【色の無い世界】紫黒色の断罪

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 56 C

参加人数:5人

サポート参加人数:2人

冒険期間:08月24日〜08月31日

リプレイ公開日:2008年09月01日

●オープニング

 
 大人は嫌い。
 だって難しい事ばかり言うんだもの。
 悪い人はいなくなった方がいいんでしょう?
 いい人だけになれば、世界は優しくなるんでしょう?


 淡い緋色と薄水色が混ざり合った、夏の終わりさえ感じる様な夕暮れ。
 帰路の途中で立ち寄った町の真っ直ぐな砂利道で、レグルスは1人の少女と出会った。
 沈み行く夕日を小さな背に背負い、ぼさぼさの長い髪を靡かせながら、その少女はジッとレグルスを見つめていた。
「もうすぐ日が暮れる。早く帰らないとご両親が心配するぞ」
 近づいても逃げる素振りを見せない少女の目の前で足を止め、レグルスは片膝を地に付けて声をかける。
「あたしは独りだもの。心配する親なんて居ないわ」
 少女は鋭利な刃物の様な鋭い視線でレグルスを睨みつけながら、幼い声で気丈に言い放つ。
 身なりや口にした答えから少女が路上で生活する孤児だと悟ったレグルスは、優しい笑顔で微笑みかける。
「‥‥そうか。私はこれから夕食にしようと思うのだが、よかったら一緒にどうだ?」
 その言葉に少女のお腹が小さな音を立てて鳴った。
「同情なら結構よ。自分の食べたい物くらい自分で何とかするわ」
 しかし少女はお腹を押さえ、ムッとした表情で歩き出そうとした。
「独りで食べる食事は味気ないんだ。哀れな大人の頼みを聞いてくれないか?」
 放っておけないと感じたレグルスは、少女のプライドを傷付けない様に努めて呼び止めた。
 少女は土埃に汚れた細い足を止め、振り返る。
「‥‥寂しいの? 大人のくせに」
 容赦ない皮肉を口にしつつも、少女に立ち去る気配は無い。
「いいわ。一緒に食べてあげる。でも店の中じゃなくて外にしてちょうだい」
 それは生意気な口調だったが、不思議と愛らしくもあった。
 レグルスは目を細めて安堵の息を漏らす。
「私も外の方が気楽だ。すぐに買ってくるから待っていてくれ」
 レグルスは小さな頭を優しく撫でると、急ぎ足で商店街へと消えて行った。
 気まぐれな少女がその姿を消してしまわない様にと。

 好きな物は何かを聞き忘れたレグルスは、大きな袋いっぱいの食事を抱えて少女の待つ砂利道へと戻った。
 いなくなってしまうかと心配していた少女はそこに居た────地面にうつ伏せになりながら。
「どうしたんだ? 大丈夫か!?」
 レグルスは袋を投げ出し、少女へ駆け寄る。
「‥‥これくらい何とも無いわ」
 少女は唇の端の血を拭い、よろよろと立ち上がる。
 遠くから聞こえる野蛮な笑い声に視線を移すと、がらの悪そうな男達の後姿が見えた。
 ギリッと奥歯を噛み締め、怒りも露に後を追おうとするレグルスを小さな手が引き止める。
「止めた方がいいわ。あいつ等は徒党を組んで悪さをしてるの。あなたなんて囲まれて終わりよ」
 レグルスの強さを知らない少女はそう言い、遠ざかる男達の背中を見つめた。
「‥‥皆を困らせている悪者だもの、いなくなった方がいいわよね」
 冷たい声に驚いたレグルスが視線を移すと、声音以上に冷たい瞳に出会う。
「悪いけど一緒に食べられなくなったわ。捨てたら勿体無いから、全部食べるのよ」
 少女はふっと瞳から冷たさを消し、レグルスに振り返る。
「あたしはレネ。貴方は?」
「レグルスだ。レネ、君は‥‥」
「あなたみたいな人ばかりなら世界も優しくなるのにね。さようなら、レグルス」
 何かを言いかけたレグルスを制し、レネは覚束ない足取りで路地へと消えて行った。
 レネの服に付いていた古い血痕はもしかしたら彼女のものだけではないのかもしれない‥‥。
 幾多の戦いを乗り越えてきたレグルスの直感がそう警鐘を鳴らしていた。
 
 翌日、嫌な予感は現実味を帯びる事となった。
 レネに暴力を振るったあの男達の1人が遺体で発見されたのである。
「今まで散々悪事を働いて来たんだ。天罰が下ったのが遅過ぎるくらいだよ」 
 町の住人は口を揃えて同じ様な事を言っていた。
(「頼む、私の見当違いであってくれ‥‥!」)
 キャメロットまで必死で馬を飛ばしながら、レグルスは幼いレネがその手を血に染めていない事を祈るのだった。  

●今回の参加者

 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea7865 ジルベルト・ヴィンダウ(35歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 eb5522 フィオナ・ファルケナーゲ(32歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ec3466 ジョン・トールボット(31歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

三好 石洲(ea2436)/ エティエンヌ・ルトゥノー(eb7906

●リプレイ本文

●差し伸べられる手
 レネという少女を救いたい。
 レグルスの強い想いに応えたいと願う5人の冒険者達は、馬や靴を使って殺人事件の起こった町へと急いでいた。
 予定より早く到着した一行は商店街で聞き込みを行っているレグルスと遭遇する。
 用意し忘れた食料の購入と急ぎ官憲に話を聞きたいというジョン・トールボット(ec3466)を除いたメンバーは酒場へと足を運んだ。
「これは私の勘に過ぎないのだが、この事件にある少女が関わっている気がしてならないんだ。皆には真相究明の為に力を貸してもらいたい」
「真相の究明? だが本当にそのレネって子が襲っていたとしたらどうする?」 
 キット・ファゼータ(ea2307)の問いにレグルスは押し黙る。
「小さな女の子が犯人だなんて常識的には考えられないけど、何事にも例外はあるわ。人が人を殺そうとすればあらゆる方法を考えるものよ」
 客観的な意見を述べるのはジルベルト・ヴィンダウ(ea7865)だ。
「可能性の話だ。俺ももっと小さい時から戦っていたからな」
 キットの脳裏にそう遠くない過去が甦る。小さな子供でも人を殺める事は可能なのだ。
「‥‥それでも私は彼女を助けたい」
「あんたの気持ちはわかった。彼女の特徴を教えてくれ」
「12、3歳位の痩せている少女だ。背は140cm前後。髪は銀色で腰の辺りまである」
 レグルスは仲間達にレネの特徴を伝えていく。
「あら、レグルス君ったらそれ位の女の子の方が好みなのね♪」 
 内心では事件の事を気にしつつも、フィオナ・ファルケナーゲ(eb5522)は冗談を言って雰囲気を和ませる。
「趣味はともかく、中々いい男だわ」 
 フィオナとジルベルトに挟まれて困り顔のレグルスをリ・ル(ea3888)は面白そうに眺めている。
「モテる男は辛いねぇ。ん?」
 にやりと微笑むリルが気配を感じて振り返ると、そこには用事を済ませて戻ってきたジョンの姿があった。
「おう、お帰り。収穫はあったか?」
「被害者は背後から首を斬り付けられた後に心臓を刺されている。事件当夜は相当酔っていたそうだ」
 ジョンはレグルスを一瞥すると、ムッとした顔で報告をする。
「おそらく犯行時間は深夜だろう。目撃者はいないと言っていたが、丹念に聞き込みをすれば必ず1人は出て来る筈だ」
 席に着いたジョンにレグルスがレネの特徴を教えるが、その間も彼の表情は変わる事がなかった。
 どうやら女性に対して疎過ぎるレグルスの態度が気に入らない様だ。
「聞き込みをするにも被害者達を嫌う住民感情を十分配慮しないとな。俺は騎士であるジョンに司令塔としてその任に当たってもらいたいんだが、皆はどうだ?」
 リルの提案に異を唱える者はいなかった。
「大変な役を任せてしまってすまない。手伝える事があったら言ってくれ」
「貴殿の手を借りるまでもない。その気配りを身近にいる女性に向けて欲しいものだな」
 刺々しい言葉でレグルスの申し出を断るジョン。その心の中にレグルスを想う少女の顔が浮かんで消えた。
「夜の聞き込み時には月魔法を警戒して影に注意な。後は当事者以外の悪意の存在にも気をつけようぜ」
 リルが注意を促しているのは影に作用する月魔法の事だろう。
 少し遅めの食事を終え、一同は酒場を後にした。

●罪の在り処
 住人達は誰もが若者達に恨みを抱いていた。
 騎士であるジョンが先立って聞き込みを行わなければ、冒険者達は若者の仲間だと思われていただろう。
「魔法を使った痕跡は無しか」
 キットは殺人現場の路地裏で手掛かりを探していた。
 近道として使われるこの道には幾つもの足跡が残っていて、そこから犯人を断定する事は難しかった。争った痕跡も見当たらない。
「背後から首を掻っ切れば揉み合う必要はない。振り向いて倒れこんだ時に心臓を一突きか。それが可能な得物は鋭利な刃物だな」
「よお、何かわかったか?」
 思索に更けるキットを見つけたリルはかなり下方にある頭をぽんと叩く。
「リルか。そっちはどうなんだ?」
「うんざりするくらい若者達への愚痴を聞かされたよ。盗み、暴行、恐喝、大体の事はやってやがる。ありゃ相当の悪だな」
 若者達の悪行の被害者達は彼等を恨みつつも報復を恐れて何も出来なかったらしく、犯人に感謝すらしている様だ。  
「目撃者は見つかったのか?」
「やっとな。夜中にこの路地裏近くを通った時、若い男の悲鳴を聞いたそうだ。‥‥そのすぐ後、走り去る髪の長い少女の影を見たらしい」
 心痛な面持ちでそう告げるリル。
「証人はこの事を官憲には言わないで欲しいと念を押してきたぜ。きっと若者の方が先に手を出したに決まってるってな」
「官憲達の調査も形だけに見えたな。犯人が自首しない限り捕まる事はないだろう」
 真実は徐々に明らかにされつつあった。

「あくまで噂ですから、本気になさらないで下さいましね」
 レネの素性を明らかにしようと何軒もの貴族宅を訪れていたジョンの耳から、最後に聞いた噂話が離れない。
 何年も前にここから遠く離れた町でレネとよく似た貴族の令嬢を見た者がいるというのだ。
 しかし彼女は数年前に強欲で有名な父親に何かが原因で捨てられたらしい。
「その令嬢がレネならば、父親への恨みを根底に悪を滅したいと思う様になっても不思議ではない‥‥」
 呟いた後でジョンはこれがただの噂話であって欲しいと願うのだった。

「あたしの事はキミがしっかりと護ってね」
 頭脳労働専門で荒事には慣れていないジルベルトは妖艶な笑みを浮かべる。
「無難な推理だと仲間割れして1人死んだだけかも。でもキミはレネを見て危険を感じたのよね?」
「ああ。あくまで勘だが」
「その勘を信じるなら彼女は凄腕の暗殺者ね。でもあたしを見てもキミは腕前とかわからないでしょ?」
 レネを探して町中を歩きながら、ジルベルトはレグルスの悪い予感を払拭させようとしていた。
「それにしても昼間は人が多いのね」
 レグルスの頭の上に腰をかけ、フィオナは自慢の視力を生かしてレネの姿を探す。
 可能ならば若者達もと思ったが、この人込みで探すのは1人が限界の様だ。
 レネと出会った砂利道に足を運んでみても、そこに彼女の姿はない。
(「これだけ探してもいないとなると、次の犯行まで姿を潜めてるって事かしら」)
 フィオナは初めからレネが犯人の可能性が高いと思っていた。

●小さな奇跡
 翌日、若者達への見張りが始まった。
 仲間内で得た情報の共有化は済んでおり、リルの提案で一同は目立たない格好をしていた。
 酒場から出てきた3人をキットが忍び足で尾行し、その後をジョンとリルが追う。
 仲間が殺されて気が立っているのか、大通りを歩く人々に怒鳴り散らす若者達。
 やがて彼等は寂れた宿屋に入っていった。
『まだレネの姿は見えないわ。そっちはどう?』
『全員宿屋に入った。今から言う場所に来てくれ』
 フィオナのテレパシーに答えるキットは、退路を塞ぐ様に散らばって身を潜めていれば必ず誰かしらが犯人に遭遇するのではないかと思っていた。レネを探す3人もその作戦に従う。 
 そして数刻後、事態は動き始める。
『扉が開いたわ。出てきたのは1人よ。犯人の襲撃を警戒して!』
 緊張感を孕んだフィオナのテレパシーに全員が武器を握り締める。
「てめえの酒くらいてめえで買いに行けってんだ」
 泥酔し覚束ない足取りで歩く男の後姿を遠くから見つめるリルの目に、小さな影が飛び込んできた。
 闇夜に光る刃を目にした瞬間、リルは咄嗟に金鞭でその腕を絡め取っていた。
『犯人が現れたわ。リルの所に急行して!』 
 その様子を高所から目撃したフィオナは急ぎテレパシーで仲間に呼びかける。
「‥‥これ以上罪を重ねるな」
 1番に駆けつけたキットは逃れようとする犯人を押さえつける。
「レネ、君だったのか‥‥」
 手にした灯りで犯人の顔を照らすレグルスは、悲しそうな目でそう呟く。
 しかしその胸中の想いが変わる事はない。
「君さえよければ私の知人の所へ行ってみないか?」
 レグルスの提案にレネの瞳が揺れる。
 フィオナに言われた通りにアジトへ連れて行ければいいが、一団員のレグルスにその権限はない。
「フロリア殿の孤児院か」
 ジョンの言葉にレグルスは頷く。
「‥‥あたしは人殺しよ」
 本来ならば人の命を奪ったレネは裁かれるべきであり、それは彼女の死を意味するかもしれないのだ。
 だがレグルスは彼女に生きていて欲しいと願い、仲間もその気持ちに賛同してくれた。
 罪人を見逃すという業を背負ってでも。
「私達は君を救いたいんだ」
 心からの想いを伝えるレグルスの声は温かかった。
 レネの頭をリルは優しく撫でる。
「攻撃的復讐は悪魔の好きそうな後向き、将来見返してやるのが前向きってもんだ」
「その通りだ。正義というものは傷付ける為にあるのではない」
 諭すリルとジョンにレネは頭を振る。
「貴方達の言っている事は難しくてよくわからないわ」
「大丈夫。これからはレグルス君に聞けばいいのよ」
「彼はきっといいお兄さんになるでしょうね」
 フィオナとジルベルトの視線を受け、レグルスはレネに優しく微笑みかける。
「‥‥嘘よ、こんなの。有り得ないわ」
「今までの事を恥じる必要はない。一つだけ悪かった所があるとしたら、あの男に心配をかけた事かな。ちゃんと謝っておけよ」
 キットは戸惑うレネに声をかける。
「貴方、偉そうね。あたしとあんまり背が変わらないくせに」
「なっ! 背は関係ないだろうが!」
「安心して。レグルスには謝っておくわ」
 身長の事を指摘されて激昂するキットにそう答えるレネは、微かに笑っている様に見えた。
「私は彼女を導けるだろうか」
「暴力を振るう事の怖さを知っている貴方なら、きっと彼女を救えるわよ」
 少しだけ不安そうなレグルスの頬をフィオナはつんと突く。
 レグルスはレネの過去や抱える闇がどんなものであろうとも受け止めようと心に誓うのだった────。