【器用貧乏領主】くままままつり!

■ショートシナリオ


担当:浅葉なす子

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 48 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月07日〜04月11日

リプレイ公開日:2008年04月15日

●オープニング

 伯爵令嬢グロリアがハーフエルフの少年を連れ、貧乏領主の元に来訪した。
「不幸な身の上の少年でして‥‥良ければ彼を小姓として使ってくださいませ」
 少年の名はヒューゴと言うらしい。
「はじめまして、領主さま!」
 と、彼は応対したクレメンスを見上げた。
「えっと」
 クレメンスは頬をかく。
 彼は確かに見栄えのする容姿だが、従騎士である。領主の。
 当の領主は『まるごとクマさん』を着込み、義娘のアリソンと戯れている。
「僕、グロリアさまに領主さまのお話たくさん聞いてて‥‥素晴らしい騎士だって!」
 当の素晴らしい騎士は今、クマさん姿で義娘を高い高い中。
 素晴らしいを否定する気はないが、クレメンスは微妙な顔で微笑んだ。グロリアは領主アークエンを偏愛しているので、恐ろしく誇張された話を聞いているに違いない。
 おまけに、アークエンはクレメンスと違って見た目が地味で、童顔で、背も低い。
 ヒューゴはそんな地味でチビのアークエンを指差し、
「あの人はお小姓さんですか?」
「こ、こしょっ」
「そうじゃ」
 クマさんこと、アークエンが胸を張った。
「何を隠そう、この御方は強くてかっちょ良くて無敵に素敵な領主さまだ。ひれふせい!」
「ははー!」
「おとーしゃま、このこバカなの?」
 義娘のアリソンが不思議そうに言うが、クマ姿で正体を偽るアークエンの方が馬鹿だと思われる。
 領主はクレメンスの背後に立ち、何事か呟いた。
「え、なに‥‥言えばいいの? えーっと、くまー!!」
 吼えたクレメンスに驚き、ヒューゴは眼を丸くする。
「そ、そういう訳なので熊狩りなのだ! 分かったか新入り!」
「熊ですか?」
「冬眠明けの熊がたくさん森に来てるん‥‥じゃ! それを退治して熊料理じゃ!」
「狩りですね、旦那さま!」
「そして熊を捌いた後は酒盛‥‥でも君は未成年だからジュースね?」
「熊ジュースですか!」
「やめてください‥‥」
 思わず敬語で身震いするクレメンス。
 確かに熊ジュースは嫌かもしれない。

●今回の参加者

 ea9937 ユーシス・オルセット(22歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ec1007 ヒルケイプ・リーツ(26歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 ec2497 杜 狐冬(29歳・♀・僧侶・人間・華仙教大国)
 ec2813 サリ(28歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)

●リプレイ本文

「また可愛い子が来たなー」
 明朗なヒルケイプ・リーツ(ec1007)に笑み崩れる『領主』クレメンス。
「気軽にヒルケって呼んでね! 領主さま!」
「ヒルケちゃん! 皆もようこそ」
「ああ、よく来てくれた」
 くま姿の『従者』アークエンも冒険者を歓迎。
 これまで、アークエンは危険を予測し、様々な布石を打ってきた。
 猟もその一環だろうとユーシス・オルセット(ea9937)は踏んでいたが、クマ姿で新入りに嘘吐いている姿は。
(「非凡というか変人というか」)
 アークエンとはお馴染みだが、最初の頃こんな変な人だったか。
「アリソンさん。あの後、アースソウルさんと遊べましたか?」
 杜狐冬(ec2497)は義父の傍にいる少女に微笑みかける。
「窓におやちゅ、置いたらなくなったの!」
「アースソウル様がいらしたのかもしれませんね」
 サリ(ec2813)も嬉しげにする。アリソンの可愛い努力のおかげで、今度も精霊に会えるかもしれない。

●おでかけの前に
 サリはお弁当やクッキー作りに、アリソンやヒューゴを誘った。
 塩豚を少し貰って水に戻し、野菜スープなども煮込んでみる。
「楽しそうですねー!」
「私も手伝います」
 ヒルケと狐冬も混ざる。
「女の子たちがお菓子作る姿って浪漫だよね」
「か、可愛いですよね」
 クレメンス、ヒューゴ、遠くから目の保養。
 ヒルケのうさみみがピヨピヨ揺れるのが、また可愛らしい。
「‥‥これで、クマさえいなければ」
「確かにクマがちょっと‥‥」
 アークエンも張り切って参戦している。クマで。
「アリソンちゃん、卵は割れますか?」
「われましゅ!」
 サリに卵を手渡され、意気揚々と挑戦するが、殻は入る、指が黄身を割るで、大惨事。
 何も言わず、サリは殻を上手に取り除き、狐冬はクッキーには不要な黄身を卵焼きに。これはアリソンのお昼ごはん用だ。
「これにジャムを‥‥」
 サリは自分の荷物を取りにと思ったが、ジャムと聞いてアークエンが差し出してきた。
 あるなら、いいか。サリはクッキーの上にジャムを乗せてゆく。
「ふわぁ、二人ともお料理上手ですねぇ」
 種作りや型を作るの手伝いをしていたヒルケ、サリと狐冬の手際に感動。
 その横で、クマも黙々と料理中だ。こちら、余った黄身は甘いプディングにするらしい。
「従者の人も上手ですね〜」
「ふっ、クマだからな」
 クマは関係ない。
「お父しゃま、ぷでぃんはアリソンのーっ」
「もちろんだ。美味しくしてやるからな」
「従者の方の娘さんなんですか!?」
 まだ騙されている、ヒルケ。
「アリソンさん、お父様と仲良くなれたんですね」
「うん、もりしゃん。お父しゃまのご飯おいしいし、このごろ明るくておもしろいのっ」
「‥‥五月になると、欝っぽくなるけどね」
 眺めて楽しんでいたクレメンスが、遠い目で呟いた。
 アークエンのアレは、期間限定らしい。

●いざクマハント
「楽しみだなぁ、熊との一騎打ち」
 わくわくしているユーシスの横で、アークエンもはしゃいでいる。
 暴れたい。その一心で熊に挑むのである。
「騎士って、不思議な人たちですねー」
「ヒルケちゃん、そこ騎士で括っちゃだめ」
 『領主』さまは緊張の面持ちである。

 さて、単独で出発したユーシスを見送り、サリたちは精霊や、柵や苗を見に寄った。
 見送りの狐冬や、アリソンも一緒である。
 サリは危険がないか見回し、エックスレイビジョンで木を透視する。
 獣は近くにいないようだ。
 以前、アースソウルに出会った場所に着くと、サリ達が植えたよりも苗が増えている。
「よかった‥‥少しずつ根付いているようですね」
 サリが苗に手を伸ばし、微笑む。
「ユーシス殿の提案の土塁も、サリ殿の苗も順調だ。感謝している。
 もし貴殿らが来てくれねば、私はアースソウルを退治しただろう」
 彼とて、精霊の殺害を望んだ訳ではない。
 リアリストだが、アークエンが嫌な人間ではないと知るサリは、アースソウルの命と、領主の心を救った意味でも安堵した。
「あれって」
 ヒルケが驚いて指差した先、木陰から小さな女の子が此方の様子を窺っていた。
「妖精しゃんだー!」
 アリソンが叫ぶと吃驚して去ってしまう。
 サリはアースソウルの為に、自分の分のクッキーを木の根にいくつか置いた。
「この領地って、柵を作ったり少し物々しいですね」
「‥‥ちょっと、色々あってな」
 ヒルケの疑問に、クマが苦笑する。
「守るならば、相応の覚悟と準備がいる。そういうことだ」
 その真っ直ぐした瞳に、ヒルケは首を傾げる。
「‥‥従者の方ですよねぇ?」
「さぁな」
 不敵に笑う童顔のクマに、ヒルケなりに真実を知った。
(「タダモノではない従者の方ですね!」)
 ‥‥余計に誤認しただけかもしれない。
 ひととおり観察を終え、狐冬は立ち上がる。
「アリソンさん。私たちは遊びに行きましょうか。今は春なので、草花を芽吹かせるにょきにょきさんという妖精が遊んでいる頃です」
「にょきにょきしゃん!?」
 また、新たなおとぎの妖精らしい。
「姿を見る事は出来ませんが、彼らが通った後には、草木の芽が出ているといいます。芽が彼らの足跡代わりなのですよ」
「メが出てるとこを探せば、妖精しゃんに会えましゅか?」
「ええ、たとえ姿は見えずとも」
 自然は其処にある。確かな存在をもって。

●ユーシス孤軍奮闘
 ジャイアントベアが現れた!
 バスカーヴィルが標的を発見、攻撃を受けぬよう追い込んでゆく。
 ユーシスはオーラボディを唱え、愛犬に被害がゆかぬ内に飛び出した。
 猟犬に気をとられていた熊は、重い槍の突きによって一気に中傷まで追い込まれる。最近会得したスマッシュEX、なかなかの威力だ。
 熊は怒り、ユーシスに向かって爪を繰り出した。
 彼は回避や、盾受けは不得手だ。攻撃はしたたかに受けるが、オーラボディを纏う身体には傷もつかない。
 相手も同じで、身軽さはない。
 ユーシスは再び鋭く槍を突き下ろす。巨大な熊が悲鳴とも、咆哮ともつかぬ声を上げ、腕を振り上げた。
「くっ!?」
 何と、熊に抱え込まれた。
 傷はない。しかし、オーラボディが切れる前に脱出せねば少々危険だ。
 好戦的なセクエンスが、主人のピンチとばかりに前足を高く上げ、嘶く。
 その隙を縫って、ユーシスは熊の腕から逃れた。

 間。

「‥‥ふう」
 ユーシスは倒れた熊を見下ろし、額の汗を拭う。
 手負いの獣とはよく言うが、重体まで追い込んだ先が長く、長期戦になってしまった。
 それだけに、充実感もひとしお。
「一人じゃ運べないな」
 セクエンスに括りつけるのも、酷だろう。
 ユーシスは森を散策がてら、アークエンたちを探した。
「‥‥?」
 ふと、周囲を見回す。
「何かいたかな‥‥」
 下馬し、妙な感じのした藪へ、槍を突き入れた。
 ずぼっ
(「穴があいてる?」)
 藪を分けてみれば、深い穴があった。獣の巣穴‥‥ではない。
 この件も領主に報告しておこう。

●その頃の狐冬
 村の草原で、アリソンにパン屑の袋を手渡した。
「これ、おやちゅ?」
「いいえ、これをまくんです。そうすると小鳥さんが集まるんですよ」
「まあ!」
 さっそく、アリソンは目一杯パン屑を握りしめ、辺りに投げるにようにばら撒いた。
 すると、狐冬の言うとおり、鳥が集ってパン屑をつつきだすではないか。
「きゃーっ!」
 感激したアリソンが鳥を追い回すと、当然鳥は飛んで逃げる。
「アリソンさん、静かにしないと鳥さんが吃驚してしまいますよ」
「きゃーっ、きゃー!」
「あらあら」
 現物を前にしてしまうと、興奮が収まらない模様。狐冬はいっそ、それを見守ることにした‥‥はしゃぎすぎて、熱でも出さねばいいが。

 ひとしきりアリソンと遊んだ後、狐冬は皆が狩ってくるだろう熊料理の下準備をしていた。
 まず、簡単な平たく硬いパンを少量作る。パイ生地の上にそれを乗せる為だ。生地へ直に具材を乗せると、パイの底がへたってしまう。
「お母しゃまができたみたい‥‥」
 アリソンがきらきらした目で、狐冬の後ろをちょこちょこついて来るのが微笑ましい。
 そんな彼女に簡単なお手伝いをさせながら、狐冬は青菜とハーブを煮始めた。
 これはさぞかし、苦くなるだろう。
「うふふふ‥‥」
 ちょっと楽しくなってきた。

●領主さま、熊です
「領主さま熊です!」
 とは、ヒューゴでなくアークエンである。
 彼はクレメンスの尻を蹴っ飛ばして、熊の前につきだした。
「ひ、ひどいぃ〜!」
「クレメンスさん、危ないです!」
 サリは彼を助けようと、矢を番えた。
 ぷすっ
「ひぎゃあ!」
「ごっ、ごめんなさい!!」
 ちょうど軌道に移動する。何というお約束男。
「バカだな領主さま。オーラボディだよ。騎士の基本だろうが」
「まだ使えないんだよぅ」
「まだ?」
 ヒューゴはクマ従者と『領主』の会話に首を傾げる。
 そして、ヒルケの隣で弓を構える。
「あれ、ヒューゴさんもアーチャーですか? てっきり騎士さんかと」
「新入りの小姓ですし。ここじゃない森で生活してたんです。俺はハーフエルフだから‥‥」
 少し俯いたヒューゴに、ヒルケはふふっと笑う。
「ハーフエルフだからって避ける人は、きっと人生を損してます」
「どうして?」
「嫌いになるより、お友達になった方が絶対楽しいですもん」
 途端‥‥
 目を点にしていたヒューゴの顔が、真っ赤に染まった。
「どうしたんですか?」
「なん、なんでもっ」
「新入り! サボるな!」
「オッス先輩!!」
 でたらめに射た矢が、再びクレメンスに直撃した。
 そんな憐れなクレメンスをサリは手当てにかかる。
「大丈夫ですか?」
「矢コワイ矢コワイ」
 熊より矢にトラウマができたようだ。といっても、ほんのかすり傷なのだが。
「はい、これでおしまいですよ」
「ありがとぉ。サリちゃんは優しいなぁ」
 仕える主人は尻を蹴り飛ばすし、妹のアリソンは冒険者には懐いているが身内にはきつい性格。クレメンスはサリのほんわりした笑顔と優しさに癒され、涙した。
 結局、熊の方はアークエンが担当。
 流石に盾役というか、アークエンは攻撃を受けても殆ど負傷せず、おまけにほぼは盾で流してしまう。
 ヒルケやサリが援護射撃して体力を削ってゆく。
「律丸、あまり前に出ちゃだめだよ?」
「わう!」
 けなげに熊に噛み付く愛犬を呼び戻す。犬に攻撃をゆかぬよう、アークエンが庇うもので怪我はないが。
 そして熊が倒れ、ヒルケとサリは熊に尊敬と、感謝の念を捧げる。
 そこへ、律丸が激しく吼えた。
「子連れの熊です‥‥」
 ヒルケは依頼人一味を振り返った。
「子連れは見逃しませんか? 母熊がいなけれな小熊も生きていけませんし」
「逃げるぞ!!」
 アークエンが後援の背を押した。
「走れ、振り向くな!」
「ど、どうし‥‥」
「子連れの熊は強い!! 攻撃を受ければ即死するぞ!」
 サリは慌ててクレメンスを引っ張り起こし、ヒルケやヒューゴと脱兎のごとく逃げ出した。
 振り向くなと言われたが、どうしても気になってヒルケは肩越しに様子を見た。
 盾で攻撃を受け、今のところはもっているが‥‥あれが即死級の攻撃だと思うと、背筋が寒くなった。
 自然というのは、時にひどく恐ろしい。

●くまクッキング
「いや、危なかった。ユーシス殿が来てくれねばどうなったことか」
 とは言いつつ、後で倒した熊を取りに帰ったアークエン。よく再び遭遇しなかったものだ。
「よし、捌くぞ」
「アリソンは向こうに行ってようね」
 ユーシスはアリソンを、ヒルケに預けた。
「ひぎゃぁああキモチ悪いコワイぃ!」
「落ち着きなよ」
 騒ぐクレメンスを、ユーシスが宥めようとする。はっきり言って邪魔だが、領主(真)が経験させたいと言うのだから仕方ない。
「内臓を破くなよ、肉が苦くなるからな」
「クレメンスさん、命をいただくのですから‥‥」
「でもサリちゃん、内臓とか怖いよ!?」
 あまりに情けない『領主』に、ヒューゴは考え込む。
「グロリアさまが言ってた素晴らしい騎士って感じしないな。先輩の方が強いし、堂々としてるような」
 して、アークエンが切り取る熊肉を受け取るサリを見やる。
「サリさん、旦那さまとお知り合いなんですよね? ‥‥本当にあの人」
「きっと、ヒューゴさんが見たままですよ」
「うーん」
 そろそろ、自力で気づきそうだ。
 捌いた後は、塩漬けにしたり、臭味をとるために酒に漬けたりする。皮も洗い、何かしらに使うようだ。
「アークエン。華国だと、熊の手って高級食材らしいよ」
「ほう!」
 ユーシスに教えられ、アークエンは熊の手をしげしげ眺める。
「‥‥どう調理するんだ?」
「そこまでは知らないけど」
 実は熊の手、乾燥させず生のままだと不味いらしい。
 しかし、ユーシスも詳細は知らないし、面白そうなので見守ることにした。悩んだ末、アークエンは手首を切り取って丸焼きに決めたようだ。
 食卓に並べたらアリソンが泣くような。
「で、狐冬どの。その青い煮汁は?」
「‥‥うふふふふふ」
 狐冬は多くを語らなかったが、やたら嬉しそうである。青汁は泥状になり、ごぽごぽと音を立てていた。
 サリは上機嫌に鼻歌を歌いながら、熊肉をハーブや野菜と共に狐冬が昼に下ごしらえしたパイ生地で包み、狐冬は肉をワインで煮る。
「熊料理以外にも何か欲しいですね」
 昼から煮ている野菜スープに、林檎をスライスして蜂蜜煮にしたものはあるが、汁物ととおやつ、熊肉料理では物足りない。
「サリ、アリソンの為にパンで肉や野菜を挟もうと思うんだけど」
 ユーシスが差し出したパンに、それは名案と調理に取り掛かる。
 ユーシスのパンは二つしかない。他は焼く必要があった。サリと狐冬はせっせと生地をこねる。
 ユーシスは皆が作った料理を、パンに挟むことにした。
「ユーシス殿。パンを切るならナイフを少し熱して」
「ああ、切りやすくなるんだね」
 料理はとにかく、鍛冶の知識が多少あるユーシス。煮込み料理の火を借りて、ナイフを炙った。
 その頃、熊の片付けも済んだので、お守をしていたヒルケも顔を出す。
「お手伝いできることありませんか?」
「じゃあ、小麦粉を練ってください」
 サリは朗らかに粉を渡す。
 もう少し詳しく教えればよかったと、サリは後に語る。
 焼きあがったヒルケのパンは、ナイフが刺さらなかったのだ。

●晩餐
「それぞれの宗教や作法もあるだろうから、食前の挨拶は自由に」
 宣言し、アークエンは軽く神に祈った。
 サリは森の神へ、ヒルケは食材となった命たちに感謝を捧げる。
 そして彼女は、自分が焼いて非常に硬く仕上がったパンにかぶりついた。
「あう‥‥か、かちゃい」
「無理せずとも」
「でも、食べ物を無駄にするなんてっ」
「では、サリさんの野菜スープにひたしてはどうです?」
 狐冬に奨められ、ヒルケは野菜スープにパンを割り入れながら頂いた。
 よく煮た野菜たちは甘く、硬いパンをほどよくふやかしていい味にしてくれる。
「これはなかなか‥‥! 美味しいです!」
 ちょっとした怪我の功名かもしれない。
 その先で、アークエンは焼いた熊の掌をつつき、首をかしげている。
「食べてみてよアークエン」
「美味しいですよきっとー、うふふふふふ」
「か、担がれている気が‥‥」
 満面の笑顔のユーシス、酒が(一口だが)少し入ってテンションの高いヒルケに押され、アークエンは手首をつまみあげ、一口齧る。
「うぶっ」
「アークエンさん、熊ジュースです!」
 さっと緑ジュースを差し出す狐冬。
 熊の掌がよほどアレだったのか、中身を確認せず流し込んだアークエン、「うごぶぁ!!」と凄い声で突っ伏した。勢いで飲んだのか、噴出さずに助かった。
「え、どうしたんですか先輩」
 見ていたクレメンスは真っ青になっているが、ヒューゴは見逃したらしい。
「熊ジュースです、ヒューゴさん」
 輝く笑顔でカップを差し出され、そのおどろおどろしい色にヒューゴはカップと狐冬を交互に見る。
「何か熊っていうよりグレムリンの血って感じが‥‥!」
「グレムリンの血は緑なんでしょうか?」
「いや、知らないけどイメージで!」
「美味しいですよ?」
 笑顔ときょにゅ‥‥失礼、に押され、ヒューゴは涙目でカップを受け取り、意を決したように一気飲み。
「ばふぅっ‥‥!?」
「お見事です」
 なぜそんなに嬉しげなのか、狐冬。
「さて、皆にプレゼントが」
 色々抱えてきたアークエン、冒険者達に何やら配る。
「僕がまるごとクマ?」
「ああ、何しろ一人で、森で一番強いジャイアントベアを倒してきたからな」
「このベルって‥‥」
 サリは可憐なベルを振る。妖精の声のような、澄んだ音が響く。
 このベルは、女性陣に配られたものだ。
「参加賞というか、日ごろの感謝の品だよ。ちょっと皆、鳴らしてくれ。アリソン、おいで」
 アリソンは暫くもじもじして、ヒルケ達のベルに合わせ、可愛い声で歌った。照れ交じりなのが微笑ましいというか、和むというか、お義父さまやに下がってますよというか。
「ユーシス殿は、酒はどうする?」
「うーん、十四なんだけど‥‥」
「ふむ、一年後に改めて呑もうか。では狐冬どの特製クマジュースを」
「それはいいって!」
「そう言わずに」
「ちょ‥‥うぶっ」
 三人目の被害者完成。
 注がれた分を半分も呑んでいないのに笑いが止まらないヒルケ、余所見をしているうちにジュースに酒を混ぜられて前後不覚なサリ。
 そして、酒盛りだ! と言ったくせに誰より早く潰れ気味のアークエン。何をしているのか。
 クレメンスは案外、酒には強いようだ。
 狐冬はふと思い立って、二人をみやる。
「浮いた話を聞きませんが、お二人は好きな方はいらっしゃらないのですか?」
「うーん、僕は立場がはっきりしない内に、いい加減なことしちゃ駄目って言われてるんだ」
 クレメンスはワインを煽りながら、苦笑する。
「親戚がらみとか、ごたついてるしね。女の子好きになることはあるよ! 可愛い人はみんな! 狐冬さん大好き!」
「ふふ、ありがとうございます」
「‥‥何かかわされた気が」
「アークエンさんは?」
「んと、アリソンがらみで政略結婚が難しくなったから、考えてないんじゃないかな? グロリアさんとかアーク大好きだけど、子供の頃から浮ついた話は聞いたことないよ。
 アークは子供の頃から‥‥子供の頃は今よりも冷めてて、枯れた感じだったよ」
 枯れた子供というのも、何だか。
「僕の想像だけど‥‥お母さんを亡くすとか、辛い思いしたんじゃないかな? ていうか、アークのお母さんって誰なんだろ?」
 やはり酔っているのか、論旨がずれてきた。
「初めて会った時、凄く冷たい目をしてた。連れ出して‥‥かくれんぼしたら『もくもくさん』みたいに見つからなくて。
 お父さんが死んで天涯孤独になった時、魂が抜けたみたいで‥‥見てる方が辛かった。
 僕はいつか、アークの支えになれる日がくるんだろうか‥‥?」
 一人で話しているうちに、クレメンスは寝入ってしまった。
 狐冬は微笑み、辺りを見回すとユーシス以外の全員が眠っている。アリソンなど一緒に飲み食いしていたユーシスの膝で眠ってしまい、ユーシスが身動きできず困り顔で苦笑している。
「毛布、持って来ましょうか」
「ああ、それはわたくしが」
 屋敷の老使用人が、二階へ上がっていった。
 酔いつぶれた大人はとにかく、アリソンはここで寝かせる訳にもいかない。ユーシスは眠り、ずっしりしたアリソンを抱え、老使用人を追って階段を上る。
 夜も更け、ちょうど窓から見える月が輝いている。狐冬は皆の寝息を聞きながら、夜のとばりを楽しんだ。