可愛さと言う暴力〜甘やかしの代償〜

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 8 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:02月08日〜02月12日

リプレイ公開日:2009年02月16日

●オープニング

 稲妻の様な衝撃に心が突き動かされる。
 胸の奥深くから湧き上がる感情はやがて波の様に大きなうねりとなり、私の中の理性を跡形も無く飲み込んでいく。
 もはや欲望(リビドー)しか私の中に残されていない。
 人目を憚る事無くふくよかなその体を抱きしめ、心のままにこう叫んだ。

「なんて、なんてラブリーなんだああぁぁぁーーーーーっ!!!!」

 私の心を奪っていった罪な存在────オオウミガラスは円らな瞳で私を見上げていた。
 キュート属性マイナスの私を篭絡する事など容易いとでも言いたげな、小悪魔的な瞳で‥‥。


 拳を握り締めて熱く語る男性の後で、数人の村人達はうんうんと力強く頷いていた。
 受付嬢は引き攣りそうになるのを必死で抑え、営業スマイルを貼り付ける。
「ええと、失礼ですがご依頼の趣旨は何でしょうか?」
「私達を‥‥いや、それ以上に彼等を救って欲しい! このまま放っておけば生命の危機になるかもしれん!」
 ‥‥事情が変わった。
 最近はとんと見なくなった変態さんが沸いたのかと警戒していた受付嬢は、とりあえず男性の話に耳を傾ける決意を固める。
 とんでもなく精神をすり減らしそうだが。
「私達が彼等に出会ったのは、数ヶ月前。先程も話した通り、とても衝撃的な出会いだった。私だけではなく、村の誰もが彼らのあまりのラブリーさに一目で心を奪われてしまったのだよ」 
「は、はあ‥‥」
 男性は興奮を隠しもせずに再び熱く語り出す。
 オオウミガラスというのは羽が小さく退化し、でっぷりとしたお腹に水かきの付いた脚を持つ陸生の鳥らしい。
 沿岸沿いの岩地で繁殖をし、主食は小魚。
 運命の悪戯か、彼等は男性達が住む村の近くの川辺に姿を現し、すっかり居ついてしまったのだ。
「体長は1メートルにも満たないし、何より極上の可愛さだ。性格も凶暴ではなく心なしか愛嬌がある。なのでついつい私達は彼等を甘やかす様になってしまったんだ」
「すみません、全然話が見えないんですけど‥‥」
 既に胃の辺りがキリキリと痛くなって来た受付嬢である。
 しかし空気の読めない男性は延々と余計なエピソードを付け加えて離し続ける。
 オオウミガラス達を愛するあまり、彼等の蛮行を蛮行とも思っていない男性の話を一般的意見を交えつつ要約すると以下の通りである。
 すっかりオオウミガラス達の虜になってしまった村人達は、水辺で取る魚も彼等に優先して与えた。
 人間達が遠慮をしているのをいい事に、オオウミガラス達はどんどん増長し、今では川に魚を取りに来る村人を追い払う様になったらしい。
 それどころかオオウミガラス達は村にまで現れ、食べ物をせびっているのだ(と言うのも先に与えた村人が悪いのだが)
 そしてお腹いっぱい食べて動けなくなった彼等を不憫に思い、荷台に乗せて川辺まで送ったのをきっかけに、今では送迎までしているという甘やかしっぷり。
「甘えさせると甘やかすの違いをはっきりと思い知らされたよ。目の錯覚ではなく彼等は以前より太った気がする。私達の所為だ‥‥」
「ええ。全く持ってそうですね」
 冷たい口調ではっきりと答える受付嬢。もはや営業スマイルを見せるのも馬鹿馬鹿しい。
「このまま太り続けたら、彼等は繁殖の為に沿岸沿いの岩地まで歩いて行けなくなってしまう!」
「その時は俺達が責任を持って荷台に乗せていけばいいじゃないか」
「あ、そっか。その手があったな」
「でもその前に太り過ぎて動けなくなったら、野生動物の餌食になってしまうわ。あの可愛い体が獣達に貪られるだなんて‥‥耐えられないわっ!!」
 村人達の不毛な会話を聞き、受付嬢は「自分達で何とかしてよ」と思いつつも依頼書を纏めていく。
「事情は(多分)わかりました。最終的にはどの様な結果をお望みですか?」
「不甲斐無い私達に代わり、オオウミガラス達に自分達の力だけで生きていける様、愛の鞭を振るって欲しい。但し大怪我を負わせる様な攻撃はしないでくれ。そんな事をしたら一生恨んじゃからな」
「わかりました。冒険者達は仕事に誇りと(貴方達と違って)責任を持っています。依頼人が望む以上、手荒な真似はしないでしょう‥‥それは?」
 最後の一言は聞かなかった事にし、依頼書を書きあげた受付嬢は、男性が差し出して来た羊皮紙に目を移す。
 その瞬間、彼女は心臓を電撃で射抜かれた様な衝撃に襲われた。
「村で1番絵の上手い者に描いてもらったオオウミガラスの絵だ。実物は動いているからな、これ以上に可愛いぞ」
 ぷるぷると震える手で羊皮紙を握り締める受付嬢は顔を上げる。そして‥‥
「か、可愛い〜〜〜〜!! この可愛さは罪を言うより人類への冒涜だわっ!」
 ‥‥どうやら彼女もキュート属性マイナスの持ち主だったようだ。

 その頃、村の近くの川辺ではデレデレ顔で村人がオオウミガラスの羽毛を櫛で梳いてあげていた。
 奉仕を当然の如く受ける彼(彼女?)は円らな瞳を細めて村人を見つめる。
 その視線は『人間なっんてちょろいぜ♪』を言っている様に見えた。
 一般人には邪笑に見えるそれも、彼等の虜となった者には破壊力満点のラブリースマイルにしか見えないのだった‥‥。

●今回の参加者

 eb3310 藤村 凪(38歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec1621 ルザリア・レイバーン(33歳・♀・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 ec4979 リース・フォード(22歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ec4989 ヨーコ・オールビー(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ec5171 ウェーダ・ルビレット(24歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec6082 ラムザ・ハイエント(20歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

デフィル・ノチセフ(eb0072

●リプレイ本文


●暴かれた本性
 可愛さは罪、という言葉がある。
 これはオオウミガラスの可愛さに翻弄された者達の物語である‥‥。

「初めましてやね。ウチ、藤村いいますー。宜しくお願いするわ〜♪」
 今後の話し合いを円滑に進める為に挨拶は大事だと思う藤村凪(eb3310)は、ほんわかとした笑顔で村長に微笑む。
「私はルザリアという。宜しく頼む」
 それに倣うルザリア・レイバーン(ec1621)と握手を交わしながら、村長はでれりと鼻の下を伸ばしていた。
「甘やすのは良くないよね。ホラ、彼らの一生に責任を持てるわけじゃないんだし。ちゃんと生きて行けるようにしないと‥‥」
 建設的な意見を述べるリース・フォード(ec4979)に、ウェーダ・ルビレット(ec5171)は静かに頷く。
「自分の武器を利用するのは賢いですけど、今回はやり過ぎ、ですねぇ」
「そうなんだ! 彼らの可愛さは一撃必殺きゅ‥‥」
「要するに、人の側に住んどるから甘やかされるんや。引っ越しと併せて人間は怖いもんやと思わせればええんちゃう?」
 村長を強引に遮り、ヨーコ・オールビー(ec4989)はとっておきの作戦を話して聞かせる。
 それは『村人が甘やかしていたのは太らせて食べる為だ』と脅し、2度と村に近づけさせない様にお芝居をする、と言うものだった。
「ちょっと待ってくれたまえ。それでは私達の彼らへの愛が偽りという事になるじゃないか!」
「あの白黒達が自分の力だけで生きていく為や。嫌われるのを覚悟で幸せを願う。高尚な愛やないか」
 ちょっとロマンチックな言葉に、村長は心を動かされる。
 すぐに村人を集めて会議が行われ、号泣の中、冒険者達に全てが委ねられる事となった。
「胸が切り刻まれるようなこの痛みを、無駄にはしないでくれよ!」
「これが、あの有名な『獅子が我が子を崖に突き落とす』という厳しくも美しい愛情なのね」
 うっとおしく且つ何故か恩着せがましい村人達に一同は圧倒される。これもあの村長の影響だろう。
「いいですか、躾期間中には川付近に来ない事と、村に助けを求めに行ったカラス達にも手を出さない事を約束してもらいますからねっ!?」
 涙目で縋って来る屈強な男性達にさすがのウェーダも声を荒げ、厳しい口調で釘を刺す。
「全く、いくら可愛いからってこんなに見境がなくなるなんて‥‥」
 ふうと溜息をついたリースの前に、1匹のオオウミガラスが姿を現した。
 顔の割には大きな嘴に、ちょっぴり長めの首。
 そしてでっぷりとしたお腹にちっちゃな羽。
 ゆっくりのっそり歩く姿は愛らしいと言えなくもないが‥‥。
「‥‥何でこんなのに籠絡されるか分かりませんね。私がキュート属性プラスだからでしょうか?」
「同感や。うちもあの首の長いのがあんま好きやないねん」
 冷ややかにオオウミガラス達を見つめるウェーダとヨーコ。
「ふむ。愛らしいのは確かだから、村の者に可愛がられるのは判らなくもないな」
「こーしてみるとかわええな。埴輪みたいやね、ルザリアちゃん♪」
 ルザリアと凪を2人はぎょっとした表情で見つめる。
 しかし彼女達以上にその『ぶちゃ可愛さ』に心を奪われた者がいた。
「リース? もしかして‥‥」
 何かに気づいたウェーダの目の前で‥‥
「‥‥無理っ!! うわ、なに!? 超かわいいんですけど!! ふわふわ〜もこもこ〜ぷにぷにぃ〜〜♪」
 キュート属性超マイナスのリースは唖然とする仲間の前で、でれりんふにゃふにゃな痴態を晒すのだった。
「どーしたー? うんうん、そっかー、お腹空いたかー。よーし。おにーさんがお魚捕ってあげようねー☆ ‥‥ん?」
 村人達の『彼は同志だ』と言う温かな視線と、仲間の『真面目にやれよ』と言う凍てつく視線に気づいたリースは、ばつが悪そうにこほんと咳払いをする。
「と言うわけで、俺は村人達の意識改革に全力で貢献するよ」
 全員が激しく心の中で『いや、無理だから』と突っ込んだのを、本人は痛いほど感じていた‥‥。

●結末は明後日の方向に
 オオウミガラス達を繁殖地の海辺に運ぶ予定であったが、川から海辺へはかなりの距離があるとわかった。仕方なく別の川へと変更する。
 1日目は問題なく終了し、迎えた2日目。
「気の所為だとは思うが、私の周りに居座る事が多い気がする‥‥」
 今日もルザリアはオオウミガラスに囲まれていた。黒い帽子と白いコートの所為で仲間だと認識されているらしい。
『しめしめ、みんな肥えとる。村の者らも、肥えさせてから食おうなんて悪い事考えんな』
 ヨーコは早速脅しを開始する。
『何だって!? 下僕だと思ってたのに‥‥』
『そんなん、食う為や食う為。お前らみたいなぐーたらに、それ以外に餌やる理由なんかあらへんやろ?』
 くくくと悪い顔でそう言い放つヨーコ。
『ようけ肥えとるそこの、お前で決まりや! 往生せいっ!』
『失礼ね! あたちは花も恥らう乙女よ。1番太ってるだなんて‥‥ぐごごごご』
 スペシャルなボディを持つ雌はヨーコのスリープで豪快な鼾をかき始める。
「お、重い‥‥」 
 そっと抱き上げるウェーダの体が重みにぐらりと揺れる。
「すまないな。お前達の為なんだ」
 ルザリアはしゅんとした顔で眠りに落ちたもう1匹に謝るのだった。
「ふむ。残りの者達は怯えて遠くに隠れているな」
 捕獲したオオウミガラスを毛布で丁寧に包み、ウェーダとルザリアはそれを背負う。 
 大切に扱い、それを村とは反対方向の川に運んでいる所を見られたら、折角与えた恐怖が無駄になってしまう。
 そんな2人の心配は杞憂である。何故なら‥‥
『お助けを〜!』
『げっへっへっ! 逃がさへんで〜! ‥‥あれ? なんやうち、楽しゅうなってきたな♪』
 すっかり悪役を楽しんでいるヨーコがワイナモイネンの竪琴をかき鳴らし、愛犬テオと一緒に彼らを追い回しているのだから‥‥。

 一方その頃、村では凪とリースが村人達を説得していた。
「あんな。皆が動物さんを大切に思ってるのは判るんやけどもな。自分で御飯取られなくなったり、外敵に対抗する手段を忘れてしまったら大変な事になるよー?」
 キツイ言い方にならない様に、凪は穏やかな笑みを絶やさない。
「可愛いからって餌を与え続けたら彼らは狩りをしなくなるし、身を守る事も出来なくなる。彼らが天敵に襲われた時、今の体型で逃げる事が出来るのかな?」
 リースの口調も言い聞かせる様に穏やかだ。村人達は自分達のした事が愛しのオオウミガラスを危険に晒している事を省み始める。
「こーゆー言い方は失礼やけども、下手をすると絶滅してまう恐れもある思うねん」
「彼らは野生動物だ。可愛いから、と無闇矢鱈に猫可愛がりするのは無責任だよ」
「絶滅危惧種であると知っていたのに、誤った保護意識で私達がその可能性を高めてしまったのか。何と言う事だ‥‥」
 頭を抱える村長に、凪は優しい顔のままで頭を振った。
「薄々そーなる危機が判ってたから、ギルドにお願いしたんやろ?」
「それはそうだが‥‥己の愚かさが呪わしいっ!」
 がっくりと膝を着く村長に、村人が一斉に駆け寄る。
「村長だけのせいじゃないわ!」
「この責は皆で負おう!」
 どうやらこの村の結束は強い様である。それを確認し、凪とリースは微笑み合う。
「皆ええ人達や。だから暫く見守っててくれへんやろか? お願いしますー」
「可愛いからこそ、自然の中で生きて行ってほしいじゃないか。ずっとね。彼らを思う気持ちがある皆なら、辛いけどきっと出来る筈だよ」
 ぺこりと頭を下げる凪の隣で、リースは自責の念に苦しむ村人達を優しく励ます。
「と、まぁ俺に言われても説得力ないか」
「そんな事は決してない! 君こそ真に可愛いものを愛でる男だ。私は感動したっ!」
 村長はリースの手をがしっと握り、おいおいと咽び泣くのだった。
 
 所変わって川辺では‥‥
「潤んだ瞳で見つめても無駄です。でも、不味そうなんですよねぇ」
 ウェーダは邪笑を浮かべながらオオウミガラスに近づく。
「もっと太ったら美味しく頂けそうなんですけど。もう少し待ちましょうかねぇ」
 ヨーコが通訳して聞かせると、怯える雌はよちよちと逃げ始めた。
「仲間に救いを求める様な目で見ないでくれ‥‥」
 ルザリアは寂しそうな声で体を摺り寄せてくるオオウミガラスから離れ、背を向ける。そして心を鬼にして追いかけ始めるのだった。
『あかん、折角捕まえたゆうのに、不味そうやからいらんなんて殺生やで』
『だったら見逃してぇ!』
『これで判ったやろ、人間はお前らを食おうとしか思うてへんのや。白黒の愛嬌だけで生きて行くには、自然界は厳しい出来とんねん』
 厳しいながらもそこに微かな思いやりを感じ取り、昨日ここに運んできたもの達も姿を現し始める。
『判ったら、これから先は地力で生きて行くんやで! ええな?』
 頼もしくも優しいヨーコの言葉。
 それを聞いたオオウミガラス達は瞳を潤ませ、ヨーコを取り囲む。
 そして‥‥
『姉御!』
『‥‥は?』
 ボスらしき1匹の言葉に、ヨーコの目は点になる。
 どういうわけか、ヨーコ達は彼らにとって正義のヒーローになってしまったらしい。
「ちっとも嬉しゅうないけど、こうなったらびしっと決めんで」 
 ヨーコは覚悟を決めたらしい。
『皆、達者でな! あの夕日に向かって別れのダッシュや!』
 その瞬間、オオウミガラス達の「姉御〜!」という叫びが2人にも聞こえた気がした。
 皆の心が一つになり、夕日に向かって勢い良く駆け出す。
 傍から見たらお間抜けな光景でしかないが、これにて一件落着である。

「ウチ等が居なくなっても、今までのよーに甘やかさないでくれるとうれしーなー♪」
 にこやかに釘を刺す凪に村長は頷くと、大きな包みを冒険者に手渡す。
 それを紐解いたそれぞれがどの様な反応をしたのかは、想像にお任せしよう。
 帰路に着く後姿をこっそりと見守る8匹の姿があった事を、彼らは知らない────。