【黙示録】禍の羽音

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 46 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月03日〜12月10日

リプレイ公開日:2008年12月10日

●オープニング

●デビル北上
 ――これは、或る森でモンスター退治の依頼を受けた冒険者の軌跡である。
「これで最後だ! そっちは片付いたか?」
 最後の1体を切り伏せたファイターは、仲間に状況を促した。
「こっちも完了した。所詮は雑魚、この程度の相手に‥‥ん? どうした?」
 剣を収めながら答えたナイトは、怪訝な色を浮かべる。瞳に映るのは、指輪を見つめ戸惑う若いクレリックだ。
「蝶が羽ばたいていますッ」
「蝶って、デビルがいるのか!? 魔法は!?」
 ナイトは静かに首を横に振る。経験も浅いパーティーはデビル対策を失念していたらしい。
 尤も、今回の依頼はモンスター退治。襲って来なければ問題はない。
「近づいていますッ。どんどん激しくなって‥‥ッ!?」
 刹那、冒険者達は何かの夥しい気配が通り過ぎたように感じた。
 沈黙と困惑に彩られる中、クレリックが安堵の溜息を洩らす。
「行ってしまったようです‥‥」
「行った‥‥って軽く無視かよ」
 彼等は気配が去った北の空を見つめた――――。

●デビル防衛線
 ――イギリス各地でデビルの出現報告が届くようになる。
 村や町で騒動を起こす事件もあるが、共通する点が一つ確認された。
 一部のデビルが北海に向けて収束しているらしい。
 裏付けるようにキャメロットより北で出現情報が多くなり、メルドン近隣に集中しつつあった。
「王よ。黙示録の時が近づいております」
 マーリンは静かに告げる。
「地獄のデビル共が動き始めています。静かに。だが確実にその爪を伸ばして参りましょう」
「北海の騒動が要因か元凶か定かでないが、デビルに集結される事は勢力拡大を意味する。北海のデビルと思われる男の早期探索と、北海付近に進軍するデビルの集結阻止が重要となるか」
 アーサー王は王宮騎士を通じてギルドに依頼を告げた。

「王宮からの依頼は北海に向かうデビルの早期発見と退治だ。我々は北で防衛線を張り、デビルと対峙する事になるだろう。既に向かったデビルを追っても仕方ない。今は僅かでも勢力を拡大させない為にも、冒険者勇士の協力を期待する」
 幸いというべきか、円卓の騎士により、北海のデビルと思われる男の探索依頼は出されている。王宮騎士団は北海地域に展開しており、日々出現し続けるデビルと奮戦中との事だ。
 つまり、冒険者達は最前線に陣を置き、デビルを探索、退治する事が目的となる。
「ここでデビルの動きを伝えよう」
 デビルの動向には大きく二つに分類された。
 北へ向かうデビルと、近隣の村や町に留まり、騒動を起こすデビルである。
 推測に過ぎないが、デビルにも嗜好というものがあるらしい。
 しかし、北海に向かわない保障はないのだ。

●若き騎士は想う
 冒険者ギルドに現れた王宮騎士が持ってきたのは、後続の部隊が到着するまでデビルから防衛線を死守するという依頼だった。
「キャメロットから北へ2日かかる村の近郊に陣を張り、交代までの3日間、持ち応えて欲しい。部隊はフレッドという男が指揮する」
 フレッドと知り合いの受付嬢は、僅かに首を傾げる。
「彼は確か18歳になったばかりですよね? まだ若いのに指揮官が務まるのでしょうか‥‥」
 どうやら受付嬢は指揮官=幾多の戦いを切り抜けた渋い男性騎士と思っている様だ。
 王宮騎士は硬かった表情を崩すと、くすりと笑った。
「まだまだ青臭い所が抜けないが、あいつは立派な騎士だ。堅物だが努力家だし、何より肝が据わっている」
「それを聞いて安心しました。戦うデビルの数と種類はわかっているのですか?」
 ホッとした様にそう尋ねる受付嬢に、王宮騎士は微かに表情を曇らせる。
「インプとそれを纏めるアクババと戦ってもらう事になる。アクババは1匹だが、手下のインプの正確な数はわからない。ただ、多数だという事は確かだ」
 アクババとは巨大な禿鷹の姿をしたデビルだ。羽根を広げると全長は4メートルに及ぶ。
 対してインプは鉛色の皮膚をした、蝙蝠の羽を持つ小鬼の様なデビルである。
 1匹1匹の戦闘力は大した事はないが、それでも一斉に襲われたら充分危険だと言える。
「この依頼の目的は敵の全滅ではなく、防衛戦線を守る事だ。3日間耐えてくれれば、敵を全滅できなくても構わない。くれぐれも無理はしないようにと付け加えておいてくれ」
 王宮騎士はそう告げるとギルドを後にしようとしたが、何かを思い出したかの様に振り返る。
「もう1つ。フレッドが血気に逸って己の限界を超えない様に留意して貰えるとありがたい。休暇から戻ってきてから少し様子がおかしくてな」
「わかりました。お任せ下さい」
 受付嬢は王宮騎士の背中を見送った後、依頼書を纏め始めた。

 その夜、フレッドは自室で愛用の剣を手入れしていた。
 出発までまだ日はあるが、その他の旅支度は既に終わっている。
 戦いに赴く時は、アリシアから誕生日プレゼントとして貰った純白のマントを身に着けていこうと思っていた。
(「‥‥迷うな。今は与えられた任務を無事に遂行する事が第一だ。共に行く仲間を1人たりとも失わない為、力を尽くさなくては」)
 様々な想いに掻き乱される己の心に、瞳を閉じて暗示の様に言い聞かせる。
 暫しの後に開かれる碧い瞳に宿るのは決意の光。
 窓を開けて月を見つめるフレッドは、凛々しい王宮騎士の顔をしていた。

●今回の参加者

 ea7244 七神 蒼汰(26歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ec2307 カメリア・リード(30歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4318 ミシェル・コクトー(23歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ec5171 ウェーダ・ルビレット(24歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec5609 ジルベール・ダリエ(34歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ec5629 ラヴィサフィア・フォルミナム(16歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

リース・フォード(ec4979

●リプレイ本文

●幕開け
 月夜に舞う1匹の天馬が小さな駐屯地に降り立つ。
「御雷丸、ここで待ってろ」
 七神蒼汰(ea7244)はペガサスを撫でると、見張りのカメリア・リード(ec2307)とフレッドの元へと急いだ。
「皆を起こしてくれ。もうすぐ奴等がやって来る」
 偵察を行っていた蒼汰が目にした1匹のアクババとそれに従う無数のインプ達が、間も無くここに現れようとしていた。
 2人が声をかけると、冒険者達はテントから飛び出してきた。
「大いなる禍いがやって参りましたのね‥‥どうか皆様に慈愛神さまのご加護がございますよう」
 祈りを捧げるラヴィサフィア・フォルミナム(ec5629)の肩に、ウェーダ・ルビレット(ec5171)の温かな手が触れる。
「月の光は私が背に隠します。安心して下さいね」
「ありがとうございます! ラヴィも見ない様に気をつけますわ」
 ラヴィは月の光を直接見てしまうと狂化してしまい、延々と歌い出すのだ。
「今、世の中に何が起こっているかはよぉ分からんけども、ここで俺らが踏んばらんかったら事態は更に悪化するちゅー事だけは分かるわ」
 蒼汰からレミエラの効果でソニックブームを放てる様になった剣を借り受けたフレッドは、ジルベール・ダリエ(ec5609)の言葉に真剣な面持ちで頷く。 
「辛い戦いになると思うが、くれぐれも無理はしないで欲しい。必ず全員で生きて帰ろう」
 全員の顔を見渡して熱く語るフレッドに、ミシェル・コクトー(ec4318)はくすっと微笑む。 
「隊長らしいお言葉です事。頼りになるかどうか、よく見極めさせて頂きますわ」
 意地悪な言い方だが、決して馬鹿にしているのではない。
「期待に応えられる様に尽力しよう。背中は任せたぞ」
 フレッドの言葉にミシェルはぷいと顔を背けてしまう。その頬は赤い。
「3日間、大事な人や場所の為に頑張ろ、皆」
 ジルベールの言葉に全員は様々な想いを抱きながら、力強く頷く。
「俺は遊撃に出る。フレッド、熱くなるなよ?」
 蒼汰はフレッドの背中を軽く叩くと、御雷丸に跨り天へと飛んで行った。
 遠くから微かな羽音と人のものではない鳴き声が聞こえる。
 そして闇夜の戦いが始まった────。

●苦戦
 2日目の夕暮れ。
 ラヴィの手料理が少し遅い昼食として振舞われる。
「カチコチになった体と心を温かいお食事で解して下さいましね♪」
「ラヴィはいい奥方になりそうだな」
 立ち上る湯気と食欲をそそる香りにフレッドは目を細める。
(「フレッドさまは任務を忘れるような方じゃありませんもの。大丈夫ですわ」)
 心の中でそう呟くラヴィ。
「‥‥私だってお料理は得意ですわ」
 一方、2人を見ていたミシェルは面白くなさそうに頬を膨らませる。
「それにしても頑丈にできたなぁ。これも設計が素晴らしいからやろな」
「いえいえ、皆さんが器用だからですよ〜」
 感心した様に陣地内の設計物を眺めるジルベールに、カメリアはほんわかと微笑む。
 冒険者やフレッドが持ち寄った材料で、即席だが中々に立派な陣地を築く事が出来た。
 緒戦は相手が様子見だったので攻めて来る数もそう多くはなく、アクババに至ってはこちらに近づいても来なかった。
 故に治療が必要な怪我を負った者もいなく、陣地内の物も壊されずに済んだのだ。
「ウェーダ殿、よく耐えたな」
「極力見ない様にしていましたから。夜の闇にも感謝ですね」
 蒼汰に答えるウェーダは大量の血を見る事と狂化して、あらゆる事に対して無感動になる。
 故意に仲間を傷つけたりはしないだろうが、範囲魔法に巻き込んでしまわないかが彼は怖かった。
「さて腹も一杯になったし、俺は偵察にでも‥‥」
 そう言い腰を上げた蒼汰の目に、茜色の空に浮かぶ無数の影が見えた。
 険しい面持ちの彼に全員が敵の襲来を感じ取る。
 戦い始めてからも、アクババがこちらにはやってくる気配は相変わらずなかった。
「高みから見物だなんて‥‥ウェーダさん!?」
 カメリアはウェーダの様子がおかしい事に気づく。彼の瞳は赤い光を放っている────狂化だ。
 夕暮れとは言え夜よりは明るい。加えて敵の数が昨日より多いので、運悪く血を流す無数のインプを目にしてしまったのだろう。
「2人とも、避けて下さいっ!」
 狂化により無感動になったウェーダが、インプ目掛けてアイスブリザードを唱えるのよりほんの一瞬だけ早く、カメリアはフレッドとミシェルに叫ぶ。
 前衛の2人は迫り来る吹雪を間一髪の所で交わした。
「‥‥消えろ」
 冷たい声音は聞こえなかったが、垣間見えた横顔にラヴィの胸は痛んだ。
 そして戦闘開始から数刻が経った頃、経験不足と体力のない者は徐々に敵の攻撃を防げなくなっていた。
「きゃあっ!」
「大丈夫かっ!?」 
 インプ達の攻撃をくらってその場に崩れ落ちるミシェルを抱きかかえたフレッドが顔を上げると、苦戦する後方の仲間の姿が目に飛び込んできた。
「貴様等、よくも‥‥」
 敵への怒りがある人物への怒りと重なり、爆発する。
 敵の攻撃を避けることもせずに、フレッドはソニックブームを放つのを止めて腰にあった銀の剣で力任せに敵を叩き切っていく。
「フレッドさん、前に出過ぎや!」
「何があったかは知らないが今は戦闘に集中しろっ! 全員で生きて帰るんだろう!?」
 ジルベールと蒼汰の叫びは、仲間を思うが故に我を忘れているフレッドを止める事は出来なかった。
 戦いの後、彼は激しい後悔と共に仲間に頭を下げるのだった。

●撃破
 朝焼けの中、フレッドはカメリアとウェーダの言葉を思い出していた。
『憎いデビルを倒す為と大切な人を守る為。この2つ、似ているみたいで全然違います。どっちの為に戦うのです?』
『焦ったら物事は悪化します。それに自分を守れない者に仲間は守れません』
 昨日の戦いは完全に押されていて、辛うじて追い払ったと言っても過言ではない。
 仲間の多くは傷を負い、ラヴィの魔力を温存する為にそれぞれが薬で治療したのだが、特に後衛3人を守っていたジルベールの傷は酷かった。
「‥‥痛みを胸に抱えて進み、そして誰かの為に斃れるのが騎士の定め。分かっていても、なかなか理想とは遠いですわね、お互い」
 1人思い悩むフレッドにミシェルは声をかける。
 昨日、口移しでフレッドに薬を飲まされた彼女だが、今は気恥ずかしさよりも彼を心配する気持ちの方が大きい。
「騎士の定め、か。俺は時々それがただのエゴではないかと思う時がある。遺された者はどうなるのかと‥‥」
 フレッドの脳裏に亡き友とその家族が浮かび上がったその時、敵の襲来を告げる声が響いた。
 駆けつけた2人に御雷丸がレジストデビルをかけていき、その隣ではラヴィがグットラックを唱えている。
「今日こそあいつを引き摺り下ろしてやろうぜ!」
 自らにエリベイションを唱えた蒼汰は、遊撃の為にインプ達の待つ空へと飛び立って行った。
 ラヴィの聖なる結界が完成するまでの間、カメリアはストームでインプを牽制し、ウェーダは詠唱に入る。
「お願いしますわ!」
 ラヴィに頷いたカメリアの高速詠唱ライトニングサンダーボルトとウェーダのアイスブリザードがほぼ同時に敵を襲う。
 吹雪と雷撃、そしてジルベールの矢によって多くのインプは絶命し、消滅していく。 
 蒼汰はブラインドアタックEXとシュライクで複数の敵を素早く撃破し、フレッドとミシェルは背中合わせに後衛の仲間を守る様に戦う。
 魔法で後方支援を行うカメリアとウェーダを敵の攻撃から守りながらジルベールは矢を放ち、最後列ではラヴィが懸命に魔導書「ゴエティア」+1を読み上げてデビル達の弱体化に貢献していた。
 だがその時、
「きゃあぁっ!」
 アクババは一瞬の隙を突いて物凄いスピードでラヴィに襲い掛かり、華奢な身体に爪を立てて宙に持ち上げたのだ。
 その巨躯が高く舞い上がる前にジルベールが羽根を射抜くと、アクババは悲鳴をあげてラヴィを放り出した。
「‥‥くっ!」
 咄嗟に落下する彼女を受け止めたウェーダの腕に、気絶しそうな程の痛みが走った。
「ウェーダ様、ごめん、なさい‥‥」
 腕と口元から血を流しながら、ラヴィはこの依頼は正直受けて欲しくないと言っていた兄リースにも、心の中で小さく謝った。
「誰か、薬をお願いします!」
 助けを求めるウェーダにカメリアは駆け寄り、ラヴィに薬を飲ませる。
 そして戦いに戻った彼女は狂化を防ぐ為に冷静さを保ちながら、地上に落ちたアクババを魔法で攻撃していく。
『ギャアァァッ!!』
 飛ぶ力を奪われたアクババは四方からの攻撃にさらされ、ジルベールに心臓を射抜かれて絶命する。
 インプを率いていたボスにしてはあっけない最期だった。
「大丈夫かっ!?」
 剣を放り出して駆け寄るフレッドに、ウェーダとラヴィは笑顔で応えた。

 あどけない寝顔をミシェルは慈しむ様に見つめていた。
「ほんのたまになら、甘えても良いかもしれませんわよ? フレッドたいちょ」 
 そっと撫でたフレッドの髪は、心地よい手触りで指の隙間から零れていった。
「皆が無事で何よりや。酒場で美味い卵エールでも飲みたいわ。なっ?」
「ジルベール殿が後方から広い視野で冷静に戦ってくれたから、討ち漏らしを防げた。ありがとな」
 蒼汰は微笑むと、帰還したら飲み明かす約束をするのだった。
「2人とも危なかったって知ったら、リースは大激怒ですね」
「ええ。だから2人だけの秘密ですわ」
 ウェーダとラヴィはお互いを見つめて微笑み合う。
「アイリスはあなたの事、とても心配してました。あの子も別の場で戦ってます」
 仮眠から戻ってきたフレッドに、カメリアは妹の想いを伝える。
(「アイリス、無事でいてくれ‥‥」)
 フレッドは胸元にあるお守りを握り締め、遠くの空を見つめた。

 全員の健闘により、防衛線の死守だけではなく敵の殲滅にも成功した。
 この戦いの成果はイギリスの未来に微かだが、確かな希望の光となるだろう────。