●リプレイ本文
「あの子‥‥バカ、だから」
冒険は、リズ母の涙声から始まった。
●昔話
「悪い子は魔女に食べられちゃうよ!」
村の慣用句らしい。
「その、魔女ってのは?」
マナウス・ドラッケン(ea0021)に尋ねられると、母親は、
「昔話です。稀に見る者がいますけど、最近は事件もないわねぇ」
「騎士については、何ぞないか?」
尾花満(ea5322)も会話に参加。
「いいえぇ、竜はいるらしいですけどね、騎士は聞きませんわ」
騎士はイレギュラーな存在だと。
ところでこの家、木彫りのプレートがやけに飾られている。空木怜(ec1783)は彫られた字に感心した。
「これはお嬢さんが?」
「ええ、昔話や、旅の詩人の話を書き留めてるんです」
「達筆だし、賢いお嬢さんだな」
「‥‥えぇと」
なぜ言い淀む、母。
「手掛かりがあるかもな。マナウスと満も手伝ってくれ」
三人で読み回ったところ‥‥
満がふむ、と声を発した。
「魔女の話は幾つか解釈があるようだ」
「それは俺も気づいた」
マナウスが振り返る。
「酷い仕打ちを受けて悪い魔女になったとか、人食い鬼説とかな」
「大抵は悪役で落ち着く。だがこの一枚のみ、魔女は怯えて森を閉ざすとされ、魔女を悪し様に表現していない」
その頃、沖田光(ea0029)は被害者を訪問していた。
「へ、誰か帰ってこねの?」
羊に餌をやっていた青年が、手を止める。
「リズさんは、もう二週間帰らないそうです」
「迷うけど、帰って来れるよ?」
聞けば聞く程、妙な話だ。
「何でリズだけ戻らないんだろうな?」
戻った光の報告に、マナウスは納得がゆかない。
「魔物を避けて通ると迷うとか、か? この現実と非現実を混ぜた感じが妙だよな」
怜も首を傾げた。
全員で首を傾げ、冒頭に戻る。
「手紙はどちらの岸に流れつきましたか?」
光に優しく声をかけられ、「下流の堰にあったのです」と。雑な堰らしく、手紙を留めたのは幸運だった。
「娘さんは必ず助け出します。私達を信じてお待ち下さい」
項垂れる母親に、ヒースクリフ・ムーア(ea0286)は真摯に誓った。
●仲良しこよしで手を繋ぎ
「やはりか」
スクロールを手に、シャノン・カスール(eb7700)は大木を仰ぎ見る。
「何とかできるか、シャノン」
先程から同じ場所を回る二班。マナウスが落とした同じ色の卵殻。キット・ファゼータ(ea2307)はうんざりしていた。
と、シャノンが手を差し伸べてくる。
「何だよ?」
「術にかかってない俺が手を引けば脱出できる」
「‥‥男同士でか」
マナウスが呻いた。
今回、女性が一人もいない。残念。
「問題は一斑だな」
怜につられ、川の対岸を見やる。
稀に、満の笛がかすかに聞こえる。
「カビを避けて森入ったからな」
川の背後が森なので、回避すれば森に入る。そのまま、迷宮に囚われたか。
「意志を強く持てば、脱出できる。その人物が手を引けば‥‥」
「気づく事を祈るか」
●我こそは
ヒースクリフは川沿いで遭遇した大蟻を、他の大蟻と同士討ちをさせた。
そのまま森の捜索にもつれこんだが。
ボーダーコリーが同じ場所を巡り、満の撒いた同じ色の殻を見つけるにつれ、ロッド・エルメロイ(eb9943)が森を燃やしたい衝動に駆られていた。
「しませんが」
「うむ、心得ている」
ロッドでなくとも、衝動は覚える。
人の歩いた形跡を求め、ヒースクリフは目をこらす。
「獣道を通っているのかな」
追えるほどの痕跡ではない。
ロッドはセンサーの定期探査を開始。
「おや‥‥誰か来ますね」
目のいいヒースクリフが周辺を見回せば、人影を確認。
「人間か?」
声をかければ、その人物、まっすぐ来る。
背筋の伸びた、老騎士である。
「冒険者か」
「貴殿が噂の騎士か」
「その通り! 歴戦の騎士ボン・ゴハンテとはわしじゃ!」
呼ばなければ良かった。
「少女について何かご存知ありませんか?」
ロッドは紳士的にものを尋ねる。
この騎士、盗賊の疑いもある。返答次第では捕縛も検討していた。
「あの娘、竜と共に森で生きる気であろ?」
ぼけているのか?
「ご老人。女の子を飢えたままにしておくな」
満は険しい顔で、老人に苦言を呈す。
が、老人は髭をしごき、
「あの娘、竜とメシ食っとったぞ」
●おらが家
一方、マナウス達は竜に追われていた。
シャノンが木々に尋ねた方角へ、マナウスは草木を掻き分けつつ夜露をしのげる場所を探していたのだが‥‥
巨木のうろに、動物の毛皮を敷いた住居を発見。
「竜が狩った獣の皮を剥いで洗ったのか」
怜は娘の逞しい生活力に感心。
娘と竜の姿がない。センサーで捜索すると人間ほどの大きさを捉えた。
「リズか? じゃあ竜はどこに」
と、上からはばたきが聞こえる。
「伏せろ、マナウス!」
シャノンの声に、マナウスは身を屈めた。
影が過り、背後に気配を感じる。
「竜か!」
「待て、キット。対話してみる」
マナウスは荒ぶる竜に、オーラテレパシーで語りかける。
『此方に敵意はない、鎮まれ』
『おらのなわばり!』
無断で入ったことが許せないらしい。
「竜くん! 人を傷つけちゃダメ!」
藪から飛び出してきた、村娘。すっかり野生化している。
そして、得物を抜くキットの腕に掴まった。
「お願い、竜くんを傷つけないで」
「襲ってくるなら応戦せざるを得ない!」
軽く牽制して、この場を離れればいい。
キットは竜の足元を狙ってソニックブームを撃ち、仲間と共に巣を離れた。
が、竜はなおも追いかけてくる。
怜は振り向き様、ローリンググラビティーで竜を転倒させた。好機を悟ったシャノン、すかさずアグラベイションで竜を鈍らせた。
竜はパニックを起こし、暴れ回る。
「そこはっ‥‥」
マナウスが止める間もなく、竜は毒々しい緑の苔に倒れこんだ。
●合流
「パンって文化感じるわよね!」
満が保存食とキットのパンで軽く調理した物にがっつくリズ、ついに咽た。
「慌てて食べると喉に詰まりますよ! ほらお水」
「ありがとう、えっと」
「光です」
「そう、光ちゃん!」
光の性別を勘違いしたようだ。
そんな彼女は、怜に毒を治療され、疲れた様子の竜を背にしている。
「そこまで仲よかったのか」
「ん、最初は近づくと怒ったけど、少しずつ距離を詰めたのよ!」
「フィールドドラゴンが大人しいとはいえ、凄いですね」
魔物に詳しい光が、リズを褒めた。
「思ったより元気そうで安心したよ」
ヒースクリフの苦笑交じりの安堵に、リズは眉を下げた。
「竜くんに少しだけお肉貰ってたの。一人なら死んでたな。魔物いるし。前は違ったのに」
「魔女の仕業じゃ!」
ボン・ゴハンテが叫んだ。
「悪いが、貴殿。手伝って頂きたい」
「俺か?」
応援を頼まれたシャノン、騎士を見返す。
「騎士さま! 何で助けてくれなかったの」
「魔物は退治するで帰れと言ったのに、帰らなかったろうが」
「迷ったのよ!」
リズは脱出を諦め、森に留まった。それが帰れなかった要因か。
不毛な言い争いに、怜も苦笑しきり。
妄想を誘う植物を想定したが、思い返せばリズの文面は論旨がしっかりしていた。精神に異常あれば、文章も支離滅裂になる。
「魔女が森を定期的に迷宮化するので、棲家に近づけん」
「何故そうも魔女に拘るのです?」
ロッドの疑問はもっともだ。
「魔女を退治したいのですか?」
「いや、わしは‥‥」
老人は遠くを見つめた。
●魔女
「時々軽い悪さをして、近づく者は迷わせる。彼女は『悪い魔女』で在ることで、人を遠ざけるのだ」
魔物がはびこる原因も、魔女を説得すれば解決すると言う。
「乗りかかった船、ってのはジャパンの格言だな」
リズの危険はもう薄い。キットは行く気のようだ。
「謎は解きたいが、リズを連れていく訳にも」
マナウスが渋るものの、リズが「あたしも行く」と言って聞かない。
「私も反対です。あなたを連れ帰ると、ご両親に約束したのですよ」
ロッドにも諭されるが、リズは結末を見届けたいらしい。一人でも追うとまで言う。
それで、人面樹の蔦に捕まるのだから世話がない。
「だから返したかったん‥‥だ!」
キットの真空刃が蔓を切り裂き、落ちたリズはマナウスがキャッチ。
「ま、帰り道も危険は同じだからさ」
女の子のフォローは完璧だ。
シャノンは満、ヒースクリフの剣にフレイムエリベイションを付与。
続いて、光がクリスタルソードによる突き下ろし、満のダブルアタックに続き、ヒースクリフが剣を振り下ろす。
それも、リズを抱えたマナウスが範囲外に逃げ切る迄だ。
ロッドがスモークフィールドを展開、全員を無事に逃がした。
「リズ、怪我は?」
「擦り剥いたかも」
「手当てしとくか。跡が残っても可哀想だしな」
怜は宝玉を取り出し、リズの傷を癒した。
さて、魔女のお宅拝見。
ヒースクリフはオーラエリベイションで魔法に備えたが‥‥
老婆は何より「帰って!」と叫んだ。
「ハーフエルフ、か」
エルフであるマナウス、苦い面持ちになる。
混血エルフへの差別は根深い。魔女。そう呼ばれても不思議はなかろう。
「お前‥‥」
ボン・ゴハンテは言い切る前に、魔女から平手打ちを貰った。
「来ないでって言ったのに!」
「だからって森を迷路にするな。おかげで村人は迷う、魔物も迷い込んだまま出て行けない」
「そ‥‥」
開いた口が塞がらず、キットは痴話喧嘩を繰り広げる老人二名を見やる。
ボン・ゴハンテは魔女を捨てて旅に出、そして帰って来た。
これに魔女は怒り、躍起になって森を迷宮化させ、生態系を狂わせた。
あの竜も、被害者なのか。心細くて、リズと共にいたのかもしれない。
「お婆さん。気持ちは分かるけれど、人に迷惑かけてはいけない」
「‥‥はい」
魔女はヒースクリフの言葉に、しおらしく頷いた。
剣と魔法の世界、ジ・アース。
そこで暮らす者にとって、すべては現実。
おとぎ話のような物語もまた、現実なのだ。