【ロイエル家と双珠】王子様狂想曲

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:01月14日〜01月19日

リプレイ公開日:2009年01月22日

●オープニング

●あるお嬢様の思惑
 ソワソワと落ち着かないミシェル・コクトー(ec4318)に気づいたヒルケイプ・リーツ(ec1007)は、彼女らしからぬ様子に小首を傾げる。
「ミシェルさん? どうしたんですか?」
「ど、どうしたって、何がかしら?」
「ミーちゃん、挙動不審過ぎよ」
「‥‥うっ。な、何でもありませんわ!」
 マール・コンバラリア(ec4461)にも指摘されてしまったミシェルは、1年前にロイエル家で開かれた聖夜祭のパーティーの事を思い出しているだなんて、口が裂けても言えなかった。
 うっかりそんな事を口にすれば、乙女達に質問攻めにされるに決まっている。
(「あの時は私もまだ駆け出し冒険者でしたけど、今は光栄にも王宮騎士見習い。肩を並べるまでは行かなくても、その距離は縮まった筈ですわ」)
 初対面のレミーと恋の嵐を起こそうと画策したのも、アリシアに友達だと言われたのも、乙女心を全く分かっていないフレッドと踊り不覚にも少しだけドキドキしてしまったのも、今となっては良い思い出である。
「‥‥もしかして、去年の事を思い出してた?」
 レン・オリミヤ(ec4115)の鋭い質問に、ミシェルは小さなむ‥‥可憐な心をどきりと高鳴らせる。
「違いますわ! 私は別にあの時のフレッドの事なんて、これっぽっちも思い出してなんか‥‥」
「フレッドさま、こんにちは!」
 必死で言い訳をするミシェルは、嬉しそうに弾むラヴィサフィア・フォルミナム(ec5629)の声にソファから飛び上がる。待ち人が姿を現したからだ。
「よく来たな、ラヴィ。皆も久しぶ‥‥うわっ!」
「初めましてフレッドさん! ミリアでーす!」
 乙女達に笑顔を向けたフレッドに、はぐはぐ娘のミリア・タッフタート(ec4163)は勢いよく抱きつく。老若男女初対面問わず、これが彼女の挨拶なのだ。
「よ、よろしく、ミリア」
「うん! 仲良くしてねー♪」
 ミリアを抱き止めたままのフレッドに、ミシェルのやきもち心とほっぺが膨らんでいく。
「‥‥フレッド、いつまでそうしているつもりかしら? ミリアさんもはしたなくてよ」
 ミシェルはつかつかと2人に歩み寄ると、問答無用でべりっと引き剥がす。
「あらあら、ミーちゃんったらやきもち?」
「えっ!? そうだったんですか?」
 小悪魔スマイルを浮かべるマールに、ヒルケは口元を押さえながらミシェルを見つめた。友達の微かな恋心を知り、その瞳はキラキラと輝いている。
「こほん。フレッド、今日はあなたにお願いがあって参りましたの」
 咳払いをしてそう切り出した後、ミシェルはフレッドの顔をチラッと伺う。
「俺に出来る事なら喜んで聞かせてもらおう。背中を預けて戦った、他ならぬミシェルの頼みだからな」
「戦場に咲いた恋の花ね。素敵だわ♪」
「マールさんっ!」
 茶化すマールにミシェルは悲鳴の様な声を上げる。
「ふふっ。あの時のお2人は、とても信頼し合っている様に見えましたわ。‥‥あ、そう言えばあの時、ミシェルさまはフレッドさまに口うつ‥‥むぐっ」 
「ラヴィ、それをマールさんに知られたら大変な事になりますわ」
 ミシェルが慌ててラヴィの口を押さえるものの、時既に遅し。
「2人ってもうキスしたんだ? やるぅ☆」
「「なっ!!」」
 にこにこと笑顔のマールに、ミシェルとフレッドは顔を真っ赤に染める。思わず顔を見合わせた瞬間、お互いの柔らかい唇の感触が蘇ってきた。
「ち、違うんだ! あれは負傷したミシェルを助ける為に止むを得なくだな!」
「そうですわ! キ、キスなんかじゃありませんの!」
「ミーちゃんとフレッドさんはラブラブなんだね♪」
 2人の弁解もミリアの一言で無駄になってしまう。
 そこからはラヴィも巻き込んで5人で「キスだ」「キスじゃない」のエンドレストークである。
「‥‥レミーに話した方が、きっと早い」
「そうですね。行きましょうか」
 レンとヒルケはわいわいと騒ぐ5人を残し、レミーの私室へと向かった。
「まあ、仮装パーティー? 面白そうですわね♪」
 ミシェルの代わりに2人がレミーに「ロイエル家で仮装パーティーを開きたい」と伝えると、レミーは2つ返事で承諾してくれた。
「ただのパーティーじゃなく、王子様を見つける目的もあるのですが‥‥」
「王子様? 誰のですの?」
「シエラとシルフィって言う姉妹。ハーフエルフの‥‥」
 ヒルケとレンの話を聞いたレミーは暫し考え込んだ後、にこっと微笑んだ。
「わかりましたわ。知り合いのハーフエルフの独身男性を何人かご招待しましょう。恋人になれるかは本人達次第ですけどね」
 広い交友関係と偏見のない心を持つレミーに、2人は笑顔で感謝の気持ちを伝えるのだった。
 
 そして数日後、6人の乙女達はシエラとシルフィの元を訪れていた。
「シエラさんっ! シエラさんですの!?」
「何するんだよ! 毛を引っ張るな!」
「た、確かにシエラさんね。スクリーマーを食べ過ぎて、身も心もスクリーマーになったとお聞きしましたのに、お変わりありませんこと」
 がしがしわしわしとシエラの頭をぐちゃぐちゃにしていたミシェルは、照れ隠しにむすっとした顔で今度は優しく頭を撫でる。 
「‥‥そんな無茶苦茶な事を言って、一緒にきのこ狩りに行けなくて寂しかったんだろ?」
「いいえ! ちっとも羨ましくなんか無いですわ! きのこ料理を振舞いたかっただなんて思ってませんから!」
「まあ、ミシェルさまはお料理もお得意ですのね。是非ご馳走して頂きたいですわ」
 唯一『魔の料理』を知らないラヴィは、無邪気に恐ろしい事を口にする。その威力はジャイアントトードを1発で死に至らしめた程なのだ。
「ふふっ。私の手料理はその内、ね。それよりも、今日はお2人をロイエル家で開く事になった仮装パーティーに招待しに来ましたの」
 得意げに微笑むミシェルに、数人は心の中で激しく突っ込むのだった。
「フレッドさんやアリシアさんのお家でですか? 貴族のお屋敷にお邪魔するだなんて、初めてです」
「すごく素敵なお屋敷よ。シルフィちゃん好みのインテリアだったしね♪」
 マールは頬を薔薇色に染めるシルフィの肩に留まり、可愛らしくウインクをする。 
 すっかり乗り気のシルフィとは対照的に、シエラは面倒臭そうに息を吐いた。
「仮装パーティーだなんて、またお前達に変な格好をさせられるに決まってるじゃないか。あたしはドレスなんて着ないぞ」
 すっかり自らが貧乏くじ引き且ついぢられキャラと認識しているシエラである。
「‥‥レミーの手料理、とてもおいしい」
「レミー?」
「フレッドさんとアリシアさんのお母様ですよ」
 シエラを釣る餌を蒔いたレンを、ヒルケはさりげなくフォローする。
「おいしいお料理が食べられるだなんて楽しみだねー♪ ね、シエラさんも行こうよ!」
「そうだな。貴族の家庭料理を腹いっぱい食える機会はそうそう無いか」
 着飾られる煩わしさよりも、旺盛な食欲が圧勝したらしい。
「準備期間は2日間ですわ。素敵な仮装を致しますわよ!」
 双珠の王子様を見つけるという野望を胸に秘め、ミシェルは高らかに宣言するのだった。
 こうしてロイエル家で久しぶりに恋の嵐が巻き起ころうとしていた。

●今回の参加者

 eb7017 キュアン・ウィンデル(30歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec1007 ヒルケイプ・リーツ(26歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 ec3680 ディラン・バーン(32歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 ec4115 レン・オリミヤ(20歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec4163 ミリア・タッフタート(24歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ec4318 ミシェル・コクトー(23歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ec4461 マール・コンバラリア(22歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 ec5629 ラヴィサフィア・フォルミナム(16歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

若宮 天鐘(eb2156)/ ベルナベウ・ベルメール(eb2933)/ 清家 玄斎(ec1179)/ 清家 少斎(ec1181

●リプレイ本文

●企みの乙女達
 冬の暖かな陽射しの中で、彼女は潤んだ瞳で私を見つめていた。
 久しぶりの再会に2人はお互いに駆け寄り、そして熱い抱擁を‥‥
「させるか、この猫耳帽子変態野郎っ!」
「はうっ!」
 頬を赤らめ、でれでれ顔でシルフィに駆け寄ろうとしたキュアン・ウィンデル(eb7017)の体が、シエラの拳を喰らって宙に舞う。
「キュアンさん、大丈夫ですか!? お姉ちゃん、何て事をするの!」
「ふん。鼻の下の伸びきったやらしい顔でお前に近づいたからだ。ぬくぬくの分際でシルフィに抱きつこうだなんて100年早い!」
「2人共、私を覚えていてくれたんだね‥‥嬉しいよ」
 キュアンは腫れた頬も気にせずに姉妹との再会を噛み締めていた。
「‥‥やっぱりぬくぬくは変。二人羽織をしようってしつこいし」
「私は楽しい方だと思いますよ。それに初体験の二人羽織も温かかったですし。宜しければ私と一緒にどうです?」
「い、いい‥‥」
 レン・オリミヤ(ec4115)はディラン・バーン(ec3680)の誘いに頬を染めてぶんぶんと首を横に振った。
「その帽子、大事にしてくれてるんですね」
 シルフィはキュアンの被っているふわふわ帽子を眺めながら、嬉しそうに微笑んだ。
「当たり前じゃないか。シルフィの贈り物ならば何だって身に着けさせてもらうよ」
「本当ですか? じゃあ今度はマフラーを編みますね♪」
「えっ? いいのかい? では是非『LOVEキューちゃん』とハートマーク付きの刺繍を‥‥ひぃっ!」
 ほんわかオーラを振りまく2人の間にシエラは強引に割り込むと、シルフィに気づかれない様にそっとキュアンの背中にナイフを押し当てる。
「シルフィ、忘れ物を取りに帰るから先に行っていてくれ。頼めるよな、キューちゃん?」   
 笑顔で尋ねるシエラに、キュアンは青い顔でコクコクと頷く。
「うん、わかった。先に行ってるね」
「シルフィ、助けてっ‥‥」
 しかしキュアンの声は届かず、シルフィはレンとディランの元へと行ってしまった。
 その背中が小さくなった事を確認したシエラはナイフを仕舞い、代わりにキュアンの首に自分の腕を絡ませる‥‥息の根も止めんばかりの力で。
「シ、シエラ、痛いのは嫌いではないが、さすがにこれは天に召されそうだ‥‥ぐえっ!」
「言っておくが、シルフィに手を出したらどうなるかわかってるな? お前をぬくぬく鍋にして食ってやる」
 邪悪な笑みと鍋にされる恐怖に、キュアンは若宮天鐘の「女難の相が出てるぜ〜」という言葉を思い出す。
「と言うのは冗談だ。シルフィもお前を好いてるようだし、一生大事にすると約束できるなら認めてやってもいい」
 キュアンは思いがけず鬼姉シエラの了承を得られた事に感激し、ぶああっと涙を溢れさせる。 
「シエラ、ありがとおおぉぉぉっ!!」
「宜しくな、義弟君♪」 
 にっこりと笑うシエラが心の中で「小姑になっていびり倒してやる」とほくそえんでいる事を、キュアンは知らない‥‥。

 3人が姉妹をお迎えに行っている頃、ロイエル家の台所では事件が起きていた。
「大丈夫かっ!?」
 悲鳴を聞きつけたフレッドが台所に駆けつけると、そこは白い煙が充満し、何とも形容しがたい香りが漂っていた。
 釜の近くで蹲るラヴィサフィア・フォルミナム(ec5629)を発見し、フレッドはその小さな体を抱き上げる。
「ラヴィ、どうしたんだ!?」
「フレッド兄さま‥‥きゅう」
 フレッドは気を失ったラヴィを慌てて居間に運んでソファに寝かせると、アリシアに看病を任せて未だ台所にいるヒルケイプ・リーツ(ec1007)とミシェル・コクトー(ec4318)の救出へと向かう。
「ヒルケ! ミシェル! 何処にいるんだ!?」
「こ、ここです、フレッドさん‥‥」
 微かな声を頼りに台所に踏み込むと、力なくおたまを掲げるヒルケが横たわっていた。
「しっかりしろ! 一体ここで何があったんだ?」
「ま、まさか小麦粉の被害に遭うとは思いませんでした‥‥はみゅ」
 どうやら充満しているのは煙ではなく小麦粉らしい。
 こうなった経緯が全く理解できないフレッドだが、ヒルケを居間へと運んで急ぎ台所へと戻った。
「ミシェ‥‥んっ? アップルパイが動いている!?」
 フレッドの視線の先には、こんもりと積もった粉の山の上でふるふると動く大好物のアップルパイが!
 呆気に取られていると、突如小麦粉の山が崩壊し、中から粉まみれのミシェルが姿を現した。
「ミ、ミシェル!?」
「‥‥フレッド、私ではなくアップルパイに気を取られましたわね?」
 恨めしげにフレッドを睨みつけるミシェルの頭の上には、ラヴィが作ったアップルパイが乗っていた。
「い、いや、そんな事はないぞ!?」
「酷いですわ! 私の身の安全よりアップルパイだなんて‥‥けほっ、けほっ」
「大丈夫か? ああ、こんなに粉まみれになって‥‥」
 咳き込むミシェルに駆け寄り、フレッドは彼女の髪についた粉を優しく払う。
 何だか頭を撫でられている様な気になってミシェルは赤面してしまったが、顔に付いた粉のせいでそれはバレずに済んだ。
「怪我はないか?」
「え、ええ。これくらい何ともないですわ」
「そうか。だが念の為だ」
 フレッドは優しく微笑むと、ミシェルをひょいと抱き上げる。思いもよらない事態に顔を真っ赤にするミシェルだが、おずおずと彼の首に手を回した。
「‥‥このメイド服、丈が短過ぎはしないか?」
 フレッドは膝丈のスカートから見えるミシェルの足から頬を染めて視線を逸らす。
 ミシェルはこっそりとスカート丈を短くしておいて正解だったと思うのだった。
 
「みんなと一緒に仮装パーティ! わーい、楽しみーー♪」
 ミリア・タッフタート(ec4163)は鼻歌を歌いながら色とりどりの布で花を作っていた。
 春が来たみたいに部屋を装飾する為らしいが、数々のぶちゃ動物刺繍を生み出してきた彼女が作り出す花がどの様なものか、多くは語るまい。
「相変わらずの腕前ね。でも仮装パーティーだし、多少は奇抜な方が栄えるかも」
 くすくすと笑うマール・コンバラリア(ec4461)は意地悪を言っているのだが、その言葉にミリアは照れ臭そうに微笑む。
「えへへ、褒められちゃった。もっといっぱい作るぞー!」
「ミリアさんはいい子ねぇ」 
 皮肉に気づかないミリアにウインクをすると、マールはふわりと宙を舞った。
 背中に小さな黒い羽根と尻尾付きをつけたメイド服を身に着けている彼女は、その性格とマッチして小悪魔さんそのものである。
 そんなマールは人を着飾るのが好きらしく、たくさんの服をデザインしてきていた。
「出来ましたわ! イメージ通りか見て下さいな」
 そこに出来上がったばかりの服を抱えたラヴィが笑顔と共に部屋に飛び込んできた。仕立て屋を生業とする彼女に縫製は任せられている。
「わあ、素敵! ありがと、ラヴィちゃん♪」
「シエラさんとシルフィちゃんに似合いそうだねー」
「マールさまのデザインが素晴らしかったからですわ」
 完成した2着のドレスに見惚れる2人に、ラヴィはふわりと微笑んだ。
「ラヴィちゃん、この調子でフレッドさんのドレスもお願いね?」
「はい♪ フレッド兄さまはお綺麗ですもの、お召しになったお姿を早く拝見したいですわ」
「さらにモテモテになっちゃうねー」
 知らないのは本人ばかりとはこの事。
 フレッドは乙女達の手により女装させられようとしていた。
 
●悩殺! 動物さん達のお迎え
 姉妹が冒険者達と一緒にロイエル家に到着する朝、門前ではまるごといーぐるを着たミシェルがそわそわとしていた。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
「ミーちゃん、可愛いっ!」

 ばい〜〜ん! 

 まるごとメリーさんを着たヒルケの隣から勢い良くミシェルに体当たりをするのは、まるごとおおがまを違和感なく着こなしているミリアだ。
「きゃふ!」
「ころころ転がってくよー! わ〜い♪」
 ミシェルはずべっと地面に顔面着地をし、ミリアはそのまま庭へと転がっていく。
「まあ大変!」
「追いかけましょう!」
 ラヴィとアリシアのまるごとウサギペアは、慌てて嬉しそうに転がるミリアの後を追う。
 ミシェルが怒りにわなわなと震えながら顔を上げると、そこには膝を着いて手を差し伸べている犬耳と尻尾を装着したフレッドの姿があった。
 思いがけない可愛さに、ミシェルはきゅうぅんとなってしまう。
「昨日から災難続きだな。立てるか?」
(「か、可愛いですわ。頭をなでなでしたり、お手をさせたり、ご主人様って呼ばせたり‥‥あぁ、フレッド犬を飼いたいかも」)
「ミシェル?」
 妄想に耽っていたミシェルはフレッドの言葉にはっと我に返ると、こほんと咳払いをして「ありがとう」と言いその手を取った。
「うふふ。ミーちゃんって本当に分かりやすいわね」
 そんな彼女をまるごとらんたんを着たマールは目を細めて見つめる。空飛ぶジャック・オ・ランタンもとっても愛らしい。
「あ、シエラさん達の姿が見えてきましたよ。お〜い♪」
 ヒルケが手を振ると、遠くに見える5人は笑顔で手を振り返してくれた。
 転がっていったミリアも無事に回収され、動物に仮装した一同は整列して姉妹達の到着を待った。
「きゃあ! 可愛いっ♪」
「動物の館か、ここは」
 頬を染めて大興奮するシルフィの隣でシエラは悪態をつくが、その口元は完全ににやけている事を、駆け寄ったヒルケは見抜いていた。
「月道が自由に使えるようになって、シエラさん達がロシアに行っちゃうんじゃないかと心配してました」
「今の所は考えてないな。安心しろ」
「良かった! でも、もしそうなっても私も月道で会いに行けばいいんです。どこに行ってもお友達ですよ♪」
 まるごとメリーさんのもふもふとした頭を、シエラは優しく撫でるのだった。
「もう仮装パーティーは始まってますのよ。動物さん達のお迎え、いかがですか?」
「とても可愛らしいですね。後で私も着てみていいですか?」
「わ、私も是非!」
「まるごとぐりふぉんとまるごとすのーまんはどうでしょう? お2人にお似合いだと思いますわ♪」
 ラヴィはディランとキュアンを伴ってレミーの謎の衣装部屋へと向かう。
 どちらがまるごとすのーまんを着てシエラに転がされたかは、ご想像にお任せしよう。
「‥‥お手」
 
 ぽふん。

「はっ! 俺は一体何を‥‥」
 レンの命令に反射的にお手をしてしまったフレッドを、彼女はとてもとても楽しそうに眺めていた‥‥小悪魔さんは1人ではない。

 レミーの温かい家庭料理が昼食として振舞われた後、キュアン、マール、ミシェルからロイエル兄妹と双珠に贈り物が手渡された。
 笑顔と共に感謝の気持ちを4人が伝えた後、各々は仮装パーティーの準備へと取り掛かる。
「家具もカーテンもとっても素敵ですね」
「気に入ってもらえて何よりですわ。余っているカーテンがあるから、よかったらお家で使って下さいな」
 瞳を輝かせてインテリアに見惚れるシルフィにレミーはご満悦である。
「あら? とっってもお久しぶりですわね?」
 本当は再会できて嬉しいのに、素直じゃないミシェルはむすっとした顔でキュアンを見つめる。   
「ああ、久しぶりだな。こんなに素敵なパーティーを企画してくれて、ありがとう」
「こほん。ま、私は皆のお目付け役かしら」
 喜びを隠しきれていないミシェルは、キュアンが結構好きらしい。
「キュアンさんの和装案が通って良かったな。楽しみだ」
 ディランはフレッドと共に買出しに来ていた。嬉しそうな彼の様子にフレッドは微かに頬を染めて口を開く。
「‥‥お前もやはり同じ目的なのか?」
「何の事だ?」
 フレッドが何を言いたいかをディランは理解していたが、あえて知らぬふりをしてみる。
「その、和装は幾重にも重ね着をしているから想像を掻き立てられるとか、足がちらりと見えるのがいい、とか‥‥」
「もちろん。男ならばそう思うのが普通だ。だから恥じる事はないぞ」
「‥‥う。俺はキュアンがあまりにも力強く主張するから、思わず想像してしまっただけだ! 普段からそういう目で女性を見ているわけではないからな!?」 
 顔を真っ赤にして弁解するフレッドの姿に、親友もお年頃なのだと安心するディランであった。

●恋の予感
 準備期間を終え、いよいよ仮装パーティーの当日である。
 朝早くからレミーを中心としてヒルケとラヴィが厨房を所狭しと駆け回り、料理やお菓子作りに精を出していた。
 その片隅でミシェルは怪しげな商人からおまけしてもらった小瓶をじーっと眺め、それを手に取っては頭を振るのを繰り返している。 
「入れちゃいなさいよ。効くかどうかも分からないんだし、ものは試しよ?」
 そこに現れたマールは、悩めるミシェルにそっと囁く。
「で、でも‥‥」 
「大丈夫。媚薬で死んだりはしないから。えいっ☆」
 尚も躊躇するミシェルの手を掴み、マールは焼きあがったアップルパイに小瓶の中身を振り掛ける。
(「ミーちゃんお手製のアップルパイの方が、殺傷能力はありそうだけどね。フレッドさんは鍛えてるみたいだし、多分大丈夫でしょ」) 
 元祖いじわるお嬢様を遥かに凌駕する、鈴蘭のいじわる小悪魔さんであった。
 ミリア作の独創的な布の花とラヴィの乙女ちっくな装飾が光る部屋に、仮装を終えた者達が次々と集まってくる。
「まずは着物で皆様をお迎え致しましょう。艶やかで素敵ですわねぇ」
 ジャパン風のメイクを施したレミーは派手な着物を見事に着こなしていた。
「歩きにくいな。それに重い」
「シエラさま、そんな大股で歩いてはいけませんわ!」
「お腹が苦しいよ。ご飯を食べる時には脱いでいいんだよね?」
 慌ててシエラに駆け寄るラヴィの隣で、ミリアはやっぱり色気より食い気である。
 シエラの着物は『姫』と名づけられ、マールがデザインしたものだ。
 濃紺色の華美な着物に身を包んだシエラは、がさつな性格とは思えないほど美しい。
 少々重いのが難点だが、力持ちの彼女なら平気だろうとマールはあまり気にしなかったらしい。
「‥‥変じゃない?」
「ええ、とってもお綺麗ですわ」
 恥ずかしそうに俯くレンに、アリシアはにっこりと微笑む。
「まあヒルケさん、よくお似合いですこと」
「ありがとうございます♪ ミシェルさんも和服よく似合ってますよー?」
 ミシェルは希望通りの振袖「紅白梅」に身を包み、ご機嫌である。
「和装は体の凹凸がない方が似合うそうです‥‥あ」
 ヒルケの言葉に2人は自分と相手の胸を交互に見やり、そして深い溜息をつく。共倒れ、である。
「皆、美しいな‥‥」
「ああ、目の保養になる」
 男性陣は黒の紋付袴に統一していた。
 長い髪を纏めたディランは凛々しくも美しく、顔だけはいいフレッドは初めての着物を完璧に着こなしていた。
 キュアンも侍風に髪を結い、精悍な筈なのだが‥‥
「シルフィ、美し過ぎるよ‥‥ああっ、私には眩し過ぎて直視できない!」
 マールデザインの『桃』と言う淡い色の生地に桃柄の振り袖を纏い、簪や履物も桃で統一したシルフィを目にして大興奮で鼻血をぼたぼたと垂らしている様は、とてつもなく残念である。
「華やかで素敵ねぇ。やっぱり美男美女は眺めていて楽しいわ♪」
 シンプルなドレスの上に裾短めの振り袖を纏ったマールは、満足そうに全員を眺める。
 そして招待客達も皆、和装のお出迎えに色めき立つのだった。
 華麗に艶やかに、仮装パーティーの幕は上がった。

 このパーティーには姉妹の王子様を見つけると言う目的もある。
 レミーの計らいで知り合いのハーフエルフの独身男性が数人ほど招待客として訪れていた。
 シエラやシルフィは勿論、同族のラヴィやレンも彼らのお相手をする羽目になってしまった。
「お友達ならば喜んで。でも恋人としてのお付き合いはご容赦下さいませ。ラヴィには心に決めた方がいらっしゃいますの」
 頭を下げて丁寧に交際の申し込みを断るラヴィの心の中は、愛しい年上の恋人でいっぱいである。
 モテモテのこの状況を彼が見たら、心配し過ぎて胃に穴が開いてしまうかもしれない。
「助けて‥‥」
 男性が苦手なレンは微かに足を震わせながら後ずさる。
 きゅっと目を瞑った瞬間、1人の男性が彼女を背に庇う様にして現れた。
「悪いが彼女は私の大切な人だ。横恋慕は遠慮してもらえるかな?」
 騎士の様な出で立ちの金髪男性の力強い言葉に、数人の男性は謝罪の言葉を口にして潔くその場を去っていく。性質が悪くないのはさすがレミーの知人達である。
「助けてくれてありがと‥‥」
 レンの言葉に振り返った男性は顔をマスカレードで隠していた。
「礼には及ばないよ。だが良かったら一曲お相手頂けるだろうか、お嬢様?」
 恭しく膝を着く男性にレンは笑顔でこくんと頷いていた。
 何故なら‥‥
「ミシェルは男になっても綺麗‥‥」
「な、何でわかりましたの!? 他の皆さんは全く気づきませんでしたのに」
「ふふ。何となく」
 恐るべき感を持つレンは、初めからミシェルが禁断の指輪を使って男性に変身していたと気づいていた様だ。
「ケル、コル、皆さんにご挨拶だよ♪」 
「わんっ!」
「わふん!」
 その頃、中庭では犬耳と尻尾を付けたミリアが余興を始めようとしていた。
 白いシーツを被りお化けの仮装をして『お菓子くれないといたずらするぞーーー♪』と元気いっぱいのミリアだったが、それは違うと仲間達から突っ込まれたばかりだった。
「初めまして、ミリアです! わんこと一緒に頑張りまーす!」
 ぺこりと礼をすると、ミリアは鮮やかな色の玉を2つ取り出し、それを左右の手で交互にキャッチしていく。
「皆様、ご注目〜☆」 
 補佐を務めるマールがミリアの手元に玉を投げ入れる。
 観客達が息を呑む中、見事にミリアは3つになった玉を操っていく。玉が増えていく毎に歓声と拍手は大きくなっていった。
「最後はお片づけだよ。おくちできゃーっち♪」
 ミリアがぽーんと高く放った玉を、連日のレミーの手料理のお陰でちょっとだけ太めになったケルとコルは次々とキャッチし、箱の中へと運ぶ。
「ありがとうございましたーっ♪」
 楽しい余興を見せてくれたミリアと愛犬2匹に惜しみない拍手が贈られる。
「やあっ!」
「はっ!」
 その後は揃いの服に身を包んだディランとフレッドが剣劇を披露し、いつまでも続く打ち合いに誰もが見惚れていた。
 達成感に爽やかな笑顔を浮かべるフレッド。
 だがラヴィとお揃いのうさ耳にメイドドレス「アリス」を身に纏ったアリシアを見て鼻血を拭いたのは、仲間だけの秘密である。
「やっぱり『お帰りなさいませ、ご主人様』がいけなかったのでしょうか?」
「過激な事は何も言っていませんのに、不思議ですわねぇ」
 ラヴィの恋人の入れ知恵に、2人はうーんと頭を悩ませる。
(「その純粋さをいつまでも持ち続けていて欲しいものだ)
 ディランはまるで姉妹の様に仲の良い2人を微笑ましく思い、慈しむ様に頭を優しく撫でるのだった。
「さあ、これからがお楽しみですわよ!」
「はい! ワクワクします♪」
 自分の事より他の人の恋模様が気になるお年頃のヒルケは、レミーと共に物陰に身を潜めて乙女達の恋模様を観察する気満々である。
 だがまさか自分にも出会いが訪れようとは、夢にも思わぬ彼女であった。

●王子様がいっぱい
 ゾーリャに縫い付けられた淡い碧のフリルが、風にふわふわひらひらと揺れる。
「キュアンの奴、こんな指輪を押し付けて‥‥」
「待ちたまえ、恥ずかしがり屋の私の子猫ちゃん♪」
「そのつれない所も素敵だよ、ハニー♪」
「だから俺は男だああぁぁぁっ!!」
 禁断の指輪で女性になったフレッドが、男性達に熱烈に追いかけられているのは置いといて。
「うん、美味い。もぐもぐ‥‥んぐっ!」
 マールが考えた『月』という黒のロングドレスに身を包んだシエラだが、欲張って食べ物を喉に詰まらせるという食いしん坊のお約束は外さない。
 ミリアに「シエラさんは寂しがり屋さんだから、とーーっても優しくて傍に居てくれる人がいいと思う!」と言われる彼女に、すっとグラスが差し出された。中身を確認せずにごくごくと飲み干す。
「ぷはーっ! 助かった。ありが‥‥」
 顔を上げたシエラの動きが止まる。
 そこにいたのは30歳前半位に見える、精悍な顔立ちのハーフエルフの男性だった。
「きゃーっ! 1番はシエラさんですよっ!」
「これは予想外ですわね」
 覗き見2人は大興奮である。
「私はレオン。以後お見知りおきを、シエラ殿」
 男性は慣れた様子で膝を着き彼女の手に口付ける。
「ひゃっ!」
「君の話はレミー殿から聞いている。美しいだけではなく勇ましい君の様な女性が好みなんだ」
 女性の扱いに長けていると一目で分かる振る舞いだが、下品な感じは全くない。
 シエラは頬を上気させ、何も言えずにただレオンを見つめる。体が火照っているのは、先ほど飲んだのがワインだったからではないだろう。
「カップル成立ですわね。さあ、どんどん行きますわよ!」
「待って下さい〜」
 こそこそと移動する2人は、ミリアの元へと向かう。
「ルイスさんも招待されてたんだね。こんばんはー!」
「わっ! こ、こんばんは‥‥」
 シエラの忘れ物を届けに来たルイスは、ミリアに抱きつかれて頬をさっと朱に染める。
「一緒にレミーさんのお料理を食べよ? すっごくおいしいんだよ」
 ミリアはにこにこと微笑むと、ルイスに料理の乗ったお皿を手渡して自分も料理を食べ始める。
「あなたは本当に美味しそうに食べますね。見ていて幸せな気持ちになります」
「ルイスさんの作ってくれたきのこ料理もおいしかったよ。毎日食べられたら幸せだろうなぁ」
 何気ないミリアの言葉に、密かに彼女を一目見た時から気になっていたルイスの胸が高鳴る。
「あの、それはどういう意味でしょうか?」
「そのままの意味だよ? あ、こっちも美味しいよ。幸せ〜〜♪」
 無邪気で鈍感なミリアがルイスの想いに気づくのはいつの日か。
「これは後で彼にお伝えしなければなりませんね」
「ミリアさんのタイプは『お料理上手な人』ですものね♪」
 2人のこそこそ劇はまだまだ続く。
「ふう。私も一休みしようかしら」
 気づかれない様に体の弱いシルフィの様子に気を配っていたマールが、中庭の木に止まって休もうとしたその時。
「好きだっ! 俺と付き合ってくれ!」
「きゃっ!」
 目の前に帯剣をした活発そうなシフールの少年が現れた。
「‥‥好きって、私が?」
「ああ、一目惚れした。めちゃくちゃタイプ!」
「なっ、何言ってるのよ‥‥」
 あまりにストレートな愛情表現に、さすがのマールも頬を薔薇色に染める。
「まずは友達からでいいから、仲良くしてくれないか? 俺の事を知って、それでも嫌って言うならすっぱり諦める。頼むっ!」
「う、うん。そこまで言うのなら‥‥」
 一途に押されると弱いらしく、思わずマールは頷いていた。
「本当に!? うわ、すっげぇ嬉しい! 俺はアゼル。お前‥‥じゃなかった、君は?」 
 途端に顔をぱあっと明るくするアゼルを見て、まるで子犬の様だとマールは微笑む。
「マールよ。宜しくね☆」
 ウインクをしてみせると、アゼルはふにゃっと顔を綻ばせた。 
「あのマールさんがっ!?」
「恋はいきなり訪れるもの。さあ次に行きますわよ!」
 と、ここで一休み。

「ディランさん、前に私はあなたに『恋をした事がない』って言いましたけれど、あの言葉を撤回しても宜しいですか?」
「それは構わないが‥‥どうしてだい?」
「セラと再会して過去を振り返って‥‥あの時の気持ちは恋だったのだと今になって自覚しましたの。だから初恋は経験済みですわ」
 パーティーを楽しむ人の輪から離れ、ディランとアリシア、それにラヴィは暫しゆったりとした時間を過ごしていた。
 ラヴィが作ったお揃いの水色のドレスを着た2人はとても可憐である。
「リィ兄さまからお話は少しだけ伺っています。とても心配なさってましたわ」
 ラヴィが口にした名を聞いたアリシアの胸は、会えない寂しさにチクッと痛んだ。
 遠くを見つめる横顔が恋する乙女のそれに見えて、ディランは暖かい眼差しで微笑む。
 彼は男女問わず寂しそうにしてたり困っている人に声をかけ、パーティーを楽しめる様に気を配っていた。
 影ながら皆を支える紳士である。
「何だか置いていかれた感がありますね‥‥」
 覗き見の休憩を取るヒルケは寂しげにふうと息を吐く。
「‥‥どうした?」
「えっ?」
 声のした方に視線を移すと、草むらに寝転ぶ青年と目が合った。彼は戸惑うヒルケをよそに白絹の千早を纏う彼女を見つめている。
「‥‥俺はキルシェ。お前は?」
「ヒ、ヒルケイプです! お気軽にヒルケと呼んで下さいっ」
 他の乙女達に負けないくらい、ヒルケは訪れた出会いに頬を染める。
 ミステリアスな雰囲気のキルシェはふっと微笑むと、空を見上げた。
「こうして見ると綺麗だ。試してみるか?」
「は、はい」
 ヒルケは言われるままに彼の隣に寝転ぶ。無口な感じはあるが、不思議と警戒心を抱かなかった。
「わあ、たくさんの星が輝いてますね!」
「ん、そうだな‥‥」 
 美しい星々に感激したヒルケがキルシェに振り向くと、至近距離で優しい笑顔とぶつかる。
「‥‥嫌じゃなければ1曲、付き合ってくれるか?」
 差し出された逞しい手を取ったヒルケは、夢の様な一時を過ごす。そっと囁かれた「また会えたらいいな」という言葉に胸を高鳴らせながら。
 同じ頃、キュアンは運命の時を迎えていた。
 着物と同じくマールが考案した『雪』と言うリボンの付いた可憐な純白のドレスに身を包んだシルフィは、どことなく花嫁を連想させる。
「シ、シルフィ‥‥」
「はい。何でしょうか?」
 愛らしい微笑みにキュアンの中の決意が固まる。
「遊びに行くと約束したのに、こんなに間を空けてしまってすまない。この先も頻繁に訪ねる事は出来ないかもしれないんだ」   
「お忙しいってわかってます。こうしてまた会えて、すごく嬉しいです」
 ふるふると頭を振り、シルフィは健気に微笑む。
「私の君達姉妹への『思い』と‥‥君への『想い』は真実だから‥‥」
 キュアンは真摯な瞳でシルフィを見つめると、真実の指輪を取り出す。
「‥‥好きだ。受け取ってもらえるだろうか?」
 シルフィは指輪を見つめた後、瞳に涙を浮かべて微笑んだ。
「嬉しい‥‥私もキュアンさんが好きです‥‥大好きです」
 差し出された小さな左手。その薬指にキュアンはゆっくりと指輪を嵌めると、そっとシルフィに口付ける。
「ふふっ。今日のキュアンさんは、可愛いのにカッコイイです」
 照れた様に微笑むシルフィを、ふわふわ帽子にラヴィに作ってもらった猫の着ぐるみを着たキュアンは強く抱きしめた。
「おめでと‥‥」
 レミーと共に2人を見守っていたレンは、微かな笑顔を見せる。
「レンさんは気になる方はいらっしゃらないの?」
「触られて嫌な感じがしない人がいいけど、でも恋はよく分からない‥‥」
 お化けの仮装をレミーにひん剥かれたレンは、メイドドレスの裾をキュッと握り締める。
「フレッドはお勧めですわよ? あの性格ですから気苦労はしそうですけれどもね」
 レミーの言葉にレンが困った様な顔を見せている頃、ミシェルは長いマントを纏った黒い騎士服姿のフレッドと踊っていた。
 1年前よりも大人びて凛々しくなったその顔に、心臓ははちきれそうなほど高鳴り続ける。
「今夜のミシェルは立派なレディだな。とても綺麗だ」
「フ、フレッドこそ、中々に素敵ですわ」
 褒められて緩みそうになる頬を悟られないように、ミシェルはぷいとそっぽを向く。
「仕方ないから作って差し上げましてよ」 
 ダンスを終え、押し付ける様に包みを差し出す。ついつい可愛くない口調になってしまうのは、意識しているからこそ。
 フレッドが包みを開けると、そこにはアップルパイがまるごとでんっと入っていた。
「ミシェルが作ったのか? 早速頂こう」
 切れ目の入っているパイをフレッドは口に運ぶ。
 すぐにむせ返りそうな味が口の中に広がったが、ミシェルの視線を感じて何とかそれを飲み込んだ。
「お口に合わなかったかしら?」
「いや、今までに食べた事のない味だが旨いぞ。ありがとな」
 そう言い笑顔で次々とパイを平らげていく優しさが胸に沁みる。
 しかし不味さはともかく媚薬‥‥とは偽りのただ癖のある酒が効き始め、その瞳が熱に潤み始めた。
「食べ過ぎたな。すまないが、少し休んでもいいか?」
「ええ、構いませんわよ」
 壁にもたれて目を瞑るフレッドの端整な横顔を、ミシェルはじっと見つめていた。暫しの後、もう寝ただろうと思った彼女の口から本音が零れ落ちる。
「あなたの事、好きかもしれませんわ‥‥」
 そう言いそっと頬にキスをすると、ミシェルはフレッドのポケットに守護の指輪を忍ばせる。
 ミシェルが毛布を取りに行った後、真っ赤な顔で口元を押さえるフレッドの姿があった。
「フレッド、さあどうする?」
 こっそりと親友を覗き見‥‥基、見守っていたディランの笑顔は、いつの間にかレミーの様に『にんまりスマイル』になっていた。
「お幸せそうな皆さまを見ていたら、ラヴィもあの方に会いたくなってしまいましたわ」
 恋を知ったばかりのラヴィは、人懐っこそうな恋人の笑顔を思い出していた。
 こうして甘い夜は更けて行く。
 乙女と王子様の恋は、どの様に花開くのだろうか。
「幸せはいっぱいが良いの〜♪ み〜んな幸せになーれ!」
 ミリアの祈りが星空に煌く。
 命短し、恋せよ乙女!