【色の無い世界】退紅の落日

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 18 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月18日〜11月30日

リプレイ公開日:2008年11月26日

●オープニング

 
 酔いに任せて騒ぐ男達を疎ましいと思いながら、シェダルはエールを流し込んだ。
 微かに喉が焼ける様な感覚が心地よい。
「貴方がシェダルか?」
 そう尋ねる低音の声に視線を上げると、杖をついた見るからに病弱そうな男が立っていた。
「‥‥そうだけどあんたは?」
「遅れてすまない。依頼人のレイナードだ」
 男は軽く頭を下げると、シェダルの向かい側の席に腰をかける。
 血色の悪い顔で咳き込む男はどう見ても裕福そうな貴族には見えなかった。
 着ている服は清潔だが、お世辞にも高価そうではない。
「酒は飲める?」
「ああ。久しく飲んでいないが」
「だったら丁度いい。ここのエールは中々だぜ」
 シェダルは唇の端を上げて笑うと、忙しく動き回る女性を呼び止める。
「お姉さん、エール2つね。よく冷えたやつを持ってきてくれ」
「うふふ。あなたはいい男だからサービスしておくわ」
 女性は意味ありげにウインクをすると、すぐにエールを運んできてくれた。
「貴方はその容姿を有効に使う術を心得ているようだな」
「まあね。そう言うあんただって悪くないぜ。若作りでもしてみたらどうだ?」
 シェダルの提案にレイナードは整った顔に自嘲的な笑みを浮かべる。
「生憎だがそんな気力はない。それにこの体じゃ相手にしてくれる女性もいないだろう」
「なーに枯れた事言ってんだよ。相当ご無沙汰か? よし、オレがいい女を引っ掛けてやるから待ってな」
 シェダルはレイナードの肩を軽く叩くと、早速店内を物色し始める。
 真剣な様子に微かな笑みを漏らし、レイナードはエールを口に含んだ。
「‥‥美味いな。これも貴方の様な陽気な男と一緒だからだろう」
「お褒め頂き光栄だね。おっ、あの金髪の娘は結構いい線いってるな」
「どんな仕事でも請け負うと聞いていたから、もっと冷徹な人物を想像していた。予想が外れて‥‥この仕事を依頼するのが心苦しくなってしまったな」
 その言葉にシェダルは視線をレイナードへと戻す。
「悪事じゃなけりゃ何だってするぜ? で、依頼内容は?」
 シェダルの問いにレイナードは静かに、だが強い決意を秘めた瞳で口を開く。
「領民を苦しめ、私利私欲を貪る領主を討伐してもらいたい。‥‥私はその息子だ」
 告げられた願いにシェダルの眉が微かに動く。
「‥‥父親殺しの依頼ってわけか」
「本来ならば私自身が手を下すべきだろう。だがこの体ではそれも叶わないのだ」
 レイナードは自由の利かない自らの足を苛立たしげに叩く。
 短時間だが彼の人柄に触れたシェダルは、この依頼が己の富と地位を求めてのものではないと理解していた。
「詳しい話を聞かせてくれ」
 シェダルにレイナードは頷くと、ゆっくりと依頼を出そうと思った経緯を話し始める。

 レイナードの父ネグダはレヴァフォートという町の領主で、その強欲さで長年領民達を苦しめていた。
 いつ爆発してもおかしくない領民の怒りと不満に次男フィリアスが苦言を呈しても、ネグダは聞く耳を持たない。
 ネグダは体の不自由なレイナードを冷遇し、フィリアスを跡取りとして可愛がっていたが、我が子の想いよりも己の快楽を優先する男だった。
 そしてネグダは不満を口にするとどうなるかを見せしめる為、数名の尊い領民の命を奪ったのだ。 
 自分のせいで罪のない領民が殺されたと知ったフィリアスは悩み、その果てにネグダを殺害し、レイナードに跡を継いで貰うのが領民にとって最良の策だと思い立った。
 しかしレイナードはその提案に首を縦に振る事は出来なかった。
「不自由な体の私より、健康で聡明なフィリアスの方に跡継ぎに相応しい。それに私は可愛い弟の手を血で汚したくはないのだ」
 シェダルはいつもの軽薄さを全く感じさせない面持ちで、静かにレイナードの話を聞いていた。
「弟に跡を継がせたいあんたは、自ら汚れ役になろうってわけか」
「それ位しかこの生を役立てられないからな。首謀者として私を処刑すれば、万事丸く収まるだろう」
 死を恐れないレイナードの瞳が一瞬、暗い光を放つ。
 彼は幼い頃から父に疎まれ、離れで幽閉される様に生きてきた。
 不自由な体と相まって、その心に抱える絶望は彼から生への望みを跡形も無く奪い去っていた。
「この依頼が成功したとしても、弟さんの心に蟠りが残るぜ」
 父だけではなく兄も失う喪失感。
 そして遺される痛みと責任を。
「フィリアスならそれをも乗り越えてくれると信じている。弟には信頼の置ける家来も、一途に愛を捧げてくれる許婚もいるから心配はない」
 父を葬り、弟に栄光の道を歩ませる事こそが生まれてきた意味だと言わんばかりの強く迷いのない視線に、シェダルは真摯な瞳で応える。
「わかった。この依頼を正式に受けさせてもらう。けどオレ1人じゃ無理だ。冒険者ギルドで仲間を募っても構わないか?」
「どうせ死に金だ、問題はない。報酬は高めにしておいてくれ」
 ホッとした様な表情のレイナードに、シェダルは背負う影の匂いが自分と似ていると思った。

 レヴァフォートの場所を聞いたシェダルは、覚束ない足取りで馬車に乗り込むレイナードの後姿を見送っていた。
 何か心残りはないのかと尋ねるシェダルに、レイナードは首にかけているペンダントを取り出し、寂しげに微笑んだ。
「唯一あるとすれば、父に捨てられた妹の事だ。叶うなら一目会いたいが、それも無理だろう。どこかで元気に生きているとわかれば充分だ」
 孤独に満ちた心に微かな灯が灯った様に、レイナードは妹の名を口にする。
「レネだ。美しい名だろう?」
 その問いかけには答えられず、シェダルは目を見張る。
 告げられたのは、レグルスが冒険者達と共に救った少女と同じ名だった────。

●今回の参加者

 ea4258 紅桜 深緋(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea4267 ショコラ・フォンス(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb5522 フィオナ・ファルケナーゲ(32歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ec3138 マロース・フィリオネル(34歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4047 シャルル・ノワール(23歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●語られぬ真相
 少しでも早く依頼に当たりたい一同は馬を飛ばし、予定よりも早く現地に着く事が出来た。
 レヴァフォートは美しい緑に囲まれていたが、町並みは荒れ果て、人々の表情は暗い。
 深夜、紅桜深緋(ea4258)とシャルル・ノワール(ec4047)はシェダルと共にレイナードの元に訪れていた。
「元気だったか? 選りすぐりの美男美女を引き連れてきたぜ」
 軽口を叩くシェダルにレイナードはふっと微笑む。
「早速ですが、ネグダの屋敷について教えては頂けませんか?」  
 シャルル言葉にレイナードは頷くと、机の引き出しから書類を取り出す。
「屋敷の見取り図はこれだ。必要となりそうな情報も纏めてある」
 レイナードが手渡した資料には、屋敷の住人と妾の名前、そして見張りの配置場所が記されていた。
「見張りは4時間交代だ。父上の寝室に近づくほど手強くなると思っていいだろう」
 深緋は他に必要な情報は後で自分が屋敷に忍び込んで手に入れれば良いと思い、レイナードから受け取った資料を大切に懐へと仕舞った。
「あんたが会いたがってる妹の名前はレネで間違いないんだな?」
「ああ。そうだが」
「オレの仲間が保護したガキもレネって言うらしいんだ」 
 シェダルの情報に息を飲むレイナードの目の前で、深緋は人遁の術でレネへと変装する。
 彼女に面識のあるフィオナの話を元にマロースが描いた似顔絵から、外見の特徴は頭に叩き込んであった。
「最後に会った時より大人びているが、面差しはそっくりだ‥‥レネは生きているのか?」  
「ああ。今は知り合いのシスターの所にいる」
 レネの無事を知ったレイナードは、涙を流しながらレネに扮した深緋を強く抱きしめる。
 その背に優しく腕を回しながら、深緋は口を開く。
「レネ殿に会いたいという心残りがあるのなら、貴方は生きるべきです」
「私個人の問題で計画を変更するわけにはいかない」
 レイナードの決意は固いと知りつつも、シャルルは説得を試みる。
「あなたの行動に間違いはありません。ですが、弟さんは悲しみます」
「フィリアスなら大丈夫だ。それにもう後へは戻れないのだよ」    
「ええ、わかります。それでもやらなければならない事は。ですから僕らに任せては貰えないでしょうか?」
 シャルルはそこまで言い切ると、シェダルに視線を移す。
「あんたは消える。だが死なない。これがヒントだ」
 シェダルはにやりと唇の端を上げて笑った。

 計画の発案者フィオナ・ファルケナーゲ(eb5522)は、爆ぜる薪を見つめながらふうと息を吐いた。
「万人の為に一人を殺す。その心がけは立派なんだけどね‥‥」
 依頼を受けてみたものの、フィオナはレイナードが未練を残したまま死ぬ事に釈然としていなかった。
 その想いが死を覚悟する彼を救う妙案を思いついたと言っても過言ではない。
 実行するのは、レイナードが領主ネグダを殺し、火を放って自決したという筋書き。
 だがレイナードの死は偽りで、彼はレヴァフォートを出て新たな生を歩むのだ。
 それを成功させる為に一同は裏で暗躍しようとしていた。
「必要な情報は全て揃いました」
「ただいまです〜」
 そこへ屋敷の調査を終えた深緋とシャルルが戻ってくる。
「お疲れ様です。温かいスープをどうぞ」
 ショコラ・フォンス(ea4267)は笑顔で2人を労うと、手作りの夕食を手渡す。
「ああ、おいしい‥‥。美しくて優しくてその上料理も上手だなんて、ショコラさんは完璧な方ですね」
「そんな事はありません。私には過ぎたる賛辞です」
「その控えめな所がまた魅力的なんですよねぇ。シェダルさんとは大ちが‥‥いった〜い!」
 頬を染めてショコラを見上げるシャルルの頭を、戻ってきたシェダルがぽかりと叩く。
「足りない分の保存食を買いに付き合ってやった恩も忘れちまったのか? 薄情な事言ってるとキスしてやんねぇぞ」
 その言葉にショコラとフィオナは凍りつく。
「シェダル‥‥あんたとうとう男にまで‥‥」
「ちょっと待て、フィオナ。どうして冗談だと思わないんだよ!?」
「えっ!? 冗談だったんですか? 僕の心を弄ぶだなんて、やっぱりシェダルさんは酷い人ですっ!」 
 にぎやかな3人を温かく見守るショコラの隣で、深緋はぽつりと呟く。
「シャルル殿は女性ではなかったのですね‥‥」
 ‥‥天然さんと言うか何と言うか。
 程なくして、酒場の店員になりすまして働いていたマロース・フィリオネル(ec3138)も野営場所へと戻ってきた。
「離れの裏にある茂みを抜ければ、誰にも見つからずに町の外へ出られます」
「ありがとう、マロース。これで準備は整ったわね。いよいよ決行よ」
 フィオナの言葉に全員は力強く頷いた。

●屠るべき者
 マロースが酒場で流したレイナード謀反の噂は瞬く間に町中に広まった。
 ネグダに仕える私兵へと変装した6人が向かうのは、屋敷への上り坂。
 シェダルのプットアウトで篝火を消し、混乱している隙に見張りを魔法で拘束する。
 屋敷の門前にいる見張り達も同様に片付けていった。
「ここからは別行動よ」 
 ショコラの胸元から顔を出し、フィオナはシャルルとシェダルを見つめた。
「また後で会いましょう。皆さん、どうかご無事で!」
 シャルルは屋敷へと駆けていく4人の後姿を見送る。
「行くぞ。危なくなったら守ってやるから安心しな」 
 2人は僅かに開いた離れの扉から身を滑り込ませた。
「いざと言う時は2人で逃げてくれ」
「失敗はしませんし、逃げる時は一緒です」
 自分達を案じるレイナードをシャルルが優しく諭したその時。
『シャルル君、お願い!』
 フィオナのテレパシーが聞こえてきた。
 シャルルの視線を受け、シェダルは灯りの炎をファイヤーコントロールで操り始める。
「こちらへ!」
 クリエイトエアーの範囲内にレイナードを招くシャルルの目に、窓から外へ漏れて行く煙が映る。
「離れから火が上がったぞ!」
「レイナード様の謀反は本当だったのか!?」
 事前に深緋が噂を流していた為、兵士達は目の前で起きている事が偽装だとは気づいていない。
 1人屋敷内に紛れ込んだ彼女は声色を変え、更なる情報操作を行う。
「計画が我々にバレたから自決したんじゃないか? とにかく、離れに向かおう!」
 混乱する兵士達は素直にその言葉に従い、数人が屋敷を後にした。
 その隙に乗じてショコラとマロースは屋敷に進入する。
『数人の兵士がそっちに向かったわ!』
 フィオナは再びテレパシーでシャルルに呼びかけると、ショコラの胸元から飛び出した。
「な、何だお前達は? ぐあっ!」
 ショコラは動揺する兵士の鳩尾に深く拳を減り込ませる。
 気絶した見張りを縛り上げ、騒がれては面倒なので布で口を塞いだ。
「少しの辛抱ですから‥‥」
 マロースもコアギュレイトで動きを封じていく。
「きゃあぁぁっ!」
 フィオナに幻覚を見せられた3人の妾は、ティーカップを手にしたまま意識を途切れさせる。
「後はネグダだけね!」
 フィオナがそう呟いた時、フィリアスが姿を現した。
「貴方達が兄上が雇った冒険者か。本当に誰も殺していないんだな?」
「ええ。安心して下さい」
 ショコラは懐からレイナード直筆の遺書を手渡す。
 中を確かめずとも何が書かれているかは明らかだった。
「止めは私に刺させてはくれないか?」
 その覚悟を受け止め、ショコラは頷く。
 寝室のドアを開けると、ネグダは泥酔し淀んだ目を見開いた。
「フィリアス‥‥」
「父上、先に冥土で待っていて下さい。‥‥お叱りはその時にいくらでも受けます」
 2人の再会が何十年後になる事を祈りつつ、マロースはコアギュレイトを唱える。
 動きを封じられたネグダの体に深緋の忍者刀とショコラの剣が突き刺さる。
 そしてフィリアスの剣が心臓を貫き、ネグダは断末魔を上げる事無く床へと倒れこんだ。
 暫くの間、フィリアスの肩は微かに震えていた‥‥。

●再生
 全ての証拠を隠す為、屋敷と離れは炎に包まれる。
「闇に堕ちた私の心を焼き尽くしてくれる様だ‥‥」
 燃え上がる炎に照らされた、まるで夕焼けの様な夜空を見つめながらレイナードはそう呟く。 
「‥‥人は誰でも闇を抱えているものです」
 自分達は英雄ではなく、誰かを救う為と称して命を奪うただの人殺しだ。
 ショコラはその想いを飲み込み、シェダルに問いかける。
「決まりましたか?」
 星を見上げていたシェダルは、ぱちんと指を鳴らした。
「今日からあんたはアルフェラッツだ。愛称はアルフで決まりだな」
「良い名だ。ありがとう‥‥」
 レイナード────否、アルフはシェダルに礼を言うと、フィオナに視線を移す。
「何故、死を覚悟した私にここまでしてくれるのだ?」 
 そう尋ねるアルフのおでこをフィオナはぴんっと弾く。
「人は死ぬ事なんて考えなくていいの。どうせいつか死ぬんだし、それまで前見て歩いときゃいいのよ」
 フィオナはそう言い、ちらりとシェダルを窺う。 
 目が合った彼は曖昧に微笑んだ。 
「アルフさん、レネさんに会える事を頼りに生きてみませんか?」
「彼女の心を救い、共に在る事が貴方の生き甲斐になると思います」
 深緋はシャルルの言葉を繋ぐ。
「変わるのを恐れんなよ。困難の中にある希望を拾い上げられるかは自分次第だぜ?」
 まともな発言にマロースは耳を疑った。
「女性を口説き落とす事以外にもその口は使われるのですね」
「やっとオレの良さに気づいたんだな。この心に秘めた切なく甘く、そしてちょっぴりほろ苦い大人の愛情にも」 
 腰に回される手をマロースはぺしっと叩く。
「それは全然気づきませんでした。そして残念、これから先も気づかない予定です」
 2人のやりとりに全員は声を上げて笑う。
 アルフは自分を救ってくれた6つの優しい光達を目を細めて見つめた。
 生まれて初めて生きている事に感謝しながら────。