冒険者を穢す者

■ショートシナリオ&プロモート


担当:浅葉なす子

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:01月07日〜01月12日

リプレイ公開日:2008年01月16日

●オープニング

 それは山間の、貧しい山村。
 たまにそこを訪れた旅人は、帰って必ず彼らを褒める。清貧という言葉は、彼らの為にあるようなものだと。
 貧しく閉ざされた土地にありがちな排他的な性格はなく、人を拒まず受け入れる。塩のスープだけの食事、隙間風が吹く寝床を貸されても、旅人たちは彼らの歓迎に胸を暖かくして村を旅立つ。
 厳しい旅において、人情は豪勢な食事よりも心を満たす。
 しかしこのごろ、村は魔物の被害に悩まされていた。
 そこへ現れたのが六人の冒険者風の男たち。彼らが退治に出かけると、たちまちニ十匹もいたゴブリンの群れがいなくなり、村人たちは彼らに感謝した。
「冒険者は本当に立派な方々だわ。わたしたちには払える報酬もないのに、助けてくださった」
 感無量で語る母親に、少女イリも同感した。
 イリは自分も冒険者になりたいと思ったが、自分の痩せた手足を見下ろして溜息ついた。冒険者たちは体が大きく、逞しかった。食べ物もない山村で育ったイリには、魔法の勉強も望めない。冒険者になるための支度も不可能だった。
 そのイリが、キャメロットへ訪れたのは冒険者が村に現れて一ヶ月後のことである。

「あれが冒険者なの? あんたたちは、あんな酷いことをする最低の人間なの!?」
 冒険者ギルドに転がり込んでくるなり、罵声を浴びせる少女に周囲の目が向く。
 ぼろぼろの布きれを身体に巻きつけ、靴は片方なく、かろうじて残る片方の靴は擦り切れてつま先が見えた。それは血が固まり、目を背けたくなるほど痛々しい。
「返してよ、あたしの母さん返してよ!!」
 わっと泣き出した彼女に、寄り添った女性がいる。
「落ち着いてください。何があったか、私に話してくださいませんか?」
「冒険者なんか‥‥冒険者なんか‥‥」
「私は冒険者ではありません。なろうかと思い、ここに足を運びましたが。私は僧侶のリデル。落ち着いて。大丈夫ですよ‥‥すみません、この子になにか、暖かい飲み物を」
 リデルは少女を椅子に乗せ、抱き込むように暖める。
 優しい僧侶の女性と暖かいハーブティーに、イリも落ち着きを取り戻し、ぽつぽつと事の次第を語り始めた。
 魔物を倒してくれた冒険者がいた。払える報酬は村にはなく、代わりに暫く滞在して感謝の気持ちを受けて欲しいと引き止めた。
 しかし、冒険者たちはその功績をかさに着て、村の僅かな蓄えを食い散らし、威張り、村人に暴力をふるったり、奴隷のように使ったりした。
 屈強な戦士たちに、村人は対抗する術を持たず怯えて暮らした。
 そして、ついに。ついに五日前、死人が出た。
 冒険者を褒め称え、文句も言わずに世話をしていたイリの母親を、何が気に入らないのか切り殺したのである。
 イリの父親は、しかし耐えた。彼が怒りに我を失い、冒険者に殴りかかれば村人やイリの身にも危険が及ぶかもしれない。
 彼は今も、妻を殺した者たちに文句ひとつ言わず仕えている。
 聞いていたリデルは胸が潰れそうになり、イリを抱きしめた。
「それは冒険者ではありません。私と私の父は昔、彼らに命を救われました。ここにいる人々は、その時の冒険者と同じお志をお持ちです。
 依頼を出しましょう。あなたの村を苦しめ、冒険者を貶める者たちに鉄槌を与えねばなりません」
「でも‥‥お金がないわ」
「私にもありません。ですが、出しましょう。最悪だれも名乗りを挙げずとも、私が同行いたします。こんなことは、神がお赦しにならない」
 リデルはイリを伴い、席を立った。

●今回の参加者

 ea8311 水琴亭 花音(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea9937 ユーシス・オルセット(22歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3450 デメトリオス・パライオロゴス(33歳・♂・ウィザード・パラ・ビザンチン帝国)
 eb5300 サシャ・ラ・ファイエット(18歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb5868 ヴェニー・ブリッド(33歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb9531 星宮 綾葉(27歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb9534 マルティナ・フリートラント(26歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ec1110 マリエッタ・ミモザ(33歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

マイ・グリン(ea5380)/ 鳳 令明(eb3759

●リプレイ本文

「本当に来てくれたの」
 リデルに連れられて来たイリは、集った冒険者を見上げ、あどけない顔をぽかんとさせた。
 サシャ・ラ・ファイエット(eb5300)は彼女へ、柔らかな微笑を見せる。
「わたくしには戦う力はありません。けれど、放っておけなかったのですよ」
「そんな人達許せないもんね!」
「イリさんの村を襲った嵐は、私達が必ず終わらせます」
 デメトリオス・パライオロゴス(eb3450)が拳を握ると、傍らでマリエッタ・ミモザ(ec1110)も肯いた。
「だって、お金、ないのよ‥‥?」
「義を見てせざるは勇なきなり、報酬の有無より大事な事じゃ」
 泣きそうな少女を、水琴亭花音(ea8311)は静かな声音で諭す。
 ヴェニー・ブリッド(eb5868)も彼女と目線を合わせた。
「時に世界は残酷だと思うのよね。でも、少しだけなら希望があってもいいんじゃないのかしら?」
 以前のイリなら、素直に肯いたのかもしれない。
 ただ、今の彼女は小さな声で「わかんなくなったの」と呟いた。

●先行組

 ユーシス・オルセット(ea9937)は、山道で月夜に空を舞う花音の姿を認めた。
 馬を離れた箇所に繋ぎ、予めイリに聞き出しておいた花音との合流地点へ向かう。
 石が多く、歩きにくい地形だった。よくも、あんな少女がこの山を徒歩で越えてきたものだ。
 闇に紛れ、花音がさっと身を寄せてきた。
「ユーシス。イリの言う通り、一本道は五本もあった。彼奴らに」
 彼女は月が柔く照らす土に、地図を書いてユーシスに地形を知らせた。
「この歩きにくい地形を使えれば‥‥イリさんの父親は?」
「これから潜入する。こちらのことは任せていいのじゃな?」
「任せてほしい。花音さん、幸運を」
 再び、花音は闇に溶けた。

 静まり返った村の家屋で、そこだけが明るく、喧しかった。
 花音は裏手に回り、窓より様子を窺う。
「――ったく、殺すんじゃなかったな」
「冴えないおっさんの酌じゃ酒が不味くならぁ」
 下劣な声に、「すみません」と硬質な声が答えた。イリの父であろう。
「春になったら出ていこう、こんなシケた村‥‥」
 花音は窓より、小石を投げる。
「何だぁ? おっさん様子見て来いよ」
「でも、野獣や魔物かも‥‥」
「いいんだよ、そん時ゃ退治してやるぜ?」
 花音は、その会話を冷ややかに聞いていた。イリの父が一人で出て来るのは好都合だが、輩、イリの父が魔物に食い殺されても頓着しない口ぶりである。
 イリの父は外へ出ると、花音の姿に目を剥いた。
「静かに。私はおぬしが娘に雇われた者じゃ」
「冒険者の方‥‥?」
「イリの心配は不要じゃ。明日には娘と仲間が来る。もう暫しの辛抱じゃ、自棄を起こさぬよう」
 それだけ伝え、花音は家屋を離れた。

●隊商組

 隊商に化けたデメトリオス達は、マリエッタを女将として山道を行く。
 護衛役のマルティナ・フリートラント(eb9534)の提案で衣装を泥で汚してから、全員で慌てたように村へ入った。
「すいませーん! 誰か助けてー!」
 デメトリオスが叫ぶと、村人は隠れてしまった。
「お二人のことはこのマルティナが守ります。ですから商人の役を心置きなく頑張ってください」
「うん、任せた! おいらも頑張る!」
 鼻息荒いデメトリオスに、マリエッタも「頑張りましょうー」とラテン語で気合を入れた。
 この三人、能力云々はさておきとして、
「何かほのぼのしい奴らだなぁ‥‥」
 偽冒険者をして、そう言わしめさせた可愛らしさがあった。
 イリの家より出現した男たちは、「何だお前らは?」と乱暴に尋ねてきた。
「おいらたち、ビザンツの商人なんだ。でも魔物に積荷を奪われて」
「そいつは護衛じゃないのか?」
「私‥‥本当は弱いのに、嘘をついて雇って貰ったんです」
 マルティナは予め練習した台詞を、屈辱的なふりをして言った。
「可愛いねぇ。ラテン語? のお姉ちゃんは」
「この人はおいらの主人だよ」
「こっちも可愛いねぇ」
 食いついてきた。マリエッタはラテン語で挨拶し、商人ギルド会員証を提示し、発泡酒を彼らに差し出す。
 それを煽る男たちに、デメトリオスはソルフの実を見せた。因みに、リデルに貰ったものである。
「何とかこれだけ持ち出したんだけど、後は‥‥」
「他にもあるんだな」
「もっと高価なものもあったんだ! お礼はするから助けて!」
 こうして彼らは、まんまと誘導に成功した。

●イリ組

 出発前、マイ・グリンやヴェニーはイリに靴を買おうとした。
「その靴で村まで戻るのは大変そうだし、女の子らしくお洒落をしてもいいと思うのよね」
 という粋なはからいなのだが、イリはこれに猛反対した。
「いらない、絶対いらないんだから!!」
 爪先が見えた靴では先行き不安というのに。
「実は、私も靴をと思ったのですが‥‥」
 リデルも困り顔である。食物以外、施しを受けつけないらしい。
 靴の件はさておき、ヴェニーは彼女と目線を合わせた。
「お母さんお仇にあたる悪漢達を捕えたらどうしたいのかしら?」
 彼らの処遇は仲間内でも話したが、イリの意見も聞きたかった。
 イリは首をすぼめる。
「あたし、冒険者に文句を言いにきたの。懲らしめてくれる人が来るなんて、考えもしなかったの‥‥わかんない。もう怖いのは、いや」
 ある意味、その言葉だけで、十分だった。
 花音が置いていった馬にイリを乗せ、出発する。
 食べ物なら、とサシャは道中、甘い保存食をイリに与えてみた。
「おいしい」
 高いんじゃないの、と見る彼女に、サシャは「お口につけたものは食べてくださいね」と微笑んだ。
 夜、眠る時はイリは落ち着かない。泣いたり、暗がりに怯えたりする。
 夢現のところサシャに手を握られると、「お母さん」と呟く。
 ふとヴェニーの姿を認めると、「ちがうの」と申し訳なさそうに言った。
 山道に差し掛かり、村が近くなると、ユーシスが「こちらの道から」と誘導してきた。
「直にマリエッタさんたちが、あちらの道へ奴らを誘導するから。星宮さん、万一の時は彼女たちを頼むよ」
「承りました」
 これまでも彼女たちを護り導いてきた星宮綾葉(eb9531)は、強く肯いた。
 村の広場では、マリエッタたちが交渉している最中だった。
「こっちじゃ」
 暗躍していた花音に導かれ、偽冒険者らに気取られぬようイリを家に戻し、ヴェニーたちは仲間の元へ走った。
「お父さん!」
 イリとともに、リデルも声にならない悲鳴を上げた。ひどい怪我を負っている!
 すぐにリデルが神聖魔法で治療に当たった。
「イリ? 無事だったんだな」
「お父さん、怪我!」
「大丈夫。花音さんにそれとなく助けて頂いた」
 イリは家を出て駆け出した。

●捕獲

 マリエッタ達に連れられた先で、冒険者たちに囲まれると、悪漢どもも罠だと気付いたようだ。
「やろうってのか? ひょろっこい奴らと姉ちゃんばっかでよ」
「試してみるがいい。騎士の名にかけて、捕縛する」
 ユーシスは先頭に立ち、デビルスレイヤーを構えた。
 敵には一人術士が混じっている。それが詠唱を始めたのと同時に、交戦前より詠唱していたヴェニーのライトニングサンダーボルトが轟いた。
 凄まじい稲妻は敵の一人を戦闘不能に追い込んだ。
 続いて花音が動いた。囮役となる彼女は忍犬のダイと敵を挟み撃ちにする。
 それらの攻撃は敵の盾に阻まれたが、花音の脇をマルティナが抜け、攻撃を仕掛けた。後方では仲間が詠唱している。隙を作り、かつ護らねば。
 マルティナと同じ意図で、ユーシスも挑みかかった。彼の槍は相手の身を突き、手傷を負わせる。
 最初の詠唱が終わった。デメトリオスがバキュームフィールドによるこの場の封鎖を。
 星宮が敵に突如、己の手足がもがれ激痛が奔る悪夢を見せた。
「後悔とか、しなくていいです。ただ、村人達の分苦しんで下さい」
 恩をかさに人を傷つけ殺した悪漢たちを、どうあっても許さない。その一念で彼女はここへ来たのだ。
 マリエッタが敵の術士を中心にストームを放つ。だが、敵の術士もファイアーウォールを発動させた。前衛の花音、マルティナが阻まれる。
 暴風と炎に挟まれたユーシスは、視界の隅にイリの姿を見た。封鎖したのに、サシャが見張っていたのに、土地勘で来たのだ。
 星宮の悪夢に抵抗した一人が、ユーシスを斬り付ける。
 そして、男は少女の方へ駆け出した。
「いけません!」
 追ってきたサシャが、イリを抱え蹲った。イリがこれ以上傷つくのが嫌だった。
 幸いにも、バキュームフィールドに遮られる。なければ、サシャは切り捨てられていたかもしれない。
 実質的に戦闘不能の者が数人、術士と戦士が包囲され、後退した。
 マリエッタが用心深く進み出る。
「投降し、罪を償ってください」
「くそぉ!」
「冒険者でも破落戸でも、悪事には相応の報いが下る、因果応報じゃな」
 かくして、正当な冒険者たちは冒険者を名乗る者を捕縛した。
 イリは其処へ行きたがったが、血を見せたくないサシャが木陰に彼女を留めた。
「あたし、ヴェニーに‥‥」
「どうかしましたか」
「くつ‥‥欲しくなかったんじゃないの。お金ないのに来てくれたのに、買って貰うの申し訳なくて」
 彼女なりの遠慮だったらしい。そして、つっぱねたことでヴェニーが嫌な思いをしたかと、気に病んでいたのだ。
「そんなこと、いいのよ」
 当のヴェニーが苦笑ながらやってきた。
「いい? 辛くても笑顔を忘れなければ幸せになれるわ。
 喪ったものの大きさに心が潰さされそうでも希望を見失ってはいけないわ」
「イリちゃーん! 冒険者は、本当は正義の味方なんだよ!」
 デメトリオスが叫んでいる。イリは泣きじゃくりながら、肯いた。
 サシャはそっと、彼女の手に小さな宝石を持たすと「お元気で」と立ち上がった。

 花音の馬に引かれ、罪人たちは自警団に引き渡された。
 その後、あの村がどうなったかは知れないが、少なくともイリとその父が、冒険者を憎んでいることはないだろう。