【お兄様と私】不機嫌なお母様

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 39 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月26日〜10月29日

リプレイ公開日:2008年11月04日

●オープニング

 冒険者達の協力を得て無事にメルドンでの慰問を終えたアリシアは、心地よい疲労感に包まれながらロイエル家に帰還した。
 しかし久しぶりの我が家で彼女が目にしたものは‥‥
「お、お母様!? 何をしてらっしゃいますの??」
 蝋燭の灯りだけのほの暗い居間で自棄酒を飲んでいる母レミーの姿だった。
 乱れた髪もそのままにソファにしなだれかかり、尚且つすっぴんのやさぐれ顔はホラーである。
「あら、アリシア。お早いお帰りですこと‥‥ひっく。メルドンの方々のお役に立てまして?」
「え、ええ。冒険者の皆さんが一緒に行って下さいましたから」
 顔を引き攣らせながらも、アリシアはレミーの問いに答える。
「ひっく。それはよかったですわね。でも帰って来たらあなたもフレッドも居なくて、とても寂しかったですわ」
 そう言いグラスにワインを注ぐレミーの姿に、アリシアは直感する。
「‥‥お母様、またお父様と喧嘩なさったのですか?」
「ええ。あのまんまるおなかったら、あまりに酷いんですもの。聞いてちょうだい、アリシア〜!!」
 涙を浮かべて抱きついてきた母を優しく宥めながら、アリシアは心の中でこっそりと溜息を付く。
 ちなみに『まんまるおなか』とはレミーのみが使う父エリックの悪口である。
「ただいま‥‥ってどうしたんだ、2人共!?」
 絶妙のタイミングでロイエル家に帰ってきたフレッドに、アリシアとレミーは縋る様な視線を送る。
「お、お兄様、助けて下さい‥‥」
「フレッドォ〜!!」
 鈍感なフレッドも今まで幾度となく見てきた光景に事態を理解する。
 アリシアに目で「大丈夫だ」と告げると、フレッドはレミーを引き剥がしにかかるのだった。

 そして数時間後。
 やっとレミーの愚痴と絡み酒から開放された2人はぐったりとした顔でソファに身を沈めた。
 話すだけ話してすっきりしたレミーは自室で泥の様に眠っている。
「お兄様、メルドンでのお仕事、お疲れ様でした」
 一息ついた後、アリシアは傍らのフレッドに笑顔と共に労いの言葉を贈る。
「ありがとう。しかし同じ時期にメルドンに居たとは驚きだったな」
 くだを巻くレミーからアリシアがメルドン慰問に赴いていた事を知ったフレッドは、目を細めてアリシアの頭を優しく撫でる。
「私にも何か出来ないかと思いましたの。初めての事で不安もありましたけれど、勇気を出して1歩を踏み出してみてよかったと思っていますわ」
 アリシアは瞳を輝かせ、メルドンに同行してくれた冒険者達の事を嬉しそうに語り出す。
 彼女の話に耳を傾けながら、フレッドは妹の成長を眩しく、そして少しだけ寂しく感じていた。
「私、もっと外の世界を知りたいと思いました。色々な場所に行ってみたいですわ。お兄様、お休みが取れたら連れて行って下さいますか?」
「ああ。アリシアと2人旅なら楽しそうだ。でもまずは馬に乗れるようにならないとな」
「はい! 私、一生懸命覚えますわ。だから教えて下さいましね?」 
 フレッドは自分がまだアリシアに必要とされている事に安堵し、優しい笑顔で頷いてみせる。
「嬉しい! では早速明日から教えて下さいな。あ‥‥でもその前にお母様のご機嫌を直さないといけませんわね」
「どうせいつものくだらない喧嘩だろう。2、3日ほど母上の言う事を聞いていれば自然に直るさ」
 フレッドの言葉にアリシアは頷き、兄妹は悪戯を企む子供の様に微笑み合う。
 しかしレミーが寂しがりや故に根に持つタイプだという事を、2人は思い知らされる事となる。
 慰めて欲しいと思い家に帰ったのに、フレッドもアリシアもいなかったことがとてつもなく寂しかったらしい。
 数週間もの間あの手この手でちやほやしてみたものの、一向にレミーの機嫌は直らなかったのである。


「おかしいですわ。お父様と喧嘩した理由は些細な事なのに、こんなに長引くなんて‥‥」
 レミーの好きなワインを飲ませ、好きな料理を食べさせ、極上の甘いスイーツまで用意した。
 肩もみ、首もみ、腕もみ、腰もみ‥‥全身の凝りを2人がかりで解し続けた。
 毎日毎日レミーの愚痴に付き合った。
 ここまで心身を擦り減らしているのに、レミーの不機嫌さは直らない。
「もう俺達の手には負えないな。何より時間が惜しい。やはり冒険者の皆に力を借りるしかないか‥‥」
 フレッドの言葉にアリシアは力なく頷く。
 2人は両親に、フレッドの親友ジェラールが遺した妻エレナとその息子フォルティスをロイエル家に迎え入れてくれるよう、お願いするつもりでいた。侍従として住み込みで働かせられないかと考えているのだ。
 王宮騎士としてメルドンの復興に当たっていたフレッドも間も無くメルドンへ戻らなくてはならない。
 その前にどうしてもエレナ達親子の事を了承してもらいたかった。
 レミーがいいと言えば、尻に敷かれている父エリックも快諾してくれるだろう。
 人の力になる事が大好きな穏やかな性格だから、尚更だ。
(「冒険者の皆様がお優しい事は存じてますけど、こんな家庭事情に巻き込んでしまって本当にいいのかしら‥‥」)
 心の内で申し訳なさを感じるアリシア。
 それはフレッドも同様だった。
 しかし成す術のない2人は藁にも縋る思いでギルドに依頼を出すのだった。
  

●今回の参加者

 ea4267 ショコラ・フォンス(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea5866 チョコ・フォンス(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb5267 シャルル・ファン(31歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ec3680 ディラン・バーン(32歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 ec3876 アイリス・リード(30歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4115 レン・オリミヤ(20歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec4979 リース・フォード(22歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●すっかりご機嫌レミー様
 不機嫌記録更新中のレミーに困り果てたロイエル兄妹が出した依頼には、顔見知りの冒険者達が大勢駆けつけてくれていた。
「レミーさんに会えるの、楽しみだな。だってとても素敵な方なんでしょう?」
 落ち葉を踏みしめながら屋敷に向かうチョコ・フォンス(ea5866)は、隣を歩くショコラ・フォンス(ea4267)に太陽の様な笑顔を見せる。
「うん、そうだよ。だからこんなに長く機嫌を損ねてるのが気になるんだ。もしかしたら、エリックさんとの喧嘩だけが原因ではないのかもしれないね」
 ショコラがそう呟いた時、ロイエル家が見えて来た。
 侍従に案内され居間に通された2人が見たものは‥‥
「お久しぶりです、レミーさん。今日も素敵ですね」
「お上手ですこと。おーっほっほっほ!」
 片膝を付いたディラン・バーン(ec3680)に手を取り挨拶され、すっかりご機嫌になっているレミーの姿。
「だ、大丈夫ですか?」
 初対面という事で熱烈な抱擁を受けたリース・フォード(ec4979)にアリシアは心配そうに寄り添う。
「うん、平気だよ。ありがとう」
 しかし悲しいかな、その顔は蒼白で長い金髪は乱れ、目は虚ろだった。  
「皆様、明日のダンス練習は正装で行いますわよ〜♪」
「曲は私にお任せ下さい」
 シャルル・ファン(eb5267)の申し出にレミーは満足そうに頷く。
 ロイエル家に集まった名目は『聖夜祭に向けてのダンス練習及びお食事会』という事にしてある。
(「予想以上に元気な人かも。でも、思った通りの人だわ」)
 挨拶の後にレミーに思い切り抱きしめられながら、チョコは嬉しそうに顔を綻ばせた。

 初日は夫妻の馴れ初めや兄妹の幼い時の話等、お喋りで終わってしまった。
 そして2日目の朝。
「私、色々お手伝いするから‥‥お手伝い致します、奥様」
「任せなさいな。私のお化粧で儚げなお姫様に変身ですわよっ!」
「え? ち、違っ‥‥」
 何故かロングメイドドレスとうさ耳を着用しているレン・オリミヤ(ec4115)は、今回もレミーの餌食に‥‥。
「あなたはいつも隙がなさ過ぎですから、上品さを損なわない程度に艶やかに致しましょう」
「フレッドがドキドキする位に変身させちゃってね☆」
「な、何を‥‥きゃあっ!」
「お安い御用ですわ♪」
 チョコの言葉にレミーはにんまりと微笑むと、あっという間にアイリス・リード(ec3876)を仄かな色香漂う美女に変身させる。
「あたしの彼もエリックさんと同じで女心がわかってないんだ。だからつい憎まれ口をきいちゃうの。自分も悪い時もあるのに素直になれなかったりもするし」
「そういう時はキスとハグで気持ちを伝えればいいのですわ」
「兄様もそんな様な事を言ってたけど、あたしには無理だよ〜」
 こんな会話をしている内にチョコは可憐な令嬢へと大変身を遂げた。
 女性達の登場に男性陣から感嘆の溜息が上がり、アリシアを含めた4人の乙女は頬を赤らめる。
「では練習を始めますわよ」
 レミーの声にシャルルが美しい音楽を奏で始める。
「私と踊って頂けますか?」
 膝をつき、手を預かり、レミーの手の甲にキスを落とすショコラをフレッドは驚いた顔で見つめていた。
「あそこまでやらなくても大丈夫ですよ」
 アイリスは戸惑うフレッドに微笑みかける。
「そ、そうだな」
 フレッドはアイリスの体をそっと引き寄せた。
「またメルドンに行かれるのですね。どうか体にお気をつけ下さい」
「ああ。アイリスも無理をしないでくれ。それにしても‥‥」
「どうか致しましたか?」
 言葉を詰まらせるフレッドにアイリスは首を傾げる。
「綺麗過ぎて直視できないんだ。その、貴女の事が‥‥」
 その言葉にアイリスの頬も薔薇色に染まる。
「あの2人が気になりますか?」
「はい。お兄様はどちらがお好きなのかと‥‥」
「まだ自分の気持ちに気づいていないと思いますよ。3人共、ね」
 アリシアを優しくリードしながら、ディランはちらりとレンを伺う。男性が苦手な彼女はチョコと踊っていた。
 皆がダンスを踊る中、リースは気づかれないように居間へと戻った。
「まいったな‥‥」
 レミーの為に着飾られる事に耐えていたリースは、上着を脱ぎ捨ててソファへと倒れこむ。
 そしてウトウトと眠りに落ち、目が覚めた時。
「‥‥アリ、シア?」
 自分の膝の上で眠っているアリシアに気づく。
「心配して追いかけてきてくれたのか。で、そのまま眠っちゃったわけだ」  
 リースはあどけない寝顔にくすりと微笑むと、彼女の髪を優しく撫でる。
「ありがとう、アリシア」
 優しい声音で呼びかけると、リースはアリシアが目覚めるのを静かに待つのだった。

●大泣きレミー様は幸せ者
 最終日の夕食会ではレミーとショコラによる栗と鳥肉料理が振舞われた。
「これがロイエル家の家庭の味ですね。とてもおいしいです」
 しっかりと作り方を覚えたショコラは隣に座るレミーにワインを注ぐ。
「それ程でもありますわ♪ ショコラさんはお料理がお上手ですのね」
 ダンス練習の時にショコラに思いっきり密着できたレミーは、すっかり彼をお気に入り認定した様だ。
「美しいだけでなく家事も得意だなんて、あなた以上に素晴らしい女性はいませんよ」
「うんうん、レミーは最高の淑女だよ」
「貴女の為に作った歌です。聞いて下さい」
「こんなに幸せなのは久しぶりですわ〜♪」 
 ディラン、リース、シャルルに次々とちやほやされ、レミーはとってもご機嫌である。
 この3日間、彼女の近くには常に誰かがいて、寂しい思いをする事はなかった。
「レミー、子供達が自分の手から離れてしまったようで寂しい? 俺の義母も旅立ちの日には泣いて大変だったんだ」
 シャルルの歌が終わった後、リースはそう問いかける。
「ええ、あなたのお義母様と同じですわ。嬉しいけど、寂しい‥‥ついこの間まで子供だと思っていましたのに」
「けれど強くて優しいフレッドとアリシアを育てたのは他でもない、貴女だ。それはとっても素晴らしい事だと思うよ」
「ありがとうございます。きっと、私は2人を育て終わってしまったのですわね」
「それは違うよ。自分の家族を持つようになってこそ一人前、と呼べるんじゃないかな?」
 リースの言葉に瞳を揺らめかせるレミーに今度はディランが声をかける。
「2人にはどんな褒め言葉を贈っても足りない位ですが、まだまだ貴女が傍に居ないと駄目だと思います。貴女が必要なんですよ」
 ずっとレミーの言う事を肯定してきたディラン。その優しさが胸に沁みる。
「最初にお会いした頃の事を思い出しますと『人間』の成長とは、かくも早いものなのかと‥‥嬉しくも頼もしくもある反面、少し寂しくもございます」
 アイリスは震えるレミーの肩を優しく抱き寄せると、メルドンでの2人の様子を話して聞かせた。
「お2人がご立派にお育ちなのは他でもなく、貴女とご主人のお力でしょう。心よりご尊敬申し上げます」
 子供の自立は必要な事で、寂しいのは親として仕方が無い事だ。
 けれど、それ以上に誇らしさを感じて貰えたらとアイリスは思っていた。
「えぐっ、えぐ‥‥ありがどうございます‥‥私は、幸せ者でずわ‥‥」
「レミー、寂しがらなくて大丈夫。退屈な時は声をかけてくれれば何時でも飛んできますから♪」
「私もです。貴女からしたら倍以上の年齢の老人かもしれませんが、話を色々と聞いてみたいのですよ」
「嬉じいでずわ〜!」
 リースとシャルルに泣き付くレミー。 
「‥‥いい子」
 その頭をレンは控えめに撫でる。
 レミーが落ち着いた事を確認した後。
「実はお2人から貴女に大事なお話があるみたいなのです」
 シャルルは落ち着いた声でそう口にする。
 きょとんとするレミー歩み寄り、フレッドが口を開いた。
「母上、エレナさんという女性をこの屋敷で働かせてもらえないだろうか。彼女は俺の親友ジェラールの奥さんだった人だ」
 フレッドはそう願うようになった経緯を丁寧に話していく。
「この提案をしたのは私です。フレッドさんが大人の女性への対処方法を学ぶ事にも、アリシアさんに世間の事を教えるにも最適の方だと思います」
 そう説得するシャルルの言葉にレミーは黙って耳を傾けていた。
「‥‥もう少し考えさせて頂きますわ」
 返ってきた答えに全員がこれは了承なのだと気づく。
 何故ならレミーは悪戯っぽく微笑んでいたからだ。

「レミーさん、あのね、抱きしめてもらっていいかな?」 
 夕食の片付けが終わった後、チョコは遠慮がちにそうお願いする。
 レミーは母の顔で微笑み、温かな胸にチョコを包み込む。
「お姉さんみたい‥‥」
「本当はお母さん、でしょう? そう思っていいですのよ」
 優しい言葉にチョコはレミーの胸に強く顔を埋めるのだった。
「メルドン復興、お疲れ様。頑張り過ぎない事も大切だからね?」
 一方中庭ではリースがフレッドを労っていた。
「ああ。倒れない様に気をつけるさ。俺がいない間、アリシアを頼む」
「うん、任せて。これから寒くなる。体にはくれぐれも気をつけてね」
 笑顔と温かい言葉を残し去って行くリースの後姿を見送った後、フレッドは秋の夜空を眺める。
「フレッド‥‥」
 その後姿にレンは声をかけた。
「ん、どうした?」
「‥‥私、役に立てた?」
「当たり前じゃないか」
 おずおずと尋ねるレンにフレッドは優しい笑顔を見せる。
「ダンスの練習、俺と踊るのは嫌じゃなかったか?」
 少し不安そうな顔で尋ねるフレッドにレンは頭を振った。
「フレッドなら、大丈夫‥‥」
「ありがとう。昨日のレンは、何処かに消えてしまいそうで少し不安になったな」 
 フレッドはレンの儚げな美しさを思い出す。
「‥‥大丈夫、私はここに、いるから‥‥」
 レンは消え入りそうな声で呟くと、気づかれない様にフレッドの袖をそっと握る。
 『ここ』が何処なのかを確認しながら────。