【色の無い世界】青藍の鎮魂歌

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 18 C

参加人数:7人

サポート参加人数:4人

冒険期間:05月13日〜05月19日

リプレイ公開日:2008年05月19日

●オープニング

 むせ返る様な不潔な臭いが充満した狭い部屋の中。
 そこが私の『家』だった。

 気持ちの悪い色をした虫に刺された腕が赤く腫上がって、力が入らない。
 こんな状態で明日も働けるだろうか。
 私が頑張らないと、皆があいつ等に虐められる。
 もうこれ以上、目の前で人が殺されるのは見たくない‥‥。


 少し肌寒い早朝の風に、少女の黒髪が靡く。
 顔にかかる髪を手で押さえながら、華奢な少女は海の様に深い青色の瞳で眼前の小さな墓標を見つめていた。
 可憐な野花が手向けられた墓標には名前も亡骸も無い。少女が亡くした多くの仲間の為に建てたものだった。
「皆、私は精一杯生きてるよ。絶対に生きる事を諦めたりしないから」
 少女は仲間の名前を愛おしむ様にゆっくりと呼んでいく。一人一人の顔を思い浮かべながら。
「近い内に新しい依頼を受けるの。成功するように見守っていてね」
 傷だらけの細い指を胸の前で組み合わせ、少女は瞳を閉じる。すると「頑張れ」という声が聞こえたような気がして、依頼に赴く緊張感が薄れていくのを感じた
 暫しそのまま己が心の内で仲間との対話を楽しんでいた少女は、背後から聞こえる足音に振り返る。
 視線の先にいた人物の顔は朝日に照らされてよく見えなかったが、長身の逞しい体躯からそれが誰であるかは瞬時に判断できた。少女の口元が僅かに緩む。
「ミルファ、探したぞ」
 草を踏みしめながらゆっくりと近づいてくる男は名をレグルスと言った。最もそれは通り名の様なものであり、本名ではない。それはミルファと呼ばれた少女も同様だった。
「おはよう、レグルス。探しに来てくれたの?」
「ああ。具体的な依頼内容を説明しようと思ってな。さあ、帰ろう」
 レグルスは漆黒の瞳を細めて笑う。陽だまりの様に優しくて温かいこの笑顔がミルファは大好きだった。それが今、自分だけに向けられている事が嬉しくて堪らない。
「うん、帰ろう」
 ミルファは満面の笑みでそう答えると、レグルスと共にアジトに向けて歩き出す。
 彼女もレグルスと同じく、名もなき義勇軍の一員だった。
 
「痩せこけた地にある寒村にレイスが現れ、村人を襲っているらしい。今の所は憑依された村人の報告は受けていないが、村に到着した時にどうなっているかはわからないな」
 レグルスは村の地図と依頼内容を纏めた書面を交互に見つめ、険しい顔で呟いた。
「お前、本当に一人で大丈夫なの?」
 机に頬杖を付きながら尋ねるシェダルにミルファは頷いてみせる。
「銀の武器もいくつか用意したわ。大丈夫よ」
「どーだかな。無鉄砲なんだよ、お前は。絶っ対に無茶すんなよ」
 ミルファに念を押し、シェダルは部屋を後にした。相変わらずの口の悪さにレグルスから小さな溜息が漏れる。
「あれでも心配しているんだ。誘拐犯疑惑がかけられた時にお前が庇ってくれたのを知って、感謝していたみたいだぞ」
「‥‥仲間だもの、当然の事をしただけよ」
 照れくさそうに俯いたミルファの髪が肩の上で揺れる。
「こちらの依頼が終わったらすぐに駆けつける。状況が厳しくなったら無理をせずに待っていてくれ」
 レグルスが受けたのはレイスが現れた村からさほど離れていない場所での依頼だった。馬を飛ばせば1日とかからないだろう。
「ありがとう。でも、自分の依頼に集中して」
 ミルファはレグルスの申し出をやんわりと断った。自分のせいで彼に負担や迷惑がかかったり、傷ついたりするのが嫌だったから。
 退治すべきレイスは1体のみ。戦いより混乱した村人を落ち着かせる方が大変だろうと口にするミルファに、レグルスは嫌な胸騒ぎを覚えていた。

 ‥‥そしてそれは、ミルファが村へと経った数日後に現実のものとなった。
 新たに2体のレイスが現れたという報告を受け、レグルスは急ぎ冒険者ギルドに応援要請の依頼を出すのだった。

●今回の参加者

 ea6605 アズライール・スルーシ(21歳・♀・ジプシー・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea7242 リュー・スノウ(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb9226 リスティア・レノン(23歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ec1007 ヒルケイプ・リーツ(26歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 ec1110 マリエッタ・ミモザ(33歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ec3466 ジョン・トールボット(31歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ec4309 狩野 幽路(32歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

コバルト・ランスフォールド(eb0161)/ 風雲寺 雷音丸(eb0921)/ 綾小路 瑠璃(eb2062)/ レア・クラウス(eb8226

●リプレイ本文

●邂逅
 凛々しい顔に焦りの色を浮かべ、ジョン・トールボット(ec3466)はしんと静まり返った村の中を駆ける。レイスが3体に増えた事を知らない少女ミルファを一刻も早く探し出す為だ。人影の無い村の上空を数匹の鴉が泣き喚きながら旋回する様は不気味だったが、ジョンはさして気にも留めずに捜索を続ける。
 小さな村を一周し墓地が見えてきた時、その足が止まった。そこに佇む少女の姿を発見したからだ。
 直感的に彼女がミルファだと思ったジョンはゆっくりと墓地に近づく。二人の距離が徐々に縮まる最中、砂利を踏みしめる音に少女が振り返った。
「‥‥誰?」
 夕暮れの空よりも深い青色の瞳がジョンを捉える。弓の様に張り詰めた強さを持ちながら、何処か寂しげな憂いを秘めたその瞳にジョンは言葉も無く、魅入られる。
 暫し無言で見つめ合う二人の間を一陣の風が吹き抜けた刹那、ふと我に返るジョン。努めて冷静さを装い、口を開く。
「私はレグルス殿に頼まれて救援に馳せ参じたジョンと言う者だ。貴方がミルファ殿か?」
 多少だが警戒心を見せていたミルファの表情が、レグルスの名を聞いた瞬間にふっと緩んだ。まるで穏やかな海の様に。
「貴方が経った後、レイスが3体に増えたのだ。‥‥無事でよかった」
 ミルファが小さく頷いたのを確認したジョンは、精悍ないつもの顔からは想像が付かない位の優しい笑顔を見せた。それを目にしたミルファは何故か切なそうに瞳を揺らめかせる。
「‥‥その顔、色んな人に見せない方がいいわ」
 言われた事の意味がよくわからないジョンがミルファに尋ねようとしたその時だった。
「ジョンさーん!」
 遠くからヒルケイプ・リーツ(ec1007)の声が聞こえた。振り返ると、彼女の隣にリスティア・レノン(eb9226)の姿もある。
「あなたがミルファさんですか? レグルスさんに頼まれて応援に来ました、ヒルケイプです」
「わたくしはリスティア・レノンと申します。よろしくお願いしますね」
 笑顔で自己紹介をする二人の顔を交互に眺めながら、ミルファはやや戸惑ったような表情を見せる。
「‥‥3人とも、私の為に来てくれたの?」
「はい! でも私達だけじゃありませんよ。他の方達とも早く合流しましょう!」
 ヒルケはミルファの問いに元気よく返事をすると、彼女の手を取って駆け出した。強引なヒルケに引っ張られながら、ミルファははにかんだ顔で小さく呟く。
「ありがとう。皆の事は私が守るから‥‥」

 程なくして冒険者達とミルファは村長宅で作戦会議を行っていた。
「占いが示す事件の発端は『教皇』の逆位置。暗示するのは『不調和』『妬み』だ」
 アズライール・スルーシ(ea6605)は占いの結果を淡々とした口調で告げる。
「友人の占いでは『不実な男』が対象と出たそうですわ」
 リスティアは出発前にレアが教えてくれた言葉を思い出していた。今回の一件には男女の痴情の縺れが関係しているようだ。
「憑依された方を救う手立てはそう多くありません。そうならない様に急ぎませんと」
 可憐な顔を曇らせるリュー・スノウ(ea7242)に全員が頷く。
「被害を少なくする手立ても占ったみた。結果は『節制』の正位置。『協調』『受容性』だそうだ」
 その結果を誰もが仲間全員で協力して取り組む事だと思っただろう。だが今回の事件に疑問を持つマリエッタ・ミモザ(ec1110)はもっと深い意味で捉えていた。
(「受容性‥‥許し受け入れるのは村人が犯した罪、とか‥‥」)
 神妙な面持ちで考えに耽るマリエッタに狩野幽路(ec4309)が声をかける。
「どうしました? もしかして幽霊が苦手なんですか?」
「へっ? い、いえ、大丈夫ですよ! へっちゃらです!」
 推測の域でしかない考えを振り払い、マリエッタはいつもの笑顔を見せるのだった。
 
●討伐
 神出鬼没のレイスから村人達を守るには一箇所に集まってもらった方が安全だという結論に達し、早速説得を開始する。
 リスティアのリヴィールエネミーの巻物で村の中に敵愾心を向けている人物はいないとわかったが、日が落ちる迄に全員を避難場所である集会所に集めなければ危険である。
「この中にいればレイスは近寄れません。安心して出て来て下さいませんか?」
 ホーリーライトの結界の中に身を置きながら懇願するリューに、意外にも村人達は素直に従った。いつレイスに襲われるかと怯えていた村人達に彼女の姿は美しい救世主として映ったのだろう。
「私達が必ずレイスを退治します。お辛いでしょうが、それまではこの結界から出ないようにして下さい」
 ヒルケは集会所に集まった村人達に呼びかける。大人達は大分落ち着いた様子だったが、幼い子供達は相変わらず泣きじゃくっている。
 そんな子供達に魔よけのお守りを渡すヒルケ。すると初めて見るお守りがよっぽど珍しいのか、子供達は恐怖を忘れて取り合いを始めてしまった。
「大人より子供の方が案外逞しいのかも知れませんね」
 ヒルケと共に村人達の護衛に就くリスティアは穏やかな瞳で子供達を見つめる。
「レイスだ! レイスが現れたぞ!」
 村人の叫びを聞いたミルファが真っ先に外へと飛び出した。慌ててその後をマリエッタとジョンが追う。
(「このレミエラをミルファさんにお貸ししようと思ってましたけど、装着する時間はなさそうですね」)
 マリエッタはそっとレミエラをポケットの中に仕舞った。レイスが現れた今、半日も待っている余裕はない。
 闇夜に目を凝らす3人の目に、ゆらゆらとたゆたう青白い炎が飛び込んできた。それと同時に聞こえる、微かな声。
『憎い‥‥あの男が憎い‥‥』
 それはぞっとする様な恨みに満ちた声だった。思わず後ずさるミルファに気づいたジョンは剣を構え、レイスに斬りかかる。

 バシュッ!

 魔力を帯びた剣に確かな手応えがあったが、一太刀で滅することは出来なかった。
「悪霊でも斬れない事はないのだな‥‥」
 低い声で呟くジョンの目に雷光の煌きが映る。マリエッタが唱えたライトニングサンダーボルトが止めを刺したらしく、青白い炎は瞬く間に闇夜に消えていった。
『愛してたのに‥‥どう、して‥‥』
 細く悲しげな声が胸に響く。倒したのは男に裏切られた女のレイスのようだ。力なく崩れ落ちるミルファをマリエッタは咄嗟に抱きとめる。
「‥‥何も出来なかった。身を挺してでも守るつもりだったのに」
 真に恐ろしかったのはレイスの存在そのものではなかった。深い恨みと嘆きに満ちたあの声に、心臓を鷲掴みにされた気がしたのだ。
「誰かを護るとは己が最後まで立ち続ける事‥‥皆を護る為に傍で手を貸して頂けますか?」
 ミルファが無茶をしないかと後方で見守っていたリューは、悔しそうに俯く彼女に声をかける。
「前衛は私達男連中に任せて、ミルファお嬢さんは背中を守って下さい。頼りにしてますよ」
 灯りを手にした幽路は色っぽくウィンクをしてみせた。少しだけ和んだ空気にミルファは瞳を潤ませながら微笑む。
「ありがとう、皆‥‥」
 その夜は新たなレイスが現れる事はなかった。明晩に供え、一同は交代で仮眠を取るのだった。

●真相
 村人が避難してから2日目の夜。リスティアはメロディーの巻物を使い、村人達に優しく語りかけていた。

 −闇は突然やってくる、それは理不尽なものかもしれない−
 −でも大丈夫。明けない夜がないように、恐い事は今だけだから−
 −今は勇気をもって、顔を上げましょう−
 −私達は夜明けを告げる魔法使い、太陽の訪れと共に怖い夜は明けるでしょう−

 村人達は皆、安らかな顔で耳を傾けている。ただ一人、若い男を除いては‥‥。

 一方、討伐に向かった者達はレイス2体と対峙していた。
「死者は大人しく眠ってくれ。これ以上悲劇を撒き散らすな‥‥さあ、当てられるものなら当ててみろ!」
 灯りも持つアズライールは華麗な身のこなしでレイス達の注意を引き付ける。肉親を魔物に殺された過去を持つ彼女は、自分と同じような犠牲者を増やしたくないと強く思っていた。
『許せない‥‥サリナス‥‥許せない‥‥』
 リューの唱えたホーリーの聖なる光に包まれ、悲しい魂は男の名を恨めしそうに口にしながら跡形も無く消えていった。
(「サリナス? 確かそんな名前の若者がいたような‥‥」)
 マリエッタの胸の前に5つの光点が浮かび上がる。レミエラで強化したライトニングサンダーボルトを唱えながら、酷く怯えた様子の男の事を思い出す。
「あの世でいい男を見つけて下さいよっ!」
 ミルファの援護射撃を受け、止めをさせると確信した幽路の切っ先が美しい弧を描くのとほぼ同時にレイスは消滅した。
『妻は私‥‥サリナスは、私のもの‥‥』
 夜の闇に溶けていく亡霊の言葉。3体のレイスは全てが女性であり、サリナスという男に関係のある人物のようだった。
「最後のレイスはどうやら妻らしいな。『妬み』と『不調和』とは男の浮気による夫婦仲の悪化、だろう」
「ですが全て明らかになったわけではありません」
 ぽつりと呟くアズライールにマリエッタは初日に感じた疑問が次第に明らかになっていくのを感じていた。

 翌日。一同はサリナスの元を訪れ、事の顛末を理解する。それは愚かな男の過ち、この一言に他ならない。
 サリナスの浮気相手2人を妻が嫉妬のあまり殺害し、自分までも手にかけようとした妻と揉み合った際、誤って刺してしまったのだそうだ。
 出会った時と同じように墓地に佇むミルファをジョンはそっと見守っていた。
「‥‥あなたの笑顔はとても優しいから、特別な人以外には見せちゃ駄目よ」
 ミルファはそう言うと、少しだけ寂しげな顔でジョンに振り返る。
「同じ顔をして笑う人を知ってるわ。私の‥‥とても大事な人なの」
 ジョンは突然の告白にただ目の前の少女を見つめる事しか出来なかった。
 辛く実らぬ恋をしていると、解ってしまったから────。