【お兄様と私】すれ違う二人

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月04日〜05月09日

リプレイ公開日:2008年05月10日

●オープニング

 春になり、日が長くなった。
 水色から薄い青へ移り変わる空の色。その色がだんだんと濃くなっていくのをぼんやりと眺めながら、アリシアはフレッドの帰りを待っていた。
(「今日も夕食はご一緒できないのかしら‥‥」)
 最近のフレッドは帰りが遅い。その事にレミーは「ついに恋人が出来たのですわね!」と喜んでいるのだが、暗い面持ちで帰宅する様は恋人との逢瀬を楽しんでいるようには見えなかった。
 きっと騎士としての仕事で何か悩みがあるのだろうと推測するアリシアだったが、フレッドから発せられる緊迫した空気に声をかけられないでいたのだ。
(「私で力になれるとは思えないけれど、話せば少しは気が楽になるはずだわ」)
 アリシアは華奢な手をキュッと握り締める。今まで守られるだけだった自分が、初めて兄の力になれるのだと淡い喜びを噛み締めながら‥‥。

「心配するな。これは俺の問題だから」
 しかしそんな健気な想いはフレッドの一言によって呆気なく消え去ってしまった。
 短いながらもそこにあるはっきりとした拒絶に、アリシアの体が微かに震える。
「わ、私では‥‥お兄様のお力にはなれないのですか?」
 体だけではなく唇も、そして紡ぎ出す言葉までもが頼りなげに震えている。
 尋ねれば話してくれるものだと思っていた。悩みや迷い、もしかしたら珍しく愚痴など零すかもとさえ。
 しかし帰ってきたのは素っ気ない言葉。そして立ち入るなと言う警告。
「お前が気にする必要はない。気持ちだけありがたく受け取っておくよ」
 そう言い微笑む顔は無理をしているように見えた。いつもは嬉しく思うフレッドの気遣いが今は悲しい。その優しさに他所他所しささえ感じてしまう。
 灯りに照らされたフレッドの端正な横顔をアリシアはジッと見つめる。そこに僅かでもいいから手がかりがないかと探すかの様に。
「ん? どうした? ‥‥もしかしてソースが付いているのか?」
 アリシアの視線に気づいたフレッドは、手の甲で口元を拭う。そしてソースなど付いていなかったことを確認すると、僅かに首を傾げながらアリシアの顔を見つめた。
「最近のお兄様は‥‥とても疲れていらっしゃるように見えますわ」
 フレッドから視線を逸らし、アリシアは膝の上で硬く握られた両の手を見つめながら、思い切って口を開く。少しでも自分が兄を心配しているという事を、そして力になりたいと願っている事をわかって欲しかった。
 アリシアの視線を真っ直ぐと受け止めているフレッドは、小さく「ああ、そういう事か」と呟くと、ナイフとフォークをテーブルに置いた。そのままアリシアの柔らかいハニーブロンドの髪を撫でる。
「出来るだけ顔に出さない様にはしていたんだが、心配をかけてしまっていたんだな‥‥すまない」
 最後の一言がアリシアの胸に突き刺さる。────聞きたいのは、そんな言葉じゃない。
 自分の無力さとフレッドに頼りにされていないのだという事実を思い知らされ、アリシアは泣き出してしまいたい衝動に駆られた。しかし寸での所で踏み止まる。
「兄妹ですもの、心配するのは当然ですわ。どうかあまりご無理はなさらないで下さいね」
 心の内にある寂しさとフレッドに対する自分勝手な要求を悟られないように努めながら、アリシアはふわりと微笑んだ。

(「何て鈍感なのでしょう。我が息子ながら情けないですわ‥‥」)
 二人のやり取りを遠くから眺めていたレミーはじろりとフレッドを睨み付ける。
 数日後には大事な仕事の為、夫と共にここを発たねばならない。とは言えこんな状態の兄妹をこのまま放っておくわけにもいかなかった。
 レミーは大げさな溜息をつくと、後でアリシアとゆっくり話をしようと決めるのだった。

 フレッドの夕食が終わり、2時間ほど経った後。レミーはアリシアの部屋を訪れていた。
 浮かない表情のアリシアにフレッドについて尋ねると、案の定、涙ぐみながら自分の想いを吐き出すかの様に語り出す。
 自分では力になれないのか、何に悩んでいるのか話して欲しいと口にするアリシアに、レミーは穏やかな瞳で口を開く。
「アリシア、あなたが悩みを知りたいと思うのはフレッドの為? それとも自分の為ですの?」
「‥‥えっ?」
 質問の意味がわからず、アリシアはレミーをジッと見つめる。
「フレッドは自分でしか解決できない問題だと言っているのでしょう? 力になれないとわかっているのに、それでも知りたいと思うのはあなたのエゴではなくて?」
「っ!!」
 薄々感づいていた、でも認めたくない自分の我侭さをレミーに見抜かれ、アリシアは唇を噛み締めた。
「あなたの気持ちもよくわかりますわ。でも家族だからといって何もかも話さなければならないわけではないし、何もかも知っているべきだと言うわけでもありませんわよ」
 レミーは優しい口調でそう語り、俯くアリシアをそっと抱きしめる。
「フレッドは私にも何も話していません。そっと見守る事も時には大事ですわよ」
 優しく温かい母の腕の中で、アリシアは静かに涙を零す。しかし言われている事を頭では理解していても、まだ15歳の少女の心は追いつけずにいた。
 そんな娘の様子を震える体から感じながら、レミーは冒険者達に自分が留守の間に兄妹の事を託そうと思うのだった。

●今回の参加者

 ea0286 ヒースクリフ・ムーア(35歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
 ea4267 ショコラ・フォンス(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea5866 チョコ・フォンス(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb5267 シャルル・ファン(31歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ec3680 ディラン・バーン(32歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 ec3876 アイリス・リード(30歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4115 レン・オリミヤ(20歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●サポート参加者

シャフルナーズ・ザグルール(ea7864

●リプレイ本文

●手のかかる兄妹
 冒険者達も保養に同行すると知った時、アリシアはどこかホッとしたような表情を見せた。
「別荘の近くには何があるの? 景色は綺麗? お花は咲いてる?」
「え、えっと‥‥」
 チョコ・フォンス(ea5866)の質問攻めにアリシアは言葉に詰まってしまう。見かねて口を挟むのはチョコの兄であるショコラ・フォンス(ea4267)だ。
「落ち着きなさい。アリシアさんが困っていますよ」
「ご、ごめんなさい。兄様と一緒なのが嬉しくて舞い上がっちゃって‥‥」
 微かに頬を染める妹を見つめるショコラの瞳は優しい。
「‥‥大丈夫?」
 レン・オリミヤ(ec4115)はそっとアリシアの手に触れる。
 その問いにアリシアは「大丈夫」とは言わなかった。友達に嘘をつきたくなかったからだ。
「傍にいるから‥‥」
 レンは遠慮がちにアリシアの手を握った。そのまま二人は歩き出す。繋いだ手からお互いの気持ちがわかるような気がした。
(「ふむ。互いを強く想う仲の良い兄妹だと想ったが、この場合はそれがかえって仇となっていると言う所かね」)
 ヒースクリフ・ムーア(ea0286)は先程から口数の少ないフレッドの横顔をそっと伺う。
 騎士として可憐な少女が悲しむ姿は見たくないのは勿論、若い騎士を導くのは先達としての務めでもあると思うヒースクリフは、お節介を焼こうと決めるのだった。
「フレッドさん‥‥?」
 アイリス・リード(ec3876)は元気のないフレッドに声をかける。
「ん? ああ、馬は元気にしているか?」
「え、ええ」
 咄嗟に笑顔で答えるアイリス。数ヶ月ぶりに会うフレッドは大分疲れているように見えた。そう感じたのはディラン・バーン(ec3680)も同様だ。
(「何か悩みがあるようだが、無理に聞かずに話してくれるのを待つか」)
 ディランはいくら友とは言え何でも話せるというわけではないと思っていた。
「俺は余り顔を出せないと思う。すまないがアリシアの相手をしてやってくれないか?」
「そんなに仕事忙しいの? 1日くらいは皆とゆっくり過ごせる時間取れるよね? ね?」
 と、急に現れたチョコはフレッドの瞳をジッと覗き込む。
「あ、ああ。たぶん‥‥」
 上目遣いで迫ってくる(?)チョコにさすがのフレッドもたじろいでいる。
「多分? そんなの嫌よ。せっかくなのに寂しいじゃない!」
「わ、わかった。だからもう少し離れてくれ」
 困った顔のフレッドにチョコは念を押す。
「約束よ!」
 二人のやり取りにアリシアは表情を曇らせる。
(「私もあれくらい素直になれたらいいのに‥‥」)
 フレッドから距離を置いている彼女の姿に、一同は二人の間に何かがあった事を察するのだった。

 別荘に着くとフレッドは早速自室に篭ってしまった。持ち込んだ仕事は一人で片付く量なのかと案じたシャルル・ファン(eb5267)はドアをノックする。
「フレッドさん、入りますよ」
 返事を待たずに足を踏み入れると、大量の書類と書籍に囲まれたフレッドの姿があった。
「‥‥これを一人で終わらせるつもりなんですか? お手伝いしますよ」
「気持ちは嬉しいが、依頼なんだからそこまでする必要はないぞ」
 相変わらず鈍感なフレッドにシャルルは苦笑を漏らす。
「友人としてあなたの力になりたいんです。ご迷惑ですか?」
 その言葉にフレッドは困った顔を見せる。友という関係に託けて甘えてしまっていいものかと判断しかねている様だ。
「折角の保養を仕事で潰す気かい?」
 突如聞こえてきたヒースクリフの声に視線を移すと、扉の向こうにディランとショコラの姿もあった。
「職務に忠実な点は好感が持てるが、休むべき時は休む事も職務の内だよ? いざと言う時に力が出せないと困るからね」
「だが、皆の手を煩わせるわけには‥‥」
 珍しく歯切れの悪いフレッド。ショコラがダメ押しの一言を投げかける。
「時には抱え込まずに誰かを頼ることも必要です。ほら、皆手伝う気満々ですよ」
「私に見られることが好ましく無い物は省いてくれ」
 ディランは散在した書類を纏め始める。有無を言わさぬこの行動にフレッドは暫し呆気にとられた後、
「よろしく頼む。皆、ありがとう」
 と、深々と頭を下げた。

 家事に勤しむアイリスを残し、3人の乙女は別荘の周りを散策していた。
 湖の畔に着くとチョコは美しい風景をスケッチし始める。レンとアリシアは色とりどりの野花を摘み、花束や花冠にして遊んでいた。
「何か元気無いね? どうかしたの?」
「‥‥喧嘩、した?」
 柔らかい草の上に腰をかけ、2人はアリシアに尋ねる。真ん中にアリシアを挟み、ジッと彼女の言葉を待った。
「お兄様のお力になりたいと思っているのですけれど、私では役不足のようですわ」
 アリシアはそれを皮切りに切々と胸の内を語り出す。二人は黙って彼女の話に耳を傾けていた。
「何だろうね、男が家族に言えない事って。やっぱり仕事の悩みかしら?」
 チョコの問いにアリシアは静かに頷く。
「あたしも同じ立場だったら、聞けない‥‥かな?」
「お二人はとても信頼し合っている様に見えましたわ。聞けないだなんて‥‥」
「近くにいるからこそ聞けない‥‥そういう事もある、と思う‥‥」
 レンの呟きにチョコは少しだけ寂しそうな顔を見せた。

●真実
 別荘で過ごす2日目。
「お疲れの様ですが、何か悩み事でも?」
 アイリスの問いに彼女の愛馬ローラスを撫でていたフレッドの手が止まった。
「アリシアにも同じ事を聞かれたよ。そんなに顔に出ているのか?」
「ええ。放っておけません。その、ゆ‥‥友人、として‥‥」
 友である事に嬉しさと気恥ずかしさを感じ、アイリスは小声になる。
「そう思ってもらえてありがたいな。だが、心配は無用だ」
 頑なな言葉にアイリスは瞳を悲しみに揺らめかせる。
「‥‥お1人で抱え込んでしまう姿は周囲には少し、辛いのです」
 謝って欲しいのではなく、頼って欲しいのだとアイリスは続ける。
「全てを話せなくとも、疲れた時に一杯のお茶を頼む、そんな些細な事でもいいのです」
「そうか、そうだな‥‥」
 フレッドはそう呟くと草の上に体を横たえる。
「貴女の傍は落ち着くな。悪いが、少し休んでもいいだろうか?」
「え、ええ」
 フレッドの何気ない呟きに動揺するアイリス。
「穏やかさの中では曖昧で夢の様だ。最も強く感じるのは戦いの最中、か‥‥」
 眠りに落ちる前の彼の本音。それはアイリスの胸に得体の知れない不安を齎すのだった。

 休憩から戻ったフレッドは男性陣と共に仕事を再開する。
 シャルルの読み通り、騎士としての仕事はフレッド一人で呆気なく終了した。問題は一個人として調査している方である。
 作業を進める内に全員が疑念を募らせる。一体フレッドは何を調べようとしているのか、と。
 しかしそれについて尋ねる者はいなかった。今はその時ではないとわかっているから。
「明日は茶会を開くそうだよ。妹君のお相手をしてきたまえ」
 ふと思い出したかの様に口にするヒースクリフ。
「アリシアさんもチョコと一緒にお菓子を作るんだと張り切っていましたよ」
 別荘に着いてから食事係を引き受けているショコラの言葉に、フレッドは「そうか」とだけ答える。いつもなら大喜びしそうなものだが。
「さすがのあなたも、自分のせいで彼女に元気がないとわかっているようですね」
 容赦ないシャルルにフレッドはしゅんと項垂れる。
「何も話してくれない事が彼女の不安を募らせているんだ。話せる所までは話すべきだと思うぞ」
 ディランは強い口調でそう提案する。
「同じ事をされたら、あなたも寂しく感じるでしょう?」
 シャルルの問いに押し黙るフレッド。
「それは最もだ。だが、今はまだ‥‥話すわけにはいかない」
 深刻な面持ちのまま短く呟き、それきり口を噤んでしまったフレッドに一同はそれ以上言及する事が出来なかった。

●束の間の平穏
 麗らかな午後にお茶会が開かれた。
 先程からふりふりエプロンを身に着けたレンが、甲斐甲斐しく紅茶や皆が用意したお菓子を運んでいる。
(「トナカイ味の保存食、結局怖くて食べられなかった‥‥」)
 一日分だけ食糧が足りなくなったレンは皆に少しずつ食事を分けてもらったのだ。
 昨夜はチョコが提供した新巻鮭を美味しく頂いた。その恩に報いる為、必死に働く健気なレン。
「アリシア作のクッキーよ♪ た〜んと召し上がれ!」
 チョコは山盛りのクッキーをフレッドの目の前に差し出す。あまりの多さにフレッドは引き攣る‥‥わけもなく、うっすらと嬉し涙を浮かべている。感激に震える手でクッキーを口に運んだ。
「‥‥うまい。今まで食べた中で1番だ」
「そんな、大げさですわ‥‥きゃっ!」
 恥ずかしそうに俯くアリシアをフレッドは徐に強く抱きしめる。
「お、お兄様?」
「アリシアがいるから俺は頑張れる。ただいてくれるだけで、充分だ」
 『いてくれるだけでいい』
 ──これ以上に嬉しい言葉があるだろうか。
「今、ある事を調査している。だがその内容はまだ言えない。もう少し待っていてくれないか?」
 アリシアはフレッドの腕の中で小さく頷く。
「‥‥ありがとう」
 欲しかった言葉を与えられ、アリシアは堪え切れずに泣き出してしまう。
 やがてシャルルが美しい歌声で清らかな、それでいて何処か切なさを帯びた歌を歌い出す。
 兄妹の仲直りを祝福するその歌には、いつかは離れ離れになる二人に今を大事にしてもらいたいというシャルルの想いが籠められていた。
(「姉さんは今頃、どうしているのでしょうか‥‥」)
 アイリスは姉を想い、そっと瞳を閉じた。
 
「これでいい?」
 依頼最終日。チョコは小さなアリシアの似顔絵をフレッドに手渡す。
「そっくりだな。ありがとう」
 フレッドは大事そうに似顔絵を懐に仕舞う。
「離れていても、これで頑張れる‥‥」
 その呟きに胸のざわめきを覚えるチョコだったが、何故か尋ねる事が出来なかった。