迷子人魚
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■ショートシナリオ
担当:浅葉なす子
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:4人
サポート参加人数:3人
冒険期間:05月13日〜05月17日
リプレイ公開日:2008年05月21日
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●オープニング
むかーしむかし‥‥ではなく、今朝方のこと。
元気少女アイラは洗濯をしに川へ向かっていた。
すると、川の中でめそめそ泣いている娘さんがいるではないか。
「何してんの、あんた。寒くない?」
声をかけると、彼女はひっと息を呑み、尾を翻して逃げようとした。
「‥‥お?」
尾。魚のような。
「ヘイ! 待ちなって。何を泣いてたのさ? あたしでよけりゃ、相談に乗るぜ」
暫く待っても返事がなかったので、行ってしまったかと思った。
しかし、娘さんのようなモノは遠く離れた所で顔半分を出した。
「ボクの言うこと、聞いてくれますか?」
「何でも言えって友達。年の近い乙女じゃん?」
金色の髪を水面にたゆたわせ、彼女は再び涙を浮かべる。
「ボクは、マーメイドです」
「へぇ。マーメイドってのぁ、海に住んでるもんだと思ってたぜ」
「海に住んでました‥‥でも、『大地に挟まれる水を遡ったら』何処に行くのかと思って」
一部、アイラには分からぬ言葉が混じった。
「ボクは、何年も前に人間に捕まって‥‥見世物にされていました。言葉もその時教えられて。ボク‥‥売られるそうです。ボクを食べる為だそうです」
「食べる? そいつぁ正気の沙汰とはおもえねえな」
下半身魚とはいえ、人間と似た姿形のものを口にしようなど。アイラには理解できず、嫌悪の表情を浮かべる。
「あんた、逃げてきたんだな? それで、追われてるんじゃねえか」
「そうです」
「おかしな奴らが、村の周辺にいるってきこりが言ってたのは‥‥そいつらのことじゃねぇかな。
よぉし分かった、アイラ姉さんに任せておきな」
へんぺーな胸を叩くアイラ、しかし十三歳である。
マーメイドは、本当は彼女を信頼していなかった。人間に対する不信が、強すぎて。また騙されるのではないかと、怯えた。
しかし、出会い頭に好奇の声を上げたり、捕まえろと叫んだりせず、ありのまま受け入れてくれた人は、アイラが初めてだった。
「お前さん、陸に上がると干上がっちまうか?」
「ううん、陸に上がれば、人と同じ姿になれます。でも、相手はボクの顔を知ってるし」
「なら、話は早ぇ。うちで匿ってやる。あんた、名前は?」
「ボクは、シャンテ‥‥」
マーメイドは暫くまごついてから、ようやく陸に上がった。
アイラは引きつりそうになる顔を、必死で抑える。
シャンテの背には、痛々しく大きな焼印が刻まれていたのだ。
●リプレイ本文
●逃走人魚
陸に上がった人魚は、木陰で震えていた。
「シャンテ、隠れても無駄だよ!!」
あの女のきつい声音が木霊する。シャンテは耳を塞いだ。
事の始まりは、アイラが矢を射掛けられたこと。
シャンテはアルフレドゥス・シギスムンドゥス(eb3416)と御法川沙雪華(eb3387)に連れられ、アイラと共に森を歩いていた。敵をおびき寄せるために。
ディラン・バーン(ec3680)がスクロール片手に索敵し、近いと警戒を呼びかけた時。
アイラを掠った矢は落ち、アルフレドゥスが彼女を庇ったが‥‥シャンテは皆から離れて駆け出した。
そうすれば、アイラは攻撃されないと思ったのだ。
「何てこと‥‥!」
沙雪華は青ざめ、悲鳴をあげる。
「シャンテさん、大丈夫ですよ! 結界を張りますから‥‥!」
杜狐冬(ec2497)の必死の呼びかけも、聞こえないようだ。声、言葉は彼女の内面を表す清らかなものだったが、その愛らしい顔立ちは現在、妖術師風のメイクで禍々しい。それがちぐはぐな印象を受ける。
同じように芝居のため、野卑なスタイルに変装したアルフレドゥスは元来の風貌も相まって山賊のよう。しかし己の身を盾にアイラを守る姿は、山賊などとは程遠い。
「こっちは任された! あんたは人魚嬢ちゃんを追ってくれ」
「私も行こう」
敵方に威嚇射撃していたディランはその手を休め、黒装束を翻す沙雪華と共に走り出した。
(「ボクがいけないの‥‥アイラと一緒じゃなきゃ行かないなんて言ったから」)
頼れる人たちだ、と冒険者を紹介されたが、信じきれなかった。
理由のひとつに、彼らが悪人風のいでたちで来たこと。これはシャンテを守る芝居のためだと説明されたが、どうしても腰が引けてしまって。
シャンテの背の焼印をとても心配してくれた沙雪華と狐冬。狐冬は優しくてふわふわした魔法で背を癒してくれた。それでも消えぬ焼印を、沙雪華は「高位の聖職者のクローニングで消えないものでしょうか」と悲しげに悩んでくれた。沙雪華は甘い花の、いい匂いがして。
大丈夫オレが守ってやると、胸を叩いたアルフレドゥス。怖い思いをしたねと、頭を撫でてくれたディラン。
どうして信じられなかったのだろう。そのせいで、アイラが怪我をするところだった。
もう、逃げない。
シャンテは口の中で小さく詠唱しながら、追手の気配を探っていた。
●女王様と山賊男
「私らの縄張りで好き勝手したら承知しないよ!」
ビシッ バシッ
狐冬が鞭を叩きつける。
ちなみに、鞭は忘れたのでディランから借り受けた縄ひょうで代替している。後で返す予定だ。
おお‥‥と、アルフレドゥスは感心した。
「見事な女王様っぷりだぜぇ」
「い、一応、妖術師のつもりなのですが‥‥!」
一瞬素に戻っしまった、狐冬。
アルフレドゥスも、見学してばかりではいられない。
アイラが狐冬のホーリーフィールドに守られていることを今一度確認、とびっきりの悪人笑顔でダガーを構える。
「考えるこたぁ同じだな? あんな金蔓、逃す手はねぇ」
「けっ、うちの姐さんが先に人魚を見つけらぁ!」
「あぁん? うちの姐さんが負ける訳ねぇだろ」
「あの金髪のでかい女か」
‥‥金髪は女ではない。アルフレドゥスが指したのは沙雪華のことで、決してディランのことでは。
アルフレドゥスを、敵の弓士が狙っている。狐冬は手指を大仰に閃かせ、彼を敵ごとホーリーフィールドで覆いこんだ。
踏み込むアルフレドゥスには追い風となり、賊には壁となる。
手傷を負わせてやろうかと思ったが、賊は一瞬、怯んだ。アルフレドゥスは柄を返して相手の急所に叩き込む。
前衛がやられ、援護の弓士は悪態をつきながら逃げた。
「追いますか?」
「いや、アイラがいるからな」
狐冬のロープで気絶した賊を縛り上げながら、アルフレドゥスはアイラを一瞥する。
「大丈夫ですか、アイラさん。怖かったでしょう」
「んにゃ、大丈夫だよ」
肝の据わった少女である。
「あたしが怖がると、シャンテが申し訳なさそうなツラすんだよな。だから平気。おっちゃん達もいるし、なー!」
「おっちゃんてのは、俺のことか」
アルフレドゥスは苦笑交じりに頬をかく。
その様子に微笑みながらも、狐冬は胸中で思った。シャンテが悲しむから、自分は怖がわらない。それは、シャンテのことさえなければ怖いということ。
彼女の心を折ってしまいそうで、優しい言葉を飲み込んだ。
●真珠の涙
「さァ、捕まえ‥‥」
手が伸ばされたところで、シャンテは木陰から飛び出た。振り向き様、掌から水球を飛ばして。
「小娘が!!」
罵倒を背に、慣れぬ人間の靴で走る。
「お前が今更、仲間の所に帰れるのかい? その背の焼印を、哂われながら暮らすのか!」
分かっている。
母は嘆き悲しむだろうし、仲間は笑いこそせずとも、いい顔はしないだろう。
それでも‥‥
帰りたい。
あの海に。優しく波を寄せ、陽の光を受けて輝く海に帰りたい。
「誰か‥‥!」
シャンテは声を張り上げた。
陸の生き物すべて信じられず、ついぞ助けを呼んだことがなかったシャンテが、初めて救いを求めた。
必ず助けると言った、冒険者を信じて。
「誰か、助けて‥‥!!」
「誰も来るもんか!!」
豊かな髪を、掴まれる。
「そぉら、捕まえ、た‥‥?」
ずるり、女の身が落ちた。
代わりのように、ふわり、いい香りが立ち込める。
「お声が大きいですよ」
一体、いつの間に忍び寄ったのだろう。
ダガーを抱えた沙雪華が、優美に微笑んでいた。
「二人とも、下がるんだ」
踵で土を踏締め、ディランはシャンテ達の前に立って弓を構える。
「加勢いたしますか?」
「いや‥‥沙雪華さん、敵にこっそり忍び寄れるかな? 私が射掛ける間に」
「では、シャンテさんをお願いいたします」
沙雪華はディランと木陰を利用して、ふっと姿を消した。目の前にいたはずの沙雪華が何処にいったのか、シャンテが混乱するほどだ。
ディランの射撃に木を取られている、もう一人の敵―――おそらく魔法使いも、沙雪華が消えたことに気づかない。
ペットにシャンテを守らせ、矢継ぎ早の手ききで射掛けてゆく。敵は木に隠れ、殆ど当たらない。だが、それも計算の内である。
相手の口元を見たディランは、シャンテを突き飛ばした。
「きゃっ‥‥」
「来てはいけない!」
叱咤するディランは、炎に呑まれて見えなくなった。水に棲むシャンテは大きな火、そしてディランの揺らめく影に青くなる。
魔法使いがしてやったりと笑み、それを最後に倒れた。
残り香が鼻をくすぐる頃には、もはや後の祭である。
彼は今頃、気分のいい夢を見ていることだろう‥‥沙雪華の春花の術によって。
「ディランさん、無事ですか?」
「大丈夫‥‥こほっ、燃え上がりは派手だったが」
少々、火傷を負った程度である。それも狐冬が癒してくれるだろう。
問題は、炎を見て怯えきったシャンテである。その手先は震え、必死に腕を擦っている。
「怖がらせてしまったな。私はこの通りだよ」
膝をついて目線を合わせると、シャンテは不規則に頷いた。怖かっただけではない、彼女は安心して腰が抜けてしまったのだ。
「シャンテさん」
沙雪華は柳眉を下げ、たおやかにシャンテの頬に触れた。
「とても、とても心配したのですよ。あなたにこれ以上、傷ついて欲しくないから」
身勝手な人間の業を、シャンテが受ける謂れはない。
守ると言った彼女たちを、裏切ることになった己の振る舞いを、シャンテは涙を零して詫びた。
真珠のような涙が、森の土に落ちる。
●説得
捕縛した賊を並べ、悪人に化けた冒険者が彼らを見下ろす。
「マーメイドは、我々が高値で売らせていただく」
沙雪華が高圧的に言い放った。アルフレドゥスも意識してニヤニヤした笑みを作る。
「悪く思うなよ。お前たちの代わりに、俺たちがたんまり稼いでやるからよ」
賊の頭らしい女が、「畜生!」と叫んだ。
「このままで済むと思うなよ!」
「黙れ! 呪いをかけてやろうか」
なるべく声を低くした狐冬が、縄ひょうを振りかぶる。
打たれた男が悲鳴をあげて小さく「もっと」と言った。
一瞬素に戻った狐冬だが、気を取り直して邪悪な笑みを見せる。
「まさか、寿命が延びるだの、古臭い迷信を信じている奴がいるのかい?」
「馬鹿なことだ。不老不死など所詮はでたらめ、人魚の血肉は猛毒に等しい」
ディランも調子をあわせ、冷ややかに鼻で哂った。
しかし、女は馬鹿にし返したように笑う。
「信じて大枚払う奴がいる限り、需要は尽きねえさ」
「そりゃそうだ」
アルフレドゥスはカラカラと笑う。
「だから俺たちが頂く。追ってみやがれ。今度は殺す」
凄味を利かせた顔を近づけられ、女は流石に怯んだようだった。
●海へ還る
時間が許せば、シャンテを海まで護送しようと思っていたディランやアルフレドゥスだが、流石に日数がかかるようで。
アイラは少し唸ってから、手を打った。
「じゃあさ、キャメロットまで一緒に行こうよ!」
「なるほど」
追手を振り切り、また叩きのめすのに十分な時間である。そして、冒険者にも負担にならない。
「あの‥‥」
おずおず、シャンテが冒険者に声をかけた。
「ボク、御礼がしたくて。これ、海で拾ったボクの宝物ですけど」
何か特殊なものらしい釣り針を、男性に。踊りに関するコインを、狐冬に。そして自分の指から外した水妖の指輪を、沙雪華に。
「ボクのこと気に留めてくれて、ありがとう。海に帰っても、忘れない」
「もう人間に捕まるんじゃねえぞ。世の中、俺みたいな悪党が多いからな」
アルフレドゥスの大きな手で撫でられ、シャンテはくすくす笑う。アルフレドゥスが悪党のはずがなない、と言うように。
帰りの道は楽しく、名残惜しいものだった。
狐冬はあの迷子人魚が海につき、家族に温かく迎えられることを祈った。