貧乏貴族と居候の破壊神

■ショートシナリオ&プロモート


担当:浅葉なす子

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月28日〜01月01日

リプレイ公開日:2008年01月04日

●オープニング

 アークエンは若いながら、小さな土地の領主だった。
 かつては土豪と呼ばれていたが、今はそれも名ばかり。理由はひとつ、この家が戦争して他者から略奪しなくなったからだ。
 二年前に父が死に、その跡を継いでつつましやかに生活したのだが。
「アークエーン! お茶いれたよお茶‥‥ぁっぢい!!」
 扉の外から、『がちゃーん、パリン』といった音が響く。
 屋敷内の自室にいたアークエンは、頭を抱えた。
「クレメンスのやつ、お客様用の茶葉を勝手に‥‥食器も‥‥‥ああ、あ」
 もっとも、クレメンスの失敗は今日昨日に限ったことではない。
 クレメンスは去年からこの屋敷に居候している。あれでも、それこそ土豪と呼ぶにふさわしい家柄の出なのだ。
 彼の両親は遅くに生まれた跡継ぎ息子を、それはそれは可愛がったが、去年に他界してしまった。すると親戚があれよあれよという間に資産や土地を奪い、跡継ぎ息子を放り出した。
 頼れる人間がいない彼は、海千山千の親戚に対抗する術がなかったのである。
 父同士が知り合いで、アークエンは昔、よくクレメンスの家に遊びに行った。普段どころか祭でも食べられない豪勢な食事を頂いたものだ。
 困窮していると聞いた彼を、つい引き取ってしまったが運のつき。
 アークエンは服が綻びれば自分で繕い、二人しかいない使用人が忙しければ自分で料理もする。
 対して何不自由ない環境で育ったクレメンスは、身の回りのことは殆ど何もできなかった。
「いかがしましょうか、旦那様」
 クレメンスを助けるより先、ウォルターが主人へ指示を仰ぎに来る。
「‥‥正直なところ、どうしようか」
 クレメンスの両親にはよくして貰った。行き場のない彼をこうして引き取ったはいいけれど。
「あいつが女なら、まだ処遇もあったが」
「旦那様。かの方が女性でいらっしゃれば、ご親戚の方々にどこかへ嫁がされているかと」
 そう。クレメンスが女でさえあれば、嫁にするなり、嫁がせるなりすれば済むのだ。
 そこまで考え、アークエンは図体のでかいクレメンスの女姿を思い浮かべ、吐きそうになった。
 して、気持ちが悪くなっている矢先に「ほあっ」という声が聞こえ、また何か割れた音、さらに水音も続く。
 殊勝にも零した茶を拭こうとして、水瓶をひっくり返した拍子に割ったのだろう。
「もう嫌になる! あいつどんだけうちの物壊せば気が済むんじゃ! 最近は音だけで何が起きたか即座に推論できる自分が嫌!!」
 何かさせれば壊す、気まぐれに料理してみれば、これまた貴重な調味料を全部使う。
「やはり、私とエレナでお世話するしか‥‥」
「それはあいつの為にならない! これから奴は奴で身を立てて生きていくんだから」
「あの方が一人立ちなさる前に、我が屋敷から物がなくなりますよ」
 アークエンは呻いた。
 この際、一人立ちできずにうちに居てもいい。クレメンスには貴族らしい教養もあるから役立たぬでもない。
 しかし、身の回りのことを覚えてくれぬことには‥‥だがアークエンたちは忙しくて教えるのも疎かであるし。
「人を雇ってみようか。あいつを監視し、さらに家事や一般常識を教えてくれるように‥‥」
「はぁ、長い目で見ればいい考えですな。ですが、誰を雇います。口ぶりから、領民に頼むようではないご様子で」
「冒険者を頼ってみようかと思う。
 私は今度、一日だけだが所用で家を明ける。ロメーヌ伯爵に呼ばれたのでな。この日を狙って、おそらくクレメンスに面会が入るだろう。奴の親戚が嫌がらせに‥‥」
 以前にも、クレメンスを拾った際、親戚の馬鹿息子がねちねちと因縁をつけに来たのだ。
 その時はアークエンが追い返した。当主であり、領地に魔物が出れば自ら討伐に出るアークエンにとって、苦労知らずの馬鹿息子の一人や二人、何ということはなかった。
 同じように、人生の酸いも甘いも知っている冒険者なら対処できるだろう。
 早速、彼は馬に跨りキャメロットを目指した。

●今回の参加者

 eb2357 サラン・ヘリオドール(33歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb6596 グラン・ルフェ(24歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb7208 陰守 森写歩朗(28歳・♂・レンジャー・人間・ジャパン)
 ec0843 雀尾 嵐淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ec3680 ディラン・バーン(32歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 ec4318 ミシェル・コクトー(23歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

具卵 流布餌(eb9426)/ 琉 瑞香(ec3981

●リプレイ本文

●初日

 冒険者たちが朽ちかけの屋敷へ到着すると、貴族風の青年と、少年が迎えてくれた。
 貴族風の男は、ミシェル・コクトー(ec4318)の前に恭しく跪いた。
「可憐な方。貴女に触れる栄誉をわたくしに」
「口説くなバカ!」
 男の脳天に踵を落とす少年。
 この少年が領主のアークエンらしい。童顔なだけで、青年と呼んで差し支えない年齢の筈だ。
 そして、次はサラン・ヘリオドール(eb2357)へ優雅に礼をしたのが、問題のクレメンスらしい。
「美しくも妖艶な方。貴女はまるで月明かりに舞う蝶! ‥‥はっ」
 クレメンスは、芝居がかった動作でディラン・バーン(ec3680)に気付くなり、
「ハンサムなお嬢さん、わたくしと」
「その方は男性だー!!」
 怒鳴り蹴倒し、肩で息吐くアークエン、冒険者たちを振り返った。
「申し訳ない。この男、素敵な女性を見るとテンションが上がるようで‥‥いやディラン殿のことはえーと‥‥ゴホン。早速ですが、昼食をこの不埒者めに作らせようと思います」
「料理をするなら、これを使うといい」
 陰守森写歩朗(eb7208)はクレメンスへ家事に役立つアイテムの数々を渡した。
「おお‥‥かたじけない、教官!」
 嬉しそうに陰守へ礼を言う様子から、悪い人間ではないと知れる。
 が。
「昼食といえば、油を熱しているところで‥‥」
 聞くや、アークエンが駆け出した。それを追って雀尾嵐淡(ec0843)とグラン・ルフェ(eb6596)、仲間たちも続く。
 厨房の鍋から黒い煙がもうもうと立ち、心なしか温度が高い。
 慌てたクレメンスは手近な水差しを取り、
「冷まさなくては!」
 熱した油に水を注いだ。途端、上がる見事な火柱。
 止めようと近寄った陰守の前髪が数本、焼けた‥‥
 全員で消火活動に徹し、まるで魔法のような火は収まった。
「焦ってはいけないわ」
 サランは静かに、優しく諭した。
「怪我はないわね。陰守さんも。無事でよかったけれど」
「一度になんでもやろうとすると、注意がおろそかになりがちですから、まずはひとつのことに集中しましょう」
 雀尾にも励まされた。
 こうしてクレメンスは家事のエキスパートたる陰守に教わりながら、料理に挑戦した。
 鉄人のナイフを握りしめて野菜を切るクレメンスの横で、ミシェルも教わり、手伝いながらスカートの裾を翻している。
「ひとりでも仲間がいたほうが、頑張ると思いますの。そうではなくて?」
 その間、サランは執事とともに屋敷内を回り、壊れやすい物を片付けて貰った。
 クレメンスが手からすっぽ抜けた杓子を振り向いた拍子に、積んだ皿が落ちてしまい―――ミミクリーの高速詠唱をとなえてクレイジェルに化けた雀尾が、それらを受け止める。
「あっ、申し訳な‥‥」
 雀尾の方へ慌てて寄ろうとしたクレメンスの肘が、鍋のとってを倒し、中身が陰守めがけてぶちまけられる。
「もももうしわけわけ」
「いや‥‥避けたので大事無い」
 とはいえ、炎に巻き込まれるやら、あわや大火傷を負うところだったやら、己の不運ぶりを怪訝に思う。
「幸運のアイテムを幾つか持っていたはずだが」
 荷物を開けて確認してみる。
「‥‥‥」
 鬼神ノ小柄を黙って仕舞い込んだ。
 一連の昼食大失敗の間、ディランは加わらず過去見をし、クレメンスの過去の失敗を洗っていた。
「上手い下手の以前に、そそっかしいのかな」
「ダンスの類などは、私より見事ですがね」
 いつの間にかアークエンが厨房に戻ってい、棚の上から鍋を下ろした。
「昼食です。急に上手くなるはずもない、ゆっくり教え込んでください」
 ひとまず、アークエンが予め用意してくれていた昼食の席につき、今後について対策を練ることにした一同。
 教官である陰守は、「雑なところはあるが、下手な訳ではない」と言い、観察して壊れ物に備えていた雀尾は「注意があちこちに飛ぶようだ」と感想を述べる。
 先程、過去見をしたディランの意見と合わせ、サランはそれらの情報をメモしていった。
「そうそう、思い出しましたわ!」
 ミシェルが声を上げる。
「最終日に聖夜祭のパーティーを開くことにしましょう。その準備として、家事をするというのはいかが?
 きちんとした目標があった方が、やりがいがあると思いますの」
 これはミシェルだけの提案ではなく、事前に打ち合わせた計画だった。
 クレメンスだけでなく、童顔の領主アークエンも嬉しげに微笑んでいる‥‥いや、優しい冒険者に対する感涙かもしれない。可哀想になるような苦労性だった。
 昼食後、グランはクレメンスを水汲みや薪割など力仕事に誘った。
「家事は慣れですから、反復練習をして身体に染み込ませましょう。まずは得意の力仕事ですよ」
「はい! 頑張りますグラン教官!」
 やる気は高いようだ。
 しかしまあ、本当に力は強いようで、薪はふっとばす、力みすぎて斧が手からすっぽぬける。側にいたグランは、命の危機を感じた。かち割られる、頭を。
「力が入りすぎですよ」
 薪を括る手伝いをしていたディラン、アドバイスする。
「気楽に、はいストーン」
 感心するほど、上手くいった。その後も何度か力んでしまったが、上達には違いない。
 付き合っていた二人がくたくたになり、日が暮れる頃。薪が山程積みあがった。
「こつが分かりました教官! すとーんですねすとーん」
「そうそう、力を抜いて気楽にすと〜ん」
 何やら楽しげである。静かに見守っていたグランは、思わず噴出した。

●二日目

 すとーん効果が効いたのか、陰守の指導の下、掃除や料理の下ごしらえも着々と上達していった。
 可愛いミシェルや綺麗なサランに囲まれているのが嬉しいのか、失敗してもめげずに手元の動作も明るい。
「よく出来たわね」
 サランに頬にキスされて褒められたりすると、俄然やる気が出るようだ。
 陰守はクレメンスが失敗するたびに原因を考え、時にはクレメンスと共に究明し、的確な指示を出した。
 上達したせいか余計に失敗が怖いようで、ミスをすると慌てるが、彼の場合そのミスが次のミスに繋がりやすい。
「大丈夫ですよ。またものが落ちたら私が変身して受け止めて壊れないようにしますし、壊れたら壊れたで、直せますから」
 雀尾のフォローも功を奏し、クレメンスは徐々に落ち着きも身につけていった。

●三日目

「留守を宜しく願います」
 アークエンは予定通り出かけていった。
 エレナも市場まで買い物に出、屋敷には冒険者たちとクレメンスのみとなった。
「ね、息抜きに出ませんこと?」
 ミシェルに誘われ、クレメンスは彼女を上手にエスコートしながら気に入りの丘へ連れていった。
「ここから領地が一望できるんだ‥‥どうかしたの?」
「き、嫌いですわ、エスコートの上手な人なんて」
 何のことはない、ミシェルの照れ隠しだったのだが、クレメンスは慌てた。その慌てぶりに溜飲を下げるミシェル。
 そして、木陰から見守るグランと目が合って忍び笑う。
「ルフェさんってお父様みたいですわ」
「グラン殿のことかい? 確かに、僕の父上を彷彿とさせるような御仁なんだ!」
 木陰のグランが、何とも言えぬ顔をしていた。
 そして、戻れば‥‥見知らぬ貴族の男たちが、騎馬したまま屋敷の玄関先にいた。
「よう、クレメンス」
 羽振りのよさそうな青年は、クレメンスを見下した。
 ミシェルはこれが親戚だと直感したが、まずクレメンスの騎士道精神を見ようと黙っていた。
「あの弱小貴族は留守なんだって? それにしても、可愛いレディを連れてるな」
「ミシェル嬢に手を出すと許さないぞ」
 足は震えてはいるが、啖呵だけは立派である。
 貴族は「ああ、そうかよ」と鼻で笑い、何と馬で屋敷の中へ乗り上げていった。
 馬は内部を荒らした。幸い、初日にサランが割れ物を片付けていたが、扉や階段の縁を折ったり、被害が出る。
「何事だ!」
 陰守たちが顔を出すと、貴族たちは逃げていった。
「しまった‥‥奴らの到来を失念していたな」
「でも、まさか屋内に馬で乗り上げるなんて!」
 しかし、冒険者たちの顔を見るなり逃げるような腰抜けである。彼らが応対すれば、この惨事は免れたことかもしれない。
 帰ったアークエンは事情を聞き、弱々しく笑った。
「大した被害も出ませんでしたから、お気に召さるな」
 とはいえ、今回の依頼は留守番の意味も含まれていた。
 気を取り直すように、パーティーの準備が進んでゆく。
「そちらのお菓子お願いしますね」
 ディランは積極的に、クレメンスへ手伝いを頼んだ。
 村人も食料などを持ち寄って手伝ってくれ、想像以上に豪華なパーティーとなった。それでも、陰守の提供してくれたケーキは珍しく、小分けにして村人たちが大事そうに食べた。
 アークエンが奏でる竪琴の調べに、サランがアンクレットをすずやかに鳴らしながら華麗に舞い、人々から賞賛を貰う。
 貰うだけでなく、彼女は人々のことを踊りに誘った。
「皆さん一緒に踊りましょう♪ 下手でも良いのよ、踊りを楽しみましょう」
 そんな中、クレメンスとミシェルも一緒に踊っていた。
「嫌いです、ダンスが得意な殿方なんて」
 唇を尖らせるミシェルに、やはり面白いほど慌てるクレメンス。つい、焦って彼女の足を踏んでしまった。
「嫌いです! 足を踏む殿方なんてっ」
「どっちなんだいミシェル!」
 悲鳴に近かった。
 こうして最終日の夜は更けてゆく。

●最終日

 さて、冒険者たちが帰る日になった。
「さあ、自分の指導を思い出して」
 陰守に励まされ、クレメンスは初めて一人で朝食に挑んだ。
 その結果、見事なにも壊さずに成功! 元々、育ちのせいで舌が肥えていたせいか味のほうも申し分ない。
「ありがとう、教官たち! あなた方のお陰で上達できた。またいつか、会いましょうー!」
 帰ってゆく冒険者たちに、クレメンスはいつまでも手を振り続けていた。