【お兄様と私】この名と共に君に祝福を

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:7人

サポート参加人数:2人

冒険期間:08月06日〜08月11日

リプレイ公開日:2008年08月16日

●オープニング

 ほろ酔い加減で顔を綻ばせる彼はとても幸せそうに見えた。
「次の仕事が終わる頃には生まれてると思うんだ」
 そう言いエールを飲み干すジェラールの隣で、フレッドは瞳を細めて微笑んだ。
「それはめでたいな。新しい命が生まれるのは喜ばしい事だ」
「へへっ、ありがとな。落ち着いたらこっちに呼ぶつもりなんだ。お前も会ってくれるよな?」
「勿論だ」
 フレッドの返事にジェラールは照れ笑いをすると、近くを通った店員を呼び止める。
「エールを2杯頼む。とびっきり美味いやつを持ってきてくれ」
「ま、待て。俺はアップルジュースでいい!」
 慌てた様子のフレッドに目配せをし、店員は「あなたはまだ未成年だもんね」とからかう様な含み笑いを残して去っていった。
「こんな時くらいいいだろ? たまには羽目を外してもさ」
「成人した暁には喜んで付き合わせてもらうつもりだ。それまで待っていてくれ」
 あくまで堅物なフレッドは、同僚の出産をアップルジュースで祝うのだった。
 隣で喉を鳴らしながらエールを飲むジェラールは、見た目はフレッドと同じに見えるが立派な成人である。
 年は5つ離れているものの、気の合う同僚にして信頼の置ける友でもあった。
「王に剣を捧げて騎士道を全うするのもいいが、将来の伴侶と共に人生を歩むのも捨てたもんじゃないぞ」
 フレッドがこの若さで生涯独身を貫く気でいる事を知っているジェラールは、諭す様な口調で語りかける。
「特にお前みたいに馬鹿正直で不器用な男には、支えてくれる奥さんが必要だな」
 長年の付き合いに加えて既婚者である彼の言葉には妙に説得力があった。
 返す言葉を持たないフレッドは無言でアップルジュースを飲み干す。隠し味の蜂蜜が底に沈殿していたのか、胸焼けしそうな甘さが喉を襲う。
「母上やアリシアには弱音を吐けないからな。情けない俺を受け入れてくれる女性がいたらいいと思う事はあるが‥‥恋や愛は未だによくわからん」
 心の奥に秘めた本音を漏らすフレッドの肩をジェラールは優しく叩いた。
「出会った頃のお前からしてみればかなりの進歩だな。ま、焦らずに自分のペースで進めばいいさ。俺はゆっくりとお前の男としての成長を見守らせてもらうよ」
「心強いな。ありがとう」
「恋愛、結婚、育児、どれをとっても俺が先輩なんだから遠慮なく頼ってこいよ」
 実年齢のわりに幼い笑顔を見せるジェラールは、夫としても父親としても幸せに満ちて見えた。
 あの時の笑顔が脳裏に焼きついて離れない。
 何故なら、これが彼の最期の姿となったのだから────。

「‥‥ジェラールが死んだ」
 詰め所で業務に励むフレッドの元に、同僚のフランシスが青い顔で飛び込んできた。
 そして告げられた言葉に時が止まる。
 フレッドの手から滑り落ちたペンが乾いた音をたて、床に転がった。
「モンスターに襲われそうになった子供を庇って、だそうだ。アイツらしいな」
 唇を噛み締めるフランシスの隣で、フレッドはただ呆然と書きかけの書類を見つめる事しか出来なかった。
 憤り、悲しみ、そして喪失感さえ感じる事が出来ない。
 目の当たりにしたわけではない出来事をどうして受け入れられようか。
 遠く離れた地での友の死をどう現実として受け入れろというのか。
「遺体は損傷が激しかったらしく、そのまま村の墓地に葬られたそうだ」
 あらゆる手を尽くせば、遺体を妻の下へ送り届ける事は出来たはずだ。
 それをしないのは余程惨い状態だったからだろう。
「土に還る前の別れも出来ないという事か‥‥」
 フレッドの呟きにフランシスは辛そうな顔で頷いた。
「せめてキャメロットの家にある遺品を奥方に届けたいと思う。だが私は明日から任務でここを発たねばならない。頼まれてくれるか?」
 ジェラールは地方貴族の三男坊で、村娘の妻と駆け落ち同然で結婚したと言っていた。
 しかし『王宮騎士』という肩書きは家にとって名誉らしく、表面上は勘当されていないが実家に彼の居場所はない。
 それでも後悔していない、と言い切ったジェラールの瞳の強さを、フレッドは今でもはっきりと思い出す事が出来る。
「‥‥わかった。俺に任せてくれ」
 フレッドは力なく微笑むと、フランシスからジェラールの家の鍵を受け取った。

 翌日、フレッドは質素なジェラールの家の中に入り、荷物を纏める。
 贅沢品はひとつもない、寂しいくらいに殺風景な部屋だった。
 その隅に置いてある大きな木箱が目に入る。
 近づき、それを開けた瞬間、フレッドの胸に言い様の無い感情がこみ上げてきた。
「奥方からの贈り物か‥‥」
 手作りの衣服や防寒具、そして数え切れないくらいの手紙が大切に纏められていた。
 何度も何度も繰り返し読んだのだろう。
 出しては読み、読んでは仕舞った結果、封筒には幾つもの皺が付いていた。
 気を抜くと溢れそうになる涙を押し殺し、フレッドは木箱を運ぶ。
 そして忘れ物が無いかと部屋を見渡した時、机の下に1枚の紙が落ちている事に気づく。
「これは‥‥名前か?」
 ずらっと書き並べられた名前達の中で、二つが大きな丸で囲まれている。
 

 『FORTIS−フォルティス−』
 『FELIA−フィーリア−』

 
 前者はラテン語で『勇敢な』という意味であり、後者は『幸福な場所』という意味である。
 頭を悩ませながらも嬉しそうにまだ見ぬ子供達の名を考えていたジェラールの姿が目に浮かぶ。
 ここまで想っていたのに、彼は愛しい我が子に会う前に逝ってしまった。
 その胸に抱く事が出来ないまま、その腕に命の温もりと重さを感じる事が出来ないまま。 
 涙を流してしまえば友の死を認めてしまう気がして、フレッドは熱くなる目頭を少し乱暴に押さえるのだった。

●今回の参加者

 eb0062 ケイン・クロード(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3021 大鳥 春妃(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5267 シャルル・ファン(31歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ec0669 国乃木 めい(62歳・♀・僧侶・人間・華仙教大国)
 ec3680 ディラン・バーン(32歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 ec3876 アイリス・リード(30歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4115 レン・オリミヤ(20歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●サポート参加者

アニェス・ジュイエ(eb9449)/ カメリア・リード(ec2307

●リプレイ本文

●皆に愛された男
 友の遺品を届ける為、フレッドは愛馬ユリシスの背にその荷物を乗せて寡婦となったエレナの元へと向かっていた。
 遺品を届けると共に子を産んだばかりのエレナに夫の死を告げねばならない。
「悲しいなら、辛いなら、無理して我慢せずに思いっきり泣いて下さい」
 初対面ながらフレッドに優しい言葉をかけるケイン・クロード(eb0062)もジェラールと同じく妻帯者の身である。
「貴方が認めなくても現実は覆らない‥‥彼の死は消えない。どうかご自分の気持ちと向き合って、しっかりと現実を認識して下さい」 
 ケインの言葉にフレッドは真摯な表情で耳を傾けていた。
「ああ。奥方の前では決して取り乱したりはしないと約束しよう」
「ジェラールさんは騎士として立派であったと、エレナさんにはただ真実を伝えれば良いと思うぞ」 
 ディラン・バーン(ec3680)はフレッドに気休めの言葉ではなく、現実的な助言を与える。
「そうだな。その最期がどうであったか、俺は奥方に伝える義務がある」
 現在、他の仲間は手分けをしてジェラールについて情報収集をしている。
 遺品を乗せているので馬で走る事の叶わないフレッドは、ジェラールの亡くなった村へ向かう仲間に同行出来ない事を悔やんでいた。 
 
「子供の頃から親に大事にされていなかったあいつは、死に場所を求める様に戦っていたんだ。でも‥‥」
「エレナさんと出会った事で変わられたのですね」
 大鳥春妃(eb3021)の言葉にジェラールの友人である男性は頷く。
「彼女と一緒にいる時は勿論、離れていてもとても幸せそうだったよ。出会えた事で生まれ変わったみたいにな」
 話す内に男性の目からは涙が溢れ出ていた。
 夫を持つ身の春妃は他人事とは思えず静かに涙を流す。
 傍らで話を聞くアイリス・リード(ec3876)も涙に瞳を潤ませていた。彼女には友人のアニェスと姉のカメリアも力を貸してくれている。
「あいつは心からエレナさんを愛していたし、子供が生まれるのもとても楽しみにしていたんだ。それを彼女に伝えてやってくれ」
「はい、必ずお伝えします」
 アイリスは優しい顔で頷く。
 男性と別れた後も2人はジェラールの友人や同僚達と会い、様々な言葉を集めていく。
 会う人誰もがジェラールを大切に想い、その死を悼んでいた。
「ジェラール様が残された、奥様やお子様への言葉を集めましょう。お届けできる最後の宝物の、お子様のお名前をもっと輝かせる事ができる様に」
「ええ。深く愛し合った両親‥‥それだけで子にはどれ程の福音でしょう。眼裏にお父上の姿を描く事適わなくとも、繰返し話を聞き想像する事は出来ますから」
 彼等の優しい想いがエレナに立ち直る力を与えてくれればと2人は思って止まなかった。

 国乃木めい(ec0669)はジェラールの墓前に可憐な野花を手向けた後、シャルル・ファン(eb5267)とレン・オリミヤ(ec4115)の元へと戻った。
「本当に、本当にありがとうございましたと、あの方の奥様にお伝え下さい」
 心痛な面持ちで感謝の言葉を口にする子供の母親の背を見送り、3人はジェラールの最期を看取った村長に会いに行く。
「残された家族にジェラールさんの最後の様子を‥‥彼が何を成したかったのかを、何を守りたかったのかを伝えてあげたいと思うのです」
 めいは残された者達──特に父の後ろ姿すら知らない子供に、遺品だけではなく父の歩んだ道を遺してあげたいと思っていた。
「あの時のジェラールさんに迷いはなく、勇敢じゃったよ‥‥」
 村長は村で起こった事を詳しく話し始める。
 凄惨だが騎士としての矜持を貫いた最期だった。
(「この話を聞いたフレッドがどうなるか、心配‥‥」)
 レンの脳裏にフレッドの顔が浮かび、その胸はちくんと痛んだ。
「あの方は騎士の中の騎士じゃ。この村の者は皆そう思っておるよ」
「そのお言葉、奥方にお伝え致しましょう」
 シャルルは村長に深々と頭を下げる。
 やがて時と共に静かに埋もれゆくジェラールの名。
 だがこの村では英雄として語り継がれていく事だろう。

●哀しみは雨音と共に
 ジェラールについて調べていた冒険者達は馬や履物を使い、フレッド達と合流を果たした。
「フレッド様から見てジェラール様はどんな方だったのですか?」
 そう尋ねる春妃は、思い出して言葉に出して、そして涙を流す事で悲しみを昇華できればと思っていた。それはケインも同様である。
「‥‥ジェラールは年上だからと威張る事も無く、明るい笑顔でいつも俺を励ましてくれていたんだ」
 ぽつりぽつりとジェラール自身や彼との思い出について口にするフレッド。
 懐かしむ様な語りが終わった時、シャルルは静かに口を開く。
「彼の最期についてお話します」
「‥‥頼む」
 フレッドは最後まで瞳を閉じて耳を傾けていた。
「遺族に補償金等は支払われるのですか?」
 そう尋ねるめいにフレッドは小さく頭を振った。
「支払われるが、それは奥方にではなく実家にだ。表向きはあの家にいる事になっているからな」
「では孫が生まれた事の報告と支援をお願いしてみたらどうでしょう?」
 ケインの提案に一同は頷くが、フレッドの表情は暗い。
「それが望めない親子関係なんだ。下手すれば補償金と引き換えに子供を取られかねない」
「ならばあなたがお2人を支えねばなりません。妻と子を頼むという彼の望みを叶える覚悟はおありですか?」
「勿論だ。俺に出来る事ならば何でもしよう」
 シャルルの問いにフレッドは力強く頷く。
 ロイエル家に住み込みで働かせてはどうだという案に暫し考え込んだ後、両親に相談してみると答えるのだった。

「今は弱さを見せずに堪えてくれ。後で何時間でも相談に乗るから‥‥」
 薪の爆ぜる音が聞こえる中、ディランは自らの想いを口にする。
「‥‥ありがとう。すまないが少し歩いて来てもいいか?」  
「ああ。気持ちを落ち着かせて来い」
 友の強さを信じながら、ディランは遠ざかる背中を静かに見守った。
 
 いつしか雨が降り始め、雨音が静かに森を包み込む。
 木に寄りかかる様にして蹲るフレッドにレンはゆっくりと近づいた。
「‥‥レン?」
 驚いた声と共に顔を上げたフレッドは雨と涙の雫に濡れていて、その表情は無防備で幼い。
 その瞬間、レンは彼を愛しいと思った。
 それが母性か愛情かはわからないが、気づいた時にはフレッドを思い切り抱きしめていた。
「っ!!」
 体を大きく震わせるフレッドにレンは囁きかける。
「‥‥傍にいるから」
 その言葉にフレッドは体の力を抜き、柔らかな胸の中で嗚咽を漏らすのだった。

●変わらぬ愛と新しい命
 突然自分を訪ねてきた見知らぬ男にエレナは怪訝そうな表情を見せた。
「ジェラールは任務中、子供を庇って亡くなりました」
 自らの素性を告げた後、フレッドは残酷な現実をエレナに突きつける。
「嘘‥‥嘘だと仰って下さい‥‥お願いですから‥‥」
 消え入りそうな声で懇願するエレナは子を抱いたまま、その場に崩れ落ちる。
 それでもフレッドはたくさんの人々からのジェラールへの想いと、彼の最期を伝えねばならなかった。
「きっと助けたお子さんにまだ見ぬ我が子の姿を重ねたのでしょう。ご自身の身を顧みず、身命をとして守りきった姿に父としての深い愛を感じます」
 めいは母の如くエレナを抱きながら、 
「耐えずに思う存分泣いて、悲しみも抱えて踏み出して下さい。お子さんの存在はその道標になる筈です」
 アイリスはそっと手を握りながら、エレナを優しく励ます。
「産後の大変な時期にこの様な事になって、お辛いでしょう。ですがこの子はあなたを照らす光。どうか愛情を持って育てて下さいましね」
「エレナがいなくなったら、この子は生きていけないから‥‥」   
 春妃とレンの言葉にエレナは涙を流しながら小さく頷いた。
 そしてフレッドはジェラールの最期の言葉を伝え始める。


『‥‥すまないが、伝言を‥‥頼まれてくれるか?』 
『なんじゃ!? 言うてみい!』
『‥‥フレッドに‥‥妻と子を頼むと‥‥子供には‥‥父がいなくても強く生きろ、と‥‥そ、してエレナには‥‥』
『エレナ、すまない‥‥君を遺して逝く俺を‥‥許してくれ‥‥エレナ‥‥愛してる‥‥エレナ‥‥エ、レ‥‥』

 
「伝えたい言葉はもっとあったのでしょう。しかしジェラールが最期に発したのは愛しい貴女の名前でした」
 堪えきれず、フレッドの目から一筋の涙が零れ落ちた。
「あなた‥‥あなたぁぁぁぁっ!!」
 エレナは聞く者の胸を掻き毟る様な切ない叫び声を上げる。
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
 それに呼応する様に泣き出す赤ん坊。
 その声は父の死を悲しんでいる様にも、悲しみに暮れる母を励ましている様にも聞こえた。


 翌朝。
 村を発つ一同をエレナは見送りに来てくれた。
 真っ赤に泣き腫らした目で懸命に微笑む彼女をめいは今一度抱きしめる。
「この子は男の子なので名はフォルティスに決めました」
 授けられた名は父の深い愛と共にこの子に祝福を与えるだろう。
「落ち着いたらいつでも連絡を下さい」
 ロイエル家で働かせられるかは未だわからないが、フレッドは2人を支える決心を固めていた。
「ありがとうございます。どうかお気をつけて」
 自暴自棄にならないかと案じたディランが、村人にエレナを見守る様に頼んであるので心配は無いだろう。
 フレッドはエレナに深く頭を下げながら、友の気遣いに感謝していた。

「貴方の身の災いは周囲に深い嘆きを齎す事を、どうかお忘れにならないで下さい」
 真っ直ぐなアイリスの視線を受け止め、フレッドは差し出された剣士の守りを大事そうに懐へと仕舞った。
「ありがとう。貴女が守ってくれているみたいで心強いな」
 その笑顔は未だ寂しそうではあったが、碧い双眸はしっかりと未来を見据えている様に見える。
 アイリスは胸の奥の不安を振り払い、フレッドに柔らかく微笑みかけた────。