●リプレイ本文
冒険者たちはあの山から帰り、イヴリンの家へ立ち寄った。
これこそが今回の依頼。病弱な少女イヴリンに、彼女の世界の果てを話すことが核心だった。
イヴリンの両親は冒険者たちを歓迎し、ピーターに連れられ二階へ上がる。
扉を開くと、か細い体の少女が小走りで寄ってきた。
「大丈夫かい? 座っていていいんだよ」
と、気遣わしげに声をかけたのはロイ・グランディ(ec3226)。
イヴリンはかぶりを振る。
「いいの。今日のこと聞いてから、元気が出てきて。でも、あの、楽しみなのと同じくらい皆さんが怪我してないか心配で」
「だーいじょうぶ! ヒナたちは元気いっぱいですよ!!」
明るい笑顔のヒナ・ティアコネート(ec4296)に、イヴリンはほっと胸を撫で下ろしたようだ。
「イヴリン。ロイさんの言う通りだよ。いくら具合がいいからって、調子に乗ったら話を聞けないよ」
「あらっ、ピーター。いつの間にわたしを嗜めるようになっちゃったのかしら。ちょっと前までわたしより小さかったのに」
お姉さん風を吹かすイヴリンの様子に、ベルトーチカ・ベルメール(eb5188)はピーターへ笑いかけた。
「姉さん女房に尻に敷かれちゃいそうだねえ?」
「女房って」
イヴリンは顔を真っ赤にして、大人しく椅子に座った。
「こんにちは。レンジャー、まぁつまりは冒険者のアイリスよ、よろしくね」
アイリス・ウェッジウッド(ec3532)が挨拶すると、イヴリンは嬉しげに肯いて挨拶を返した。
「イヴリンさんは何歳ぐらいなのかな?」
と、アイリスが尋ねると、ベルトーチカもイヴリンの年に興味があったらしく重ねて尋ねる。
「わたし、十六歳です」
「あ! 同じ同じ、同い年よ」
最年少のアイリスが言うと、すっかりイヴリンと意気投合してしまった。
それを微笑ましく見守るベルトーチカは、生き別れの娘を偲んだ。そして、部屋の窓をみやる。
(「この子はずっと、あの窓から『世界』を見てたのね‥‥」)
「さて、イヴリンの体調のこともあるし」
ジョヴァンニ・カルダーラ(ec4006)が促すと、仲間たちは肯いた。
「まずですね。ベルトーチカさんったら保存食を忘れちゃったのです。だからヒナと」
「あたしアイリスが分けたの」
「ごめんねぇー、二人とも」
「いいのです。こんなこともあろうかとヒナは多めに持ってきていたのです! えへん」
「そうそう。分け合ったり助け合ったりって楽しいし、素敵なことよね」
さておき、冒険者たちは山に入った箇所から話はじめた。
本当のことと、道中で話し合って決めた、イヴリンに語るべきことを分けながら。
彼の山は寒く、植物が少ない寂しい土地だった。そのことは言わず、向かい風に逆らいながら尚、先へ先へ力強く進んだのだと。
「さあてもの凄いお宝を探しに行こうじゃないの! 抱えきれないくらいあったらどうしよう? あーもう楽しみったらないわ、てね♪」
ベルトーチカがその時仲間にかけた言葉を聴いて、イヴリンまでわくわくと手を合わせる。
その道中、さっそく魔物が現れた。いや、狩りに慣れた五匹のコボルトたちに、忍び寄られたのだ。
しかし、それは、
「ヒナが気付いたのです」
彼女が殺気に勘付き、逆に先制攻撃に成功した。
ベルトーチカがクイックシューティングで目にも留まらぬ速さでコボルトに二度も射掛け、レンジャーのアイリスは仲間の援護を目的にダブルシューティングで三匹に矢を放った。
そしてヒナはベルトーチカとアイリスによって弱らされたコボルトに助走をつけて突撃し、追い討ちをかけた。これで一匹がほうほうのていで、逃走。
ジョヴァンニの鋭い斬撃が決まり一匹が逃走、ロイの重いスマッシュで更に一匹が逃げた。
残ったコボルトは襲いかかってきた。ジョヴァンニは辛くも避け、しかしその直後、ロイが運悪くコボルトの攻撃を受けてしまった。悪いことというのは続いてしまうもので、毒まで。
「それで、ロイさん大丈夫だったのですか?」
「はは、僕が幽霊に見えるかい? 本当はコボルトの毒を奪いたかったんだけど、ベルトーチカやアイリスの追撃で逃げてしまってね。追って倒すより治した方が早いって、アイリスに解毒剤を貰ったんだ」
そして一行は更に上に目指す。
「山の中原に着くころ、日が暮れてきた」
と、ジョヴァンニ。
「中原には山賊が根城にしていたらしい小屋があって、僕らはそこで夜を明かすことにした。そこをスケッチしてきたよ。ほら」
彼が差し出した羊皮紙を受け取ると、描かれた絵に歓声を上げ、イヴリンは瞳を閉じた。行ったことのない世界。それを想像しているのだろう、スケッチから。
「山賊の宝はそこにあったんですか?」
「いや、山賊の宝は大鴉が巣へ持ち去った後だったんだ」
ロイが先を続ける。
「休んでいるとき、僕たちは交代で見張りに立った。弱い魔物しかいないとはいえ、寝込みを襲われたら堪ったものじゃないからね。コボルト以外にも、何か出るかもしれないし。
そして、ちょうど僕が見張りに立っていた時‥‥」
小屋の周囲を点検していたロイが戻ると、あまり人前に姿を見せないエレメンタラーフェアリーが荷物をごそごそ漁っていた。
「フェアリー! 素敵!!」
喜ぶイヴリンだが、妖精は悪さをしようとしていたのだ。
「どうしたの、と声をかけるとフェアリーは驚いて姿を消してしまった」
もし気を緩めて居眠りなどしていたら、冒険に欠かせない大事なものを失っていたかもしれない。そうすれば、最悪命にも関わるのだ。
が、妖精の登場に感激して、ピーターの首根っこを揺するイヴリンには言わないでおいた。彼女は知らなくても、よいことだ。
さてその翌日、朝食をとった彼らは出発した。
「一日目、さっそく魔物が出たから警戒していたんだけど、何にも襲われなかったわ」
「きっと、ジャイアントクロウを怖がって他の魔物はいなかったのです」
と、アイリスとヒナ。
「頂上に近づき、あたしたちは様子を窺った」
件のジャイアントクロウは、本当は頂上より前の大きな木にいた。巣そのものは頂上にあったのだが。
「人間をまるごと飲み込めるほどの大きな口をカッと開き、と鋭い爪で襲い掛かってきたんだ!」
と、派手な表現で語るロイの横で、ジョヴァンニは「ちなみに、こんな魔物だった」と翼を広げた鴉のスケッチを見せる。
「そこであたしは飛び出して‥‥あんたがラスボスのジャキジャキクロウね!ぎったんぎったんにしてあげるわ! って羽を狙って矢を射掛けてやったのよ」
「行く手を妨げるモンスターを蹴散らすのも冒険の醍醐味なのですよ☆ みんなまとめてヒナがボコボコにしちゃうのです!」
ロイの語り口に乗り、ベルトーチカとヒナも盛り上げながら語る。
「そして、あたしがシューティングポイントアタックで一羽射落としたわ」
アイリスが続きを持ってゆく。
「ヒナは、飛べないので空のモンスターは射撃が出来る人にお任せ〜‥‥と思ったのですけど、ヒナの目の前でジョヴァンニさんがホイップでずるずるーって引き摺り下ろしたのです! だからヒナはストライクで連続攻撃して‥‥」
「そしてスマッシュがきれいに決まったさ。僕の敵じゃなかったね」
ロイが締め括った。そして、持ち帰った大鴉の羽をイヴリンに渡す。
「山頂からの景色はとてもきれいだった。世界はこんなに輝いているのかと感動したよ」
「そして、じゃーん。これ山賊のお宝よ。ジャイアントクロウの巣にあったの。お土産」
アイリスは、イヴリンの頭に新緑の髪飾りを被せた。
これは本当は、宝ではない。宝はあったが、イヴリンの喜んでくれるもの、と仲間と相談して、これに決めたのだ。
ロイは大げさに話した。本当は、コボルトのほうが苦戦したくらい、ジャイアントクロウは強くなかったし、割と間抜けな顔をしていた。
元気になれば外にも出かけられる。それを励みにして欲しい。そういう願いから、活劇風に語ったのだ。
そして、その思いは仲間たちも同じだった。
イヴリンは本当に喜び、はしゃいだ。
しかし、興奮しすぎたのか咳をはじめてしまう。
話も終えたし、と冒険者たちは暇乞いすることにした。
「ごめんなさい‥‥もっとちゃんとお礼を言いたいのに」
「いいのいいの。あんたが喜んでくれた顔が、一番のお礼だわ。そうそう、二人にこれ。財宝じゃないんだけどね」
ベルトーチカは、イヴリンとピーターに小壷を渡した。
「星の砂っていうの。海は知ってる? 波打ち際にね、たまーに落ちてるの。持ってると幸せになれるんだって」
髪飾りをつけ、小坪と鴉の羽を握るイヴリンは幸せそうだった。
「命あるものはいつか必ず散ってしまうけれど‥‥私は今日出会ったあなたたちを忘れない。永遠に」
そう言って笑う少女の儚さは、皮肉なほど美しかった。
帰り際、ベルトーチカはピーターを呼び止めた。
「ねえピーター、約束してくれるかな? きっとイヴリンは元気になる、って信じ続けること。奇跡って、起こるものじゃなくて、起こすものなんだから」
そう言うと、ピーターははっとした顔でベルトーチカを振り向いた。
そして僅かに唇をわななかせ、無理に笑う。
「見透かされた気分。オレ、ちょっと覚悟してたんです。あの山に何があるかなんて、イヴリン初めて言ったから」
イヴリンは本来、十歳まで生きられないと言われていた。だから十六歳になったのは奇跡のようだと。
「今日は元気にしてたけど、冒険の話をするまで寝込みきりで。もう駄目かと思った。イヴリンの家に来るたび、オレは覚悟をする。そんな覚悟、この悲しみの前に何の役に立つんだろう‥‥?」
零れる涙を隠すように、言葉もなくピーターは冒険者たちに頭を下げた。
世界の果ては粗野な山賊のいた名残があり、更には魔物に荒らされていた。
それでも。
世界の果てから見た『世界の中心』、イヴリンたちの住む村は、冒険者たちの目に優しく映った。