真冬が来る前に 

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 71 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月05日〜12月11日

リプレイ公開日:2008年12月15日

●オープニング

 目に沁みる様な木枯らしが吹く午後。
 ふわふわと風に舞う銀色の髪を、エディはぼんやりと眺めていた。
(「綺麗だ‥‥」)
 そう、思ったから。
「‥‥何か用なの?」
 陽の光にキラキラと輝く銀髪の持ち主レネにそう尋ねられ、エディは慌てて視線を逸らした。
「べ、別にっ!」
「そう。だったら1人にしてくれるかしら」
 エディは微かに赤くなった頬を誤魔化すかの様に、仏頂面を貼り付ける。
 だがレネは彼の様子を特に気にする事もなく、素っ気無く言い放った。
 遠くからシスター達と遊ぶ子供達の笑い声が聞こえる。
 さっきまでエディもその輪の中にいたのだが、姿が見えないレネが気になって探しにきたのだ。
「‥‥お前、何で皆と遊ばないんだよ?」
「1人が好きなの。騒がしいのは苦手だわ。‥‥それより、いつまでここにいるの?」
 レネは黒色に限りなく近い紫色の瞳でエディを見つめる。
「うるせぇ! オレはここにいたいからいるだけだ!」
 見つめられる気恥ずかしさと邪険にされたショックに、エディは眉を吊り上げて思わず叫んでいた。
「大きな声を出さないでちょうだい。耳が痛いわ」
 子供らしい感情の昂ぶりを見せるエディに対し、レネはまるで人形の様に無表情だった。
「っ! お前、本っ当につまんねえ奴だな。シスターにも心配かけやがって」
 レネが孤児院に連れて来られてから既に2ヶ月が経っていたが、子供達はおろか優しいシスター達さえ寄せ付けないでいた。
 掃除や手伝いなど言われた事はきちんとこなす。
 だが身の回りの世話等は自分で済ませ、シスターに甘えると言う事をしないのだ。
「それはどういう意味? 何だって自分でやっているわ」
「そういう問題じゃなくて、お前がそんなんだから心配してんだろ?」
「言っている事が抽象的過ぎてわからないわ。もっと具体的に話してちょうだい」
 レネは決して、意地悪で言っているのではない。
 エディはこの2ヶ月の間でそれを理解していた。
「だから、そのっ‥‥お前は何で笑わないんだよ? ここが嫌いなのか?」
 もどかしさにエディは頭を掻き毟る。
「好きでもないけど嫌いでもないわ。それに笑わないのは、よくわからないからよ」
「わからないって何がだよ?」
 エディがそう尋ねた時、吹き抜けた風に落ち葉がカサカサと飛んでいった。
「笑うのは楽しい時だって事はさすがにわかるわ。でも、楽しいっていつのがどう言う事なのかがよくわからないの」
「何だよ、それ‥‥」
 レネの答えにエディは言葉を失う。
 楽しいだなんて、頭で考えるものじゃない。
 まして誰かに教わるものでもない。
 自分が当たり前の様に感じる感情をレネが理解していない事に、エディはショックを隠しきれなかった。
 この告白をきっかけに、エディはレネの心からの笑顔を見たいと思う様になったのだった。 

 髪を優しく梳かされる感触にレネはゆっくりと目を閉じた。
 瞼に甦るのは大好きな母との思い出。
 次に優しかったアルマという女性と暮らした日々。
 身の周りの世話をシスターにさせないレネだったが、唯一シスター・フロリアにだけは毎晩髪を梳かしてもらっていた。
 大好きだった2人に会う為に。
「はい。できましたよ」
「‥‥ありがとう」
 至福の時間の終わりにレネは物足りなさを感じていたが、それを表情に出さずに礼を言う。
 優しく温かな笑顔を浮かべながら、フロリアはガウンをかけてくれた。
 そのまま抱きしめようとする腕をレネはさっとかわす。
「おやすみなさい。シスター・フロリア」
「‥‥おやすみなさい。いい夢を」
 フロリアの声を背中に聞きながら、レネは寝室へと向かった。
 抱きしめられる事は嫌いではない。
 だが、ここに初めて来た時に包まれたフロリアの胸があまりにも母と似ていて、温か過ぎたのだ。
 アルマとは違う温もりにレネは戸惑い、同時に強い危機感を感じた。
 レネはいつしかフロリアの温もりに慣れ、母の温もりを忘れてしまう事が怖かった。
 それはとてつもない裏切りだと思ったから。

 翌日。
 相変わらずレネは1人で遠くを眺めている。
 エディは自分が思いついた計画をフロリアに明かす決心を固めた。
「フロリア、ちょっといいか?」
「ええ、大丈夫ですよ。改まってどうしたのですか?」
「この前、シェダル達が遊びに来た事があったろ? あの時は冒険者達も一緒だったし、テントで寝たのがすっげぇ楽しかった」
 おねだりに慣れていないエディは、視線を落としてモジモジと体を揺らし出す。
「でさ、真冬が来る前にまた皆で同じ事がやりたいんだ。今回は夜だけじゃなくて、どこかに遠出してみたいんだけど‥‥ダメかな?」
 言いきった後でチラッと様子を伺うエディに、フロリアは優しく微笑む。
「素敵なアイディアですね。きっと皆も喜ぶと思います。ですが私達シスターだけでは不安なので、冒険者ギルドに依頼を出してみましょうか?」
「いいのか!? やった‥‥ありがと、フロリアっ!!」
 さっきまでの不安そうな顔はどこに行ったのか、エディは満面の笑みでフロリアに抱きつく。
 その頭を優しく撫でながら、フロリアは嬉しそうに口を開く。
「エディは優しくていい子ですね。レネの事を心配してこんなに楽しい計画を立てるだなんて」
「ちっ、ちげぇよ! オレは自分が遊びたいから言っただけだ!」
 フロリアからバッと体を離したエディの顔は真っ赤だ。
「それにオレはあんな可愛げのない女は嫌いだ! 気取りやがって、頭にくんだよ! それに‥‥」
 エディの必死な言い訳が終わるまで、フロリアは目を細めて彼を見つめていた。
 頑ななレネの心をエディが溶かす、そんな予感を抱きながら。

●今回の参加者

 ea4267 ショコラ・フォンス(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea5866 チョコ・フォンス(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ec1621 ルザリア・レイバーン(33歳・♀・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 ec4179 ルースアン・テイルストン(25歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ec5891 秋風 紅葉(25歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●小さな冒険の始まり
 暖かな日差しの冬の日、孤児院を訪れた冒険者4人の周りに、子供達が歓声を上げながら駆け寄ってきた。
「チョコお姉ちゃん、こんにちは!」
「あー、ショコラお兄ちゃんも一緒だー!」
 リオンはチョコ・フォンス(ea5866)に、エヴァはショコラ・フォンス(ea4267)に抱きつく。
 2人は以前この孤児院に訪れていて、子供達とは面識がある。
 その隣で2人の少女とお喋りをしているルースアン・テイルストン(ec4179)も同様だ。
「あたしね、お洗濯が上手になったんだよ!」
「まあ、偉いわ。マリナは綺麗好きですものね」
「私だって花壇のお手入れをしてるもん!」
「ナタリーもお利口さんね。後でその花壇を見せてくれるかしら?」
 3人と子供達が再会を喜ぶ中、孤児院に初めて訪れたルザリア・レイバーン(ec1621)は膝を付いて子供達1人1人の目を見て挨拶をしていた。
「私はルザリアという。よろしく頼む」
 優しい顔で微笑む彼女に、子供達は満面の笑顔で一斉に自己紹介をしていく。
 あちこちから聞こえる声にルザリアが困惑していた時、やんちゃそうな少年が現れた。
「いっぺんに言ったらわかんないだろ! ラルフから順番にもう1回ちゃんと自己紹介だ!」
「エディのいばりんぼ! ルザリアお姉ちゃんが綺麗だからってカッコつけちゃってさ!」
 リーダーであるエディに、ラルフを筆頭に子供達からぶーぶーと野次が飛ぶ。
「う、うるせぇっ!」
「‥‥あなたって信用がないのね」
 うろたえるエディの後から、銀髪の少女が姿を現した。
「初めまして。レネよ」
 ルザリアに挨拶をするレネに気づいたルーシーは、腰をかがめて微笑む。
「あなたがレネね。私の事はルーシーと呼んでくれると嬉しいな」
「わかったわ、ルーシー」
 素直にそう言うレネは無表情のまま。
 彼女を遠くから見ていたショコラはフロリアに声をかける。
「最近、レネさんを尋ねてきた男性はいませんでしたか?」
「いいえ。何かお心当たりがあるのですか?」 
「詳しい事は後でお話致しますね。宜しければこれをお役立て下さい」
 ショコラはフロリアに袋いっぱいの保存食と子供達の防寒具を手渡す。
「この前も頂いたのに、またこんなにたくさん‥‥ありがとうございます」
 瞳を潤ませて頭を下げるフロリアに、ショコラは笑顔のままで頭を振った。
 子供達が貰った防寒具を着る間、ルーシーは孤児院近辺の地理をシスター達に聞きながら、用意した白い布にインクで半日以内で行ける範囲の地図を描いていく。
「こっちは危ないから、迂回してこの林の近くを通るのはどう?」
「そうだな。この林でならリースの材料も見つかるだろう」
 チョコとルザリアは念入りにルートを確認していく。
 聖夜祭が近いので、冒険者達は皆でリースを作ろうと計画していた。
「よーし! 出発だ!」
 エディの号令に子供達は笑顔で「おー!」と声を上げる。今度は不満の声は上がらなかった。

●優しい時間
 行き当たりばったりで好きな道を進みながら、数人の子供は追いかけっこをしている。
 危ない所に行きそうになったら、冒険者達がさり気なく別の所へと誘導していたので問題はない。
 移動の間中、心配性のルザリアは警戒を怠らず、仲間も子供達に気づかれない様に周囲に気を配っていた。
「今夜の野営場所はここよ。力持ちの子はテントを張るのを手伝ってね」
「あい! ぼくもてつだう!」
「ディードはちっちゃいから無理よ」
「やだ! ぼくはおとこのこだもん! できるもん!」
 1番年下のディードとしっかり者のメアリの微笑ましいやり取りに、大人達の顔が綻ぶ。
「ではディードには紐を結んでもらおう。届かなければ私が抱き上げるから心配はいらないぞ」
 ルザリアの提案にディードはぱあっと幼い顔を輝かせる。
「今日と明日はショコラお兄ちゃんのご飯が食べられるの?」
「ええ。腕によりをかけて作りますよ。お手伝いしてもらえますか?」
「俺も手伝うよ! 作り方を覚えてシスター達に食べさせてやるんだ!」
 食いしん坊なアベルに微笑むショコラの服の袖を引っ張りながら、ケヴィンはにこにこと笑っている。
「では特別に、保存食を美味しく調理する方法を伝授しましょう。皆には内緒ですよ?」
 内緒という言葉に2人は顔を見合わせて微笑み合い、嬉しそうにショコラに抱きつく。
「私達は火を起こしますよ。皆で枝を拾いましょうね」
「よーし、誰が1番多く拾えるか競争だー!」
「負けないもんね!」
 ルーシーに褒めて貰おうと、元気一杯なモリスは勢いよく駆け出す。
 のんびり屋のフランクを慌てて後を追った。
「遠くに言っては駄目よ? 危ないから、私の近くにいてね」
 心配そうなルーシーに、2人は「ごめんなさい」と謝るのだった。
 野営の準備を終えて楽しくお喋りをする子供達。
 やがて漂ってきたおいしそうな香りに、全員が鍋へと集合する。
 ゆっくりと流れる温かな時間に、冒険者達の心は子供達への愛しさで満ちて行った。
「‥‥こうしてお姫様と王子様はお空から降りて、地上で幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
 夕食の後、全員はルーシーの語る星の御伽噺に耳を傾けていた。
「さあ、もうお休みの時間だ。‥‥良ければ私と一緒に寝ないか?」
 遠慮がちにそう尋ねるルザリアに、子供達全員が瞳を輝かせて押し寄せてきた。
「うん、いっしょにねんねする!」
「あたしもー!」
「僕が先だぞ!」
 予想外の嬉しい出来事に、ルザリアは困り顔を見せつつも嬉しそうだ。
「ルザリアばっかりずるいな。あたしと一緒じゃ嫌?」
「ううん! あたしはチョコお姉ちゃんと寝るー!」
「オレもー!」
 チョコの助け舟にルザリアは「ありがとう」と目配せをする。
 結局、子供達は見張りのショコラ以外の冒険者達それぞれのテントで寝る事となった。
「‥‥レネさん? 眠れないのですか?」
 ショコラはテントから出てきたレネに声をかける。
「ぎゅうぎゅうで狭いわ。ここにいていい?」
「ええ。構いませんよ」
 レネは毛布を羽織ったまま、ショコラの隣に腰を下ろす。
 そして数分もしない内に寝息を立てて肩へと寄りかかってきた。
「おやすみなさい‥‥」
 ショコラは彼女を起こさない様に、そっと膝枕をしてあげるのだった。

●微かな雪解け
 2日目の朝は林の近くまで移動し、皆でかけっこやかくれんぼをして遊んだ。
 思い切り身体を動かした後は一休憩し、ゆっくりと過ごす。
「ルザリアお姉ちゃん、遊ぼ?」
「むぅ、遊びか? そうだな‥‥草笛は知っているか?」
「うん! 聴かせてー!」
 ルザリアは少しだけ照れ臭そうに草笛を吹き始めた。
 チョコがプレゼントしたオカリナを楽しそうに吹いていた子供達は、ルザリアの音色に合わせる様に演奏を始める。
「なあショコラ。シェダルはどうしてるんだ?」
「この間お会いましたよ。相変わらずお元気そうでした」
 ショコラがにっこりと微笑むと、エディはホッとした様に鼻の下を人差し指で擦った。
「さあ皆、遠慮せずにどうぞ♪」
 昼食にはチョコ持参のエチゴヤ親父のパンが振舞われ、そのユニークな見た目に子供達は大はしゃぎだった。
 午後は全員でリース作りだ。
 まず林で植物の蔓や木の実、葉っぱを集め、その後は蔓を水に浸けて適度に柔らかくしてから輪状に纏めていく。
「私はピンク!」
「オレンジにしよっと!」
 赤い実が見つからなかったので、チョコの持っていた絵の具で木の実を好きな色に塗る事にした。
「オレのリース、カッコイイだろ?」
「‥‥綺麗な色ね。あたしの好きな色ばかりだわ」
 エディはレネの言葉に微かに頬を染める。
「仕方ないからお前のと交換してやるよ」
「‥‥これが気に入ったの?」
「ま、まあな! オレの次にいいと思うぜ」
 2人のやり取りをチョコは微笑ましく見つめていた。
「エディってわかりやすいわね。可愛い♪」
 自分の事は疎いくせに、人の事となると敏感なチョコである。
「今日は悪者をやっつける話がいいな」
「ふふっ。楽しみにしていてね」
 ルーシーの言葉に子供達から大歓声が上がる。
「今日は一緒に寝ようね、ルザリアお姉ちゃん」
「お腹を冷やさない様に気をつけて寝ような」
 ここでも心配性っぷりを発揮するルザリアだった。
「血が繋がっていなくても、一緒にずっと生活してたら、立派な家族だよね。こんな素敵な家族に出逢えて良かった。ね、兄様?」
 夜も更けた頃、フロリアにレネの兄の話を伝え終えて息をつくショコラに、チョコはそう尋ねる。
 優しい笑みで頷く兄に満面の笑みでチョコが身体を寄せた時、レネが昨夜と同じ様にテントから出てきた。
「‥‥またここで寝ていい?」
「いいですよ。おいで」
 彼女の言う『ここ』を理解し、ショコラは小さな頭をそっと自らの膝の上に乗せてあげた。
 チョコはぎこちなく甘えるレネに微笑むと、そっとその場を後にする。
「‥‥私、笑い方が良くわからないの」
「楽しい時や嬉しい時は自然と笑顔になるものです。無理をしなくていいんですよ」
 レネはじっとショコラを見つめている。
「大好きな人の事を考えると心が温かくなりませんか?」 
 その問いにレネは答えず、毛布を目深に被ってしまった。
 やがて微かな声で大切な人達の名を呼ぶレネの寝言が聞こえてくる。
 ショコラは起こしてしまわない様彼女の頭をそっと撫でる。
 その瞬間、毛布の隙間から見えたレネの顔は微笑んで見えた。

 冒険者達と別れた後、孤児院に13人の子供達を描いたチョコの絵が額に入れて飾られる。
 それを眺めながら、全員は『たくさんの人を愛せる人になってほしい』というルーシーの言葉を思い出す。
 そして冒険者達にはリースと子供達が作った指人形が贈られたのだった────。