●リプレイ本文
依頼を受けた冒険者達は、酒場に向かう途中にさまざまなことを話し合った。
「‥‥もしかして、奇術師とはリィンさんのことではないかしら?」
アイリス・ヴァルベルク(ea7551)には奇術師の心当たりがあるようだった。アイリスは冒険者達にリィンについて説明した。表向きは奇術師だが、その正体は盗賊なのだという。
リィンはかつて貴族の家に忍び込み、宝石を盗むとそのまま行方をくらませていた。
「もし本当に、奇術師がそのリィンという人なら、どうしてパリに戻ってこようとしているのかな?」
リル・リル(ea1585)はそう言って首をかしげた。
「まだその人だと決まったわけではありません。とりあえず酒場の主人に聞いてみましょう」
パルシア・プリズム(ea9784)の意見は一理あった。とにかく冒険者達はまず主人に詳しい話を聞く必要があった。
「‥‥ああ、確かに奇術師はリィンという名前だ」
酒場の主人である老人はうなずいた。アイリスは主人にリィンが盗賊であることを告げた。主人はそんなことは知らなかったらしく、たいそう驚いていた。
「そんな、まさか‥‥いい子だと思っていたのに」
「外見に騙されているのです。実際に彼女は盗みを働き、パリを去ったのです」
アイリスは言った。その場に重い空気が流れた。
「とりあえず、彼女の名前が分かったからサンワードを使って調べてみよう」
マギウス・ジル・マルシェ(ea7586)が言った。金貨を一枚取り出して、呪文を唱え、それからリィンの特徴を思いつく限り指定する。
「うーん‥‥彼女はどうやらここから遠い場所にいるようだね」
漠然とした答えである。
「パリに来ていないってことかな?」
リルがマギウスにたずねた。
「分からないな。パリの中でも、ここから遠い場所にいるのかもしれないし」
公演の日まで着実に迫っている。しかし、一向に奇術師が現れる気配は無い。
冒険者達はすぐに代わりとなる出し物の準備に取り掛からなくてはならなかった。
しかし、全ての者が出し物の用意をする必要は無い。リルとマギウスは準備と練習を始めることにしたが、アイリスとパルシアは調査を続けることにした。
「港や停車場にも行って見るといいよ。もしかしたら途中で彼女を見かけたという人がいるかもしれない」
リルがそう言うと、アイリスは頷いた。
「そうすることにします。そちらも頑張ってくださいね」
こうして冒険者達は二手に分かれた。
そして次の日の夜、いよいよ公演が始まることになった。
予定されていた奇術ショーが無くなったということもあり、酒場に来ている客はそれほど多くは無かった。
いつも来ている常連客とか、他に行くところが無かったから来てみたという者がほとんどなのだろう。
舞台に出てきたのはシフール二人。リルとマギウスであった。
「えー、本日はようこそおいでくださりました。これからあたし、リルとこちらのマギウスによるショーをはじめたいと思います」
「よろしくお願いします」
二人が挨拶をすると、ぱらぱらとまばらな拍手が送られた。
マギウスは自分の旅芸人道具一式の中から金属の輪を三つ取り出した。まずはじめに三つの輪を空中に放り出し、ジャグリングをはじめる。
輪は軽快に空中とマギウスの手を行ったり来たりする。
その間にルルが横笛の演奏をはじめた。テンポの速い曲で、マギウスの芸に良く合っている。
そしてマギウスは最後にいっそう高く輪を放り投げたあと、三つ全てを受け止めた。そして観客に向けて輪を見せる。
三つの輪が縦一列につながっていた。
「おおー」
観客たちが声を上げた。
曲調が変わる。東洋系の神秘的な雰囲気のある曲だ。
「これから行う奇術は、小道具が必要です。お客様の中でどなたか帽子を貸してくださるかたはおりませんか」
マギウスがそう言うと、レンジャーと思われる格好のエルフが帽子を貸してくれた。
彼は帽子をスカーフに包むと、何やらまじめな顔で呪文を唱え始めた。別に魔法を使うわけではない。完全なアドリブである。
「‥‥それ!」
マギウスが手をかざすと、スカーフに包まれた帽子がふわりと空中に浮いた。
また歓声が沸き起こり、酒場はさっきより大きな拍手に包まれた。
マギウスとリルはショーの成功を確信した。
さてその頃、アイリスとパルシアは停車場に来ていた。
ドレスタッドなどの他都市へ向かう船と馬車が出て行き、またそれらの都市からやってきた船と馬車が停まる場所である。
二人はドレスタッド方面から来る人々にリィンらしき人を見かけなかったかと尋ねて回っていたが、一向に手がかりは得られなかった。
「あら、あの方は‥‥テルルさん?」
ふいにアイリスは見たことのある人物がやってきたことに気がついた。
「アイリスさん? 一体どうしてここへ」
仕立て屋をしているシフールのテルルであった。彼はリィンの知り合いでもある。アイリスはリィンがパリへ来ようとしていたが、何らかの理由で来ていないということを説明した。
テルルはそれを聞いて驚いている様子だった。彼はリィンが帰ってこようとしているなどとは露ほども知らず、停車場には知り合いの見送りに来ていただけだったのだ。
「どうしてパリへ来なかったか、何か思い当たることはありませんか?」
パルシアがテルルに尋ねた。
「そうですね‥‥彼女はドレスタッドとパリの途中で消えた、そうですね」
「はい」
「じゃあ仲間を助けに行ったのではないでしょうか?」
「え、仲間?」
アイリスは目を丸くした。かつてリィンはフォルチという盗賊の男と組んで貴族の家へ盗みに入ったことがあった。しかしフォルチは冒険者達に捕まり、リィンだけが逃げ去ったのである。
「エイラック男爵の話によると、フォルチはパリ近郊の町の牢屋に閉じ込められていたそうです。ちょうどドレスタッドへ向かう途中にその町があるとか‥‥」
「脱獄の手伝いということ? でもそれなら、なぜパリの酒場で奇術をするような話になっていたのでしょう」
パルシアは首をかしげた。
「それは僕には分かりません。酒場の主人なら分かるのかもしれませんが」
テルルは言った。
「しかしリィンさんがどうなったのか気になります。今でもパリに来ないというのは仲間の脱獄に手間取っているのか‥‥彼女に何かあったのかもしれません。たとえば、脱獄の手助けがばれて捕まったとか」
そして彼は明日にでもその町へ向かうつもりだと言い、停車場を去った。
その後も二人は停車場で聞き込みを続けたが、これといった成果はなかった。二人は酒場へ戻ることにした。
アイリスとパルシアはリル、マギウスと酒場の主人に調べてきたことを報告した。
「テルルさんの話からすると、やっぱり脱獄の手伝いだけが目的でドレスタッドを出たのであり、パリへは来るつもりが最初から無かったのかな」
マギウスが残念そうにつぶやいた。
「余りそうは思いたくないな」
酒場の主人が言った。そして彼はリィンとどのように知り合ったか冒険者達に話した。
彼女は以前パリへやってきたばかりの頃、人通りの多い場所で奇術を披露していた。それをたまたま見かけた主人は自分の酒場で芸を披露してみないかと持ちかけてみた。
「‥‥ありがとうございます。頑張って、酒場の人たちが楽しくなれるような奇術をしたいと思いますわ」
彼女は定期的に酒場へやってきては奇術を披露するようになっていた。
しかし、ある日手紙を残して彼女はパリを去ってしまった。
用事があってしばらくドレスタッドへ行く必要が出来た。当分パリへ戻ってくることは無いが、もしその時が来るならまた彼の店で奇術を行いたい、と書いてあった。
「きっと、何かが彼女の身に起こったに違いない。予想していない事故か何かが」
老人はため息をついた。
「いかなる事情があろうとも、リィンさんはあなたを裏切ったのですわ。彼女は自らの罪を認め、悔い改めなくてはなりません」
アイリスが厳しい口調で言った。
舞台は大盛況のうちに終わったが、なぜか皆すっきりしないものが残った。