ろくでなしの迷宮
|
■ショートシナリオ
担当:浅葉なす子
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月16日〜01月21日
リプレイ公開日:2008年01月24日
|
●オープニング
その男は馬鹿で無能で、いつも金をせびっては「お前しかいない」などとうそぶいた。
心にもないことを。その台詞の前には「都合のいい女は」がつくのでしょう。
そんな貴方を待ち続ける私を、人は愚かな女と笑うのでしょうか。
娼婦のアルデラは四十過ぎながら、美貌と妖艶さを失わない女で、今も彼女を求める客は少なくない。
その日の客が帰る際のことである。
「今日は浮かない様子だったな。どうしたんだい」
「あら‥‥嫌な思いをさせたかしら?」
「いいや。出来ればその憂いの理由を聞かせて貰いたいのさ」
壮年の男の優しい声に、けだるげにベッドに横たわるアルデラは、ほろ苦く微笑んだ。
「男の話ですわ。帰り際とはいえ、他の男の話をされたら興ざめでしょう?」
「我らも、そんな年ではあるまいに。どうだ。相談に乗れるかもしれんぞ」
アルデラは躊躇いながら、ベッド脇の小壺を逆さにした。
十字架のネックレスだった。ただ、「娼婦のアルデラ」と刻まれていた。
「これがね。ある遺跡の奥に落ちていたんですって。そう古いものでもないし、娼婦がそんな場所に行くとも思えないでしょう。冒険者の方がね、わざわざ届けてくださったの。
これの持ち主がね、ひともうけしてくる、もう娼婦なんかしなくていいって言って出ていったのは三年前よ」
他所に女を作ったか、死んだものと想っていたが。
「愛していたのかい?」
「さあ、どうかしら。酒を呑んではわたしを殴ったし、他の客に嫉妬しては怒鳴っていたわ。ただね、その冒険者が言うには、遺跡の壁に文字が刃物で削ってあったんですって」
『君は今でも他の男といるのだろうか?』
『僕のことは忘れてほしい』
それもやはり、古くはない文字で、まったく別の場所の壁に彫られていたのだという。
「冒険者はその遺跡に宝の類はなかったから、そのまま出てきたけれど、文字は他にもあったかもしれないと言うの」
遺跡には大きなスライムの魔物がいて、それから逃げつつ書いたのではないか、と。
聞いていた壮年の男は、アルデラの前に膝をついた。
「気になるんだね、他の言葉が」
「気にならないと言えば嘘になるわ。でも、確認のしようがないじゃない」
「冒険者を雇えばいい。よければ、私が依頼を出そう」
娼婦と客、それも他の男のためだというのに、彼がどうしてそんなことを言い出したのか、アルデラには分からなかった。
男は苦笑する。
「私もかつては、恋をして、愚かな振る舞いをしたこともある。その時のことを思うと、身につまされるのさ」
男は外套を羽織ると、アルデラの部屋を後にした。
●リプレイ本文
「早速だね」
ヒースクリフ・ムーア(ea0286)は、ランタンに照らされた物体を見上げた。
前方より通路を隙間なく埋める、巨大なゲル状の魔物が前方よりにじり寄ってくる。
メグレズ・ファウンテン(eb5451)が先行させていた鬼火、主人の命令によりファイアーウォールを展開する。炎に阻まれたゲルは怯んだが、尚も進んでくる。
「後方はどうかな、ルシフェル殿」
「今のところ、気配はないな」
しんがり担当のルシフェル・クライム(ea0673)が請け負った。
「引き続き警戒してほしい」
「承った。戦闘に集中してくれ」
挟み撃ちは目も当てられない。
「コアギュレイトいきます!」
距離を縮めてきたゼラチナスキューブ、マロース・フィリオネル(ec3138)によって束縛された。ヒースクリフがそこへ矢を射かけ、術の成否をを確認する。キューブは動かない。
その機を狙い、メグレズは剣を振りかざした。
「破星、天昇!」
続いてヒースクリフも攻撃を仕掛けた。
後で復活されても厄介なため、完璧に潰す。ゲル状生命体は遺跡の床に力なく零れ落ちた。
「ジェル系はどれも擬態能力と酸能力を持ち合わせているから厄介なのよな」
渋い顔でルシフェルがぼやく。全くその通りで、コアギュレイトが効いたから楽に倒せたが、挟み撃ちや急襲ではもっと苦戦するだろう。
ジェルが零れてぬめる床は、マロースがピュリファイで清めてくれた。
例の冒険者に渡された地図のうち、分かれ道に差し掛かる前に最初の文章が見つかった。
念のため、ルシフェルとマローズの二人で筆記する。
彼らの記録中、メグレスは周囲をホーリーフィールドで保護した。
『また同じ場所だ。目印のために文を刻んでいこう』
『何てことだ! またここへ来てしまった』
『そして、僕のことは忘れてほしい』
「入り口の側ですが、入り組んでますものね」
マロースが眉を下げる。彼らは地図があったから真っ直ぐ来れたが、なければ迷っただろう。アルデラの恋人はこの周辺で亡くなったのかもしれない。
それにしても、最後の文章が意味深だ。『そして』は殆ど消えかかっている。
問題は遺体の回収ではないので、一行は先へ進む。
分肢点となる道を、右へ。
くまなく探索していると、行き止まりに次なる文章を発見した。
「急に近づかないで。擬態しているかもしれない」
ヒースクリフは仲間を制し、ランタンを掲げる。メグレスの鬼火もゆらゆら揺れて、警戒を強めた。
問題ないようだ。近づき、改めて文章を確認。
『君の客への嫉妬がなかったとは言わないよ
でも、それより悲しかった
嘘の愛を切り売りする君の姿が悲しかった』
「皆、気をつけろ!」
退路を注意していたルシフェルの声に、皆振り返る。同時に、ヒースクリフはマロースを己の背後へ誘導した。記録中にメグレスの施したホーリーフィールドは生きてるが、そろそろ切れるはずだ。
比較的近い角から、巨体を引き摺ってキューブが姿を現した。詠唱は間に合いそうにない、時間を稼ぐべくルシフェルは槍のリーチを利用して攻撃し、その後メグレスが地を蹴った。
「破星、天昇!」
巨大なゲルが後方に吹っ飛んだ。
「お待たせしました!」
マロースのコアギュレイトが完成し、後退したキューブを捕縛する。初回と同じようにヒースクリフが矢を射掛け、成功を確認。
これでひとまずは‥‥ということには、ならなかった。
このキューブの動作は止まったものの、ルシフェルの手前にあった角からもう一体出現し、瞬く間に彼を呑み込んだのである。
「ルシフェル殿!」
「‥‥‥!」
が、そこで慌てる彼ではない。キューブの中で身を捩り、脱出を試みる。
まさか彼ごと攻撃する気になれず、詠唱するマロースを庇いながら、じりじりと後退し、武器や松明で牽制する。鬼火も前進を邪魔するように飛んだ。
「だめだ、このままでは全員呑まれる」
と、言う折、ルシフェルがキューブの内部を蹴って、仲間たちとは逆方向へ逃れた。
マロースがコアギュレイトを放ったが、抵抗されたらしく。
もたついていると、先のキューブも動き出してしまう。
と、ルシフェルがさっと角へ走りこんだ。それを追うキューブ。
「大変です、追わないと」
が、ものの数十秒としない内にルシフェルは帰ってきた。
「少々危険だったが、撒いてきた。この近辺は探索済みだったしな」
おかげで、捕縛中のキューブに集中できた。
撒いたキューブも探し、先程までの要領で潰す。
その途中で、再び文章を発見。
『君にとって僕は客ではない唯一の人間だと自惚れているけれど』
「もう‥‥文章はなさそうだね」
右の通路はこれで、全て行ったようだ。何とも半端に終わってしまったものである。
「少し、時間はあるね。左にも行ってみるか?」
「いや、ヒースクリフ殿。少々、思い当たる節が」
先ほどキューブと追いかけっこをして、ルシフェルは何か気付いたらしい。
一行は、入り口から比較的近い、はじめの文章の場所まで戻った。
「確かに、この『そして僕のことは』という文は終了に近そうですね」
文章の順序を考えていたマロースが見当をつける。
そう、彼はこの周辺で死んだ気配がある。
「埋葬したいところだが、キューブに溶かされて跡形もないだろうな」
ルシフェルが残念そうに終わりに近い文を見る。
いやに綺麗なこの遺跡。キューブが溶かして清掃した形なのだろう。
残りの時間、彼らは文の末尾を捜した。
途中経過は左地区にあるにせよ、おそらく、一番伝えたいであろう締めの文はこの近辺にあるはず。
「あった‥‥」
先頭のヒースクリフはランタンを掲げた。
『僕のことは忘れていいが、君が、君自身が娼婦である前に、ただのアルデラであることをどうか忘れないで』
『二度と会えぬ、僕のアルデラへ』
前の冒険者は、遺跡自体に無関係そうな文なので通り過ぎてしまったのだろうが。
それは物悲しい、愚かな男の物語。
●帰還
娼婦のアルデラは、冒険者のために黄金の蜂蜜酒を用意してくれていた。実際の依頼主は不在らしい。
「お疲れでしょう。どうぞお座りになって」
気遣いを見せる彼女へ、文の記録をしたマロースとルシフェルが、二枚ともスクロールを渡した。
期待と恐怖で震えるアルデラの瞳を、ヒースクリフはじっと見つめた。あとは、託された彼女がどう受け止めるか。ヒースクリフは、彼女がこれを乗り越え、幸福を掴む事を願った。
彼女はそれを丁寧に読むと、肩を落としてかぶりを振った。
「わからない‥‥彼がどうしてこんな言葉を残したのか。こんなに思ってくれているなら、どうして側に居てくれなかったの‥‥‥?」
そうして、顔を覆って涙を零す。
「ごめんなさいね。最近、涙もろくて」
「できればわかれ道の左側ももう一度調査したいところです」
メグレスが告げると、アルデラは暗い顔をして視線を落とした。
「この言葉の途中‥‥そこに私が分からない何かがある気がするんです。いつか‥‥また、お願いしたら、冒険者は応えてくれますの?」
冒険者たちは彼女に、優しく微笑んだ。