛の黒髪に見覚えがある。
「アリアさんですね?」
振り向いた顔は探していたそのものだった。
アレクシアが、三人組がどちらの通りを使っているか教えてくれたおかげで、アリエルとアリアは無事にエミリアの元にたどり着けた。アレクシアはディスカリッジを使い三人組のやる気を削いだという。
エレインとスラッシュは席を外し、二人でゆっくり話が出来るように気遣った。
アリアは台所のある部屋に通されて、机に肘をつき、しばらく黙りこんでいた。エミリアは嬉しそうにアリアを見つめている。
「‥‥約束」
ややあってアリアが口を開いた。
「覚えてたの?」
エミリアが頷く。髪はスラッシュが整えて、薄化粧もさしてくれた。首元はプレゼントされたブルースカーフで覆われている。
「‥‥それで?」
「おかげでおばあ様は治りました。本当にあのとき、助けて頂かなければ‥‥」
アリアは「黙りなさい」というように手で制した。
「あたしはあたしが調合した薬の効き目が知りたいと言ったけれど、地上に出て来いとは言わなかった‥‥」
エミリアが不思議そうな顔をする。
「もう来ないでね、迷惑なの」
部屋から出てきたエミリアが泣き顔なのに驚いて、エレインは駆け寄った。
「どうしました?」
「なんでもないんです」
エレインはエミリアをなぐさめながら、落ち着けるよう、エミリアの使っていた部屋に連れていった。スラッシュはとっさにアリアを追った。何かトラブルがあったのだろうか?
「迷惑掛けたわね」
庭に出ていた明夜がスラッシュとアリアを見比べた。
「嬉しかったけど、あの子人魚だから」
アリアは振り向かずに行ってしまった。
帰り道、アレクシアは上空から三人組のルートを探り、皆と会わないように気をつけた。三人組と一度も会うことなしに海までたどり着くと、エミリアは記念に袋の中から無造作に選んだ品物をくれた。
「楽しかったです。ありがとう」
エミリアは微笑むと、あっという間に海に潜っていってしまった。刹那、寂しそうな表情を見せたのを、アリエルは見逃さなかった。
メアリに報告に行くと、木箱を撫でながらご機嫌である。パーティの姿を見かけると、早速話しかけてきた。
「エミリアは?」
「無事、海に帰ったわ」
明夜が努めて明るく答える。
「ところで、それどうしたの?」
「アリアって人が大量に送ってきてくれたの。お礼みたい。みんなの住所が分からないからってここに」
メアリは皆に一本ずつワインを配った。自分が抱えている木箱にはまだまだ沢山あるが、それ以上は配らないようだ。やれやれ。
「嬉しかったのは本当みたいですね」
アリエルは呟いた。