【色の無い世界】木漏れ日のような愛を

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月09日〜06月16日

リプレイ公開日:2008年06月18日

●オープニング

 気だるげな様子でシェダルが女の家を後にしたのは、日も高い正午だった。
 欠伸を噛み殺しながら寝癖で外に跳ねた襟足の毛を整えていると、鎖骨の下に付けられたキスマークが目に留まる。
「ったく、こんなんで独占した気になるなんておめでたいよな」
 シェダルは女たらしで女性に全く執着を持たない男だった。故に女性の独占欲や嫉妬が全く理解できないのだ。嫌悪感を抱いたりはしないが、今までただの一度も「行かないで」と嘆く女性を見て心を動かされた事はない。
 ふらふらと街中を歩いていると、色鮮やかな野菜や果物が目に留まる。シェダルはふと、仲間であり妹のような存在のミルファが果物が食べたいと言っていた事を思い出した。
「まいどあり! 兄ちゃん、彼女にお土産かい? うちの果物は美容にいいって評判なんだ。これを食べた彼女に惚れ直しちゃうかもねぇ?」
 野菜と一緒にいくつかの果物を注文すると、恰幅のいい中年の女性がいくつかおまけしてくれた。ずっしりと重い袋を受け取り、市場を後にする。
(「ミルファの奴、そういう事か。ガキが色気づきやがって」)
 合点がいったシェダルは、アジトに帰ったらミルファをからかってやろうと思った。レグルスの目の前なら顔を真っ赤にして怒るに違いない。その光景を想像すると、自然と笑みが零れた。


 町を出て数刻後────。
 シェダルは何者かに尾行されていた。
 気配も消さず殺気も感じられないので危機感は抱いていなかったが、このままアジトまで付いてこられるのはまずい。‥‥例えそれが幼い子供だったとしても。
「バレてんだよ。出てきな」
 立ち止まり、静かな声で茂みの中に潜む子供に声をかけた。
 葉擦れの音が止んでから振り返ったシェダルの目に子供の姿が映る‥‥筈だったのに、そこには誰もいない。
 あらかた怖気づいて逃げ出したのだろうと思った瞬間、ビリビリと痺れる様な激痛がシェダルの脛を襲った。野菜や果物が宙を舞う。
「いっ!!」
「ざまぁみろ、赤毛のノロマ野郎!」
 思わず涙の浮かぶ瞳を下方へ向けると、そこにはしてやったりという様な小憎らしい顔をした少年がいた。
 大きな袋を抱えていた為、死角になり姿が見えなかったのだろう。そこを不意打ちで思いっきり脛を蹴っ飛ばされたのだ。 
 少年はシェダルにあっかんべーをして見せた後、袋から飛び出た果物を拾い始める。それを懐に仕舞うと一目散に駆け出そうとしたが、シェダルに首根っこを捕まれてしまった。小さなその体はぶらーんと中に吊るされている。
「泥棒にはきつーいお仕置きが必要だなぁ?」
 怒りに震えるシェダルの声に物怖じもせず、少年は吊り上げられたまま振り返った。
「脅したって怖くないぞ! 早く下ろせっ!」
 負けん気の強い少年にシェダルは溜息をつく。ぴーぴー泣き喚かれるよりは面倒くさくないかもしれないが‥‥。
「素直に謝れば懐の中の果物はくれてやるよ」
「お前なんかに謝るくらいなら殴られた方がマシだ!」 
「あぁそうかい。だったらお望み通りにしてやるよ。歯ぁくいしばんな!」
 シェダルは脇に抱えていた空の袋を放り投げた。氷の様な冷たい目を、少年は内心の恐怖を押し殺しながら睨みつける。だが拳が空を切る音に耐えられなくなり、ギュッと目を瞑った。
「‥‥‥‥むにゅ!?」
 しかし拳が少年を襲う事はなかった。
 ひんやりとした冷たい手の感触に驚いた少年が恐る恐る目を開けると、にやにやと笑うシェダルと目が合う。ほっぺを両側から挟まれ、さらに中央に寄せられてかなり情けない顔にされているが、痛みは全くなかった。
「気の強いガキは嫌いじゃないぜ。そこら辺に散らばってんのも持ってけよ」
 シェダルは少年をそっと地面に下ろすと、足元に転がっている林檎を一つだけ拾い上げる。
「これだけは勘弁な。食いたがってる奴がいるからさ」
 その他の野菜や果物を拾い集めたシェダルの袖を、少年は遠慮がちにキュッと掴む。
「そんなにいっぱい持ってけっか。お前、付いて来い」
 しかし可愛らしい仕草とは裏腹、目も合わせずに命令口調である。
「お前なぁ‥‥」
「オレが住んでるとこ、孤児院なんだ」
 呆れた顔で口を開くシェダルを、少年の微かに震える声が制した。 
「これだけいっぱいの食い物を持って帰ったら、皆もシスターもきっと喜ぶ。ここんとこずっと、チビ達が腹空かせてんだよ」
 少年の大きな瞳が涙に揺らめく。泣くまいと必死に唇を噛み締める姿が、幼い日の自分と重なって見えた。
 蘇ってくる遠い日の記憶を振り払うかのように、シェダルは少年の体を思い切り抱きしめる。小さな体からは陽だまりの匂いがした。
「そのシスターって若くて美人なんだろうな?」
 少年はシェダルの問いにコクリと頷くと、その腕に力強くしがみ付くのだった。顔も知らぬ父親の温もりを求めるかのように。


「という訳で、たまには物騒じゃない人助けをしてみねぇ?」
 アジトに帰って来たシェダルは、早速レグルスとミルファに声をかけていた。
「下心が見え見えなのよ。どうせそのシスターが美人だったから、人助けしようだなんて思ったんでしょ」
 ミルファは読んでいた本を閉じると、シェダルに軽蔑したような眼差しを向ける。
「理由はどうあれ人助けに変わりはない。たまには三人でのんびりと過ごすのも悪くないんじゃないか?」
 穏やかなレグルスの声にミルファは思考を巡らせる。
 シェダルがシスターに手を出さないか見張っていなければならないが、その苦労込みでも彼女にとっては魅力的な話だ。可愛い子供達と遊べて、尚且つレグルスとずっと一緒にいられるのだから。
「わかったわ。シェダルだけじゃ不安だもの」
「よし、善は急げだな」
 ミルファの意思が固まったのを確認したレグルスは、休暇の申請をする為に席を立った。部屋にはシェダルとミルファが残される。
「‥‥ほれ、食いたがってたろ」 
 シェダルはポケットから取り出した林檎をテーブルの上に置いた。思いがけない贈り物にミルファの目が釘付けになる。
「食べたいって言ってたの、覚えててくれたの? ありがとう、シェダル‥‥」
 素直に感謝の言葉を口にするミルファに、シェダルは唇の端を上げて微笑んだ。

 孤児院で子供達の面倒を見ているシスター・フロリアは確かに若くて美人だったが、シェダルにはあの少年の方が気がかりだった。
 勿体をつけながら教えてくれた彼の名はエディと言う。
 仲間と一緒に遊びに行くと告げた時の彼の顔は、憎まれ口を叩きつつもとても嬉しそうに見えた。

●今回の参加者

 ea2206 レオンスート・ヴィルジナ(34歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea4267 ショコラ・フォンス(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea5866 チョコ・フォンス(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb1578 ロザリンド・ポー(25歳・♀・バード・シフール・イスパニア王国)
 ec3138 マロース・フィリオネル(34歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec3466 ジョン・トールボット(31歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ec4179 ルースアン・テイルストン(25歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ec4936 ファティナ・アガルティア(24歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●始まりは晴れの日
 季節は移り変わる。
 新緑の木々の鮮やかな緑色と空の青色のコントラストが美しく、目に映る景色からは夏の匂いがした。
「いいお天気! ね、兄様?」
 チョコ・フォンス(ea5866)は傍らのショコラ・フォンス(ea4267)に声をかける。
「はい。洗濯物がよく乾きそうです」
 優しい笑顔を答えるショコラだが、その口から出た言葉は所帯じみていた。
「‥‥兄様はきっといいお嫁さんになると思うわ」
「ショコラは顔も可愛いし、引く手数多よね!」
 どこからどう見ても男性にしか見えないレオンスート・ヴィルジナ(ea2206)は決して『その筋の人』ではない。
「もう慣れてきたけど、リョーカって変わった話し方だよね」
 ロザリンド・ポー(eb1578)は誰もが疑問に思っていることを口にする。
「俺はね、女系大家族の末っ子なの。気づいたらこんな喋り方になっちゃった」
「ふーん。じゃあ何で愛称が『リョーカ』なの?」
「それはひ・み・つ! ミステリアスな男って素敵でしょ?」
 そう言いウィンクをする様は可愛いと言うか何と言うか‥‥。
「ミステリアスと言えば、依頼人の一人のレグルスさんにその様な印象を受けました」
 ウィンクを笑顔で受け流しながら、ルーシーことルースアン・テイルストン(ec4179)はレグルスの第一印象を口にする。
 とは言え会った事が無いので、彼と面識のあるマロース・フィリオネル(ec3138)の話を聞いて抱いた印象だったのだが。
「ええ。どこか陰のある男性です」
 レグルスと共に戦った事のあるマロースは、曖昧な笑顔でルーシーに答えた。その様子を目にし、僅かに表情を曇らせるショコラも彼とは面識がある。
 二人は仲間にレグルスとシェダルについて話していたのだが、シェダルが女たらしだと言う事はともかく、レグルスの特異な体質については話せずにいたのだ。
(「今回は戦いも無いですし、きっと彼も知られたくない事でしょうから‥‥」)
 マロースは今にも泣き出しそうだった血塗れの顔を思い出し、そっと目を伏せた。
「シェダルには要注意ですね。僕はナンパが嫌いです」
 ファティナ・アガルティア(ec4936)はまだ見ぬシェダルに相当良くない印象を抱いているようである。
「ミルファさんと面識があるのはジョンさんだけでしたよね?」
「ついこの間、彼女からの依頼を受けた」
 ショコラの問いにジョン・トールボット(ec3466)は頷く。
「どんな子だった? 可愛かった?」
「凛としていて清らかな少女だったぞ」
 興味津々で尋ねてくるロザリンドにジョンは苦笑する。
 初対面でいきなり自らの笑顔を「あまり見せない方がいい」と言ったミルファをずっとジョンは気にかけていた。
「あれって孤児院じゃない?」
 レオンスートの指差す方へ全員が視線を彷徨わせると、木造の小さな建物が目に入る。
「よーし、ラストスパートよ!」
 チョコの号令に全員は笑顔で頷くと、疲れも忘れて歩みを速めるのだった。

 孤児院に着いた一同は笑顔のシスター・フロリアに迎え入れられた。
 彼女は清楚で美しく、穏やかな顔には内面の温かさが滲み出ていた。
「早速子供達と遊んであげて下さい。皆さんが来るのをとっても楽しみに待っておりましたのよ」
 フロリアがドアを開けると、一人の少年が飛び込んできた。
「お前達が冒険者か。俺はエディ。仕方ないから子分にしてやってもいいぜ!」
 可愛げのない事を口にしつつも、その口元は嬉しさににやついている。それに気づいた一同は次々に自己紹介をしていった。
「よし、仲間を紹介してやる。ついて来い!」
 一気に子分が8人も増えたエディは満面の笑みを浮かべると、冒険者達を外へと誘った。レオンスート、ジョン、ロザリンド、ファティナが彼に続く。
「よかったらこれを受け取って下さい。私達の気持ちです」
 残った冒険者を代表して、ルーシーが持ち寄った食料をフロリアに手渡す。
「こちらは古着屋で買った洋服です。子供達に着せて下さい」
 マロースは古着の詰まった袋をテーブルの上に置いた。
「全く面識の無い私達にこんなにたくさんのお心遣いをして下さるなんて‥‥皆様、本当にありがとうございます。返すもののない私をどうか許して下さいませ」
 フロリアは4人の気遣いに感激し、瞳を涙で潤ませた。深く頭を下げた彼女の肩が震えている。
「喜んでもらえればそれだけで私達は十分です。可愛い子供達と楽しい一時を過ごさせてもらえますしね」
 マロースはそっとフロリアの肩に触れる。 
 冒険者達の優しさにフロリアは瞳の端の涙を拭いながら、何度も何度も感謝の言葉を口にするのだった。

 青空の下に響き渡るのは子供達の無邪気な笑い声。
 そして目の前にいるのは数人の子供達を乗せ、よろよろと進む黒毛の馬‥‥ではなく黒髪の男。
「私はレグルスだ。短い間だがよろしく頼む」
 レグルスは四つん這いのままエディに連れてこられた4人に挨拶をする。優しそうな笑顔なものの、その口元は子供に引っ張られていた。
「ぷっ。レグルスって和みキャラだよね」
 思わず吹き出してしまうロザリンド。
 とその時、息を切らしたシェダルが駆け寄ってきた。
「オレはシェダル。仲良くしよーぜ、お嬢さん方。野郎共はまあ、適当にな」
 シェダルはロザリンドとファティナに意味ありげにウィンクをする。
「あたしはロザリンドよ。話には聞いてたけど、綺麗な顔をしてるのね」
「お褒め頂き光栄だね。あんたみたいな可憐なシフールは初めてだ。種族は違えど恋しちゃいそうだぜ」
 歯の浮くような台詞に冒険者3人の顔が引き攣る。しかし当のロザリンドは‥‥
「そんな事言われたの、初めてかもぉ」
 と頬を赤らめまんざらでもない様子である。
「‥‥最低な男ですね」
 ファティナは眉を顰めて吐き捨てる。
「じゃあどうすればあんたは最高の男だって思うのか教えてくれよ。何だってするぜ?」
「‥‥‥‥」
 出来もしない事を口にする軽薄な態度に頭にきたファティナは、無言でシェダルにグーパンチを繰り出した。しかし身軽なシェダルはそれをひらりとかわしてしまう。
「気の強い女は嫌いじゃないぜ。そんな所もそそられ‥‥」
「あー! あんなとこにいたー!!」
 シェダルの口説き文句は子供の大声で中断させられる。声のした方から数人の子供がバタバタとこちらに向かって走ってくると、あっと言う間にシェダルを取り囲む。
「鬼がナンパしてどうするんだよー」
「どうせまたフラれるんでしょ?」
「無駄なことしてないで早く遊べよー」
 きゃいきゃいと騒ぐ子供達。
「ったくうるせえなぁ! かくれんぼなんてかったるくてやってられっか。今から鬼ごっこすんぞー!」
 口は悪いながらもシェダルは子供達と楽しく遊んでいるようである。
「楽しそうねぇ。俺も混ぜてー!」
「あたしもー♪」
 シェダルの楽しそうな後姿につられて飛び出すレオンスートとロザリンドだった。

●全敗シェダル
「ご飯まだぁ? お腹空いたわー」
「リョーカってば変なのー」
 レオンスートは、ノリノリでお飯事の妹役になりきっている。妙に慣れているのは女系大家族の末っ子の悲しい性か?
「できたよ!」
「わあ、リオンにそっくりー」
「次は僕を描いて、チョコお姉ちゃん!」
 木の枝を使い地面に見事な似顔絵を描くチョコに、子供達は次々に自分も描いて欲しいとせがみだす。
「次はファティナお姉ちゃんが鬼だよ」
「目を瞑って30数えてね」
「は、はい」
 ファティナは言われるままに目を瞑り、ゆっくりと数を数えだす。
 貴族の令嬢として育った彼女は自分と子供達の環境の差に驚きを隠せなかった。しかし無垢な子供達と遊ぶのは楽しく、その顔からは次第に戸惑いは消えていった。
「ルーシーお姉ちゃん、あたしもお手伝いするー」
「一緒にやれば早く終わる?」
 洗濯物を取り込んでいたルーシーに数人の女の子達が近寄ってきた。
「ありがとう。お願いしてもいいかしら?」
「はーい!」
 子供達に目線を合わせてルーシーはにっこりと微笑む。
 冒険者と子供達は1時間もしない内にすっかり打ち解けていた。そしてそれはシスター達も同様である。
 ジョンはシェダル対策をこっそりとシスター達に教えた後、彼女達に詩を披露していた。
「凛々しいだけでなく、詩の才能もお持ちですのね」
「思わず聞き入ってしまいましたわ」
 フロリアと共に孤児院で働くシスター2人はジョンの詩をとても気に入った様子である。
「拙いものだが、喜んでもらえてよかった」
「いいえ、とっても素敵でした」
「最後の『守りたい、この手で救えるなら全てを‥‥』と言うのは、愛しい方へのお言葉ですか?」
 シスターの一言にジョンはさっと頬を朱色に染める。
「い、いや、あれは騎士として全ての者を守りたいという‥‥」
「ジョン、ここにいたのね」
 あたふたするジョンの目の前に絶妙のタイミングでミルファが現れる。
「子供達があなたの馬に乗せて欲しいってきかないの。お願いできる?」
「あ、ああ。了解した」
 久しぶりに会うミルファはレグルスと一緒に休日を楽しんでいるせいか、どことなく嬉しそうだった。

 一方、台所ではショコラとマロースが夕食作りに精を出していた。
「野菜あればフォンス家特製のスープをご馳走できるのですが‥‥」
 数日前にエディがシェダルからもらった野菜はとっくになくなってしまっていた。困り顔のショコラにマロースが声をかける。
「何が必要なんですか?」
「じゃがいもとにんじんと青野菜です」
「わかりました。少々お待ち下さいね」
 マロースはそう言うと、クリエイトハンドの魔法で次々と野菜を産み出していく。人数分の材料が揃ったのを確認すると、ふうと額の汗を拭った。
「私もこの鉄人の鍋でお手伝いしますね」
「助かります。楽しみにしていて下さい」
 温和な者同士の2人は微笑み合うと、子供達の為においしい料理を作り始める。そこに子供達からようやく解放されたレグルスとシェダルが現れた。
「久しぶりだな。元気だったか?」
「マロース、オレと会えない間に浮気してないよな?」
 2人の登場にショコラとマロースは調理する手を止める。
「お二人ともお元気そうで何よりです」
「浮気も何もあなたとはそう言う関係じゃありませんよ、シェダル」
 久々の再会を喜ぶ4人は誰もが笑顔を浮かべていた。
「相変わらずつれないねぇ。オレは結婚を前提に付き合いたいって思ってるのに」  
「教会に行く前のお別れ前提なら考えますよ?」
 シェダルの口説き文句に負けじと応酬するマロースに、それを見て微笑みを洩らすレグルスとショコラ。戦いを共にした4人は親友のような間柄になっていた。
「私達にも手伝わせてくれないか?」
「こう見えても中々の腕前なんだぜ」
 レグルスとシェダルの申し出を断る理由は無い。台所に響き渡る幸せそうな笑い声は、料理をおいしくする秘密のスパイスになりそうである。

 ショコラとマロースが腕を振るった料理に子供達は大喜びだった。特にフォンス家特製のスープは大好評で完売御礼である。
「兄様のスープ、久々に食べたけどやっぱりおいしいな」
 上機嫌のチョコは隣で静かに食事をしている兄を見つめた。その視線に気づき、優しい笑みを浮かべるショコラ。この兄妹は本当に仲がいい。
「ねえ、新しい援助者の当てはあるの?」
 レオンスートは出発前から抱いていた疑問をフロリアにぶつける。仲間が寄付した物資にも限りがあり、それが尽きた時にどうなるのかが心配だった。
「僕も微力ながら支援したいと思っています。この周辺の貴族に掛合ってみましょうか?」
 ファティナの申し出にフロリアは小さく首を振った。
「ありがとうございます。ですが、今後の事までお世話になるわけには参りません。時間はかかるかもしれませんが、お話を聞いてくれそうな方もいらっしゃいます」
 フロリアの言葉に二人はホッと胸を撫で下ろした。
「未来を担う子供達。愛情豊かに育って欲しいものです」
 慈しむ様な目で子供達を見つめるルーシー。シェダルはその隣に腰かける。
「外見も内面も美しいだなんて、あんたに惚れちゃいそうだぜ」
「あら、シェダルさん。今回の事はあなたが言い出したのですよね? お若いのに関心ですわ」
 ナンパはスルーし、にこにこと笑顔を見せるルーシーからは無言のプレッシャーが感じられた。すごすごと退散するシェダルをエディが一瞥する。
「だっせー」
「うるせーな。まだあと一人残ってんだよ」
 そう言うシェダルの視線の先には、狙われているとは露知らないチョコの姿が。
 今度こそはと意気込むシェダルがにぶちんチョコに「あたし彼氏がいるんだ〜♪」と悪気無く惚気られ、あえなく撃沈するのは数刻後の事だった。

●ガールズトーク
 パチパチと薪が爆ぜる音が聞こえる中、12人の子供達はルースアンの御伽噺に耳を傾けていた。
「こうして馬が湖底に住む寒がりの奥方様の為に引きずり込んだ大工は、見事な暖かい家を作り上げました。大工は感謝の言葉と共に家に帰され、その後は食卓に魚の絶えない裕福な暮らしをしたそうな」
 御伽噺が終わると、子供達は小さな手を精一杯叩いて美しい語り部に拍手を贈った。
「明日もお話を聞かせてね!」
「勿論よ。おやすみなさい」
 キラキラと瞳を輝かせる子供の頭をルーシーは優しく撫でた。
「ここに泊まるチビ以外は送ってってやるから早く準備しな」
 めんどくさそうに立ち上がり、御伽噺を聞き終えた達成感からか既に夢の世界にいる少女をおんぶするシェダルにショコラが声をかける。
「シェダルさん、子供って可愛いですよね。何となく子供好きオーラ出てますよ」
「そんなオーラ聞いたことねーよ。でもまあ、たまには善い事すんのも悪くないかもな」
 シェダルは唇の端をあげて笑った。
「こっちにおいで」
 レグルスは優しい声音で子供を抱き上げる。腕の中であどけない寝顔を見せる少女を穏やかに見つめる彼の様子を、ショコラは嬉しく思うのだった。
 子供達は一晩に数人ずつ冒険者達のテントに泊まる事になった。
 全員を寝かしつけたミルファが女性陣の元へ戻ると、薪を囲んでお喋りに花を咲いていた。
「あ、ミルファおかえりー。このお菓子食べる? おいしいよ」
「こっちの林檎もいけるよ!」
 ずいと目の前に差し出されるチョコ持参のお菓子とロザリンドが剥いた林檎。その両方をミルファは笑顔で受け取る。
「それにしてもレグルスは凛々しいしシェダルは綺麗な顔してるし、冒険者側のメンズも個性的だけどカッコイイ人ばっかだよね♪」
 ロザリンドはうっとりと夜空を仰ぐ。
「シェダルは好きになれません!」
 ぷりぷりと怒るファティナの横でチョコはお菓子を頬張る。
「そうかなぁ。兄様が心を許してる方だから、シェダルもいい人だと思うよ」
「チョコさんは本当にお兄様が大好きなんですね」
 ルーシーの言葉にチョコは笑顔で頷く。
「うん。兄様はカッコイイし優しいしお料理も上手だし、何よりあたしの事を大事にしてくれるから大好きなんだ」
「照れずに言い切れるのがスゴイよね‥‥」
「えっ? 変かなぁ?」
 たじろぐロザリンドに首を傾げるチョコだったが、気にせずにミルファへと向かい直る。
「ミルファってレグルスが好きなの?」
「へっ!?」
 ミルファは話の矛先が突然自分に向かった事に驚き、思わず林檎を落としてしまった。真っ赤に染まっていくその顔は千の言葉よりも雄弁に彼女の気持ちを物語っている。
「やっぱりねー。っていうか見ててバレバレだよね」
「えぇっ!?」
「きっと気づいていないのは彼だけだと思いますよ」
「う、嘘っ」
 ロザリンドとマロースの言葉にミルファは大混乱に陥っていく。
「さあ、朝まで時間はたっぷりとありますよ」
 そんな彼女の肩をぽんと叩き、にっこりと話の続きを促すルーシーだった。

●穏やかな時間
 2日目の朝。
 今日は午後までに力仕事をメインに孤児院の修繕と大掃除を行う予定だ。
 床や柱など目に見える所は清潔で埃一つ無かった。問題は普段手が届かない天井の隅や棚の上である。
「すごーい!」
 ルーシーのサイコキネシスの魔法でふわふわと浮かんだ布切れが、高い場所にある窓をゆっくりと綺麗にしていく。生まれて初めて魔法を目の当たりにした子供達は大興奮である。
「ほら、これなら届くだろう」
「ホントだー。よし、キレイにするぞ!」
 レグルスに肩車をしてもらった少年は生き生きとした表情で棚の上を拭いていく。頭に埃が積もっても気にせずに微笑んでいるレグルスの様子に、ピュリファイと家小人のはたきで掃除をしていたマロースはクスッと笑い声を洩らした。
「ほらラルフ、頑張って!」
「うん!」
 レオンスートに抱き上げられた少年は元気よく頷くと、慣れないながらも懸命に天井の隅の汚れをふき取っていく。
「次はお庭のお手入れをしましょう」
 窓を掃除し終えたルーシーは小さな女の子達を伴って外にある花壇へと赴き、そこにある雑草を抜き始める。
「うわ、こりゃひでーな」
「だが修復は可能だ」
 雨漏りが気になる屋根を直すのはとシェダルとジョン。釘を打つ規則正しい音が青空に響き渡る。
「新しい釘を持ってきたよー」
 身軽なロザリンドは道具を持って飛び回り、2人の補助をしていた。
「メアリ、そこを押さえていてね」
「はぁい」
 チョコは今にも外れそうな窓枠の補修を行っていた。
「丁寧に丁寧に‥‥そうそう、上手に出来ましたね」
「えへへ〜」
 一方のショコラはひびの入った壁を修復していた。褒められた少年は照れ臭そうに鼻の下を擦っている。
「これで全部ですね」
 ミルファと共に洗濯していたファティナは風に靡くシーツを満足げに見つめる。
「乾いたら取り込んで畳まなきゃ。そっちの方が大変よ?」
「あたし達もまたお手伝いするー」
「だから大丈夫だよ!」
 ミルファの腕に抱きつきながら、少女達は屈託の無い笑顔を見せる。
「ありがとう。頼りにしてるわよ」
 一人一人の頬にキスをしながら、太陽の様な笑顔を見せるミルファ。それをジョンは屋根の上から目を細めて見つめていた。

 子供達が一生懸命お手伝いをしてくれたお陰で、掃除はお昼ご飯前には終わってしまった。
 食事を取った後にお昼寝タイムに突入する子供達。その間が冒険者達の束の間の休息である。それぞれが好きな様に休憩を取っていた。
「今日もいいお天気だね」
 草むらに並んで寝転がるのフォンス兄妹は、青空を流れる雲を眺めていた。
 チラリと隣の兄の横顔を伺うチョコは傍にいられる幸せを噛み締めていた。
(「最近、兄様にくっついて依頼受けてるなぁ。でも、一緒にいられる時はいっぱい一緒にいよう。だって、いつか別れは来るのだもの」)
 少しだけ切ない気持ちになったチョコ。その手にショコラがそっと触れる。
「チョコ、どうしたの?」
 二人きりだからだろうか。ショコラは少しだけ砕けた口調で尋ねる。
「ううん、何でもないの」
「一人で抱え込まないで。悩みがあるならすぐに言うんだよ」
 繋いだ手からショコラの優しさと温かさが流れ込んでくる。
「はい、兄様‥‥」
 嬉しさに込み上げてくる涙を見られないように、チョコはそっと瞳を閉じた。

「冷静さを取り戻したミルファはとても勇敢だった。騎士である私が見惚れる程にな」
 ジョンが語るミルファとの冒険譚にお昼寝から起きた子供達は夢中で聞き入っている。隣で話を聞いているミルファは珍しく饒舌なジョンを子供の様だと思い、ふわりと微笑んだ。
「くらえー!」
「や、やられたわ〜」
 少年の投げたへろへろの泥玉が命中すると、レオンスートは胸元を押さえて大げさに倒れこんだ。
「でもやられてばっかだと思ったら大間違いよぉ!」
「リョーカが怒ったー」
「逃げろー」
 レオンスートは子供達と泥んこ遊びと鬼ごっこを楽しんでいるようだ。
「ほっぺの内側に空気が入ってほっぺが膨らまないよう注意して吹いてみましょう。こういう風に‥‥」
 ショコラの草笛が夕暮れの風に乗って、孤児院に優しいメロディーを届ける。
「こんなに穏やかで優しい時間があるなんて知らなかったわ」
 そう呟くミルファの瞳は遠くにあるレグルスの背中を見つめていた。
「ふふっ。つかまえた!」
 孤児院内でかくれんぼをしていたルーシーは、シーツに包まって隠れていた子供達をそのまま抱きしめる。
 真っ白で清潔なシーツからはお日様の匂いがした。

●闇夜の抱擁
 夕食を終えた子供達は今夜もルーシーの御伽噺に夢中だった。
 昨日と同じ様に終わるや否や眠りに落ちる困ったさん達を、男性陣が孤児院まで送っていく。
「‥‥君はたまにそうやってとても悲しそうな顔をするな」
 ぼんやりと薪を眺めていたミルファは、ジョンの声に顔を上げた。
 ミルファの青い瞳の中で薪の炎が揺らめいて見える。
「よければ君の事を聞かせてくれないか?」
 暫しの沈黙の後、ミルファは重い口を開いた。
「私、物心ついた時から汚くて狭い所に閉じ込められて、毎日毎日働かされてたの」
 堰を切ったかのようにミルファはあまりにも不幸で残酷な過去を語り出す。
 誰かに話す事でなかった事に出来るなら、忘れてしまえたならどんなにいいだろうか。
 しかし話せば話すほど過去は鮮明に蘇ってくる。繊細な心を壊さんばかりに。
「仲間がどんどん弱って死んでいくの。目の前で嬲り殺されたりもしたわ」
 ‥‥今でも忘れられない、何一つ消し去る事は出来ない。
「あいつ等を殺せるものなら殺してやりたかったのに、私にはできなかった‥‥」
 激情が治まる様に、最後の一言はあっけ無い程の弱々しさでミルファの唇から零れ落ちる。
 そして泣き笑いの表情を目にした瞬間、ジョンは少女が華奢な体の内に溢れんばかりの憎悪と哀しみを抱えている事を知った。
「ミルファ、君は幸せか?」
「どうしてそんな事を聞くの?」
 自らを省みずに仲間を守ろうとするのは、もう誰も失いたくないから。心が痛みに耐えられないから。
「君は人の幸せを守ろうとして自身の幸せを疎かにしているようだ」
 まるでそれが罪滅ぼしとでもいうかの様に。
「私はそんなにいい子じゃない。それに今はとっても幸せよ。だって皆が‥‥」
 ミルファの言葉はそこで遮られる。
「いるもの‥‥」
 続きが放たれたのはジョンの腕の中だった。
 逞しい腕と胸に強く抱きしめられ、息が出来ない。
 でもその苦しさが嬉しかった。
「‥‥抱きしめられるって、温かいのね」
 されるがままに大人しくしているミルファだったが、その手をジョンの背に回す事は無い。
 どんなに優しくしてくれても、彼はレグルスではないのだから。
「人の幸せとは単純に測れるものではないようだな‥‥」 
「うん。複雑だけど同時に酷く曖昧だわ」
 ミルファの呟きは夜の闇に溶け、消えていった。

●惜しむように‥‥
 孤児院で過ごす最終日。
 子供達は順番にマロースに散髪をしてもらい、服を着せてもらった。女の子達に到っては薄化粧まで施されている。
「マロースお姉ちゃん、ありがとう!」
 子供達は全員大満足のようである。
「よし、急いで広場に行くぞ」
「何があるの、エディ?」
「発表会だよ。ロザリンドが俺達が主役の歌を作ってくれたんだ!」
 エディの言葉を聞いた女の子達は一斉に走り出す。
「待って下さい!」
 子供達を慌てて追うマロース。彼女も発表会で演奏をするのだ。 
「全員揃ったかな? 始めるよー!」
 エディ達の到着を確認したロザリンドはくるりと演奏者達に振り向く。
 横笛を銜えるチョコと息を切らしながらリュートを構えるマロースは楽器演奏の初心者だが、気持ちをこめればきっと子供達には喜んでくれるはずである。
 ロザリンドが笑顔で手を振ると、二人は楽器に息を吹き込んだ。
『甘えん坊のディード♪ いつもにこにこケヴィン♪ ねぼすけのフランク♪ 泣き虫のラルフ♪』
 明るく弾むような演奏に合わせて歌い、踊るロザリンド。楽しそうな彼女の姿に、自然と手拍子が聞こえ始める。
『食いしん坊のアベル♪ 働き者のナタリー♪ しっかり者のメアリ♪ とっても優しいリオン♪』
 名前を歌われた子供達は立ち上がり、一緒に踊り始める。
『おませなエヴァ♪ 元気いっぱいモリス♪ 綺麗好きなマリナ♪ 皆のリーダーエディ♪』
 いつしか子供達と冒険者は手を繋ぎ輪になっていた。
「よーし、もう1回初めから歌うよー。シスターも一緒にね!」
 ロザリンドの幸せな歌はシスター達も巻き込み、青空に高く高く響き渡るのだった。

 昼食を終えた後、子供達はお昼寝をせずに頑張って起きていた。
 幼いながらも残された時間を惜しんでいるのだろう。全員が体を寄せて温もりを確かめるかのように甘えていた。 
「ここに干しておけば明日の朝には完成ですよ」
 ルーシーとファティナは子供達を一緒にワインで染めた布を丁寧に干していく。
 小麦粉で様々な形を作る遊びも考えていたのだが、食料として使ってもらった方がいいと思ったルーシーは持参した小麦粉をフロリアに手渡したのだった。
「綺麗な色ー! 明日が楽しみだね」
「でも、明日になったらお姉ちゃん達はいなくなっちゃうんだよ?」
 一人の呟きにその場にいた子供達は表情を曇らせる。
「やだよ、さみしいよぉ」
「ずっとここにいてよぅ」
 2人は涙目で抱きついてくる子供達に答える言葉を持たず、ただ小さな体を抱きしめることしか出来なかった。
「くすぐったいってば」
「もふもふするー」
 連れて来た愛犬と戯れる子供達をジョンは優しい眼差しで見守っている。その近くでマロースは先程から子供達の似顔絵を描いていた。
 空飛ぶ木臼に子供を乗せてあげる予定だったのだが、小さな椅子一つ分位しか面積の無い木臼に2人乗りをするのは危険だからとフロリアに止められてしまったのだ。
「えいっ!」
 皆から少し離れた場所でエディとレオンスートは剣の稽古の真似事をしていた。
「中々筋がいいわよ。ちょと休憩しましょうか」
 肩で息をするエディの手から木の枝を取り上げると、レオンスートはゆっくりと腰を下ろした。エディもそれに倣う。
「ね、エディ。いくら貧しくてお腹が空いていたとしても、かっぱらいみたいな事はしちゃダメよ? 神様はね、ちゃんと見てるんだから」
「でも、チビ達にひもじい思いはさせたくない」
 真っ直ぐに自分を見つめるエディの鼻をレオンスートはちょんと弾く。
「あんたは最年長で皆のリーダーなんでしょ? 何かあった時に被害を蒙るのはシスターや他の子達だって自覚しなさい」
 今は反発心が勝っていてもいい。
 時間がかかっても彼ならきっとわかってくれるだろう。
「今日の晩御飯は何だろな〜♪」
 子供達は歌いながらくるくると飛び回るロザリンドを追いかけている。その後で子供達と手を繋ぎながら沈み行く夕日を眺めているのはフォンス兄妹だ。
「明日も晴れだといいね。明後日も、その次も、ずーっとずっと」
 チョコの言葉に子供達は小さな手にぎゅっと力をこめた。
 
 その日の夜、一同は孤児院で寝る事となった。
 部屋は狭くて床は固かったが、伝わる確かな温もりに誰もが安らかな気持ちで眠りにつくのだった。

●求めるものは
 別れの朝も目に痛い程の快晴だった。
 泣きじゃくり別れを拒む子供達をシスター達が宥めている。
「また会えるから、だから泣かないで」
 チョコは今にも泣き出しそうである。
「楽しい時間をありがとうございました」
 震える妹の肩をショコラはそっと抱き寄せた。
「また皆さんの似顔絵を描ける日を楽しみにしています」
 悲しそうに微笑むマロース。
「次に会う時までにあたし達の歌を作っておいてね!」
 陽気なロザリンドの声も震えていた。
「すっごく楽しかったわ。またお飯事しましょうね」
 レオンスートは涙を押し殺し、明るくウィンクをする。
「離れていても私は皆さんをいつも想っています」
 ルーシーの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
「立派な騎士になって戻ってきます!」
 ファティナは涙目でそう宣言するのだった。
「楽しい一時を過ごせた事、感謝している」
 ジョンは頭を下げると、そっと目頭を押さえた。
「すぐにまた会える。それまでいい子でいるんだぞ?」
 レグルスは父親の様な眼差しを子供達に向ける。
「私、皆の事が大好きよ。仲良くしてくれてありがとう」
 優しい笑顔を浮かべるミルファの唇は微かに震えていた。
「ま、今生の別れってわけじゃないし、気が向いたら遊びに来てやるよ。楽しかったぜ」
 最後まで軽薄なシェダルの瞳は少しだけ潤んでいた。
「皆様、本当にありがとうございました。ぜひまた遊びに来て下さい」
 フロリアに倣い、子供達全員が頭を下げる。
 いよいよお別れである。
 一同はゆっくりと帰路を歩き出す。背中越しに聞こえる子供達の啜り泣きに後ろ髪を引かれながら。
 幼い子供達は駆け寄りたい気持ちを懸命に堪えていた。行かないでと叫ぶ事も。
「赤毛‥‥」
 エディの目に映るシェダルの背中がどんどん小さくなっていく。涙で揺らめいて、もう、よく見えない。
「────シェダルー! また来いよ! 約束だかんなー!!」
 堪えきれずに叫ぶエディ。
 初めて名前を呼ばれたシェダルはエディに振り向くと、にっと唇の端を上げて笑った。
 
「アイツさ、ガキの頃のオレにどっか似てんだよな」
「だからエディもあなたの傍を離れなかったんでしょうね」
 マロースは憎まれ口を叩きつつもエディが常にシェダルの傍にいた事を思い出す。
「親はいないけど、アイツは優しいシスター達の愛に包まれて幸せだよなぁ」
 木々の間から差し込む木漏れ日に目を細め、シェダルはエディや子供達の幸せを願うのだった。
 
 マロースの描いた12枚の似顔絵と、同じ枚数のルーシーが子供達とワインで染めた小さな布。
 そしてチョコが書き上げた子供達12人の集合絵────そのどれもに彼女達の穏やかで温かい想いが籠められていた。