【ろくでなしの迷宮】愚者の輪舞曲
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■ショートシナリオ
担当:浅葉なす子
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 44 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:02月21日〜02月26日
リプレイ公開日:2008年02月29日
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●オープニング
●アルデラのよろこび
このところ、頑張ってお金を貯めた。
アルデラは年甲斐もなく嬉しくなって、さも大事そうにそのお金を包んだ。
これで、あの人の足跡を冒険者に調べて貰える。三年前に帰らぬ人となったあの人が、遺跡に書いた言葉が全て分かる。
一月ほど前、アルデラは冒険者に頼んで遺跡の遺言を調査してもらった。時間の都合上、片方の通路しか調べられず、遺言は切れ切れのものだった。
『そして、僕のことは忘れてほしい』
『君の客への嫉妬がなかったとは言わないよ
でも、それより悲しかった
嘘の愛を切り売りする君の姿が悲しかった』
『君にとって僕は客ではない唯一の人間だと自惚れているけれど』
『僕のことは忘れていいが、君が、君自身が娼婦である前に、ただのアルデラであることをどうか忘れないで』
『二度と会えぬ、僕のアルデラへ』
これらの途中にあるであろう文章。
そこに、アルデラの分からない、あの人の心がある。
この文章を冒険者に貰ったとき、本当に嬉しかった。
私は愛されていた!
恋人と出会ったのは十年前、アルデラが三十路を過ぎた頃の遅咲きの恋。彼、アダムとは十歳も年が離れていた。
アダムは酒を呑んでは、アルデラの客に嫉妬して、アルデラを殴ったりもした。あんな男はやめろと、友人知人には散々、叱られた。
それでも愛していた。何が理由なのか、分からない。
私の愛した人の、決定的な何かがあの遺跡に置き去りにされている。
それが分かるなら、確かな愛があった証拠を得られるなら、あの人の生死や自分自身の命さえ瑣末な問題だと思う。
アルデラは数多のお客と嘘の愛を重ねながら、寂しい人生を歩んできた。もはや子供を産める体ですらない。かろうじて残る商売道具の美貌も、いずれ枯れてしまうだろう。
その時残るものは、愛されたことがあるという思い出だけになると、彼女は分かっていた。
前回、冒険者への依頼は、馴染み客のヒューラムに頼んだ。
アルデラはこの町を離れたこともないので、今度も彼に頼むことにする。今日は、仕事でこの町に来ていたと仕事仲間に聞いたので。
●ヒューラムの闇
「泣いていましたね、彼女」
「そんなにぃ、昔の男が良かったのかしらぁ」
粗野な外見に似合わぬ落ち着いた口調の男と、魔法使い然とした派手な女が裏路地で様子を窺っていた。
アルデラから冒険者への金子を受け取ったヒューラムは、口元に笑みを乗せる。
「女の涙は嘘ばかりさ」
「あらぁ、聞き捨てならなぁい」
「貴女は嘘泣きばかりでしょう? ミラベル」
「えー、ひどぉい。ミラベル泣いちゃおうかな?」
聞く人によっては癇に障るような、媚びた甘い声音で「えーんえーん」と泣き声を上げる女に、ヒューラムは溜息ついた。
「君らと漫談しにきたのではないのだ。ナイジェル、ミラベル。せっかく『あの男』を落としいれてやったのに、アルデラはあの男を忘れようとしない。
諦めさせるために、あの男が死んだ事実をつきつけようと前回冒険者に頼んだのが間違いだった。アルデラは余計に死んだ男に慕情を募らせる。馬鹿な女だ。
あの無能な男より、私が劣るというのか。私の方が金も地位もある! それなのにアルデラは私を客としか見ず、あの男を唯一の恋人とした。
許せん。必ずものにしてやる。
分かっているな? ナイジェル、ミラベル」
「冒険者が文章を見つけるのを邪魔すればいいんだな?」
「ミラベルの魔法で殺しちゃうのもアリかもぉ」
「どうでもいい。とにかく、阻止するのだ。高い金払ってるんだ! 失敗するんじゃないぞ」
●リプレイ本文
●兎耳は河童に生えるか
「私カワイイから許して?」
涙目で訴える、束縛された女を前にキット・ファゼータ(ea2307)は皆を振り返った。
「こいつ殴っていいか?」
「やめとけぇ‥‥キット。殴る価値ねぇからよ」
「ミラベル今、ウサ耳のおばけに酷いこと言われたぁ!」
「‥‥おいらぁ河童だぁ」
イギリス人のミラベルが黄桜喜八(eb5347)の種族を知らずとも不思議ではないが、それ以前に河童に兎の耳は生えない。という点が問題かもしれない。
「なんだよ‥‥文句あっか」
●キットでなくとも殴りたくなる、その理由
順調だった。
二班に分かれた彼らは万が一に備え周到に探索していた。
「A班、どうしてる!」
「此方は問題ないよ、キット君」
つかず離れずの位置を探索するA班のヒースクリフ・ムーア(ea0286)が返事をしたのも束の間、オグマ・リゴネメティス(ec3793)の悲鳴が響き渡った。
「襲撃か!?」
ブレスセンサーでは反応がなかったのに。カジャ・ハイダル(ec0131)は踏み出したが、
「大丈夫‥‥こほっ、無事です」
シリル・ロルカ(ec0177)の返答。
「ファイヤートラップでした。ミカエルさん、ゼラチナスキューブは魔法も使うのでしょうか」
「そんな筈ないわ。あの魔物の特徴は、あたしが話した通りよ」
魔物に詳しいミカエル・クライム(ea4675)は、事前に件の魔物の情報を皆に教えていた。
「以前来た時はキューブだけだったが、他に何かいるのかもしれないね」
「合流するか、ヒースクリフ」
「気をつけてくれ、レイ殿」
レイ・ファラン(ea5225)は皆を振り返り、視線で同意を得る。
ミカエルは周囲を見回し、
「アッシュエージェンシーを置こうかな‥‥燃やせそうな物がないわね」
この魔法は灰を必要とする。
「ロープだけど、使うか?」
カジャの言葉に甘えて、ロープをヒートハンドで灰にし、ミカエルそっくりの姿に仕立てその場に置いていった。
「いいか? 行くぞ」
「待て、キット。もう一度ブレスセンサーで探査する」
集中すると、カジャは距離内に大きな影を知った。キューブだろう。だが、念のためもう一度‥‥
(「人間とほぼ同じ大きさ、か」)
離れた先で、犬が激しく吼えた。喜八の相棒、トシオが何か感知したのだ。
十字路に人影が過ぎる。
「あいつか!?」
カジャは目で追うが、それどころではなくなった。
人影を、ゲル数体が追っている。つまり、此方に来るのだ。
「キットちゃんにカジャさん、フレイムエリベイションを付与するわよ」
ミカエルに触れられたキットは、身の裡より熱を感じ気合を入れた。
「切り裂けぇー!!」
真空刃が遺跡の乾いた空気を飛び、キューブに襲いかかる。
攻撃されつつも前進を試みる者にはレイがダーツで牽制し、カジャは仲間の作った最良のタイミングを見切って、ローリンググラビティーを発動させた。
重いキューブが浮き上がり、その隙間からA班の姿が恒間見える。
「下がって! 行くわよ」
ミカエルの合図に下がる前衛。地面に衝突したキューブの群れに炎の壁が巻き起こり、更に彼女はそれをコントロールして炎を増徴させる。
この多勢には効果的だったが、
「何だか、空気が薄い‥‥」
苦しくなった。
「B班、無事か!」
キューブと炎越しに、ヒースクリフの声がする。
「ここには人間がいる。キューブを大量にけしかけられた、ふざけやがって」
キットが舌打ちするも無理はなかった。嫌がらせめいた攻撃を仕掛ける意図が分からない。
文章は現在、合わせて二つ。全容は見えてきたが、探索余地がある以上、邪魔者の存在は厄介だ。
いないと思った喜八が、犬を連れて偵察から戻ってきた。
「人間がいたんだがよ‥‥遠くまで行っちまったんで、戻った。
‥‥背後にガマを置く。そうすりゃ挟み討ちになんねぇからな」
キューブはまだ半数が生存しているが、今はA班とB班で挟んでいる形である。
喜八が蜂比礼を振る間、シリルは動きを止められないものかと思案する。
「シャドウバイディングが使えればいいのですが‥‥影が薄いですね」
「インクを投げてみます」
筆記用具を取り出したオグマに、「では私も」とヒースクリフが彼女に倣う。
向かいから様子を見ていたカジャは、目を見開いた。
「シュールなことになってるな」
兎耳の喜八が布を振る姿もさることながら、インクの滴る箇所のみがくっきりしたゲルが蜂比礼に進行を阻またり。
結局、暗過ぎて影が見え難い為シャドウバインディングが効かず、代わりにかけられたコンフュージョンで同士討ちをする姿も異様である。
喜八はペットをガマの方へ追いやり、トシオと共に敵を霍乱しつつ、瀕死のキューブにGパニッシャーで天誅を下した。それに乗じてヒースクリフが重くスマッシュを叩き込む。
「ライトニングトラップ敷きます! 少し下がってください」
スクロールを読み上げるオグマの声に応じた、その時である。
トシオが、ガマに向かって吠え出した。
「そこに‥‥何かいるのか?」
それに反応してヒースクリフは後衛を突き放し、オーラボディを唱えた。キットも向かいの通路で盾を構え、衝撃に備える。
灼熱の炎が巻き起こる。ファイヤートラップは違う、ねっとりした熱だった。
「オグマ! ガマの向こうにトラップを!」
B班にいるカジャの位置から、トラップは届かない。
駄目で元々と叫んだが、何処からか悲鳴が聞こえた。
「喜八さんのわんちゃんが、隣の通路に吼えていたんです」
ガマを退かすと、ウォールホールによって開けられた穴から、キューブに呑まれた女の姿が見えた。
●シリルは如何にして情報を引き出したか
魔法によるダメージをポーションで回復した後、一行は女がいる状態で構わずキューブを攻撃。救出後、拘束した。
「あたしか弱いのにぃ」
「空涙は魅力と信頼を損ないますよ」
シリルはオグマを振り返った。
「リシーブメモリーで何か分かりました?」
「あの‥‥『あたしより綺麗な男とか!』と」
シリルが最近で一番印象深いらしい。もっと大事なことはないのか。
「あたしはぁ、お宝探しに来た冒険者なのぉ」
「嘘ですね」
シリルはさらり、否定した。一日の探索スケジュールに偶然被る訳がない。
「逃がしてくれたら、お宝の場所教えてあげる。どう?」
「あることが分かっただけ収穫だな」
カジャが笑った。
「自分で見つけてこそ冒険者だ。それに、あんたが冒険者とは信じられない」
「そう。貴女は色々なことを隠しています」
シリルがカジャの言葉を引き継いだ。
「貴女の嘘から別のことが分かる場合もありますよ。ひとまず、話して良いと判断することは教えてください」
ミラベルは溜息ついた。
「相棒はもう出口目指してる頃ね。いいわよ。何が聞きたい?」
急に声色が変わり、雰囲気さえ違って見えた。
「誤魔化しても無駄そうだし。人の顔色見るの得意そうね?」
「職業柄、そうですね」
他の面子なら怒りそうなことも、シリルは流した。
ミラベルというこの女は、何でもよく喋った。
ヒューラムの横恋慕。アダムにこの遺跡を教え、彼を迷わせて殺めたこと。
「アダムって奴はよくこんな遺跡に一人で来たもんだ」
散々な目に遭ったレイの言葉に、ミラベルは肩を竦めた。
「それなりに強かったからよ。昔の仲間でね」
「意外だな‥‥」
レイとの会話を聞き、シリルは尋問を切り上げた。これ以上は、舌を噛んでも話さないだろう。だから、ヒューラムの闇を語ったのだ。
一行はそのまま、ミラベルを連れて探索を再開。少々遅れを取ったが、ミラベルが地図も教えてくれた。
しかし、一箇所だけ壊された壁があり、オグマは眉を寄せる。
「壊したのは貴方ですか?」
「‥‥貴方たちには、関わりない内容よ」
しかし、オグマは石工の技術を活かし、欠片を拾って修復を試みた。完全には不可能だったが、
「ロ‥‥オ・デス」
「ほらね、意味不明でしょ?」
ミラベルが嫣然と微笑んだ。
こうして全ての通路を探索し、長い一日が終わりを告げた。
●かくも正しい涙を零し
ミラベルを官憲に委ね、冒険者たちはアルデラを訪ねた。
「久しぶりね、ヒースクリフさん。来て、くれたのね」
「約束を果たしに来ただけだよ」
ヒースクリフはアルデラに微笑んだ。
キットやオグマが書き留めた原文、そしてシリルがそれを元にした歌に花を添えて。
嬉しげに涙を浮かべるアルデラは、「こんなことを喜ぶなんて、馬鹿な女でしょう?」と呟いた。
シリルはかぶりを振る。
「愛する人への純粋な想いには敬意を覚えます」
「あんまり過去にばっかり拘るなよ。奴だって覚えててもらえるだけで満足だろ」
シリルとカジャの言葉に、アルデラは涙を指で掬う。
「すまねぇな‥‥アダムの遺品が何かあればと思ったんだがよ」
「大丈夫よ、素敵な兎耳さん。これで十分」
『君と出会ったのもこんな寒い日だった
君は裏路地で人目を避けるように泣いていた
僕が出会った君は、娼婦ではなかったんだ』
『君は愛を語った後に客を招き、僕に帰るよう言った
君にとっては単なる仕事 でも、僕は』
『君は僕が遠くへ行ったことを詰るかもしれないが
僕の恋人に娼婦のアルデラなんて女はいない
ただのアルデラなんだ 寒い街角で泣いていた君なんだ』
「私は、娼婦であるのが当たり前だった‥‥私こそが彼を傷つけていたのね」
心の行き違いが生んだ悲しみが、彼女の頬を伝って落ちた。
ミカエルは、共に歩み続けられなかった恋を前に、そっと目を伏せた。
シリルにヒューラムのことを聞くと、
「そう‥‥」
とだけ、答えた。その心中は、誰にも分からない。
●ある男の末期
キットは仲間と同行せず、ヒューラムに真意を正す為ミラベルに教えられた場所に向かった。
ところが、血を流し倒れる男がいるのみ。
顔を上げれば裏路地に、遺跡でキューブの先頭を走った青年の姿があり――キットは彼を睨めつけたが、青年はどこ吹く風で去った。