【炎と水の輪舞曲】麗しき逃亡者

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月20日〜05月25日

リプレイ公開日:2008年05月26日

●オープニング

 

 ザアァァァァ‥‥バシャバシャ‥‥バシャバシャ


 激しい雨音に混じって、闇夜を駆ける二つの足音が聞こえる。
 それはフードを目深に被った2人の逃亡者のものだった。
 遠く後方に数人の追跡者の姿が見える。

「お嬢様、こちらへ‥‥」
 逃亡者の男は低い声でそう促すと、もう一人を細い路地へと誘う。
 素直に従う女性と思しき人物をその背に庇い、煉瓦の隙間から追っ手達が通り過ぎていくのを男は息を凝らして見つめる。その瞳が放つ眼光は鋭い。
「‥‥どうやら行った様です」
 男が振り返ると、連れの女性は荒い息のままフードを外し、素顔を露にした。
 女性は誰もが目を見張るほど美しかった。雪の様に白い肌に透き通るような淡い水色の髪が張り付いているのを気にもせず、悲痛な面持ちのままで男に近づく。
「ミュラー、怪我は大丈夫ですか?」
 男は右手の拳で自らの胸を軽く叩くと、静かに瞳を閉じた。
「‥‥貴女がご無事で何よりです」 
 ミュラーと呼ばれた男は問いには答えず、眼前の女性を敬う。どうやら女性は男が忠節を誓う主人のようだ。
「私の事はいいのです。腕を見せて下さい」
 女性は強引にミュラーのマントを捲くり、逞しい腕に触れる。
「やっぱり‥‥」
 ミュラーの腕は肩から10cmほど切り裂かれ、血が滴っていた。追っ手に遭遇した時に女性を庇い、負った傷だ。
「‥‥大事ありません」
 そっと女性の手を外し、ミュラーは傷ついた腕を再びマントの中へと戻した。
「宿で手当てをしましょう。‥‥私のせいで、ごめんなさい」
 女性はミュラーの瞳をジッと見つめ、小さく謝った。微かに驚いたような表情を見せるミュラーにくるりと背を向けると、路地を歩き出す。
 華奢な背中が震えて見えるのは、雨に打たれて体が凍えているからではない。その双肩に重く圧し掛かる様々な人々の想いに潰されまいと、必死に耐えている健気な姿がミュラーの胸に迫る。
「‥‥エリス様、貴女をお守り出来る事が私の名誉であり、生きる意味なのです」
 可憐な主へ投げかけた言葉は激しい雨音に掻き消され、彼女の耳に届く事はなかった。

 数刻後。相変わらずは雨は止まない。
 エリスは宿屋の硬い寝台の上で体を起こすと、木で出来た扉を見つめた。その向こう側ではミュラーが見張りをしている。怪我をしているから休んで欲しいと頼んだのだが、危険だからと聞き入れてもらえなかったのだ。
(「彼を巻き込まずに一人で来れば良かった。でもそれでは何も変えられない。私は‥‥どうしてこんなに無力なのでしょう」)
 毛布を硬く握り締める両手は余りに小さく、非力だった。先程の追っ手に立ち向かった所で、呆気なく返り討ちにされて終わりだろう。
 エリスはミュラーを伴い、クラリスという人物と面会をする為にキャメロットを訪れていた。彼の屋敷まではここから徒歩で2日程かかる。ミュラーが傷を負った以上、2人だけで屋敷を目指すのはあまりにも無謀に感じた。
 意を決したような表情でエリスは寝台から降り立つと、扉の向こうにいるミュラーに声をかける。
「話があります。入って下さい」
 ややあって、部屋の中にミュラーが遠慮がちに入ってきた。扉を閉め、エリスに向き直った彼の顔がサッと朱に染まる。夜着姿の彼女から慌てて目を逸らし、視線を彷徨わせるミュラーの様子を気にも留めず、エリスは真摯な面持ちで口を開く。
「クラリス様の屋敷へ着くまで、冒険者達に護衛を頼みませんか?」
 突然の提案にミュラーはすぐに返答する事が出来なかった。予想外であり、自分一人では彼女を守れないと言われたも同然だったからだ。押し黙るミュラーにエリスは慌てて次の言葉を紡ぐ。
「あなたを頼りにしていないというわけではありません。ただ、その怪我で私と自分の命をあの追っ手達から守り切るのは、さすがのあなたでも難しいと思うのです」
「‥‥貴女だけならば守れます」
「それでは意味がありません! 私にはあなたが必要なのに、どうしてわかって下さらないのですか‥‥」
 激しい愛の告白とも取れるエリスの言葉。しかしそこに女性としての想いは篭められていない。
 エリスが生まれた時から彼女を守る事を義務付けられていたミュラーは、職務で忙しく滅多に顔を見せない実の父に代わりに、誰よりも近くでエリスの成長を見守ってきた。故にエリスにとってミュラーは血が繋がらずとも父のような存在なのだ。
「お願いですから、自分の命を粗末にしないで下さい。あなたの命と引き換えに一人で生き長らえても、私は嬉しくなどありません」
 俯き、微かに体を震わせるエリスにミュラーは優雅な仕草で跪き、白い手に恭しく口付けた。
「勿体無きお言葉。全て貴女の望むままに‥‥」
 雨は止む所か、激しさを増している。窓を打つ雨音に駆り立てられる不安を押し殺し、エリスは遠い故郷を想った。

●今回の参加者

 ea0021 マナウス・ドラッケン(25歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea0286 ヒースクリフ・ムーア(35歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
 ea4267 ショコラ・フォンス(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea5556 フィーナ・ウィンスレット(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5866 チョコ・フォンス(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb3776 クロック・ランベリー(42歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb7760 リン・シュトラウス(28歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec1783 空木 怜(37歳・♂・クレリック・人間・ジャパン)

●サポート参加者

レイチェル・ダーク(eb5350

●リプレイ本文

●清き想い
 依頼主であるエリスとミュラーはキャメロット郊外で冒険者達を待っていた。疎らだが通行人が絶えないここを待ち合わせ場所にしたのには理由がある。
 人目があると言う事は追っ手に見つかる可能性も高いが、逆に人目があるからこそ襲われる危険は減るからだ。どちらにせよ情報収集力に長けた彼等に見つからずにクラリス家に辿り着けるとは思っていなかった。
「初めまして。私はエリスと申します」
 エリスは冒険者達に一礼した後、ゆっくりと被っていたフードを取った。現れた清楚な美貌に誰もが目を奪われる。
「ミュラーだ。よろしく頼む」
 短く挨拶をし、ミュラーもフードを外す。落ち着いた雰囲気の男だが、視線だけは鋭かった。
「麗しき貴婦人をお守りする事は騎士にとって重要な使命の一つ。この身に代えても守り通してみせよう」
 自己紹介が一通り終わった後、ヒースクリフ・ムーア(ea0286)は跪き、エリスに騎士の礼を取る。
「エリスって何処かのお嬢様なの?」
 その様子を見ていたチョコ・フォンス(ea5866)はエリスに尋ねる。
「はい。ここから遠い地の貴族の娘です。今はまだ詳しい事はお話できないのですけれど‥‥」
「色々事情があるだろうけど、まずは治療からだな。ミュラー、腕を見せてくれ」
 医師でもある空木怜(ec1783)は先程からミュラーの動きがぎこちない事に気づいていた。素直に従う彼の腕を薬で治療する。
 怜が治療をしている間、エリスは護送先であるクラリス家について話し始める。
 クラリス家とは懇意の仲であり、信頼できる人物らしい。屋敷までのルートは幾つかあるが、先を急ぐ二人は危険だが林を抜ける道を進みたいようだ。
「追っ手は全部で八人。目的はエリス様の捕縛だ。それ故魔法や遠距離からの射撃はないと思っていいだろう」
 治療を終えたミュラーは怜に礼を言った後、敵の詳細を一同に伝える。
「特徴や得物は?」
「得物は剣だ。特徴は全員が男でフードを被っている」 
 マナウス・ドラッケン(ea0021)の問いにミュラーは淡々と答える。
「敵は行き先に気づいてるかしら? 先回りされて人質にされたら大変よね」
 チョコの疑問にエリスは表情を曇らせた。
「彼等の情報網は侮れません。恐らく気づいているでしょう」
「じゃあ、マロンに伝書鳩ならぬ伝書鴎になってもらいましょ♪」
 リン・シュトラウス(eb7760)はエリスに一筆認めてもらい、その文をマロンの足に括り付ける。『ちゃんとできたらご褒美をあげる』と約束し、クラリス家に向けて羽ばたかせた。これで二人の寄り辺の安全は守られただろう。憂いを無くした一同はキャメロットを発った。

 動物に変身したショコラ・フォンス(ea4267)の目にフードを被った八人の男達の姿が映る。全員は育ちの良さそうな顔立ちをしていたが、その口から出るのは戦いを予想させる物騒な言葉ばかりである。必要な情報を得たショコラは仲間の元へと戻っていく。
「予想通り、彼等はクラリス家の場所も私達が護衛に付いている事も知っていました」
「そちらに先回りする様子はありましたか?」
 エリスに扮したフィーナ・ウィンスレット(ea5556)は静かな口調でショコラに尋ねる。代わりにエリスはクレリック風の格好をしていた。
「まずは私達と一回戦ってみてから決めるそうです。今日は泳がせて油断させると言っていました」
「‥‥気に入らん敵だな」
 黙って話を聞いていたクロック・ランベリー(eb3776)は吐き捨てるように呟く。
「鳴子の設置は終わったぞ。腹も減ったし、飯にしようか」
 野営場所の周辺30〜50mに鳴子を設置する大作業を終えたマナウスとチョコが戻ってきた。リンが作った夕食が全員に配られる。
「いただきます‥‥おいしいです、リン様」
 優しい味の食事に顔を綻ばせると、エリスは自らについて教えてくれた。
 彼女はある貴族から自らの家族を守る為に旅を続けていると言う。敵の目的はエリスの身柄を拘束する事。捕まれば政治の道具にされるらしい。
「この命を捧げる事で守れるのならば、喜んでそうしましょう。しかしそれでは駄目なのです。何があってもどんな犠牲を払おうともこの身と命を守る事。それが私の義務であり使命なのです」
 一同は今までエリスの為に何人の人間が命を落としてきたのか、それを彼女がどんな気持ちで見届けてきたのかを思い、胸を痛めた。彼女にとって自らの死はある意味安らぎなのかもしれない。しかしそれは絶対に許されない事なのだ。自身の為ではなく、守りたい者の為に。
 夕食後、怜、チョコ、フィーナの三人が交互に索敵の任に就く。一人では危険なのでそれぞれに二人が付き、見張りをする。
 見張りは形だけでいいと言うフィーナの申し出をエリスは受け入れなかった。せめて何かの役に立ちたいと懇願する健気さが胸を打つ。
「あんま無理すんなよ?」
 薪を多めに用意しながら、怜は人懐っこい笑みでエリスに微笑みかける。
 その日の夜はショコラの報告通り、追っ手達は現れなかった。

●誰が為の涙
 翌早朝。一同が出立の準備をしている時に八人の追っ手達は一斉に襲い掛かってきた。奇襲時間を予測していたリンのお陰で、冒険者達は動揺もなく戦闘に突入する。
「お嬢さん、こちらへ!」
 エリスに扮したフィーナをヒースクリフはその背に庇い、ミュラーも彼女を挟むようにして後方からの攻撃に備える。男達はフィーナをエリスだと思い込み、四人で彼女達を取り囲んだ。
 青い顔で三人を見つめるエリスにチョコとリンが声をかける。
「あの三人なら大丈夫。信じましょう!」
「貴女は私が守ります!」
 三人の乙女を守るように、マナウス、クロック、ショコラの三人の騎士が四人の追っ手と対峙する。お互いに剣を構え、睨み合ったまま動かない。攻撃を仕掛けるタイミングを見計らっているのだ。
「慎重過ぎんのも命取りだぜ? くらえっ!!」
 しかしそれは冒険者達の作戦である。体格のいいクロックの後に隠れていた怜がローリンググラビティーを唱えると、二人の男の体が上空に浮き上がり、激しく地面に叩きつけられた。
「ぐはっ!」
 背中から落下した男達は激しく喀血する。その隙にディストロイで彼等の武器を破壊するショコラ。これで暫くは二人を無力化できただろう。
 残された二人の追っ手は怯む事無く、一気に間合いを詰めて斬りかかって来る。マナウスが投げたダガーが一人の肩に突き刺さったが、構わずショコラに向けて剣を振り下ろしてきた。
「兄様、しゃがんで!」
 チョコの声に素早く反応したショコラが身を伏せると、後方から一直線に飛んできたライトニングサンダーボルトが追っ手を襲う。動きが止まった男の体にクロックの小太刀が深々と突き刺さった。
「まずは一人、っと。あっちは大丈夫かね?」
 追っ手の攻撃を捌きながら、マナウスはフィーナ達の方へ視線を彷徨わせる。
 だが彼の心配は杞憂だった。既に彼等の足元には二体の亡骸が横たわっている。ミュラーが怪我をしていると油断した事と、目の前のエリスが偽者だと気づけなかった事が彼等の敗因である。何故なら偽物である麗人は、素晴らしい魔法の使い手なのだから。
 フィーナの援護もあり、ヒースクリフは息一つ乱さず追っ手を倒し終えた。ミュラーに腹部を切りつけられ、がっくりと膝を付く男にフィーナの魔法が止めを刺す。
「貴様、謀ったな‥‥」
 恨めしそうな顔で自らを睨みつける男に、フィーナはくすりと妖美な笑みを浮かべた。
「怖っ! 敵には回したくないな」
 未だ動けずにいる二人の男を縄で縛りながら、怜はぼそっと呟く。最後の一人もマナウスのカミヨで呆気なく葬られた。
「お怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です」
 急ぎエリスの元へ駆け寄ったミュラーは、彼女に怪我がない事を確認すると仏頂面に僅かに安堵の色を浮かべた。それをリンはジッと見つめる。
(「あの二人、何だか激しくラブいのは気のせいかしら。うふふっ♪」)
 ミュラーが主であるエリスに特別な想いを抱いていると推測するリン。だが真実はミュラーのみぞ知る。
「何処に逃げようと、お前はあの方の手から逃れる事など出来ないのだ‥‥」
 捕縛された男はそう言い残すと自らの舌を噛み切った。
「血塗れの自らの体を呪うがいい‥‥」
 息を呑むエリスの目の前でもう一人の男も自害する。
 追っ手は全滅し、怪我人も出なかった。しかしエリスは静かに涙を流すのだった。

●優しい夢を、あなたに‥‥
 エリスたっての願いで八人の亡骸は土の中に葬られた。全員の額に口付けを落とし、埋葬を手伝う彼女の姿は冒険者達の目にどう映ったのだろうか。
 その日は野営を行い、クラリス家に付いたのは翌日の午後。依頼人二人と共に感謝の言葉を一人一人に述べるクラリスは人の良さそうな中年の男性だった。冒険者達には夕食が振舞われ、今夜は屋敷に泊まらせてもらう事になった。
 数刻後。深夜の庭園に明るい乙女達の笑い声が響く。
「私達は友達よ。いつでも頼ってね」
 チョコの言葉にエリスは儚げな微笑を浮かべた。フィーナはそっとその体を抱きしめる。
「もう一人で全部抱え込まないで。貴女を護り、貴女を安らがせる為、私達は来たのだもの」
 リンはメロディーの魔法を使い、優しい声で子守唄を歌い始める。
「‥‥お眠りなさい、今だけは」
 フィーナの腕に抱かれ、まどろみの中にたゆたうエリスに微笑みかけるリン。茂みの向こうで待機していたマナウスはエリスを抱き上げる。
「強い意志と、それを行動に表せるだけの魂を持つ善い女‥‥無条件で従いたくなるね」
 彼の言葉がエリスの耳に届いたかは定かではない。

(「いつかはこの手を離れていくとわかっている。だが‥‥」)
 遠くから二人の姿を見つめ、複雑な面持ちで踵を返すミュラーの姿を見た者はいなかった────。