【お兄様と私】裁かれるのならば、君の手で

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:1 G 10 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:02月26日〜03月10日

リプレイ公開日:2009年03月06日

●オープニング

 
 ステンドグラスから差し込む光の中で舞う埃を、僕は綺麗だと思ったんです。
 何故か涙が溢れてきた僕の隣で、セラさんはとても優しい目で微笑んでいました。
 お願いです、どうか彼を助けて下さい。
 このまま死んでしまうだなんて、そんなの悲し過ぎます。
  

 ペンを置き、エイリークは月を見上げる。
 あの時、セラは少し寂しげで、でもとても穏やかな笑顔でこう言った。
 生まれてきた意味なんてとっくにわかっていた。でも果たせなかった────と。
 

 神よ、あなたに問おう。
 命は心よりも重いのか。
 心を殺してまで、生きなければならないのか。


●騎士よ、公正であれ
 セラからの手紙が届くまでは、笑顔に満ちたとても楽しい日々を過ごす事が出来た。
 しかし、いつまでも淡い慰めの中に留まってはいられない。
「正気か? 冷静になって考え直せ」
 困惑した表情で詰め寄る同僚をフレッドは一点の曇りもない瞳で見つめる。
「冷静になって考え抜いた結果だ。もはやこれしか俺に出来る事はない」
「重罪人の減刑を請うだなんてどうかしてるぞ! しかも王宮騎士の職を返上してまでだなんて馬鹿げてる!」
 同僚の言う事は最もであった。
 フレッドは瞳を翳らせ、力なく笑う。
「‥‥確かに馬鹿げているな。俺如きが職を辞した所で法は変えられんだろう。だが罪を重ねてきたとはいえ大事な友なんだ。僅かな可能性でも諦めたくはない」
 その瞬間、同僚は憤怒の形相でフレッドを力いっぱい殴りつけた。
 鈍く重い音が室内に響き、フレッドの体は机に叩きつけられる。
「お前にとってこの職はそんなに軽いものなのか! 成りたくても成れずに涙を飲んだ者達の想いを忘れたのか!?」
 血の滲む口元を拭うフレッドの脳裏に、悔し涙を流しながらも祝福してくれた友の姿が甦った。
 家柄だけでも、実力だけでもなれない王宮騎士という要職。
 それに就けるのがいかに幸福で名誉な事であるか、フレッドとて忘れているわけではない。
「俺達は公明正大でなければならないんだ。それが騎士足る者の務めだと忘れたのか?」
 王宮騎士が犯罪者と懇意にしていて、尚且つ減刑を望んだと人々が知れば、世間に与える影響は決して小さくはない。
「お前は個の為に動こうとしている。騎士は国や国民‥‥全の為に行動せねばならない。少し頭を冷やせ」
 フレッドを複雑な表情で見つめた後、同僚は踵を返して部屋を後にした。
「だったら俺は、どうすればいい? 誰か、教えてくれ‥‥」
 握り締めた前髪の隙間から、誰にも言えない本心が一筋の涙と共に零れ落ちる。
 不安定に揺れる己の若さと、何一つ出来ない無力さが恨めしかった。

●遺したいもの
 時は少し遡る。
 セラとエイリークはキャメロットから遠く離れた崖の上の教会を訪れていた。
「ここでの慈善活動再開を支援して下さる方がいらっしゃるだなんて、これも聖なる母のお導きでしょう」
 年老いたシスターは皺だらけの顔で嬉しそうに微笑む。
「私も若くはありませんし、恥ずかしながら資金面でももう片方の教会で手一杯で‥‥本当にありがとうございます」
「俺もずっとここの事が気になっていた。少ないが受け取ってくれ」
 渡された袋の重さにシスターは目を見張る。
「衣服や当面の食料代を合わせたとしても、こんなに頂けません!」
「この教会にはそれだけの価値がある。多過ぎると思うのなら、そちらの教会の維持費に当てて欲しい」
 2人のやり取りをエイリークは黙って見つめていた。
「‥‥そこまで仰って下さるのなら、ありがたく頂きます。あなたのお名前は‥‥?」
「フレッド・ロイエルだ」
「ありがとうございます。ここで育つ子供達にそのお名前を伝えましょう。あなたに聖なる母のご加護がありますように‥‥」
 シスターは深々と頭を下げると、教会を後にした。
 その姿が見えなくなった事を確認したセラは、目深に被っていたフードを外してにやっと微笑む。
「あいつの喋り方にそっくりだったろ?」
「やっぱり僕には分かりません。どうしてフレッドさんのふりをするんですか?」
「犯罪者の俺より騎士のあいつが出資者の方がいいに決まってんだろ。渡した金までは綺麗に出来なかったけどな」
 今までの行いで得た金の全てをセラは手渡したのだ。
「親に捨てられたからって、俺と同じ様にはなって欲しくない。誰かの愛に触れれば、正しい道を生きていける筈だ」 
 あの日からセラは素直に自分の気持ちを口にする様になっていた。
 何でも話してくれるのは嬉しかったが、生きている内に自分の全てを話しておきたいと焦っている様で不安でもあった。
 真意を探ろうと追ったセラの視線の先にある光景‥‥光の中で儚く舞う埃の美しさに、エイリークは訳もなく涙するのだった。
 
●切実なる望み
 エイリークの手紙から伝わってくる悲痛な想いに、アリシアはただ涙を流す事しか出来なかった。
 切々と綴られるそれとは対照的に、セラからの手紙はたったの2言だった。


 随分待たせちまったが、漸くあんたを解放できる。
 叶うならば、白いドレス姿を目に焼き付けたい。

 
 セラが死を覚悟しているのは明らかだった。
 官憲に身柄を渡せば、程なくして彼は処刑されるだろう。それ程に彼が犯してきた罪は重い。
 あの日からセラを救えないかと考えてきたが、貴族の令嬢でしかない自分に出来る事など何もなく、残った答えはたった1つ。
「結婚式の日までは着ないつもりでしたけど、セラの願いならば明日にでも仕立てましょう」
 初恋の相手として、そして今は大切な友として、彼の願いを叶えてやりたいと思った。
「もう1つの願いも私が叶えますわ。待っていて下さいね、セラ‥‥」
 そっと開けた引き出しの中には、医学の本と布に包まれた何かが入っていた。 
 その頃、フレッドも自室で悲壮な決意を胸に己の剣を見つめていた。
 セラの想いを受け止めるのならば、もはやこの道しか残されていない。
「だが俺に出来るのか? この手で、セラを‥‥」
 剣を交わしたあの日、彼を憎んではいても殺す事は出来ないと悟った。
 しかし見ず知らずの者に処刑と言う形で命を奪わすのは、友として無責任であると感じていた。
 その生を自らの手で絶ち、救えなかった責を一生背負って生きていくべきだと。
「他人は斬れても身内は斬れないなど、いい訳でしかない。大切な友だからこそ、この手で終わりにしてやらなければなるまい」
 優しさだけではセラを救えない現実は、フレッドを苦しめるのだった。


 神よ、再びあなたに問おう。
 心は命より尊いのか。
 己が信念に殉ずる散り際は、美しいと言うのか。
 
   
「あれだけ働いてこれっぽちしか稼げないだなんて、割に合いませんよ」
「でも真っ当な仕事っていいもんだな」 
 セラとエイリークは肉体労働をしてその日その日を食い繋いでいた。
 疲労と共に何物にも代え難い達成感を得る毎日は新鮮である。
「やるよ。安物だけど」
「えっ? 僕も‥‥」
 働いた金で互いに同じ物を買ったと知り、2人は声をあげて笑った。
 しかし次の瞬間にセラの本当の望みを聞いた幼い顔は歪み、涙を零す。
「そんな事でいいんですか? そんなの当たり前じゃないですかっ!」
「俺にとっては何より大事な事なんだよ。ほら、泣くな」
 セラはポケットの中にあるロイエル兄妹へのプレゼントをそっと握り締める。
 望むもう1つは過ぎたる夢だと己に言い聞かせながら。

●今回の参加者

 ea5866 チョコ・フォンス(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea5936 アンドリュー・カールセン(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ec3680 ディラン・バーン(32歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 ec3876 アイリス・リード(30歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4318 ミシェル・コクトー(23歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ec4979 リース・フォード(22歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

緋村 櫻(ec4935)/ ジルベール・ダリエ(ec5609

●リプレイ本文

●それぞれの決意
 セラとエイリークが待つ教会はキャメロットから遠く離れたコールチェスター領にあり、アリシアにとっては今までに無い長い旅路となった。
 冒険者達の心配をよそにロイエル兄妹はいつも通りで、談笑には笑顔を見せたりしていた。
 だからこそ気になる。
 その笑顔の下にどの様な苦悩を、そして人に言えない決意を秘めているのかと。
「フレッド‥‥」
 愛馬ユリシスの世話をしているフレッドに、ミシェル・コクトー(ec4318)は遠慮勝ちに声をかける。
「どうした?」
 振り向いた笑顔はいつも通りに優しい。
 フレッドを意識しているミシェルの胸は、高鳴るのと同時に切なさに締めつけられる。
「あ、あの‥‥」
 上手く言葉が出てこない。
 ミシェルは心配するあまり頭の中がぐちゃぐちゃで、何を言えば心に届くのかが全く分からなくなっていた。
「言いたい事は分かる。王宮騎士の職を辞そうとした俺を諌めに来たのだろう。君の様に志す者にとっては許せない話だよな」
 予想外の言葉にミシェルは小さく息を飲んだ。
「違いますわ。私は‥‥」
「不甲斐無い先輩で申し訳ない。これでは呆れられても仕方ないな」
「ええ、呆れてますわ! 何でも自分1人で抱え込んで、私を頼ろうとしない、甘えようとしてくれないあなたに!」
 遠ざける為の優しい言葉。
 それを耳にしたミシェルの中で何かがぷつりと音を立てて切れた。本心のままに叫び、フレッドにぎゅっと抱きつく。
「ミ、ミシェル?」
「いつも力入り過ぎだから私‥‥意外に思われるかな。でもあなたが考えている事が知りたい。力になりたい、誰よりも‥‥」
 唇が紡ぐものの奥にある想いにきっと彼は気づかないだろう。
 やんわりと引き離される事を拒み一層強く抱きついた刹那、ふわりと頭を優しく撫でられた。
「君は誰よりも俺と同じ立場で苦しんでいるんだな。気づかずにすまなかった」
 顔を上げてぶつかるのは、少し困った様な笑顔。
「君に俺が考えている事を話そう。だがその前に、1つ聞いてもいいか?」
 ときめきとは違う胸の高鳴りを感じた。とても大切な事を聞かれるのだという予感は、数秒後に的中する。
「もし俺が死刑を免れない罪を犯したとしたら、君はどうする?」
 その問いにミシェルが出した答えとは────。

 セラとエイリークからの手紙を読み終えたアイリス・リード(ec3876)は、瞳を閉じてそれらを胸に抱きしめた。  
「アリシアさん、貴女はお2人の願いを叶える方法を見つけたのですね」
 手紙を返しながら、アイリスは静かな瞳でそう尋ねる。
「ええ。私に出来る事といえば、1つしか思いつきませんでした」
 答える彼女の瞳もまた、静かであった。
「ねえアリシア。大事そうに持っているそれは何?」
 チョコ・フォンス(ea5866)の問いにアリシアは微かに体を震わせる。
「道中、それだけは肌身離さず持っていたな。私達に見られては拙い物なのか?」
 ディラン・バーン(ec3680)は出来れば厳しい態度で接したくはなかったが、優しいあまり核心に触れられない皆の中で、自分しかこの様に尋ねられないと思った。
「‥‥ごめんなさい。話せませんわ」
 アリシアは俯き、布に包まれたそれを握り締める。
「私自身もセラは裁かれるべきとは思っているが、それは死ぬ事ではない。生きて、今まで殺めてしまった者以上に救う事で償っていくべきだと思う」
 ディランが自分の考えを陳べたのを皮切りに、仲間達は次々と自らの想いをアリシアに訴え始める。
「罪の重さ分、生きて償う事はできないのかな? 一生かけても罪は償いきれないとは思うけど‥‥でもあたしはセラに生きて欲しい」
 どれだけ考え抜いても何が正しいのかはチョコには分からなかった。だから素直な気持ちを口にする。
「わたくしはセラさんには生きて生き抜いて、成し得る償いを‥‥己で考え、行って欲しいと思います」 
 そっと両の手を胸の前で重ね、アイリスはゆっくりと想いを紡ぐ。
「皆‥‥」
 話を終え戻ったフレッドとミシェルも仲間の言葉に耳を傾けていた。
 アンドリュー・カールセン(ea5936)は処刑という道を誰も望んでいない事に安堵する。
 セラの運命に自分のありうる未来を重ねてしまい、彼を処刑するという事態には顔に出さないが反発していたからだ。
「罪がどうではなく、ただどうしたいのか2人の本心を聞かせて欲しい。どんな方法であろうと私達は拒みはしないから」
 拒みはしない‥‥それは真実であり偽りでもあった。
 冒険者達はどんな決意を秘めようとも2人を拒絶しない。しかし欺き邪魔をする手筈を整えつつあった────これが最善であり、誰もが救われる道だと信じて。
「俺は‥‥誰かに処刑される位なら、この手で終わりにしようと思っている。それがセラへの誠意だと思うからだ」 
 絞り出すような声でそう告げたフレッドは、ふと目が合ったアイリスの表情に戸惑う。
 悲しい顔ではなく、許す様な優しい微笑みを浮かべていたからだ。
「だがその顔を見る限り、本心ではなさそうだな。友人を殺したくなければそれでもいいだろう。自分が代わってもいい」
 それまで黙っていたアンドリューは、親しい者を手にかけるというフレッドの苦悩に触れる。
「いや、俺がやらなければ処刑と変わらない」
 アンドリューの申し出を断るその瞳は、アリシアと同様に静かな光を湛えていた。
(「人を裁く権利など誰にも与えられてなどいない。神にも」) 
 リース・フォード(ec4979)は意を決し、アリシアから布に包まれた何を奪う。
「リィ!? 返して下さい!」
「嫌だ、返さない。中を改めさせてもらうよ」
 アリシアが止める間もなく、リースは布を紐解く。
 毒薬でセラを殺そうとしているのではという冒険者達の予想は、中から現れた銀色のナイフに裏切られる。
「まさかアリシア、あなたは‥‥」
「人を癒す為の知識を人を傷つける為に使うのか?」
 医学の本に目を移したミシェルが口を開くより一瞬早く、リースの言の矢が飛ぶ。
 急ぎチョコが本を開くと、繰り返し読んだが故に癖がついたページが開く。
「腕の腱を切って、剣を持てなくするつもりだったのね」
「犯罪者としての彼を殺す‥‥そう決意していたのですね」
 真実を語るチョコとアイリスの声音の優しさに、アリシアの瞳から涙が零れ落ちる。
「馬鹿だな、本当に‥‥」
 リースは息を吐くと、崩れ落ちそうなアリシアの体を優しく抱きしめた。
「俺は、まっすぐで優しくて正しい二人を勝手なエゴで守りたいと思っている。二人の辛そうな笑顔を見たくないんだ」
「リィ‥‥」
「心の大きさに合わない事はしなくていいんだよ」
 アリシアから微かな嗚咽が漏れる。
 彼女の決意もまた、本心とは遠くかけ離れていた。   

 親友として出来る事は何か。
 どうすればその心を救えるのか。
 フレッドと共に見張り番をしながら、ディランは考えを巡らせていた。
「お前を手伝わせてもらうぞ。拒否されても勝手にやるからな」
 それは偽りだった。しかしこの嘘を信じ込ませる事でフレッドを救えるのならば、後ろめたさにも耐えられる。
「だがセラを手にかける事しか道はないと思っているなら、それは違う。いくつかは可能性が限りなく低いが、道は無い事も無い」
「どういう意味だ?」
「職を辞める事で減刑を懇願しようとした様だが、その逆は? 法を変える進言ができる位まで偉くなるという選択は考えなかったのか?」
 ディランの提案にフレッドは力なく頭を振る。
「気の遠くなる様な話だ。正直、自信が無い」
「当然すぐには無理だろうな。だがセラの様に罪を償う事を志した者が将来いたとしたら、その命をお前が救えるかもしれない。考えておけ」
 フレッドは何も答えない。
 しかし親友の言葉と想いは痛いほど伝わっていた。

●魂の呼応
 教会の入り口で一同を待っていたエイリークは、勢い良く駆け寄ってきた。
「皆さん、会いたかったです! お元気でしたか?」
「ああ、息災だ。お前達も元気そうでよかった」
 抱きつかれたフレッドはふわふわの猫っ毛をくしゃくしゃと撫で、セラを見つめる。
「来てくれてありがとな。中にどうぞと言いたい所だが、まだ掃除が終わってないんだ」
「皆でやれば早く終わるわ! さあ、張り切って大掃除よ♪」
 明るい笑顔でそう答えるチョコにセラは一瞬戸惑ったものの、ふっと表情を緩めて頷く。
 教会に着いた初日は掃除に追われる事となったが、全員は笑顔で励んでいた。
「また大きく変わったな‥‥変わり過ぎの気がしないでもないが」
 セラの行動変容に大きく驚いているアンドリューは、教会の椅子を磨きながらぽつりと呟く。
「あんた達のお陰だ。ありがとな」
「素直に礼を言うとは、正直、変わり過ぎだな。前に会った時とは別人だ」
 アンドリューはセラの変わり方に驚くと共に、羨ましさを感じていた。彼は変われたのに、自分はほとんど変わっていないのだから。
「でもセラさんは悪行三昧の時からこの教会が気になってたみたいですよ。将来はアリシアさんと一緒にここで孤児達と暮らしたいって思ってたみた‥‥いてっ!」
「お喋りな上に随分な言い様じゃねーか?」
 セラはにやりと笑うと、エイリークに埃塗れの布を投げつける。
「本当に死んで罪を償うつもりか?」
 布の投げ合いを止め、セラは自嘲的に笑った。
「それしかないだろ。俺が生きてたら2人にもあんた達にも気を揉ませる事になる。いなくなった方がいいんだよ」
 死ぬ事でセラは逃げようとしている。確かにそれもあるだろう。
 しかし自分の存在が想ってくれる皆の足枷になる事を、彼は拒んでいた。
 その想いを感じ取ったエイリークは、溢れ出る涙を見せまいと教会を飛び出す。
「エイリーク? どうしたの?」
 庭の雑草を摘んでいたチョコは、蹲り泣き顔のエイリークに声をかける。
「ずっと傍にいたのに、いっぱいセラさんの事を聞いたのに‥‥何も出来ないなんて、僕は、僕はっ!」
「‥‥あのね、兄様が『あの時のエイリークさんカッコ良かった』って言ってたよ」  
 隣に腰を下ろし、チョコは彼の頭をぽんぽんと叩く。 
「どこがですか? 何も出来て無いじゃないですかっ!?」
「セラのして来た事を知ってても、それでも友達としてこんなに彼の事を想える。その心がすっごくカッコ良いって思うよ。ね、耳を貸して?」
 チョコは微笑むと、そっとエイリークに冒険者達の企みを告げる。
「本当に‥‥そんな事が出来るんですか?」
「必ず成功させてみせるわ。だからお願い、あたし達を信じて」
 チョコの懇願に少年は力強く頷く。
 微かに射した光明を逃がさまいと、強い瞳で。

 掃除は翌日の午後までかかった。
(「偽りを成す事‥‥それを後悔しないであろう事の謝罪を、聖なる母に‥‥」)
 アイリスは跪き祈りを捧げていた。
 そこに現れたセラは、ゆっくりと振り向くアイリスに目を奪われる。
 ステンドグラスから差し込む夕焼け色の光に照らされた彼女は、静謐な美を湛えた聖女そのものだった。
「わたくしは、貴方を裁く権利も、許す資格も持ちません。けれど‥‥理ではなく心で、生きて欲しいと思います」
 カツン、カツン、とアイリスの靴の音が響く。
「貴方と出会い、貴方の言葉に惑い悩み、そして‥‥わたくしは己を見つけました。憎しみも、恋情も。どうしようもなく抱いてしまう生身の自分を。その事にとても‥‥感謝して、いるのです」
 それまでは憎しみを知らずにいた。否、知らないつもりでいた。 
 しかし自分の大切なロイエル兄妹を傷つけられた時、己の内にあったのはセラに対する激しい怒り。
 そして傷つき悩むフレッドへの愛情が、博愛のそれではなく女性としての許されざる愛情だと、気づかされてしまった。
 彼の為なら‥‥欺く事も、それにより憎まれる事も受入れられる────ほろ苦い痛みを、今なら。
「満足りた思いで死を迎えても、救われるのはただ、貴方1人です」
 アイリスは語りかける。
 セラを手に掛け一生の枷を背負わんとしている者を想い、同類の罪を犯し刑に処された者の命を想い、そして何より手に掛けた人々の命を想い、その魂の安寧を祈り自ら償いを行って欲しいと。
「俺はまた独りで生きていかなければならないのか? 死ぬのが1番いいんだよ、俺にとっても、あんた達にとっても!」
 それまで黙っていたセラは、顔を歪めてアイリスに詰め寄る。
「今まではアリシアを愛しながらも憎む事で正気を保ってきた。でも懺悔って言う1つの偏った感情だけじゃ、いつか壊れちまう! 俺は心を殺してまで生きなきゃならないのか? 幸せな今のまま死ぬ事は許されないのか!?」
 偏り強過ぎる感情は心を壊す。
 愛しているけれど憎い。
 死にたいけれど死にたくない。
 忘れたいけど忘れたくない‥‥人は己の心を守る為に、相反する感情を抱く。
「命は心より重いかと問うならば、重い、と答えましょう。殺した心は、命ある限り再生の可能性を秘めている。けれど、命の終焉はそれすら刈り取ってしまいますから」
 アイリスは崩れ落ち床に伏すセラに目線を合わせ、その肩に触れる。
「約束しましょう。貴方の心が壊れたら、わたくし達が必ず治します。生きていれば、何処にいても必ず会えますもの。でも死んでしまったら2度と会えないのですよ」
 人の弱さ、愚かさを愛しいと思いながら。
 アイリスは母なるセーラに慈悲を乞うのだった。

 その日の夜。
 セラはアイリスに言われた事を反芻していた。
 死ねば苦しみは一瞬で終わるが、人生もそこで幕を閉じる。
 生きて償えば苦しみは続くが、人生もまた続いて行く。
 捕まれば死罪は免れない。それを知っても尚、生きろという冒険者達は生きる為に力を貸してくれるのだろう。
 その優しさに甘え生きていくか。
 それとも応えずに死んでいくのか。
 どちらにも苦しみはあり、どちらにも救いがあった。
「‥‥決めるのはお前自身だよ」
 振り返るとリースが長い髪を靡かせながら自分を見つめていた。
「似ている、らしいね? 俺とお前は。俺もロクな育ちはしていないし、人に話せるような過去じゃない」
 話してやるよ、とリースは笑い、己の過去について語り始める。
 思い出すと体が震えたが、それでも包み隠さずに全てを。
「聞きっ放しじゃ悪いな。俺にも話させてくれ」
 そしてセラも語りだす。
 それは悲しみと怒りに満ちた、絶望の底の様な人生だった。
 だからこそロイエル兄妹の存在はセラにとってかけがえの無いものなのだろう。
「お互いに散々な過去って訳だ。負ける気はしなかったんだけど、おあいこかな?」
「ああ。似てるのも無理は無い」
 そう言い2人は微笑み合う。
「お前の言う通りだよ。一人で立ち直れる奴なんかいない。この間は偉そうにすまなかった」
 リースはふと真面目な顔でセラを見つめる。
「今でも俺はお前を許せはしないよ。お前はアリシアを、フレッドを悲しませた。でも‥‥お前の力になれればいいと思っている。真逆の気持ちだね。自分でもおかしいと思うよ」
「甘ちゃんだな。この前は俺を殺しそうな目で見てたくせに」
 リースの優しさと心の広さがセラには眩しく、これならばアリシアが惹かれるのも無理は無いと思った。
「なあ、お前は死にたいのか? 死んでやり直せる程、あの人は甘くないと思うけど?」
 天を指差した後、リースは肩を竦めてみせる。
 セラは星空を見上げながら、再びアイリスの姿を思い出していた。
「死にたいね。こんな糞みたいな人生は早く終わりにしちまいたい。やり直したいだなんて思っちゃいないさ」
「嘘だね。悪いけどお前の本心はお見通しだ。カッコつけてんじゃねぇよ」
 本音と嘘の混ざったセラの心をリースは鋭く抉る。救いたいと願うから。
「俺は、ずっと誰かに殺して欲しいと思っていた。でも、その気持ちは誰かを求めている気持ちの裏返しだと気付いたんだ」
 核心を突く言葉にセラの瞳が揺れる。
「死ぬだけなら自害で充分だろう? でも誰かの手にかかって死にたいと思うのは、それだけの事を実行してくれるだけの、俺への気持ちがある誰かを探していたんだと思う」
 歪んでいるかもしれない。
 しかし愛を知らずに育った子供は、こんな風にしか誰かの愛情を求められないのだ。
「憎しみでも恨みでも嫌悪感でも構わないから、誰かに強く想って欲しかったんだ。お前だってそうだろ?」
 リースの想いがセラのたった1つの願いを掠める。
「その通りだ。俺が望むのは‥‥」
「馬鹿野郎っ。そんなの当たり前じゃないか。そんな事でいいのかよ?」
「エイリークにも同じ事を言われたな。だがそれさえ叶えば充分なんだ。それだけで生まれてきた価値になる」 
 掠れた声で告げられた願いが胸に迫る。
 それはあまりに無欲な願いだった。しかしセラは誰よりも貪欲にそれを求め続けていたのだ。
 自分がこの世にちゃんと存在しているのだと、証明する為に。

●愛されるより望むもの
 教会に辿り着いてから、皆で食事を共にし、同じ部屋で語り合いながら眠りに着いた。
 過ぎ去る時間は楽しく温かで、いつも笑顔に満ちていた。
「皆、ありがとな。あんた達に出会えて俺は幸せだ」
 最後の夜、セラはそう呟いた。
 誰もが一睡も出来ないまま迎えた、別れの朝。
「綺麗‥‥まるで天使みたい」
 清楚な白いドレスに身を包んだアリシアを、朝の白い光が照らしている。彼女の背から射す光が天使の羽根の様に見え、チョコは思わず呟いていた。
 それぞれが抱いた感想は違うものだろう。
 だがアリシアはセラを傷つけないと誰もが確信していた。その手にナイフを隠し持っていると知っても、尚。
「心行くまで、語り合って下さいませ‥‥」
 アイリスはそっと扉を閉じる。
 礼拝堂にはセラとアリシアだけが残された。
「本当に見せて貰えるとは思わなかった。綺麗だ‥‥」
 花嫁姿はもっと美しいのだろうと思いながら、セラは嬉しそうに微笑む。
「セラ、あなたは私かお兄様に殺される事を望んでいるのですね? だから私はその願いを叶えようと思いました」
 アリシアは泣きそうな顔で微笑み、ナイフを両手で構える。
「やっぱりわかっちまったんだな。あんたが裁きをくれるのか?」
 セラは穏やかな顔で微笑む。
 アリシアの自分への想いの深さを知り、その心はとても満ち足りていたから。
「私はあなたの腕を切って剣を握れない様に‥‥犯罪者としてのあなたを殺すつもりでした。でも、私には‥‥」
 ナイフを持つ手は震え、やがてそれは音を立てて床へと落ちる。
「ゴメンなさい、セラ。私には無理です」
 セラは目を見張る。
 甘い香りの柔らかな体が、自分を抱きしめていたからだ。
「私の手はあなたを抱きしめる事は出来ても、傷つける事は出来ませんわ。だって慈しみたい気持ちしか抱けないんですもの‥‥」
 アリシアが誰を想っているのかは明らかだった。
 それでもこうしてその存在を感じられる事が嬉しかった。
 その全てを忘れない様に、セラは強く強くアリシアを抱きしめる。記憶の中に刻み込む様に。魂に焼き付ける様に。
「アリシア、どうか俺の事を‥‥」
「ええ。勿論ですわ。それがあなたの1番の望みでしたのね」
 セラの望みを知ったアリシアは、花の様な笑顔で約束を捧げる。
 過ぎたる幸福を噛み締めながら、セラはずっと伝えたかった一言を囁くのだった。
 2人の語らいは短かったが、濃縮された想いを互いに感じ取っていた。
「フレッドと少し話をしてくる」
 扉の外で待っていた冒険者達に礼を言うと、セラはフレッドの元へと去って行く。
 その背中を見つめながら、アリシアは渡された最後の手紙をそっと握り締めた。

 フレッドとセラは長い間、語り合っていた。
 やがて剣を取りに戻って来たフレッドにアリシアは駆け寄る。
「お兄様、本当にセラを?」
「あいつもそれを望んでいる。友として最後の頼みをきいてやりたい」 
「お兄様っ!」
 アリシアに目を合わせず、マントを翻して教会を出て行くフレッド。その後を追うアリシアに倣い、一同は教会を後にする。
「上手く行きますよね? 大丈夫ですよね?」
「心配ありません。既にディランさんが崖下に待機していますから」
 不安げなエイリークをアイリスはやんわりと諭す。
「最後にセラと話をさせて! いいでしょ!?」
 剣を抜きかけたフレッドの手を止めるのはチョコの願い。
 黙って道を明けるその顔に迷いの色を感じながら、チョコはセラに歩み寄る。
「あたし、あれからずっと友達になりたいと思ってたんだ。なってくれる?」
 思いがけない申し出に、セラの顔に戸惑いの色が浮かぶ。
「これから死ぬ奴になに言ってるんだ?」
「いいから! なってくれる?」
 セラが微かに笑って頷くのを確認すると、チョコはスカートの裾をきゅっと握り締め、口を開く。
「あたしね、大事な人達には会えなくても元気で生きていて欲しいと思うの。『ごめんなさい』より、たくさんの『ありがとう』を伝えられるといいねって。だから‥‥あんたは死んじゃダメだよ!」
「そう思ってくれるのは嬉しいが、俺は‥‥」
「死ぬ事で二人の心に一生残ろうとでも言うのか? お前のして来た事はそんな生易しいものじゃないだろう?」
 チョコの隣に並び、リースもセラに語りかける。
「生きて償え。一番辛く残酷な道だ。簡単に死ぬなんて俺が許さないよ」
 リースは怒りでも哀れみでもなく、友を見る様な瞳でセラを見つめていた。
 ぶつけられる想いに対峙する2人の決心が揺らぐ。
「どうした、自分の手で始末をつけるんじゃなかったのか?」
 しかし温かな空気もアンドリューの一言で霧散する。
「‥‥くっ!」
 フレッドは辛そうな顔で腰にある剣に手をかけた。
「駄目っ!」
 ミシェルは悲痛な声で叫び、フレッドの右腕にしがみ付く。セラを前に苦しむ彼を目にし、ぼろぼろと涙を流しながら止める事しか出来なかった。
「ミシェル‥‥」
「どうしていつも辛い道を選びますの‥‥あなたがそんなだから、私は‥‥」
 彼を止めようと、彼を救おうとミシェルはずっと考え続けていた。しかし顔を見ると何も言えなくなってしまう。
「泣かないでくれ‥‥」
 フレッドは彼女の涙をそっと左の指で拭う。
「セラ、お前はどうしたい? 死にたいのならば俺が終わりにしよう。だが生きたいのなら‥‥このままお前を見逃してもいい」
 もし見逃したのならば、今度こそフレッドは職を辞すだろう。彼の性格を理解する皆はそう思っていた。
「あんた達には悪いが、俺はフレッドの未来を狂わせたくない‥‥」
 セラは冒険者達を見渡した後、観念した様にアンドリューを見つめる。
「後生だ、一思いに頼む」
「わかった。楽に送ってやろう」
 アンドリューは短剣を構えた。
「罪は死んでも消えないと思う。でもあんたの事、一生忘れないから!」
 チョコの叫びに、覚悟を決めたセラの瞳から涙が零れ落ちる。
 忘れないで欲しい、ずっと自分の事を覚えていて欲しい。
 それがセラの1番の望みだった。
 当たり前で、簡単で、ありふれた願い。 
 しかし母親に忘れられ、名前を呼ばれずに育ったセラにとって、誰かの記憶に残るという事は己の存在証明であった。
 愛されないのなら、憎しみの気持ちでもいいからアリシアの記憶に強く残り続けたい。
 歪んだ想いを抱いていた自分は、この3日間でどれだけ待ち望んだ言葉を与えられただろうか。
 もう充分だ────セラは溢れ出る温かな涙をそのままに、瞳を閉じた。
「さよならだ、セラ。大いなる父の加護があらん事を」
「止めろっ!!」
 フレッドの叫びも空しく、哀れな魂に裁きが下される。
 アンドリューは祈りを捧げると、短剣をセラの体に突き立てた。
「「セラッ!」」
 短剣から滴り落ちる血を目にし、重なるロイエル兄妹の悲鳴。
 セラの体が宙に浮き、そして────崖の下に吸い込まれていく。
『落ちたわ!』
 チョコはロイエル兄妹に気づかれない様に、ヴェントリラキュイでディランに合図を送る。
 合図を受けたディランは大きな石を積み、グリフォンのレオで空に舞い上がった。
 冒険者達はセラの死を偽装し、3人の心を救おうと思っていたのだ。
「離してくれっ! セラを助けに行かなければ‥‥!」
「セラ! セラァァァ!!」
 しかし真実を知らない2人は絶望の淵にいた。
 後を追って崖に飛び込まん勢いのフレッドを、アイリスとミシェルは身を挺して引き止める‥‥アイリスは広い背中に、ミシェルは逞しい胸に。
 抱きついたフレッドの体に呼応する様に、乙女達の心も震える。
(「‥‥騙してごめん」)
 アリシアの細い体をリースは懺悔の想いと共に抱きしめる。 
 一方ディランに救出されたセラは、何が起きたのか良く分からずにいた。刺された筈の胸部は無傷だ。
「そろそろだな」
 ディランは頃合を見計らってレオに積んだ石を川に投げ落とす。石は派手な音を立てて川底へと沈んで行った。 
「あんた達は初めから俺を逃がすつもりだったのか?」
「詳しい説明は後だ。あの2人は真実を知らない。バレない内に遠くへ逃げるぞ」
 2人を乗せたレオは低空飛行を続け、皆から遠ざかっていく。
(「‥‥行ったな」)
 ホッと胸を撫で下ろした瞬間、それまで感じなかった痛みがアンドリューを襲う。セラを刺したと見せかけて自分の手に刃を突き刺したのだ。
 ふと視線を感じて顔を上げると、チョコが心配そうな顔で自分を見つめていた。平気だと知らせる為に、微かに唇の端を上げて見せる。
 油断とまではいかない、ほんの一瞬の隙だった。
 袈裟から僅かに滴り落ちる血を目にしたフレッドは、アンドリューが何をしたのかを悟る。
 ‥‥その瞬間、揺曳するレオの鳴き声が微かに聞こえた気がした。
(「そうか、そういう事だったのか‥‥皆、ありがとう‥‥」)
 全てを悟ったフレッドは、心の中で優しい友達に伝え切れないほどの感謝の気持ちを呟くのだった。
 アリシアがそれを知るのは、キャメロットに着いてからの事となる。

●美しき者よ、汝等に幸あれ
 その日の夕焼けは、燃える様な赤色だった。
「今までの『重罪人のセラ』は『自ら命を絶った』のね。大事な2人に罪を負わせない為に‥‥」
 抵抗せずにアンドリューの手にかかった事をチョコは言っているのだろう。
「セラは本当に二人に会えて幸せそうだったよ。あたし達はセラのこと絶対忘れない、忘れちゃいけない、そしてセラもきっと‥‥」
「俺は生きてると思う。生きると、思うんだ」
「ミシェルさん?」
 こほんと咳払いをし、ミシェルは照れ臭そうに微笑む。
「リィからアリシアへの伝言ですわ。全く、肝心な時に殿方は口下手ですのね」
 セラは、生きようとしていたと思う。だから、償いの様な行動を行っていたんじゃないか。
 時が経って傷が癒えた時、セラに笑顔で会えるようにならないといけないね?
 リースの口調を真似るミシェルにチョコとアリシアは微笑んだ。
(「彼女を幸せにするなんて、俺には出来るんだろうか‥‥」)
 遠くからアリシアを見つめながら、リースはあの夜に聞いたセラの言葉を思い出していた。
「僕、負けませんよ?」
「何の事かさっぱりわからないんだけど?」
「しらばっくれるんですか? ま、いっか。‥‥セラさんの事、本当にありがとうございました!」
 エイリークは深々と頭を下げた後、とびきりの笑顔で微笑む。
「やけに素直じゃないか。可愛いな、こいつ〜!」
 髪の毛をくしゃくしゃと撫でながら、リースも表情を綻ばせるのだった。
「きっとセラさんは生きています。だから‥‥」
 アンドリューにリカバーを唱え終えたアイリスは、夕日に照らされたフレッドの横顔を見つめる。
「そうだな。俺もそんな気がしてならない」
 真実を知ったフレッドは、未だディランが戻らない事を言及しなかった。
「どうか、光の当たる道を真直ぐに歩み、胸に抱く高い理想を叶えて下さいませ。一点の曇りもない幸せを掴んで頂ければ‥‥それが、私にとっても希望となります」
 恋情を押し殺すアイリスに、それに気づかないフレッドは寂しげに微笑む。
「アイリスは俺にとっての幸福をその様に考えているんだな。だがどんな輝きの中にあっても独りでは意味が無い。光の当たる道でなくても構わないから、俺は大切な人達と共に在りたいんだ」
「わたくしはずっと貴方のお傍にいます。この命が尽きる、その時まで‥‥」
 傍にいたいのは自分の方ではないか?
 心の内から聞こえる声を振り切り、アイリスは柔らかく微笑んだ。   
「本当にこれでよかったの?」
「問題ない。世の中、汚れ役というものは必要になるものだ」
 教会のステンドグラスを眺めながら、恋人達は語らい合う。
「世界中の人がアンドリューの敵になっても、あたしは味方だよ。何があっても離れない。独りになんてしないから‥‥」
 チョコの言葉は思い悩むアンドリューにとって、答えとなり得たのだろうか。
 それは微笑む彼の表情を見れば明らかであった。

「生きろ。貴方の心のままに、精一杯」
 ディランはレオから降り立ち、真っ直ぐにセラを見つめる。
「あんた達に出会えた事は、俺の人生に起きた奇跡だ。本当にありがとう‥‥」
「これからの人生は辛く険しいものかもしれない。だが貴方なら乗り越えられる。信じているぞ」
 固い握手を交わした後、セラはディランにだけある事を告げて姿を消していった。
『悔しいがあんたがあいつにとって1番の親友だ』
 遠ざかる背中を見送りながらディランは呟く。
「私とって貴方も大事な親友だ。戻ってくる日を待っているぞ」
 揃いの房飾りがフレッド、セラ、エイリークの腰で夕暮れの風に揺れる。
 そしてアリシアの耳飾りも、また‥‥。

 誰かが言った。
 赦すというのは最も尊い感情であると。
 そしてそれは、他人よりも自分の方が遥かに難しいのかもしれない────。