ワガママわんことヘタレご主人様
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■ショートシナリオ
担当:綾海ルナ
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:4人
サポート参加人数:1人
冒険期間:09月23日〜09月28日
リプレイ公開日:2008年09月30日
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●オープニング
キャメロットから遠く離れた小さな村。
そこに住むセシルという青年は無類の可愛いもの好きだった。
子供の頃に大都会キャメロットで見かけた愛らしい子犬が忘れられず、飼いたいと思い続けて早10年。
ついにセシルの念願は叶った。
『わんわん! わんわんっ!』
家の中を所狭しと走り回るころころの柴犬の子犬。
短い足で跳ね回る様はとても愛らしい。
しかし────
「あ、こらっ! それは齧っちゃダメだって‥‥ああっ!!」
セシルは買ったばかりの靴が涎まみれになっているのを目にすると、がっくりと肩を落とした。
一方の子犬はがしがじと『獲物』を堪能している。
「モモ、頼むからもう少し大人しくしてくれ‥‥」
『わんっ!』
「ん、わかってくれたのか? お前は何て利口なやつなんだ。よしよし」
セシルの悲痛な言葉に靴を齧るのを止め、元気よく一鳴きしたモモ。
まんまるの黒い目で見つめられたセシルはだらしなく顔を緩ませると、モモの小さな頭を撫でようとした。
『うーっ。わんわんっ!!』
しかしモモは自分のおもちゃを取られると思ったのか、小さな歯を剥き出しにして唸り出す。
「モモぉ、僕はお前の飼い主だぞ‥‥ううっ」
愛するモモに威嚇され、ショックを隠しきれないセシル。
一緒に暮らし始めてから1ヶ月が経ち、モモはすっかりセシルを『ご主人様』ではなく『子分』と認識している様だった。
それもこれもセシルがモモに甘く、しっかりと躾をしてこなかったからだ。
「我が儘なモモも可愛い、とっっても可愛い。でもこのまま僕の言う事を聞かなかったら、いつか村の人に迷惑をかけてしまうかもしれない‥‥」
畑の野菜を勝手に食べたり、小さな子供に飛び掛ったりしたら、モモは村人達に嫌われてしまうだろう。
飼い主としては誰からも愛されるわんこに育って欲しいものだ。
しかしついついモモの可愛さに負けてきつく叱る事の出来ない自分1人では、どうしようもない。
犬の躾の仕方を聞きたくても、この村で飼っているのは馬だけである。
「‥‥そうだ。困った時は冒険者ギルドに依頼を出してみろって村長さんが言ってたっけ」
とは言えモモを残して行くわけには行かない。
セシルはシフール便でギルドに依頼を出そうと決めた。
数日後、ギルドにセシルからの依頼が届いた。
依頼内容は『子犬の躾の仕方を教えて欲しい』というもの。
それを目にした受付嬢は微笑ましい依頼に顔を綻ばせたが、補足の欄に書かれた条件に小首を傾げる。
『子犬の飼い方を知らなくても、可愛いペットを飼っている方なら大歓迎です。ぜひ連れて来てください。可愛い動物との交流を強く望みます!』
本来の目的とは関係なさそうな一文に疑問を抱きつつ、受付嬢はセシルからの依頼を張り出すのだった。
●リプレイ本文
●集う親馬鹿さん達
秋の深まりを感じる涼やかな空気の中、街道を歩く男性が2人。
彼等は『犬の躾の仕方を教えて欲しい』と願うセシルの依頼を受けた冒険者である。
「いやー、やっと俺でも参加できる依頼がきやがったか。なんせ戦闘はからっきしダメだからな‥‥」
周りに誰もいないのをいい事に、気持ちの昂ぶりのまま大声で独り言を言うのはアバライ・レン(ec5619)だ。
連れてきた彼の愛猫アレンは気まぐれワガママさんらしく、勝手にあちこちを歩き回っている。
「アレーン、道端に落ちてる腐った食い物とかモンスターの死体は食うなよ? それ以外の物ならノープロブレムだ!」
ご主人様アバライの声にアレンは振り向きもせず、道の真ん中で日向ぼっこを始めてしまった。
「う〜ん、そんなゴーイングマイウェイな所もたまらないぜ!」
でれっと鼻の下を伸ばすアバライの隣で、ゲイル・ブロッサム(ec5618)はしゃがみ込んである行為に夢中で耽っていた。
「にくきゅう‥‥‥‥すばらしい!」
そう、彼は愛猫ハルが臆病で大人しい性格なのをいい事に、先程から欲望のままにピンク色の肉球を弄んでいたのだ!
『にゃあぁ‥‥』
もう勘弁してぇ、と言う様に悲しげな声で一鳴きするハル。
きっとこの子は『人間は皆肉球に目がない。というか執着し過ぎ』と思っている事だろう。
「おっ、村が見えてきたぜ。噂のヘタレご主人様とペットについて語り合わなければ‥‥!」
アバライはそう言うと、急に物凄い勢いで村に向かって走り出す。
しかしそれを追うものは1人も1匹もおらず、彼の気合いは空回りしていた‥‥。
「はじめまして! 僕が依頼人のセシルです」
セシルは冒険者2人にぺこりと頭を下げ、満面の笑顔を見せた。
『わんわん! わんっ!』
モモは見知らぬ来客と猫という初めて目にする未知の生物に大興奮らしく、家の中をくるくると走り回っている。
「こら、モモ! お客さんに失礼じゃないか。大人しくしなきゃダメだよ」
飼い主らしくモモを諌めるセシルだが、その口調に覇気も威厳も全く感じられない。
『うーっ! わんわんわんっ!!』
それ所か「黙っとけ!」と言わんばかりに唸られる始末である。
「う、うるさくてすみません。この子が躾をお願いしたい柴犬のモモです。ええと、お名前をお聞きしても宜しいですか?」
遠慮がちなセシルの言葉にアバライは瞳を輝かせ、ずずいと身を乗り出してきた。
「名前? よくぞ聞いてくれた! こいつの名前はアレンっていうんだ。アレンはいつも一緒にいるからな‥‥ああ! アレン!!」
「あ、あの、猫ちゃんのお名前もですが、まずはあなたのお名前を教えて頂けたらと‥‥」
「‥‥何? 俺の名前を聞いただけか。俺はアバライ・レンだ。よろしくな?」
若干引き気味のセシルの様子を気にする事もなく、アバライは挨拶の後にウインクまで飛ばしてみせる。
「俺はゲイル・ブロッサム。こっちが素晴らしい肉球の持ち主のハルだ。お近づきの印に触らせてやってもいいぞ」
ゲイルはそう言うと、嫌がるハルの肉球をセシルの前に差し出す。
「い、いいんですか? では失礼します‥‥」
恐る恐るセシルはハルの肉球に触れてみた。
ぷにっ。
「わ、柔らかい‥‥」
ぷにぷにぷにぷに。
「‥‥この感触、癖になりそうです」
「だろう? 肉球の素晴らしさがわかるあんたとはいい友達になれそうだ」
「よぉし、出会いを祝して今夜は派手に飲もうぜぃ!」
何処からかワインを持ち出したアバライの言葉に、ゲイルとセシルは歓声をあげる。
そしてまだ外は明るいにも関わらず、どんちゃん騒ぎを始める駄目な大人3人‥‥。
「動物なら猫に限らず、犬・ウサギ・ウサギ・ウサギなんか好きだぜ?」
「うんうん。ウサギも可愛いですよね」
「何? ウサギが多いだぁ? んな細かい事は気にするな。大好きなだけだ! 都合により飼っていないんだが‥‥理由は聞くな。こちとら猫を飼うだけでも手一杯なんだよ! 悪いか!?」
「ぼ、僕はそんな事一言も言ってな‥‥く、首を絞めないで下さ‥‥く、苦しい‥‥」
「肉球はいいぞぉ、肉球は。あれぞ世界が誇る宝だ!」
悪酔いしセシルに絡むアバライに相変わらず肉球にのみ感心を示すゲイル。
個性の強過ぎる2人にセシルは圧倒されていた。
『人間って皆あんななのわん?』
『いや、多分あの人達が変なだけにゃ』
『でもモモさんのご主人様は巻き込まれてるだけだと思うにゃん』
ペット達は冷ややかな目で親馬鹿にして駄目駄目なご主人様達を見つめながら、こんな会話をしているのかもしれない。
結局この日は夜遅くまで酒盛りが続いた。
肝心な躾の指導は愚か、冒険者達のペットとの交流もままならず、しくしくと床を涙で濡らすセシル。
‥‥ちなみにベッドは2人が折り重なる様に占領していた。
●忘れ去られた目的
『くぅん‥‥』
「ん、うぅん‥‥おはよう、モモ」
翌日、モモに顔を舐められてようやくセシルが目を覚ました時には、日はすっかり高くなっていた。
「うわ、もうお昼だよ! モモ、お腹が空いたろう? ごめんよ」
大慌てでモモにご飯を上げるセシルの足元にハルとアレンが喉を鳴らして擦り寄ってきた。
『にゃおん』
『みゃあ』
何かを期待するような2匹の眼差しにセシルは表情を綻ばせる。
ベッドで鼾をかくアバライとゲイルはまだまだ起きそうにない。
「お前達もお腹が減ったんだね。モモと同じ物でよければ食べるかい?」
セシルは猫達にもご飯をあげた後、ごっちゃりと散らかった部屋を片付け始める。
そして3匹を連れて村の中を散歩して帰って来ると、2日酔いで具合の悪そうな2人は机に突っ伏していた。
「だ、大丈夫ですか? お2人とも‥‥」
心配そうに声をかけるセシルには目もくれず、
「アレーーン! 何処に行ってたんだ? 心配したじゃないかっ!」
「もう5時間以上も肉球を触っていない‥‥発狂しそうだ」
アバライはアレンを抱きしめ頬擦りをし、ゲイルはハルの肉球をぷにぷにし始める。
(「今更だけど‥‥この人達、僕に躾を教えてくれる気はあるのかな」)
セシルは2人を見つめながら密かに疑惑を抱いていた。
思えば昨夜の酒盛りの時も2人は自分のペットの自慢話をするだけで、全く人の話を聞いていなかったのだ。
「あ、あのう。そろそろ犬の躾け方を教えて頂けませんか?」
遠慮がちなセシルの言葉にアバライはアレンを解放すると、ポリポリと頭を掻いた。
「あぁ、すまんすまん。つい肝心の目的を忘れてた」
「お、お願いしますよぉ」
涙目で懇願するセシルにアバライはうーんと唸る。
「犬の躾か‥‥犬は好きだが、飼ったことはないから何とも言えんなぁ。だが犬は周りの人間にランクをつけるらしい、というのを聞いた事があるぞ」
「順位付け、ですか。明らかに僕は下に見られている様な気がします」
「つまりあれだ。なめられてるんだな。よし、それじゃご主人様の威厳を取り戻すために一肌脱ぐか!」
アバライはテンションの高まりのままに大声でそう宣言すると、肉球弄りに夢中になっているゲイルの肩をバシッと叩く。
「俺には関係ない。あんたが教えればいいだろ?」
「そんなつれない事を言うなよ〜。動物知識があるくせに、この!」
「ゲイルさん、お願いします!」
2人に頼み込まれ、仕方なしといった風にゲイルはハルの肉球から手を離した。
「ペットの躾では、ペットと飼い主が信頼関係を築き、犬が人間より下の位に位置することを覚えさせる事が大切だ。それが出来なきゃなめられたままだ」
そして慣れた様子で語り出すゲイル。
その一言一言をセシルはうんうんと頷きながら聞いていた。
だが‥‥
「具体的にはやったら駄目な事をやったときはすぐに叱り、やめたら大げさに撫でる等して褒めるのが大切だ。そうすればいい事と悪い事がわかるようになるからな。あとは‥‥」
以下長々とゲイルの講釈は続く。
彼は話し始めると長いのである。
「‥‥とまあ、掻い摘んで話すとこんな所だな。後は実践あるのみだ」
ゲイルの話が終わった時、日はとっぷりと暮れていた。
隣で眠りこけているアバライに毛布をかけながら、セシルは必死で聞いた話を忘れない様に頭の中で反芻するのだった。
●さらば同志よ、また会う日まで
翌朝、セシルは村を発つ2人を見送っていた。
「短い間でしたがとても楽しかったです。ありがとうございました!」
過ぎ去ってしまえば2人に振り回された日々もいい思い出である。
「聞いた話では、なめている犬にはガッツリ順位を教えてやらないと理解しないらしいぞ。モモを溺愛しているお前には難しいかもしれんが、頑張れ!」
最後の最後でまともな事を口にするアバライにセシルはにっこりと微笑んだ。
「今度また肉球について語り合おうな」
一方、最後まで肉球に拘り続けたゲイル。
だが偏ってはいるものの、ゲイルの並々ならぬ情熱にいつしかセシルは尊敬の念を抱いていた。
『2匹ともまた遊ぼうわん』
『またね。セシルさんを支えてあげてにゃ』
『ああ、また肉球を弄られ放題の日々が待ってるにゃん‥‥』
なんて会話をしながらペット達は別れを惜しんでいるのだろう。
「お2人とも、また遊びに来て下さいね。僕もモモに認められるように頑張ります!」
『わんわんっ!』
遠ざかる背中を見送るセシルの隣で、元気な鳴き声をあげるモモ。
ワガママわんことヘタレご主人様の未来は、まだまだ始まったばかりである────。