【お兄様と私】哀れな復讐者

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月18日〜12月23日

リプレイ公開日:2008年12月26日

●オープニング

 
 傷つくのが怖くて本当の気持ちを口にしないのは、卑怯な臆病者だ。
 想いを込めて見つめれば伝わる筈だなんて、いつまで甘い幻想に逃げていれば気が済むのだろうか。
 
 そう解っていても、拒絶されるのは怖い。
 大人に近づく程、痛みに弱くなっていく。


 森の中にある廃屋でセラは独り月を眺めていた。
 人恋しい季節になったと思うのは、あの日に触れた温かさのせいだろうか。
 遠くから気づかれない様に眺めるだけだった彼女は、間近で見ると目を見張るほど可憐に美しく成長していて、どこから見ても立派な令嬢だった。
 自分とアリシアの人生は決して重なり合う事がないのだと実感させられた時、悲しみと共に認めたくないある感情が抑え切れない程に溢れ出てきた。
 思わず抱きしめた彼女の身体から伝わる、甘く柔らかい体温。
 自分につき続けてきた嘘が剥がれ落ちていくのを感じた時、知らない男の声がアリシアの名を呼んだ。
 その男の元へ行こうと抵抗する彼女に、嫉妬という名のどす黒い感情が自分を支え続けてきた嘘を硬く塗り固めていった。
「ちっ。縋る様な目をしやがって‥‥」
 数年ぶりの再会を果たし、復讐の炎はより強くセラの心の中で燃え盛る。
 あの時にもし望む答えを得られていたとしたら、彼女を許すつもりだった。
 その後に自分が取ったであろう行動を想像し、セラは自嘲的に眉を歪める。
「あんたはオレに苦しめられる道を選んだ。口先だけの嘘じゃオレは騙されないぜ。もう2度とな」 
 月を見つめ続けると人は狂気に囚われるという話を聞いた事がある。
 残酷な気持ちが増していくのを感じながら、セラは一欠けらの正気は手放さまいと月を睨み付けた。
「オレがオレでなきゃ意味がないんだよ。今度こそアリシアの‥‥‥‥る」
 最後の台詞は口の中で籠もり、音にはならない。
 冬の夜風に胸元の傷が熱く疼いた。


 セラの襲撃から数週間が経った。
 レミーは大分元気を取り戻し、エリックは一家の主として気丈に振舞っていた。
 心配なのは表情にこそ出さないものの激しい怒りの感情を抱えているフレッドと、以前と変わらない様子のアリシアだ。
 否、彼女は感情に蓋をしているに過ぎなかった。
「いってらっしゃいませ。お2人共どうかお気をつけて!」
 アリシアは仕事に旅立つ両親の頬に親愛のキスをすると、屋敷を離れていく馬車を見送った。
 馬車の中で、エリックはレミーの肩をそっと抱き寄せる。
「アリシアも1人になりたいのさ。あの日からずっと私達が心配そうにしていたから、息が詰まっていたんだろう」
「親が子供を心配するのは当然ですわ。それにあんな事があったのですもの」
 レミーは表情を曇らせた後、ふと何かを思い出したかの様にエリックを見上げた。
「今回の事は、私達にも責任があるかもしれませんわね」
「あの時の話をセラに聞かれていたのだろうな。だが恐らく彼は‥‥」
 語られるエリックの推測に、レミーは瞳に涙を溜めて頷くのだった。

 馬車が見えなくなった後、庭園へと足を運んだアリシアは木の枝に挟まった手紙を発見する。
 直感的に差出人を確信し、警備の男性に気づかれない様に懐へと仕舞う。
 屋敷に戻った日から、ロイエル家には24時間体制で数人の警備が常駐しているのだ。
 自室で目を通したそれはやはりセラからのもので、そこに書かれていた内容に、アリシアの心臓は止まってしまいそうなほど凍りつく。
 
『エイリークっていうガキを誘拐した。
 返して欲しければ会いに来い。
 そしてオレの復讐を受け入れて数年前の罪を償え』

 滲み出る感情は怒りよりも悲しみの方が強かった。
「セラ、どうしてこんな事を‥‥」
 連れ去られた時に、彼の目的は自分の命を奪う事ではないとわかった。
 それだけでは終わらないのだと。
 急に抱きしめられた時に耳元で囁かれた、殺したいほど憎んでいるという言葉が忘れられない。
「私を殺せばそこで終わりになってしまう。‥‥あなたの望みは私をずっと苦しめ続ける事ですのね」 
 それ程までに自分はセラを傷つけてしまったのだ、言葉という暴力で。
 彼が何よりそれを恐れていると解っていたのに。

『1人でも、前みたいにお友達をぞろぞろ連れてきても構わない。
 どっちにしても迷惑をかけるなら、あんたはどっちを選ぶんだ?』

 書かれている文章はアリシアの心を見抜いていた。
 1人で行けば心配してくれる人達を裏切る事となり、同行を頼めば巻き込む事になる。
 あの時の様にまた戦いになったらと思うアリシアの目に、宣戦布告の様な一文が飛び込んでくる。

『オレは1人であんたが来るのを待っている。
 逃げも隠れもしないし、人質に危害を加えるつもりもない』

 アリシアが気持ちを固めたその時、戦いから帰還したフレッドがノックの後に部屋へと入ってきた。
「ただいま、アリシア」
「‥‥お兄様! おかえりなさい!」
 アリシアはフレッドに思い切り抱きついた。
 優しい微笑みを浮かべて彼女の頭を撫でるフレッドは、その手の中にある手紙に気づく。
「それは?」
 問われたアリシアは無言でフレッドに手紙を手渡した。
 それに目を通し始めたフレッドの表情が、見る見る内に険しくなっていく。
「‥‥アリシア、会いに行く事はない。俺が行って来る」
 冷静さを装う声は怒りで震えていた。
「いいえ、私が行かなければエイリークさんは戻って来ませんわ」 
「エイリークも無事に取り戻してみせる。心配するな」
「‥‥セラを殺してですか?」
 アリシアの問いにフレッドは答えなかったが、重苦しい沈黙がそれを肯定していた。
 根源であるセラの命を奪えば、この復讐劇は幕を下ろす。
 それは最も簡単な方法だった。
 しかしそれではアリシアとセラの間にある問題は永遠に解決出来なくなってしまうのだ。
「お兄様、私はセラに謝らなければならない事あります。我が儘だと解っていますが、どうかこの願いを果たさせて下さい」
 あの夜に、別荘で嗅いだ血の匂い。
 経験した全てが怖くて、アリシアは未だに真実を見つめられずにいる。
 だがセラを殺そうとしているフレッドを止めなければと、きちんとセラと向き合わなければと、そう思わずにはいられなかった。
「‥‥わかった。だが俺も付いて行くぞ。それにセラが本当に1人とは限らない。ギルドで仲間を募っていくが、構わないな?」
 長い沈黙の後、フレッドは静かに口を開いた。
「ありがとうございます、お兄様‥‥」
 笑顔を見せるアリシアを、フレッドは複雑な表情で抱きしめた。
 兄の胸の中で、エイリークは無傷なのだとアリシアは自分に言い聞かせる。
 セラは決して約束を破らないと。


 一方、囚われたエイリークは、時が経つに連れてセラに対する恐怖心がなくなっていくのを感じていた。
(「誘拐されるってもっと怖いものかと思ってたけど‥‥大した事ないな」)
 こんなお気楽な事を思っているのも、常に見張られているが身体を縛られておらず、出される食事は味気ないものの毒は入っていなかったからだ。
(「身柄と引き換えの品が馬1頭だなんて拍子抜けだなぁ。でも、大金だったらお父様とお母様に迷惑がかかるから、ありがたいと思わなきゃ」) 
 彼は自分が誘拐された本当の目的も、セラとロイエル兄妹の関係も知らない。
 己の目的の為に人を騙して利用するセラ。
 復讐に身を窶す哀れな魂は、どの様な結末を迎えるのだろうか。

●今回の参加者

 ea4267 ショコラ・フォンス(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea5866 チョコ・フォンス(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea5936 アンドリュー・カールセン(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ec3680 ディラン・バーン(32歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 ec3876 アイリス・リード(30歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4115 レン・オリミヤ(20歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec4318 ミシェル・コクトー(23歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ec4979 リース・フォード(22歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

フィオナ・ファルケナーゲ(eb5522

●リプレイ本文

●追憶−アリシア−
 青でもなく、水色でもない、真っ白な冬の空。
 日が落ちるまでは曖昧に過ぎていく時間。
 セラに囚われたエイリークを救出に向かう10人の口数は少なかった。
「エイリークさんを無事に救出しなくては‥‥誰の笑顔も失いたくないというのは我侭でしょうか?」
 何度も何度もセラからの手紙を読んでいるショコラ・フォンス(ea4267)は、悲しみに顔を曇らせる。
「私もそう思っています。皆様にご迷惑をおかけしているのに、虫のいい話ですけれども‥‥」
 アリシアは小さな声で己の本心を口にする。
「あなたにとって、セラさんは大事な人ですか?」
 他のメンバーが野営準備に取り掛かっている事を確認したショコラは、アリシアにそう尋ねる。
「‥‥はい。とても大切お友達です」
 頷く瞳は不安に揺らめいていた。
(「哀しみ故に手を汚し続け、その罪をアリシアさんの所為にし己で背負う事も出来ない‥‥我侭で幼い、哀れな子供」)
 セラは救いと赦しに背を向けながらも、強くそれを求めているのではないかと思うアイリス・リード(ec3876)は、薪をくべながらフレッドに視線を移す。
 ディラン・バーン(ec3680)と共に力仕事をしている彼はいつもと変わらない様に見えたが、その心の奥に強い怒りの気持ちを押さえ込んでいるのだろう。
 それが殺意という形でセラにぶつけられるのがアイリスは怖かった。
(「アンドリュー、大丈夫かな‥‥」)
 テントを張りながらチョコ・フォンス(ea5866)は、単身でセラの元へ向かった恋人のアンドリュー・カールセン(ea5936)の身を案じていた。
「チョコちゃん、この子はむっつりだから夜中にテントに忍び込まれない様に気をつけてね♪」
「な、何を言う。自分はそんな事はしないぞ」
 見送りに来ていたフィオナに自分との事をからかわれて頬を微かに染めていたアンドリュー。
 だが2人きりになった時の彼は大胆だった。
「ア、アンドリュー?」
 深い口付けから解放され、顔を真っ赤にするチョコは強く抱きしめられる。
「‥‥お守り、確かに受け取ったぞ」
 それが先程のキスの事だと気づいたチョコは俯いてしまう。
「それと、ショコラ以外の男とはあまり話すな」
「えっ?」
「‥‥行って来る」
 聞き返すチョコに答えずに去っていくアンドリューの頬は赤く、残していった甘い束縛と嫉妬にチョコの顔は綻んでいた。
「あなたの王子様なら大丈夫ですわ。だってお強いですもの」
 チョコが何を考えているのか察したミシェル・コクトー(ec4318)は、にっこりと微笑む。
「ありがと。ミシェルの王子様の方が心配だよね」
「ええ、本当に腹立たしいですわ。甘える事もせずに1人で解決できると思っているだなんて‥‥」
 そこまで言いかけたミシェルの頬が薔薇色に染まっていく。
「ち、違いますのよ? 私はフレッドの事なんて、これっぽっちも心配じゃありませんわ! 頼ってくれなくて寂しいだなんて、思ってませんからね!?」
「ふーん。フレッドが自分の王子様だって事は認めるんだ?」  
 にやにやと笑うチョコに、ミシェルは照れているのか怒っているのかわからない表情で「違いますわ!」と抗議するのだった。
「フレッド、単刀直入に聞かせてもらう。セラを殺すつもりか?」
 愛馬ユリシスに積んだ荷物を降ろしているフレッドに、リース・フォード(ec4979)は厳しい面持ちで尋ねる。
「‥‥ああ。危害を加えてくるならな」
「そうならなければ、何とか殺したい気持ちを抑えられるって事だね‥‥俺も同じだ」
 リースはもう2度とアリシアを泣かせはしないと固く誓っていた。
「前回の事で、甘さや優しさが不要だという事がよく分かったよ。これ以上害を為すなら、俺はセラを殺す」
「いや、それは俺の役目だ。大切な仲間に人殺しをさせるわけにはいかない」
「気持ちは分からないでもないが、肩の力抜いていこう」
 リースはフレッドの肩をぽんと叩いた。
「世界で一番大事だからこそ、界で一番のアリシアの味方でいられる。どんな事があっても守ってやるって思えるだろ?」
「勿論だ。アリシアの為なら、俺はどうなっても構わない」
「だったら、まずは彼女がどうしたいのかを聞くべきだ。それから自分の気持ちとアリシアの願い、どちらを優先するのかを決めればいい。ま、フレッドがどっちを取るかは聞かなくてもわかるけどね」
 そう言いおどけるリースに、フレッドは微笑を見せる。
「ありがとう。リースは優しいな」
「言っとくけど、俺はこれでも怒ってるんだからね? 絶対に暴走は禁止! わかったね?」
 念を押しながらも、リースはフレッドが己の私怨だけでセラを殺さないと信じていた。

 夕食を終えた一同は、アリシアが8年前にセラとの間に何があったのかを話し出すのを待っていた。
「辛い話だろうが今のままではどちらが悪いとも解らない。彼に悪い事をしたと思っているなら、尚更皆の意見を聞いてみるべきだ」
「うん、あたしもそう思う。もうセラとアリシアだけの問題じゃなくなってるわ。迷惑かけてるなんて思わないでよ?」
 自らを案じるディランとチョコにアリシアは頷く。そんな彼女をフレッドは心配そうに見つめていた。
「‥‥ずっと、こうしてるから」
「ありがとうございます。心強いですわ」
 そっとアリシアの手を握るレン・オリミヤ(ec4115)に、アリシアはふわりと微笑んだ。
「皆様に詳しい事情をお話できないまま、巻き込んでしまって本当に申し訳ございません。お耳汚しな話ですが、どうぞ最後まで聞いて下さいませ」
 アリシアは全員の顔を見つめた後、深々と頭を下げる。
 そして8年目の事について話し出すのだった。


 初めて会った時のセラは、とても怖い目で2人を睨み付けていたらしい。
 嫌われてしまったのかと思った時、セラの頬に涙の跡を見つけて、きっととても悲しい事があったのだとアリシアは悟った。
 何があったのかを聞く事は子供心ながらに出来ないと思い、2人でセラを遊びに誘ったのだ。
 その日からずっと、村に来る度に3人は仲良く遊ぶ様になったという。
 だがあの日‥‥
「お兄様はお母様にお説教をされてますの。今日は先に2人で遊びま‥‥セラ?」
「フレッドに借りた剣だ。持ってみろ」
「‥‥ゴメンなさい。それは重いし‥‥怖くて持てませんわ」
「いいから、持てよ」
 セラは強引にアリシアに剣を持たせ、剣の柄を握る彼女の手を掴んだ。
「アリシア、オレの事を本当に友達だと思っているか?」
「勿論ですわ。どうしてそんな当たり前の事をお聞きになるの?」
 笑顔で頷くアリシアに、セラは悲しそうに眉を歪める。
「‥‥本当の事を言えよ」
「わ、私はセラとずっと仲良しでいたいし、いつまでも一緒にいたいと思っていますわ」
「嘘をつくなっ!!」
 微かな動揺を見せたアリシアの手を掴んだまま、セラが剣で自らの胸を切りつけたのと、顔を歪めて叫んだのはほぼ同時だった。
 ‥‥肌を切り裂くあの感触を、アリシアは今でも忘れられずにいる。
「セラ? セラっ!? た、大変、早く手当てをしないと‥‥そうですわ、お兄様ならきっと何とかして下さる筈‥‥」
 アリシアが混乱する頭でフレッドに助けを呼びに行こうと、セラに背を向けたその時。
「あんたも‥‥みたいに‥‥いくのか? そうやってオレを‥‥のか? 行くな‥‥行くなっ!!」
 途切れ途切れの悲痛なセラの叫びが聞こえた瞬間、アリシアの背中が焼ける様に熱くなった。
 その熱さは背中を切られたのだと気づいた時、アリシアは駆けつけたフレッドの腕の中にいた。
(「こんな事になったのは、きっと私が自分でも気づかない内にセラを傷つけてしまったからですわ。私が悪いなら‥‥謝らなくちゃ‥‥」)
 胸からは血を、瞳からは涙を流すセラにアリシアは謝ろうと口を開くが、声にならない。
 そして彼女が意識を取り戻したのはベッドの中で、セラは村から姿を消してしまっていたのだった。

●追憶−セラ−
 1人セラの元へと急ぐアンドリューはエイリークが囚われていると思われる廃屋を発見し、その周囲を注意深く観察する。
「‥‥伏兵が潜んでいる気配はなし、か」
 次にエイリークの無事を確認しようと、足音を立てない様にゆっくりと廃屋に近づく。
 朽ち果てつつある扉の前に立ち隠していた気配を解放すると、扉の向こうから凄まじいまでの殺気が伝わってくる。
「誰だ?」
「アリシアの誕生会に参加していた者だ。セラ、お前と話がしたい」
 疑惑に満ちた声に答え、アンドリューは扉が開くのを待った。
『僕を迎えに来た人ですか?』
『いや、オレの知り合いだ。すぐに戻るから逃げ出さずに待ってろよ』
『ちぇっ。わかりました、大人しくしてますよ』
 廃屋の中で交わされるセラとエイリークの会話は、優良聴覚を持つアンドリューに丸聞こえだ。
 誘拐されたというのに全く恐怖を抱いているとは思えないエイリークの声。
 微かな動揺と共に、アンドリューは彼の心身の無事を確認する。
「待たせたな。悪いがあんた1人で会いに来ても、あの坊ちゃんを返す気はない」
 漸く姿を現したセラはにやりと不敵に微笑んだ後、懐から鋭利な短剣を取り出す。
「何しに来た? 返答次第によっちゃ痛い目を見るぜ」
「そう警戒するな。自分は今武器を持っていない」
 アンドリューは鋭い視線を受け止めながら、武器を携帯していない事と敵意がない事を示す為に両手を挙げる。
 真意を探る様にアンドリューを見つめていたセラは、短剣を懐へと仕舞う。
「あんた程の腕前なら、オレを殺して人質を奪還するなんて造作もないだろう。何を企んでやがる?」
 決して他人を信じないぎらついた瞳がその深奥に隠すのは、臆病な弱い心。
 アンドリューは初めてセラに会った時、まるで昔の自分に対峙した様な感覚に襲われていた。
「お前には自分に近いものを感じる。‥‥いや、ほとんど似ているな」
 育った境遇や性格にシンパシーを感じ、アンドリューはセラを変えられないかと思っていた。
「奇遇だな、オレも同じ事を思ってたぜ。だがあんたとは違って、無くすものなんて何もないんだよ」
 アンドリューに寄り添うチョコの姿が‥‥確かな信頼と愛情で結ばれた幸せな恋人達の姿が羨望と共にセラの脳裏に蘇る。
「‥‥こうでもしなければアリシアは来ない、とでも思ったのか? 思った以上に臆病なのだな」
 心を殺してただ生きているだけだった、チョコと出会う前の自分。
 だが彼女と出会い、恋をし、その想いが叶った時、生まれ変われた様な気がしたのだ。
 孤独から抜け出せた己がいるからこそ、セラにも諦めて欲しくないとアンドリューは思う。
「臆病? 知った様な口を利くな! オレがどんな想いで生きてきたか知りもしないくせに!」
 挑発に乗って本心を露にしてしまったセラは、ハッと己の口を押さえる。
「お前が本当は何を望んでいるのか、自分にはわかる気がする。聞かせてくれないか、数年前に何があったのかを」
 自分を見つめるアンドリューは無表情で、その感情は読み取れない。
 だがセラは自分と似たこの男に、長い間胸の内に溜めて来た想いを打ち明けてしまいたいと思った‥‥きっと自分の命は、そう長くはないのだから。
 セラは絞り出す様な声で口を開く。


 生まれた時からセラには父親がいなかった。
 母親も妹夫婦に彼を預けて男と逃げてしまい、厄介者の彼は4歳の時から愛情を知らずに凍えた日々を送っていた。
 その頃からセラは誰にも名前を呼ばれなくなった。
 どうしても母親に会いたくなった彼は、出稼ぎに行くと言っていた町へ夢中で駆け出していた。
 そこで奇跡的に会えた母親は‥‥セラの事を全く覚えていなかったのだ。
 嘘をついているのではなく、彼の存在は記憶から無くなっていた。隣にいる夫とその子供の幸せな今に塗り替えられて。
 心が死んでしまいそうになったあの日、村に帰ったセラは2人に出会った。幸福に包まれた裕福そうな2人が羨ましくて憎かった。
「フレッドだ。仲良くしてくれ」
「始めまして! 私はアリシアと申します」
「‥‥セラだ」
「セラ、良かったらこれから一緒に遊ばないか?」
「面白い遊びを知っていたら教えて下さいませ、セラ!」
 だが2人は名前を呼んでくれた。
 あの日からずっと、セラの名前を呼んでくれた。
 それが彼にとってどんなに救いになったのか、今でも2人が知る由はない。

 だが悲劇はもっとも残酷な形で訪れる。
「嫌ですわ! セラと兄妹になんてなりたくないですわ! 絶対に嫌ですわ!」
 待ち合わせの時間まで待ちきれなくなって2人を宿屋まで迎えに行ったセラは、窓の外で聞いたアリシアの言葉に呆然と立ちすくんだ。
 アリシアは涙でぐしゃぐしゃの顔でレミーを睨み付けていた。
(「あんなに優しい顔で微笑んでくれたのに、大切な友達だって言ってくれたのに、本当はオレの事が嫌いだったのかよ‥‥)」
 涙が出てこない代わりに、自分を裏切ったアリシアへの憎しみが湧き上がってきた。
 もう2度と心を殺されたくなくて、セラは自分の正気を守る為に悲しみを憎しみにすり替える。 
 そして翌日、本心をアリシアに尋ねてみるものの、返ってきたのはいつもの笑顔とわかりきった嘘。
(「もう誰かに傷つけられるのは嫌だ‥‥こんな価値のないオレなんて、消えちまえばいいんだ!」)
 感情が爆発し、彼女が持っていた剣で己の胸を切り裂いた。
「あんたも母さんみたいに離れていくのか? そうやってオレを忘れて、誰かと幸せになるのか? 行くな‥‥行くなっ!!」 
 どうせ愛されないのなら、心と体に一生消えない傷を残してやろうと思った。
 目の前で壊れていくのなら、その前に全部自分の手で壊してしまいたかった。
 そこまでしておきながら、それでもセラの本心はアリシアに離れていって欲しくないと思っていた。
 矛盾する感情は暴力性となってアリシアに向けられたのだ。


 表情を崩さないながらも、アンドリューはセラの不幸な過去に胸を痛めていた。
「人が自分自身を認識するのって、名前を呼んでくれる存在がいるからだと思わないか?」
 セラは懐かしむような瞳をしていた。
「誰も名前を呼んでくれないと、本当は自分はこの世に存在しないんじゃないかって思えてくる。この体も自分にだけ見えて、透明なんじゃないかってな」
 その不安から救ってくれたのは、他でもないフレッドとアリシアだった。 

●迷−想うが故−
 玩具ではないとわかっている本物の剣を何故セラに貸したのかとショコラが尋ねると、友達だったからだとフレッドは答えた。
 誰かを、アリシアを傷つける事になるとは夢にも思ってなかったと。
 責めている訳ではないと微笑みながら、ショコラはやりきれない想いを抱えていた。
「あなたはアリシアさんの笑顔を守りたかったのではないのですか? セラさんを殺害すれば一生彼女の笑顔を見る事はできないと思います」
 ショコラはフレッドを呼び出し、己の気持ちをぶつける。
「私は‥‥あなたにただの人殺しになって欲しくないです」
「俺はアリシアを守る為なら誰かを殺す事は厭わない、そういう男だ。失望させてしまってすまない」
「嘘です。あなたは本当は迷っているのではないですか? 殺すという決意がセラさんに近づく度に揺らいでいるのではないですか? だってあなた達は友達だったのでしょう?」
 ショコラの強い言葉にフレッドは微かに身を震わせる。
「買い被り過ぎだ。俺はそんなに出来た人間じゃない」
 フレッドはそう呟くと、己の迷いと本心を言い当てたショコラに背を向けて歩き出す。
 言葉とは裏腹、信じてもらえる事が何より嬉しかった。
「貴女は心を痛め、身体的にも傷ついた。その過去をよく話してくれたな」
 ディランはアリシアの頭を優しく撫でる。
 あの襲撃から2人の距離は縮まり、ディランはアリシアに敬語を使わなくなっていた。
「貴女の話を聞く限りは、やはりセラが悪いと思う。だがそれでも謝りたいと思っているのだろう? もし許してくれなくても許してくれるまで、また改めて謝れば良い」
「ディランさん‥‥ありがとうございます」
 微笑むアリシアの頭を優しくぽんぽんと叩き、ディランは連れて来たグリフォンのレオに食事を与える為に席を立った。
「‥‥心配しないで。フレッドにセラを殺させないから」
 レンはアリシアの話が終わった後も、彼女を気遣う様に寄り添っていた。
「何があっても、私は2人の味方。約束する‥‥」
 レンの優しさにアリシアは瞳を潤ませて、その体に抱きつく。
 抱きつかれたレンは隻眼に優しい光を灯らせてアリシアの背中を摩っていたが、ふと心配そうにリースがこちらを見つめている事に気づく。
「‥‥王子様に交代」
 そう言い手招きでリースを呼ぶと、意味あり気に微笑みながら仲間の元へと戻っていった。
「リィ‥‥」
 アリシアは慌てて涙の浮かぶ目を擦り、リースを見上げた。
「レンに気を使わせちゃったね。ここ、いい?」
 リースの問いにアリシアはこくんと頷いた。
「ねえアリシア。本当の気持ちを隠して生きるなんて、悲しい事しちゃ駄目だよ」
 皆に迷惑をかけまいと思うあまり、1人で不安と戦っているアリシアが歯痒かった。
 過去の自分がそうだったらこそ、リースの想いは強く真実味を帯びている。
「迷惑ならかけられる為に俺達はいる。泣きたい時は子供みたいに泣けばいい。怒りたい時は怒鳴ったっていいんだ」
「ありがとう、リィ。でも私は大丈夫ですわ」
 かけられる優しい言葉に甘えてしまいそうになりながらも、アリシアは踏み止まる。
(「アリシア、ごめん‥‥」)
 頑なな態度に寂しさを感じながら、リースは心の中で小さく謝った。
 そして‥‥  
「いい加減いい子の振りは止めろよ。結局は誰にも嫌われたくないだけだろ?」
 思いもかけない冷たい言葉に、アリシアは凍りつく。
 だがこれはアリシアに本心を吐き出して欲しいと願うリースの優しさだった。 
「違いますわ、私は‥‥」
「じゃあ心の中にある気持ちをぶちまけてみろよ。いい子ちゃんには無理だろうけどな」
 馬鹿にした様な口調にアリシアの中の何かがぷつっと音を立てて切れた。
「リィにはわかりませんわ! セラに後ろめたい事があるから言いなりになるしかなくて、でもそうすれば大切な人達を傷つけてしまう。守りたいのに迷惑をかけるしかできなくて、セラの事も嫌いになれない‥‥」
 初めて目にする、泣いている様なアリシアの怒った顔にリースの胸は締め付けられる。
 その怒りの矛先は挑発をしたリースではなく、自分自身に向けられていた。
「‥‥頭の中がぐちゃぐちゃで、どうにかなってしまいそうですわ。でも正気を失うわけには行きませんの。そうすれば全てから逃げられて楽だけど、それ以上に皆を悲しませたくないから‥‥皆が苦しまない様に私が我慢すればいいんですもの。これが1番いい方法だって、どうしてわかってくれませんの!?」
 感情がコントロール出来なくなったアリシアは、リースの胸を何度も何度も叩く。
「でも、本当はリィの言う通りですわ。皆の為って言いながら、私は皆に嫌われたくなくていい子の振りをしているだけですもの‥‥」
 ぶつけられる想いの全てをリースは受け止める。
 醜さと弱ささえも愛おしく、守らずにはいられない。
「いい子でなんかいなくていい。どんなアリシアだって俺達もフレッドも絶対に嫌いになんかならないさ」
 気が付けば他者に触れる恐怖を忘れ、震える華奢な体を抱きしめていた。
「私もですわ。どんなリィだって、嫌いになりません。なれませんわ‥‥」
 アリシアはリースの胸の中で心と声を震わせるのだった。

●真実−崩れ落ちるもの−
 翌日、一同はエイリークが囚われている廃屋を訪れていた。
 手紙の通り、今回は仲間もおらずセラ1人の様だ。
「アンドリュー!!」
 廃屋から無事な姿を見せた恋人に、チョコは思わず抱きつく。
 再会を喜ぶ2人をアイリスは複雑な表情で見つめていた。
(「恋人のチョコが疑わないのなら、きっと本物でしょうけれど‥‥エイリークさんの場合は用心しないといけませんね」)
 前回の教訓とは言え、仲間を疑わなければならない状況にその胸は痛んだ。
「‥‥どういう事ですか? 何で皆さんが?」
 ややあって姿を現したのは、一同を不思議そうに見渡すエイリークだった。
「ご無事で何よりです」
 ディランは笑顔で彼の元へ駆け寄り、気づかれない様に彼が本物であるかを確かめる。
「詳しい事情は後で話します。お腹が空いているでしょう? フレッドの手料理がありますよ」
「えっ? またあの魚1匹が浮いているスープですか?」
 その料理はエイリークがロイエル家の別荘で修行をした時に振舞われたものだ。それを知っているので、本物だと思って間違いはないだろう。
「随分と疑り深いんだな。オレはアリシアに手紙で約束した筈だぜ」
 先に人質を解放し、余裕の表情でセラが現れる。
「セラ!」
 眉根を歪めてセラを睨み付けるフレッドの両腕にアイリスとレンが必死で抱きつく。
「2人とも、何を‥‥」
「お願いですから、早まった事はしないで下さい」
「‥‥殺すのは、ダメ」
 2人は狼狽するフレッドを行かせまいと、しっかりと手を繋ぐ。
「誰だ、そいつは? また新しい男を誑かしたのか?」
 セラが睨み付けている金髪の男性騎士は、禁断の指輪を使ったミシェルだった。
「そうやって嫉妬する所を見ると、彼女に恋をしている様にしか見えないな。君は約束の口付けが欲しくて、こんな大仰な事をしたのか?」
 ミシェルは男性口調でセラを挑発する。
「あんたらはどうしてもオレがアリシアに惚れてるって思いたい様だな。だがそんな甘っちょろい感情じゃないんだよ」
「ならば母親の温かさか。子供だな」
 ミシェルの言葉にセラは唇を強く噛み締めるものの何も答えない。
「事情はどうでもいいや。興味ないし。俺が気に入らないのは今の自分の有り様を誰かの所為にしてる事だ」
 それまで黙っていたリースは、低い声で口を開く。
「今のお前の姿は全てお前の考えや感情が築き上げたものだ。‥‥女の子泣かせて喜んでんじゃねぇよ」
 アリシアとミシェルを背に庇う様にして言い放す彼の姿は、凛々しくも頼もしい。
「‥‥あんたみたいに救いの手が差し伸べられるとは限らないんだよ。独りで立ち直れる奴なんているものか!」
 前回の問いかけで、リースも自分と同じ種類の人間だとセラは悟っていた。
「貴方みたいな境遇の者が他にもいると思う。でも自分で幸福になる努力はしたのかい?」
 ディランがセラに語りかけた時、
「甘ったれてんじゃないわよ!」
 チョコの声と共に、頬を打つ乾いた音が響く。
「人って話し合わなければ理解できない生き物でしょ? 嘘つかれて無視されて話さえしてもらえない事に比べれば、相手が向き合ってくれるのはすごく幸せな事なんだから!」
 涙を浮かべるチョコを、セラは動揺していた。
「チョコの言う通りだ。俺はセラと向き合わなければならない」
 フレッドの言葉に、レンはそっと手を離す。
「レンさん?」
「‥‥フレッドなら大丈夫」
 そう言いアイリスに微笑むレンは、フレッドを信じていた。
 力が抜けた一瞬の隙に、フレッドの手はアイリスからすり抜けていく。
「‥‥すまない」
 遠ざかる背中にアイリスの想いが爆発する。彼に間違った道を歩ませたくないという優しさが。
「貴方の剣は、憎い相手を殺す為の物なのですか? 大切な人も護る為ではなく? ご自身の恐怖を払いたいが為に、妹君に一生の枷を背負わせようというのですか!?」
 その言葉にフレッドの背中が揺れるが、振り返る事はなかった。
「1つ忠告しといてやる。正しさが人を救うとは限らない。人を追い詰める事だってあるんだよ」
 セラはアイリスを赤い瞳で見つめ、短剣を構える。
「好きにさせてあげましょう。怒りを溜め過ぎると、自棄になりますもの」
 ミシェルは尚も止め様とするアイリスを優しく制す。
 全員がフレッドの横顔を見つめると、その瞳は静かな光を放っていた。
「アイリスの言う事は正しい。彼女を責めるな」
 フレッドが腰の剣を抜いた瞬間、セラが襲い掛かってきた。
 剣と剣のぶつかる音が響く。
「‥‥彼は大丈夫ですね」
「ええ。お互いにこうする事しか出来ないのですから、つくづく男という生き物は不器用なものです」
 ぶつかり合うのが殺意ではなく怒りであると知り、ショコラとディランは2人の戦いを見届ける決心を固める。
「フレッドは本気じゃないね」
「当たり前ですわ。仮にも王宮騎士ですもの」
 リースの言葉にミシェルは誇らしげにフレッドを見つめる。
「ここに来る前、俺はお前を殺したいと思っていた」
「だったら本気で来いよ。殺してみろよ!」
「無理だ。お前の顔を見た瞬間、子供の頃の思い出が蘇ってきた‥‥友達を殺せるわけがないっ!!」
「とも、だち‥‥?」
 剣戟が止み、セラの剣が宙を舞った。やがてそれは地面に突き刺さる。
「今すぐに許す事は出来ない。だが俺はお前の本心が知りたい」
 フレッドは剣を仕舞い、呆然とするセラを見つめる。
「その前にセラと話をさせて下さい、お兄様」
 アリシアは決意を秘めた瞳でそう言うと、2人の元へと歩み寄った。
「セラ、あなたを傷つけてしまったのは私が嘘をついたからですのね。本当の事を言わせて下さい」
「‥‥言えるものなら言ってみろよ。私は大嫌いな相手を友達だって言える残酷な女です、ってな!」
「違いますわっ!」
「オレは聞いてたんだよ。あんたがオレと兄妹になりたくないって言ってたのを!」
「当たり前ですわ! だって私はセラの事が好きだったんですもの! 兄妹になったらセラのお嫁さんになれないんですもの!」
 アリシアの叫びに、隠されていた真実が明らかになる。
「何て事でしょう。自分の手で訪れようとした幸せを壊してしまっただなんて‥‥」
 アイリスの瞳から一筋の涙が零れ落ちる。
 幼い恋心が招いた、余りにも哀しい真実。
「何なんだよ‥‥何なんだよ、これはっ!!」
「セラ、ゴメンなさい‥‥」
 涙を流して謝るアリシアの体をセラは思い切り抱きしめ、人目も憚らずに慟哭するのだった。
 失くしてしまった初恋はもう2度と戻らない、そう思いながら。

 セラとアリシアが落ち着きを取り戻した後、エイリークに詳しい事情の説明とセラの身柄をどうするかの話し合いが行われた。
「罪を裁く為ではなく、彼が自ら贖う為に逃がす訳にはいきませんわ」
 でないと苦しみがずっと続く。尽きる事のない苦しみ、それを人は煉獄と呼ぶのだ。
 その優しさを押し隠し、ミシェルは気丈に言い放つ。
「わたくしも罪を償って欲しい、償うべき、と思います」
 アイリスは彼故に傷ついた多くの人々は、彼が自身の罪を自覚しない限り救われないと思う。
「この8年間で、あなたを支えてくれる人が現れていたなら‥‥いいえ、今からでも決して遅くはないと思います。今まで行ってきた罪は償うべきです。胸を張って生きたいと思うのなら手助けしますよ 」
 ショコラは言い聞かせる様にセラに語りかける。
 3人以外の仲間は、無理に逃がす必要はないが最終的な判断は兄妹に委ねている様だった。
「1つ聞いていい? アリシアが16歳になるまで8年間も待ったのは何故?」
「‥‥深い意味はない。16歳になったら結婚したいとアリシアが言っていたからだ」
 自分のした事を思えば許されない事だが、叶うならば再会したあの時に自分の素直な気持ちを伝える筈だったと、セラは心の中で呟く。
「そんな昔の事を覚えてるだなんて、案外律儀なのね。約束は絶対に破らないみたいだし」
 セラにアリシアの背中に残る傷を負わせた事と誕生会の日の事を謝らせたチョコは、彼の素直さに驚いていた。
 その顔からは険しさが消え、抱えていた憎しみと孤独から解放された様だった。
「皆さんにお願いがあります。今回はセラさんを見逃して頂けないでしょうか?」
 思いがけないエイリークの言葉に、全員は驚きを隠せずに彼を見つめた。
「セラさんにはやり残した事があるんです。それを見届ける為に僕が同行します。だから、どうかお願いします!」
「オレに利用されたくせに、なに言ってんだよ‥‥」
「あなたのした事は間違っているけど、でも僕はあなたを嫌いになれないんです。ほっとけないんです!」
 アリシアに叶わぬ想いを抱く者同士だから、という言葉をエイリークは飲み込む。
「勝手なお願いだとわかっていますが、私からもお願いします」
「俺からも頼む。心残りを持ったまま、罪を購わせたくはないんだ」
 アリシアの隣で頭を下げながら、フレッドはセラが罪を償う事は彼の死を意味すると理解していた。これまで彼がしてきた事を思えば死刑は免れないだろう。   
 3人に頼まれてしまっては、冒険者達が首を横に振る事は出来なかった。
「‥‥アリシアとフレッドがそれでいいなら」
「自分も異論はない」
「3人がセラを信じるなら、俺も信じるよ」
「エイリークさん、お守りは頼みましたよ?」
 レン、アンドリュー、リース、ディランはセラへと視線を移す。
 皆の優しい想いを感じ取ったセラは、地面に頭を擦り付けて咽び泣くのだった。

「終わったら連絡する。‥‥その時はあんたが裁きを言い渡してくれ」
 セラの想いに頷き、旅立つ2人をアリシアは見送る。エイリークの家族にはフレッドがうまく話をつける事となっていた。
 全てが終わった時に下される、死というセラへの裁き。
 彼の真なる願いは、その間際に明かされるだろう。
 逃れられない未来を知った兄妹の胸に、ある強い決意が芽生えようとしていた────。