【メルドン慰問】アリシアの決意

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 97 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月25日〜10月05日

リプレイ公開日:2008年10月03日

●オープニング

●メルドンへの誘い
 冒険者ギルドを訪れた者は掲示板を前に足を止めた。
 ――メルドンへ慰問団を派遣する依頼。
 小さな港町メルドンの大津波による災害は、誰もが知る大事件である。
 ――自分もメルドンの民を励ます力になりたい!
 慰問団は10人前後。護衛を兼ねた冒険者はキャメロットに戻る必要がある。
 訪問期間を調整すれば、慰問の人手は多いに越した事はないだろう。
 アリシアは受付に向かった。

「あの、こんにちは。私はアリシアと申します」
 アリシアは高鳴る胸を押え、恐る恐る受付嬢に声をかけた。
 彼女の緊張を察した受付嬢はにっこりと微笑むと、優しい声音で問いかける。
「こんにちは。依頼を出したいのかしら?」
「は、はい。メルドンに一緒に行って下さる方を募集したいのですけれど‥‥」
「あなた、さっきからあの張り紙をジッと見ていたけれど、目的は慰問で間違いない?」
 テキパキと依頼書を書き始める受付嬢にアリシアはこくんと頷く。
 王宮騎士であるフレッドは現在、メルドンで任務に当たっている。
 きっと寝る間も惜しんで復興の手伝いをしているのだろう。
「メルドンの悲報を聞き、私にも何か出来る事があるんじゃないかと思いました。ジッとしていられなかったのですわ」
 しかし戦う術を持たない自分が1人で無事にメルドンに辿り付ける保証はない。
 そこで冒険者達にメルドンまでの同行を依頼したいとアリシアは思っていた。
「そうね。冒険者じゃなくてもあの町で起きた事を聞けば、助けに行きたいって思うわよね。でも中々実行に移せずにいるものよ。あなたは勇気があるお嬢さんね」
「いえ、私は‥‥」
 受付嬢に褒められ、アリシアは微かに頬を赤く染める。
「でもね、余計なお世話かもしれないけど言わせてちょうだい。メルドンに行ったら、あなたが想像する以上の光景が待っているかもしれないわ。思わず目を背けて逃げ出したくなるような、ね」
 それは箱入りのお嬢様にはショックが大き過ぎる光景だろう。
「それでもあなたはメルドンに行きたいと思う? そこで目にする現実を受け止める覚悟はあるのかしら?」
 救いを待つ人達に背を向けるような事はして欲しくないと受付嬢は思っていた。
 安っぽい正義感や同情はメルドンに必要ないのだ。
 求められるのは、真摯な行動と強い意思、そして真なる優しさだろう。
「‥‥はい。私は自分の目でメルドンの現状を見つめ、受け止めたいと思っています。出来る事は多くありませんが、差し伸べた手を途中で仕舞う様な事は決して致しませんわ」
 返ってきたのは真っ直ぐな目と力強い宣言だった。
 受付嬢は厳しい表情を緩めると、さらさらと依頼書を纏め上げる。
「この依頼があなたを成長させてくれる事を祈ってるわ。頑張ってね、アリシア」
 アリシアは渡された依頼書の内容を確認すると、花の様な笑顔で受付嬢に頷いた。
 家族の温かい愛に包まれ、何不自由なく育ったアリシア。
 少女は大人への階段を登るかの如く、自らの意思で一歩を踏み出したのだった。

●今回の参加者

 ea3071 ユーリユーラス・リグリット(22歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea4267 ショコラ・フォンス(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea5866 チョコ・フォンス(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb5267 シャルル・ファン(31歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ec3876 アイリス・リード(30歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4114 ファビオン・シルフィールド(26歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 ec4936 ファティナ・アガルティア(24歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ec4979 リース・フォード(22歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●踏み出した1歩
 アリシアを中心とした小さな慰問団は、旅に不慣れな彼女のペースに合わせてメルドンへと向かっていた。
 野営時は女性陣で毎晩お喋りに花を咲き、とても楽しい旅路の様だ。
「フレッドは真面目だからなー。倒れなきゃいいけどね、ね? アイリス?」
 意味ありげに話を振るチョコ・フォンス(ea5866)に返ってきたのは
「ええ。しっかりと休息を取っていて下されば良いのですが‥‥」
 至極真面目なアイリス・リード(ec3876)答え。
 肩透かしをくらったチョコは彼女の鈍感さに気づく。
「無理は禁物ですよ。あなたに何かあったらフレッドに怒られてしまいますから」
 おどけた口調のシャルル・ファン(eb5267)にアリシアは笑顔で頷く。  
「アリシアさん、メルドンがどんな状態か予想されてますか?」
 真摯な表情でそう尋ねるのはユーリユーラス・リグリット(ea3071)だ。
「酷い怪我を負った人、疲れ果てた人、そして未だ弔われない遺体もあるかもしれません。僕が知ってるのは戦争ですが‥‥状況は似てると思うです」
 ショックを受けない様にと案じるが故のユーリの忠告である。
「アリシアの元気を分けに行こう?」
 頭の中で思い付く限りの惨状をイメージしているアリシアに、リース・フォード(ec4979)は優しく声をかける。
「俺はメルドンに1番酷い時に行ったきりなんだ。あれから随分経ったし、復興が進んで町も人も少しでも元気を取り戻せてるといいなって思う。だからもっと良くなる様に一緒に頑張ろう?」 
「リースさん‥‥」
 優しい言葉にアリシアは微かな笑顔を見せる。
「あなたには私達がついてますから、心細く思う事は何もないのですよ」
 ショコラ・フォンス(ea4267)は優しい眼差しでそう告げる。
「無理をし過ぎれば回りに心配をかけてしまう。自身の体調を考えなければならないぞ」
「もう、言い方が優しくないです! そんなんじゃ心配してるって気持ちが伝わりませんよ?」
 クールなファビオン・シルフィールド(ec4114)にファティナ・アガルティア(ec4936)はぷうと頬を膨らませる。
「皆様、ありがとうございます。とても心強いですわ」
 アリシアは全員の目を見つめた後、花の様に微笑んだ。
   
 災害に遭って間も無くのメルドンを知るリースは復興が進んでいる事に安堵の息を漏らす。
 あの時の様に倒壊したままの家屋や瓦礫の下敷きになっている人間はいなさそうだ。
 しかしそれでもアリシアには刺激が強く、細い足は微かに震えていた。 
「大丈夫?」
「すみません。覚悟はしていたのですが‥‥」
 足を引きずって歩く幼い子供の姿にその瞳が潤む。
「俺が傍にいるよ。だから安心して」
 泣くまいと必死で唇を噛み締めているアリシアをリースは優しく励ます。
 一行はメルドンを1周し、最も助けを必要としている場所は何処か、余興を行うのに適切な場所は何処かを確認する。   
「これを使って下さいです」
 ユーリは用意した包帯や綺麗な布、毛布をアリシアに手渡す。
「それと僕の分もお裾分けしますね」
 さらに彼女は広場で炊き出しの準備をするショコラに余った保存食を提供する。
「助かります。先程アリシアさんにも頂いたので2日間持ちそうです」
 ショコラが用意した物も合わせた200食程の保存食は、多くの住人の胃袋を満たせるだろう。
「僕にも後でちょこっと食べさせて下さいね? ではお歌を歌いに行ってくるです♪」
 元気よく飛び立つユーリの後姿を見送った後、チョコは画材用具を詰め込んだ袋を背負い込む。
「あたしはあたしに出来る事をやるのみだね!」
 チョコは町中を歩き回り、行方不明者を探している人々に声をかける。
 探している人物の似顔絵を描く事で少しでも手助けが出来ればと思ったのだ。
「俺も手伝おう」
「ありがとうございます。さすがに1人では大変だと思っていたんです」
 炊き出しの手伝いを申し出るファビオンにショコラはホッとした様な笑顔で応える。
「ではボク達も治療しに行きましょう!」
 元気なファティナの号令に小さな治療団は歩き出した。
 酷い怪我人は見当たらないものの、包帯を取り替える必要のある者は想像以上に多い。
 応急手当の心得のあるアリシアとリースは手際よく傷口を水で洗い流し、包帯を巻いていく。
 アイリスは必要に応じてピュリファイとリカバーで治療を行っていた。
「辛いのによく頑張られましたね。後少しの辛抱ですよ」
 ファティナは弱気になっている老婆の手を握り、温かい言葉で懸命に励ます。
 その隣でシャルルは希望の歌を歌い、落ち込む人々の心を慰めていた。
「ボクもお手伝いします。ここを押えてればいいですか?」
「はい、お願いしますわ」
「頑張り過ぎはダメですからね?」
 ファティナの言葉にアリシアは素直に頷く。 
 だがその時。
「貴族のお嬢さんが慈善ごっこか。いい気なもんだぜ」
 男性の悪意のある言葉にアリシアの動きが止まる。
「‥‥聞き捨てなりませんね」
「私なら大丈夫ですわ。治療を続けましょう」
 シャルルを制する声は気丈だった。
 しかしその後も同様の体験が続く。
 それでもアリシアは笑顔で治療を続けていた。

 その日の夜。
 体力回復に努めて欲しいと見張りを断られたアリシアだが、眠れずにこっそりとテントを抜け出す。
「眠れないのですか?」
 リースと共に見張りをしているアイリスは心配そうにアリシアを見つめる。
「アリシア、おいで」
 笑顔で手招きするリースの隣にアリシアはちょこんと腰をかける。
「よかったらどうぞ。温まりますよ」
 アイリスはアリシアによい香りのするハーブティーを差し出す。
 小さく礼を言い、それを口に運ぶアリシアは元気がない。
「辛かったら嘆いてもいいのですよ。大丈夫、と自分に言い聞かせるばかりではいつか心が砕けてしまいます。貴女はとても頑張っていらっしゃるのですから」
 優しいアイリスの言葉に堪えていた涙がアリシアの瞳から零れ落ちる。
「でも、私の頑張りが足りないから、気持ちが伝わらないのですわ‥‥」
 その呟きにリースは頭を振る。
「頑張り過ぎなくていいんだよ。一つずつでいいから、アリシアの優しい気持ちを皆に伝えて行こう?」
 届かない善意や悪意を経験したアリシア。
 彼女は優しい2人の言葉に頷き、明日も人々を救おうと決意するのだった。

●心を救う優しき想い
 慰問2日目。
「お姉ちゃん、ありがと!」
 チョコの似顔絵のお陰で母親と再会できた子供は満面の笑顔を見せてくれた。
 他にも数人から感謝の言葉がチョコに贈られる。
「‥‥ああ。生きていた頃のあの子の笑顔にそっくりだよ」
 それだけではなく、チョコは亡くなった人の似顔絵を遺族の為に描いていた。
(「時間はかかるかもしれないけど、皆の心の傷が癒えます様に。似た様な喜びはあっても同じ悲しみなんてきっとない。その人にしかわからない悲しみがあるもの」)
 チョコの優しい気持ちは多くの人を救っていた。
「美味い! 生き返ったよ」
 何日もまともな物を口にしていないという男性は嬉しそうに料理を頬張っている。
「喜んでもらえて良かったな」
「はい。あの笑顔が励みになりますね」
 1日中食事を作りっぱなしのショコラとファビオンの疲労は人々の笑顔で吹き飛んでいく。
「届いて下さい‥‥願いと共に」
 ユーリが歌う葬送の歌に幾つもの啜り泣きが重なる。
 人々の悲しみが癒えればと優しい歌や明るい歌を歌い続けてきたユーリ。
 しかし今は乞われるまま、消えて行った命の為に歌っていた。
 その歌声を遠くに聞きながら、アリシア達も休む間も無く治療を続けていた。
 リースの提案でただ治療するだけではなく、心を癒す為に1人1人の話を聞いていく。
 他者に触れる事に恐れを抱くリースはそれを押し殺し、触れた手から温もりを伝える。
「うん、騎士団の人に伝えておくよ」
 会話の中から不便に思っている事を聞き取ったリースは、それをファティナと共に王宮騎士に伝えに行った。
「そうか。やはり食糧不足が否めないな。伝えてくれてありがとう」
 2人の話を聞いていた黒髪の騎士は涼しげな笑顔で感謝の言葉を口にする。
「騎士とは言え同じ人間です。休む時はしっかりと休んで下さいね」
 何人もの騎士を激励し続けたファティナに再度騎士は微笑むと優雅に去って行った。
「あの子達は‥‥」
 帰り道、遠くを走る子供達の顔にリースは見覚えがあった。
 すると向こうも気づいたらしく、全員が笑顔で手を振ってくれた。
 思いがけない再会にリースの胸は温かくなるのだった。
(「フレッドさんは今、メルドンに‥‥」)
 アイリスは小さな羽根を握り締め、フレッドの無事を祈った。
 閉じていた目を開け踵を返す彼女の耳に、聞き覚えのある声が響く。
 驚き振り向いた瞳に仲間と共に懸命に復旧作業を行うフレッドの姿が映る。
「あまりご無理はなさらないで下さいね‥‥」
 そう呟きながらアイリスは瞳を細めてフレッドを見つめていた。

 2日間の慰問を終え、一同は帰路に着く。
 充実感と共に自分は何が出来たのかと悩むアリシアにショコラは声をかける。
「あなたよく頑張りましたよ。自分の評価は、所詮は他人がした評価なのです」
 首を傾げるアリシアに向けるショコラの眼差しは父親のそれだった。
「自分が頑張ったと思っても他の人がそう思わなければ頑張りは足りず、反対に自分が頑張れていないと思っても他の人が認めているのなら、ちゃんと頑張ったとなるのです」
 ショコラの言葉に冒険者達は頷く。
 誰もがアリシアの頑張りを認めていた。
「あなたは胸を張っていいのですよ」
 その言葉にアリシアの目から大粒の涙が溢れ出す。
「アリシアは泣き虫なんだから‥‥」
 チョコに抱きしめられながら、皆への伝えきれない感謝の気持ちに胸を詰まらせるアリシア。
 彼女の成長を見守る瞳はどれも温かさに満ちていた────。