【色の無い世界】緋色の影

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 40 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月26日〜03月03日

リプレイ公開日:2008年03月03日

●オープニング

 レグルスの所属する名も無き義勇軍のアジトに一通の手紙が届いた。
 差出人は帰省中の団員アリオト。だがその内容は久々に帰った故郷の様子を知らせる微笑ましいものではなく、組織に動揺と混乱を招く凶報だった。
「シェダルが身代金目的の誘拐だと!? 何かの間違いだ!」
 レグルスは怒りも露な声で怒鳴ると、送られてきた手紙をぐしゃりと握り潰した。普段は温厚な彼の激昂する様子に数人の団員達はしんと静まり返る。
「きっと何者かに濡れ衣を着せられたに違いない。誘拐されたのはあいつが懇意にしている女性だ」
 その女性とレグルスは面識があった。そして彼女はシェダルにとって特別な女性だと、その接し方を見て理解していた。女性に対して不誠実なシェダルが唯一、大切に扱っているように見えたから。
「‥‥でも、その女って娼婦だろ? 金目的で仲良くしてたんじゃないのか?」
 団員の一人がポツリと呟く。あしげく通って親しくなり、気を許した所で誘拐し身代金を要求する‥‥考えられない手口ではない。
 その発言を機にあちこちからシェダルの容疑を認めるような声と、それを否認する声があがり、俄かに部屋の中はざわつき始める。
「私はシェダルを信じるわ。確かに彼は女性にだらしないけど、こんな卑怯な事をするような人じゃないもの」
 凛とした声で無実を主張する少女に、全員の視線が集まる。
「仲間を疑うだなんて恥ずかしいとは思わないの? シェダルがどれだけこの組織に貢献してるか、知らないわけじゃないでしょう?」
 少女は海のように深い青色の瞳を吊り上げて、団員達を睨み付ける。レグルスが華奢なその肩に手を置くと、少女は涙ぐんだ目で振り返った。
「大丈夫だ、ミルファ。私がシェダルの無実を証明してみせる」
 穏やかな黒曜石の瞳で見つめられ、少女ミルファは瞳の揺らめきを強くする。そしてレグルスにだけ聞こえる声で小さく呟いた。
「‥‥シェダルが進んで危険な任務ばかりこなしてるの、皆知ってるくせに。どうして認めてあげないのよ」
 レグルスはかける言葉がみつからなかった。その才能と実績故にシェダルが一部の仲間から反感を買い、醜い嫉妬の対象とされていると告げたら、ミルファの心をさらに傷つけてしまうだろう。大人びた物言いをする彼女は、まだ15になったばかりなのだ。
 多感なその心は繊細で硝子細工のように脆い。そして純粋な余り、容易に何色にでも染まるだろう。レグルスはミルファの心を仲間への猜疑心で満ちさせたくなかった。
 自分も協力したいと申し出るミルファをアジトで待っているように窘め、レグルスはその日の内に事件が起きた街へと発った。

 寝ずに馬を走らせ、翌日の夕方にはアリオトの待つ棲家へと辿り着いた。息を切らせながら席に着くレグルスを労うアリオトの顔も疲労が色濃い。
「来てくれてありがとう。僕一人じゃどうしたらいいかわからなくて‥‥」
「一人で苦労をさせたな。早速だが、詳しい話を聞かせてくれないか?」
 ホッとしたような顔で礼を述べるアリオトに、レグルスは事件の詳細を聞かせて欲しいと求める。アリオトは表情をふっと曇らせた後、ぽつりぽつりとシェダルに容疑がかかっている誘拐事件について話し始めた。
 事件が起きたのは数日前。シェダルが客として娼婦────ミラに会いに来たのを最後に、彼女の姿は消えた。そしてその日の夕方に犯人からミラを返して欲しければ身代金を用意しろと脅迫状が送られてきたのである。
「それだけじゃジェダルが犯人だって決め付けるのはおかしいと思って、僕なりに情報収集をしてみたんだ。‥‥でも、耳にする話は無実を証明する所か、シェダルの犯行だって裏づけされるものばかりだった」
 アリオトは悔しそうに眉を顰めながら、ひとつひとつの話をレグルスに話していく。
「‥‥成る程。確かに話を聞く限りはシェダルが犯人で違いないだろう。だが私はあいつを信じている。真犯人は他にいる筈だ」
「うん、僕もそう思うよ。僕達でシェダルの無実を晴らそう」
 アリオトはレグルスの手を硬く握り、仲間であるシェダルを必ず助け出すと誓うのだった。レグルスはそんな彼の決意を心強く感じ、無言で頷いた。
「身代金の引渡し場所はわかるか?」
「娼館の主が場所はシェダルの家だと教えてくれた」
 長い間帰っていない家は荒れ放題だろうとシェダルが話していたのをレグルスは思い出す。確かこの街の外れの方だっただろうか。
「場所はわかっていても、引渡し期限まで時間があまり無いんだ」
「事は一刻を争うな。私達だけでは手が足りない。冒険者達の力を借りてみないか?」
「えっ‥‥冒険者?」
 レグルスの提案にアリオトは戸惑った顔を見せる。組織の中には冒険者達をライバル視している者も多く、アリオトも例外ではなかった。控えめで大人しい性格だが人一倍自分の仕事に誇りを持っている彼は、部外者の手を借りたくないというのが本音のようだ。
「正直、気が進まないけどシェダルを助ける為だ。君の意見に従うよ」
 己の矜持を曲げてまで仲間を助けようとするアリオトにレグルスは「すまない」と詫びると、彼を伴って冒険者ギルドへと向かった。

 埃が舞う黴臭い部屋の中に、ミラの付けている香水の微かな花の香りが漂っている。次第に薄くなるその香りに、シェダルは捕らわれてから随分時が経っているのを感じていた。
「ごめんなさいね。あなただけなら簡単に逃げられるでしょうに」
 申し訳なさそうなミラの声は、僅かに触れる背中と同様に小さく震えていた。
「それはこっちの台詞だ。あんたを巻き込んじまったな」
「どうして? 一緒にいたから、あなたまで捕まってしまったのでしょう?」
 自分一人が捕まればよかったとミラは思っていた。あの朝シェダルと一緒にいなければ、彼はこんな目に遭わなかったのに。
「敵の目的は身代金じゃなくて、オレへの個人的な恨みを晴らす事だと思うぜ。邪魔な奴を消せて金も貰えて、成功したらあちらさんは万々歳だろうね。ま、あんたはいずれ無事に解放されるだろ。もうちょっとの辛抱だ」
「人事みたいに言うけど、犯人が身代金を受け取ったらあなたはどうなるの?」
「間違いなく消されんだろうなぁ」
 シェダルはこれから自分に起こるであろう現実を、感情の篭らない声でミラに告げる。その声音には死への恐怖も抵抗も感じられなかった。
「嫌よ、そんなの! この縄さえ解ければっ!」
 ミラは両手を固く結んでいる荒縄を解こうと、何度も手首を捻る。皮膚が擦れ、雪のように白い肌に赤い血が滲み出す。
「止めろよ、傷が残るぞ。人間いつかは死ぬんだ。あんたを助けて死ねるなら、オレの人生にも意味があったってもんだぜ」
 シェダルは寂しげな目で自嘲的に微笑んだ。しかし背中合わせのミラがそれを目にする事は無い。
(「やっと楽になれるのか‥‥」)
 目を瞑ったシェダルの脳裏に少年時代の思い出が蘇る。それは愛された事のない孤独な記憶だった。

●今回の参加者

 eb5522 フィオナ・ファルケナーゲ(32歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 eb9829 神子岡 葵(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec3138 マロース・フィリオネル(34歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec3793 オグマ・リゴネメティス(32歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4154 元 馬祖(37歳・♀・ウィザード・パラ・華仙教大国)

●リプレイ本文

●蛇は嗤う
 まるで一筋の光も永遠に届かないような深い闇に包まれた夜。密談する四つの影があった。
「予定が狂った。冒険者達が関与して来る」
 そう告げるフードを目深に被った依頼主の声音は、体の芯まで凍えそうな程冷たい。
「お前達じゃまず太刀打ちできないだろう。仕事を終えたらさっさと逃げるんだな」
 突き放すような依頼主の言葉に、雇われの男達は無言で頷いた。
「捕まった場合にこちらの事を話したらどうなるか‥‥わかっているな?」
 低い声で男達を脅すと、依頼主はそのまま立ち去っていく。夜の闇に吸い込まれていく姿はまるで魔界に帰っていく悪魔の様だ。
「あれでれっきとした人間だなんて信じられねぇよ」
 三人の中の一人が呟く。
「ああ、私怨にこんだけの金をかけるって事自体、まともじゃない」
 依頼主が持ちかけてきた仕事────それはシェダルと言う男を誘拐犯に仕立てて消す事。捕らえた娼婦ミラの身代金は男達で分けて良いと言う。依頼金と合わせたら膨大な額になる。
「不気味な刺青しやがって。あの蛇‥‥嗤ってる様に見えたぜ」
 男の一人は依頼主の体に施された刺青を思い出し、身震いした。

●黒幕
 アリオトの家に訪れた冒険者達をレグルスは笑顔で迎え入れた。
「助けに来てくれたのが全員女性だなんて、シェダルは大喜びだね」
 温かい飲み物を運んできたアリオトの言葉にオグマ・リゴネメティス(ec3793)は首を傾げる。
「彼は女性好きなのですか?」
 そして発せられた言葉にカップを手に取ろうとした元馬祖(ec4154)の動きがピタッと止まった。
「うん、かなりのね。顔は綺麗なのにあの性格は勿体無いよね」
 少し困ったような顔でアリオトがレグルスに同意を求めると、返って来たのは苦笑いだった。
「情報を集めるほど不利な情報しか出ないっていうのは気になるわねぇ」
 フィオナ・ファルケナーゲ(eb5522)の呟きにマロース・フィリオネル(ec3138)は静かに頷く。
「‥‥二人共、私が怖くないのか?」
 レグルスは遠慮がちに声をかける。二人は以前、レグルスと行動を共にした事がある。その際に彼の暴走を目の当たりにしたのだ。
「全然。ワイルドで素敵だったわよ♪」
 フィオナはレグルスに寄り添い、ウインクを見せる。
「何があってもあなたはあなたです」
 そう言いマロースは柔らかな微笑を浮かべた。二人の変わらない態度にレグルスは安堵の表情を見せる。
「目撃者が全員犯人に雇われていて、嘘の情報を流したかもしれないわね」
 神子岡葵(eb9829)は話が一段落したのを確認すると自らの考えを口にする。
「そうだね。情報収集には自信があったんだけどなぁ」
 肩を落とすアリオトはすっかり冒険者達と馴染んでいた。協力する事を惜しんでいたのがレグルスは心配だったのだが、それは杞憂の様だ。
 暫く休憩を取った後、幾つかの班に分かれて情報収集を開始する。万が一の場合に備え、マロースの手により旅人風に変装してだ。

 情報収集を開始してから二日目の夜。各々が集めた情報を元に作戦会議が行われていた。
「やはり犯人に情報操作されていると思って間違いないでしょう」
 酒場で何十人にも話を聞いたマロースは強い口調で断言する。
「うん。朝って言っても夜明け前だし、見かけたって方がおかしいわよね」
 葵は夜明け前に出歩いている人間が真っ当な人物だとは考えにくいと思っていた。
「僕の落ち度だな‥‥皆、ごめん」
「そんな事より、アリオト君は『ああいう所』に行った事あるの?」
 頭を下げるアリオトにフィオナはとんでもない事を尋ねる。これも彼女なりの気遣いなのだが‥‥
「なっ、何を言い出すんだ! そんな話をしてる場合じゃないだろ!?」
「あ〜ら、ゴメンなさい。でもとっっても気になったんですもの」
 予想通り真っ赤な顔でうろたえるアリオトに、フィオナはしれっと返事をする。ちなみに否定しない所が怪しいと思ったのだが、そこに触れると怒り出しそうなので思い止まった。
「フィオナ、あんまりアリオトをからかわないでくれ」
 見兼ねて口を挟むレグルスに「はぁ〜い」と殊勝な返事をすると、フィオアナは彼の肩の上にちょこんと腰をかける。
「肝心の監禁場所ですが、シェダルさんの家だと思われます」
 レグルスと共に引き渡し場所であるシェダルの家を偵察していたオグマは、ブレスセンサーのスクロールで得た情報を仲間に告げる。家の中の熱源は全部で三つだった。そのうちの二つは密着し、一つは小さい事から女性‥‥つまりミラであると考えられる。
「双方が同じ場所とは何とも杜撰な話だがな」
 犯人三人はちんぴら風情で大した実力はなさそうだとレグルスは口にする。
「彼等はたまたまミラと居合わせたシェダルを誘拐犯に仕立てたのかしら?」
「いえ、どうやら黒幕がいる様なのです」
 葵の推測を馬祖はやんわりと否定した後、酒場で三人組とフードを被った人物が密談していたとの目撃証言を得たと付け加える。
「ミラに恋焦がれる男性は多いみたいだし、恋敵の抹消ってとこかしらね」
 娼館の主の話を葵は思い出す。シェダルは女たらしで有名なので目を付けられやすかったのだろう。
「身代金を受け取りに来た男に騒がれれば二人に危害が及ぶ。それは避けたい」
 レグルスの提案に一同は真摯な表情で頷く。黒幕が誰なのかを白状させる為にも倒すわけにはいかない。作戦は迅速に捕縛する方針で決まった。 

●救出
 早朝、一同はシェダルの家を訪れていた。
 犯人に身代金を渡すのはレグルスとフィオナ。ライトニングトラップをスクロールで仕掛けたオグマはマロースとアリオトと共に近くに隠れ、戦闘に備える。
 当初は騎乗して行う筈だったのだが、騎乗の心得がない事をレグルスに見抜かれ、危険だからと止められたのだ。葵と馬祖は逃走路に潜み、様子を伺う。
 引渡しの時間になると二人の男が姿を現した。
「シェダルを呼んでちょうだい。あんた達みたいな雑魚に用はないの」
 フィオナは男達を挑発する。しかし大金が絡んでいる為、男達は冷静だ。
「減らず口はいいからさっさと金を渡しな。怪我したくなかったらな」
 男の一人が剣をフィオナに突きつける。しかしその切っ先に殺気はなく、あくまで脅しのようだ。
「‥‥嫌だと言ったらどうする?」
「なに?」
 レグルスの低い声が合図だった。マロースはコアギュレイトで剣を持っている男の動きを封じる。アリオトは男の手から剣を奪うと、用意した縄でその体を縛った。
「おい、逃げるぞ‥‥」
 男は家の中で二人を見張っている仲間に大声で叫んだ‥‥が、声が出ない。フィオナのコンフュージョンで混乱させられ、正反対の行動を取ってしまったのだ。
 動揺する男を捕らえるのは簡単だった。レグルスは当身で転ばせ、縄で縛る。
『後は家の中の一人だけよ。包囲しましょう!』
 フィオナはテレパシーで仲間に順次呼びかけていく。家の周りをぐるりと取り囲んだ後、葵がドアをノックする。
「終わったか‥‥っ!?」
 仲間が戻ってきたと思っていた男はドアの向こう側に広がる光景に絶句した。捕縛され地面に転がっている二人の姿が見える。
「お仲間の所に行く?」
 不敵な笑みを浮かべる葵を突き飛ばし、男は仲間を見捨てて逃げようとした。が、オグマの仕掛けた罠が発動し電撃に襲われる。そのまま気を失う男を仲間と同じように縄で縛り、アリオトはふうと息を吐いた。
「もう安心だね。レグルス、早くシェダルの所に行ってあげなよ」
 アリオトの言葉にレグルスは頷くと、家の中へと足を踏み入れた。

●影
 救出に現れたレグルスの姿を驚いた顔でシェダルは見つめていた。馬祖が拘束を解いてやると、ミラは涙で顔を濡らしながら抱きついてきた。
「シェダルを助けてくれて、ありがとう‥‥」
 血の滲む手首をマロースがリカバーで治療する。
「あなたにとって彼はとても大切な人なのですね」
 馬祖の呟きにミラは答えなかったが、僅かに体を震わせる。その様子を見ていたシェダルは複雑な表情を浮かべていた。
「黒幕は蛇の刺青をした男です。心当たりはありますか?」
 リシーブメモリーのスクロールで犯人の記憶を読み取ったオグマが尋ねるが、誰も首を縦には振らなかった。
「ミラ、大丈夫かい?」
「巻き込んでしまって、ごめんなさい‥‥」
 謝るミラを見つめるアリオトの瞳は優しく、少しだけ切ない色を帯びていた。
「気にしないで。送って行くよ」
 そう言いミラの肩を抱きかかえるアリオト。シェダルの無実は二人が主に話してくれるだろう。
「アリオト、頼んだぜ。ありがとな」
 シェダルに笑顔で答えると、アリオトは家を後にした。
「オレの為に美女が五人も集まってくれただなんて感激だぜ」
 二人の姿を黙って見送った後、シェダルは一人一人に抱きついていく。へらへらと笑っているものの、その頬は痩せこけて痛々しい。
「これに懲りたら女遊びを自重しなさい。あなたがいなかったら誰がレグルス君を止めるのよ」
 フィオナはシェダルのおでこをぴんと指で弾く。
「まだまだ死ねないな。フィオナをモノにするまではね」
 口調は相変わらずだったが、その心中には言葉と裏腹の想いを抱いていた。
 ミラが助かればその後はどうなってもいいと思っていた。むしろそれを望んでいたのだ。空虚な世界で生きていくのに疲れてしまったから。
「‥‥迷惑かけたな、ごめん」
 シェダルは相棒に小さな声で素直に謝る。だが彼にとって自分がなくてはならない存在だとは思えなかった。
 過去を乗り越え誰かを愛せばレグルスは立ち直れるだろう。何故なら自分とは違い、人を愛する事を知っているのだから。
 心の奥に刻み込まれた夕日と滴り落ちる血の色────それは常にシェダルに付き纏う緋色の影。逃れたいと思っているのに、それと同じ色の炎を戦う手段に選んだのは何の因果か。

 数日後、犯人達の惨殺体が発見される。
 彼等が最期に見たものは、醜く嗤う蛇だった。