【儚き双珠】シエラとシルフィ

■ショートシナリオ&プロモート


担当:綾海ルナ

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月02日〜12月07日

リプレイ公開日:2007年12月08日

●オープニング

 たったの一週間なのに、離れているととても長く感じた。 
 細く欠けた三日月が今夜は寂しげに見える。それが自分の帰りを待ち侘びているだろう妹と重なって仕方がない。シエラは自然と速足になるのを抑えられなかった。
 小さな村はずれにある粗末な小屋に明かりが灯っているのを確認すると、安堵と共に心の奥が温かくなる。
「ただいま、シルフィ」
 ドアを開けるのと同時に優しい声音で呼びかけると、裁縫をしていたシルフィがその手を止めて走り寄ってきた。
「おかえりなさい、お姉ちゃん!」
 無邪気に抱きついてきたシルフィの細い体を抱きしめながら、シエラは先ほど彼女が熱心に縫っていたものに視線を移した。
「解れていたのを直してくれたんだな、ありがとう」
 シエラが礼を言うと、シルフィは花のような笑顔を零した。
 古びた継ぎ接ぎだらけのマントをもう何年使っているかわからない。新しい物を買えないほど生活は貧しいのだ。
 両親を早くに亡くした二人は寄り添いながら生きて来た。体が弱いシルフィの為にシエラは冒険者の道を選び、シルフィは姉がいない間一人でこの家を守っている。
 そして誰にも言えない二人だけの秘密が、その絆を一層強くしていた。
「お姉ちゃん、髪に葉っぱが付いてるよ」
 シルフィがシエラの長い髪に付いている葉っぱを取ると、その間から僅かに尖った耳がのぞく。そして髪を一つに纏めたシルフィの耳も姉のそれと同じ形をしていた。
「シルフィ、家の外に出る時は髪を下ろしているな?」
「うん、大丈夫だよ」
 ‥‥二人はハーフエルフの姉妹だった。

「次のお仕事はいつからなの?」
 具の入っていない粗末なスープを啜っているシエラを見つめながら、シルフィは尋ねた。
「明後日からだ」
「そうなんだ。お姉ちゃんは強いから引っ張りダコだね!」
 努めて明るい口調で話すシルフィだったが、その心中は複雑だった。シエラに見えないように微かに表情を曇らせる。
 正体を偽って一人で暮らすのは心細く、親切にしてくれる村人達を偽っているのは心苦しかった。
(「お姉ちゃんがずっと傍にいてくれれば心強いのにな‥‥」)
 しかし自分の為に危険を冒して働いているシエラに我儘を言える筈がなかった。それが自分の本心なのだとしても。
「村長から聞いたんだが、最近ゴブリンの数が増えたらしいな」
 スープを飲み終えたシエラが口を開く。シルフィは慌てて思考の淵から意識を戻した。
「うん、そうみたいだね。村に襲ってきたりはしないみたいだけど」
「あたしが退治してやりたいが、次の仕事が入っているからな。村長にはギルドに依頼を出すように言っておいた」
「冒険者の人にお願いすれば大丈夫だね」
 シルフィの言葉にシエラは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「そいつらの腕が立てば、な」

「ゴブリン退治をお願いしたいんじゃが」
 シエラが依頼に旅立った翌日、村長が冒険者ギルドを訪れていた。
「おおよその数はわかりますか?」
「5、6匹くらいだと聞いておる。村のモンじゃ追い払うだけで精一杯での。やけに体格のいいヤツもいたらしいんじゃ」
 村長の話ではキャメロットから村までは歩いて1日かかり、ゴブリンが出るのは村から2時間ほど歩いた場所らしい。
「本当はシエラに頼みたかったんじゃが、あやつも仕事があるからの」
「シエラさんも冒険者なんですか?」
「うむ。とっつきにくい所があるが根は優しい娘でのぉ。妹のシルフィは働き者でよく村の仕事を手伝ってくれるんじゃよ」
 村長はまるで我が子のことを話すかのように、皺だらけの顔を優しく綻ばせた。

●今回の参加者

 eb3343 イリーナ・リクス(37歳・♀・ファイター・人間・ロシア王国)
 eb7017 キュアン・ウィンデル(30歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec1007 ヒルケイプ・リーツ(26歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 ec4114 ファビオン・シルフィールド(26歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 ec4115 レン・オリミヤ(20歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec4163 ミリア・タッフタート(24歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

若宮 天鐘(eb2156

●リプレイ本文

●情報収集
「ゴブリンが何処から来てるかご存知かしら?」
 イリーナ・リクス(eb3343)はゴブリンに遭遇したという青年から話を聞いていた。
「逃げるのに必死だったからなぁ、そこまでわからないよ」
「では、どの方向から現れてましたか?」
 今度はヒルケイプ・リーツ(ec1007)が質問をする。
「北からだった気がするな」
「北に住処になりそうな場所はありますか?」
「さあねぇ。あんな森の奥、誰も近づかないよ」
 青年は曖昧な返事を返した。
「あの‥‥ゴブリン、見た?」
 一方レン・オリミヤ(ec4115)は緊張で声を震わせながらも懸命に聞き込みを行っていた。
「あたしは直接見てないけど、旦那がやけにでかくて武器を持ってるのもいたって大騒ぎしてたよ」
 レンはモンスター知識を使い、異色のゴブリンについて思索する。
「ホブゴブリンね」
 いつの間にか隣に来ていたイリーナの声にレンはビクッと身を震わせた後、小さく頷いた。

●シルフィ
 情報収集を終えた一同は作戦を立てる為にシルフィの家に集まっていた。
「こんな物しかありませんが、どうぞ召し上がって下さい」
 用意された暖かい野菜スープの素朴な味が優しく体に染み渡る。
「出現するゴブリンの数はまちまちみたい」
 ミリア・タッフタート(ec4163)がスープを飲みながら報告をする。
「数が不特定ならば住処があり、大勢と見るのが妥当か。遭遇した場所は森に囲まれていて、待ち伏せには最適の場所だそうだ」
 キュアン・ウィンデル(eb7017)が静かに口を開く。
「餌で誘き出して奇襲するのがいいかしらね」
「そうだな‥‥」
「住処探しはお任せて下さい!」 
 イリーナとキュアンの会話を聞いていた、ヒルケイプが偵察役を買って出る。忍び足のスキルを持つ彼女が偵察をし、住処を特定してから餌で誘き出す作戦に決まった。
「この村で襲われそうな所ってないのかな?」
 徐にミリアがシルフィに尋ねる。
「出現場所から村に辿り着く道は一本だけ。そこで退治すれば大丈夫だろうけど、何か気になってさ」
 万が一にも村が襲われる可能性を示唆したのはミリアだけだった。それが後々依頼に大きな影響を及ぼす事となる。
「わかりました。わたしが皆に話しておきます」
 シルフィの言葉にミリアは心が軽くなるのを感じていた。
「おかわりをお持ちしますね」
 そう言い台所に消えていったシルフィを複雑な表情で見つめた後、キュアンは席を立ち後を追った。
「シルフィ、聞きたいことがあるのだが」
「な、何でしょう?」
 背後から急に声をかけられたシルフィは動揺をしながらも話の続きを促した。しきりに耳の辺りの髪の毛を触りながら。
「いきなりこんなことを聞いてすまない。君は‥‥ハーフエルフなのか?」
「っ!!」
 キュアンの言葉にシルフィは大きく目を見開き、まるで隠すかのように両耳を手で押さえた。怯えるような瞳でキュアンを見つめている。
「耳の辺りにやたら触れているのが気になってな。警戒しなくていい。私も同族だ」
 キュアンはゆっくりとシルフィに近づくと、隠していた耳を彼女に見せる。そして先程とは意味の異なる驚きの表情を見せているシルフィの細い肩にそっと手を置いた。
「同族の私だけでなく、今ここにいる仲間は誰も君を差別しないし傷つけたりしない。だから安心して欲しい。隠し続けるのは‥‥心細かっただろう?」
 肩に触れる手の暖かさと優しい言葉に。そして何より自分と同じ哀しみと痛みを知る同胞に出会えた喜びに、シルフィは溢れ出る涙を抑えることが出来なかった。
「ずっと寂しかった‥‥皆に嘘を付いているのが苦しかったの‥‥」
 実の姉であるシエラにさえ言えない本心を吐露するシルフィ。その心中を察し、泣き崩れる彼女をそっと抱きしめるキュアンであった。
「俺は全く気にしないがな。気にしていたら冒険者なんてやっていられないだろう」
 食卓に座ったまま二人を見守っていたファビオン・シルフィールド(ec4114)が独り言のように呟く。
「田舎になるほど差別や偏見が酷いのよ」
 イリーナはそう答えると、少し冷めてしまったスープを口に運んだ。

●討伐
 村を発った一行は、偵察に行っているヒルケイプの帰りを待っていた。
「ただいま〜。住処の場所はバッチリです。森の木さん達に教えてもらいました♪」
 戻って来たヒルケイプが親指をグッと突き出して見せる。
 ゴブリン達の住処は遭遇場所から北に40分ほど歩いた洞窟だった。入り口に見張りの姿はない。
「今日はもう遅いし、ここで野宿だな」
 てきぱきと野営準備を始めるファビオンにキュアンが声をかける。
「良かったら私のテントに入らないか? 寝袋だけだときついぞ」
「そうだな。ありがたくそうさせてもらおう」
 そんな二人のやり取りを見ていたヒルケイプがはふぅと溜息を漏らす。
「男の友情、ですねぇ」
「じゃあ私達も女の友情を深めようよ! ぎゅ〜しちゃうぞっ!」
 きゃいきゃいと笑い合いながら二人羽織で遊ぶヒルケイプとミリア。そんな二人を少しだけ羨ましそうに見つめているレンにイリーナが声をかける。
「寝袋だけじゃ寒いわよ。私もテントにお邪魔するから、あなたもどう?」
「わ、わたしは‥‥ごめんなさい」
 警戒心が強いレンは隣に人が寝ていると落ち着かないらしい。余っていたキュアンのテントを借り、一人で寝ることになった。

 翌朝。いよいよゴブリン退治決行である。
 見張りがいない事が幸いし、すんなりと餌を仕掛けることが出来た。後はゴブリンが出てくるのを待つだけである。
 数十分後、住処から7匹のゴブリンが姿を現した。餌を見つけ我先にと群がっている。
「やっぱり‥‥ホブゴブリン」
 レンはダガーを握り締めた。その手は震えている。
「よし、行くぞ!」
 キュアンの合図に一同は大きく頷いた。狙い済ましたミリアの矢が餌に夢中になっているゴブリンの右肩に突き刺さる。
「グギャアァァァ!!」
 醜悪な叫び声が森に木霊した。
 敵の動揺を突き、イリーナ、ファビオン、キュアンが後に控える三人を守るようにゴブリンの前に立ち塞がった。
「頭を叩けば瓦解する! ホブゴブリンを狙えっ!」
 キュアンの指示に後衛から矢と石が一斉にホブゴブリン目掛けて放たれる。
「アイツは任せてちょうだい!」
 イリーナがバーストアタックでホブゴブリンの武器を破壊する。古ぼけた武器は呆気なく砕け散り、攻撃手段を失ったホブゴブリンは慌てて逃げ出そうとした。
「させないよっ!」
 ミリアの矢がホブゴブリンの首に突き刺さり、崩れ落ちた所をイリーナがスマッシュで止めを差す。
 他のゴブリンも前衛と後衛の見事な連携により全滅した。中衛にいたレンも必死にダガーを振り回し、後の二人を守りきった。
 そして休むことなく一向はゴブリンの住処へと突入していくのだった。

「これで全部か?」
 ファビオンががっくりと膝を突き、傍らのキュアンを見上げた。
「そのようだ。思ったより数が多かったな‥‥」
 額の汗を拭いながら答えるキュアンの息も荒い。
 住処の中にいたゴブリンは全部で12匹。非力とは言え数で勝る相手に苦戦を強いられた。
「大変です、こっちに抜け道がありました!」
「何だって!?」
 ヒルケイプの切迫した声に二人は慌てて彼女の元へと向かう。
「この道‥‥村に繋がってるかも」
 レンの言葉に全員が息を飲んだ。村は無防備で襲われたら一溜りもない。
 一同は戦いの疲労などすっかり忘れ、村へと大急ぎで戻るのだった。

●シエラ
 息を切らし村へと急ぐ冒険者達は、村から5分ほど離れた場所で一人の女性と対峙していた。彼女の足元には十数体のゴブリンの亡骸が転がっている。
「浅はかだな。村に被害を出さない対策をしていかなかったのか?」
 冷たい女性の言葉に誰も反論が出来なかった。
「ミリアとはどいつだ?」
「わ、私だけど‥‥」
 余りの迫力に竦みつつも、ミリアがおずおずと名乗り出る。
「お前のお陰でシルフィが村人を安全な場所へと避難させる事ができた。被害も出なかったしこいつらの姿を見られずに済んだ」
 万が一村人が十数匹のゴブリンが向かってくるのを目にしたら、村は忽ち大混乱に陥っただろう。
「その事に関しては礼を言う。皆もご苦労だったな。ありがとう」
 てっきり怒られるかと思っていたミリアは、ポカンとした顔で女性を見上げている。
「自己紹介がまだだったな。あたしはシエラ。シルフィの姉だ」
 シエラは表情を緩めると、照れくさそうな笑顔を見せるのだった。

●姉妹
「おかえりなさい!」
 依頼を終えた一同をシルフィが温かく迎えた。耳を隠していない事に気付いたシエラが慌てて傍に駆け寄る。
「シルフィ! お前‥‥」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。皆は知ってるから。知ってても、変わらないから」
「種族だなんて関係ないよ! ね、私とお友達になってくれるかな?」
「私もお友達になりたいです。ヒルケって呼んで下さいね?」
 二人の言葉にシルフィは笑顔で頷いた。
「この村に住み続けているには何か訳があるのか?」
「金が貯まったらキエフに越すつもりだ。それまではここにいるしかない」
 キュアンの問いにシエラが答える。その言葉にシルフィが悲しそうな顔をしているのに気付いたレンは、そっと自分の耳を見せた。
 シルフィの正体を知った時は言い出せなかった。でも‥‥。
「私も同じだから‥‥」
「‥‥レンさんっ!」
 目尻に涙を滲ませ、シルフィはレンに抱きつく。突然の事に戸惑いつつも、レンは遠慮がちにシルフィの体を抱きしめるのだった。
「何か力になれることはないか?」
 キュアンの申し出にシルフィはそっと顔を上げ、微笑んだ。
「お暇な時でいいですから、遊びに来て下さい」
 可愛らしいお願いにキュアンは喜んで、と言い、残りの皆も笑顔で頷くのだった。
 
 翌日、帰路につく冒険者達に姉妹からささやかな贈り物が手渡された。確かな信頼と友情と共に‥‥。