可憐な花を君に〜恋するお坊ちゃま〜

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月03日〜06月08日

リプレイ公開日:2008年06月11日

●オープニング

 そよ風が気持ちいい春の日の午後。キャメロットに住み貴族の少年エイリークは青々とした草の上に寝転びながら、雲ひとつない青空を眺めていた。
(「聖夜祭のダンスパーティーで初めてアリシアさんに出会ってから、もう5ヶ月経つんだなぁ‥‥)」
 心の中に思い浮かぶのはハニーブロンドの髪を持つ愛らしい想い人。碧い瞳に見つめられた時の胸の高鳴りを思い出すと、息が詰まりそうな程に切なくなる。
 アリシアに一目惚れしてしまったエイリークは翌日、早速彼女へ恋文を書いた。時間をかけて一文字一文字に想いを込めて丁寧に書いたし、文章だって工夫した。我ながらいい恋文が書けたと思っていたのに‥‥結果は玉砕だった。
 しかし返って来た手紙からはアリシアの優しさと思いやりが伝わってきて、断られたというのにエイリークは益々彼女の事が好きになってしまったのだ。そして現在、少年は切ない片想いの真っ只中にいる。
(「最後に話したのはフレッドさんに無理矢理に修行に連れて行かれた時、か。会いたいよ、アリシアさん‥‥」)
 フレッドとはキャメロットの王宮騎士であるアリシアの兄だ。彼はとんでもなく妹のアリシアを溺愛していて、エイリークにとっては迷惑なお邪魔虫でしかなかった。ロイエル家の別荘に泊りこみで行う事になった修行に参加したのだって、フレッドに取り入って気に入られたい下心があったからだ。
 実際に修行は厳しかったし、情けない話だが途中で嫌になって逃げ出した。しかし帰り道で別荘へと向かうアリシアに遭遇し、彼女が温かく背中を押してくれたお陰で皆の元へ戻る事が出来たのだ。
 戻ってからは精一杯修行に励んだ。そして最終日には、自分を見捨てずに根気良く指導してくれたフレッドに下心のない尊敬の念を抱いている自分に気づいたのだった。
 その時にエイリークは誓ったのだ。いつかアリシアに見合うだけの男になれたら、その時に改めて自分の想いを伝えよう、と。
「あれから毎日運動をしたり剣術の真似事みたいな事をしてるけど、いつまで経っても逞しい体にならないなぁ」
 エイリークは自らの白く細い腕を眺め、溜息をつく。薄い茶色の猫っ毛がふわふわと風に弄ばれ、何だか馬鹿にされているような気がして情けなくなってしまう。
 いつまでもここで感傷に耽っていても仕方がない。浮かない顔で起き上がったエイリークの目の前に、淡い桃色の花が差し出された。
「はい、どーぞ! げんきをくれるお花だよ」
 視線を上げると、おさげ髪の幼い少女が微笑んでいた。
「‥‥僕にくれるの?」
「うん! だっておにいちゃん、かなしそうなかおをしてるんだもん」
 エイリークは少女の手から可憐で小さな花を受け取った。思いがけないプレゼントに顔を綻ばせ、少女の頭を優しく撫でる。
「ありがとう。とっても綺麗なお花だね」
「えへへ。このおはな、あたしもだいすきなんだ。だいじにしてね!」
 少女ははにかんだ笑顔を見せると、少し離れた場所で待っている母親の元へと駆けていく。
「あっ、待って! このお花は何処に咲いてるのか教えてもらっていい?」
「とおくにあるあの森だよ。でもおおきなくもが出るから、ひとりでいっちゃダメなんだって!」 
 振り返り教えてくれた少女の小さな後姿を見送った後、エイリークは桃色の花をジッと見つめた。華やかではないけれども優しい色をした小さな花は、アリシアを連想させる。
 ふとアリシアがピンク色が好きだと話してくれた事を思い出したエイリークは、この花をプレゼントした時の彼女の笑顔を想像してみた。きっと天使の様な微笑みを見せてくれるはずだ。
「押し花にすればいつまでも大切に持っていてくれるかな。僕の代わりにずっとアリシアさんの傍に置いてもらえたら‥‥なんて!」
 すっかり興奮した様子のエイリークは、桃色の花を一緒に取りに行ってくれる冒険者を募ろうと決意するのだった。 

●今回の参加者

 ec3682 アクア・ミストレイ(39歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ec4772 レイ・アレク(38歳・♂・ナイト・ドワーフ・ノルマン王国)
 ec4865 アレット・ロティエ(26歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 ec4984 シャロン・シェフィールド(26歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●初対面
 エイリークの依頼を受けた冒険者達は待ち合わせ場所にいる彼の姿を発見し、思わずその足を止めた。
「彼がエイリークさんですよね?」
 シャロン・シェフィールド(ec4984)は傍らのアレット・ロティエ(ec4865)に尋ねる。
「‥‥おそらくは」
 寝起きの悪いアレットは眠そうな顔で欠伸をかみ殺した。
「意気込みだけは充分だが、それが空回りしているみたいだな」
 細い体に見合わぬ大荷物を背負い込み、ぷるぷると震えながらも必死で足を踏ん張っている姿にアクア・ミストレイ(ec3682)は苦笑する。
「このまま遠巻きに見ていても悪いですし、挨拶をいたしましょう」
 シャロンの言葉に二人は頷くと、エイリークの元へと歩みを進める。
 もう一人の参加者レイ・アレク(ec4772)は森の地理やモンスターに関する情報収集をしてから合流する事になっていた。
「こ、これくらいでへこたれてたらアリシアさんのハートを射止められないぞ」
「あなたがエイリークですか?」
 他人にあまり関心のないアレットは独り言に関してはスルーし、ストレートに素性を尋ねた。
「は、はい! 冒険者の皆さんですか? どうぞよろしくお願いします!!」
 エイリークがお辞儀をした拍子に、背負っていた袋から荷物が零れ落ちる。
「これは?」
「虫除けのハーブとチェスの駒です。野営の時に必要かなぁと思って」
 アクアの問いに無邪気に答えるエイリーク。
「置いて行け。遊びに行くんじゃないんだ。袋の中を見せてもらうぞ」
 低い声に全員が振り向くと、情報収集を終えたレイの姿があった。有無を言わさずにエイリークの荷物を物色する。
「‥‥着替えも菓子も必要ない」  
 いらない物を取り出すと袋はちょうどいい重さになった。
「荷物が多いと動きが鈍くなる。必要最低限の物以外は持っていかない事だ」
「基本中の基本ですね」
 アクアのアドバイスにアレットがキツい一言を付け加える。だが本人に悪気はない。
「一緒にお家にいらない物を置いてきましょう」
 シャロンはしょぼんと落ち込むエイリークを励ます。お坊ちゃまのお守りは中々大変なようだ。

●熱血少年
「要するに森にある花を採る為に危険な蜘蛛から守って欲しい、と言うわけですね」
「はい! 何故花が欲しいかと言うと、アリシアさんというとても素敵な女性にプレゼントしたいからなんです。彼女は‥‥」
「それだけ分かれば十分です。恋路の方は、まあ頑張って下さい」
 熱い恋心を語り出そうとするエイリークに冷静に対応するアレット。
「恋物語の後押しとなると私はあまり自信はありませんが、上手く行くかどうかはあなた次第ですよ」
 シャロンは柔らかい笑みを浮かべる。
「この森に敵はいないみたいだ。安心して野営ができるぞ」
 ペガサスに乗って忍犬と先行していたアクアが戻ってきた。その報告に周囲を警戒していたレイは険しい表情をふっと緩める。
「早速準備に取りかかるか。エイリーク、君も手伝うんだぞ?」
「はい、勿論です!」
 エイリークは元気よく返事をすると、冒険者達に教えられながらテントを組み立て始める。
 力はあまりないが意欲とレディファーストの精神だけは立派なもので、効率は悪いが真面目に取り組む彼の姿に誰もが感心していた。恋の力は偉大である。
「夕食は私に任せて、稽古でもつけてもらったらどうだ?」
 鉄人の鍋を振るいながらアクアはそうアドバイスをする。
「レイさん、お願いします!」
「ああ。君の腕前、見させてもらうぞ」
 戦闘経験積む為はもとより、戦いを好む性格のレイは練習には積極的に協力してくれた。手頃な木の枝を拾い、まずはエイリークに打ち込ませる。
「そんなへっぴり腰じゃ惚れた女性一人守れんぞ!」
「はいっ!!」
 既に師弟の様な二人である。一方の女性陣は道中で得た情報を纏めていた。
「大蜘蛛は穴の中で獲物を待ち構えているので、突然襲ってくる心配はなさそうですね」
 彼等は穴の入り口に張った糸への振動で動き出す。ひっかからなければ戦わずに済みそうだが‥‥
「エイリークがうっかりさんをしないか心配です。音にも反応する様なので、巣穴近くに保存食を投げてみましょう」
 と、アレットはきっぱりと言い切る。恐るべき洞察力である。 
 出没するくわしい数はわからなかったが、巣穴の数で容易に判断できるだろう。
 念の為に風のエレメンタラーフェアリーのリーオにブレスセンサーで索敵をしてもらおうと考えるシャロンだった。

 野営2日目。エイリークはアクアに剣の稽古をつけてもらっていた。体は細いが体力はそれなりにあるようだ。ちなみに根性は有り余っている。
「剣筋に迷いがあるぞ。戦闘では一瞬の気の緩みが命取りになる。もっと集中しろ!」
「はいっ! やあぁぁ!!」
 渾身の力を込めて打ち込んでくるエイリークをアクアは片手でいとも簡単にあしらう。
「まだ腰が引けてる。重心を安定させるんだ!」
 二人の打ち合いを観察していたレイも檄を飛ばす。
 冒険者としても男としても先輩である二人に叱咤激励され、汗だくになりながらもエイリークは嬉しそうだった。

●お坊ちゃま、成長す
 翌日の正午には目的の森へと辿り着いた。
 アクアとアレットが松明を手にし周囲に警戒しながら進んでいくと、一面に咲き乱れる桃色の花が目に飛び込んでくる。
「あったーー!!」
 テンションが急上昇し、駆け出そうとするエイリークの首根っこをアレットがむんずと掴む。
「落ち着いて下さい。このまま突進すれば巣穴に落ちますよ」
 冷静な彼女の言葉に視線を地面へと這わせると、そこには大きな穴が2つ開いていた。
「リーオ、敵の数を調べて下さい。家に帰ってからご馳走しますから、ね?」
 ご馳走と言うシャロンの言葉にその気になったリーオは、たどたどしいながらも索敵を開始する。魔法を唱え終わると小さな指を2本立てて見せた。
「2匹ですね、ありがとう。さあ、危ないから隠れていて下さいね」
 シャロンは笑顔で礼を言うと、リーオを胸元に仕舞った。
「これでおびき出します」
「僕に任せて下さい!」
 アレットが余分に持ってきた保存食をエイリークは力いっぱい巣穴の近くに放り投げる。しかし手元が狂い、張り巡らされた糸に引っかかってしまう。
「うわ、失敗だ‥‥」
「いいえ。結果オーライの様ですよ」
 慌てるエイリークにシャロンはにっこりと微笑む。振動に反応した大蜘蛛が姿を現したからだ。
「君も戦うのか? 今回は後ろに下がっているか?」
「ぼ、僕は‥‥」
 レイの問いに答えられないエイリーク。戦闘経験は勿論、実際にモンスター目の当たりにした事がないのだから無理もない。
「騎士を目指しているつもりなら今後も戦う事になるだろう。自分がどういう戦い方をしたいのか決めておく事は大事だぞ」
 そう言い、レイは勇敢に敵に切りかかって行く。
 おっとりとしている様に見えるシャロンが凛とした表情で弓を引と、放たれた矢は的確に大蜘蛛の体を貫いた。間髪いれずにアレットの投げたナイフも深々と突き刺さる。
「糸が絡まった場合は火で焼き切る方が早いだろう。これを持って待機していてくれ」
 アクアは松明をエイリークに渡し、仲間の援護に向かった。残されたエイリークは呆然と立ちすくむ。
(「皆は戦っているのに、僕は見てるだけでいいのか?」)
 自答するエイリークの目に、巣穴から這い出てくるもう1匹の大蜘蛛の姿が映る。戦っている際に巣穴の糸に触れてしまったのだろう。
「持っていて下さい!」
 エイリークは松明をアレットに手渡すと、代わりに彼女の手から強引にナイフを奪う。それを握り締め、大蜘蛛目がけて駆け出した。
「僕だって皆を守るんだぁぁ!!」
 絶叫と共に大蜘蛛の体にナイフを突き立てるエイリークの顔に大量の体液が飛び散る。それに構わず何度も何度も攻撃を繰り返すエイリークだが、汗で手が滑り、そのまま尻餅をついてしまった。
「よくやった、後は任せろ!」
 レイはエイリークの前に立ち、大蜘蛛にスマッシュEXをお見舞いする。怯んだ所をシャロンのシューティングPAEXが襲う。
「大丈夫か?」
「は、はい‥‥」
 1匹目を倒し終えたアクアにやっとの思いで返事を返すエイリークの目の前で、レイはもう1匹に止めを刺した。

●想いを花に籠めて‥‥
 戦いを終え、改めて一行は眼前の風景に魅入られる。可憐な桃色の花が風に揺られ、微かだが爽やかな香りが辺りに漂っていた。
「これに挟んで押し花にするといい。あまり摘み過ぎるなよ?」
「ありがとうございます。摘むのは一輪でいいんです。アリシアさんのイメージにぴったりなのを選ばないと」
 アクアから聖書を受け取り、真剣な面持ちで吟味し始める姿にレイは首を傾げる。
「俺にはどれも同じにしか見えないがな。気に入ったのが見つかったら、見栄えがいい様に切ってやるぞ」
「はい!」
 弾ける様な笑顔を見せるエイリークにアレットは2本のナイフを差し出す。
「‥‥蜘蛛の体液でべとべとです。使ったんですからちゃんと綺麗にしないと」
「2本共ですか?」
「当然です。私は昼寝をしますので、邪魔しないで下さい」
 困惑するエイリークを残し、アレットは草むらに寝転んでしまった。
「桃色の花、綺麗なのは確かに‥‥」
 程なくして可愛らしい寝息が聞こえ始める。伝説の3秒寝落ちである。
「押し花だけでなく冒険譚も持ち帰ってはいかがですか?」
 シャロンの提案にエイリークはぽりぽりと頭を掻いた。
「はい。情けない所も含めて、ありのままをお話したいと思います」
 きっとアリシアは喜んで彼の話に聞き入るのだろう。誰もがそう思い、笑みを漏らした。

 目的を果たした一行は無事にキャメロットへと帰還した。
「本当にありがとうございました! 機会があったらまたよろしくお願いします!」
 いつの間に作ったのだろうか。4人に桃色の花の押し花を手渡すと、エイリークは笑顔で自宅へと帰っていった。