【儚き双珠】乙女達の夏休み

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月27日〜08月01日

リプレイ公開日:2008年08月04日

●オープニング

 青い空、白い雲、そして‥‥容赦なく照りつける真夏の太陽。
「あ、暑い‥‥」
 ハーフエルフの冒険者シエラは依頼を無事に終え、炎天下の中を覚束ない足取りで歩いていた。
 出来るだけ薄着にしていても汗が次から次に噴き出してきて、喉はカラカラである。
 数メートル先の村の入り口がゆらゆらと歪んで見えた。
「あともうちょっとだ‥‥」
 村へ入り、妹のシルフィの待つ自宅へと歩みを進める。
 小さな小屋から炊事の煙が出ている事に気づくと、シエラは汗だくの顔で安心した様に微笑んだ。
「シルフィ、ただいま」
「お姉ちゃん、お帰りなさい!」
 扉を開けると、シルフィが嬉しそうな声と共に抱きついてきた。
 その頭を優しく撫で、ふと視線を食卓に移したシエラの顔が引き攣る。
「お前達‥‥ここで何をしてるんだ?」
「あら、随分な言い草ですわね」
 シエラの問いにお嬢様オーラを振りまきながら、ミシェル・コクトー(ec4318)は大袈裟に溜息をついて見せた。
「あなたがいない間、シルフィさんが寂しい想いをしていないかと遊びに来て差し上げてましたのに」
 そう言いながら新鮮な野菜サラダを口に運ぶミシェルは、まるで勝手知ったる我が家のように寛いでいた。
「シエラさんはね、可愛いシルフィちゃんとの再会に私達お邪魔虫がいるから面白くないのよ。ねーっ?」
 くるくると飛び回りながら、愛らしい笑顔で意地悪を言うのはマール・コンバラリア(ec4461)である。
「‥‥いない方が、いい?」
 マールの言葉を真に受けたレン・オリミヤ(ec4115)はシエラの服の袖を遠慮がちに引っ張り、とても悲しそうな目で尋ねる。
「そ、そんな事はないぞ。ただ、いきなり居たからびっくりしただけだ。ゆっくりしていってくれ」
「言われなくてもそのつもりですわ」
 必死でフォローするシエラだったが、可愛くないミシェルの言い草にムッと眉を吊り上げる。
 暑さのせいで気が立ち、そのまま口喧嘩を始めそうな空気を察したヒルケイプ・リーツ(ec1007)は、咄嗟に2人の間に割って入る。
「ミシェルさん、早くあの話をお2人に教えてあげませんか?」
 とても興味をそそられる『あの話』と言う言葉に、シエラは表情を和らげてヒルケに向き直る。
「ヒルケ、あの話って何だ?」
「それは聞いてみてのお楽しみですよー♪」
 マールもレンも早く2人に教えてあげて欲しいといった様子でミシェルを見つめている。
「聞いてびっくり、とびっきりの素敵な企画ですわよ?」
 ミシェルは全員の視線を受け、勿体をつけながらも口を開くのだった。
 
「もう夏ですわね♪ 夏といえば‥‥海! そしてお祭りですわっ!」
 ぐっ! と親指を立て、力説をするミシェルに全員は思わずうんうんと頷いてしまう。
「ですが残念な事に、この村から海に行くにはかなりの遠出になりますの。シエラさんはともかく、か弱き乙女の私達の体力が持つか心配ですわ」
「失礼な奴だな!」
 シエラは怒ったふりをしつつも、ミシェルが体の弱いシルフィを気遣ってそう言っているのだと理解していた。
 自分を引き合いに出す事でシルフィが「自分のせいで皆が海に行けないんだ」と思わないようにしてくれている事も。
「なので海は諦めて皆で夏祭りに参りましょう」
 ミシェルは全員の顔を見渡すと、机の上に地図を広げてとある村を指差す。
「この村で祭りが開かれるのか?」
「近くにあるのは湖ですか?」
 興味津々といった様子で尋ねてくるシエラとシルフィにミシェルは頷いた後、詳しい説明を始める。
 ミシェルが指差す村の近くには湖があり、毎年夏になると涼しげな白い野花が咲くらしい。
 名もないその花の開花が村に夏の訪れを告げ、村人達は夏を無事に乗り越えられるように全員の息災を祈り、年に1回のお祭りを楽しむのだそうだ。
「この夏は一度きりですもの、皆で出かけて、いつもと違う空気を吸ってみるのはどうかしら?」
 説明を終えたミシェルに全員は笑顔で頷いた。
「それと、ただ夏祭りを見て回るだけではなくて、私達も出店してみようかと思ってますの」
 それはただのお遊びではなく、シルフィの為になればとミシェルは思っていた。
 ただ姉の帰りをジッと待つだけではなく、自分でお店を開けたらシルフィの人生も変わるだろう。今回はその予行練習なのだ。
「シルフィは売るの‥‥何がいい?」
 レンの問いにシルフィは暫し考え込んだ後、そっと自らの髪を結んでいるリボンに触れた。
「私は小物やアクセサリーがいいです。作るの、好きだから‥‥」
 自分が心を込めて作った品物を喜んで買ってくれる人がいたら、どれだけ嬉しいだろうか。
 その場面を想像し、シルフィは目を細めた。
「一応聞いておきますけど、シエラさんに希望はありまして?」
「あたしは武器や防具をメインに、後は甘いも‥‥」
「却下。聞いただけ無駄でしたわね」
 哀れ、あえなく却下されたシエラの希望。
 ちなみに最後は大好きな『甘いもの』と言おうとしたのだったが、前者2つと全く接点がないのもどうかと‥‥。
「私達女の子が開くお店だもん。可愛い物を売った方がいいよね♪」
「じゃあ、シルフィさんの案で決まりですね!」
 マールとヒルケはお互いの顔を見合わせ、微笑んだ。
 わいわいとはしゃぐ乙女達の輪に加わらず、もくもくと何かを書いているミシェルの手元をそっとレンが覗き込む。
「それって‥‥依頼書?」
「ええ。お仲間は大勢の方が楽しいですもの。シルフィさんにたくさんお友達を作って差し上げたいですし」
「‥‥シエラにも?」
 レンの問いにミシェルは答えずに、薔薇色の頬のままペンを進めるのだった。
(「世界が広がれば良い出逢いもあるでしょうしね」)
 姉妹を思いやる優しい心を胸の内に秘めながら────。

●今回の参加者

 ec1007 ヒルケイプ・リーツ(26歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 ec4115 レン・オリミヤ(20歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec4163 ミリア・タッフタート(24歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ec4318 ミシェル・コクトー(23歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ec4461 マール・コンバラリア(22歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)

●リプレイ本文

●夏休みの始まり
「わーい、夏祭りー♪ シエラさんもシルフィちゃんも一杯あそぼーう!」
 可愛らしい野花をミリア・タッフタート(ec4163)は姉妹に差し出した後、そのまま笑顔でぎゅ〜っと2人に抱きついた。
「暑苦しいっ! 抱きつくな!」
 悪態をつきつつもミリアを無理矢理引き剥がさないシエラの姿に、シルフィはクスッと微笑む。
「さあさあ、いつまでも休憩してたらお尻が溶けて動けなくなっちゃいますよ?」
 乙女達の中で1番のしっかり者のヒルケイプ・リーツ(ec1007)はほんわかとした口調で出発を促す。
「はぁーい!」
 ミリアは元気よく返事をすると、温くなった水を入れ替えた瓶を背中に背負う。中の魚は元気になった様だ。
「重くてゴメンね?」
「ロシさんは力持ちですから大丈夫ですよー♪」
 体の弱いシルフィはヒルケの愛ロバのロシさんに運んでもらっていた。申し訳なさそうなシルフィにヒルケは微笑み、ロシさんの頭を優しく撫でる。
「ね、お願いした物は持ってきてくれた?」
 マール・コンバラリア(ec4461)はシルフィの耳元でそっと囁く。
「はい。でもお姉ちゃんをイジメ過ぎないで下さいね?」
 心配そうに尋ねるシルフィだったが、返ってきたのは小悪魔スマイルだけだった。

 その頃、ミシェル・コクトー(ec4318)とレン・オリミヤ(ec4115)は一足早く村へと到着していた。
「出店と村長さん宅の台所を使う許可も取れましたし、後は皆さんの到着を待つばかりですわ」
「うん‥‥祭りの話も聞けたし、安心」
 レンはミシェルの言葉にこくんと頷き、今夜の野営時に聞いた話を皆に話してあげようと思っていた。
 残念ながら魚掬いの生簀は作れそうにないが、村長から借りた2つの大きな木桶で代用は利くだろう。
「‥‥付いてきてくれて、ありがと」
「レ、レンさんだけに任せておけませんもの」
 ぷいっとそっぽを向くミシェルの頬はほんのりと赤かった。

 全員が村に到着した後、役割分担をして準備を進めていく。
 繊細な作業はシルフィが手伝い、専ら力仕事や雑用はシエラの担当である。
「あら、適材適所ですわよ?」
 恨めしそうなシエラにミシェルはしれっと答えるのだった。

●乙女と浴衣と夏祭り
 いよいよ夏祭りが始まる。
 シンプルで清潔感のある和風のお店から花の様ないい香りがしている。そして唐傘の『天晴』という字の自己主張が眩しい。
「‥‥2人とも、綺麗」
 レンは姉妹見つめて微かに微笑む。
「浴衣なんて初めて着ます」
「う、動きにくいな」
 シルフィは可愛らしい淡い水色の浴衣を、シエラは艶やかな紫色の浴衣を身に纏い、マールが耳が見えない様に結ってくれた銀髪を涼しげな簪が彩る。浴衣も簪も乙女達が2人の為に用意してくれたのだ。
 姉妹を優しい目で見つめる乙女達も全員浴衣に着替え、その上に以前一緒に作ったエプロンを巻いて準備万端である。
「乙女の笑顔に勝るもの無し、ですわ! お祭りの参加者全員を魅了するくらいの心意気で挑みますわよ!」
 気合十分のミシェルに乙女達は頷く。
 誰もが出店の緊張よりもお祭りが始まる嬉しさに胸を高鳴らせていた。

「お魚は優しく掴んでねー!」
 ミリアは魚掬いを楽しむ子供達に元気よく声をかける。
 後方に並んでいる男性達は、髪から水を滴らせて何とも色っぽいシエラ目当ての様だ。
 魚掬いのお手本として大物を掴もうとした結果、暴れる魚に水をかけられたのである。
「ま、その内に乾くだろ」
 男性達の視線を気にも留めないシエラは無意識の内に集客に貢献しているのだった。
「チェーンが細いですから、大切に扱って下さいね」
 シルフィはマールと一緒に手作りの小物を販売していた。
 笑顔と共に品物を手渡すと、お客の女性も「ありがとう」と返してくれた。
「買って下さった上にお礼まで頂けるなんて‥‥」
 早くも物を売る仕事の喜びを体験したシルフィをマールは優しく微笑む。
「すっげぇぶちゃ! 俺、買っちゃおーっと」
「あたしもー」
 ミリアお手製のぶちゃ犬&ぶちゃ猫刺繍入り袋は子供達に大人気である。
「不思議ねぇ」
 嬉しそうな子供達の背中を見つめながら、マールは可愛らしく首を傾げた。
「‥‥お料理、大変そうですわね。私が手伝って差し上げてもよろしくてよ?」
 こほんと咳払いをし、ミシェルは1人でフィッシュサンドと林檎の焼き菓子作りに励むヒルケに声をかける。
 彼女の『魔の創作料理』は破壊力絶大。本音は手伝って欲しくないヒルケだが、この状況では断るに断れない。
「は、はい。お願いしますね」
「お安い御用ですわ♪」 
 ぱあぁっと表情を輝かせるミシェルにとてつもない不安を抱くヒルケ。
(「危険な物を入れないように見張っていれば大丈夫でしょう」)
 しかしそれが仇となり、お約束な失敗を見落とす事になろうとは‥‥。

 1時間後。
 恐る恐るミシェルの焼き菓子を味見したヒルケは口元を押さえ、呆然と立ち尽くす。
「調味料を間違えるのは基本でしたのに、他の事に気を取られて忘れてました‥‥」
 怪しげなハーブや強烈な匂いを放つ果物を阻止する事に気を取られてしまった結果である。
「‥‥全部で30個。あの2人なら」
 ヒルケは食いしん坊コンビのミリアとシエラを呼びに行く。
「あれ? 平気だよ」
「しょっぱい焼き菓子もありだな」
 死とは無縁の失敗お菓子だと知るや否や、2人は物凄い勢いで食べ尽くしていく。
「他のお菓子やお料理を急いで運びましょう!」
 3人は木の籠に食べ物を入れ、準備をしているレンの元へと急いで戻った。
「待ちくたびれましたわ」
 自らの失敗を知らないミシェルは唇を尖らせる。
「ハーブティーを冷やしておいたよ♪」 
 マールは形の綺麗な大きな葉っぱに食べ物を盛り付けていく。ヒルケが焼いた花や魚の形のクッキーの型を作ったのも彼女だ。
「私の焼き菓子は何処ですの?」
「お、美味し過ぎて私が全部食べちゃいました」
「ヒルケも食いしん坊‥‥意外」
 咄嗟に出た言葉にレンが反応する。
「私、自分の才能が怖いですわ」
「‥‥あ、あはは。皆さーん、出来立ての手作りお菓子はいかがですかー!」
 うっとりと悦に入るミシェルに背を向け、おいしそうな香りに集まったお客さん達に笑顔で応待するヒルケだった。


「魚掬い終了ーっ!」
「小物も完売♪」
「‥‥食べ物も全部、売れた」
 ミリア、マール、レンの言葉に歓声を上げて抱き合う乙女達はちょっぴり涙目だった。

「あ、あれが美味しそう! わ、あっちの小物も可愛いよ!」
 ミリアは先程からシエラを連れ回し、大はしゃぎである。
 お店が大繁盛で時間を取れなかった乙女達は、店を畳んだ後に全員一緒にお祭りを見て回っていた。
「シルフィちゃん、疲れてない?」
「はい。マールさんのお陰で元気です」
 マールはシルフィを気遣い、出店中に倒れない様に短時間だが休憩を取らせていたのだ。
「夏の素敵な出会いは何処ですの!?」
「それってミシェルさんのですか?」
「‥‥恋したいの?」
 手を繋いで歩くヒルケとレンに振り返り、
「違いますわ! 姉妹の王子様を、でしてよ?」
 と、ほんのり赤い頬で答えるミシェル。
 その心中は彼女のみ知る。

●得たものはかけがえのない‥‥
 出店は大成功を収めた。
 売上金は公平に分配され、姉妹からささやかなお礼の品が手渡される。
 そして白い花の咲く湖を訪れた乙女達は、マールがプラントコントロールと大きな布で作った簡易着替え所の中でがさごそと着替え出す。
 ミシェルとレンが作った上下に分かれた水遊び用の服は、腕と膝の上がふんわりと膨らんでいてとっても可愛らしい。
「はいはーい、ミリア泳ぎまーす!!」
 勢いよく挙手し、ミリアは思いっきり湖へと飛び込んだ。
「冷たくて気持ち良さそう。それにミシェルの目が怖いから‥‥」
 羨望に満ちた視線から逃れる様にレンは湖の中へと入っていく。
「私だっていつかは‥‥!」
 スレンダーな胸元を押さえながら呟くミシェルは、ふとヒルケに視線を移す。
「な、何でしょう?」
「‥‥ヒルケさん。共に頑張りましょうね」
 それは新たな同盟が結成された瞬間だった。
「2人もおいでよー♪」
 湖の畔に泊めてあった小さな筏に捕まり楽しそうに泳ぎながら、マールは姉妹に声をかける。
「行こ、お姉ちゃん」
 シルフィはシエラの手を取り、ゆっくりと湖に体を沈めていく。
「さて、私は釣りでも致しましょうか」
 ミシェルは1人優雅に釣りをし始める。
「スタイルに自信がないから泳がないのか?」
 足しか浸けないヒルケにシエラはからかう様な視線を送る。
「ち、違います。そんな事を言う人は湖の水をかけちゃいますからねー!」
 ヒルケは図星を指摘された動揺を隠す様に、ばしゃばしゃと水攻撃をお見舞いする。
「わぷっ! 水が口に入ったぞ!」
「きゃー、ゴメンなさーい!」
 怒るシエラから逃げる様にヒルケは湖の畔に避難する。
「‥‥はっ! 大物の予感ですわ!」
 ミシェルは手応えを感じ、勢い良く棹を振り上げた。
「だ、ダメっ!!」
 しかし引っかかったのは大きな胸を持つレン。大物は大物に違いないが‥‥。
 釣り針に引き裂かれ、落ちそうになる服を必死でレンは押さえる。
「ミシェル、お前っ!」
 再度大物を狙うミシェルが次に釣り上げたのはシエラだった。
「何故、何故ですの!? どうして豊満な胸の方ばっかり!」
 きっとそれは自分にないものを手に入れたいという深層心理が‥‥。
「もしかして、これを予想してたからお姉ちゃんの着替えを多めにって言ったんですか?」
「うふふ。ひ・み・つ☆」
 ハッと何かに気づいたようなシルフィにマールはウインクをすると、筏の方へ飛び去っていった。

「来年もまた皆で遊びに来ようねーー♪ 」
 乙女達はミリアの言葉に笑顔で頷く。
 橙色の夕焼けを横一列に並んで眺めながら────。