【お兄様と私】ある令嬢の悩み

■ショートシナリオ&プロモート


担当:綾海ルナ

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 0 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月27日〜12月02日

リプレイ公開日:2007年12月03日

●オープニング

「‥はぁ。どうしたらいいのかしら?」
 淡いピンクで統一された自室内で、少女は物憂げに溜息をついた。
 彼女の名はアリシア・ロイエル。
 ハニーブロンドの髪に碧色の瞳を持つロイエル家の長女である彼女は、ずっとあることで悩み続けていた。
「やっぱり、思い切って聞いてみるのが1番よね‥‥」
 意を決したアリシアが自室を出ようとしたその時、ノックの音が響いた。
「はい。どなた?」
「俺だよ、アリシア。よかったら一緒に買い物に行かないか?」
 声の主はアリシアの悩みの元凶、兄のフレッドだった。
「喜んでお供いたしますわ。すぐに支度をしますから、下で待っていて下さいな」
 遠ざかるフレッドの足音を聞きながら、アリシアは千載一遇のチャンス(?)に決心を固めるのだった。


 妹の贔屓目を差し引いても余りあるくらい、フレッドは整った顔立ちをしている。もういい加減に慣れた光景なのだが、今日も彼は女性達の視線を一身に集めていた。
 しかし当の本人はそんなことには全く気付かず、店に並べられた商品を興味深そうに眺めている。
(「あえて気付かない振りをしている‥‥だなんて器用なことがお兄様にできるわけがないわよね」)
 つまりフレッドは超が付く程の鈍感なのだ。そして自分の容姿に全く関心がない。
アリシアは馬の鞍を吟味しているフレッドの端正な横顔をマジマジと見つめた。髪はアリシアと同じハニーブロンドで、碧色の瞳はほんの少し濃い色をしている。肌は健康的に焼けているものの、女性のようにきめ細かい。背が高く程よく筋肉質で、手足はスラリと長い。そして香水など付けていないのに、微かにいい匂いがする。
 つまり、女性が憧れる王子様そのものなのだ。‥外見に関しては。
「なあ、アリシア。同じ耐久性ならどちらのデザインがいいと思うか聞かせてくれないか?」
 目をキラキラ輝かせるのは武器か馬具を見ている時だけ。装飾品や衣服には全く興味がない。
「こちらの色の方がユリシスの栗毛に映えると思いますわ」
「そうか。お前の意見を聞いていれば間違いはないな。ありがとう」
 呆れ気味のアリシアに気付くことなく、助言を得たフレッドは爽やかな笑顔を見せるのだった。

「‥お兄様、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「ん? 何だ、改まって」
 フレッドは馬具が詰め込まれた袋を抱えたまま、神妙な面持ちのアリシアに視線を移した。
「お兄様にはお付き合いをしている女性はいらっしゃるのですか?」
「いるわけないだろう。いたら真っ先にお前に紹介してるさ」
 まあこれはわかりきっていたことだったので、アリシアは特別落胆することはなかった。
「では、気になる女性は?」
「いない」
「で、では、恋愛にご興味は?」
「ない」
「‥う。ご、ご結婚については‥‥」
「まだまだ先のことだ。今まで1回も考えたことはないな」
 ‥‥撃沈。見事なまでの全敗である。
「安心しろ、アリシア。お前が嫁に行くまでは俺は誰とも結婚しないからな」
「‥え?」
 思いがけない言葉に顔を上げると、フレッドは何故か嬉しそうに顔を綻ばせていた。
「だから何も寂しがることはないぞ」
 そう言ってフレッドは、大きな袋を片手に抱き変えて、アリシアの頭を優しく撫でるのだった。
(「ち、違いますのよお兄様。‥あぁ、これじゃ逆効果だわ」)
 アリシアはフレッドに気付かれないように、小さく溜息を漏らした。

 次の日、冒険者ギルドにアリシアの姿があった。
「お兄様が女性嫌いなのかどうか、調査をお願いしたいのです」
「女性嫌いか否かを確かめるだけで宜しいのですか?」
「はい。白にせよ黒にせよ、どちらに転んでも対策には時間をかけなければなりません。何せとんでもなく鈍感な方なのです」
「充分な計画を立てずに行動に移すと、鈍感故にあらぬ方向に勘違いする危険性があると?」
 アリシアが頷くのを確認すると、受付は依頼書を作成し始めた。
「冒険者の方々には、私のお友達または家庭教師としてロイエル家に5日間滞在して頂きます。それくらい時間があれば忙しいお兄様ともすぐに打ち解けられる思いますわ」
「5泊6日3食付き‥‥こりゃ好待遇ですね」
「女性嫌いなら嫌いな理由を、そうでないなら恋愛に興味がない理由を聞き出していただけたら助かります」
「‥鈍感な方なら多少荒っぽい方法も必要かもしれませんねぇ」
「それは覚悟していますわ。ですがお兄様も騎士のはしくれ。そう簡単に身の危険に晒されることはないと思います」
 命の危機じゃなくて貞操の危機なんだけどな‥と思った受付だったが、それはあえて口にしないことにした。

●今回の参加者

 ea5652 ジノーヴィー・ブラックウッド(39歳・♂・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb2288 ソフィア・ハートランド(34歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb5267 シャルル・ファン(31歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb7019 マリアーナ・ヴァレンタイン(40歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ec2813 サリ(28歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 ec3680 ディラン・バーン(32歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 ec3876 アイリス・リード(30歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4115 レン・オリミヤ(20歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●サポート参加者

アザート・イヲ・マズナ(eb2628)/ 日高 瑞雲(eb5295

●リプレイ本文

●一日目
「よかったら一緒にお勉強しませんか?」
 アリシアの誘いにレン・オリミヤ(ec4115)は怪訝そうな顔を見せた。
「‥‥どうして?」
「実は私、お勉強があまり好きじゃありませんの。でもとても張り切ってる方がいらっしゃって‥‥」
 ジノーヴィー・ブラックウッド(ea5652)の言葉が脳裏に甦る。
「お勉強『も』しっかりして頂きますからね」
 どうやらみっちりとラテン語を叩き込むつもりらしい。
「一人だと憂鬱ですけど、レンさんと一緒なら頑張れそうな気がしますわ。いきましょう?」
 アリシアはレンに手を差し伸べる。
「‥‥うん」
 レンの顔は微かに嬉しそうに見えた。

 一方フレッドは森林知識やモンスターに詳しいディラン・バーン(ec3680)と話し込んでいた。
「ふむ、さすがだな。よかったら俺にも色々と教えてくれないか?」
「ああ。他のメンバーから学ぶことも多いと思うぞ」
「そうよ。手取り足取りなーんでも教えて差し上げるわ」
 突然会話に入ってきたのはマリアーナ・ヴァレンタイン(eb7019)である。
「君も家庭教師なのか?」
「いいえ。あたしはアリシアちゃんのお友達よ」
「そうか。これからも仲良くしてやってくれ」
 明らかにただのお友達ではないのに、それを素直に信じてしまう単純男フレッド。
 先程も従者にして欲しいと言うシャルル・ファン(eb5267)の申し出を二つ返事で快諾したばかりだった。
 この男の辞書に『熟考』という文字はないのだろうか?

 深夜。アリシアの部屋で作戦会議が行われていた。 
「フレッドの趣味は乗馬か。よし、私に任せておけ」
 乗馬と言えばソフィア・ハートランド(eb2288)の十八番である。
 自信満々のソフィアに一同は期待を寄せるのだった。 

●二日目
 予定では二人っきりで甘〜いデートの筈だったのに。
「大丈夫だ、怖かったら俺に掴まればいい」
 フレッドは強引に連れてきたアイリス・リード(ec3876)に馬術の指導をしていた。
「わたくしは大丈夫ですから、二人で遠乗りに行って来て下さい」
 ソフィアを気遣うアイリス。しかしそこは空気の読めない男、フレッドである。
「好きにさせておけばいいさ」
 カチン。
「だったらそうさせてもらうぞ」
 無神経な発言に頭に来たソフィアは、そのまま馬を走らせて行ってしまった。
「ほ、ほら! 怒ってしまわれましたよ!」
「怒る? 何故だ?」
 ‥‥自分の胸に手を当てて聞いてみるがいい。
 遠目から見てもソフィアが馬を駆る姿は美しく、フレッドはソフィアに釘付けになっていた。
「ふぅ、すっきりした‥‥ん?」
 二人の元へ戻って来たソフィアはフレッドが熱っぽい視線で自分を見つめているのに気付く。
「ふふ。見惚れていたのは‥‥何にだ?」
 悩ましい仕草でそう尋ねる様は、同性のアイリスでさえドキッとする程色っぽい。
「それを言わせるのか?」
「女は言葉を欲しがるものだ」
「ふむ。そうだな‥‥」

「それから延々1時間、姿勢がどうだの馬の毛並みがどうだの、私の魅力とは関係のない話ばっかり!」
 どうやらソフィアはフレッドの鈍感っぷりに撃沈したらしい。
「アイツはもしかしてそっちの気があるんじゃないのか?」
「ふふ。だったらあたしが明日調べてみるわ」
 マリアーナに何か考えがあるらしい。 

●三日目
「フレッドさんを男性として好きですか?」
 ジノーヴィーの問いかけに、アリシアのペン先がボキッと派手な音を立てて折れた。
「な、何を仰いますの!? お兄様はお兄様です」
 頬を真っ赤にし、必死で否定するアリシア。
「あの破廉恥教師め! 純粋なアリシアに猥褻な事でも吹き込んだな!!」
 遠くから二人を監視‥‥もとい見守っていたフレッドが憤怒の形相で携帯している剣に手をかけた。
「は、早まるな!」
「離せ、ディラン! 毒牙にかかってからでは遅いんだ!」
 すっかり取り乱しているフレッドにマリアーナが声をかける。
「ねぇ、この書物をお読みになれるかしら? 難しい字で書かれててさっぱりなの」
「悪いが後にしてくれないか」
「アリシアちゃんが知りたがってたのよ」
「よし、読んでみよう」
 マリアーナの作戦勝ちである。
(「これは禁断の愛の書‥‥もし読めたら坊やは男色ってことになるわね」)
 フレッドは書物を凝視した後、落胆した表情で呟いた。
「何て書いてあるかさっぱりわからん」
 この瞬間、フレッドの男色疑惑は晴れたのだった。
「フレッド様、少しよろしいですか?」
「何だ?」
「騎士とは敬愛するご婦人がいてこそ輝くもの。あなたにもそのような方がいらっしゃいますか?」
 シャルルの問いにフレッドは迷うことなく答える。
「勿論いるぞ。アリシアだ」
 はぁ、と3人から溜息が漏れる。
「妹さん以外では?」
「いるわけないだろう」
 再び落胆と共に大きな溜息をつく3人だった。

三日目の夜。
「よかったわね。お兄様は男色ではないみたいよ」
「男色?」
「‥‥何?」
「お、お二人は知らなくていい言葉です!」
 アリシアとレンをアイリスが慌てて制す。
「明日は私が仕掛けてみましょう」
 ジノーヴィーは含み笑いを浮かべた。
 
●四日目
「何が言いたい?」
 フレッドは明らかに苛立っていた。
「アリシアさんは学習意欲にかけているのではないか、と申しているのです」
 ジノーヴィーはさらにアリシアに対する文句をぶつける。この反応で溺愛度を判定する作戦だ。
 その後も延々と続く売り言葉に買い言葉。そして‥‥。
「第一お前はアリシアに近付き過ぎだ。嫌がっているのがわからないのか?」
「嫌がってる所かむしろ喜んでいるように見えますが?」
 火に油を注ぐ、確信犯ジノーヴィー。
「なっ!! 俺の見てない所でアリシアに何をした!? 切り刻んでも吐かせてやるぞ!!」
「フ、フレッド、アリシアが呼んでいたぞ?」
 今にも血の雨が降りそうな空気を察したディランが咄嗟に嘘を付く。
「‥‥命拾いしたな。だが次にアリシアを侮辱したら許さんぞ」
 凛々しい顔でそう言い残すと、フレッドは軽い足取りでアリシアの元へと向かっていった。

「フレッド様が異常な程アリシアさんを溺愛していることはわかりましたが、肝心なことがさっぱりですね」
 シャルルが心痛な面持ちで呟いた。
「やはり単刀直入に聞くのが1番じゃないだろうか」
 ディランの言葉に頷く一同だったが、若干一名、良からぬ事を企んでいる者がいた。

●五日目
 甘くてとてもいい香りがする。そして柔らかい何かに包まれているような‥‥。
「あら、お目覚め?」
 マリアーナの声に、フレッドは目を見開いた。
「な、な、な‥‥」
 余りの驚きに声が出ない。真っ先に飛び込んできたのはマリアーナの豊かな胸の谷間。自分が置かれているのはあり得ない状況だった。
「うふふ、耳まで真っ赤。可愛いわね」
 フレッドは混乱する頭で何とか服を着ている事を確認する。
「大丈夫。まだしてないわよ。朝から、っていうのもいいわよねぇ」
 その言葉にフレッドは慌てて飛び起きた。
「大丈夫よ、あたしが教えてあげるから」
 マリアーナがリードシンキングを詠唱しようとしたその時‥‥。
「ここまでして欲しいとは言ってませんわー!!」
 突如ドアが開き、アリシアが泣きそうな顔で飛び込んできた。彼女に続いて皆も姿を現す。
「これは‥‥どういうことだ?」
「こうなってしまっては種明かしをするしかありませんね」
 シャルルの言葉に一同は大きく頷いた。

 アリシアは泣きじゃくりながら、事の経緯をフレッドに説明した。
「ごめんなさい、お兄様‥‥」
「いや、俺こそ心配をかけて悪かった」
「自覚があるならはっきり答えてもらおうか。あなたは女性が嫌いなのか?」
 ディランはフレッドを真っ直ぐに見つめ、問いただした。
「嫌いではない。だが正直、苦手だ。どう接していいかわからん。それに‥‥」
 フレッドはそこで一旦言葉を切ると、アリシアの頭を優しく撫でた。
「今の俺には恋愛なんて必要ないし興味もない」
「どうしてだ?」
「アリシアのことで頭がいっぱいなんだ」
「それは兄として、ですか?」
 シャルルが控えめながらも強い口調で尋ねる。
「勿論だ。俺は兄としてアリシアを守らなければならない」
 フレッドの瞳に迷いも嘘もなかった。
「アリシアさんに好きな人を紹介されたらどうするんだ? 結婚してあなたの傍を離れた後はどうするんだ?」
 矢継ぎ早に尋ねるディランは心の底から二人を案じているようだった。
「‥‥アリシアが幸せになれるように見守るだけだ」
 寂しげに微笑むフレッドの姿にアイリスは目頭が熱くなるのを感じていた。
 が、ここで終わらないのがフレッドである。
「アリシアさん、あなたが泣いていてはお兄様が悲しみますよ」
 ジノーヴィーがアリシアの肩にそっと手を置いたその瞬間、フレッドの背後に暗黒の炎が燃え盛った。
「アリシアから離れろ、ジノーヴィー! お前にだけは‥‥いや、他の誰にもだ、アリシアは渡さん!!」
 ‥‥どうやら廻り回って原点回帰したらしい。
「お手上げだな」
「ホント、馬鹿らしいったらないわ」
 呆れ顔のソフィアとマリアーナだった。

「妹も同じくらい兄姉の幸せを願っているもの。自分の為に何かを犠牲にする姿を見るのは辛いかもしれません」
 騒動の後。庭園の木陰で休んでいるフレッドの隣に腰を下ろし、アイリスは自分の想いを告げた。
「あなたの幸せがアリシアさんの幸せでもあるという事を忘れないで下さいね」
 にっこりと微笑むアイリスにフレッドは目を細めた。
「そうだな。ありがとう」
 その笑顔があまりに優しかったので、アイリスは頬を薔薇色に染めてしまうのだった。

「いつでも遊びに来て下さいましね」
「‥‥いいの?」
「もちろんですわ。だって私達、お友達ですもの」
 アリシアの言葉にレンははにかみながら小さく頷いた。

 こうして冒険者達を巻き込んだロイエル家の騒動は一件落着を迎えたのだった。
 ‥‥しばらくの間は。