【儚き双珠】シエラの悪夢

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月15日〜05月20日

リプレイ公開日:2008年05月23日

●オープニング

「おっ、シエラ! いい依頼が入ってきたぞ。受けてみるか?」
 冒険者ギルドに姿を見せたハーフエルフの冒険者シエラに、顔馴染みの受付は笑顔と共に一枚の依頼書を差し出した。
「ふん。時化た依頼だったら承知しないぞ」
 可愛げもなく悪態をつくと、シエラは受付の手から依頼書を奪い取る。
 シエラは真っ先に報酬金額に目を通した。そこに書かれている額は悪くない。むしろ高額の部類に入るものだった。
 続いて依頼場所に目を移す。キャメロットからそう離れていない場所だと確認した瞬間、シエラの中でこの依頼を受けようという決心が9割方固まった。
(「これだけの報酬が手に入れば、古くなった家を補強できるな。‥‥余った金でシルフィに新しい服でも買ってやるか」)
 以前は妹であるシルフィと共にキエフに越す為に、かなりの無理をして依頼を受けていた。しかし今は引越し目的で貯金をしているのではない。その結果として生活に多少だがゆとりができ、同時に心にも豊かさが生まれた。
(「無我夢中だったあの時はこんな事を思い付きもしなかったのにな。これもあいつらのお陰か」)
 冒険者達と何度か触れ合う事で、シエラの頑なな心に少しずつ変化が訪れていた。相変わらず住んでいる村の住人には余所余所しいが、少なからず冒険者達の事は信頼し、頼りにしているようである。
「退治するモンスターも大した事ないし、ちゃっちゃと終わらせて早くシルフィちゃんのとこに帰ってやりなよ」
 受付は依頼書に見入っているシエラの肩を気安くぽんぽんと叩く。いつもならここで「触るな」と言う声と共にシエラの鉄拳が飛んでくるのだが‥‥。
「‥‥この依頼は止めておく。他のを見せてくれ」
「へっ? 何で?」
 不思議に思った受付がシエラの顔を覗き込むと、その顔は今にも倒れそうなくらいに青ざめていた。討伐モンスターが何だか知っている受付はにやーっと意地の悪い笑みを浮かべると、わかっているのにシエラに尋ねる。
「さっきまであんなにやる気だったのに、急にどうしたんだ? まさかシエラともあろう者がジャイアントマンティス(大蟷螂)が怖いだなんて事、ないよなぁ」
 
 びくっ!

 まるで図星を指摘されたかのように、シエラの体が大きく震えた。しかし‥‥
「そっ、そんなことはない。虫が怖くて冒険者がやってられるか!」
 と、すぐさま必死で反論し始める。‥‥逆効果だというのに、何ともわかりやすい。威勢だけはいいが、顔は相変わらず青いままだ。
 受付は普段の仕返しとばかりに、次の依頼書をシエラに差し出した。
「ふうん。じゃあこっちのチョンチョンの大群退治はどうだ? 依頼主が貴族だから、報酬はたんまりとはずんでくれるみたいだぞ」
「チョンチョンの‥‥大群!?」
 その光景を想像したのだろうか。シエラは「うっ」と口元を押さえると、その場に蹲ってしまった。
「男勝りのお前が虫嫌いだなんて、案外可愛い所もあるんだな」
「う、うるさいっ! 今日はもう帰るからな」
 ともすれば捨て台詞とも取れる言葉を残し、シエラは覚束ない足取りで冒険者ギルドを後にした。
 後にこの受付は倍返しでシエラに懲らしめられる羽目になるのだが、それはまた別のお話である。


 しかし悲しいかな、村へと帰ったシエラを待っていたのは可愛い妹シルフィの残酷なお願いだった。
「お姉ちゃん、あの沼に連れてって欲しいんだけど、ダメかな?」
 シルフィの言う『あの沼』がどのような所なのか知っているシエラの顔から、見る見る内に血の気が引いていく。
 シエラの記憶が確かならば、あそこはジャイアントトード(イボイボがいっぱいの大蛙)の巣窟である。その光景を想像したシエラはくらっと気を失いそうになる。
「な、何でそんな所に行きたいだなんて言うんだ?」
 しかし姉の沽券を守る為、必死で気丈さを装うシエラ。その問いにシルフィは可憐な顔を曇らせる。
「ライラさんが山菜探しに森に入った時、うっかり沼の近くで結婚指輪を落としちゃったんだって」
 何も森の奥深く、しかもあの沼の近くまで欲張って山菜取りをしなくてもいいじゃないか、とシエラはライラを恨んだ。
「大事な指輪だから、ライラさんすごく困ってて‥‥ねえお姉ちゃん、一緒に捜しに行こうよ」
 シルフィは潤んだ瞳でシエラに懇願する。聞いてやりたいのは山々だが、一緒に行ったら蛙相手に気絶する無様な姿をシルフィに見られてしまう。上手く断らなければ‥‥。
「沼まで山菜を取りに行くだけの度胸があるんだ。一人で探しに行けるだろう?」
「大きな蛙の大群にびっくりして、その時に指輪を落としちゃったんだよ? 一人で行けるわけないじゃない」
「そ、それもそうか‥‥じゃなくて! とにかくあたしは嫌だ。行かないぞ」
 シルフィの言い分に納得しかけたシエラだが、必死で沼に赴く事を拒絶する。
「お姉ちゃんがおねしょした時、ライラさんは黙っててくれたよね? その恩返しだと思って、ね?」
「お前、そんな大昔の話を今さら言い出すだなんてずるいぞ!? 行かないものは行かないからなっ!」
 すっかり忘れていた過去の恥ずかしい思い出を蒸し返され、シエラは顔を真っ赤に上気させる。青くなったり赤くなったり、忙しい娘である。
「‥‥わかった。お姉ちゃんが行かないなら私一人で探してくる」
 何を言っても首を縦に振らないシエラにシルフィは痺れを切らし、きびきびと外出の準備を始める。こうなったシルフィは頑固で絶対に折れようとしない。
「ああもうっ! 行くよ、一緒に行けばいいんだろ!?」
「本当? お姉ちゃん、大好き!」
 自棄になり叫ぶシエラに、シルフィは無邪気な笑顔で抱きつくのだった。ちなみにこれは作戦ではない。彼女は天然の子悪魔さんなのだ。
 
 数日後、冒険者ギルドにシエラからの依頼が張り出される。
 万が一自分が気絶した時にシルフィを守って欲しくて出した依頼なのだが、そんな事は口が裂けても誰にも言えないシエラだった。
 勇敢で凛々しいファイターのシエラが苦手なもの────それは虫を始めとした気持ち悪いもの全般‥‥である。

●今回の参加者

 ec4115 レン・オリミヤ(20歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec4163 ミリア・タッフタート(24歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ec4311 ラティアナ・グレイヴァード(14歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4318 ミシェル・コクトー(23歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ec4461 マール・コンバラリア(22歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)

●リプレイ本文

●乙女だらけの指輪捜索
 ぽかぽか陽気の春の日。村の入り口でシエラとシルフィは冒険者達を待っていた。
「いいお天気だね、お姉ちゃん」
「ああ‥‥」
 にこにこと上機嫌のシルフィに対して、シエラはこの世の終わりの様な悲壮感漂う顔をしている。
「わーい、シエラさんだ、シルフィちゃんだ。お久しぶりー!」
 大声で姉妹の名を呼び、物凄い速さで走ってくるのはミリア・タッフタート(ec4163)だ。がばっと勢いよく二人に抱きつく。
「‥‥具合、悪い?」
 やや遅れて姉妹の元へ辿り着いたレン・オリミヤ(ec4115)は心配そうな顔で元気のないシエラのおでこに触れる。
「どこも悪くはない。ちょっと寝不足でさ」
 シエラは苦笑すると、レンの頭をぽんぽんと優しく叩く。
「あら、がさつなシエラさんが寝不足だなんて意外ですわ」
 可愛らしい声で嫌味を言うのはミシェル・コクトー(ec4318)である。見目麗しい彼女はいぢわるで素直じゃないのが玉に傷。今だって久しぶりの再会が嬉しいのに、つい憎まれ口を叩いてしまうのだ。
「うふふ。素直になればいいのに、ミーちゃん♪」
 そんなミシェルをからかうマール・コンバラリア(ec4461)の笑みは小悪魔的だ。カッと顔を赤くし、ミシェルは猛抗議を開始する。
「わ、私の事はミシェルさんとお呼びなさいな!」
 ‥‥抗議する点がズレてますよ、ミシェル様。
「情報収集はこのミリアさんにまっかせなさーい! レンさん、レッツゴー!」
 まだくわしい話を聞いていないと知ったミリアは、ライラに話を聞きにレンを伴って村の中へと駆けて行く。
「今の内に持っていく物を点検するか」
 シエラの提案に三人は頷くと、ごそごそと荷物袋を漁り始める。情報収集組が帰って来た後、乙女達は村を発った。

 数時間後。乙女達は沼に辿り着き、早速指輪を探し始める。
 ライラの話によると指輪はごくシンプルなデザインで、沼の畔の辺りで落としてしまったらしい。

 ──げこげこ。

「んもう! 足元がぬかるんで歩きにくいですわ!」

 ──げこげこ。

「この辺りのはずなんだけどなぁ」

 ──げこげこ。

「ティオ、頼りにしてるからね」

 ──げこげこげ‥‥

「うるさいっ! 鳴き止め、蛙共!!」
 エンドレスな蛙達の大合唱についにキレたシエラに、近くにいたレンは驚いて尻餅をついてしまった。
「あう‥‥べとべと」
「す、すまない。立てるか?」
 シエラは慌ててレンの手を引っ張り、立ち上がらせる。
「洗って干せば、平気」
 レンは申し訳なさそうな顔をしているシエラに微笑み、マントを脱いだ。惜しげもなく晒されるグラマラスな肢体に嫉妬するミシェルだが‥‥
「はうっ! ま、眩しいですわ!」
 薄着の下の豊満な胸を直視できない。よろめき後ずさる彼女の頭が何か柔らかい物に触れる。

 ぼよ〜ん。

「こ、これはまさか‥‥」
 驚愕の表情で振り返るミシェルの目に映ったのは、豊かなシエラの胸。村へと向かう途中のおしゃべりで散々自らのスレンダーボディ(彼女曰く、非ぺったん)に屈辱感を味わってきたミシェルの唇がわなわなと慄く。
 ここまでに四連敗。アイデンティティーの確立にはシルフィに望みを賭ける他ない。ミシェルはシルフィの胸に手を伸ばし‥‥掴んだ!

 むにゅっ。

「そ、そんなっ‥‥」 
 がっくりと膝を付くミシェル。勝敗は決したらしい。
「おい、ふざけてないでとっとと探して帰る‥‥うわあぁぁ!!」
 
 びょい〜ん!

 突如目の前に飛んできた大蛙に情けない声を上げ、シエラはレンに抱きつくと真っ青な顔でぶるぶると震えだす。しかし更なる試練が彼女を襲う。
 1・5mの体がゆっくりと宙を舞い、シエラの顔に‥‥べったしと張り付いたのだ。
 全員が唖然とする中、大蛙を顔に貼り付けたまま、シエラは泡を吹きながらぱたりと倒れてしまった。
 何よりも恐れていたシルフィの目の前で気絶すると言う失態を犯したシエラ。不憫でならない‥‥。

●デスクッキング再び
 蛙の声がうるさくて眠れないだろうというレンの提案で、一同は沼から離れた場所で野営を行っていた。初日は何の成果も得られず、解ったのはシエラが蛙が苦手と言う事だけである。
「シエラさん、大丈夫? 無理しないでね?」
 優しく気遣うミリアにシエラは大人しく頷く。全員に痴態を晒した恥ずかしさからか無口である。
「私も蛙さんってちょっと苦手なのー。だって触るとべたべたするんだもん。シルフィちゃんは平気?」
 ミリアが摘んできた毒草入りの鍋をかき混ぜながら、マールはシルフィに尋ねた。それを耳にしたシエラはマールを睨みつける。
「も、って何だよ。あたしは蛙なんて怖くないぞ。いきなり張り付いて来たら誰だってびっくりするだろ!」
「ムキになっちゃって、シエラさんったら可愛いー♪」
 くすくすと笑う鈴蘭の小悪魔さん。往生際の悪いシエラをからかうのが楽しくて仕方ないようだ。
「あの、ミシェルさんもしびれ薬を作ってるんですか?」
 皆から少し離れた場所でぐつぐつと何やら煮込んでいるミシェルにシルフィは恐る恐る声をかける。
「ええ。私の方がミリアさんのより効きましてよ。くくく‥‥」
 シルフィは思い出す。確かこれには毒草の他にさんま、団子、スイカ、‥‥そして靴下が放り込まれていたはず。
「貧乳の恨み、思い知るがいいですわ!」
 ‥‥蛙達には何の罪もないのに。

●百合の花咲く夜
 捜索2日目。
「ここにもないかぁ」
 鏡で太陽の光を反射させて、沼の辺りに光る物がないか根気よく探していたミリアはふうと溜息をつく。
「お、重〜い」
 沼の上空を飛んでいるマールが手にする柄を長くした棒つき網は沼の泥を根こそぎさらってしまい、ずっしりと重い。
「‥‥あ、来た」
 ミリア作のしびれ薬を塗ったパンを沼の周りに撒き、様子を伺っていたレンの目の前に一匹の大蛙が現れた。長い舌でパンを丸呑みした蛙に変化は‥‥ない。
「むしろ元気になったかも‥‥」
 蛙を撫でながらレンが「可愛い‥‥」と呟いたのは多分気のせいだろう。とにかく、毒草だけでしびれ薬を作るのは中々難しいようだ。
 これだけ探してもみつからないとなると、残るは‥‥
「蛙のお腹、かなぁ」
 ぽつりと呟くマールにシエラの顔が引き攣る。それを目にしたミシェルは魔女の妖笑を浮かべるのだった。

「‥‥視えますわ、闇に沈まんとする貴女が」
 夕食後、占い師に扮したミシェルはそれらしい口調でシエラに語りかける。最近始めた占いでシエラに暗示をかけ、蛙嫌いを克服させようという作戦らしい。
「苦手克服にはお呪いのキスを受ければだいじょ‥‥」
「‥‥わかった」
「話は最後まで聞きなさ‥‥ん、んむうっ!?」
 すっかり暗示にかかったシエラはミシェルの細い肩をがしっと掴むと、花の様な唇に口付けた。予想外の出来事に占いを見守っていた乙女達の顔が真っ赤に染まる。
「んっ、んんー!」  
 ハッと我に返ったミシェルが頭を激しく振り、抵抗する。そして‥‥
 
 ごちいぃぃん!!

 おでことおでこが思いっきりぶつかり、お約束通り二人は気絶してしまった。
 これが『初めてのチュウ』なのかは、二人のみぞ知る‥‥。

●げてもの好きシスターズ誕生!
 翌朝、おでこのたんこぶを擦りながら何があったのかと首を傾げる二人に、残りの乙女達は固く口を閉ざしていた。
「ミシェルのならよく効きそうな気がする‥‥」
 沼の周りに闇鍋の液体を撒きながら、ぽつりとレンは呟く。するとおいしそうな(?)匂いにつられ、三匹の大蛙達が姿を表した。
「ひいぃ!」
 シルフィの背中に隠れるシエラ。昨夜のアレは全く効果なしである。
 不気味な色をした液体を舐めた瞬間、大蛙達はぴくぴくと痙攣し、動かなくなってしまった。試しにレンが棒でツンツンしてみる。
「‥‥死んでる」
 恐るべし魔女の液体!
 事切れた大蛙達のお腹を裂いて中を調べるのはレンとミリア。
「ちょっと興味があります」
 と言い、作業に積極的に参加するシルフィ。口元を押さえ動こうとしないシエラをマールが茶化す。
「シルフィちゃんがやってるのにシエラさんは見学? ほら、ちゃんとやらなきゃ!」
 マールが意地悪な笑みを残して飛び去った瞬間、小さな体にぬらりとした長い舌が巻き付いた。
「きゃあっ!」
 悲鳴に全員が振り向くと、そこには一際大きい大蛙に今にも飲み込まれようとしているマールの姿が!
「離せっ!」
 仲間の危機を目の当たりにしたシエラは我を忘れて大蛙に斬りかかって行った。そのまま長い舌を叩き切ると、ぽてっとマールが地面に転がり落ちた。
「後は任せて!」
 ミリアは俊敏な動作で矢を連射する。2本の矢は急所に突き刺さったらしく、大蛙はあっさりと絶命した。
「やあん、ぬるぬるするぅ」
 マールに怪我はないようだ。ほっと胸を撫で下ろすシエラのほっぺにマールはちゅっとお礼のキスをする。
「シエラさん、ありがと♪」
 今回はやたらと百合率が高いような‥‥?
「あったー! 指輪が見つかったよー!!」
 ミリアはぴょんぴょんと跳ねながら指輪を掲げる。
(「‥‥お腹から見つかったの、内緒にしなきゃ」)
 と固く心に決めるレンの隣でミリアがとんでもないことを口にし出した。
「猟師の心得1。食べないものは狩らない! ねえねえ、大蛙って食べられるかなぁ?」
 その発言に押し黙る一同。シエラが席を外しているのをいい事に、事態は思わぬ方向へと加速していく。
「はいはい、私も食べるー! やっぱり丸焼きかな」
「大哲人曰く『苦手克服の為には自らの内に取り込むべし』だそうですけど‥‥」
「おいしそう‥‥」
「今夜は蛙料理で決まりですね♪」
 こうしてその日の夕食はミリアのなないろスイカと共に、おいしい大蛙料理が振舞われたのだった。丸焼きを目にしたシエラが口にしなかったのは言うまでもない‥‥。

 翌日、ライラは大喜びで指輪を受け取った。
 ‥‥ぬめぬめを必死に洗い落としたのは乙女だけの秘密である。