【黙示録】甘き死の夢

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月01日〜12月06日

リプレイ公開日:2008年12月08日

●オープニング

●デビル北上
 ――これは、或る森でモンスター退治の依頼を受けた冒険者の軌跡である。
「これで最後だ! そっちは片付いたか?」
 最後の1体を切り伏せたファイターは、仲間に状況を促した。
「こっちも完了した。所詮は雑魚、この程度の相手に‥‥ん? どうした?」
 剣を収めながら答えたナイトは、怪訝な色を浮かべる。瞳に映るのは、指輪を見つめ戸惑う若いクレリックだ。
「蝶が羽ばたいていますッ」
「蝶って、デビルがいるのか!? 魔法は!?」
 ナイトは静かに首を横に振る。経験も浅いパーティーはデビル対策を失念していたらしい。
 尤も、今回の依頼はモンスター退治。襲って来なければ問題はない。
「近づいていますッ。どんどん激しくなって‥‥ッ!?」
 刹那、冒険者達は何かの夥しい気配が通り過ぎたように感じた。
 沈黙と困惑に彩られる中、クレリックが安堵の溜息を洩らす。
「行ってしまったようです‥‥」
「行った‥‥って軽く無視かよ」
 彼等は気配が去った北の空を見つめた――――。

●デビル防衛線
 ――イギリス各地でデビルの出現報告が届くようになる。
 村や町で騒動を起こす事件もあるが、共通する点が一つ確認された。
 一部のデビルが北海に向けて収束しているらしい。
 裏付けるようにキャメロットより北で出現情報が多くなり、メルドン近隣に集中しつつあった。
「王よ。黙示録の時が近づいております」
 マーリンは静かに告げる。
「地獄のデビル共が動き始めています。静かに。だが確実にその爪を伸ばして参りましょう」
「北海の騒動が要因か元凶か定かでないが、デビルに集結される事は勢力拡大を意味する。北海のデビルと思われる男の早期探索と、北海付近に進軍するデビルの集結阻止が重要となるか」
 アーサー王は王宮騎士を通じてギルドに依頼を告げた。

「王宮からの依頼は北海に向かうデビルの早期発見と退治だ。我々は北で防衛線を張り、デビルと対峙する事になるだろう。既に向かったデビルを追っても仕方ない。今は僅かでも勢力を拡大させない為にも、冒険者勇士の協力を期待する」
 幸いというべきか、円卓の騎士により、北海のデビルと思われる男の探索依頼は出されている。王宮騎士団は北海地域に展開しており、日々出現し続けるデビルと奮戦中との事だ。
 つまり、冒険者達は最前線に陣を置き、デビルを探索、退治する事が目的となる。
「ここでデビルの動きを伝えよう」
 デビルの動向には大きく二つに分類された。
 北へ向かうデビルと、近隣の村や町に留まり、騒動を起こすデビルである。
 推測に過ぎないが、デビルにも嗜好というものがあるらしい。
 しかし、北海に向かわない保障はないのだ。

●黄泉への夢路 
 夢の世界が現実だったら良いのにと思う事がある。
 幸せな夢の中に永遠に留まれたら、と。
「ったくどん臭い娘だね。今日中に終わらせなかったら承知しないよ!」
 忌々しげに自分を見つめる女将に小さな声で「すみません」とだけ答えると、ケイトは店を後にした。
 罵られるのは慣れていると自分にい聞かせても、心無い言葉に心は痛んだ。
 桶に汲んだ水に映る自分の顔は平凡で、美人とは程遠い。
 加えて頭が飛びぬけていい訳でも、体力に自信がある訳でもなかった。
「1つでも良い所があったら、あたしの人生も変わっていたのかな‥‥」
 そう呟くケイトの脳裏に、優しい微笑みの青年の姿が浮かび上がる。
 彼の名はジュリオ。
 2年前にこの村にふらりと訪れた冒険者の青年である。
 ジュリオはケイトの話を静かに聞いてくれて、泣き出す自分を慰めてくれた。
 あんなに優しくしてもらったのは初めてだった。
 しかし彼は冒険者。
 この村に留まったのはほんの少しの間で、次の依頼があるからと旅立っていった。
(「会いたいよ、ジュリオ。でも、もうあたしの事なんて忘れちゃってるよね」)
 旅立つ日に貰ったネックレスをそっと握り締め、ケイトは遠い空の下で生きているジュリオを想った。
「昨夜、ダンの娘さんが亡くなったらしい」
「これでもう3人目じゃないか。何とかならなものかねぇ」
 仕事を終えて店に戻ったケイトの耳に、女将と村人の会話が飛び込んできた。
 最近、この村では何故か女性ばかりが続けて亡くなっている。
 しかもその亡くなり方は特殊なのだ。
「1週間も眠り続けて衰弱して死んでいくなんて普通じゃない。絶対にモンスターか何かの仕業だよ」
「あるいは‥‥デビル、とか」
 村人の呟きに女将の顔色がさっと青ざめる。
「よしとくれ! モンスターなら総出で倒せるとしても、デビルだったらお手上げだよ」
「まだデビルだって決まったわけじゃない。だが村長がギルドに依頼を出したって言ってたぞ」
 2人の会話はまだ続いていたが、ケイトは「お疲れ様です」とだけ言い、家路に着いた。
 彼女の声は2人に届いていなかったが、ケイトは気にも留めずに家へと急ぐ。
 他人と関わると痛みを生じる。
 だからケイトは1人が好きだった。

 深夜、ケイトは寝付けずに寝返りをうつ。
 燦然と輝く冬の星々を窓から眺めながら、昼間の話を思い出していた。
「‥‥夢を見続けながら死んでいくなんて羨ましいな」
 しかもその死に顔はどこか嬉しそうに微笑んでいるという。
 それは見ていた夢が幸せなものだったのではないかとケイトは思う。
「あたしもジュリオの夢を見ながら死ねたらいいのに。もう疲れちゃったよ‥‥」
 ケイトは幼い頃から引っ込み思案で、人付き合いが得意ではなかった。
 両親を流行り病で亡くした15の時から1人で生きていかなければならなくなったが、決して明るくはない性格のせいで周囲とは上手くいっていない。
 そんな彼女にとって、夢の世界は辛い現実と相反するように幸せに満ちていた。
 こちらが現実だったらいいと願う程に。
 幸せな夢から覚める度に己の孤独に涙するケイト。
 その哀しい魂に引き寄せられるように、窓の外で怪しげな霧が蠢いていた。

 そして同じ頃、灯りを手に村へと向かう1人の少女がいた。
 名も無き義勇軍に所属するミルファである。
 女性の連続死の噂を聞きつけた彼女は、単身で村へと向かっていた。
 彼女は村長がギルドに依頼を出した事を知らない。
 だが冒険者達と遭遇すれば、喜んで協力してくれるだろう。

●今回の参加者

 eb5249 磯城弥 魁厳(32歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 eb5522 フィオナ・ファルケナーゲ(32歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ec3138 マロース・フィリオネル(34歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec3981 琉 瑞香(31歳・♀・僧兵・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

●合流
 連続死が起きている村の中で、マロース・フィリオネル(ec3138)はミルファの姿を発見し、その足を止めた。
「あの子、知り合いなの?」 
 ミルファに向けて歩を早めるマロースにフィオナ・ファルケナーゲ(eb5522)はそう尋ねる。
「ええ。彼女はレグルスさんやシェダルさんと同じ、名も無き義勇軍の一員です」
 唯一ミルファと面識のあるマロースは、仲間に知り合った経緯などを簡潔に話して聞かせた。
「華奢な体躯で勇ましい事でございまする」
「弓を背負っていますから、レンジャーの様な戦い方をするのでしょうか?」 
 磯城弥魁厳(eb5249)と琉瑞香(ec3981)はミルファを見つめる。
 先程から彼女は数人の村人に話しかけていて、遠目からは情報収集をしている様に見えた。
 ミルファもこの村で起きている事件を解決しに来たのかもしれないと、全員の胸に期待に満ちた予測が浮かび上がる。
「おひさしぶりです、ミルファさん」
「‥‥マロース?」
 声をかけるとミルファは一瞬驚いた様な表情を見せたものの、マロースの顔を見てにっこりと微笑んだ。
「はじめまして、私はフィオナよ♪ レグルス君達とは知り合いなの」
「あなたがフィオナなのね。話は2人からよく聞いてるわ」
 フィオナに意味有り気に微笑んだミルファの視線が、次の瞬間、魁厳に釘付けになった。
「河童は初見でございますかな? 忍者の磯城弥魁厳と申しまする。よろしくお願いいたしまする」
「ご、ごめんなさい。じーっと見たりして。あの‥‥頭のお皿って、寒くても平気なの?」
「心配無用でございまする。乾きさえしなければ問題はございません故」
 自分を気遣うミルファに魁厳はにっと微笑んでみせる。
「私は僧兵の琉瑞香と申します。ところで、ミルファさんもこの村の連続死を止めにいらっしゃったのですか?」
「そうよ。あなた達も?」
「はい。依頼を受けて参りました。宜しければ一緒に行動しませんか?」
「ありがとう。とっても心強いわ」
 瑞香の申し出にミルファは笑顔で頷いた。
「犯人は恐らくインキュバス。人を魅了して死の夢に誘うデビルです」 
「エッチな夢を見せる悪魔との戦いね。これは負けられないわ!」
「フィオナさん、張り合わないで下さい‥‥」
 胸の内の真剣な想いを隠しておちゃらけるフィオナに、マロースは額を押えて溜息を付くのだった。

●月夜の幻惑
 5人は早速、村で聞き込みを始めた。
 それぞれが得た情報を持ち寄り、村の酒場で報告し合う。
 辺りはすっかり暗くなっていた。 
「被害者の家族に会ってきたわ。1週間眠り続けた後に衰弱して死に至る‥‥全員が同じ亡くなり方ね」
「その死に顔は微かに笑っているそうです。幸せな夢を見せるインキュバスの犯行と見て間違いないですね」
 フィオナとマロースは仲間に報告をしながら、3人の遺族の事を思い出していた。
「被害者は全員女性でございますが、特徴等はバラバラでパターンの様なものは見当たりませぬ。ですが‥‥」
「どうしたの?」
「あくまで個人的な予想でございますが、皆様は孤独を抱えていた方だったのではないかと。その心の隙をデビルに付け込まれたのかも知れませぬ」
 ミルファの問いに魁厳は己の考えと3人の境遇について話始める。
 数年前に夫を亡くし、失意の中にいた最初の被害者。
 身分違いの恋を泣く泣く諦め、酒に溺れる毎日を送っていた2人目の被害者。
 恋人に裏切られ、自殺してしまいそうな状態だった3人目の被害者。
 事情は違えど、全員が最愛の異性を失っている。
「次に狙われるのも、孤独な女性って事かしら」
「いえ、女性とは限りません。どうやらインキュバスは対象によって現れる姿を変える様ですから」
 マロースがミルファにそう答えた時、酒場に瑞香が飛び込んできた。
「ケイトさんという女性がもう何日も働いている店に姿を現していないそうです」 
「彼女の話も少しだけど耳にしたわ。周りと上手く馴染めずにいるらしいの。それにジュリオって冒険者にずっと片思いをしてるって」
「‥‥ケイトも孤独な女の子ってわけね」
 ミルファの話を聞いたフィオナは、真剣な面持ちでそう呟いた。
「デティクトアンデッドで索敵をした結果、彼女の家から1体の反応が出ました。インキュバスに間違いありません」
 4人は勘定を机の上に置くと、瑞香を先頭にケイトの家へと急行した。

 ケイトの家に到着した5人は息を飲む───家の前で彼女が待ち構えていたからだ。
 月明かりに照らされたケイトの肌は蒼白く、衰弱しているのだと遠目からもわかった。
 マロースはインキュバスに操られてこちらに向かってくるケイトにホーリーを唱えて牽制を狙う。
 その隙に瑞香はホーリーフィールドで聖なる結界を張り、その中で仲間にレジストデビルをかけ始める。
「さーて、どんな月魔法を使ってくるのかしら」
 フィオナがそう呟いた時、ケイトの周りに球体の結界が張られ始める‥‥ムーンフィールドだ。
 こちらと同じ様に、あの結界を破壊しなければ中にいる敵にダメージを与えられない。
 結界の完成と共に放たれるムーンアローが冒険者側の結界を襲う。
「瑞香殿の結界は達人レベル。そう易々とは壊されますまい。さきにあちらを破壊するまでございまする」
「ケイトの為にも早く決着をつけましょう。援護は任せて!」
 ミルファは敵目掛けて駆け出す魁厳の背中に声をかけると、素早く魔力を帯びた矢を連射する。
 レジストデビルの効果時間は6分間。それまでに決着をつけなければ、今度は冒険者達が魅了の末に憑依される危険性がある。
 マロースもホーリーを放ち、敵の結界を攻撃する。
「はっ!」
 2人の攻撃を受けた敵の結界は、魁厳の懇親の一撃で崩壊した。
 しかし喜びも束の間、彼に向けてシャドウバインディングが唱えられる。
 だがレジストデビルのお陰で効果は無効となった。
「ホーリーのダメージで敵が憑依した対象から離れたって話を聞いた事があるの。試してみて!」
 ミルファに言葉にマロースは頷くと、もう1度ホーリーを放つ。
 すると、ケイトの身体から霧の様なものが抜け出してきた。
 魁厳が崩れ落ちる彼女を抱き止めて仲間の結界まで一時離脱した後、一同は遠慮なくインキュバス目掛けて攻撃を開始する。
 ミルファの矢とマロースの魔法にさらされ、敵はその場から動けない。
 瑞香がケイトにリカバーを唱えているのを確認した魁厳は結界を飛び出した。
「これで仕舞いに‥‥っ!?」
「危ないっ!」
 魅了防止の為のフィオナのコンフュージョンは後一歩及ばず、魁厳の目の前に河童の女性が現れる。
 温かな笑みを浮かべ、その女性は魁厳を手招きしていた。
「くっ!」
 だが意思の硬い魁厳は必死で抵抗を試みる────そして彼は魅了に打ち勝った。
「もう惑わされませぬぞ!」
 忍者刀を振り下ろした瞬間、河童の女性の姿は霧となり、闇夜に消えていった。

●変化
 翌日の正午過ぎ。
 ケイトは眠りから覚めた。
「助けてくれてありがとう。死んじゃいたいって思ってた筈なのに、今は生きているのが嬉しいわ‥‥」
 呟きの後、ケイトは流れる涙と共に微かな嗚咽を漏らす。
「宜しければあなたの胸の中にある想いを聞かせて下さい。話すだけでもきっと楽になりますから」
 瑞香の優しい言葉に、ケイトは胸の内にある孤独と自分への苛立ちを吐き出す様に語り始める。
 全員は温かな眼差しでその話を聞いていた。
「ジュリオが本当に好きなのね。でも、お姫様じゃないんだから、待ってても幸せも何も来ないわよ?」
「あたしの事なんてジュリオは覚えてないかもしれないわ」
「やってみなくちゃわからないでしょ? 欲しいものは自分の手で掴まなきゃ♪」
 フィオナはケイトを元気付ける為に、とびきりの笑顔で明るく励ます。
 一同は彼女の言葉に頷くと、それぞれがケイトに微笑みかける。
「あたし、頑張ってもどうせ思い通りになんかならないって諦めて、傷つく事から逃げてた。だってその方が楽だもの。でも、それじゃいけないのよね」 
 自分を救い、話を聞いてくれた5人の優しさに触れ、ケイトの心に小さな‥‥だが確かな勇気が生まれた。
「ねえ、ジュリオってどんな人なの?」
「彼は気さくで優しくて‥‥とても素敵な人よ」
 そっと手を握り尋ねるミルファに、ケイトは頬を赤らめながら嬉しそうに話し始める。
「私も優しい人が好きよ。同じね」
「ふぅん。ミルファちゃんの好みってレグルス君みたいな人なんだ?」
 妙に勘の鋭いフィオナに、今度はミルファが顔を朱に染める。
「ど、どうしてそこでレグルスの名前が出てくるのよ!?」
「あら図星なのね。わっかりやすーい♪」
「そう言うフィオナさんははどうなのですか?」
 からかう様にミルファの周りを飛び回るフィオナに、マロースはそう尋ねる。
「私? そうねぇ。お金持ちで優しくてイケメンで某国の貴族で、それでいて立派なカラダしててあっちの方もうまくて‥‥あ、これ最優先事項ね♪ それでいてシフール好きな若い男の子かな」
 彼女の言う『某国』が何処なのかは不明だが、何とも言えない好みである。
「んなのいるわけないでしょ。冗談だってば」
 呆気に取られる一同に、フィオナは一瞬だけとても冷めた目を見せる。
 だが次の瞬間にはいつもの笑顔で残りの3人に好みを尋ねていくのだった。
「ワシはとれたての野菜が好み‥‥と、そういう事でなく? ああ、好きな異性でございまするか?」
 意外な天然ぶりを見せる魁厳に場は和み、楽しそうな笑い声が響いた。
 
 村を発つ朝。
「宗派は異なりますがお赦しを」
 瑞香の弔いに被害者の家族達は涙を流し、その魂を見送った。
 5人の背中に笑顔で手を振りながら、ケイトはフィオナのアドバイス通り、ジュリオに手紙を出してみようと思うのだった。
 それから間も無くしてジュリオが村を訪れる事を、今は誰も知らない────。