【器用貧乏領主】シスター・キラークイーン

■ショートシナリオ


担当:浅葉なす子

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月25日〜02月29日

リプレイ公開日:2008年03月03日

●オープニング

「アークエン様にわたくしの名前を仰ったの?」
 ロメーヌ伯爵令嬢グロリアは、信じられない思いで目前の二人を呆然と見返した。
「申し訳ない、グロリア嬢。だが、決して貴女がアリソンの襲撃を提案したことは口にしておりません」
「当然でしょう! そのようなことが公になれば、わたくしも、父も只では済まなくてよ。父は保身のために、貴方がたを抹殺なさるでしょうね。
 そんなことは宜しいわ‥‥酷い! 酷い、酷い酷い酷い! 何故よりによってアークエン様の前でわたくしの名前を出すの! この土手南瓜! 床を舐めしゃぶって泣いて詫びなさい!」
「も、申し訳ない‥‥」
 この令嬢、可愛らしいのに口が悪いのが珠に何とか。
「やっと目障りなアリソンを追い出したのに! どうしてお父様はアークエン様を義父に選ぶのよ。ずるい、ずるいずるいずるい! わたくしだって、わたくしだって」
「あの‥‥グロリア嬢。あの童顔の田舎領主、何が良いのです?」
「お黙りなさい!!」
 景気のいいビンタが男の頬に炸裂した。
「貴方なんかにアークエン様の良さはわからなくてよ! 屑! 死ね!」
 何もそこまで言わずとも。
 グロリアは二人など目に入れず、落ち着きなく辺りを往復する。
「んん、このような時は鏡の中のわたくしに尋ねるのが一番です。鏡よ鏡よ、現状を打開するにはどうしたら宜しいかしら?」
 本気で鏡に語りかけ始めた。駄目かもしれない、この令嬢。
 暫し静まったが、それも束の間。令嬢の細い肩が揺れ、長い髪が背から零れる。笑っておられるようだ。大変怖い。
「そう‥‥アリソンがアークエン様に嫌われてしまえば宜しいのよね。貴方たち!」
「ひゃい!」
「アークエン様を我が屋敷へ、数日ほどご招待するわ。アリソンを口実にすれば、お父様は折れるでしょう。滞在中、貴方がたはアリソンとアークエン様の仲を引き裂いてあそばせ。異論は許さないわ、宜しくてね!?」
「はいボス!」
「誰がボスですか、誰が! 生え際から髪を一本一本引っこ抜くわよ!」
「生きててごめんなさい!!」
 エドガーとエドモンド兄弟は、この一瞬だけアリソンが不憫になった。


 一方。
 アークエンは途方に暮れていた。
 いや、遠い星の彼方へ旅立ちたくなるような目に遭うことは、珍しくない。父の生前はその豪快で大雑把な性格に振り回され、居候のクレメンスが家事という名の破壊の限りを尽くしていた際も、彼は頭を抱えていた。
 して、今の悩みは。
「いやよ! あなたにゃんてパパと認めにゃいんだから!」
 突如として引き取る羽目になった、義理の娘との不和である。
 アリソンは四歳にして、恐るべき口の達者さを誇る小さなレディである。この年までロメーヌ伯に育てられていたが、故あってアークエンに押し付けられ‥‥ではなく、引き取られることになった。
 諸処の理由はあるが、最も大きな要素として、彼女がクレメンスの腹違いの妹だということ。兄の面倒を見ているのだから、妹もついでにどうぞ、と渡されたらしい。
 第一印象からアリソンに嫌われていたアークエンだが、彼女の前で襲撃者を惨殺したのが致命的になってしまった。他に為す術がなかったとは、幼いアリソンに通じぬ言い訳である。
 あまりにアリソンの態度が悪いため、兄のクレメンスが宥めにかかる。
「アリリン、そんなこと言っちゃ駄目だよ。僕らはアークエンのお世話になっているんだから」
「うるしゃいわね! アリソンが頼んだ覚えはありましぇん! あと、ありりんじゃなくて、ありそん! 学習能力がにゃいの!?」
 このように怒鳴られるとはいえ、クレメンスとは仲良く遊べるのだよなあ、とアークエンは遠い目をする。
「禿げそうだ」
「アークエン! 君まだ十九だよ! 今からそんなこと言ってたら、三十になる頃にはつるっぱげになっちゃうよ」
 その辺は既に覚悟している。父や祖父の毛は丈夫だったので、禿げはとにかく白髪は確実だろうな、と。
「アリリンと女の子が喜ぶ遊びをするとか、どう?」
「いや、それが。子供の頃の知り合いは、野育ちの豪儀な女しかいなくてな。仕方がないから、自警団のピートに幼馴染と子供の頃、何をして遊んだのか聞いたんだが」
「何言ってるの? ピートはこの前、その娘と死に別れたばかりなんだよ。無神経すぎるよ!」
「し、知らなかったんだ! 涙ながらに思い出話をされて、気まずくて何を聞いたか覚えていない」
「じゃあ、女の子とつきあった事はあるよね? その時の経験を活かして‥‥」
「もてたことなんか一度もない」
「嘘つけ! 絶対女の子の気持ちに気付いてないだけだ、この朴念仁!!」
 アリソンの口調が移っているぞ、クレメンス。
 まさか、疫病神でお荷物で天然のクレメンスに説教される日が来ようとは。アークエンは別の意味で遠い目をした。

 ロメーヌ伯から招待状が届いたのは、そんな折である。
「パパ! パパに会いたいわ」
 育て親が恋しいのだろう、アリソンはしきりに帰りたがった。
「やはり、今まで何の縁も所縁もなかった者同士が、急に親子になれるはずもない」
 領主として、様々な難題を突きつけられて来たアークエンだが、今度ばかりは荷が重い。
「そう悲観的にならないで。この際、親子云々は忘れようよ。あの子は僕の妹だから、僕が面倒見て、父親代わりになればいい。アークエンが無理にあの子のご機嫌とりをしなくたっていいんだ。
 でも、せっかくのキャメロットだよ。伯の所に泊まるんだから、パーティーもあるよね。楽しもうよ」
「そうだ、な」
 クレメンスにフォローされるようでは、自分もまだまだと思う。
 苦笑ながら、伯からの手紙の続きを読めば‥‥
「ん。冒険者も招待なさる?」
「どういうことだろ」
「さあ。ロメーヌ伯は、何か不穏な動きを感じたようだな」

 今度も唯の物見遊山では済みそうにない。

●今回の参加者

 eb2357 サラン・ヘリオドール(33歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ec2497 杜 狐冬(29歳・♀・僧侶・人間・華仙教大国)
 ec3466 ジョン・トールボット(31歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ec4115 レン・オリミヤ(20歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec4461 マール・コンバラリア(22歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)

●リプレイ本文

●意外な知り合い
「レン殿じゃないか」
 アークエンに挨拶されたレン・オリミヤ(ec4115)は、するっと身を引きつつ相手を見返す。
「ピートの村の‥‥団長さん?」
「兼業だ。その節は世話になったな」
「まあ、お知り合いだったのね」
 依頼人一同と既知の間柄であるサラン・ヘリオドール(eb2357)は微笑ましそうに彼らを見守るが、レンは落ち着かない。
 とりわけ「ミステリアス美女だ!」と喜ぶクレメンスに身を竦め、マール・コンバラリア(ec4461)の背後に隠れた‥‥シフールの、小さきその背に。
(「クレメンスって人‥‥やっぱり変なひと」)
「もりしゃんと、ジョンしゃんだー」
 アリソンは杜狐冬(ec2497)の腕に飛び込み、ジョン・トールボット(ec3466)に笑顔を向ける。
「アリソンの顔見知りが来てくれて助かったよ」
「いいんですよ」
「私も気になっていたからな」
 礼を言いつつ、狐冬やジョン、サランにべったりの様子に暗い顔のアークエン。重症だ。
「‥‥?」
 サランは顔を上げる。視界の端に、建物の影から見知った人物を捉えた。
「クレメンスさんの従兄弟の方を見たわ」
 アークエンは眉を顰めた。
「前回のこともあるし、心配だわ」
「だが、ここでアリソンの身に危険が迫ることはないと思う」
「なぜだ? ここの令嬢、前回の黒幕じゃなかったか?」
 ジョンの疑問に、アークエンはかぶりを振った。
「伯の目の届く所で出来るなら、アリソンは既に殺されている」
「妖精しゃんだー!」
 深刻な空気を壊したのは、アリソンの明るい声だ。
「あたしはシフールだよっ! マールっていうの、宜しくね」
「マールしゃん!」
 微笑ましく駆け回る姿に、「あれだけで胸一杯だ」と呟く貧乏領主。いや、まだ依頼内容達成されてないから。
「アリソン」
 鋭い女性の声に、アリソンは肩を震わせた。
 美しい貴族の娘が、段上から此方を見下ろしている。
「よくも帰って来れたものね。卑しい庶子のくせに」
「何て言い方するの!」
 憤然と食ってかかるマールの横で、アリソンが泣き出した。
「言い返しもせず泣いちゃうなんて、アリリンらしくないなぁ」
 兄のクレメンスが、実妹の様子におたおたする。狐冬も屈んで彼女を慰めた。
「グロリア嬢? ごきげんよう」
 注意を反らすべく、アークエンが令嬢の前に立った。
 途端、怜悧なグロリアの容貌が赤に染まってゆく。
「せいぜいゆっくりしていけば宜しくてよ!」
 逃げた。
「お姉さまに苛められていたのですか?」
 狐冬の優しい声に、アリソンはしゃくりあげながら「ううん」と。
「お姉たまは、急に意地悪になったの‥‥」
 幼いアリソンの言葉だけでは納得ゆかず、狐冬は屈んだままアークエンを見上げる。
「伯爵さまやご令嬢とのご関係をお聞かせ願いたいのですけれど」
「父が伯と親しかったんだ」
「ご親戚との関係は?」
「分からない。ただ、好悪で人付き合いできないのが貴族だしな。お尋ねするのも含め、伯にご挨拶に行こう」

 ロメーヌ伯は初老の、気さくな人柄だった。
 それぞれ挨拶を済ませ、アリソンが再会を喜んだ後、マールが進み出る。
「どうしてアリソンちゃんを預かったのか、聞いてもいいです?」
「クレメンス殿の父御とは旧知の仲であった。彼は恐妻家でな。そんな彼が市井の女性との間に‥‥な」
「私からもひとつ」
 ジョンが挙手。
「令嬢はなぜ、アリソンを嫌うんだ?」
「それが‥‥突然なのだ。仲の良い姉妹だったよ。それが時には手も上げるようになり」
 それで、手放す気になったと。
 マールは目を伏せ、アリソンの身にかかった災いが、グロリアの所為だと悟った。

●お父さん張り切っちゃうぞ
 ピクニックと聞いて喜んだのは、アリソンだけでない。
「お弁当‥‥アークエンとアリソン、つくる?」
 レンの提案に、貧乏領主が料理の仕込みに張り切る。サランも勿論、アリソンと甘い保存食を使った料理に挑戦。
「‥‥マールもやる?」
「やるよー!」
 元気いっぱいに返答され、レンも参戦。
 途中、使用人がアークエンの料理に何か混入しようとした。
「なぁに、どうしたの?」
「ひっ、すみません」
 笑顔で横槍を入れたシフールの少女に、使用人は怯えて逃げ去った。

●狐冬悩殺記
 狐冬はお弁当作りには参加せず、屋敷を回っていた。
(「本当に迷ってしまいました」)
 周囲を見回せば、クレメンスに似た兄弟が寄ってきなさる。飛んで火に入る何とやら。
「屋敷は初めてなので‥‥宜しければ案内して下されば」
 上目遣いで胸元に手を添えれば、兄弟の目は釘付けである、一点に。
 彼らが狐冬を覚えていないようで助かった。
 大した情報を引き出せなかったが、怪しい人物を足止めが出来て有意義だった。

●いざ出陣
 ピクニックへは全員で出かけた。
 マールと一緒に、レンのペットである鳥の雛を可愛がったり、ジョンと乗馬をしてご機嫌のアリソン。あれだけ馬を嫌がった割に、ジョンが相手だからかすんなりしたものだ。
 サランは背後でどんよりしているアークエンに苦笑。
「お父様は大変ね」
「‥‥挫けそうだ」
「彼女の嫌がりは反射的なものよ。怖い思いをさせて、ごめんね。と伝えてはどうかしら?」
 アークエンは肯き、
「アリソン。その節は悪かった。お前の前で人間を惨殺して‥‥」
 もっとましな言い様はないのか。
「あ、アリソンちゃん! あたしと遊ぼ!」
 慌てて気を引くマールに、アリソンが強張った顔を輝かせた。
「お弁当食べようかっ! どれが好きなの?」
「うんとねぇ」
 サランと作った甘い料理を指差した。マールは後で貧乏領主に伝えるべく、頭の中でメモ。
(「もうっ、アークエンさんも伯爵に手紙でも出して、好き嫌いくらい聞けば良かったのに」)
 全くである。
「もりしゃん、もくもくしゃんは?」
「‥‥もくもく?」
「ふふ、おとぎ話ですよ、レンさん」
 狐冬はレンに小声で囁く。
「もくもくさんなら居るじゃない、アリリン。ほらここに」
 クレメンスがアークエンを指差した。
「そんなもくもくさんはイヤー!!」
 泣き出した。余計なことを。
「あ、アリソンさん!」
 狐冬は、話題回避に乗り出した。
「ここなら、幸運をもたらす四葉のクローバーが見つかるかも知れませんよ」
「よちゅば‥‥持ってるよ! ジョンしゃんにあげるぅ!」
「いいのか?」
「新しいの今さがすから、いいの! ‥‥アリソン、ジョンしゃんみたいなお父しゃまがよかった」
 当のお父様、膝を抱えて草を毟り始めた。不憫だが半分は自業自得のような。
 見兼ねたジョンは膝をつき、
「アークエンの行いは貴方の為を思っての事、レディならもっと寛容に振舞って然るべきじゃないか?」
「だって」
「アリソンさん。私のお父さんはね、とっても優しかったのよ」
 サランはアリソンの横に腰を下ろす。
「でも時々は怒る事もあったわ、それはもう怖かったのよ。今のアークエンさんも怖いかしら?」
「‥‥うー」
 ジョンとサランに諭されると、アリソンなりに考えることがあるようだった。

●今宵、翻る
 アリソンは、ジョンと踊っている。マールにお化粧で可愛くして貰った彼女は、それこそ妖精のよう。
「‥‥ジョン殿とアリソンの年の差で結婚は有り得るか?」
「うーん、政略なら普通? てかアーク、何で途中経過すっとばして結婚のこと考えてんの」
 そんな依頼人の会話はさておき。
「何も出来てないじゃない、この能無し!」
「あんなに冒険者がいたら、何も出来ませんよ。ほら、あの覆面の女がこっち見てる!」
「あの、エドガーさん?」
 令嬢と言い合っていた例の兄弟は、狐冬がダンスに誘った。
「あなた達はとても優しい人達ですね」
「いやぁ、はは」
 ちょろいものである。
「レンちゃんは踊らないの?」
「‥‥やらない。変な人がいるから」
「お願いできる? ちょっと踊ってくるの」
 マールは壁の花と化している貧乏領主の下に赴き、誘い出した。
「しかし、貴方を傷つけてしまいそうで」
「どうしても駄目‥‥?」
 悲しそうな顔で訴えられれば、断れる筈もない。アークエンは苦笑し「では、お手を」とマールの手を取った。
(「ふうん、こんな顔もできるのね」)
 して、会場の隅で歯軋りしているグロリアにこっそり舌をだす。
「小娘め! ちょっと可愛いからって」
「グロリアさん?」
 声をかけられた令嬢、振り返って目を見開いた。
 月光を背に、真紅のサーコートを翻す男装のサラン。
 貴婦人たちの黄色い声が飛んだ。ついでにクレメンスの黄色い声も。
「いかがかしら?」
「ふん」
 彼女はサランの手を取る。
 今度は、サランが驚く番だった。
 手袋越しの令嬢の手は、酷く硬い。武器を握る戦士のように。
 無言で踊り、不機嫌な令嬢は不意にサランに身を寄せた。
「本当はアークエンさまの所だけは嫌だったのだけど‥‥」
「何のことかしら?」
「アリソンを、お願い」
 サランは軽く、突き飛ばされた。
 彼女の真意がわからず、去っていく背を見守るしかなかった。
 レンは、危険人物らしいグロリアとサランの接触を見守っていた。要注意人物の兄弟は狐冬がひきつけていたし、サランの身に何かあれば間に入れるように。
「あの!」
 クレメンスに声をかけられ、びくっと身を竦めた。
「なに‥‥」
「避けられてるみたいだから!」
 気にしていたらしい。レンは単に男性一般が苦手で、避けていたのはクレメンスに限らない。
「力になれることがあったら、言って! そ、それじゃあ」
 駆け去る彼の姿に、レンは「やっぱり、変なひと」と呟いた。
 そして彼女は見届ける。
 ジョンと踊っていたアリソンが、自分からアークエンをダンスに誘う様子を。

●狐冬悩殺記、余禄
「そぉれ、一気、一気」
 狐冬の手拍子に合わせ、エドモンドは発泡酒を煽った。
「っかー、十三杯めぇ!」
「お見事です」
 今回、兄弟は狐冬に骨抜きにされただけだった。