【お兄様と私】血塗られた誕生日
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■ショートシナリオ
担当:綾海ルナ
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:1 G 96 C
参加人数:9人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月18日〜11月22日
リプレイ公開日:2008年11月25日
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●オープニング
漆黒の夜空に浮かぶ金色の月が流れの速い雲にその姿を霞ませるのを、フレッドはぼんやりと眺めていた。
ハニーブロンドの髪を揺らす夜風は身震いするほど冷たい筈なのに、汗の浮かぶ火照った体には心地よく感じる。
「いよいよか‥‥」
フレッドはそう呟くと、静かに瞳を閉じる。
脳裏に浮かぶのは妹アリシアとの数え切れないほどの思い出達。
赤ん坊から幼子へ、そして少女へと移り行くアリシアの姿だが、花の様に可憐な笑顔だけは変わらない。
その笑顔を守りたくて騎士の道を選んだと言っても過言ではなかった。
幼く小さかった手は多くのものを守れる様になり、戦う術と何者にも臆さない強い精神を手に入れた。
だがそれらを得る為の日々が無駄だったのだとあざ笑うかの様に、瞳を開けて見つめる己の手は震えていた。
「‥‥心は全く成長していないという事か。何たる様だ」
手の震えは全身に広がっていく。
出来ているのだと思っていた覚悟は、そう思い込もうとしていたのに過ぎなかったのだと気づく。
夜の闇の中、フレッドは震えが治まるのをじっと待つのだった。
時は数時間前に遡る。
メルドンへ戻ったフレッドは町の復旧作業に全力を注いでいた。
少しずつだが荒れた町並みも、人々の心も落ち着いてきた様に感じられる。
「食糧の支給を増やして正解だったな。彼等に会った時に礼を言っておいてくれ」
親友であるフランシスは汗で額に張り付いた黒髪を掻き上げながら、涼しげな笑顔を見せる。
アリシアと共に慰問に訪れた2人の冒険者が、住民達から食糧不足の声が上がっていると報告をしてくれたのだ。
「ああ、伝えておこう」
フレッドは笑顔で応えると、作業の進捗を伝える為に上司の元へと向かった。
報告を終え、フレッドは帰路に着く。
その途中で沈み行く夕日に目を奪われ、暫し立ち止まった。
海をも照らすその光は鮮やかな赤い輝きを放っている。
だがその美しさは消え行く儚さを秘めているような気がして、フレッドは無性にアリシアに会いたくなった。
彼女の誕生日が近づく度に、その想いは強くなる。
「‥‥早く決着をつけねばならないな」
独り言を呟きながら、振り返ったその時だった。
メルドンの中でも人の行き来が多い広場の向こう側から、1人の少年が強い視線で自分を見つめている事に気づく。
ゆっくりと近づいてくる少年に心当たりはなかったが、心臓は早鐘を打ち、嫌な予感が広がっていく。
金縛りに遭ったかの様に動かないフレッドの目の前まで来ると、少年は小馬鹿にする様な笑みを浮かべる。
「久しぶりだな、フレッド。まさかオレの事を忘れたとは言わせないぜ?」
黒髪に赤い瞳、そして痩せた体躯の少年が、記憶の中のある人物と重なり合う。
「‥‥セラ、か?」
フレッドの問いには答えず、セラと呼ばれた少年はにやりと笑う。
「随分と仕事熱心なのは、ダチを失った悲しみをまだ女々しく引き摺ってるからか?」
「何故それを‥‥」
「あんたの事は何だって知ってる。もちろん、アリシアの事もな」
狼狽するフレッドに、セラは意地の悪い顔で言葉を続ける。
「自分がした事はすっかり忘れて、毎日を楽しそうに過ごしてるみたいだな。あんな女を可愛がる連中の気が知れないね」
「逆恨みも大概にしろ! お前がアリシアにした事を、俺は1日だって忘れた事はない!」
アリシアを罵るセラに、フレッドは怒りに我を忘れて声を荒げた。
「その言葉、そっくりあんたに返してやるよ。だがオレは復讐をしたいわけじゃない」
セラはそこで言葉を区切ると、自分を睨みつけるフレッドに挑発的な視線を送る。
「アリシアが16になったら会いに来る。その約束を果たしに来ただけだ」
「復讐でないのなら、目的は何だ?」
フレッドの問いにセラの赤い瞳が揺らめく。
何かを懐かしむ様に、切なく。
「‥‥確かめたい事があるんだよ。アリシアの誕生日が楽しみだぜ」
セラはそう言うと、踵を返して歩き出す。
「アリシアに会わせる気はない! 今度こそ俺が守ってみせる!」
凛としたフレッドの言葉にセラは振り返ると、再び小馬鹿にした様なを笑みを浮かべる。
「──あんたには無理だ」
それは決して大きな声ではなかったが、残酷な宣告としてフレッドの胸に突き刺さる。
セラはフレッドを一瞥すると、人込みへと消えて行った。
「待て、セラっ!」
慌ててフレッドは後を追うものの、その背中を見失う。
結局、町中を走り回ってもセラの姿は見つからなかった。
焦りと恐怖を怒りの気持ちにすり替え、フレッドは路地の壁に己の拳を叩き付ける。
訪れる事がわかっていた、セラとの再会。
それなのに情けないほどざわめく己の心が情けなく、悔しかった。
震えと心の落ち着きを取り戻したフレッドは、母レミーから送られて来た手紙を手に取る。
そこには弾む字でアリシアの誕生会を別荘で開く事にしたと綴られていた。
父エリックとすっかり仲直りし、2人で楽しく計画を立てている様だ。
大切なアリシアの誕生会。
本来ならば喜ぶべき事なのに、フレッドの表情は暗い。
「祝福の日を汚すつもりか‥‥」
思い出したくもない、数年前のあの日。
セラは幼いアリシアを傷付けた。
去り際に彼が口にした「アリシアが16歳になったら再び会いに来る」という言葉を、フレッドは忘れようにも忘れられなかった。
その再会を阻止する為、仕事の合間を縫ってセラの事を調べてきたのだ。
彼が徒党を組んで悪事を働く悪党に成り下がった事を知った時、絶対にアリシアと会わせてはならないと思った。
セラを探し出し、まだアリシアを憎み執着しているのなら、この手で終わりにするつもりだった。
彼が次の悪事を働こうとしている時に討ち取れば、罪のない人々も救える。
私的な戦いを大義名分で高尚なものにしようとする行為は騎士としてあるまじき事だが、それをわかっても尚、フレッドはアリシアを守りたかった。
「セラが1人で来るとは限らない。誕生会の時に大人数で攻め込まれたら、俺1人では守りきれないな」
家族3人を守りながら戦うの無理だと悟ったフレッドは、冒険者ギルドに依頼を出す事にした。
顔見知りの受付嬢宛てに依頼書を書きながら、万が一ギルドにアリシアやエイリークが姿を見せた場合、この依頼について内密にして欲しいと付け加える。
家族に内緒でセラと戦う事は勿論、未だ戦う術を持たないエイリークを巻き込みたくなかったからだ。
セラへの怒りと甦る恐怖に叫びだしたくなる気持ちを抑えながら、フレッドはペンを走らせる。
その字にいつもの流麗さはなく、荒々しく書き殴られていた。
北海を眺めながら、セラは間近となったアリシアの再会に想いを馳せる。
あの日に味わった絶望を糧に歩んだ人生は、救い様の無い程どす黒く淀んでしまった。
だがそれしか生きる術は無かったのだと自分に言い聞かせ、アリシアに再び会える事だけを生き甲斐にしてきた。
この胸を焦がす憎悪の気持ちと共に。
「子供だったからって言い訳は認めない。本当に覚えていなかった時は、あんたの全てを奪わせてもらうぜ」
アリシアを憎む気持ちの裏に隠された、ある想い。
それこそがセラを生かしている唯一の光だった。
その想いが裏切られた時、セラは復讐鬼へと姿を変えるのだろう。
1人何も知らないアリシアは、自分の誕生日を心待ちにしていた────。
●リプレイ本文
●紐解かれる過去
別荘に到着した夜。
室内は重苦しい沈黙に包まれていた。
「セラは共に仕事をした仲間の口封じも厭わない残忍な男です」
ディラン・バーン(ec3680)は苦々しくそう口にする。
「決まった仲間は持たず、報酬の山分けを条件にその場限りで協力者を募ってるみたいよ。友達いないわね、コイツ」
軽口を叩きながらも伏見鎮葉(ec5421)の瞳が放つ光は鋭い。
「ここ最近は大人しくしていたみたいだな。理由はおそらく‥‥」
「アリシアの誕生日が近いからね」
アンドリュー・カールセン(ea5936)の言葉を繋ぐのは恋人のチョコ・フォンス(ea5866)だ。
「万が一捕まったら再会どころじゃなくなくなるから、か」
リース・フォード(ec4979)の発言にアンドリューは無言で頷く。
「アジトや棲家は持っていない様です。仕事の詳しい話は相手が協力すると言った時に全て話してしまうので、これと言った連絡手段もありません」
「生憎、対立してるグループもいなかったわ」
さらに続けられるディランと鎮葉の報告を、フレッドは険しい表情で聞いていた。
自分が調べてきた情報と相違は無く、また目新しい物もなかったからだ。
「所詮は寄せ集めの仲間だ。連帯感は皆無だろう」
「ええ。落ち着いて対処すれば問題はないでしょう」
アンドリューの結論にシャルル・ファン(eb5267)は神妙な面持ちで頷く。
具体的な作戦と対策が決定した後、チョコはフレッドに思い切って声をかける。
「フレッド、セラの事を詳しく教えて。彼とは何処で出会って、どんな子だったの?」
それは依頼を受けた誰もが知りたいと思っている事だった。
緊張の面持ちで息を吐くフレッドの手にアイリス・リード(ec3876)はそっと触れる。
「ゆっくりでいいですから、話せる事だけを話して下さい」
決して無理強いをしないアイリスの言葉にフレッドは微笑むと、静かに口を開いた。
「セラと出会ったのは父上と母上が懇意にしている村でだ。俺達を警戒する様な視線が今でも忘れられない‥‥」
フレッドがセラとの過去を話し始めた頃。
「アリシア‥‥これは?」
誕生会でアリシアが着るドレスを選んでいたレン・オリミヤ(ec4115)は、彼女の背中に視線を留める。
白く肌理細やかな肌にうっすらと傷跡の様なものが残っていたからだ。
華奢な背中に斜めに走るそれは痛々しい。
「‥‥これは私の罪の証ですわ」
寂しそうな顔で振り返ったアリシアに、レンはぶんぶんと頭を振る。
「‥‥嘘。アリシアは、悪い事なんてしない‥‥」
「私を信じて下さっているのですね。ありがとう、レンさん」
アリシアはレンの手を取ると、憂いのある微笑みを見せる。
「でも、私は大事な人を傷付けるという罪を犯しました。この傷跡はその証なのです」
それはセラの事を言っているのだと直感したレンは、遠慮がちにアリシアに尋ねる。
「‥‥その人に会いたい?」
レンの問いにアリシアの瞳が揺らめく。
懐かしさと悔恨の想いを同居させながら。
「許されるならば会いたいですわ。会って、きちんと謝りたいと思っています」
その答えにレンは、フレッドよりアリシアの気持ちを優先させたいと思った。
2人の再会の先にどの様な未来が待っているとしても。
(「アリシアはああ言ってるけど‥‥信じてるから」)
レンは慈しむ様な瞳で大切な親友を見つめた。
フレッドの独白は続く。
「俺達はすぐに打ち解けた。3人で過ごす時間はとても楽しかったんだ」
身分の違いなど子供にしてみれば全く関係がなく、村に来る度に3人は親しくなっていった。
だが、友情の終焉は唐突に訪れる。
「あの日、母上の説教から解放された俺は、急いで先に遊んでいるアリシアとセラの元へ向かった。2人の姿を見つけて駆け寄った時、俺の目の前で‥‥」
フレッドはそこで言葉を切ると、苦しそうな表情で目を瞑った。
その顔に浮かぶ汗に誰となく声をかけようとした時、その唇は震えながら次の言葉を紡ぎ出す。
「セラが何かを叫びながら‥‥俺が貸していた剣でアリシアの背中を切り付けたんだ」
告げられた真実に誰も口を開けなかった。
「アリシアは傷つけられたと言うのにセラの手当てをしてくれと言っていた。見上げてみると、何故かセラも胸に傷を‥‥」
「彼女が傷を負わせた可能性は考えなかったのですか?」
そう尋ねるシャルルをフレッドは険しい瞳で睨みつける。
「馬鹿な事を言うな! あの剣は玩具ではなく本物なんだ。小さなアリシアに扱える筈がない!」
「アリシアが何もしていないって、どうして言い切れるの?」
フレッドの気持ちを痛いほど理解しつつも、チョコは否定する。
感情的な思い込みは真実を歪めてしまうからだ。
「セラがアリシアを憎むのは、彼女が何かしたからじゃないの? 言葉でだって人は傷つくわ」
「‥‥その報いを受けたと言いたいのか? チョコは‥‥アリシアを信じていないんだな」
弱々しく震える声にチョコは息を飲む。
フレッドは酷く傷ついた瞳をしていた。
「仮にアリシアの言葉で傷付いたとしても、セラがやった事は許されない。セラとフレッドの言い分、どっちを信じるかは決まってる」
淀む空気を鎮葉の一言が一蹴する。
「‥‥すまない。少し外の空気に当たって頭を冷やしてくる」
しかしフレッドは憔悴した顔で部屋を出て行ってしまった。
慌ててアイリスがその後を追う。
「どうしよう‥‥あたし、フレッドを傷付けるつもりじゃなかったのに‥‥」
「大丈夫ですよ。皆チョコさんの言いたい事はわかっています。セラの事まで心配する優しい気持ちも、ちゃんと」
涙ぐむチョコにディランは優しく微笑みかける。
「人間って、どうしようもなく弱ってる時は手放しで味方になってもらいたいものよ。自分が間違ってるかもしれないって思っていてもね」
鎮葉が口にするのは正に今のフレッドの状態である。
「‥‥チョコは悪くない」
アンドリューの優しい言葉に、チョコはその胸の中で泣き始める。
人の想いは時としてすれ違う。
どんな温かさを秘めいたとしても。
フレッドの後を追ってきたアイリスは、中庭の木に寄りかかり空を仰ぐ彼の姿を見つける。
その横顔はとても寂しそうで、放ってはおけなかった。
「まるで子供だな。心配して集まってきてくれた仲間にあたるなんて」
フレッドは自嘲的に呟くと、隣に腰を下ろしたアイリスを見つめる。
「‥‥恐怖に打ち勝てない弱い自分が情けなくて嫌だ」
「恐ろしくて良いのですよ」
アイリスは縋る様な瞳のフレッドに優しく微笑みかける。
「ですが怒りにすり替えたり、誤魔化したりしてはいけません。向き合い‥‥そして、乗越えなくては」
「ああ。俺もそう在りたいと思っている。だが‥‥」
「お1人では困難でしょう。‥‥ですから、分けて下さい、恐怖も苛立ちも」
瞳に柔らかな光を湛えて、アイリスは再度微笑む。
「その為にも仲間は在るのです。わたくしは‥‥どんな時も、お傍でお力になりたく存じます。貴方が許して下さるなら」
不安に震える心にアイリスの優しさがゆっくりと染み渡っていく。
「許すも何も俺が請いたいくらいだ。‥‥ありがとう」
気持ちを通い合わせ、2人の心は強く結びついていく。
アイリスはフレッドの支えになり、ずっと彼を見守りたいと思っていた。
だがそれは恋愛感情ではなく、何も望まぬ慈しみの愛だった。
仲間の元へ戻ったフレッドは、2人に頭を下げ謝罪をする。
「2人共、すまない」
「いいえ。私も言い方が悪かったかもしれません」
「ゴメンね、フレッド‥‥」
頭を下げるシャルルに狼狽するフレッドに、チョコは涙で濡れた顔で抱きついた。
その瞬間、アンドリューの眉がピクッと動く。
「仲直りも出来たとこで、続きを話してくれるかな?」
何かに気づいたリースは穏やかな顔でフレッドにそう促す。
「アリシアを失う恐怖に混乱していた俺に、セラは『アリシアが16になったら再び会いに来る』と言ったんだ」
その時のアリシアは朦朧としていて、セラの言った事は聞こえていなかっただろうとフレッドは付け加える。
「成る程ね。真相は本人達に聞いてみないとわからないって事か」
「ご安心下さい。私がアリシアさんに上手く話を聞きだして見せますよ」
「じゃあ俺も一緒に話を聞くよ。1対1だとアリシアも緊張するかもしれないし」
アンドリューに笑顔で答えるシャルルに不安になったリースは、思わずそう口に出していた。
ズバリと核心を突くシャルルの物言いがアリシアに動揺を与えかねないからだ。
「信頼する皆にならアリシアは包み隠さず話すだろう。もし辛そうにしていたら、フォローを頼む」
「フレッドはどうするの?」
「俺はセラを別荘に侵入させない事に全力を尽くしたいんだ」
チョコの問いに厳しい面持ちで答えるフレッドは、アリシアがレンに明かした想いについて知る由も無かった。
●泡沫の幸福
1日目の夜から冒険者達は3人一組になって見張りをしていたが、朝になっても別荘に近づいてくる気配は無かった。
よって襲撃は誕生会の開かれる2日目というリースの読みが濃厚となる。
嬉々として会場の装飾を行うアリシア達とは対照的に、襲撃を警戒し緊張の糸を張り巡らせる9人。
しかしそんな表情などおくびにも出さず、全員は夕暮れから始まったアリシアの誕生会を笑顔で祝っていた。
「レミーから話は聞いていたけれど、皆さんは本当に楽しくて素敵な方達だね」
冒険者達と初対面のエリックは、噂のまんまるお腹を揺らしながら陽気に笑う。
「エリックさんもあたしの想像以上に素敵なおじ様だわ。兄様も来られれば良かったのに」
チョコはエリックに太陽の様な笑顔を見せながら、他の依頼に赴いている兄ショコラを思う。
「シャルルさんの演奏はいつ聴いても素敵ですわねぇ」
「うん‥‥おいしい」
うっとりと聞き惚れるレミーの隣で、レンははむはむと料理を頬張っている。
「そろそろアリシアさんへのプレゼントを渡しませんか?」
「賛成っ!」
ディランの提案にリースは笑顔で挙手をする。
「まずは私からです。気に入って頂けるといいのですが」
正装にパープルフロウを羽織ったディランが手渡すのは、女神の薄衣だ。
「ありがとうございます。とっても綺麗で素敵ですわ‥‥」
贈り物に見惚れるアリシアにディランは微笑むと、それをそっと羽織らせた。
レミーとエリックがプレゼントしたドレスに薄衣はとてもよく馴染み、アリシアに幻想的な美しさを纏わせる。
「まるで女神の様ですよ」
ディランの賞賛に頬を薔薇色に染めるアリシアに、アイリスは笑顔で近づく。
「わたくしからは貴女の身を守るお守りです」
アイリスはアリシアの後方に回り、細い首に首飾りの形をした聖なる守りを着ける。
「シンプルなデザインですから、いつでも身に着けられそうですわ。ありがとうございます」
微笑み合う2人を誰もが温かく見守っていた。
だがアンドリューの顔色は冴えない。
「被ってしまったか‥‥だが致し方ないな」
覚悟を決め、アリシアの前へと歩み出る。
「アリシア、誕生日おめでとう」
アンドリューは笑顔で祝福をすると、何もない所から聖なる守りを出してみせる。
予想もしていなかった手品に全員は目を見開く。
「あ、ありがとうございます。どこから出てきましたの?」
「それは秘密だ。ん、そうだな‥‥」
アンドリューは意味ありげに微笑むと、聖なる守りをアリシアの首に着ける。
「このデザインなら長さを調節して2つとも着けられる。うん、中々お洒落だぞ」
聖なる守りのネックレスを2連に身に着け、アリシアはとても嬉しそうに微笑む。
「最後は俺だね。はい、誕生日プレゼント♪」
リースはにこにこと笑いながら、アリシアの肩にシルバーコートをかける。
「綺麗‥‥それにとても手触りがよくて温かいですわ」
「これから先、冒険者を雇って旅に出る事もあるだろう? その時に役立ててくれれば嬉しいな」
リースは陽だまりの様な温かい目でアリシアを見つめる。
「ありがとうございます。その時はリィも一緒に来てくれますか?」
「もちろん。何処へでもお供しますよ、お嬢様?」
頬を染めてそう尋ねるアリシアに、リースはおどけてみせる。
「これ‥‥皆から」
レンの差し出した寄せ書きを見た瞬間、アリシアはフレッドの誕生会の事を思い出して瞳に大粒の涙を浮かべる。
「皆様、ありがとうございます‥‥ここでだと泣いてしまいそうですから、後でゆっくりと読ませて頂きますわ」
素直なアリシアに全員から笑顔を零れる。
「麗しいリトルレディに私から歌を贈らせて頂きましょう」
シャルルの言葉に全員は席に着く。
歌が始まったのを確認したフレッドは、ディランに目配せをするとそっと部屋を後にした。
夕暮れは闇夜に染まる。
濃紺色の空には星が瞬き、その下方には僅かに茜色の夕焼けが残っていた────幸福の名残の様に。
美しく幻想的な空のコントラストに2人は暫し見とれていた。
「まだ来ないな」
「ああ。おそらく誕生会が終わって一息ついた頃を狙ってくるのだろう」
空を旋回し周囲を警戒している白鷲アンゼリカの様子に変わった様子はない。
別荘の死角に待機させているグリフォンのレオも同様だ。
「私は屋根の上から見張りをしてくる」
フレッドは頷くと、ディランに背を向けて歩き出す。
別荘から聞こえる幸せな笑い声がいつまでも続けばいいと思いながら。
(「近づいてくる気配は未だ無し、か」)
廊下でブレスセンサーを発動させたリースは、談笑しているシャルルとアリシアの元へと戻った。
「そうですか。ロイエル家の皆様は本当に仲がよろしいのですね。ところで、アリシアさん」
「はい、何でしょうか?」
話が本題に入っていない事に気づき、リースはそっと息を吐く。
「あなたは昔、何か大事な約束をした事はありませんか?」
「約束、ですか?」
回りくどさを取っ払ったシャルルの質問に冷や汗をかくリース。
だがアリシアは特に動揺した様子も見せず、暫し考え込んだ。
「大切な約束をした記憶はありませんわ。ただ‥‥言葉足らずで後悔した事はあります」
そう言い寂しげに微笑むアリシアは、嘘をついている様には見えなかった。
だがそれと同時に新たな疑問が生じる。
「それはどういう事なの? よかったら話してもらえるかな?」
リースの問いにアリシアが口を開こうとした時。
「アリシアー! お2人を独り占めだなんてズルいですわよー!」
拗ねた様なレミーに、3人はそこで話を中断せざるを得なくなってしまう。
そして宴の終焉と共にセラの影が忍び寄ってきていた。
●灯る闇
誕生会が無事に終了して2時間後。
それはまるで謀ったかの様なタイミングだった。
「来たわ。数は‥‥6つ!」
チョコは傍らのアンドリューに耳打ちをする。
「アイリスと共に3人の相手をしていてくれ。戦っている所を見られては拙い」
アンドリューはそう言うと、物音を立てずに1階へと降り立った。
恋人の背中を見送った後、チョコはアイリスを呼びに部屋へと急ぐ。
「ついにお出ましだね」
鎮葉の言葉に頷くフレッドをレンは心配そうに見つめる。
侵入された時に備え、別荘にはディランとシャルルが待機していた。
木々の葉が風に揺れる音に混じり、敵の足音が近づいてくる。
そして言葉を交わす間もないまま戦いは幕を開けた。
「セラはともかく、悪党に加減の理由はない」
鎮葉の碧い瞳が月夜に煌き、ソニックブームが男を襲う。
「ぐっ!」
衝撃波をまともに食らった男は吹っ飛び、地面に叩きつけられる。
「殺しはしない。でもそれなりの覚悟はしてもらうよ!」
リースは自分に向かってくる男にライトニングサンダーボルトを放つ。
闇夜に光る稲妻は一直線に飛んで行き、男の体を無慈悲に襲う。
「ぐあっ!」
がくりと崩れ落ちる男の体をレンのカラミティバイパーが締め上げる。
「アリシアを傷つけようとする奴は‥‥許さない」
レンの隻眼は男を冷たく見下ろしていた。
「‥‥話にならないな」
アンドリューは足音一つ立てずに男に近づくと、あっという間に気絶させてしまう。
「ここにいるのは5人か。後の1人がセラだな」
仲間が苦戦していない事を確認し、アンドリューはセラを探しにその場を離れた。
フレッドの話を元にチョコが描いた似顔絵で、彼の顔は頭に叩き込んである。
「馬鹿にしやがって!」
フレッドは逆上し滅茶苦茶な攻撃を繰り返す男の背後に回り、腕を締め上げる。
「セラは何処だ」
「知ってても教えるかよ」
「なら吐くまで拘束させてもらう」
そう告げるフレッドの声の冷たさに、男の背筋が凍りつく。
「ひいぃっ! 俺は抜けるぜっ!」
5人の強さを目の当たりにした男の1人は、一目散でその場から逃げ出す。
「‥‥追う?」
「いや、好きにさせればいい」
「そうだね。捕縛する人数は少ない方が楽だ」
レンの問いに答えるフレッドにリースは大きく頷いた。
「セラかと思ったが‥‥違った」
そこに気絶した男を引きずるアンドリューが現れる。
「まずは手下で小手調べってやつ? 喰えない男だね」
鎮葉はそう言いながら男を縛り上げる。
「とりあえず3人に気づかれる前に倉庫に押し込もう。裏口からなら見られずに済む」
フレッドに全員は頷くと、別荘の方に注意を向けながら男達を運ぶ。
騒ぐ男達はシャルルのスリープであっさりと眠りに落ちた。
アリシアの誕生会を血で汚したくない。
できるならば命を奪いたくない。
この優しさをセラに見抜かれているとは、誰1人気づかないでいた。
そして悲劇の幕は上がる────。
敵の数を減らしても、セラを捕らえるまでは心が休まる事は無かった。
チョコとアイリスが上手く相手をしてくれたので、3人に襲撃の事はばれていない。
ブレスセンサーでの索敵と外へ出ての見張りを続けるものの、数時間は全く変化が無かった。
しかし。
「‥‥別荘に誰かが近づいてくる。1人‥‥セラか?」
リースの言葉に緊張が走る。
だが外で見張りをしていたディランとフレッドが連れてきたのは、肩で息をするエイリークだった。
「エイリークさん? どうしてここに?」
駆け寄るアイリスにエイリークは弱々しい笑みを見せる。
「アリシアさんの事を知って、居ても立ってもいられなくて来ちゃったんです」
疲れて見えるものの、襲われたり怪我をしている様子はない。
全員はホッと安堵の息を漏らす。
「仕方ないですね。無理はせずにアリシアさんと一緒に居て下さいね?」
エイリークの恋心を知るシャルルは呆れ顔で念を押す。
「さあ、こちらへどうぞ」
アイリスは頷く彼を気遣い、3人の元へと案内する。
「風邪ですか?」
少し掠れる声を心配したアイリスに、エイリークは無言で頷いた。
「警戒はこれまで通りに続けよう。皆、くれぐれも無理はしないでくれ」
皆を気遣うフレッドは疲労の色が濃い。
だが長時間の緊張の中に置かれ、誰もが神経を磨り減らしていた。
階段を上がりながらその様子を目にしたエイリークは、にやりと残酷な笑みを浮かべた。
1時間後。
全ての準備は整ったと言わんばかりに、2度目の襲撃が訪れる。
「今度も6つよ! 逃した奴も戻ってきたのかしら‥‥」
チョコが別荘に向かってくる数を仲間に告げた時、倉庫の方から捕縛した筈の男達が飛び出してきた。
「どう言う事だっ!?」
狼狽するフレッドの前にエイリークが現れる。
「お人好しが命取りになったな」
そう言い男達を縛っていた縄をぽいと投げ捨てた。
「あんた、エイリークじゃないね? 変装してたってわけか!」
男はにやりと笑うと、叫ぶ鎮葉目掛けてナイフを投げつける。
すんでの所でかわすと、鎮葉は男を睨みつけた。
「リース、アリシア達を頼む!」
フレッドの言葉にリースは頷くと、2階へ駆け上がる。
それと同時にディランとアンドリューが、数人の男達と戦いながら別荘へと飛び込んできた。
全員がフードを被っていて、どれがセラかはわからない。
「すまない! 押し切られた」
ディランの謝罪に全員は頭を振る。
「‥‥もう容赦はしない」
聞いた事のないフレッドの声音にアイリスは身を震わせた。
声をかける間も無く、フレッドは目の前の男に切りかかっていく。
そこからは目を覆いたくなる様な惨劇が繰り広げられた。
苦悶の表情を浮かべる男達に、レンの中の何かがざわめく。
命を奪ってはならないという制約から解き放たれ、全員は滾る怒りのままに攻撃を繰り返していた。
「どうして‥‥どうしてこんな事に‥‥」
1人、アイリスを除いては。
剣戟の音と男達の断末魔の叫びが、飛び散る血に彩られる。
傍らで戦うフレッドは、まるで知らない男の様だった。
返り血を物ともせずに剣を振るう姿は猛々しく、庇われているのに恐怖すら感じる。
「フレッド! アリシアがいないっ!」
リースの叫びに全員は一瞬だけフレッドに視線を移す。
「‥‥ディラン、鎮葉。リースと共にアリシアを救い出してくれ。セラが一緒の筈だ」
冷静な言葉に2人は頷くと、男達の亡骸を乗り越えてリースの元へと向かう。
そこにはぐったりと気を失っているレミーとエリックの姿があった。
「あの一瞬でここまでやるなんて。侮れないわね」
ガラスが割られ夜風の吹き込む窓を睨みながら、鎮葉は呟く。
「まだ遠くへは行ってない筈です。後を追いましょう」
3人は躊躇せずに2階の窓から下へと飛び降りた。
セラは嫌がるアリシアを引っ張り、中庭に訪れていた。
アリシアの背中を背の高い木に押し付けると、赤い瞳を細めて笑う。
「会いたかったぜ、アリシア。随分女らしくなったな」
アリシアはその言葉と視線に頬を紅潮させるが、射抜く様な視線でセラを見つめる。
「こんな方法しかなかったのですか! 手紙を下されば私が1人で会いに行きましたのにっ!」
別荘から聞こえる戦いの音に、アリシアの怒りが燃え上がる。
「無理だ。フレッドが色々と小細工をしていたからな。あんたに会う前に殺されてたかもしれないんだぜ?」
「嘘ですわ。お兄様がそんな事を‥‥」
「だったら何でお前の誕生会に大勢の冒険者達を呼んだんだ? 単にお友達だからってわけじゃないだろう?」
アリシアは言い返せなくなり、視線を落とす。
「いつまで経ってもあんたは守られるだけのお嬢さんだな」
切なさを帯びた声でそう言うと、セラはアリシアを思い切り抱きしめた。
「オレはあんたが憎い。憎くて憎くて‥‥殺したくなる」
セラの声は震えていた。
「アリシアっ!」
その真意をアリシアが尋ねようとした時、背後からリースの声が響く。
彼の持つ石の中の蝶は羽ばたいていない。
「リィ!」
必死でもがくアリシアをセラは茂みの上へと押し倒す。
そして強引に腹ばいにさせると、夜着を引き裂いた。
「やめろっ!」
「確かめたい事があるんだよ。邪魔をするな」
セラは凍える様な声でアリシアの背中にナイフを突きつけ、リースを制す。
遅れてやって来たディランと鎮葉は目の前の光景に息を飲んだ。
震えるアリシアの背中に残る傷跡をセラはジッと見つめていた。
「‥‥アリシア。本当にオレを覚えているか?」
「覚えていますわ。ずっと謝りたいと思っていましたもの‥‥」
消え入りそうな答えを聞いたセラは眉を顰めて立ち上がると、己の衣服を引き裂いた。
その胸に残る痛々しい傷跡が月に照らされる。
「今でも疼くんだよ。本当に覚えているってのはこう言う事だ」
セラの赤い瞳は哀しそうにアリシアを見つめていた。
その瞳はかつての自分と同じだと思うと、リースは思わずセラに問いかけていた。
「誰かを、何かを恨む事で生きていられるっていうのは‥‥辛くないか?」
「そんな感情は当の昔に捨てちまったよ」
リースの切なる想いをセラは跳ね返す。
「誰かに感情をぶつけられるのは嫌なのに、自分はぶつけてもいいだなんて甘ったれてるね。もう子供じゃないんだ、自分がどうされれば嬉しいか考えてみな」
「御託はそれだけか。オレはアリシアに復讐できればそれでいいんだよ」
挑発的な鎮葉の言葉も、セラの冷え切った感情を動かす事は出来なかった。
「どうしてアリシアに拘るの? それって、まるでアリシアに恋してるって感じちゃうよ!」
だが戦いを終えて姿を現したチョコの一言に、セラは目を見開く。
「‥‥馬鹿な事を言うな。憎しみの気持ち以外は持っていない」
セラは氷の様な瞳でアリシアを睨みつける。
「オレは諦めないぜ。あんたに復讐を果たすまではな」
全員で攻撃を仕掛ければセラを倒すのは容易だろう。
だが誰も動けなかった。
きちんとアリシアが決着をつけるまで、セラを殺してはならないと思ったからだ。
「今からでも遅くない! 闇に向かうな!」
走り去るセラの背中にリースは叫ぶ。
「‥‥もう遅いんだよ」
だが返って来たのは寂しげな呟きだけだった。
ディランはガタガタと震えるアリシアをマントで包み込むと、その体を強く抱きしめた。
別荘の中ではアイリスがレミーとエリックに付き添い、アンドリュー、シャルル、レンはフレッドと共に後始末をしていた。
亡骸が転がり、あちこちに血の跡がこびり付いている。
1階は散々足る状況で、もうこの別荘は使えないだろう。
シャルルはふうと息を吐く。
「敵の方が上手でしたね。情けをかけた私達の完敗です」
セラが暗殺者の様な戦い方をすると知った時点で、その仲間は確実に討ち取るべきだった。
そして変装し別荘に紛れ込む者がいる事も計算せねばならなかったのだ。
優しさに付込んだ敵の卑怯さと、己の甘さにフレッドは拳を握り締める。
やがて外に出ていた仲間達も戻ってきたが、誰もが無言だった。
ディランに抱きかかえられて2階へと移動するアリシアの体は、遠くから見てもよくわかる位に震えていた。
程なく、部屋からレミーの慟哭が聞こえてくる。
一同は麻痺した感覚のまま、ひたすら後片付けに専念していた。
敵の命以外は失われず、ロイエル家の3人も無事だった。
だが全員の心に後味の悪さが残る。
恋情の縺れが根本にあるというシャルルとディランの予想が当たっているかは未だ定かではない。
だが真の意味でセラと決着をつけねばならないと、誰もが思うのだった。
月明かりの下、レンは血で染まった己の手を見つめる。
「あの時、危なかった‥‥」
男達の苦悶の表情にゾクゾクを全身が粟立ち、狂化しそうになってしまったのだ。
忘れていた筈の己の闇の再来をレンは恐れた。
「レン、帰るぞ」
はっとして振り向くと、そこには自分に向かって手を差し伸べているフレッドの姿があった。
おずおずとその手を取った後、レンはフレッドの端正な顔をじっと見つめる。
「ん? どうした?」
何も知らないフレッド。
レンは彼をいたぶった時を想像してみた。
きっと今まで見たどの男よりも美しい表情を見せてくれるのだろう。
「本当の私を知っても‥‥目を逸らさないでいてくれる?」
荒くなる息と共に吐き出した言葉に、フレッドは微かにたじろいだ。
その視線を逃さまいと、レンは潤む瞳を絡みつかせる。
肌と肌の触れ合いよりも、艶やかに絡み合う2人の視線。
フレッドは妖しげなレンに魅入られ、動く事が出来なかった。
●枯れゆく花
一夜明け、アリシアは部屋で寄せ書きを眺めていた。
その手が微かに震える。
アリシア、お誕生日おめでとう!
アリシアの笑顔にいつも癒されてるよ フォンス兄妹
いつでも皆が見守っています
あなたの信じる道に女神の祝福があらんことを ディラン
貴女の笑顔は、多くの人々の幸せとなり得ましょう
輝かしい未来に、聖なる母の祝福あれ アイリス
ともだちをお祝いすること私もうれしい
誕生日おめでとう レン
探究心溢れる貴女へ風の加護を リース
頑張るのもいいけど、無茶はなしよ 鎮葉
そこまで読んで、堪えきれずアリシアの目から嬉しさと懺悔の涙が零れ落ちる。
「アリシアさん。ハーブティーはいかがですか?」
そこに優しい微笑みを湛えたアイリスが現れた。
静かにドアを閉めて向き合う彼女に、アリシアはしがみ付く様に身を預ける。
「ごめんなさい‥‥私のせいで、ごめんなさい‥‥」
しゃくり声で謝るアリシアにアイリスは頭を振ると、そっとその頬に触れる。
「謝る事などないのですよ。貴方がここに居て下さる事、心より嬉しく思います」
「でも、私が居なければ皆さんも、セラも‥‥こんな事にならずに済んだのに‥‥っ!」
「1番辛いのは貴女でしょう? 今はご自分の事だけ考えて、思い切り泣いて下さい」
アリシアの動きが止まる。
そして。
「うっ‥‥ああぁぁぁっ!!」
大声で泣き叫ぶアリシアを、アイリスは何も言わずに優しく抱きしめた。
「アリシア‥‥」
部屋のドアを背に、チョコはその場にしゃがみ込む。
アリシアにかけようと思っていた言葉は伝えられそうに無かった。
肩を震わす彼女をアンドリューは抱きしめ、優しい声音で囁く。
「優しい所が好きだ。愛しくて堪らない‥‥」
腕の中の恋人は彼にとってこの世の何物にも代え難い宝物だった。
キャメロットへ帰還する朝。
アリシアはエリックと共に憔悴しきったレミーを励ましていた。
時折見せる笑顔に冒険者達の胸は痛む。
(「私は大丈夫。これ以上、皆さんに迷惑はかけられないもの‥‥」)
大丈夫、大丈夫‥‥。
アリシアは自分に魔法をかける。
数年前のあの時と同じように。
「アリシア‥‥そんな顔して笑わないで」
リースの呟きはアリシアに届かない。
屋敷に着くまでの間、アリシアはずっと造花の微笑みを浮かべていた────。