【アポロギア】放火魔の迎え
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■ショートシナリオ
担当:浅葉なす子
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:7 G 30 C
参加人数:5人
サポート参加人数:2人
冒険期間:05月14日〜05月19日
リプレイ公開日:2008年05月22日
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●オープニング
「女の子を‥‥見かけませんでしたか」
突然に話しかけられ、羊を毛刈りしていた女は悲鳴を上げて尻をついた。
「あっ、吃驚した。ルカ先生じゃないですか」
女の背後で幽霊のように立っている青年は、村の外れで患者の面倒を見ている僧だった。
「刺されたって聞きましたけど、治りましたか?」
「‥‥いいえ」
「あれ、どうして。先生はいつも、怪我人も見てくれるじゃありませんか」
「人の傷は癒せますが、自分の傷は治せないのです」
よくものを知らない女は、そういうものかと納得した。
心の壊れた患者を診るこの『先生』は、よそものの少女に刺された。なんでも『父親の仇』だとか。
彼と一緒に住む火傷顔のジャイアントといい、やはり何らかの罪人なのだと、村では噂されている。
「十歳くらいの、くしゃくしゃの髪をした女の子を見かけたら、私に教えてください‥‥もしくは、森は危ないからお逃げなさいと、諭してください」
森には、手癖の悪い猿もいるが、その奥にはトロルの棲家がある。わざわざ人里まで来ないが、遭遇すれば襲ってくる。凶暴な隣人だ。
先生が去ってから、隣に棲む友人が駆けつけてきた。
「うわぁ、ルカ先生と喋ったの? あの人、患者さん以外とも話すのね」
「仕方なく話したって感じよ。刺した女の子のことを気にしてたわ。あの人があんなに気にするってことは、昔の患者さんかもしれないわね」
「刺された相手にも、笑うのかしらね。あの先生」
幽霊のようなルカが、患者にしか笑いかけないのは有名だった。
自宅に戻ったルカは、患者のベッドに腰掛けてぼんやり窓を見ていた。
今は落ち着いている患者も、同じように窓を見ている。
と、同居人のジャイアントが麦を煮た料理の皿を、差し出してきた。
「ありがとう、ダグラス。何か‥‥」
手伝おうか、と言う前に、ダグラスはかぶりを振った。安静にしていろと、目が叱っている。
少年時代に行き倒れていたところを彼に拾われ、もう十年。喉の潰れたジャイアントは己の名しか書けず、彼のことは何も知らない。
「‥‥火事だ!」
外から聞こえた声に、はっと立ち上がる。
患者たちに火が見えぬよう窓をしめ、外に出る。
森の奥が、燃えていた。
「トロルの棲家じゃないのか」
「あいつら、火事を起こしたんだ」
村の男たちの会話を聞きながら、ルカは辛く息を吐く。
そうではない。
おそらく、彼が来た。ルカを探して、あの患者がここまで来たのだ‥‥
(「あの女の子が危ない」)
住処を焼かれたトロルは、怒り狂っているだろう。この村も危ないが、今も森に潜伏して、ルカの命を狙うあの小さな女の子が。
横に立ったダグラスが、目で大丈夫かと問いかけてくる。
「大丈夫‥‥それより、村が危ない。トロルが襲ってくるかもしれませんし、放火魔が来るかも。あれは、炎を操る魔法使いです。人を、命を焼いて悦ぶ‥‥おそらく、私を殺すか、迎えに来たのでしょう」
ふと、自分が放火魔の元へ行けば丸く収まる気がした。
それを感じ取ったか、ダグラスに強く肩を掴まれた。見上げると、とても怒った顔と会う。
「ごめんなさい‥‥嘘です。村長さんの下へ行きますね。こうまでなれば、冒険者を呼ぶでしょうから」
苦く笑み、ジャイアントの大きな手を外す。
少し歩んで、青い空を仰いだ。
―――どうか、迷える魂に救いの手を。
●リプレイ本文
土さえ萎びた風のある村へ入り、ヒースクリフ・ムーア(ea0286)は目的の小屋の前に立つ青年に声をかけた。
「こちらにルカ殿という女性は」
洗濯物を抱えていた青年は、顔を上げた。上げてすら、何処か伏目がちである。
「ルカは、村に私しかおりませんが」
「失礼。男性でらしたか」
口調も仕草も臆病なほど柔らかいなと、ヒースクリフは観察した。繊細な患者を扱うと村で聞いたが、それ故か。
彼は、ヒースクリフと妹のジェラルディン・ムーア(ea3451)を見て目を和ませた。
「ダグラス以外のジャイアントの方は初めてです」
「人間ほど多くないもんね。あたしも山育ちだしさ」
「そう‥‥ダグラスも山育ちかもしれませんね」
「お話聞いてもいいですか〜?」
ユイス・アーヴァイン(ea3179)が薪に斧を当てるジャイアントに話しかけるが、かぶりを振られる。
「彼は喉が潰れて、声が出ません。お話なら私が」
「放火魔の人相書きを作ります。特徴を教えて頂けませんか」
絵筆を持つマロース・フィリオネル(ec3138)に、ルカは浮かぬ顔をする。
「十年前の、あの子が十歳の頃の顔しか分かりませんが」
あの子、と言う響きには、親しみが滲んでいた。
●探索
案内役のダグラスは、先頭に立って黙々と枝を切りながら進み、何にも反応を示さない。ヒースクリフが桜まんじゅうを猿に奪われる様を黙って眺めていたのには驚いた。
まっすぐトロル村に向かう三人のジャイアントとクロック・ランベリー(eb3776)とは別に、マロースとユイスはそれぞれ上空から偵察していた。
「焦げた箇所がありますね〜」
箒上から、ユイスは村と思しき箇所を眺める。風が彼の長い髪を嬲った。
「真っ黒〜‥‥棲家がああなったら、怒るより呆然ですよね〜」
積極的に襲う隣人ではないという。彼らなりの秩序を保っていたのに。
ふと、探査魔法に大きな影がかかる。
「トロルが狩りをしているようですね〜」
住処を失い、食料難に違いない。
マロースは彼らの頭上に飛び、保存食を落とした。
するとトロルは大喜びで拾い上げ、一目散に棲家の方へ帰って行く。一つも食べずに。
「ご自分の空腹より大事な家族が村にいるんですね‥‥」
必死な姿が痛ましく、マロースはトロルを見送った。
だが、あの様子ではいつか人里に食料を求める。時間の問題だった。
「人影発見ですよ〜!」
すわ放火魔か、とスクロール片手に窺ったユイス、目を瞬く。
「ルカさん〜っ、何してるんです〜」
怪我の上に、狙われる人間が徘徊してどうする。鴨葱ではないか。
「行かせてください‥‥ダグラスは私を行かせてはくれません」
「危険だからですよ。戦えないのでしょう?」
「それなら、共に連れてください」
マロースにも諭されても、ルカにしては語気荒くせがむ。
「あの女の子が一人とは思えません。あの子はおそらく‥‥ルースと共にいるのでしょう」
「放火魔、ですか?」
名は初めて聞いた。ルカは辛そうに俯く。
「あの女の子の父親を殺害したのは‥‥私と思われておりますが、本当は‥‥」
●トロル村
黒ずんだ棲家。炭と化し膝を抱えるような姿のトロルの死骸。
目を背けたくなるような、光景だった。
トロルの村の入り口に立つ少年が、にこにこ笑っている。
「人相書き‥‥!」
ジェラルディンは、マロースに持たされた絵を見る。十年経っている筈だが、少年は驚くほど陽気そうな面影を残していた。
その横に、くしゃくしゃの髪の少女がいるではないか。
「君がこの村を焼いたのかい?」
油断なく構え、オーラボディを詠唱。
ダグラスが動いた。憤怒の形相で、出ぬ怒声を張り上げるように。
「危険だぞ!」
クロックが手を伸ばすが、目前で炎が吹き上がる。伸ばした手が焼けるのも厭わず、ダグラスを掴み炎から引きずり出した。
「足元はトラップで一杯だよ」
悪戯っ子のように笑う。
「焼いたかって聞ーたね。そだよ、俺が焼いたんだ。魔物焼いて悪い?」
「彼らなりに暮らしていたんだぞ‥‥!」
「魔物は焼いていいって、先生が言ったもん」
‥‥村で先生呼ばれる人間は一人である。
ヒースクリフは少年がルカの昔の患者であることを思い出した。
そしてダグラスの、酷い火傷。潰れた喉。少年に対する憎悪。
「ルカを連れて来なかったの? 迎えに行けば良かったよ」
「あいつ‥‥殺すんでしょ?」
黙っていた少女が、子供にしては重い憎しみの声で唸った。
ジェラルディンはかっとなった。
「ルカさんは、あんたの事を心配してた! あんたの知らない話も有るんじゃない? 良く話し合ってみなよ」
「お母さん、あいつがお父さん殺したって言ったもん!」
隣で、少年が笑い転げていた。
「何がおかしいのよ、ルース!」
「そりゃ可笑しいさ。お前の父親は俺が殺したのにさ。馬鹿みたいに信じて」
「え‥‥」
「お前、もういいや。飽きた」
とん、と少女の背を押す。
反射的にヒースクリフは地を蹴って、少女が地に着く前にと滑り込み、彼女を外側へ転ばせる。
「兄さん!」
ダグラスの時と同じ炎が吹き上がる。
笑うルースは後退して、冒険者を指差した。
「あいつらを殺せ。でなけりゃお前らの子供は皆殺しだ!!」
トロルに言葉は通じない。だが、散々の虐待が服従となりえた。
炎をものともせず起きたヒースクリフの前に、トロルが立ち塞がる。
戦闘を避けられそうにない。ジェラルディン、クロックはヒースクリフと並び得物を構える。
「遅くなりました〜っ! 狩りに出てるトロルが案外多くて〜っ」
降り立ったユイスは、応戦する仲間にバーニングソードを付与してゆく。ジェラルディンは彼に笑いかけた。
「助かるよ、ユイス」
「は〜い、後方支援おっけーです〜、心置きなく戦ってくださ〜い」
どんな時でもゆるい。それがユイス。
そして鷹のクーゲルに「森で火が上がったら知らせてください」と指示し、空へ飛ばす。
トロルが棍棒を振りかぶり、クロックは間一髪、身を傾け回避。
「はっ」
カウンターで攻撃を叩き入れる。
炎の力を付与された剣に斬られると、トロルは怯えたように下がった。
「心情的にやりにくいな、これは‥‥!」
「退却する!?」
「この勢いで人里まで来られたら厄介ですよ〜」
数で押してくるトロルを、仲間と少し距離を置きストームで押し返すユイス。巨人の巨体が暴風に弄ばれ地に落ちた。
しかし、トロルは今が、尻に火がついた状態だと思い込んでいる。しゃにむに起き上がり、再び突進してくる。
「そうだけど‥‥さっ!」
ジェラルディンは鋭く剣を突きおろし迎撃。
「怖いだろう! あたし達には敵わないから、戦うのはやめよう!?」
説得する妹を、棍棒からヒースクリフが剣を掲げて庇う。
殺すのもやむなしか。
諦めかけた時、ヒースクリフと組み合うトロルが穏やかな顔つきになった。
「おそっ、おそくなっ‥‥」
走って来たのか、息も切れ切れのルカ。
「ごめんなさい、ルカさんが高い所を怖がられて」
マロースが誘導してきたらしい。
「ルース‥‥っ!」
悲鳴のように叫ぶ。
「『いい子だから』‥‥もうやめなさい!」
かなり先で観戦していたルースが、きょとんとした。
「うん。わかった」
満面の笑みに戻り、「じゃね!」と手を振って村の奥へ走り去る。
「追わないと〜!」
「いえ、大丈夫‥‥それよりトロルを」
前衛が食い止めている内に、ルカが祈るようにトロルの恐慌を鎮めてゆく。
周囲をホーリーフィールドで保護した後、彼の意を汲んでマロースもメンタルリカバーに専念した。
そして戦う者は、いなくなった。
●少女
マロースがトロルの村に発泡酒や保存食を置いてゆくと、トロル達は喜んだ。もし感謝の言葉を口にできれば、そうしたに違いない。
戦場の恐怖で、少女は気を失っていた。
傷つき疲れた冒険者は彼女を抱え、ルカの自宅へ帰還する。
「ダグラスさん、お怪我治しますね」
軽い火傷を負ったジャイアントに微笑みかけ、マロースは彼を癒す。
その間、ルカがヒースクリフの治療に当たる。マロースと同じ温かい光が漏れるが‥‥ルカが顔を顰めた。
怪訝そうなヒースクリフに、ルカは目を伏せる。
「ギブライフです。それしか習得していません」
「‥‥なぜ。貴方は元より負傷しているのに」
「そのように育てられたのです」
心の壊れた患者を助けるのも、命を分け与えるのも。
その為に生まれ、教育を受けたのだという。
どこか自嘲気味な彼を否定するように、ヒースクリフは首を振った。
「己の身を省みず他者を救おうとする貴方に、私は敬意を表します」
軽く目を見開き‥‥
笑わぬ神父が、微かに微笑んだ。
と、患者が呻きだした。
傍にいたマロースが、こけた頬の患者の手を取った。淡い光が患者を落ち着かせる。その姿はさながら聖女のよう。
「ルカさん。私が看ていますから」
「助かります」
介護疲れもあってか、ほっと息を漏らす。
少女が軽く身じろぎした。
「起きましたか〜?」
ユイスに覗き込まれ、目をぱちぱち。そしてルカに気づいて複雑な顔。
「ルースが父さん、殺したって」
「‥‥はい」
ルカは目を伏せた。
「倒れたお父様を手当する為に屈むと、貴方のお母様が人殺しと叫ばれて‥‥」
「ごめんな、さ‥‥」
無実の人を刺した後悔に、少女は泣いた。
「ね? 話し合った方が良かったでしょ」
ジェラルディンに撫でられ、少女は泣きながら頷いた。
翌日、森に火の手が上がった。
クーゲルの報せによっていち早く駆けつけたユイスが消し止め、大事には至らなかった。
警戒にあたり、捜索したが一向に見つからない。逃げる為の陽動だったようだ。
「やっぱりトロル村で追えば良かった〜」
むぅ、とユイス。
あの時、追跡をルカが阻んだように思えて仕方なかった。