愛しいということ

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 8 C

参加人数:6人

サポート参加人数:5人

冒険期間:09月14日〜09月19日

リプレイ公開日:2008年09月24日

●オープニング

 ハーフエルフの女性が望まぬ妊娠をする事は少なくない。
 中には精神的に未熟であるにも関わらず母になる者もいる。
 キャメロットに住むアーニャもその1人だ。
「ったくいつまでかかってんだ! さっさと食っちまいな!」
 アーニャは懸命に食事を取っている息子のユーリを怒鳴りつける。
 母の罵声を浴びつつも、ユーリはにっこりと微笑んだ。
「おかあたんのおりょうり、おいしいからゆっくりたべたいの」
 たどたどしいながらもそう口にするユーリ。
 本来なら母に愛され、べったりと甘やかされていてもおかしくない年齢である。
 しかし彼は生まれてから1度もアーニャに優しい言葉をかけてもらった事が無かった。
「ふん、世辞なんて何処で覚えたんだか。食器はきちんと洗っておくんだよ」
「うん、ぼくちゃんとあらえるよ」
「返事だけは一丁前か。いいかい、そのままだったら承知しないからね!」
「おかあたん、いってらっちゃい」
 ユーリは仕事に出かける母の背中を見送る。
 バタン! と苛立たしげに扉が閉められ、狭い家の中にひとりぼっちになってしまった。
「ひとりでおるすばん、さみしいな。おこられてばっかだけど、おかあたんといっしょがいいよ」
 椅子から降り、ユーリは家の窓からアーニャの痩せた後姿を見つめる。
「ぼく、いいこにしてるからね。だからはやくかえってきてね、おかあたん」
 どんな仕打ちを受けようとも、ユーリは母が大好きだった。

 翌日、親子は市場に買い物に出かけていた。
「これくらいなら持てるだろ。落っことすんじゃないよ」
「うん、だいじょぶ!」
 ユーリはアーニャからパンの入った紙袋を受け取ると、それを大事そうに抱きかかえる。
「後は野菜を買っていくか。新鮮なのがあるといいんだけど‥‥」
 そう言いスタスタと人込みの中を歩いていくアーニャ。
 ユーリは必死でその背中を追う。
「何してんだ! 置いてくよ!」
「まって、おかあたん!」 
 母とはぐれない様にと駆け足になるユーリだが、大きな袋を抱えているので前が見えなかった。
 足元の石に躓き、派手に転んでしまう。
「何やってんだい!!」
 駆け寄るアーニャが目にしたのは、転んでも紙袋を放さないユーリの姿だった。
 膝小僧を擦り剥いたユーリは涙を堪え、ゆっくりと立ち上がる。
 しかし彼の体の下敷きになったパンは潰れ、砂まみれになっている物もあった。
「‥‥あう、ごめんなしゃい。パンがよごれちゃった」
 置いていかれた事を責めもせず、母に謝る健気なユーリ。
 だがアーニャが彼を優しくその胸に抱きしめ、慰める事はない。
「全く鈍くさい子だね。何の役にも立たないんだから!」
 いつもの様に罵声を浴びせるのみである。
「おかあたん、ごめんなしゃい‥‥」
「謝れば済むとでも思ってるのかい? お前のせいで財布が掏られちまったじゃないか!」
 アーニャの言葉にユーリの表情が凍りつく。
 転んだ彼に気を取られている一瞬の隙にやられてしまったようだ。
 かつては『同じ事』をしていたアーニャには、いつ掏られたのか感覚でわかったらしい。
「あの野郎、趣味の悪い髑髏の刺青なんかしやがって。どうせなら金持ちから掏れってんだ」
 悪態をつくアーニャをユーリは涙目で見上げる。
「ひっく‥‥ぼくのせいでごめんなしゃい、ごめ、なしゃい‥‥」
「ああ、お前のせいだよ。罰としてしばらくは肉を食わせないよ。野菜と魚で我慢するんだね」
 泣きじゃくるユーリをうっとおしそうに見下ろすアーニャは、乱暴に小さな手を引っ張って家路に着くのだった。

 その日の深夜。
 ユーリは背中から絡みつくアーニャの手をそっと外すと、物音を立てないように寝台から降り立った。
(「おかあたん、おかねはぼくがとりもどすからね」)
 働き疲れて泥の様に眠るアーニャの頬に口付けを落とすと、ユーリは家を後にする。
 辺りはしんと静まり返っているが、歓楽街に近づくと喧騒が聞こえ始めた。
(「こわいひと、いっぱいいる‥‥」)
 そっと路地から様子を伺うユーリの小さな心臓は、破裂しそうなくらい脈打っていた。
 見た事のない夜の世界に危険な何かを感じ取ったのか、細い足は恐怖にブルブルと震えている。
(「ぼくのよわむし! おかあたんのためだぞ!」) 
 きゅっと唇を噛み締め視線を上げたユーリの目の前を、腕に髑髏の刺繍のあるがらの悪そうな男が通り過ぎる。
 途端に恐怖を忘れ、ユーリは夢中で男を追った。
「やい、がいこつおとこ! おかあたんのおかねをかえせ!」
 その声に男は足を止め、振り返る。
「あぁ? なんだ、ハーフエルフのガキか」
 男はユーリに近づきながら、何を思ったのかにやりと気味の悪い笑みを浮かべる。
「小汚いがまあまあ可愛い面してるじゃねぇか。こりゃそのテの好事家に高く売れそうだぜ」
 男の言っている事はユーリには難しく、また興奮状態の彼には理解できなかった。
「かえせ! おかあたんのおかねをかえせ!」
「うるせぇな。黙ってろ!」  
 勇敢に殴りかかろうとしたユーリの鳩尾に男の拳が沈む。
 殺さないようにと手加減はしているようだが、幼いユーリの意識を奪うには充分の破壊力だった。
「これで当分は食う金に困らないぜ」
 男はそう言うと、小さなユーリを抱えて闇夜に消えて行った。


 翌朝、アーニャは目を覚ましてすぐにユーリがいない事に気づいた。
「あのガキ、どこ行ったんだ!」
 寝癖の付いた頭を掻き毟り、アーニャはユーリのいそうな場所を探し回るが、何処にも見つからない。
「仕方がない、もうあそこしか‥‥」   
 アーニャは冒険者ギルドに向かうと、乱れる呼吸でユーリの捜索依頼を出す。
「大丈夫、きっと冒険者の皆様がユーリ君を無事に救い出してくれますよ。どうかお気を強くお持ち下さいね」
 受付嬢の優しい言葉にアーニャはぷいっと視線を逸らした。
「別に心配なんかしてないよ。ただ勝手に出て行かれて死なれたら後味が悪いからね」
 とても母とは思えない言葉である。
 しかしその手が微かに震えている事に受付嬢は気づいていた。
 
「‥‥ここは、どこ?」 
 ユーリは暗がりの中で目を覚ます。
「あたし達、売られちゃうのよ」 
 少女の声にユーリは慌てて飛び起きる。
 ユーリが連れて来られたのは森深くにある廃屋の一室。
 そこには彼の他に3人の子供達が閉じ込められていた。
「うられちゃうって、とおくに?」
「そうよ。もうすぐ知らない所に連れて行かれるんだわ」 
 少女はユーリの問いかけに諦めた様な口調で答える。
「そしたらもうかえってこられないの?」
「決まってるだろ。当たり前の事を聞くなよ!」  
 別の少年が荒々しく答える。
 ユーリは「ごめん」と小さな声で謝ると、膝を抱えて蹲る。
(「もうよるだ。おかあたん、ひとりでねんねするのさみしくないかな」)
 窓から見える月を見つめながら、ユーリは母を想う。
(「でも、ぼくがいないほうがおかあたんはしあわせなのかな。ぼくはずっといっしょにいたいけど‥‥」) 
 優しい笑顔を見せてくれなくても、温かい愛で包んでくれなくても。
 アーニャを慕うユーリの気持ちは変わらない。
 どんな母であろうとも代わりはいないのだから。

●今回の参加者

 eb2357 サラン・ヘリオドール(33歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb5267 シャルル・ファン(31歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ec3876 アイリス・リード(30歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4047 シャルル・ノワール(23歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ec5171 ウェーダ・ルビレット(24歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec5570 ソペリエ・メハイエ(38歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785)/ 桜葉 紫苑(eb2282)/ レア・クラウス(eb8226)/ マロース・フィリオネル(ec3138)/ 元 馬祖(ec4154

●リプレイ本文

●不器用な愛
 冒険者達は手分けして情報収集を行っていた。
 ユーリの家の近所や彼を見かけた人がいないか聞き込みをするのは、アイリス・リード(ec3876)とシャルル・ノワール(ec4047)だ。
 深夜に歓楽街の方へ歩いていく彼の姿を見たという情報が得られたが、その後の足取りは依然不明である。
「どうやら子供を誘拐して売り飛ばす悪党がこの町にいるらしいんだよ」
「何て事を‥‥」
 年配の女性から聞いた話にアイリスの顔が蒼白になっていく。
「誘拐犯についてはご存知ですか?」
 ノワールの問いは女性に首を傾げた。
「がらの悪いゴロツキだって事しか知らないねぇ」
 返事は曖昧だが、犯人の目星は付きそうである。
 2人は女性に礼を言うと、裏社会に精通していそうな情報屋に会いに行く。
(「‥‥必ず、探し出さなければ」) 
 ユーリを案ずるアイリスの隣で、
「い、いたいけな少年を捕まえてドウシヨウと言うのでしょう‥‥はぁはぁ」
 ノワールはピンク色の妄想に息を乱している。
「‥‥不謹慎です」
「す、すみません。真面目にやりますから‥‥ああっ、待って下さいっ!」
 スタスタと歩き出すアイリスを大慌てで追いかけるノワール。
 2人は情報屋から、犯人は髑髏の刺繍をした男を含む複数である事と、彼等がキャメロットから徒歩で1日の森の奥にある廃屋をアジトにしているという情報を得る事が出来たのだった。

「ここから東の方にある森にいるみたいだわ」
 サラン・ヘリオドール(eb2357)はサンワードでユーリの現在の居場所を特定していた。
「さらに詳しい情報を仕入れなければなりませんね」
 ソペリエ・メハイエ(ec5570)はマロースと馬祖のアドバイスを胸に、初めての依頼に真摯に取り組んでいた。
 2人が次に向かったのは酒場である。
「こんにちは。ちょっとお聞きしたい事があるのだけれど、いいかしら?」
 しなやかな動作でサランは男に体を寄せると、そっと金貨を手渡す。
「あんたみたいなイイ女とコイツには勝てねぇな。知りたいネタは何だ?」
 サランの髪を撫でた後、男はにやりと笑って金貨を見つめる。 
「小さな男の子がいなくなったの。何か心当たりはない?」
「そりゃ攫われたんじゃねぇか。誘拐犯で有名な髑髏の刺繍の男によ」
 男の言葉にソペリエは息を飲む。
 しかしサランは動揺を表に出さず、男の太腿をそっと指でなぞりながら耳元に甘いと息を吹きかける。
「その男は単独犯? それとも徒党を組んでいるのかしら?」
「奴がリーダーで他に2人いる。攫ったガキがある程度の人数になったら好事家に売り飛ばす外道だぜ」
「ありがとう。あなたは素敵な情報屋さんね」 
 サランは男の頬に口付けを落とし、そっと身を離す。
 鮮やかな色仕掛けにソペリエは感嘆の息を漏らすのだった。

 ウェーダ・ルビレット(ec5171)とシャルル・ファン(eb5267)はアーニャの元を訪れていた。
「どうせあたしと暮らすのが嫌になったんだろうさ」
 ユーリがいなくなった心当たりを尋ねるファンにアーニャは蓮っ葉な口調で答える。
「いつ家を出たのかはお分かりですか?」
「朝起きたらいなかったから、多分あたしが寝てすぐの真夜中だと思うよ」
 くたくたに疲れ果てて熟睡し、ユーリが家を抜け出したのに気づかなかったのだろう。
「ユーリさんはどんなお子さんですか?」
「あいつは弱虫でどん臭いガキだよ。この前も市場ですっころんだんだ。お陰でこっちは財布を掏られちまったよ」
 突拍子のないウェーダの質問に顔を顰めながらも素直に答えるアーニャ。
「もしかしたら、ユーリさんは責任を感じて財布を取り戻しに行ったんじゃないでしょうか?」
「掏ったのは髑髏の刺繍のあるゴロツキだよ? あのバカ、何やってんだい!」
 ファンの言葉にアーニャはドンッ! と机を叩きつけた。
「あなたはユーリさんをどう思っているのですか?」
 真っ直ぐなファンの問いにアーニャは机に突っ伏したまま、小さな声で答える。
「‥‥本当に煩わしいガキだよ。いないならいないで心にぽっかりと大きな穴を空けるんだから」 
 アーニャが本心ではユーリをどう思っているのかを知るにはその一言で充分だった。

●救出
 情報収集を終えた一行は、犯人達が潜んでいると思われる東の森の奥の廃屋を目指していた。
 借りてきたユーリの持ち物の匂いを嗅いだサランの愛犬ソールは、しきりに地面の匂いを嗅ぎながら森の中を進んで行く。
 その後方から森林知識のあるアイリスとソペリエは森を注意深く観察し、人がよく通っている痕跡がないか調べていた。
「ユーリさんはとっても純粋なお子さんみたいです。辛い目に遭って彼の純粋さが失われるのは勿体無いですね」 
「きっと見た目も可愛らしいんでしょうね‥‥はぁはぁ」
「‥‥それにしてもパーストの使い方は難しいものです」 
 ウェーダの言葉に息を荒げるノワールを無視し、ファンはふうと大きな溜息をつく。
 ユーリの足取りが追えないかと思い、歓楽街に赴いてパーストという過去見の魔法を使ってみたのだが上手くいかなかったのだ。
 過去の光景を目にするには正確な時間指定が必要で、ユーリが攫われたのは真夜中だろうという漠然とした認識では効果を発揮できないのである。
 そして過去を見られる時間も決して長くはない。 
「廃屋が見えてきたわ!」
 優良視力を持つサランが叫ぶ。
 100m程の距離に近づき、ノワールはブレスセンサーで建物内の気配を探った。
「‥‥呼吸は大きい物が3つに小さい物が4つです」
 犯人達と子供達、数に間違いはない。
 一同はさらに距離を詰めて茂みに身を潜める。
 ウェーダが廃屋目掛けて放ったウォーターボムは窓に鈍い音を立てて当たり、飛散する。
 すぐさま廃屋から飛び出てきた2人の男の耳に、
『僕、役人を呼んできます!』
 ヴェントリラキュイを使ったノワールの声が響く。
「ちっ! させるかよ!」
 声のした方角へ走る男達の目の前に、ソペリエが立ち塞がる。
「覚悟しなさい!」
「何だ、お前達は!?」
 彼女の後方に現れた冒険者達に動揺する男達。
 その内の1人をファンはスリープで眠らせ、ウェーダがロープで頑丈に縛り上げた。
「どうなって‥‥ぐあっ!」
 もう1人の男はインビジブルで姿を消したサランに後頭部を杖で殴られ、がっくりと膝を付く。  
 そこにソペリエのバーストアタックとスマッシュEXが連続で叩き込まれ、男の動きが止まった。
 その体を縛り上げ、一同はあっさりと男達の無力化に成功した。

 廃屋内に侵入したアイリスとノワールは子供を人質にとる髑髏の刺繍の男と退治していた。
「どうするよ、冒険者さん達よぉ?」
 刃物を突きつけられ、少女は涙目で2人を見つめている。
 アイリスは瞳に怒りの炎を灯し、コアギュレイトで男の動きを封じた。
 驚愕の表情を浮かべる男の手から刃物を奪い、ノワールは少女を救出する。
「うっ、ひっく‥‥」
「よしよし、よく我慢しましたね」
 ノワールが少女の体を抱きしめた時、2人を心配したソペリエが姿を現した。
 戦いが終わった事を確認し、未だ身動きの取れない男を縛り上げる。 
「もう怖くないわよ。親御さんの所に帰りましょうね」
 部屋から解放した子供達全員の名前を聞いたサランは、1人1人の頭を優しく撫でた。
「怖かったでしょう? もう大丈夫です。頑張りましたね」
 アイリスはユーリを優しく抱きしめる。
 柔らかな体温にうっとりと目を閉じるユーリ。
「たすけてくれてありがと。ぼく、はやくおかあたんにあいたい」
 感謝の気持ちの後に放たれたのは健気で一途な本心だった。

●親子
 犯人達は官憲に引き渡され、3人の子供達は無事に親元へと帰る事が出来た。
「おかあたーん!!」
 ユーリは勢いよくドアを開け、やつれた様子のアーニャに抱きつく。
 いつもなら鬱陶しがってユーリを振り払うアーニャは、思いっきり小さな体を抱きしめた。
「この馬鹿っ! 売り飛ばされたり殺されたりしたらどうするつもりだったんだ!」
「おかあたん、しんぱいかけてごめんなしゃい。ぼく、もういなくならないよ」
 きつい言葉とは裏腹、アーニャの目からは大粒に涙が溢れ出ていた。
 ユーリは初めて感じた母の愛に目を細め、頬を摺り寄せる。
「本当に大切なものって失くして初めて気づくって言いますけれど‥‥そんなの哀しいですよね」
 失いそうになって初めて我が子の存在の大きさに気づいたアーニャ。
 押えきれないノワールの想いが唇から零れ落ちる。
「1人で子供を育てるのは大変でしょうが、子供が頼れるのは親だけです」
 ウェーダは母がいなくなってからの自分の生活を思い出し、寂しげに微笑んだ。
「貴女はユーリさんをこの年まで立派に、優しい子に育て上げられました。心よりご尊敬申し上げます」
 親の顔も知らぬアイリスはアーニャが母親であり続けた事を眩しく感じていた。
「ユーリさんがとってもいい子なのは、きっとお母さんが素敵だからだわ」
 サランの言葉に誰もが帰路でユーリから聞いた話を思い出す。
 どんなに忙しくてもおいしいご飯を作ってくれる事。
 寝る時はユーリを背中から抱きしめて離さない事。
 決して『生まなきゃよかった』とは言わなかった事。
 不器用なアーニャの愛はユーリに伝わっていたのだ。
「あのね、おさいふとりもどせなかったの」
「馬鹿だね。お前が無事なら財布なんていらないよ」
「おかあたん、だいすき!」
 温かで優しい言葉にユーリは満面の笑顔を見せる。
「あんた達のお陰で大切なものを失くさずに済んだよ。本当にありがとう‥‥」
 深々と頭を下げるアーニャに一同は笑顔で応える。  
「彼女も少しは母親としての自覚を持ってくれるでしょうか」
 そう言うファンの口元は綻んでいる。
「きっと大丈夫ですよ」
 ソペリエは親子を見つめる。
 愛しいという気持ちを素直に伝える事をアーニャはもう迷わないだろう、そう思いながら────。