はじめてのお料理

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月28日〜12月31日

リプレイ公開日:2009年01月08日

●オープニング

 
 頬に触れる空気が冷たい。
 ユーリはそれとは正反対の温かく心地よいベッドの中でまどろんでいた。
 大好きな母アーニャの匂いと温もりに包まれ、ささやかな幸福に身を委ねる。
「いつまで寝てるんだい、寝ぼすけユーリ?」
 穏やかな声に重い瞼を開けると、アーニャがとても優しい顔で微笑んでいた。
「ん、おかあたん‥‥おはよ‥‥ふあぁ」
 大きな口を空けて欠伸をするユーリのおでこに、アーニャは愛おしそうにキスを落とす。
「朝ご飯が出来たよ。早く食べないと覚めちまうから、ベッドから出ておいで」
 数ヶ月前の荒々しさが嘘の様な、優しい優しい声。
 ユーリは眠い目を擦りながら身体を起こし、そのままアーニャに抱きついた。
「おかあたん、おはよ! きょうもおいしいあさごはんをありがとね。ぼく、のこさずたべるよ」
「いっぱい食べて、大きくなるんだよ。あたしの可愛いユーリ」
 アーニャはユーリの小さな頭をそっと撫でる。
 素直に自分の気持ちを口にして伝える様になってから、ユーリは毎日幸せに笑っている。そしてその笑顔を見る度に、心の中は優しさと幸福に満たされ、ユーリへの愛情が溢れ出てくるのをアーニャは感じていた。
 注げば注ぐだけ‥‥いや、それ以上に返ってくるユーリの自分への純粋な愛情が、アーニャを柔らかく温かな母に成長させているのだ。
(「これも冒険者の皆のお陰だね‥‥」)
 アーニャは心の中で自分達を救ってくれた冒険者達に礼を言うのだった。

 翌日、机の上を整理していた受付嬢は、ぴょこぴょこと見え隠れする髪の毛に目を留める。
(「‥‥子供かしら?」)
 そう思い下を覗いてみると、必死に背伸びをしている小さな男の子と目が合う。
「あら坊や、どうしたの?」
「こんにちは! ぼく、ユーリっていうの。あのね、ここでおねがいごとをすれば、ぼうけんしゃしゃんがなんでもかなえてくれるって、ほんと?」
 小さなユーリの言いたい事を理解し、受付嬢はにっこりと微笑んだ。
「ええ、本当よ。ここでのお願い事は依頼って言うの」
「いやい?」
 首を傾げながら舌足らずで繰り返すユーリは、思わず抱きしめてしまいたいほど可愛らしい。
「そうよ。ユーリは何かお願い事があって来たのかしら?」
「うん。あのね、おかあたんにおりょうりをつくってあげたいの。でね、ぼうけんしゃしゃんにおてつだいしてほしいんだ」
 微笑ましい依頼に受付嬢は顔を綻ばせながら、依頼主のユーリにも読める様に大きな字で依頼書を書いていく。
「作りたいお料理のリクエストはある?」
「んとね、あったかくて、おいしくて、かわいいおりょうりがいいな。おかあたんはおんなのこだもん、ぜったいにかわいいがいい!」
 温かくて美味しいならわかるが、可愛い料理とは一体どの様なものだろうか? それにどうやら、依頼主であるユーリも気に入らなければならないらしい。
 受付嬢は暫し考え込んだ後、妙案を思いつき顔をぱっと輝かせる。
「ねえユーリ、作るだけじゃなくて、冒険者さん達と一緒にお料理のアイディアを考えるのはどうかしら? あなたが一生懸命どんなお料理にしようか考えたって知ったら、お母さんはとっても喜ぶと思うな」
 その言葉にユーリは頬を薔薇色に染めて瞳を潤ませ、大興奮でこう叫ぶのだった。
「ぼく、がんばる! せかいでいっこだけ、おかあたんのためだけのおりょうり、いっしょうけんめ、かんがえるよ!」
 ユーリの話によると、どんな料理にも応用できる野菜は常備されているらしい。
 あまり高価ではない鳥肉や魚なら、材料として購入しても家計を圧迫しない筈だ。
 寒さの厳しい季節となったので、煮込み料理やスープなどが喜ばれるだろう。
「おかあたん、よろこんでくれるかな? いっぱいたべてくれるかなぁ? ‥‥あっ」
 ユーリは生まれて初めての料理にワクワクと小さな胸を高鳴らせていたが、ふと心配そうな顔で受付嬢を見つめ始めた。
「どうしたの?」
「あのね、ぼく、おかねもってないの。おかねがなかったらいやいだせない?」
 しゅんとするユーリの頭を撫でると、受付嬢は笑顔で頭を振った。
「お金がなくても大丈夫よ。ユーリのありがとうって気持ちがあればいいの」
「ぼくの、ありがとのきもち? ‥‥うん、それならあげられる! ぼく、ちゃんとあげられるよ!」
 にこにこと笑うユーリは、彼なりの報酬を思いついた様だった。
 ありがとうの気持ちがいっぱい詰まった、とっておきのお礼を‥‥。

●今回の参加者

 ea4626 グリシーヌ・ファン・デルサリ(62歳・♀・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea5380 マイ・グリン(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb5463 朱 鈴麗(19歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb7208 陰守 森写歩朗(28歳・♂・レンジャー・人間・ジャパン)
 ec5629 ラヴィサフィア・フォルミナム(16歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●素敵なメニュー
 自宅に訪れた冒険者達の自己紹介を真剣に聞いていたユーリは、ぺこりとお辞儀をして嬉しそうに微笑んだ。
「ぼうけんしゃしゃん、ぼくのいやいをうけてくれてありがと! いっしょけんめがんばるからね」
「まぁ、なんて可愛らしい依頼主さまでしょう! ラヴィも一生懸命頑張りますのでユーリさまも頑張りましょうね♪」 
 可愛らしい挨拶にラヴィサフィア・フォルミナム(ec5629)はふわりとした笑顔を見せた後、ユーリの頭を優しく撫でる。
「お母さんを喜ばせたいのですね、お手伝い致しましょう」
「アーニャ嬢に喜んで貰える様、一緒に頑張ろうではないか」
「うん! ぼく、がんばるっ!」
 陰守森写歩朗(eb7208)と朱鈴麗(eb5463)の励ましに、ユーリは小さな両手をキュッと握り締め、こくこくと頷く。
「‥‥まずはメニュー作りからですね‥‥ユーリさんのご希望は、温かくて美味しくて可愛い料理、でしたか‥‥」
 マイ・グリン(ea5380)はそう言うと、机の上に考案したメニューを書いた羊皮紙を広げ始める。
「‥‥色々と悩んだ結果、私はこの3種に落ち着きました。‥‥もう少し大きくなったユーリさんが1人で作る事の出来る物ならば、お母様が口に出来る機会も多いと思いますし」
 羊皮紙に書かれているのはシンプルなパン、星型やハート型の野菜入りのスープ、そして同じ形に焼かれたクッキー。
「マイさま、そのお料理にラヴィが作ってきた型抜きを使って下さいませ♪」 
 袋から出てきたのは星型やハート型だけではなく、お花や兎の形をしたラヴィお手製の木製型抜きだ。
「これ、すごくかわいいよ! ラビおねえたん、すごいねぇ」 
 1個1個を手に取りながらユーリは大興奮だ。
「こういうお手伝いは大好きです、頑張ってお母さまに喜んで頂きましょうね。わたくしのアイディアも気に入って頂けるといいのですけれど‥‥」
 慈しむ様な瞳でユーリを見つめていたグリシーヌ・ファン・デルサリ(ea4626)も、この日の為に考えてきたアイディアを披露する。
 蕪と人参の煮込みスープと、野菜やお肉を卵で包んだオムレットというノルマンの卵料理だ。
「オムレットはふわふわで美味しいですよ」
「おみゅれっと? ぼく、たべてみたい!」
 未知の料理に興味津々のユーリに気づかれない様に台所を観察していた森写歩朗は、ふうと小さく息を吐いた。
「ここでパンを焼くのは無理みたいですね‥‥」
「なら買ってくればよいではないか。パン料理はわらわの案を採用すればよい」
 鈴麗はにっと笑うと、薄く切ったパンに様々な具材を乗せて巻く自身のアイディアを推すのだった。
「どれもかわいいからなやんじゃうなぁ。でもぜんぶはつくれないし‥‥」
 最後に出された森写歩朗のパンケーキや、クレープというノルマンのお菓子が書かれた羊皮紙と睨めっこをしながら、ユーリはうーんと唸り悩んでいる。
 そして‥‥
「きめた! パンはりんれーおねえたんの、スープはラヴィおねえたんのかたぬきやさいの、おかずはグリおばあちゃんのおみゅれっと、デザートはしんじゃぶろおにいたんのくえーぷと、マイおねえたんのかわいいクッキーにする!」
 幼いながら全員の意見を取り入れたユーリに、冒険者達から笑顔と拍手が送られるのだった。

●幸せの味
 2日目の予行練習はユーリが色んな食材を引っくり返したり、ついついつまみ食いをし過ぎておねむになってしまいお昼寝中断があったりとアクシデントに見舞われたが、怪我をする事無く1日を終えた。
 今日はいよいよ本番である。
「薄く、薄く‥‥無くてもまあ、良かろう」
「おなかいっぱいたべられそうだね」
「うむ。何せわらわも料理はあまり上手く無いからの……内緒じゃぞ?」
「うん! ひみつー!」
 鈴麗のウインクにユーリは顔を綻ばせると、覚束ない手つきで具材を乗せたパンを巻いていく。
「包丁はラヴィが使いますから、お花のにんじんさんをお願いしますわ」
「それはもうできたよ! だからこんどはうしゃぎしゃんをつくるね。‥‥あう、おみみがかけちゃった」
「あらあら。こうすれば‥‥ほら、くまさんに大変身! スープからひょっこりお顔を覗かせたら可愛いですわ♪」
「すご〜い! こんどはじょうずにうしゃぎしゃんをつくるね!」
 まるで魔法の様なラヴィ包丁遣いに、ユーリはキラキラと瞳を輝かせる。
「‥‥上手に伸ばせましたね。‥‥型抜きが終わったら、この様にして余った生地をもう1度練り合わせましょう」
「えへへ。すてちゃったらきじさんがかわいそうだもんね、ちゃんとたべてあげなきゃ」
「‥‥ユーリさんはいい子ですね。‥‥綺麗に並べて終えたら、焼き上げますよ」
「あい! クッキー、おいしくできますように!」
 マイは調理中はどこか一手順を重点的に任せるより、各手順毎にゆっくりと手本を見せて、ユーリが全手順に加われる様に気を配っていた。
「調味料はほんの少しだけで十分です。料理に慣れてくるまで、何でもかんでも入れてはいけませんよ?」
「‥‥あ、ごめんなしゃい。おしおがドボッてはいちゃった」
「大丈夫。濃くなってしまったら、水で薄めましょう。でも肉や野菜の旨みも薄まってしまいますから、小まめに味見をして調節できるようにしましょうね」
「あい! つぎはきをつける!」
 素直なユーリに森写歩朗は微笑みながら、クレープの準備に取り掛かる。
「余ったお野菜と玉葱を細かく切ったら、お肉も卵と馴染む位に細かくします‥‥ユーリさん?」
「‥‥たまねぎがめにしみるよぅ」
「まあ大変! 向こうで休んでいて下さい」
「ううん! おめめがいたいけど、おかあたんのためならこんなのへっちゃらだよ!」
 ユーリは真っ赤な目でグリシーヌに微笑むと、必死にオムレット用の卵を掻き混ぜる。
 ここまでは大失敗のないユーリだが、クッキーの生地に薄い部分があったのか、数枚が焦げてしまった。試しに齧ってみるものの、甘さはなく苦さのみが舌の上に残る。
「しっぱいだぁ‥‥」
「‥‥おいしい料理を作る為に一番必要なのは、振る舞う方においしく食べて貰いたいという気持ちですから。‥‥ユーリさんの気持ちは、必ずお母様に届きますよ」
「えぐっ、えぐっ‥‥マイおねえたーん!!」
「‥‥料理は失敗しなければ上手になれないのですよ。‥‥だからこれからもお母様の為にお料理を作り続けて下さいね?」 
 子供と料理を学ぼうとする人に親切なマイは、泣きじゃくるユーリを優しく抱きしめた。
 
 数時間後、帰宅したアーニャはご馳走と冒険者達を目を丸くして見つめていた。
「これはどうしたんだい?」
「ユーリさんが全部お手伝いして下さったのですよ」
 グリシーヌは微笑みながら、アーニャの為に美味しい料理を作りたいとユーリがギルドに依頼を出したのだと告げる。
「きょうはぼくがおかあたんにごちそうするの。ぼうけんしゃしゃんたち、みんなおりょうりじょうずなんだよ!」
 得意げに鼻の下を擦った後、ユーリはアーニャの手を引いて椅子に座らせる。
「こんなに豪華な料理をお前が?」
「うん! メニューもみんなといっしょにかんがえたんだよ」
「わらわ達の案をユーリ殿が纏めてくれたのじゃ。優しい子を持ってそなたは幸せ者じゃな」
 鈴麗の褒め言葉を聞いたアーニャは、はにかむ様に微笑む。
「さあ、お料理が冷めてしまわない内に頂きましょう」
 グリシーヌの言葉に全員は鈴麗が花とテーブルクロスで装飾した食卓につく。
 可愛らしい様々な形の野菜と鶏肉のスープは心まで温まる優しい味で、綺麗な楕円形のオムレットにはソースで『だいすき』の文字が書かれ、たくさんの具を巻いたパンはボリューム満点だ。
「しんじゃぶろおにいたん、これなぁに?」
「これは少量のスープでお肉を炒めて、塩で味付けをしたものです。簡単ですが立派な一品でしょう?」
「なんでもおりょうりにしちゃうんだね! すごいなぁ」 
 食材を残さず料理にする事は、命あるものを頂く上でとても重要である。
「デザートもこんなにあるのかい?」
 満足そうにお腹を摩るアーニャは、マイが運んできたデザートに目を丸くする。
 丸く焼かれたパンケーキには甘いジャムが添えられ、クレープには薄く切った林檎とベリーの上から蜂蜜がかけられている。どちらの彩りも美しい。
「おいしいね、おかあたん!」
「そうだね。甘い物を食べたのは久しぶりだよ」
 笑顔の2人を冒険者達は温かい眼差しで見つめる。
「ふふっ。ユーリさまはお母さまが大好きですのね♪」
 持参したローズティの上品な香りが立ち込める中、ラヴィは心の中で大好きな2人の母を思い出す。 
「‥‥私も小さい時に家族に食べて貰おうと料理を作って‥‥、不味い不味いと笑いながら食べたのは良い思い出ですけれど、ユーリさんの初めてのお料理は大成功の様ですね」
 マイはエチゴヤ親父のパンの箱にクッキーを入れ、ユーリに手渡す。
「クッキーだよ。いくつかこげちゃったけど、これもぼくがつくったの」
「ありがとう、ユーリ。よく頑張ったね」
「えへへ。うれしい?」
「当たり前じゃないか。とってもとっても嬉しいよ。皆もこの子の願いを聞き入れてくれて、本当にありがとう。まるで夢の様なご馳走だったよ」
 アーニャは目を細めて微笑むと、冒険者1人1人に頭を下げるのだった。
 
「これはラヴィからの頑張ったで賞ですわ♪」
「わぁ、ありがと!」
 2つのクリスマスキャンディを笑顔で受け取ったユーリは、棚から5枚の似顔絵を取り出した。  
「あのね、これはみんなへのありがとのきもちなの」
 子供ながらの自由さの中に、1人1人へのありがとうと大好きの気持ちがいっぱい籠められていた。
 そして次の日から、ユーリは毎日台所に立ってお手伝いをするのだった────。