【器用貧乏領主】留守番レディと嘆きの精
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■ショートシナリオ
担当:浅葉なす子
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:4
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月25日〜03月29日
リプレイ公開日:2008年04月02日
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●オープニング
●小さな依頼人
「ちょっと、よろしくて?」
冒険者ギルドの受付係は、どこからともなく声がしたのであたりを見回す。が、視界に人はいない。
「下よ、下! もう、失礼しちゃうわ」
声の方向をよく捜せば、カウンターの下でぷりぷりしている小さなレディがいらっしゃる。
それだけでなく、彼女の傍にはシフールの男の子がいた。何とも眠たそうな、やる気のなさそうな目をしたシフールが。
「何か、御用ですか?」
「依頼に来たに決まってるじゃにゃいの! これだから田舎者は」
「嬢ちゃん、どっちかて言うと俺たちの方が田舎者だと思うんだよねー。領主さま田舎領主だもん」
「う、うるしゃいわね、シェリー」
シフールの指摘に顔を真っ赤にしながら、レディは腰に手を当て、
「妖精しゃんを捜してほしいの。おねがいよ!」
●レディが来訪する少し前の話
「もう少し広げるか‥‥」
領地の裏手を眺め、領主アークエンは顎に手を当てる。
現在、この領地は堀の強化中。が、森側の家屋はほぼ森に臨んでい、囲いや堀から外れている。問題だと分かっていたが、昔からこうなっているので手を加えるのが難しかった。
領主は木々を伐採し、村の全域をしっかり保護することに決定した。
「じゃあ、森に行き来できにゃくなるじゃない!」
領主の養女、アリソンが不満そうに訴えた。
「アリソンは森に行くのがしゅきなのよ」
「いや、もう春になるから森に行くのは駄目だ」
アークエンは普段より厳しく、アリソンに言い含めた。
というのも、春になるとあの森には食べ物を求め、山から熊が降りてくる。この地方はまだ少し寒いので、もう少し先のことだろうが、油断は大敵。
「そうなったらそうなったで、熊狩りが楽しみなんだがな‥‥!! 熊料理! 万歳!!」
アークエン、春になるとナチュラルハイになる傾向がある。飢えた熊より飢えたアークエン。
さておき。
「さて、私は所用で暫く家を空けるぞ。シェリーの言うことをよく聞くんだぞ」
使用人二人という絶望的人手不足のこの屋敷だが、アークエンは最近、アリソンの御守や留守番のために、人を雇った。
人というか、シフールなのだが。
何か非常にやる気なさそうだが、あれでなかなか腕の立つ魔法使い。何を言っても粘土に杭という有様で、口の悪いアリソンの相手にはちょうどいいと思ったのだ。
「えっ‥‥どこに行くにょよ? そんな話聞いてにゃいわ!」
「お土産買ってくるからな」
ふんわりした金髪を撫で、アークエンは慌しく出かけていった。
アリソンはむっくり頬を膨らませながら、シェリーの羽を引っ張って外に出た。
「ちょ、嬢ちゃん、どこ行くんだよー」
「森に行くの!」
「危ないって言われたばっかりでしょー。せめてクレメンス坊ちゃんが訓練から帰るの待った方がー」
聞く耳持たず、アリソンは伐採中の村と森の境目にやってきた。
「ひどいわ‥‥せっかく、あんなに育ったのに」
「んー、でも人間が生きるのに木材も必要だからねー」
アリソンとて、アークエンが狩ってくる動物を捌いたものを食べているわけで。
彼女は、普段食べているものが肉塊になる前のことなど想像したこともないだろう。もし、アークエンが狩りをする姿を見れば、以前のように義父を嫌いになりかねない。今だって怪しいのに。
シェリーは木々の無残な姿を嘆くアリソンに、これ以上のことを語るのをやめた。
と、その時である。
アリソンとシェリーの後ろから、小さな女の子がほてほてと歩いていった。年の頃は、アリソンと同じほどだろうか‥‥
「おいおい、どこの子だ? 危ねぇからあっち行って‥‥」
木を切っていた村の男が斧を下ろした瞬間、女の子は大きく口を上げた。
「アァアアアアァァアアアァ!!!」
空気をつんざくような凄まじい声を上げ、女の子はなおも叫ぶ、叫ぶ。
あまりの声量に大人たちは驚いて、斧を放り出し逃げ出した。
アリソンはといえば、あまりに吃驚して逃げることもかなわなかった。
やがて、誰も伐採する人間がいなくなると、女の子は青いもやとなり、森の中へ消えていった。
●再び冒険者ギルド
「アースソウルだと思うんだよねー」
アリソンに代わってシェリーが説明する。
「森を壊されると思って出てきたんだ。うちが壊すのはごく一部なんだけど、あちらさんに理解してもらうの無理っぽくて。このままじゃー伐採が進まない。
それに‥‥」
シェリーは受付係の耳元まで飛んだ。
「もし、旦那さまが帰った時にこの問題が発覚したら、アースソウルは旦那さまに殺されると思う。情に深い人かと思えば、すごく冷徹なところもあるんだよー。穏便にお引取り願いたい、というのが依頼」
して、シェリーは指先でもじもじし始めた。
「お金は、はっきり言ってないんだけど。後でお嬢のお守してもらったってことで、旦那さまから請求してちょ」
「アリソン、妖精しゃんとお友達になるの!」
カウンターの下で飛び跳ねるレディ。
さて、面倒な話になってしまった。
●リプレイ本文
「御領地のことはお詳しいわよね? 堀について教えてほしいの」
サラン・ヘリオドール(eb2357)に頼まれ、訓練帰りのクレメンスが嬉しそうに説明するのを聞いたジョン・トールボット(ec3466)は顎に手を当てる。
「古くからあった柵と堀を、強化しているんだな」
「うん、何十年もかけて少しずつ作ったものなんだ」
「この程度の柵を強化するなら、土塁で埋めるのはどうかな。それなら、周囲に多少木があっても」
ユーシス・オルセット(ea9937)の提案に、クレメンスも「名案だね!」と同意する。
「ただ‥‥」
クレメンスが指した先へ、ジェラルディン・ムーア(ea3451)は顔を上げた。
「随分、高い柵だね?」
領主館を中心に、大きな丸太を連ねる塀が出来つつある。
「まだ沢山、木が必要そうですね」
「完全に戦を想定した造りだな。こればかりは、森に手をつけずには済むまい」
サリ(ec2813)とオイル・ツァーン(ea0018)が、考え込む。
と、今回の依頼主であるアリソンが、シフールを伴って歩いて来る。
「暗い顔をしてどうしたのですか?」
杜狐冬(ec2497)に微笑みかけられ、アリソンは口をひしゃげながらも、「ごきげんようごじゃましゅ」と礼をした。
「止めるんでしゅけど、やめてくれにゃいの」
今も伐採が続くらしい箇所を指した。
現場へ急ぎ、ジェラルディンとユーシスは村人を制止にかかる。
「アースソウル騒動で呼ばれた冒険者だよ!」
「一時、伐採を中止して欲しい」
何かと世話になっている冒険者の頼みだ。村人も否やと言えず、撤退する。
「俺たちも、無茶をしたくはねぇんだ。頼んまさ」
「ええ。自然と共存できないのは悲しいことですから」
サリに続き、ジェラルディンも「あたしも山育ちだからさ」と苦笑する。
「自警団の皆さんを呼んでくださらないかしら?」
サランに頼まれ、伐採していた男は自警団を連れてきた。主に、若い衆である。
「あっ、姉御だ!」
「ああ! 相変わらず元気だね、あんた達!」
「ユーシスさん、ジョンさんこんにちは!」
ひとしきり挨拶した後、サランは彼らに微笑みかけた。
「柵を強化するお手伝いをお願いしたいの。工夫しながら、競争してはいかがかしら?」
「袋に土を詰めて、土塁を作るんだ。伐採が最小限で済むよ」
ユーシスからも指示を貰い、少年たちは嬉しげに顔を見合わせる。
「秘密基地作るみたいでワクワクすんね!」
子供っぽい理由に、ジェラルディンは苦笑した。
「私は一足先に、アースソウルに会って来ようかと思う」
ジョンが挙手すると、オイルも「私も同行しよう」となる。
「危険の有無も確認したいからな」
「私はアースソウルに軽く挨拶したいのだが‥‥」
「では、対話している間は離れておこう」
領主が帰るまで三日ある。精霊は徐々に慣らした方がいい。
「ジョンしゃん、アリソンもあいたいの」
女神の薄衣を引かれ、ジョンは屈み込んだ。
「明日、共に行こう。これを‥‥」
と、アリソンの小さな手に純潔の花を乗せた。
「指輪が私の代わりに君を守ってくれるだろう」
「わぁ‥‥」
指輪はアリソンには大きいので、紐を通して首飾りになる。
彼女が指輪をつける頃は、素敵なレディになっているだろう。
オイルとジョンが見回った所、熊や他の魔物の気配はなかった。
ふと首を回すと澄んだ空気の中、小さな女の子が佇んでいる。
後退しても警戒させそうで、オイルはクッキーを差し出してみた。
まごつく少女に、ジョンは手を広げて見せる。
「騎士として無闇に傷つけないと誓う」
それが通じたか、分からない。
少女はじれったい速度で近づき、クッキーを取って消えた。
「‥‥しまった」
あのクッキー、本来はアリソンに渡す予定だった。
●翌日
午前中は土木作業が続いた。
土塁の提案者であるユーシスが率先して作業する。
泥まみれで年の近い少年と一緒に作業する姿は、どこか楽しげだ。
と、泥を投げて遊ぶ輩がいるので嗜めるが、泥がユーシスにも飛んできた。
「まったく‥‥」
ユーシスは泥を拭い、領地を眺め地形を頭に叩き込んでいく。いずれ事が起こった際、対処できるように。
「返しなど作ってはどうだ?」
と、オイルが言うので、ジェラルディンはロープと土塁を組み合わせてみる。
「そっち持ってくれるかい、オイル」
「こう、か」
自警団を指導していたジョンも加わるが‥‥
土塁がバランスを崩し、ジョンの鳩尾に直撃。
「大丈夫かい!?」
「倒れると、危険、だな」
一考の余地あり。
一方、サリ達はアースソウル対策の準備を行っていた。
「苗を頂けませんか? 森に植えるんです」
「あんた、噂の精霊さんかい?」
「ええっ? 私はパラです」
慌てるサリを、サランは微笑ましく見守った。
「アリソンさん。窓にミルクやお菓子を出しておけば、妖精さんが遊びにくるかもしれませんよ」
「きゃーっ!」
狐冬の助言にアリソンは目を輝かせ、大喜びで屋敷に駆け戻った。
案の定、途中で転ぶ。
めげずに彼女は立ち上がり、屋敷に向かっていった。
「アースソウルさんに会う時は大変そうね‥‥」
サランは一抹の不安を覚えた。
が、実際に森へ向かう際は大人しいもので。
というのも狐冬が、
「もくもくさんと同じく、妖精は恥かしがり屋が多いのです。そっと静かに接するのが良いでしょう」
と言い含めたのが効いたのだ。
「‥‥もくもく、とは?」
オイルが首を傾げると、アリソンが得意げに「かくれんぼの妖精しゃん」と説明。
実際は、狐冬に聞いた空想の妖精である。
「そうか‥‥そのような妖精がいるのだな」
間に受けてしまった、オイル。
アリソンはジョンやジェラルディンに守られ、その上で狐冬がホーリーフィールドを展開。
サリはユーシス、オイルと共に、伐採跡へ苗を植えてゆく。
そして、サランはハーブワイン、新巻鮭、銀のネックレスを、ユーシスの作った簡素な祭壇に捧げた。土塁の副産物である。
「サランさん。私のシードルも」
微笑み、サランはサリのお酒も並べる。数の問題ではなく、気持ちを贈りたいのだ。そもそも精霊に飢えはない。
彼女はアリソン達が見守る中、森の豊穣を祈る踊りを捧げた。
足元で音がして、ユーシスは下をみやる。
サリが植えた苗を屈んで観察する小さな女の子がいたのだ。
人につられたか、サランの踊りにつられたか。
苗に興味があるようで、顔を寄せている。
「ふに、ふに‥‥」
「お気に召しましたか?」
サリが声をかけると、「むーっ」と叫んだ。意図が分からずサランを向く。
「アースソウルさんは、嫌な時はもっと鋭く叫ぶわ。きっと喜んでいるのね」
おまけに、アースソウルは狐冬の結界内に入り、オイルの傍まで来る。
「ふに、ふに」
「‥‥すまん。もうクッキーはないんだ」
「ふにふに」
懐かれている。傍で見ている冒険者、笑いを堪えるので必死である。
サランが「此方にもあるのよ」と示すと、精霊は銀のネックレスを‥‥口に含んだ。食物ではないのだが、気にいったらしい。
アリソンが進み出すと、ジョンは躊躇する。だが、ユーシスがとりなした。
「子供の方が、精霊と分かり合えるんじゃないかな」
「アースソウルさま、アリソンちゃんがお友達になりたいそうです」
サリは身振り手振り、アリソンの思いを伝えようとする。
「妖精しゃん、お菓子とみるくにゃの」
アリソンが差し出す皿を精霊は受け取るが、もやになって消えてしまう。
「妖精しゃん、いっちゃった」
「またきっと会えますよ」
「アリソン、さびしい。みんな忙しいし」
狐冬の傍で漏らすアリソンに、サランは眉を下げる。
「ご領主さまにご相談してから、と思ったのだけれど」
サランについて来た隼が、翼をはためかせた。
「この子がこれから、お友達になってくれるわ」
「わぁ。怖くにゃい?」
「怖くないわ。とっても賢いのよ」
アリソンは恐々と隼を見上げていたが、やがて笑顔を見せた。
●帰着
帰れば冒険者がいるので、領主は目を丸くしていた。
「説明すると、長くなるんだけど」
伐採と精霊のこと、堀や柵のこと。
「自然を力で抑えても、手痛いしっぺ返しとなる事を忘れないで」
サランの説得に、領主は考えこむ。
「というか、使えるな、それ」
つまり。
精霊は崇めれば神になり、邪魔なら魔物になる。
冒険者が尊んだから、領民も精霊を敬うようになった。
領主は為政者として、精霊の存在は使えそうだと判断した。思考回路があれだが、アースソウルの安全は確保したようだ。
ジェラルディンは工事中の高い柵を指し、
「土を重ねて少しずつ石にすれば、頑丈でいい盾ができるよ? シェリーが初級ストーン使えるってさ」
「おお!」
それは名案、と手を打つ領主。
狐冬も物言いたげに、領主を見る。
「アリソンちゃん、寂しそうでした。公務がお忙しいのでしたら、母親を迎えれば良いかと」
領主は苦笑する。
「これでも引く手数多だった。だが、子連れとあってはな」
自分の子が第一子でなければ、相手方にすれば結婚の意味がない。
縁談はさざなみのように引いたそうだ。
「そんな訳で結婚の予定はないが、息子には期待している!」
「わ、私のことか!?」
慌てるジョン。よく分からず笑うアリソン。前途多難だ。
「事も済んだし、打ち上げでもする?」
「いい蜂蜜酒だな、ユーシス殿。皆で食事にしよう」
ささやかな晩餐が開かれ、アリソンは始終嬉しそうだった。食後には、サリや狐冬と遊んで。
アリソンの寂しさが少しでも紛れいい思い出になれば、とユーシスは願った。
翌日の帰り際、ジェラルディンはアリソンにこっそり、
「どうにもなんない時は、涙を浮かべて『お願い、パパ……』って言ってごらん。絶対効くから」
この入れ知恵によって、アークエンは娘に振り回されることになる。
「そういえば報酬を貰うの忘れたね」
ユーシスが呟くが、誰も気にした素振りなく笑う。
思い出はプライスレスで。