【北海の港町】この世で一番尊きもの
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■ショートシナリオ
担当:綾海ルナ
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月26日〜07月06日
リプレイ公開日:2008年07月04日
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●オープニング
●海岸沿い港町からの依頼
キャメロットから北東、徒歩4日で辿り着くロッチフォード東端の港町『メルドン』でも北海の異常による余波が訪れていた。
主に漁猟で支えられている素朴で小さな港町で、大らかな性格の民が多い。特色はないものの、漁で獲れた海の幸が民の自慢で、酒場や食堂、宿屋など幾つか見掛けられ、船乗り達の憩いの場だ。
メルドンからキャメロットの冒険者ギルドに依頼が届くようになったのは最近の事である‥‥。
仲間だと思えた時間は呆気無いほど短かった。
面倒な事や危険な事ばかりをやらされていれば嫌でも気づく。
ただ利用されているのだ、と。
それでもやっと見つけた居場所を失いたくなかった。
「なのにこれかよ‥‥」
アッシュは焼ける様に熱い横腹を押さえながら、天高くに輝く月を見上げた。
指の隙間から伝い落ちる血はゆっくりと彼の足元に広がっていく。
「最期は海ん中で迎えたかったけど、もう足が動かねぇや‥‥」
路地の狭間で誰にも看取られる事もなく自分は死んでいくのだろうか────涙を流し、悲しんでくれる者もいないまま。
何の為に生まれたのだろうかと考えてみるが、今まで散々悪事に手を染めてきた自分がそんな高尚な物思いに耽るのは罰当たりな気がした。
北海の異常に乗じ徒党を組み、ここメルドンで何回盗みに入っただろう。何人の命を奪い、傷つけてきただろう。
数え切れない罪を犯してきた自分には、仲間に見捨てられて命を落とす惨めな末路がお似合いだと思った。
「今度生まれて来る時は本当の魚がいいな‥‥誰にも迷惑をかけずに一生海の中で暮らしていけたら‥‥」
「────ですか!?」
朦朧とする意識の中で、誰かの声が聞こえた。
「しっかりして下さい! 諦めないで!!」
霞む視界の端に捉えたのは、遠い日に海底で見かけた人魚よりも美しい、人間の娘だった。
胸が締めつけられるような甘い香りに包まれながら、アッシュは意識を手放した。
体が重くて動かない。
重い瞼を開けると、木目の天井が目に入った。
「ここ‥‥は?」
「よかった、気がついたんですね!」
嬉しそうな声と共に温かい何かがアッシュの手に触れた。
それが誰かの手の温もりだと気づき視線を上げると、ジッと自分を見つめている娘と目が合う。気絶する前に見た、彼女だ。
「あんたは?」
「私はレナ。この家の娘です」
怪訝そうに尋ねるアッシュにレナはにっこりと微笑んだ。
「‥‥素性の知らない男を助けるだなんて、随分無用心なんだな」
アッシュは気恥ずかしさからつい皮肉を言ってしまう。
優しくされるのに慣れていないせいもあったが、生まれて初めて女性とまともに口をきくので、どう接していいのかわからないのだ。
「あなたも盗賊に襲われたのでしょう? 父も数日前に同じ目に遭ったから、他人事とは思えなくて‥‥」
レナの言葉にアッシュはハッとして辺りを見回した。この部屋には見覚えがある。
何故ならレナの家に盗みに入り、彼女の父親を傷つけた盗賊達の中に自分もいたのだから。
「お、親父さんは?」
恐る恐る尋ねるアッシュにレナは可憐な花のような笑顔を見せる。
「幸いそんなに傷は深くなかったんです。心配してくれてありがとうございます」
しかしその笑顔はアッシュを罪悪感に駆り立てる。彼女の父が生きているとわかりホッとするのは偽善だと思った。居た堪れなくなり、奥歯をギリリと噛み締める。
「あなたって優しいんですね。お名前を教えて頂けませんか?」
「えっ?」
彼女が触れていただけの手に微かに力を籠めた事に気づき、アッシュの頬が朱色に染まる。
「ア、アッシュだ」
「傷が治るまでここにいて下さいね、アッシュ」
灰という意味を持つ名もレナに呼ばれると甘い響きに聞こえるのは何故だろうか。高鳴る鼓動に胸が苦しく、息が詰まりそうだ。
生まれて初めての恋に落ちたのだとアッシュが悟るまで、そう時間はかからなかった。
レナと好きだと自覚してから、アッシュの心には相反する感情が鬩ぎ合っていた。
恋の喜びと懺悔の気持ちは同じくらい強く、早くここを去らなければならないと思いつつも、レナの優しさと温もりを手放せずにいた。
「また強盗事件があったみたいなの」
アッシュの正体を知るはずもないレナは、悲痛な面持ちで事件について話し出す。
「盗むだけじゃなくて命まで奪うなんて、本当に野蛮で残酷な人達だわ」
レナと出会ってから数週間が経った。
彼女から敬語が消えているのは、それだけ2人の距離が縮まった事を暗示していた。
「‥‥ああ、血も涙もない奴らだな」
そう答えながら、それは自分も同じだとアッシュは思った。
だがレナや彼女の父を欺きその好意に甘えている自分の方が醜悪で許させざる存在だろう。
「その盗賊達がいなくなれば、あんたも親父さんも安心して暮らせるんだよな?」
罪を償わなければと思った。刺し違えてでもレナを守りたいと。
例えそれが一方通行の恋だとしても。
「アッシュ、何を考えているの? まさかあなた‥‥」
「傷も完治したし、何とかなるさ」
「自分はどうなってもいいって言うの? そんなの、そんなの嫌よっ!」
涙に頬を濡らし抱きついてきたレナに、アッシュは自らの考えが間違っていたのだと気づく。
「あなたがいなくなるなんて耐えられないわ‥‥」
────この恋は、一方通行ではなった。
愛される喜びに震える胸に、レナを強く抱きしめる。
「レナ、あんたが好きだ‥‥好きだ、好きだっ」
熱い吐息と共に想いを言葉にして吐き出せば、こんなにも彼女を愛している事に気づく。
卑怯だとわかりつつも、罪悪感が愛しさに飲み込まれていくのを抑えられなかった。
「私もあなたが好きよ。だからお願い、私の側からいなくならないで‥‥」
誰かに存在を乞われ必要とされる日が来るだなんて思っていなかった。心の奥でそれを渇望しつつも、諦めていた。罪深い自分にこんなに優しい奇跡が起こってよいのだろうか?
夢ではないのだと確かめるように、アッシュはそっと瞳を閉じたレナの唇にひび割れた自らの唇を重ねるのだった。
それは不器用で、優しい口付けだった。
自らの罪も正体も告げられない狡さに胸の痛みを覚えながら、アッシュは泡沫の恋に酔いしれる。
しかしそれは逃避ではない。
レナの為にかつての仲間を倒すという決心は変わっていないが、アッシュは死に逃れるのではなく一生をかけてでも罪を償う道を選んだのだった。
「ギルドに依頼を出そうかと思ってるんだ。冒険者達と一緒なら安全だからな」
大きく裂けた口にびっしりと生えた無数の鋭い歯。そしてざらざらとした灰色の肌。
本当の姿を知ったらレナはどれだけ傷つくだろうか。きっと騙されたと気づき自分を激しく憎むだろう。
しかしそれでいいとアッシュは思う。
レナを傷つけてしまうのは心苦しいが、憎しみで悲しみを消してしまえるのなら、どれだけ憎まれても構わない。
唯一の真実であるレナへの想いも、きっと信じてはもらえなくなるだろうけれど。
どんな言葉で罵られようと、それでもその先に彼女の幸せがあるのなら耐えていける。
(「だからもう少しだけ、もう少しだけ幸せな夢の中にいさせてくれ‥‥」)
レナの温もりを失う日を思うと、心は張り裂けんばかりに痛み、軋む。
だがその痛みなど何でもないと思えるくらい、レナの命と未来はアッシュにとって尊いものだった。
●リプレイ本文
●甘く淡い夢の中
潮風は心地よく、耳を澄ませば微かな波の音が聞こえてくる。
依頼人のアッシュが住む港町メルドンはもうすぐそこだ。
「チョコちゃんと一緒の依頼、上手くいきますように!」
初依頼に興奮気味のマオ・ルーミン(eb0089)にチョコ・フォンス(ea5866)は笑顔で頷く。
「あたしもマオちゃんと兄様と一緒で嬉しいな」
「久々に彼とも一緒だしねぇ?」
マオはチョコのほっぺをつんと突っつく。
「ア、アッシュは自分の事をどこまで話してくれるかな? 何か訳ありっぽいよね」
強引に話題を変えながら、チョコは野営中にマオに恋人について話して聞かせたのをちょっとだけ後悔していた。
「人の心とは難しいものです。無理に聞き出さない方がよいでしょうね」
ショコラ・フォンス(ea4267)は妹の問いに答えながら、僅かに表情を曇らせるのだった。
メルドンに先行した者達は後発の仲間と合流するまでの間、各々の方法で動き始める。
生業と経験を生かして『裏』の人間と接触を図るのはアンドリュー・カールセン(ea5936)だ。
情報通の男から得た盗賊達のアジトの情報に、協力を申し出て上手く利用してやろうと思いつく。
「真実を相手に伝えられない男か‥‥」
アッシュに自分の境遇と重なるものを感じながら、アンドリューは青い空を仰いだ。
アッシュの傷が完治していると知った元馬祖(ec4154)は、用意し忘れた帰りの食糧を購入した後、町中の病人や負傷した者達を治療して回っていた。
「私は強盗団退治の依頼で参った冒険者です。宜しければ詳しいお話を聞かせて下さいませんか?」
盗賊に重傷を負わされた男性の腕に包帯を巻きながら、馬祖は優しく微笑む。
男性は自分が遭った被害について詳しく話してくれた。
さらに自分にできる事があれば何でも言ってくれと、協力まで申し出てくれたのである。
心からの優しさは人々に届くと感じた馬祖は深々と頭を下げるのだった。
「頼む、一日でも早く奴等を捕まえてくれ!」
一番初めに強盗に入られた大富豪はジョン・トールボット(ec3466)に涙ながらにそう訴えてきた。
渡されたメルドンの地図に目を移すと、被害に遭った家は塗り潰され、目を付けられる危険がある家には印が付けられている。
ジョンはそこに託された想いに応える事を誓い、レナの家へと戻った。
「おかえり。収穫はあったか?」
「‥‥ああ」
労うアッシュにジョンの返事は素っ気無い。
かつて盗賊だった彼にジョンは余りいい感情を抱いていなかった。
全員が揃った夜、レナは手作りのデザートを振舞ってくれた。
(「う〜ん、あたいも何だか恋してみたくなったよ」)
中睦まじい2人の姿にマオは触発されたらしい。
「知っての通り、俺はこの町を荒らしている盗賊達の仲間だった。奴等の正体はワーシャークという鮫人だ」
「‥‥アッシュも同じなの?」
鮫人について説明するアッシュにマオは恐る恐る尋ねる。
彼は一同の驚いた顔や不安そうな顔を見回した後、ゆっくりと頷いた。
「‥‥その通りだ」
張り詰めた沈黙の中、1番に口を開いたのはチョコだった。
「アッシュはいい人だよ。だからワーシャークだって事は気にならない」
レナとの恋を応援できるかは別として、とは言えなかった。
「種族など関係なく私達はこうして語り合い、助け合えます。あなたは大切な仲間ですよ」
ショコラは全てを赦す様な微笑みを浮かべる。
「ありがとう‥‥」
何を話しているのか聞こえなかったが、レナは涙を流す恋人を慈しむ様な瞳で遠くからそっと見つめていた。
●鮮明な現実
用事があると言うアンドリュー以外の全員で翌日は日が暮れるまで聞き込みを行った。
アッシュの情報を基にチョコが描いた盗賊達の似顔絵が功を奏し、いくつかの目撃証言を得る事が出来たのだが、どれも決定的なものではなかった。
「やっぱ待ち伏せしかないかなぁ」
フォンス兄妹と共に一日中歩き回ったマオは残念そうに呟く。
ショコラがミミクリーで犬に変身して匂いを辿る案もあったのが、盗賊達の匂いを特定できる物をアッシュが持っていなかった為、断念せざるを得なかったのだ。
「ですが、今夜か明日に必ず盗みに入る確証はありません」
「それに狙われそうな家がこれだけあると絞るのも難しい」
馬祖の言葉にジョンは先日渡された地図を睨み、溜息をついた。
「アジトの場所もわからないしね」
チョコが唇を噛み締めた瞬間、待ち侘びた恋人が戻ってきた。
「アンドリュー! ‥‥お、おかえり」
咄嗟に叫んでしまった事に気恥ずかしくなり、チョコは俯いてしまう。
「‥‥ただいま」
そんな恋人を可愛らしく思いながら、アンドリューは恋人の頭を撫でる。
(「触れられるだけで頬が染まるのは、世界中でこの人だけだ‥‥」)
優しい仕草に胸を締め付けられながら、チョコは潤んだ瞳でそう思うのだった。
「彼女をほったらかして何処に行ってたの?」
マオは頬を膨らませてアンドリューに詰め寄る。
「盗賊達と明日アジトで待ち合わせをする約束を取りつけてきた」
呆気に取られる一同を尻目にアンドリューは淡々と話し続ける。
「だが盗みに入る家までは聞き出せなかった。すまないな」
「いえ、アジトの場所がわかれば問題ありません」
ショコラの言葉に全員は頷くと、早速作戦を練り始める。
狙われそうな家の人々を避難させ、その他の住人にも被害が及ばない場所で戦う。これはショコラの案である。
さらに馬祖が盗賊達の逃走を妨害する罠をしかける事となった。
「眠れないのか?」
深夜、一人で夜空を見上げていたアッシュの隣にジョンは静かに腰を下ろす。
彼の中にはいつしかアッシュを助けたいと言う想いが芽生えていたのだった。
翌夕刻。
姿を現したアンドリューに安堵の表情を浮かべた盗賊達の顔は一瞬で凍りついた。
「全部てめぇの差し金か!」
憎憎しげにアッシュを睨み付ける盗賊だが、マオのコアギュレイトで呆気なく動きを封じられてしまう。
「‥‥私が相手だ」
ジョンは盗賊の1人を引き付け、正面から防御優先の戦い方で確実に敵を追い詰めていく。
堪らずに距離を取った盗賊だったが、その隙にショコラにディストロイで武器を破壊され、首を切り裂くジョンの剣で絶命した。
一方、身動きの取れない仲間を助けようとマオに突進していく盗賊に、アンドリューは背後からナイフを突き立てる。
そして守られるだけではいけないと奮闘するチョコのライトニングサンダーボルトが容赦なく盗賊を襲う。
「し、死にたくねぇ‥‥」
苦しげな呟きにアッシュは一瞬だけ辛そうな表情をみせる。しかし次の瞬間、無慈悲に剣を振り下ろした。
「一足先にあの世で待っててくれ‥‥」
消え入りそうな呟きを耳にした者はいなかった。
「後生だ、死んだ仲間に手を合わさせてくれよ」
拘束を解かれた最後の盗賊は俯きながら懇願するものの、アッシュが無言で頷くとにやりと笑った。
しかし始めから逃亡するつもりだと全員が悟っていた。その対策もしてある。
闇夜に向けて駆け出した盗賊は馬祖の仕掛けたロープにひっかかり、派手に転んだ。
急いで起き上がった盗賊の目の前に、オーラボディを付与した馬祖が立ち塞がる。
「どけっ!」
無我夢中で攻撃を繰り出す盗賊だが、回避に優れた馬祖に掠りもしない。
そして盗賊はついに本性を現した。
馬祖も、彼女の援護に駆けつけた誰もが息を飲んだ。
人間の顔は鮫の頭部に変化し、大きな口に生えた無数の歯が闇夜に光る。
畏怖の籠もった目で自分を見つめる冒険者達に盗賊は自嘲的な笑い声を漏らすと、再び駆け出そうとした。
「だめっ!」
咄嗟にマオがコアギュレイトを唱える。
程なくしてその体には槍と剣が突き刺さった。
「真実はいずれ知られる。だが‥‥だからこそ、それを恐れる必要はない」
アンドリューはアッシュに本心からの言葉を投げかける。
彼の頬に飛び散った返り血は泣き出しそうな表情と相まって、赤い涙に見えた。
その日の深夜。
出頭の決意を固めたアッシュは2人に己の罪を打ち明けた。
「初めから知っていたよ」
父親は優しい瞳で一言、そう言った。
●恋人達の未来
別れの朝が訪れる。
「皆、俺の望みを叶えてくれて、本当にありがとう」
やりきれない表情や涙目の冒険者達にアッシュは礼を言うと、レナに向き直った。
「レナ、幸せになってくれ」
泣き笑いの表情でそう告げると、背を向けて歩き出す。
「ねぇ、このまま行かせちゃっていいの?」
二人の愛はそんなちっぽけなものじゃないよね?
そう言いかけたチョコの肩を無言でアンドリューは抱き寄せた。
「愛とは容姿や罪で変わるものではない。想いこそが真実を愛を紡いでいるはずだ」
愛に偏見はないと説くジョンの言葉に、レナは昨夜の出来事を思い出す。
現実を受け入れられない自分の目の前で、アッシュは鮫人へと姿を変えた。
とても哀しい瞳のままで。
「レナ、騙して悪かった。でも、どうしようもないくらい、あんたを愛しているんだ‥‥」
涙に掠れた声で囁かれる、愛の言葉。
────全てを知っても尚、嬉しかった。
数々の罪を犯してきた人ならざる者だとしても、この想いは変わらない。
寧ろ抑え付けられない程に強く、愛おしい。
「‥‥アッシュ、愛してるわっ!!」
潮風に運ばれるレナの想い。
遠ざかっていくアッシュの背中が震えたように見えた。
「必ず迎えに来るから、待っていてね‥‥」
残酷な未来の予感を振り払い、レナはそっと呟く。
事件が解決して間もなく、一家は仕事の関係でメルドンを去った。
父親はアッシュも息子として連れて行くつもりだったらしい。
アッシュの罪を減刑して欲しいという馬祖の願いが叶えられるかはわからない。
だが、冒険者達は願わずにはいられなかった。
いつの日か再び2人が笑顔で抱きしめ合える優しい未来を。
尊き愛の奇跡を────。