【炎と水の輪舞曲】夜会の罠
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■ショートシナリオ
担当:綾海ルナ
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 17 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月19日〜01月29日
リプレイ公開日:2009年01月29日
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●オープニング
コールチェスター城のテラスに立ち、領主グレイの娘であるエリスティーズ・フォリナーデは暮れ行く町並みを眺めていた。
時が過ぎ行く度に色濃くなる空に比例して、灯る家々の灯りも増えていく。それは平和の象徴として彼女の目に映る。
「こちらにおられましたか。お風邪を召されぬ内に城内にお戻り下さい、エリス様」
「わかりました。‥‥私を探していたのですか?」
膝を着き主従の礼をとっていたミュラー・ノウェルは、ゆっくりと視線を上げる。
「はい。旦那様がお呼びです」
「お父様が‥‥例の夜会についてですね」
エリスはそっとミュラーの肩に触れて立つように促すと、再び視線を町並みへと移す。
「美しい景色です。私はこの町を守りたいと、心からそう思います。どのような事があっても‥‥」
「御意にございます。私は貴女の影。何処までもお供し、お護りする事を誓います」
その言葉にエリスは寂しげに微笑んだ。
「ありがとうございます、ミュラー。ですが私にとってあなたは影ではなく暖かな陽の光。こんな頼りない私の側にいて下さり、感謝しています」
「それが私の使命であり喜びでございます故。旦那様の元へご案内致します」
自分を父の様に慕ってくれるエリスに嬉しさとやりきれなさを感じながら、ミュラーは己に言い聞かす。
側にいて護る以外、清らかな水の様に可憐な主人の為に自分が出来る事はないのだと。
父グレイは丸められた羊皮紙を紐解くと、小さな溜息をついた。
「もう知っていると思うが、ファンデールのエデュワルト殿から夜会の招待状が来た。気が進まんが、領主として出席しないわけには行かない」
「ええ、存じております。お父様だけではなく、私達も招待されているのですよね」
グレイはエリスの言葉に苦虫を噛み潰した様な顔で頷いた。
コールチェスターから北にあるファンデールという町を治めるエデュワルト・ミレーには、幾つかの黒い噂が囁かれていた。
何より有名なのは実の父親を謀殺して領主の座に就いたという話である。
24歳という若さで領主となった事や、2年足らずでファンデールを以前より豊かにした才能を妬んだ貴族の虚言の可能性も高いのだが、渦中の本人が父親殺しについて公の場で断固として否定しない為、噂には尾ひれが付いていた。
「彼も未だ独身だからな。周辺貴族と親睦を深める目的の中に、自らの花嫁を探す企みも無いとは言い切れない。お前に婚約者とまでは言わずとも、恋人がいればもっと楽な気持ちで参加できるのだが‥‥」
「申し訳ございません、お父様。ですがラファイユが立派な領主となる日まで、私に恋人など不要です」
その気になれば引く手数多な娘の頑なな言葉に、グレイは心配さと頼もしさが混在する気持ちになって曖昧に微笑んだ。
姉として時期領主になる弟ラファイユをエリスは心から愛し案じており、また彼から寄せられる信頼も篤い。
「ではお前も参加すると答えていいのだね?」
「勿論です。お父様の娘として恥ずかしくない様、謹んで参加させて頂きます」
心の中の不安を押し殺して微笑むエリスを、ミュラーは複雑な面持ちで見つめていた。
「‥‥これは明らかな罠です。それでも参加なさるおつもりですか?」
部屋を後にした彼女にミュラーは遠慮がちに問いかける。
エリスにはミュラーだけが知る秘密があった────彼女はエデュワルトにその身柄を狙われているのである。
捕らわれれば政治の道具とされ、コールチェスターの平和が脅かされると知ったエリスは、ミュラーと共にクラリスという人物に助けを求めにキャメロット近郊を訪れていた事があり、その際に冒険者ギルドに護衛の依頼を出した経緯がある。
「出席しなければお父様のお顔に泥を塗る事になりますし、新たな脅迫をされかねません」
敵の懐に入ってしまった方が安全なのだとエリスは思う。しかしそこには万全の備えが無ければならない。
「公の場となれば、私はグレイ様やラファイユ様のお側に控えていなければなりません。その隙をあの男は狙って来る筈です」
「わかっています。ですので再び冒険者の皆様のお力をお借りしましょう。ミュラー、急ぎギルドに依頼を出して下さい」
冒険者。
その言葉にミュラーの胸がざわめく。
前回の依頼の時もそうであったが、本心では部外者に介入して欲しくないと思っていた。
しかし頼らざるを得ない状況に、悔しさを押し殺す。
「畏まりました。直ぐに手配致します」
「‥‥やはり私に剣の手解きはして頂けないのですか?」
一礼しその場を去ろうとするミュラーを、エリスは悲しみを孕んだ声で呼び止める。
「恐れながら、それだけは出来ません。貴女の手は血で汚れてはいけないのです」
「そうですか‥‥我が儘を言ってすみません。忘れて下さい」
素直なエリスにミュラーは微かに微笑むと、再び一礼をして去って行った。
彼の優しさと自分を案じてくれる想いを強く感じつつ、エリスはその背中に小さく呟く。
「私は護られるだけでは嫌なのです。例えこの身が血で赤く染まったとしても、この町と皆を護りたい。ごめんなさい、ミュラー‥‥」
言いつけを破る後ろめたさを感じつつ、エリスはある決意を秘めるのだった。
厚いカーテンで陽の光を閉ざした部屋の中で、エデュワルトは血の様に赤いワインを口に含む。
「剛が効かぬのならば柔に変えるまでだ。何より人との和を重んじるお前に相応しい罠だな」
上質な芳醇さを堪能したエデュワルトは、側に控える2人の騎士に視線を移す。
「当日は目に見える武装はせず、お前達も正装で参加しろ」
「御意。万が一の場合はこの身を挺してでもお守り致します」
恭しく答える女性騎士の隣で、もう一方の男性騎士はにやりと唇の端を上げて笑った。
「外堀から固めるだなんてえげつないな。さすがエドだぜ」
「‥‥口を慎め」
眉を顰めて言い放つ女性騎士をエデュワルトはすっと手で制す。
「お前達は私の信頼する護衛騎士だ。喧嘩はせずに仲良くしてくれねば困る」
カーテンの隙間から差し込んだ光に照らされた瞳は、氷の様に冷たい光を放つ。
その胸に渦巻く野心の炎とは相反する様に────。
●リプレイ本文
●幾つもの道
キャメロットからコールチェスターまでの道程は遠かった。
しかし辿り着いた町並みは美しく、言葉を交わした住人の人柄は温かく優しく感じる。
「‥‥良い町ですね」
表情を変えないままマイ・グリン(ea5380)はそう呟き、声をあげながら駆けて行く子供達を見つめた。
「住民の表情は領主の人柄を映す鏡ですから。グレイさんは良き領主みたいで安心しました」
カシム・ヴォルフィード(ea0424)は遠くに見えるコールチェスター城に視線を移す。
「女性を手に入れる為の悪巧み、か。うん、興も乗ったし潰させて貰おうかな」
「随分と楽しそうですわね? 気分屋な貴方がこんな遠方まで足を運ぶだなんて意外ですわ」
アルヴィス・スヴィバル(ea2804)の隣で、彼と知り合いのミシェル・コクトー(ec4318)はくすりと微笑む。
「これは心外な物言いだね。ミシェルくんこそ、どうしてこの依頼を受けたんだい? 女性として共感すべき所でもあったのかな?」
「共感? 好きな訳じゃないわ。ただ、もやもやしたから、それだけですわ」
剣の手解きを望んでいるらしいエリスに対し、ミシェルは本当に戦う覚悟があるのかと疑問に思っていた。
その考えを読まれている気がして、ぷいとそっぽを向き口を噤む。
「皆様、初めまして。私は依頼人のエリスティーズでございます。長い名前ですので、エリスとお呼び下さいね」
城門で一同を待っていたエリスは柔らかく微笑むと深々と頭を下げた。控えめだが漂う気品は洗練された令嬢そのものである。
「エリス様の護衛騎士を務めているミュラーだ。よろしく頼む」
後方に控えていたミュラーは短い挨拶の後、騎士の礼をとる。
順番に挨拶をしていく冒険者達だが、ミュラーに力量を図られている気がして居心地の悪さに苛まれていた。
「私情に皆様を巻き込んでしまい、大変心苦しく思っております。ですがどなたもお優しそうな方ばかりで安心しました。どうぞ宜しくお願い致します」
しかしそれもエリスの清涼な水の如き人柄に濯がれていく気がした。客間に通されるまでずっと微笑を絶やさずに冒険者達の話に耳を傾けている彼女に、誰もが好印象を抱く。
「剣の手解きを受けたいとの事ですが、それはどうしてですか?」
フォリナーデ家全員に挨拶を済ませ、一同はエリスの私室で休息を取っていた。ミュラーが席を外した事を確認したカシムは、まずは理由が知りたいと口を開く。
「私は幼い時からミュラーや騎士の皆様に守られてきました。エデュワルト卿にこの身柄を狙われるようになってから、私の為に命を落としたり危険な目に遭う方が増えたのです」
エリスは辛そうに目を伏せ、胸元の服を握り締める。
「私は耐えられないのです。家族やこの町の為に自分の身を守らなければと思っていても、その為に次々と命が失われていくのを、ただ見ているだけだなんて‥‥非力な自分が許せないのです!」
何を思ったか、ミシェルはそっと自らの剣を持たせ、その切っ先を自分の胸に突きつける。
「ミシェル様、何を‥‥」
「怖い? 私はいつも怖いわ‥‥人を斬るなんて慣れっこないもの。でも、これは私の選んだ道。決して逃げたりはしない。貴女も貴女の道をお行きなさいな」
「私の、道‥‥?」
戸惑うエリスの肩にそっとカシムの手が添えられる。
「失う痛みに耐え、その身を潔白に保ち続ける事‥‥辛い道ですが、領主の娘としての選択肢の1つです。そして1度誰かを殺めてしまったら、もう2度と戻れない道でもあります」
「‥‥依頼主の意向とあらば、それに従うのが私達の仕事です。‥‥ただ、個人的な意見を述べても良いのでしたら‥‥、エリス様の役割は剣を振るう事ではないでしょう。‥‥どうしても仰るなら、体捌きや射撃に限ってならお教えできますが」
「僕達が言いたいのは、剣を振るう力を持つだけが全てじゃないって事。君には無限の可能性がある。そうだね、魔法なんてどうだい? 貴族は帯剣出来ない場合も多そうだし、魔法も便利そうだけど」
皆の優しい言葉に、己の考えが凝り固まっていたのだとエリスは気づく。
「私は貴女の下僕(しもべ)。我が剣は貴女の御胸に。例え貴女がどの様に変わろうとも、我が誓い変わる事なし」
礼の言葉以外は何も言えずに肩を震わせるエリスに、ミシェルは剣を捧げて騎士の礼を取る。それは彼女を認めた証であった。
●野心は矜持に勝るのか
正装に着替えた総勢8人は、馬車でファンデールへと向かった。
「皆様、この度は私の主催する夜会にご参加頂き、真にありがとうございます。固い事は抜きにして、どうぞお楽しみ下さい」
グラスを掲げて挨拶をするエデュワルトの姿に女性達が色めき立つ。彼はどこか危険な香りを漂わせる美貌の持ち主だった。
「‥‥多少強引な手段ではありますけど、従者なら常に主の側に控えていられますし、素早い対応が可能だと思います」
エリスに付き従うマイは従者に扮していた。
万が一引き離された場合はテレパシーリングで連絡を取る手筈になっており、懐には数本のダーツを忍ばせている。
「さあて、言葉使い士の本領発揮だ」
アルヴィスは噂好きそうなご婦人達に近づき、世間話を始める。
「この様な場に友人として招待して頂き光栄に思っていますよ。尤も、エリスくんが本当に招待したかったのは別の人でしょうけど……おっと、いけない」
うっかり口が滑った風を装うと、そうとは知らないご婦人方が「それは恋人なのか」と尋ねてきた。わざと勿体をつけて頷いてみせる。
「まあ、初耳ですわ!」
「でもあれだけお綺麗ですもの、恋人がいない方が不自然ですわ」
「あくまで噂ですよ。あまり本気にはなさらないで下さいね?」
早くも誰かに話したくて仕方が無いという彼女達を、極めつけの言葉で誘導するアルヴィス。ダメと言われるほど人はそうしたくなるものだ。
幻の恋人を作り上げ、その噂を流す。
エデュワルトの企みは夜会でエリスへの好意を明らかにし、あわよくば大勢の前で求婚をする事。その予想に対する冒険者達の策である。エリス本人や家族には了承済みのこの策は、吉と出るか凶と出るか。
「‥‥見ない顔だな」
「彼女の友人らしいですが、疑わしいかと」
「どんな策を弄しても口に出した言葉は人々に伝わる。失恋に物怖じする様な男ではないという事を見せ付けてやろう」
ドレスに身を包んだ美しい女性騎士は、エデュワルトに一例をしてその場を去っていく。
「あの余裕‥‥危険な気がしますね」
「ならばこちらも奥の手を使うまでですわ」
心配そうなカシムから離れ、ミシェルは客間から姿を消す。
人のいない一室に忍び込み再び出てきた彼女は禁断の指輪で男性に変身し、騎士風の服装に着替えていた。
「男に変身して何をするつもりだ?」
急ぎ戻ろうとしたミシェルに、もう1人の護衛騎士である男性が声をかけてきた。
「この部屋に入る所を見てたから、言い訳は通じないぜ。噂の恋人を装うってわけか」
「‥‥失礼する」
表情を変えずにエリスの元へ急ぐミシェルを追わずに、男はにやりと微笑む。
「精々盛り上げてくれよ。客共の心に残る様に、な」
見かけた事の無いエリスの友人達‥‥エデュワルト達は初めから警戒し、その手の内を見届けた所で反撃に打って出ようとしていた。
「エリス殿、これまで幾度となく断られてきたが、私の貴女を思う気持ちは変わらない。いや、寧ろ日増しに抑えられない程に強くなっていく」
その頃、膝を着いてエリスに愛を伝えるエデュワルトを、招待客達は息を飲んで見守っていた。
(「あの噂を聞いても尚、行動に移すとは‥‥やられたな」)
カシムは唇を噛み締めるが、冒険者達の働きによってエデュワルトの横恋慕に眉を顰める招待客は多かった。
「お気持ちは嬉しいですが、私には‥‥」
「済まないが彼女の事は諦めてくれないか。私達は真剣に愛し合っているんだ」
そこにミシェルが颯爽と現れ、ぐいとエリスを抱き寄せる。ドラマチックな展開に女性達はざわめき始めた。
「しかし正式な婚約者ではないのだろう? ならば私にもまだチャンスはある。此れしきの事で諦められる程、この想いは脆弱ではない!」
情熱的な態度が演技であると、冒険者やフォリナーデ家の者は見抜いていた────1人、エデュワルトがしきりに接触をしその心を掴んだラファイユを除いては。
「僕には嘘だとは思えないな‥‥」
その呟きに傍らにいたカシムは息を飲む。エリスに接触させない事を優先するあまり、一同はラファイユにまで気が回らなかったのだ。
しんと静まり返る室内。
だがエデュワルトのエリスへの想いは「見苦しい」という否定的な意見が圧倒的に多いものの、強烈に招待客の胸に刻み込まれた様だ。
「‥‥折角の場を台無しにしてしまった様だ。皆様の蟠りを失くす為に、済まないが1曲踊って頂けるだろうか?」
「はい、喜んで‥‥」
まるでその責はエリスにもあると言いたげな慇懃無礼な言葉。ここで断れば父の対面を傷つけると思い、エリスはその手を取る事しか出来なかった。
楽師の演奏に合わせて踊り始める2人。招待客達も気を取り直してそれに倣う。
「想像以上に面の皮の厚い男だね」
「‥‥己の野心の為には体裁など気にしない様ですね」
少ないながらもエデュワルトの恋路を応援するという声が上がる中、アルヴィスとマイは部屋の中央で踊る2人を見つめた。
「詰めが甘いな。お前は私には勝てん。潔くその身を捧げたらどうだ?」
「私は屈しません。全てを守ってみせます」
小声で囁き合うのは恋や愛とは程遠い言葉の剣。
「全てを守るなど、夢の様な事を‥‥現実を知り泣きついてくる日が見物だな」
エデュワルトは冷たい微笑みのまま、グレイの傍らで無表情を装っているミュラーに視線を移す。
まるで見せ付けるかの様に抱き寄せたエリスの体が、屈辱と怒りに震えた────。