●リプレイ本文
●魅せる冒険者達
冒険者を招待したバレンタイン祭りには、多くの者が足を運んでいた。
「細工はいけない事かもしれませんが‥‥今日くらいは良いですよね?」
用意してきた花びらの数が奇数の花を運びながら、占い師の桜葉紫苑(eb2282)は小さな声で呟く。
ここにある花は必ず『好き』で終わるのだが、それも幸せな1日を送って欲しいと言う心憎い演出である。
「今日1番のオススメは恋占いよ☆」
紫苑と同じ様に占いを生業とするネフティス・ネト・アメン(ea2834)は、神秘的な化粧を施した顔でヴェール越しに微笑む。
「お姉さん、占ってもらっていいかな?」
「勿論よ。やっぱり恋占い? それとも今年の運勢をご希望かしら?」
得意のタロットカードに伸ばしたネフティスの手に、青年は震える手を重ねる。
「君に一目惚れした。僕の恋が叶うかどうか、聞かせて欲しい‥‥」
「えぇっ!?」
ネフティスは、黒く大きな瞳を見開いて顔を真っ赤に染めるのだった。
「宜しければあなたの恋の行方を占いましょうか?」
神秘の水晶球に手をかざしながら、紫苑は男性に声をかける。
「俺が好きなのは数年前に旦那を亡くした年上の人なんだ。どうすれば彼女を幸せに出来るのか、教えてくれないか?」
中々に深刻な相談ではあるが、紫苑は優しい微笑みを絶やさずに彼の背中をそっと押すようなアドバイスを送るのだった。
「ふう‥‥やっと諦めてくれたわ」
「あの、気になる方が出来たんです。またお会い出来るか占ってもらえますか?」
頬を染めるヒルケイプ・リーツ(ec1007)にネフティスは微笑む。
「任せてちょうだい♪」
「もし会えないって結果が出たら怖いから、やっぱりいいです! 鳥占いに変更して下さい!」
恋するが故に臆病になっているヒルケは、ネフティスのタロットカードをバッと手で押さえる。
「未来の旦那様は戦いと人助けに縁がある人ね。で、その前の占いの結果なんだけど、後にいるわ」
「後に? ‥‥あっ」
意味あり気に微笑むネフティスにヒルケが振り返ると、村人が振舞う焼き菓子を頬張っているキルシェの姿があった。
「お祭りを楽しんで来て下さい。今日のあなたの恋愛運は絶好調ですよ」
紫苑の温かな声にヒルケは微笑むと、赤い頬のままで占い所を後にするのだった。
村の中央に設けられた簡易舞台では、冒険者達がそれぞれの特技を披露していた。
「ヒートハンドでお湯を沸かします!」
「そのお湯でお茶を淹れるよ」
ディーネ・ノート(ea1542)と瀬崎鐶(ec0097)はお茶を延々と淹れ続けていた。
「‥‥御代わりはあるから、どんどん飲んでね。なくなったらディーネがクリエイトウォーターで水を出せばいいし」
「あのね、それじゃ私のMPが持たないわよ!」
「‥‥これも芸の内だよ、頑張れ。愛しの旦那も見てる事だし」
「旦那じゃないからっ!」
耳まで真っ赤にして否定するディーネは、恋人のアルヴィス・スヴィバル(ea2804)と目が合ってしまい、沸かしたお湯を手にかけてしまった。
「熱っ!」
「大丈夫かい、師匠!?」
アルヴィスは、慌てて壇上に駆け上がる。
「う、うん。だいじょぶ‥‥」
「念の為にリカバーをかけておこう」
2人に観客の目が釘付けになっている事に気づいた鐶は、無表情のままで口を開く。
「これが愛のリカバーだよ」
その瞬間、観客達にどよめきと祝福の口笛が巻き起こる。
「な、なななっ!!」
大混乱のディーネを見つめながら、アルヴィスはある決意を固めるのだった。
(「今日はバレンタインだし、師匠との関係をはっきりさせるのも悪くないかな」)
そして‥‥
「恋とかそんな甘い物じゃないかもしれないけど、ずっと一緒に居たいと思う。不束者だけど、末永くお願いできるかな?」
三つ指を着いた、舞台上のプロポーズ。
それはアルヴィスがディーネに弟子入りをした時と全く同じシチュエーションだった。
「ヴィ、ヴィス‥‥本気なの?」
「冗談でこんな事を言えるほど、僕は酷い男じゃないよ」
熱っぽい瞳で見つめられ、ディーネは彼が真剣なのだと知る。
「返事をもらえるかな?」
「ここじゃ無理っ! あっちに行くわよ!」
ディーネは強引に恋人を引っ張ると、舞台上から飛び降りる。
「結果は後で僕が報告するから」
あちこちから起こる不満の声に、鐶はぺこりと頭を下げるのだった。
「次は拙者の番だな。とくとご覧あれ!」
尾花満(ea5322)は愛用の包丁を取り出すと、次々と見事な飾り切りを披露していく。
「厨房を貸してもらえれば何かしらの料理も‥‥」
「満、今日は料理をしに来たんじゃなくて祭りを楽しみに来たんだろ?」
すっかり気を良くした満を、妻であるフレイア・ヴォルフ(ea6557)はやれやれと言った様子で嗜める。
「‥‥さて、私は何故ここに居るのだろうね?」
侍らしく礼をして舞台を降りる満と入れ替わりに姿を現した呀晄紫紀(ec1369)は、愚痴りながらも正確無比に的を射抜いていく。
「やるな、紫紀。俺がその動きを止めて見せよう」
呀晄貳閻(ec1368)はそう呟いた後、シャドウバインディングで妹の動きを止めてしまった。
冒険者達の戦う術を目の当たりにした少年達は、瞳をキラキラと輝かせていた。
さらにパーストで過去見を披露する兄を、紫紀は複雑な表情で見つめるのだった。
次に壇上に上がったのは日高瑞雲(eb5295)とマリエッタ・ミモザ(ec1110)の恋人ペアだ。
違和感なく男装を着こなしているマリエッタはともかく、逞しい体つきにドレスを纏った瑞雲に観客達はざわめく。
「今から男女逆転します! そ〜れ♪」
マリエッタの号令の後、禁断の指輪の力で『ボンキュッボンッなワイルドセクシー美女』に変身した瑞雲と、あまり見た目の変わっていない‥‥いや、心なしか凛々しくなったマリエッタの姿があった。
「おおおおぉぉぉ!!」
色めき立つ男性達に、瑞雲は悩ましげなポーズでウインクを飛ばす。
「何だか、すっごく複雑です‥‥こうなったら私も奥様方に大サービスしちゃいますからっ!」
マリエッタは不服そうに呟いた後、自らにレジストコールドをかける。
そして上着を脱ぎ捨て、寒空の下に裸の上半身を露にした。
「んまああぁぁぁ!!」
色めき立つ奥様方。会場は一気にヒートアップ!
「私の食べっぷり、眼に焼き付けてねぇん!」
「僕からはマダム達に幻の愛の花を贈ります!」
2人は壇上で大食いとファンタズムの美しい幻を披露する。
異様な盛り上がりを見せる大人達を覚めた目で見つめている子供達を手招きし、アーシャ・イクティノス(eb6702)は木の枝で可愛らしい動物ペンダントを作り始めた。
「可愛い! これってわんちゃん?」
「そうですよー。こっちはくまさんです♪」
書き込まれた円らな瞳に、子供達は満面の笑みを浮かべる。
一方、新たに舞台に上がった初々しいアルテス・リアレイ(ea5898)とサクラ・キドウ(ea6159)のカップルに、大人達は徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。
それもアルテスの美しい歌声のお陰だろう。
「サクラさん、僕と一緒に歌って、踊ってみませんか? 踊りは得意でしょうし、折角の機会ですし」
「人前で踊るのは初めてですけど‥‥アルテスと一緒なら」
頬を染めながら、サクラはアルテスの隣で踊り始める。
「あら、私もジプシーとして負けていられないわね」
レア・クラウス(eb8226)はしなやかにステップを踏み出し、
「俺も伴奏に混ぜてもらおうかね」
セイル・ファースト(eb8642)はローレライの竪琴を奏でるのだった。
「素敵ですわ、セイル君‥‥」
リリー・ストーム(ea9927)は愛しい夫の音色に耳を傾けていた。
壇上で幸せそうに歌い、踊る2人にいつしか観客達もそれに倣う。
恋人同士だけではなく親子や友人達も、互いを優しい目で見つめていた。
「特技、か‥‥特にないな‥‥いや‥‥」
イリュード・ガルザークス(ec2015)は周囲を見渡して、これを守るのがそれかも知れないと思い直す。
披露するものではないが、胸を張れる特技なのだと自らを誇らしく思いながら。
幸せな空気に包まれながら、冒険者の特技を披露するイベントは大成功の内に幕を下ろしたのだった。
●様々な愛の形
ヴェニー・ブリッド(eb5868)はジークリンデ・ケリン(eb3225)に朗らかな笑顔を見せる。
「あなたが私のパートナーね。よろしく♪」
「‥‥はい。女性の方で安心しまし‥‥きゃっ!」
挨拶の途中で手を引っ張られ、ジークリンデは訳も分からずに駆け出す羽目になった。
「あ、あの、どちらに?」
「一緒に恋人同士や片想いさんに突撃取材してみましょ。お惚気とか結婚観とか聞けちゃうわよ!?」
久しぶりの休暇をバレンタインのお祭りでゆっくりと過ごしたいと思っていたジークリンデ。
ドキドキしたいと思う彼女の希望は、違う形で叶えられようとしていた。
「神剣より強く、宝鏡より脆く、そして何より貴きもの。それが俺達の最大の力だ」
シェリル・シンクレア(ea7263)とレアを両腕に抱くマナウス・ドラッケン(ea0021)の双眸は遠くを見つめていた。
2人は彼にとって恋人であり、大事な女性であった。
もう1人その様な存在がいるのだが、彼女は気恥ずかしくて参加しなかったらしい。
「んもう。両手に花のこの状態で、難しい話は無しよ」
「そうですよ〜。今日はお祭りを楽しみましょう、お義父様〜」
頬を膨らませるレアとおっとりと微笑むシェリル。
正反対の2人を見つめながら、マナウスは彼女達が自分の傍にいて温もりを伝えてくれる事に改めて感謝の念を抱く。
「俺はお前達のお陰でまだ心を失わないで居られるんだと思う。脆いこの心を支えてくれているのだと」
マナウスはそこで言葉を区切ると、2人を強く抱き寄せた。
「ありがとう。‥‥そして愛してる」
優しい瞳で見つめられ、シェリルとレアの瞳が熱く潤む。
「私もお義父様を愛しています。心から、ですよ〜?」
「‥‥ずるい男ね。悔しいけど愛してるわ」
2人は愛を告げると、同時にマナウスの頬に口付ける。
(「独占欲はこの愛を滅ぼす、か。わかってるわよ、そんなの‥‥」)
レアは紫苑の言葉を思い出していた。
「で、さっきの答えは何?」
「ヴィニーさんっ!」
茂みに隠れて3人の話を聞いていたヴィニーは、ジークリンデの制止を聞かずにマナウスに尋ねる。
「最大の力の答えか? 誰かと共に在りたい、誰かと再び会いたい、誰かに傍に居て欲しい。心が繋がる、繋げたいという力、すなわち絆だ」
凛然と答えるその姿には、冒険者としての貫禄があった。
「へえ、流石ね」
「カッコイイじゃん、マナウス♪」
「ですが複数の女性とだなんて‥‥そこは否定させて頂きます!」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはマナウスとシェリルと顔見知りのナーガ3人の姿があった。
「来て下さったのですね〜。そうそう、この前は贈り物、大切に使わせて頂きますね〜♪」
ぺこりと頭を下げるシェリルに、ナーガの女性リーシャは微笑む。
「気に入ってもらえたのなら嬉しいわ。このお祭りの事も教えてくれてありがとね」
「お友達を招待するのは当然の事なのです〜♪」
「ナーガ族と知り合いになれるだなんて嬉しいわ。私はレア。仲良くしてね?」
でれっと鼻の下を伸ばすソルの頭をシヴァは咳払いをしつつ、ぽかりと引っ叩く。
「あの方が来ているか、一緒に探しましょうね〜?」
そっと耳打ちしたシェリルに、リーシャは寂しげに微笑んだ。
「何やら訳あり? さあ、次はあの2人よ!」
ヴィニーが次に目をつけたのは、マール・コンバラリア(ec4461)とアゼルのシフールカップルだ。
「今日もすっげぇ可愛いっ! しかもデート出来るだなんて夢みたいだ」
「も、もう、大げさね」
いつもよりおめかしをして来たマールは、恥ずかしげもなく褒め倒すアゼルに微かに頬を染める。
いつも通りに振舞おうとしていたが、緊張でその胸はドキドキと早鐘を打っていた。
「昨日さ、マールの夢を見たんだ。夢占いなら運命の人って事だよな。マールは?」
「そ、それは‥‥内緒よ!」
自分も同じ夢を見たとは言えず、マールは薔薇色の頬で誤魔化す。
「だよなぁ。だって俺の片想いだし。でも、絶対におま‥‥君を振り向かせて見せるからな!」
アゼルのころころと変わる表情に、マールは微かに微笑む。
「これ、受け取ってくれるか?」
徐に彼が差し出したのは、マールが1番好きな宝石をあしらった耳飾りだった。
「マールの事考えて、一生懸命選んだ。本当は他にも色々買ったんだけど‥‥」
そう言い開けられた鞄の中には、様々な種類のアクセサリーが入っていた。
何を贈ったらいいのかわからないから店中の物を買い占めたと言わんばかりの数に、マールの乙女心は揺れる。
「ありがと。この宝石、1番好きなの」
「本当に? 良かった!」
「お返しにこれをあげるわ」
マールはまるで何も用意してなかった振りを装いながら、髪に結んでいたリボンを解く。
実はアゼルに渡したいと思い、1番のお気に入りのを選んできたのだ。
「いいのか? これっておま‥‥君にすっげぇ似合ってるのに」
「もう、何度も言い直す位なら無理しなくて良いわよ‥‥別に、嫌じゃないし」
ぽつりと呟かれた本心に、アゼルは顔を真っ赤に染める。
「どうだ? 似合うだろ?」
照れ隠しにマールがあげたリボンを首に巻いて、おどけてみせるアゼル。
「‥‥ええ。とってもよく似合ってるわ、私のわんこ君」
それを見たマールはくすりと微笑んだ。
「いやぁ、青春ねぇ!」
「‥‥あそこに恋人達が固まっています」
すっかり楽しんでいるジークリンデを、ヴィニーは頼もしく感じるのだった。
「あら、久しぶり。やっぱりナンパしてたのね」
フィオナ・ファルケナーゲ(eb5522)は女性に言い寄るシェダルを見つけ、呆れた様にふうと息を吐いた。
「元気そうだな。あいつ等も来てるぜ」
シェダルの視線の先にはレグルスとミルファの姿があった。
頬を染めるミルファに、フィオナの中の意地悪心がむくむくと沸き起こってくる。
『ねえねえ、レグルスくんとはどこまで進んだの?』
テレパシーでそう尋ねると、ミルファは持っていた焼き菓子を落っことしてしまった。
「どこまでって、まだ何にも‥‥」
「もっと積極的に行動しないと一生気づいてもらえないわよ? ね、レグルスくん?」
顔色が変わった彼女を白々しく且つオープンに弄りながら、フィオナはシェダルの肩に留まる。
「あの子の一途さを見習って、そろそろ1人の女性に落ち着いたら?」
何だかんだ言って彼の事が気になっているし、気に入ってもいるフィオナである。
「それは無理だな。だってオレ、愛なんて信じてねーし、第一どういう事だかよくわかんねぇんだよ」
しかし返ってきた答えに、シェダルの深い闇を垣間見るのだった。
「ああ、私の女神! 会いたかった‥‥ぶはっ!」
頬を染めて恋人シルフィに抱きつこうとしたキュアン・ウィンデル(eb7017)は、彼女の姉シエラに勢い良く張り飛ばされる。
「少しは人目を気にしろ、このぬくぬくがっ!」
「お姉ちゃん! 招待してくれたのに、なんて事するの!?」
どこかで見た様なやりとりに、キュアンは垂れる鼻血もそのままにほわんと微笑む。
「この痛みさえも幸せだ。この様なぬくぬくとした祭りを催して下さった方々に感謝の意と、今後も彼らの為に我々が力を尽くす事を伝えよう」
言っている事の半分以上は素晴らしいが、それも始めの一言とだらしない表情で台無しである。
キュアンは姉妹を伴い、花占いや鳥占いを楽しんだ。
「君の結果はどうだったんだい?」
「ぬくぬくに教えるものか!」
「そう照れなくてもいいじゃないか。先日は素晴らしい出会いがあったようだし。すると私にも義兄様ができる事に‥‥家族が増えるというのは喜ばしい事だ!」
1人で突っ走るキュアンがシエラに殴られたのは言うまでもない。
「里帰りのついでに祭りだなんて丁度いいな。リリーも初の渡英を喜んでくれてるみたいだし」
セイルは村人達と一緒にアップルパイ作りに励むリリーを見守っていた。
「やっと出来ましたわ!」
お嬢様育ちで料理などロクに出来ないリリーは、愛する夫に喜んでもらいたい一心で不器用ながらも懸命に心を込めてアップルパイを作っていた。
「早く旦那に食べさせてやりな」
「皆様、ありがとでした♪」
片言のイギリス語で教えてくれた女性達に礼をすると、リリーはセイルの元へ自信作を運んでいく。
「見て見て、私が作りましたの〜。食べて下さいな♪」
大切にバスケットに詰められたそれは、形がちょびっとだけ歪んでいた。
「頑張ったな、リリー」
頭を優しく撫でた後、セイルはそれを口に運ぶ。
がりっと硬い林檎の歯ざわりがあったものの、味事体は申し分ない。
「どうですの? お口に合いまして?」
「すごく美味いよ、ありがとな。‥‥愛してるぜ」
心配そうに自分を見つめるリリーに微笑むと、セイルは彼女のおでこにキスを落とす。
ちなみに失敗作はリリーをナンパしてきた男性達に配られ、何人かがお腹を壊した事を2人が知る由はない。
「‥‥私の好きと、あの人の好きはどれくらい離れているのでしょう?」
そんな仲睦まじい2人を眩しげに見つめているのはシルヴィア・クロスロード(eb3671)だ。
彼女は円卓の騎士パーシ・ヴァルに一途な想いを捧げていた。
「パーシ様、パーシ様、パーシ様‥‥」
林檎占いをしてみるものの、唱える名前は1人だけだ。これでは占いにならないが、本人は頬を染めてとっても嬉しそうだ。
「さあ、次は煮込み料理を教えてあげるよ!」
「はい! すぐに行きます!」
上品な料理よりもパーシは家庭料理の方が好きだと思うシルヴィアは、村の女性達にレシピを教えてもらっていた。
パーシから『大切だけどまだ恋ではない』という返事を貰っている彼女は、想いが重なる日を夢見て奮闘中なのだ。
「あ、この料理、好きだ。満〜、覚えて家で作れないかな?」
フレイアは満と腕を組みながら、いちゃいちゃと様々料理を楽しんでいた。
「ふむ。これは興味深い。応用料理が思い浮んだ故、早速‥‥」
「ってそこ、料理作ろうとしないっっ! うずうずするのは分かるけどな、まったく‥‥」
呆れ顔のフレイアに、満は気恥ずかしそうな照れ笑いで応えるのだった。
「はぁ〜、何だか羨ましくなってきちゃったわね」
「‥‥はい。私は恋愛には疎いのでよくは分りませんが、それでも恋や愛を知る事ができたら‥‥素敵なんだろうなぁって思います」
本音を口にするジークリンデの頭をヴィニーはぽんぽんと叩くのだった。
バレンタインパートナーは必ずしも男女という訳ではない。
「ふふふ〜♪ 双樹ちゃんとパートナーになれるだなんて、とっても幸せなのです〜」
リア・エンデ(eb7706)は大好きな親友・鳳双樹(eb8121)と腕を組んで祭りを楽しんでいた。
「ファル君も雲母ちゃんと仲良くなりたいですよね? 一緒に頑張るのです〜♪」
自らのペットに話しかけるリアを、双樹は優しい瞳で見つめていた。
「キャメロットに来るのは久し振りです。変わっていなくて安心しました」
帰郷を楽しむ双樹は、親友であり師匠でもあるリアの『村祭りで双樹ちゃんともっとラブラブになろう大作戦♪』に全く気づいていなかった。
「占いとかもたくさんあるようですし、何かやってみましょうか‥‥」
ドキドキしながら双樹は紫苑に今年の恋愛運を見てもらったのだが、結果はあまり芳しくなかった。
「はう〜。結果が悪くても頑張ればきっと大丈夫なのです〜」
「‥‥そうですよね。紫苑さんも『自分の努力次第で道は開ける』って言って下さいましたし」
仲良く遊ぶペット達とリアの優しい言葉に、双樹は涙を拭い微笑んだ。
「それにしても、身近にある恋の障害って一体何なのでしょうか?」
双樹は紫苑が何故か言いにくそうにしていた事を思い出す。
「あんまり気にしちゃダメなのです〜」
リアはにっこりと微笑む。
悪気のない自らの純粋な想いが、双樹から恋を遠ざけているとは夢にも思わないリアであった。
「さあ、美味しい物を食べに行きましょ〜。双樹ちゃんはず〜っと私の一番のお友達なのですよ〜♪」
「はい。リアさんも私の1番大切なお友達ですよ♪」
恋よりも友情‥‥乙女達は充分幸せそうに見える。今はこのままでもいいのかもしれない。
「あら、あなたが私のパートナー?」
「まさかお母様とだなんて‥‥これも運命ですわね」
こちらはシェリル・オレアリス(eb4803)とフィーネ・オレアリス(eb3529)の親子がパートナーになったらしい。
「それにしてもバレンタインのお祭りがこんなに楽しいものだなんて、来てよかったですね」
「ええ。旦那がどこに行ったか分からない事だし、女2人で楽しみましょう♪」
危険な一言を口にしたシェリルは、くすくすと笑いながら人込みに紛れて行く。
それを慌てて追うフィーネは、早速年配の男性に声をかけられて嬉しそうに微笑む母の姿を目撃するのであった。
「見ず知らずの男性に身を委ねて踊るだなんて‥‥」
「いいじゃない。おばさんは人妻だから、こういう新鮮なイベントって素敵だと思うのよ」
恋の季節を謳歌する若者達を懐かしそうに見つめながら、シェリルはにこりと微笑む。
鳥占いで将来の旦那様の職業がわかり、頬を染めるフィーネは母の結果が父と同じ職業である事に安堵する。
羽を伸ばし朗らかに微笑む母を見つめながら、いい親孝行が出来たとフィーネは思うのだった。
「お姉、お久しぶりです〜!」
「アイシャ、元気だった?」
抱き合って再会を喜ぶアイシャ・オルテンシア(ec2418)とアーシャは、苗字こそ違えど仲の良い双子の姉妹である。
「そう言えばアイシャ、王宮騎士見習いだって? おめでとう♪ 応援しているからね」
アーシャは心からの祝福の言葉と共に、パールフラワーをアイシャに手渡す。
「これって‥‥」
「きっと似合うよ。なかなか一緒に過ごせないけど、今日はめいっぱい遊ぼうね」
「お姉‥‥ありがとう!」
嬉しそうに微笑むアイシャの髪に、アーシャはパールフラワーをつけてあげるのだった。
バレンタインパートナーとなった2人は積もる話に花を咲かせながら、姉妹水入らずで祭りを楽しむ。
「そういえばお姉、誰か良い人でも見つかりましたか?」
「そ、そういうアイシャはどうなのさ〜?」
ごほごほと咽ながら、アーシャは妹に質問返しをお見舞いする。
「私は‥‥王宮騎士見習いになったばかり、そういう事はしばらくお預けですよー」
姉の慌てぶりには気づかず、アイシャはふうと溜息をつく。
「‥‥でも、誰かいい相手が欲しいなぁ」
小さく呟いたアイシャの目に、繊細な細工が施されたネックレスが目に留まる。中央に埋め込まれた宝石はアーシャの好きな青色だ。
「すみません、これお幾らですか?」
「お代はいいよ、気に入った人にプレゼントしてるんだ」
中年の女性はにかっと笑うと、ネックレスを譲ってくれた。
「お姉、急な事で何も用意してなくてすみません。これ、私からのプレゼントです」
「えっ? いいの!? わぁ、すっごく綺麗なデザイン‥‥」
「ふふっ。良縁に恵まれるらしいですよ? 私もお揃いです☆」
そう言い舌をぺロッと出したアイシャの胸元にも、同じネックレスが光っていた。
●恋人達の甘い夜
招待客の立場でありながらも、祭りの手伝いを買って出た者達もいた。
「あなたの想いが届きます様に‥‥」
小さなハートの刺繍入りの袋の中に、意中の相手の名前を書いた羊皮紙を入れたお守りは、クリステル・シャルダン(eb3862)のオリジナルであった。
彼女の人柄とお守りの可愛らしさに行列が出来、休憩を取れたのは夕方になってからだった。
「盛況でしたね、クリステルさん」
凛とした声と共に差し出されたカップに視線を上げると、シルヴィアが微笑んでいた。
「おかえりなさい。お願いしていた物を貸して頂けますか?」
「はい。ですがこれで一体何を?」
言われるがままにパーシの名前を書いた羊皮紙を手渡すシルヴィアの目の前で、クリスは月桂樹の葉と雷の刺繍を施した袋にそれを大事に仕舞った。
「これは私からあなたへのささやかな贈り物です」
微笑みながら差し出されたそれには、一層の祈りが込められていた。
「‥‥ありがとうございます。ずっと大切にします」
シルヴィアはお守りをそっと胸に抱きしめる。
「折角バレンタインパートナーになれた事ですし、これからも仲良くして下さいね?」
「ええ、私こそお願いしますわ」
幸せそうな恋人達や身分が違っても協力しあう人達を見つめながら、クリスは嬉しそうに微笑み心から皆の幸せを祈るのだった。
「恋占い‥‥いや。後は私が想いを貫けるか否かだ」
エスリン・マッカレル(ea9669)が恋するのは円卓の騎士トリスタン。
既に告白はしていて『真面目に考える』という答えは貰っていたが、訳あってずっと進展は無かった。
「今更、御心を測る様な真似は必要ない‥‥が、バレンタインカードぐらいなら試してみてもよい‥‥か?」
「いいんじゃね?」
「そうか、ならば早速‥‥って、貴殿は何者だ!?」
独り言に返事が返ってきた事に驚くエスリンを、若宮天鐘(eb2156)はにやにやと笑いながら見つめていた。
「からかって悪かったな、恋する騎士様。俺様は忙しいからそろそろ行くわ」
動揺するエスリンを残し、ゴシップ好きの天鐘は友人である瑞雲とキュアンを探し出す。
「瑞の字とぬくが最近春真っ盛りらしいからなぁ。ガッツリ観察してやるから覚悟しとけよ」
賑わう冒険者の特技披露の舞台脇で、彼がこっそりと特技の賭博でイカサマ技を披露していたのは知る人ぞ知る、である。
「忙しくて祭りを見て回れてないだろ? 少し休憩したらどうだい?」
「ではきりのいい所で少し休ませてもらいますね。お役に立てて何よりです♪」
可愛らしいエプロンを腰に巻き料理やお菓子作りを手伝うヒルケの隣には、常にキルシェの姿があった。
「キルシェさん、お手伝いしてくれてありがとうございます。‥‥あの、退屈じゃなかったですか?」
「ヒルケを見てるだけで面白い。‥‥ちょこちょこと動いてて、可愛いって思った」
その言葉にヒルケは真っ赤な顔で俯くのだった。
夜の帳が下り、ランタンや焚き火の炎に照らされた村祭りはロマンチックな雰囲気に満ちていた。
(「ぬくの奴、鼻の下を延ばした間抜け面をさらしやがって!」)
インビジブルで姿を消した天鐘は、とても友人とは思えない物言いでキュアンを観察していた。
「シ、シルフィ、今夜も星が綺麗だね、はははは‥‥」
ぎこちなキュアンに天鐘は噴き出しそうになるのを必死で堪えていた。
(「何だよ、キスしたいのにタイミングが掴めないのがバレバレじゃねーか! こりゃネタになるぜ」)
次は瑞雲の番だとあちこちを移動する天鐘だった。
「これ、美味しいです。アルテス、あーん‥‥」
「あ、あーん‥」
年下の恋人に料理を食べさせてあげるサクラは、とっても嬉しそうだ。
対するアルテスはまだ恥ずかしいものの、幸せの味を噛み締めるのだった。
「そろそろ返事を聞かせて欲しいんだけど」
「‥‥うっ」
ディーネは真っ赤な顔でアルヴィスから視線を逸らす。
あの後2人は食べ歩きを満喫し、あっちをウロウロこっちにふらふらとしてばかりで、未だディーネはちゃんと返事をしていなかった。
「僕の事、嫌い?」
そんな筈ないって分かっているくせに。アルヴィスは木にもたれ、大袈裟に星空を仰いで見せる。
「‥‥意地悪」
ディーネはそう呟くと、恋人の足の間に小さな体を滑り込ませる。
両膝と両手を地面に着けたままゆっくりと顔を近づけて、少し長めのキス‥‥これが彼女の答え。
「好きよ、ヴィス。ずっと一緒にいて‥‥」
恥ずかしさからぎゅっと抱きつくディーネに、思考を停止させていたアルヴィスはハッと我に返る。
「これで堂々と言えるね。僕、この戦いが終わったらディーネと結婚するんだって」
名前を呼ばれて思わず体を離したディーネを逃がさまいと、アルヴィスはキスでその動きを止めるのだった。
「この酒も美味いな‥‥流石だ」
フレイアは満にしなだれかかり、ふうと悩ましげな吐息を吐く。
「酒に弱いのだから程々に‥‥と言う前に出来上がったか」
満は苦笑しつつも彼女を膝枕し、そのまま料理のレシピを羊皮紙に纏め始める。
「‥‥みつるぅ〜〜」
とろんとした眼で見上げてにこっと微笑むフレイア。
「お休みぃ‥‥むにゃむにゃ」
しかしその数秒後、満に身を任せて幸せそうに寝るのだった。
(「瑞の字、発見!」)
天鐘は逸る気持ちを抑えて瑞雲とマリエッタに近づく。
「飲み過ぎじゃねぇか、マリィ?」
「一緒にお酒を飲めるのが嬉しくて、つい‥‥」
マリエッタは、ふにゃっと恋人の肩にもたれかかる。
「今日は誘って下さってありがとうございます、瑞雲さん‥‥大好き」
恋人の肩を抱きながら、空いた方の手で瑞雲は己の頭を掻き毟った。
「んと、こういう感情を口に出すのって苦手なんだよなぁ俺‥‥」
マリエッタが眠りに落ちる間際にその前髪をかき上げて、額に優しいキスを落とす。
「愛してるぜ、マリィ」
嬉しそうに微笑みながら眠りに落ちていく彼女の左手の薬指に、瑞雲は誓いの指輪をそっと嵌める。
「うっはー! キザッたらしー! ‥‥あ」
思わず叫んだその瞬間。
羞恥と怒りに顔を真っ赤にし、ポキポキと指を鳴らす瑞雲と目が合う。
その後、デバガメ天鐘がどうなったかは語るまい。
1人の犠牲者を除き、祭りの参加者は誰もが温かで幸せな1日を終えるのだった。
冒険者達の優しさが齎した温かな絆は、これからも無限に広がっていくのだろう────。